本編
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上司であるノボリさんに突然「ここで幽霊を見たことはありますか」と尋ねられ、思わずはあ? と言いそうになってしまった。寸でのところでその言葉を飲み込むことはできたが、この人は幽霊を信じるタイプの人だっただろうか、と疑問に思う。
「幽霊ですか? いえ、見たことないですね」
僕がそう答えるとノボリさんは、そうでしょうね、と言いながらクラウドさんに視線を移した。
「ギアステーション内にいる時間が一番長いジャッキーが見たことないと言っているのですから、やはり幽霊など存在しないのでしょう」
「いやいや、ホンマやって。わしはちゃあんとこの目で見たんや、女の幽霊を!」
クラウドさんは目をカッと開いて僕たちに見せた。どうも、幽霊を見たのはクラウドさんらしい。最終列車出発後、残ったお客様がいないか見回りをしているときに足のない女の幽霊を見たと言っていろいろな職員に泣きついたようで、今日は勤務終了の時間まで幽霊の話でいっぱいだった。クラウドさんは見た目の割に意外と怖がりなんだな、しかし大の男に泣きつかれるのは勘弁してほしいとも思った。
次の日の朝、支度を済ませるとそのまま事務所へ向かった。他の職員と違って僕はギアステーション内に住んでいるためこういった芸当ができる。
その途中、非常階段の方へ顔を向けた黒いコートの人とシャンデラが佇んでいた。僕の上司のノボリさん。なので、おはようございます、と声をかけたけれど、なぜかノボリさんは何も答えなかった。代わりに、元気な女の子の声が飛んできた。
「あ、第三職員発見!」
なんだそれ、と思いながら「ノボリさん、あの、そちらの方は?」と尋ねたけれど、やはりノボリさんは何も答えない。心なしか、いつもの仏頂面が三割増しになっているような気がする。
「あ、なんかこの人、わたしを見て固まっちゃったの。ポケモンの方は喜んでくれてるのになー、ねー?」
淡い黄色のワンピースを着て、髪を一つにまとめている少女はシャンデラに笑顔を見せて、シャンデラの方も嬉しそうにくるくると回転している。見た目は活発な印象の少女だが、ふと足元を見ると、その足は途中からぼんやりと消えていた。
「まあいいや。わたし、ここで幽霊やってるナナシです! あんたは?」
何がまあいいやなんだろう、とか、幽霊やってるってなんだ、とか、見た目の割に意外と口悪いなとか思うけど、いろいろと突っ込んだら負けなような気がして「ええ……えっと、鉄道員やってます、ジャッキーです」と答えた。少女は「ジャッキー! よろしくね」と笑顔で僕の名前を呼ぶので、僕は、はあ……と言う他なかった。
「一応、ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけど……今日はどういったご用件で?」
幽霊だと名乗る相手にこんなことを聞くのも変だと思うけれど、一応事務的な対応で返す。すると、少女はニコニコと元気いっぱいに
「今日はわたしがここで死んでから30周年の記念日なので、化けて出て来ちゃいました!」
と答えた。
「昨日から『女の幽霊がいる』と職員の間で噂になっていましたが」
「昨日、間違えてフライングしちゃった、アハハ!」
どうも、僕が想像していたものとは全く違う、とても能天気な幽霊だった。
「ノボリさん、ノボリさん。こんなところで固まってないで、せめて休憩室に移動しましょうよ……ええっと、ナナシさんでしたっけ。ちょっと手伝ってもらえますか、僕ひとりじゃ」
固まってしまった上司をどうにかして移動させようと今し方会ったばかりの幽霊に頼むのもおかしな話だが、実際僕ひとりでノボリさんを連れて行くのは難しい。何分、ノボリさんは背が高いのだ。しかしナナシさんは相変わらずアハハ、と笑いながら「ごめん、わたし、人やものに触ることできないんだー」と答えた。ナナシさんの手が、ノボリさんの体をスカスカとすり抜ける。
「ねえ、きみ、ご主人サマ移動させるの手伝ってあげてよ」
ナナシさんがシャンデラに頼むと、シャンデラは無理だというように体を振った。
「じゃあ、他に手伝えそうなポケモンいる?」
シャンデラがノボリさんの腰につけたモンスターボールをコツコツと触る。中からはドリュウズとダストダスがでてきたが、ダストダスだともれなく制服がべちゃべちゃになるのでボールの中にお帰り願った。
「アハハ、頑張ってねー」
ドリュウズと一緒にノボリさんを運ぶ僕を見て笑顔で手を振るナナシさんに、いや、きみのせいなんだけどなあ……と少し心の中で悪態をついた。
「ねえねえ、これから仕事? ついて行っていい? いいよね」
ノボリさんを休憩室に運び終えて扉を開けるとニコニコと笑顔を見せるナナシさんが立っていた。どうも、僕たちの後をついて来たらしい。
「ナナシさんの質問は選択肢がありそうでないですね」
「うん。一応聞いた方がいいかなって思っただけだから、アハハ」
シャララランとシャンデラが鳴く。ナナシさんと一緒に仕事場へ行けるとわかって嬉しいようだ。
「ねえねえ、この炎の子はなんていうの?」
「シャンデラです」
「へえ、きみシャンデラっていうんだ。じゃあさっきのドロドロした大きい子は?」
「ダストダスです」
「じゃあ、爪の……」
「ドリュウズです」
「まだ言い終わってないのにー!」
「話の流れ的にわかりますよ……」
ナナシさんはあまりポケモンの知識がないようで、通りすがりの職員が連れたポケモンを見るたびに、あれはなんてポケモンなの? と僕に尋ねた。どのポケモンもナナシさんのことを怖がる様子はないが、職員の方は昨日噂になった幽霊を見てびくびくしている。やっかいなものに好かれたなあなんて考えている間に事務所についた。そして、扉を開けて一番最初に聞こえたのは、クラウドさんの悲鳴だった。
「ジャッキー、お前、なんで幽霊連れ帰ってきてるんや!」
「あ、昨日の第一職員さんだ!」
クラウドさんの叫びとナナシさんの能天気な声はとても対照的である。
「あー……連れて来たというか、ついて来られたというか。でも悪霊の類じゃなさそうなので、大丈夫だと思いますよ。たぶん」
……たぶん。僕は霊能者じゃないから詳しいことはわからない。だけど、ノボリさんのシャンデラと仲良さそうにしているから、大丈夫なんじゃないかな、と思う。しかし、クラウドさん的には問題があるようだ。
「元いた場所に戻してこい!」
「そんな、道端に捨てられたチョロネコじゃあるまいし……」
僕たちがワーワー言っていると、また能天気な声で「残念、わたしはこの駅から出られないのでしたー、アハハ」とナナシさんは笑う。それと同時に、別の声が聞こえて来た。
「へえー、きみが幽霊? なんか思ってたのと違う。もっとこう、髪が長くて、なんかドロドロした感じのものを想像してた」
カタコトで喋るのは、ノボリさんの弟のクダリさん。興味深そうに少し屈んでナナシさんの目線の高さに合わせた。
「あ、さっきのやつと同じ顔。あんたは黒いのと違ってわたしのこと怖がらないんだ」
ナナシさんよりも年上で、僕の上司であるクダリさんをあんた呼ばわりするのはどうなんだと思うけど、クダリさんはあまり気にしていないらしい。
「うん。もともと怖いの平気な方だし、きみ幽霊っぽくないし。僕、クダリ。きみは?」
「ナナシっていうんだ。よろしく、クダリ!」
ナナシさんは、僕と会ったときと同じようにニコニコと笑顔を振りまいた。
「マア、足ガナイコトヲ除ケバ、結構カワイイ方ジャナイ?」
「いや、あいつ幽霊やで」
「溌剌としてて、職場の雰囲気も明るくなりますねー」
「いや、だからあいつ幽霊やで」
「幽霊だと思うから怖いのさ。ゴーストタイプだと思えばいいのさ」
「そういう問題やないやろ!」
「どんだけ怖がりなのこのおっさん……」
独り身の男衆が陰でなにか言っていて、少し哀れみを感じる。その中にナナシさんがいたずらっ子のような顔で「わたしが何か?」とひょっこり顔をのぞかせて、クラウドさんに「ちょ、やめ、お前こっち来るな!」と怖がられるのであった。
「幽霊ですか? いえ、見たことないですね」
僕がそう答えるとノボリさんは、そうでしょうね、と言いながらクラウドさんに視線を移した。
「ギアステーション内にいる時間が一番長いジャッキーが見たことないと言っているのですから、やはり幽霊など存在しないのでしょう」
「いやいや、ホンマやって。わしはちゃあんとこの目で見たんや、女の幽霊を!」
クラウドさんは目をカッと開いて僕たちに見せた。どうも、幽霊を見たのはクラウドさんらしい。最終列車出発後、残ったお客様がいないか見回りをしているときに足のない女の幽霊を見たと言っていろいろな職員に泣きついたようで、今日は勤務終了の時間まで幽霊の話でいっぱいだった。クラウドさんは見た目の割に意外と怖がりなんだな、しかし大の男に泣きつかれるのは勘弁してほしいとも思った。
次の日の朝、支度を済ませるとそのまま事務所へ向かった。他の職員と違って僕はギアステーション内に住んでいるためこういった芸当ができる。
その途中、非常階段の方へ顔を向けた黒いコートの人とシャンデラが佇んでいた。僕の上司のノボリさん。なので、おはようございます、と声をかけたけれど、なぜかノボリさんは何も答えなかった。代わりに、元気な女の子の声が飛んできた。
「あ、第三職員発見!」
なんだそれ、と思いながら「ノボリさん、あの、そちらの方は?」と尋ねたけれど、やはりノボリさんは何も答えない。心なしか、いつもの仏頂面が三割増しになっているような気がする。
「あ、なんかこの人、わたしを見て固まっちゃったの。ポケモンの方は喜んでくれてるのになー、ねー?」
淡い黄色のワンピースを着て、髪を一つにまとめている少女はシャンデラに笑顔を見せて、シャンデラの方も嬉しそうにくるくると回転している。見た目は活発な印象の少女だが、ふと足元を見ると、その足は途中からぼんやりと消えていた。
「まあいいや。わたし、ここで幽霊やってるナナシです! あんたは?」
何がまあいいやなんだろう、とか、幽霊やってるってなんだ、とか、見た目の割に意外と口悪いなとか思うけど、いろいろと突っ込んだら負けなような気がして「ええ……えっと、鉄道員やってます、ジャッキーです」と答えた。少女は「ジャッキー! よろしくね」と笑顔で僕の名前を呼ぶので、僕は、はあ……と言う他なかった。
「一応、ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけど……今日はどういったご用件で?」
幽霊だと名乗る相手にこんなことを聞くのも変だと思うけれど、一応事務的な対応で返す。すると、少女はニコニコと元気いっぱいに
「今日はわたしがここで死んでから30周年の記念日なので、化けて出て来ちゃいました!」
と答えた。
「昨日から『女の幽霊がいる』と職員の間で噂になっていましたが」
「昨日、間違えてフライングしちゃった、アハハ!」
どうも、僕が想像していたものとは全く違う、とても能天気な幽霊だった。
「ノボリさん、ノボリさん。こんなところで固まってないで、せめて休憩室に移動しましょうよ……ええっと、ナナシさんでしたっけ。ちょっと手伝ってもらえますか、僕ひとりじゃ」
固まってしまった上司をどうにかして移動させようと今し方会ったばかりの幽霊に頼むのもおかしな話だが、実際僕ひとりでノボリさんを連れて行くのは難しい。何分、ノボリさんは背が高いのだ。しかしナナシさんは相変わらずアハハ、と笑いながら「ごめん、わたし、人やものに触ることできないんだー」と答えた。ナナシさんの手が、ノボリさんの体をスカスカとすり抜ける。
「ねえ、きみ、ご主人サマ移動させるの手伝ってあげてよ」
ナナシさんがシャンデラに頼むと、シャンデラは無理だというように体を振った。
「じゃあ、他に手伝えそうなポケモンいる?」
シャンデラがノボリさんの腰につけたモンスターボールをコツコツと触る。中からはドリュウズとダストダスがでてきたが、ダストダスだともれなく制服がべちゃべちゃになるのでボールの中にお帰り願った。
「アハハ、頑張ってねー」
ドリュウズと一緒にノボリさんを運ぶ僕を見て笑顔で手を振るナナシさんに、いや、きみのせいなんだけどなあ……と少し心の中で悪態をついた。
「ねえねえ、これから仕事? ついて行っていい? いいよね」
ノボリさんを休憩室に運び終えて扉を開けるとニコニコと笑顔を見せるナナシさんが立っていた。どうも、僕たちの後をついて来たらしい。
「ナナシさんの質問は選択肢がありそうでないですね」
「うん。一応聞いた方がいいかなって思っただけだから、アハハ」
シャララランとシャンデラが鳴く。ナナシさんと一緒に仕事場へ行けるとわかって嬉しいようだ。
「ねえねえ、この炎の子はなんていうの?」
「シャンデラです」
「へえ、きみシャンデラっていうんだ。じゃあさっきのドロドロした大きい子は?」
「ダストダスです」
「じゃあ、爪の……」
「ドリュウズです」
「まだ言い終わってないのにー!」
「話の流れ的にわかりますよ……」
ナナシさんはあまりポケモンの知識がないようで、通りすがりの職員が連れたポケモンを見るたびに、あれはなんてポケモンなの? と僕に尋ねた。どのポケモンもナナシさんのことを怖がる様子はないが、職員の方は昨日噂になった幽霊を見てびくびくしている。やっかいなものに好かれたなあなんて考えている間に事務所についた。そして、扉を開けて一番最初に聞こえたのは、クラウドさんの悲鳴だった。
「ジャッキー、お前、なんで幽霊連れ帰ってきてるんや!」
「あ、昨日の第一職員さんだ!」
クラウドさんの叫びとナナシさんの能天気な声はとても対照的である。
「あー……連れて来たというか、ついて来られたというか。でも悪霊の類じゃなさそうなので、大丈夫だと思いますよ。たぶん」
……たぶん。僕は霊能者じゃないから詳しいことはわからない。だけど、ノボリさんのシャンデラと仲良さそうにしているから、大丈夫なんじゃないかな、と思う。しかし、クラウドさん的には問題があるようだ。
「元いた場所に戻してこい!」
「そんな、道端に捨てられたチョロネコじゃあるまいし……」
僕たちがワーワー言っていると、また能天気な声で「残念、わたしはこの駅から出られないのでしたー、アハハ」とナナシさんは笑う。それと同時に、別の声が聞こえて来た。
「へえー、きみが幽霊? なんか思ってたのと違う。もっとこう、髪が長くて、なんかドロドロした感じのものを想像してた」
カタコトで喋るのは、ノボリさんの弟のクダリさん。興味深そうに少し屈んでナナシさんの目線の高さに合わせた。
「あ、さっきのやつと同じ顔。あんたは黒いのと違ってわたしのこと怖がらないんだ」
ナナシさんよりも年上で、僕の上司であるクダリさんをあんた呼ばわりするのはどうなんだと思うけど、クダリさんはあまり気にしていないらしい。
「うん。もともと怖いの平気な方だし、きみ幽霊っぽくないし。僕、クダリ。きみは?」
「ナナシっていうんだ。よろしく、クダリ!」
ナナシさんは、僕と会ったときと同じようにニコニコと笑顔を振りまいた。
「マア、足ガナイコトヲ除ケバ、結構カワイイ方ジャナイ?」
「いや、あいつ幽霊やで」
「溌剌としてて、職場の雰囲気も明るくなりますねー」
「いや、だからあいつ幽霊やで」
「幽霊だと思うから怖いのさ。ゴーストタイプだと思えばいいのさ」
「そういう問題やないやろ!」
「どんだけ怖がりなのこのおっさん……」
独り身の男衆が陰でなにか言っていて、少し哀れみを感じる。その中にナナシさんがいたずらっ子のような顔で「わたしが何か?」とひょっこり顔をのぞかせて、クラウドさんに「ちょ、やめ、お前こっち来るな!」と怖がられるのであった。
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