本編
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今度のイベントに使うものを準備するために、細長く切られた紙とペンを持ちながら廊下を歩いていると、ニコニコと笑顔でこちらに手を振る少女がいた。この時間に彼女がひとりでいるのは珍しいが、お目当の彼がまだトレインから戻ってきていないので待っていたのであろう。ぱたぱた、と聞こえるはずのない足音をさせながらこちらへ駆け寄った。
「おやナナシ様、今日はジャッキーと一緒ではないのですね」
わたくしの言葉に彼女は少し口を尖らせた。
「なーにそれ、まるでわたしがジャッキーとセットみたいな言い方」
「実際そうでしょう」
彼女はここで化けて出てから、休憩時間や書類整理で事務所にいるときにいつもジャッキーの横で楽しそうに笑顔を見せている。一応、彼女とはじめて出会ったのはクラウドなのだが、驚いたりもせず普通に接したのがジャッキーだったため、彼女からすると彼はもともと好感度が高い方だったようだ。そのため、この職場内では既に彼女イコールジャッキーという方程式が成り立っている。それに、この少女がどう思っているかは定かではないが、ジャッキーの方は彼女のことを異性として見ているようで、彼女の方もそれなりの感情を抱いているようには思える。
わたくしがそう考えていると、ナナシ様は頬を少し膨らせてから口を開いた。
「むー……まあそれはそうとして、ねえねえノボリ、何してるの?」
彼女はわたくしの持っているものに興味を持ったようだった。書類とはまた違ったものなので不思議に思っているらしい。
「これは7月7日に行う七夕歳の飾り付けです。イッシュ地方にはない風習ですが、何でも今年は特別な年だと聞いたので、こういった他の地方のイベントを取り入れるのも良いかと思いまして。ひとり3枚この短冊に願い事を書いて笹に飾るのです」
「へえー! わたしも書きたい」
彼女は目をらんらんとさせた。イッシュ地方から出たことがないという話は少し聞いていたので、他の地方のイベントに興味をそそられたようだ。彼女が嬉しそうに手を差し出すので、特に何も考えず彼女に短冊とペンを渡そうとする。しかし、彼女の手はそれを受け止めず、床に転がってしまった。彼女の性質を失念していた。
「あ……わたし、ものに触れないんだった。ごめん、ノボリ」
笑顔が取り柄と言っても良いくらい、いつもキラキラした表情をしているナナシ様の瞳が伏せられた。一応、笑ってはいるがとてもさびしい笑顔だった。こういうとき、彼女がこの世の人間ではないということを実感する。少し考えればわかることだったのに、自分が彼女の性質を失念していたせいで悲しい思いをさせてしまった。
「いえ、わたくしも気が回っておりませんでした。申し訳ございません」
「そんな、ノボリが謝ることじゃないよ」
わたくしの謝罪にナナシ様はぶんぶんと首を横に振る。その様子から、彼女の方も嬉しさのあまり自分の性質を忘れていたようだった。
「お詫びと言ってはなんですが、ナナシ様の願い事、わたくしに書かせてくださいまし」
床に転がったペンと短冊を拾い上げながら彼女に提案すると、複雑そうな表情をしていた。
「え、いいの? でも、なんだか恥ずかしいなあ……」
「おや、疚しい願い事なのですか?」
そんなことないよ! と彼女は少し頬を赤らめながらわたくしに抗議をする。しかし、しばらく悩んだあと、えへへ、と笑顔を見せた。
「うん、じゃあお願い! わたしの代わりに、わたしの願い事を書いてください」
『ジャッキーと一緒に空を見られますように』
『生身の体になれますように』
『約束した友達とまた会えますように』
ナナシ様らしい3つの願い事だった。しかし、2つ目の表現に少し苦笑いをしてしまう。
「この『生身の体になれますように』というのは、もっとこう、オブラートに包んだ表現にできませんか?」
「うーん……じゃあ『人と触れ合える体になりますように』かな」
わたくしが新しい短冊にその願い事を書くとナナシ様は、ありがとう、とニコニコした笑顔を見せたあとに少しさびしそうな表情に変えた。
「ノボリの彼女さんはさ、遠くにいるけど近くにいるじゃん?」
「ええ、まあ」
直接顔を合わせたことはないが、ライブキャスターで会話している様子を見ていたのか、他の職員から聞いたのか、わたくしたちの関係を知っているようだった。
「わたしはさ、すぐ近くにジャッキーがいるのに、すっごく遠くにいる感じがするんだ。わたしがジャッキーよりもおばちゃんだからかな、アハハ!」
冗談交じりに出てくるその言葉を笑うことはできない。
「ナナシ様」
「ん、なーに」
わたくしが名前を呼ぶと、こちらを見上げた。
「悲しいときは、泣いてもいいのですよ」
「とっくのむかしに枯れてるから、涙なんか出ないですよーっと」
「あなたはそうやって」
強がってばかりですね。もうすでに涙が頬を伝っているというのに。
「ナナシさん、泣いているんですか……?」
その声の主の方へわたくしたちは顔を向ける。トレインから戻ってきたジャッキーが、わたくしたちの様子に驚いてその場に立っていた。
「ノボリさん、ナナシさんに何を」
ジャッキーの視線が、とても鋭い。
「違うのジャッキー、ちょっと目にゴミが入っちゃって」
「ナナシさんは体質的に目にゴミなんか入らないじゃないですか」
「そうだったね、アハハ! でも本当になんでもないの」
バイバイと手を振って走るナナシ様を見届けると、わたくしとジャッキーだけがその場に残された。重い空気だけが流れている。
わたくしたちは、あなたの涙を拭うことがきません。
「おやナナシ様、今日はジャッキーと一緒ではないのですね」
わたくしの言葉に彼女は少し口を尖らせた。
「なーにそれ、まるでわたしがジャッキーとセットみたいな言い方」
「実際そうでしょう」
彼女はここで化けて出てから、休憩時間や書類整理で事務所にいるときにいつもジャッキーの横で楽しそうに笑顔を見せている。一応、彼女とはじめて出会ったのはクラウドなのだが、驚いたりもせず普通に接したのがジャッキーだったため、彼女からすると彼はもともと好感度が高い方だったようだ。そのため、この職場内では既に彼女イコールジャッキーという方程式が成り立っている。それに、この少女がどう思っているかは定かではないが、ジャッキーの方は彼女のことを異性として見ているようで、彼女の方もそれなりの感情を抱いているようには思える。
わたくしがそう考えていると、ナナシ様は頬を少し膨らせてから口を開いた。
「むー……まあそれはそうとして、ねえねえノボリ、何してるの?」
彼女はわたくしの持っているものに興味を持ったようだった。書類とはまた違ったものなので不思議に思っているらしい。
「これは7月7日に行う七夕歳の飾り付けです。イッシュ地方にはない風習ですが、何でも今年は特別な年だと聞いたので、こういった他の地方のイベントを取り入れるのも良いかと思いまして。ひとり3枚この短冊に願い事を書いて笹に飾るのです」
「へえー! わたしも書きたい」
彼女は目をらんらんとさせた。イッシュ地方から出たことがないという話は少し聞いていたので、他の地方のイベントに興味をそそられたようだ。彼女が嬉しそうに手を差し出すので、特に何も考えず彼女に短冊とペンを渡そうとする。しかし、彼女の手はそれを受け止めず、床に転がってしまった。彼女の性質を失念していた。
「あ……わたし、ものに触れないんだった。ごめん、ノボリ」
笑顔が取り柄と言っても良いくらい、いつもキラキラした表情をしているナナシ様の瞳が伏せられた。一応、笑ってはいるがとてもさびしい笑顔だった。こういうとき、彼女がこの世の人間ではないということを実感する。少し考えればわかることだったのに、自分が彼女の性質を失念していたせいで悲しい思いをさせてしまった。
「いえ、わたくしも気が回っておりませんでした。申し訳ございません」
「そんな、ノボリが謝ることじゃないよ」
わたくしの謝罪にナナシ様はぶんぶんと首を横に振る。その様子から、彼女の方も嬉しさのあまり自分の性質を忘れていたようだった。
「お詫びと言ってはなんですが、ナナシ様の願い事、わたくしに書かせてくださいまし」
床に転がったペンと短冊を拾い上げながら彼女に提案すると、複雑そうな表情をしていた。
「え、いいの? でも、なんだか恥ずかしいなあ……」
「おや、疚しい願い事なのですか?」
そんなことないよ! と彼女は少し頬を赤らめながらわたくしに抗議をする。しかし、しばらく悩んだあと、えへへ、と笑顔を見せた。
「うん、じゃあお願い! わたしの代わりに、わたしの願い事を書いてください」
『ジャッキーと一緒に空を見られますように』
『生身の体になれますように』
『約束した友達とまた会えますように』
ナナシ様らしい3つの願い事だった。しかし、2つ目の表現に少し苦笑いをしてしまう。
「この『生身の体になれますように』というのは、もっとこう、オブラートに包んだ表現にできませんか?」
「うーん……じゃあ『人と触れ合える体になりますように』かな」
わたくしが新しい短冊にその願い事を書くとナナシ様は、ありがとう、とニコニコした笑顔を見せたあとに少しさびしそうな表情に変えた。
「ノボリの彼女さんはさ、遠くにいるけど近くにいるじゃん?」
「ええ、まあ」
直接顔を合わせたことはないが、ライブキャスターで会話している様子を見ていたのか、他の職員から聞いたのか、わたくしたちの関係を知っているようだった。
「わたしはさ、すぐ近くにジャッキーがいるのに、すっごく遠くにいる感じがするんだ。わたしがジャッキーよりもおばちゃんだからかな、アハハ!」
冗談交じりに出てくるその言葉を笑うことはできない。
「ナナシ様」
「ん、なーに」
わたくしが名前を呼ぶと、こちらを見上げた。
「悲しいときは、泣いてもいいのですよ」
「とっくのむかしに枯れてるから、涙なんか出ないですよーっと」
「あなたはそうやって」
強がってばかりですね。もうすでに涙が頬を伝っているというのに。
「ナナシさん、泣いているんですか……?」
その声の主の方へわたくしたちは顔を向ける。トレインから戻ってきたジャッキーが、わたくしたちの様子に驚いてその場に立っていた。
「ノボリさん、ナナシさんに何を」
ジャッキーの視線が、とても鋭い。
「違うのジャッキー、ちょっと目にゴミが入っちゃって」
「ナナシさんは体質的に目にゴミなんか入らないじゃないですか」
「そうだったね、アハハ! でも本当になんでもないの」
バイバイと手を振って走るナナシ様を見届けると、わたくしとジャッキーだけがその場に残された。重い空気だけが流れている。
わたくしたちは、あなたの涙を拭うことがきません。