本編
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「なんで事務所でみんなお酒飲んでるの?」
シママの寝かしつけを終えてこちらに戻ってきたナナシさんが、事務所の有様を見て驚いた。普段、朝礼をしたり書類を整理したりする場所で、職員たちが缶を持っている光景は異様だろう。
「上半期も終わりなので、ちょっとした打ち上げをしているんです。まあ明日も仕事があるので軽くですが」
「ふうん。ねえねえ、わたしにもお供えして」
僕が説明すると、案の定というか、ナナシさんは手を差し出してお供えを要求してきた。なので僕は持っていた缶をナナシさんから遠ざける。
「ナナシさんは未成年なのでだめです」
「いいじゃん。死んでなかったら成人してるんだし」
「都合のいいときだけ大人ぶらないでください。そもそもコーヒーが苦くて飲めないなら、ビールなんてもっと飲めませんよ」
「ケチ!」
あっかんべー、というように舌を出してむくれている様子の彼女を他所にビールを飲む。本人はいつも成人済みであると主張するけれど、そうやってすぐご機嫌斜めになる人間のどこが大人なのか。そう呆れていると面倒な人がナナシさんに絡んで来たので思わず、げっ、と言ってしまった。
「ナナシー、飲ンデルー?」
「あ、キャメロン! 飲んでなーい、わたしにもお供えして!」
「ちょっとキャメロンさん、毎回毎回、未成年者にお酒勧めるのやめてくださいよ!」
キャメロンさんは飲み会のたびに未成年者にお酒を勧める。冗談で言っているだけなのはわかっているし、実際に飲ませることもしないけれど、今回は話が別だ。キャメロンさんはナナシさんの性質、もしくは体質を知らない。僕もはじめてケーキをお供えするまで知らなかったから。
「未成年者の飲酒は法律により禁止されておりますので、そうやって興味を焚きつけるような真似は」
「ア、ゴメン、モウアゲチャッタ」
ノボリさんの注意を最後まで聞く前に、キャメロンさんはナナシさんにお酒を与えていた。キャメロンさんとしてはただコップにお酒を注いだだけのつもりなんだろうけれど。
「デモ、ナナシ幽霊ダシ、人間ノ法律ハ適用サレナイヨネ……? ッテイウカ、ソモソモ食ベタリ飲ンダリデキルノ?」
すでにお酒を飲んだであろうナナシさんは、立ったままぼーっとしている。その様子にキャメロンさんも少し不安になったようだ。
「ナナシさん大丈夫ですか? 気分悪くなったりしてませんか?」
幽霊に具合が悪くなる概念があるのかは知らないが、とりあえず背中をさする真似をする。
「物理的に減ることはないですけど、一応、お供えされたものは食べたり飲んだりできるんですよ」
何の反応もしない彼女の背中をさする。本当に大丈夫だろうか。そう思っていると、ナナシさんがキャメロンさんの方へ振り向き、ガバッと勢いよく抱きついた。
「えへへ、キャメロンだーいすき」
「なっ」
突然のことに、その場にいた全員が驚きの声を上げる。ナナシさんは酔うと抱きつき魔になるタイプなのだろうか。いつもと雰囲気が違っていて、性的というか、なんというか……表現することに躊躇いを感じるくらいナナシさんらしくなかった。
「ド、ドウシタノ、ナナシ。大丈夫? 酔ッテル?」
「酔ってないよー、えへへ。でもビールってちょっと苦いね。大人の味? って感じ。ねえねえ、そっちのお酒は甘い?」
トロンとした目のナナシさんは抱きついたまま、キャメロンさんの持っているお酒に手を伸ばそうとする。流石にまずいと思ったキャメロンさんも、ナナシさんの手が届かないように腕を高く上げた。それでもナナシさんは負けじと手を伸ばすので、ナナシさんの体がキャメロンさんの体と同化する程度に密着している。
「イヤ、コレ以上オ酒ノオ供エハデキナイカナ……」
「やだ、わたしもっと飲みたい。みんなばっかりずるい」
「ナナシ様、キャメロンが困っていますよ。キャメロンから離れてくださいまし」
ノボリさんがふたりの仲裁に入ると、ナナシさんはキッと彼を睨んだ。膨れっ面はよく見るが、こうやって人を睨みつけている表情ははじめて見た。涙目で、眉間にしわをよせ、いつもは大きい目を細くして、口を短く結んで、頬を赤らめて。その表情はずるい。
「ちょっとノボリ。わたしたちのジャマしないでよ。キャメロンはわたしと一緒にいるの嫌じゃないもんねー?」
再びキャメロンさんの方へ顔を向けると、ナナシさんは頬を染めてニコニコと楽しそうな表情を浮かべている。キャメロンさんは酔っているのとは別に顔を赤くしていた。ムカつく。
「ウ、嫌ジャナイケド……」
「けど、何?」
「チョット、離レテ欲シイカナ、ナンテ」
「なんで? キャメロン、わたしのこと嫌いになったの?」
まるで別れ話に発展したカップルのようなことを言いながら、ナナシさんが今にも泣きそうな顔をしているので、キャメロンさんも焦っている。甘え上戸に泣き上戸、お酒を与えてはいけないタイプだ。そもそもナナシさんは未成年者だから本来お酒は禁止なんだけど、もうすでに与えてしまった以上どうしようもない。
「イヤ、ソウイウ訳ジャナイケド……」
「けど、けどって歯切れの悪い言葉ばっかり! もういい! キャメロンなんて知らない!」
彼の態度に機嫌を悪くしてしまった彼女は、そう言うとキャメロンさんの体から離れると泣きながら走って他の職員のところへ行ってしまった。
「キャ・メ・ロ・ンさん?」
「ゴ、ゴメンッテ。ダッテ、飲メルナンテ知ラナカッタシ、少シノ量デアンナニ酔ウトモ思ッテナカッタカラ……」
キャメロンさんから離れたナナシさんは、いろいろな職員のところへ回って過度なスキンシップを取っていた。僕はその様子を自分の席に着きながら眺めている。しばらくするとナナシさんはジャッジさんに飛びついた。
「ジャッジ、つっかまえたー!」
「わ、どうしたんですかナナシさん。顔赤いですけど……お酒もらったんですか?」
「キャメロンにね、お供えしてもらったんだー。ジャッジもお酒飲んでる?」
ナナシさんに抱きつかれたままジャッジさんは呆れた様子でため息をつく。
「キャメロンさん、またですか……僕は飲んでないですよ。アルコールはあまり得意じゃないので」
「えー、そうなの? お酒飲んだら楽しくなるよ」
「そもそもナナシさん、まだ19歳じゃないですか。飲酒はだめですよ」
「ジャッジまでそうやってわたしのこと子ども扱いするの? わたし、ジャッジより年上だもん」
ナナシさんはキャメロンさんのときと同じように目をうるうるさせているようだった。これが女の武器というものなんだろうか。やっている本人は酔っ払っているので意識しているわけじゃないんだろうけれど。
「別に子ども扱いしてるわけじゃないですよ。でもナナシさん、まだ体がお酒に慣れてないみたいですし。そうですね、僕がアルコール得意になったときは一緒に飲んでください。それまで、ジュースで我慢してもらえますか?」
「本当に?」
「ええ、本当に」
「わかった! ジャッジがお酒飲めるようになるまで我慢してあげる! ジャッジ、早く飲めるよう頑張ってね」
「はい、頑張ります」
「えへへ、ジャッジやさしー」
ジャッジさんはお酒を飲まないため、飲み会のときはだいたい酔っ払いの介護要員になる。そのせいか、ナナシさんのあしらい方も上手だった。しかし、ナナシさんに抱きつかれて嬉しそうなのがムカつく。
「あのねー、ジャッキーはだめだだめだってうるさいの。わたしのこと子ども扱いしてばっかり。わたしの方がジャッキーよりもずーっと早くに生まれたのに」
駄々っ子のような素振りを見せるナナシさんに、ジャッジさんはぽんぽんと頭をなでる真似をしながら何かささやいていた。それを聞いたナナシさんもくすくすと笑っている。
「年の近いライバルがいると大変やなあ」
クラウドさんは苦笑いをしながらふたりの様子を眺めていた。僕の方をちらりと見る。
「別に、僕はナナシさんのこと」
「そんなこと言うてるけどお前、缶空けるスピード早うなってるで。明日も仕事なんやから気いつけな」
クラウドさんから忠告を受けたが、今まで飲み会で酔いつぶれたことはない。今飲んでいるのが何本目かは忘れたけれど、普段は僕だって介護要員なのだ。
「これくらいじゃ酔わないから大丈夫ですー」
「机に突っ伏しながら言うても説得力皆無やで」
「ジャッキー、ジャッキー、ぎゅー」
こちらに戻ってきたナナシさんは、そう言いながら僕に抱きついてきた。散々他の男にしてきたことをされても今は嬉しくない。酔っ払っていないときはいつも僕だけにしてくれたのに。
「なんやナナシ、戻ってきたんか。おう、だいぶ酔いも覚めたようやな」
「うん。あとね、ジャッキーがさびしがってるからそろそろ戻ってあげてって言われたから。あ、クラウドもぎゅーってしてもらいたかった?」
「いや遠慮しておくわ。お前に抱きつかれたらわしが社会的に死んでしまうわ」
少女におっさんが抱きついたら怪しい関係だと疑われてしまうということか。お金絡みとか、性的な関係とか。言及は避けるけれど。いつものナナシさんならともかく、さっきのような雰囲気のナナシさんだと確かにそうかもしれない。しかし、ナナシさんはそれを理解していないようで首を傾げていた。
「なにそれ。まあいいや。ねえねえクラウド、お水ちょうだい。わたしとジャッキーの分ね」
「なんや、わしは雑用係か」
「いいじゃん、わたしじゃ持って来られないんだから」
「はいはい、わかったって」
「ねえねえ、本当にさびしかった? あ、クラウドお水ありがとう」
クラウドさんから水を受け取るとナナシさんは僕と同じように机に頭を乗せた。
「ジャッキーのところから離れることなんてないよ。だって、わたしもジャッキーもここに縛られてる人だから」
ナナシさんはさびしそうに笑っていた。それ以降の記憶がない。
シママの寝かしつけを終えてこちらに戻ってきたナナシさんが、事務所の有様を見て驚いた。普段、朝礼をしたり書類を整理したりする場所で、職員たちが缶を持っている光景は異様だろう。
「上半期も終わりなので、ちょっとした打ち上げをしているんです。まあ明日も仕事があるので軽くですが」
「ふうん。ねえねえ、わたしにもお供えして」
僕が説明すると、案の定というか、ナナシさんは手を差し出してお供えを要求してきた。なので僕は持っていた缶をナナシさんから遠ざける。
「ナナシさんは未成年なのでだめです」
「いいじゃん。死んでなかったら成人してるんだし」
「都合のいいときだけ大人ぶらないでください。そもそもコーヒーが苦くて飲めないなら、ビールなんてもっと飲めませんよ」
「ケチ!」
あっかんべー、というように舌を出してむくれている様子の彼女を他所にビールを飲む。本人はいつも成人済みであると主張するけれど、そうやってすぐご機嫌斜めになる人間のどこが大人なのか。そう呆れていると面倒な人がナナシさんに絡んで来たので思わず、げっ、と言ってしまった。
「ナナシー、飲ンデルー?」
「あ、キャメロン! 飲んでなーい、わたしにもお供えして!」
「ちょっとキャメロンさん、毎回毎回、未成年者にお酒勧めるのやめてくださいよ!」
キャメロンさんは飲み会のたびに未成年者にお酒を勧める。冗談で言っているだけなのはわかっているし、実際に飲ませることもしないけれど、今回は話が別だ。キャメロンさんはナナシさんの性質、もしくは体質を知らない。僕もはじめてケーキをお供えするまで知らなかったから。
「未成年者の飲酒は法律により禁止されておりますので、そうやって興味を焚きつけるような真似は」
「ア、ゴメン、モウアゲチャッタ」
ノボリさんの注意を最後まで聞く前に、キャメロンさんはナナシさんにお酒を与えていた。キャメロンさんとしてはただコップにお酒を注いだだけのつもりなんだろうけれど。
「デモ、ナナシ幽霊ダシ、人間ノ法律ハ適用サレナイヨネ……? ッテイウカ、ソモソモ食ベタリ飲ンダリデキルノ?」
すでにお酒を飲んだであろうナナシさんは、立ったままぼーっとしている。その様子にキャメロンさんも少し不安になったようだ。
「ナナシさん大丈夫ですか? 気分悪くなったりしてませんか?」
幽霊に具合が悪くなる概念があるのかは知らないが、とりあえず背中をさする真似をする。
「物理的に減ることはないですけど、一応、お供えされたものは食べたり飲んだりできるんですよ」
何の反応もしない彼女の背中をさする。本当に大丈夫だろうか。そう思っていると、ナナシさんがキャメロンさんの方へ振り向き、ガバッと勢いよく抱きついた。
「えへへ、キャメロンだーいすき」
「なっ」
突然のことに、その場にいた全員が驚きの声を上げる。ナナシさんは酔うと抱きつき魔になるタイプなのだろうか。いつもと雰囲気が違っていて、性的というか、なんというか……表現することに躊躇いを感じるくらいナナシさんらしくなかった。
「ド、ドウシタノ、ナナシ。大丈夫? 酔ッテル?」
「酔ってないよー、えへへ。でもビールってちょっと苦いね。大人の味? って感じ。ねえねえ、そっちのお酒は甘い?」
トロンとした目のナナシさんは抱きついたまま、キャメロンさんの持っているお酒に手を伸ばそうとする。流石にまずいと思ったキャメロンさんも、ナナシさんの手が届かないように腕を高く上げた。それでもナナシさんは負けじと手を伸ばすので、ナナシさんの体がキャメロンさんの体と同化する程度に密着している。
「イヤ、コレ以上オ酒ノオ供エハデキナイカナ……」
「やだ、わたしもっと飲みたい。みんなばっかりずるい」
「ナナシ様、キャメロンが困っていますよ。キャメロンから離れてくださいまし」
ノボリさんがふたりの仲裁に入ると、ナナシさんはキッと彼を睨んだ。膨れっ面はよく見るが、こうやって人を睨みつけている表情ははじめて見た。涙目で、眉間にしわをよせ、いつもは大きい目を細くして、口を短く結んで、頬を赤らめて。その表情はずるい。
「ちょっとノボリ。わたしたちのジャマしないでよ。キャメロンはわたしと一緒にいるの嫌じゃないもんねー?」
再びキャメロンさんの方へ顔を向けると、ナナシさんは頬を染めてニコニコと楽しそうな表情を浮かべている。キャメロンさんは酔っているのとは別に顔を赤くしていた。ムカつく。
「ウ、嫌ジャナイケド……」
「けど、何?」
「チョット、離レテ欲シイカナ、ナンテ」
「なんで? キャメロン、わたしのこと嫌いになったの?」
まるで別れ話に発展したカップルのようなことを言いながら、ナナシさんが今にも泣きそうな顔をしているので、キャメロンさんも焦っている。甘え上戸に泣き上戸、お酒を与えてはいけないタイプだ。そもそもナナシさんは未成年者だから本来お酒は禁止なんだけど、もうすでに与えてしまった以上どうしようもない。
「イヤ、ソウイウ訳ジャナイケド……」
「けど、けどって歯切れの悪い言葉ばっかり! もういい! キャメロンなんて知らない!」
彼の態度に機嫌を悪くしてしまった彼女は、そう言うとキャメロンさんの体から離れると泣きながら走って他の職員のところへ行ってしまった。
「キャ・メ・ロ・ンさん?」
「ゴ、ゴメンッテ。ダッテ、飲メルナンテ知ラナカッタシ、少シノ量デアンナニ酔ウトモ思ッテナカッタカラ……」
キャメロンさんから離れたナナシさんは、いろいろな職員のところへ回って過度なスキンシップを取っていた。僕はその様子を自分の席に着きながら眺めている。しばらくするとナナシさんはジャッジさんに飛びついた。
「ジャッジ、つっかまえたー!」
「わ、どうしたんですかナナシさん。顔赤いですけど……お酒もらったんですか?」
「キャメロンにね、お供えしてもらったんだー。ジャッジもお酒飲んでる?」
ナナシさんに抱きつかれたままジャッジさんは呆れた様子でため息をつく。
「キャメロンさん、またですか……僕は飲んでないですよ。アルコールはあまり得意じゃないので」
「えー、そうなの? お酒飲んだら楽しくなるよ」
「そもそもナナシさん、まだ19歳じゃないですか。飲酒はだめですよ」
「ジャッジまでそうやってわたしのこと子ども扱いするの? わたし、ジャッジより年上だもん」
ナナシさんはキャメロンさんのときと同じように目をうるうるさせているようだった。これが女の武器というものなんだろうか。やっている本人は酔っ払っているので意識しているわけじゃないんだろうけれど。
「別に子ども扱いしてるわけじゃないですよ。でもナナシさん、まだ体がお酒に慣れてないみたいですし。そうですね、僕がアルコール得意になったときは一緒に飲んでください。それまで、ジュースで我慢してもらえますか?」
「本当に?」
「ええ、本当に」
「わかった! ジャッジがお酒飲めるようになるまで我慢してあげる! ジャッジ、早く飲めるよう頑張ってね」
「はい、頑張ります」
「えへへ、ジャッジやさしー」
ジャッジさんはお酒を飲まないため、飲み会のときはだいたい酔っ払いの介護要員になる。そのせいか、ナナシさんのあしらい方も上手だった。しかし、ナナシさんに抱きつかれて嬉しそうなのがムカつく。
「あのねー、ジャッキーはだめだだめだってうるさいの。わたしのこと子ども扱いしてばっかり。わたしの方がジャッキーよりもずーっと早くに生まれたのに」
駄々っ子のような素振りを見せるナナシさんに、ジャッジさんはぽんぽんと頭をなでる真似をしながら何かささやいていた。それを聞いたナナシさんもくすくすと笑っている。
「年の近いライバルがいると大変やなあ」
クラウドさんは苦笑いをしながらふたりの様子を眺めていた。僕の方をちらりと見る。
「別に、僕はナナシさんのこと」
「そんなこと言うてるけどお前、缶空けるスピード早うなってるで。明日も仕事なんやから気いつけな」
クラウドさんから忠告を受けたが、今まで飲み会で酔いつぶれたことはない。今飲んでいるのが何本目かは忘れたけれど、普段は僕だって介護要員なのだ。
「これくらいじゃ酔わないから大丈夫ですー」
「机に突っ伏しながら言うても説得力皆無やで」
「ジャッキー、ジャッキー、ぎゅー」
こちらに戻ってきたナナシさんは、そう言いながら僕に抱きついてきた。散々他の男にしてきたことをされても今は嬉しくない。酔っ払っていないときはいつも僕だけにしてくれたのに。
「なんやナナシ、戻ってきたんか。おう、だいぶ酔いも覚めたようやな」
「うん。あとね、ジャッキーがさびしがってるからそろそろ戻ってあげてって言われたから。あ、クラウドもぎゅーってしてもらいたかった?」
「いや遠慮しておくわ。お前に抱きつかれたらわしが社会的に死んでしまうわ」
少女におっさんが抱きついたら怪しい関係だと疑われてしまうということか。お金絡みとか、性的な関係とか。言及は避けるけれど。いつものナナシさんならともかく、さっきのような雰囲気のナナシさんだと確かにそうかもしれない。しかし、ナナシさんはそれを理解していないようで首を傾げていた。
「なにそれ。まあいいや。ねえねえクラウド、お水ちょうだい。わたしとジャッキーの分ね」
「なんや、わしは雑用係か」
「いいじゃん、わたしじゃ持って来られないんだから」
「はいはい、わかったって」
「ねえねえ、本当にさびしかった? あ、クラウドお水ありがとう」
クラウドさんから水を受け取るとナナシさんは僕と同じように机に頭を乗せた。
「ジャッキーのところから離れることなんてないよ。だって、わたしもジャッキーもここに縛られてる人だから」
ナナシさんはさびしそうに笑っていた。それ以降の記憶がない。