本編
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事務所に忘れ物をしたことに気がついて翌朝取りに行くと、ナナシさんが驚いた顔をしてこちらを見た。どうも、僕の私服姿が珍しいらしい。もともと大きい目をさらに大きく開いている。
「あ、ジャッキーが制服着てない。なんで?」
「今日は仕事休みなんです」
「へー、ジャッキーにもちゃんと休みあったんだ。いつも仕事してるから、てっきり会社に飼われてるのかと思った」
確かにナナシさんが化けて出てからはじめての休日なのでそう思われても仕方がないけれど、もうちょっとマシな言葉を選べなかったのだろうか。今のところ社畜になったつもりはない。
「ひどい言いようですね……長期休暇を取っていた職員の穴埋めのためしばらく休みがなかったんですけど、その職員も昨日から復帰したので」
「へえー、じゃあ今日は何をするの?」
「特に何も。ポケモンの毛づくろいをしたあとは、部屋の中でただゴロゴロするだけです」
「趣味とか何もないの?」
特には、と答えるとナナシさんは信じられないと言いたげな目で僕を見つめた。男が部屋の中でやる趣味なんて何があるだろうか。周りからはよく「若いくせに枯れてる」と言われるが、余計なお世話だ。
「じゃあさ、ねえねえ、ジャッキーの部屋に遊びに行きたい! 行ってもいい? だめ?」
ナナシさんにしては珍しく選択肢のある質問だった。いつもは肯定すること前提の聞き方なのに、一応、気を使っているのだろうか。
「別にいいですけど、何も面白いものないですよ」
僕がそう答えると、ナナシさんは驚いた様子だった。
「あれっいいの? やったー、断られると思ったのに」
「僕ひとりでいても、つまらないですから」
しかし、自分で許可を出しておきながらなんだけど、幽霊といえども女の子なんだから、もう少し警戒心というものを持ってくれないかな……と思う。
「こうやって体をなでてあげると喜ぶんです」
フローゼルの毛の流れに沿って体をなでると、嬉しそうにキュウウと鳴いた。その様子をナナシさんはキラキラした表情で見つめている。
「本当だ、フローゼル気持ち良さそう。わたしもやりたい」
「その体でどうやってやるんですか……」
ナナシさんはポケモンにも触れられないのに。しかし、案外ふたりとも乗り気なもので、美容院ごっこを楽しんでいるようだった。
「お客サマ、かゆいところはございませんかー」
僕がやったのと同じように、ナナシさんはフローゼルをなでる真似をする。フローゼルもそれに乗ってキュウウと鳴いた。
ポケモンたちの手入れを一通り終えると、ナナシさんは僕のベッドに横たわった。普通、人の部屋の、しかも男のベッドに横たわるものだろうか。生前からなのか、幽霊としての時間が長かったせいで抜け落ちたのかは知らないが、もう少し恥じらいと常識と警戒心を持ち合わせてほしい。
「そこ、僕のベッドですけど」
「知ってるよ、ジャッキーの部屋なんだから」
よいしょ、と言ってナナシさんはベッドから少し身を乗り出す。どうやら目的のものは別にあるようだ。
「ベッドの下にはエロ本が隠してあるって相場が決まってるのー」
「勝手に人の部屋を物色しないでください」
なぜ一人暮らしなのにわざわざベッドの下に隠すと思っているのだろうか、と考えていると、身を乗り出して下をのぞき込んでいたナナシさんがころりとベッドから転がり落ちた。ポカンとした表情で天井をながめているナナシさんに、呆れて思わずため息が出てしまう。
「なんで霊体なのに重力に従ってベッドから転がり落ちるんですか……」
「自分でも落ちるなんて思ってなかった、アハハ! 頭打った、痛いー」
「幽霊に痛覚はないでしょう」
「ちえ、ちょっとは心配してくれてもいいじゃん」
「自業自得です」
頭を押さえて舌を出しているナナシさんを他所に、僕は飲み物を用意した。
「ナナシさん、ココアでいいですか」
「お供え物! ありがとー」
どうせ苦いものは飲めないだろうと思って甘いものを用意したが、どうやら正解だったようだ。カップの中身は減っていないが、お供えしたものは一応飲んだり食べたりできるらしい。といっても、物理的に減らないことには変わりはないので、最終的にこのココアも僕が飲むことになるのだが。それでもナナシさんは「このココアおいしいね。いつもの缶のやつと違う味。ジャッキーが作ったの?」とニコニコしている。
「いえ、売店で買ったものですけど、他の地方のものが期間限定で売っていたので。エネココアっていうらしいです」
「へえー。じゃあ、ジャッキーが飲んでいるコーヒーも期間限定のやつ?」
「ええ」
「わたしコーヒー苦手。苦いから」
予想通りの答えに思わず「子供舌」と言うと、ナナシさんは「うるさい!」と僕を叩く真似をした。それからテーブルの端に視線を移したかと思うと驚いたような声を出した。
「ジャッキーが珍しい本持ってる」
「ああ、これですか。この間ナナシさんが流行の話をしていたので、ついでに買ってみました」
普段読むとしても小説くらいなので、こういった雑誌の類を買うのははじめてだった。ナナシさんの方も僕が雑誌を持っていることに興味を持ったようで、キラキラした目をしてこちらを見ている。
「へえー、わたしも読みたい!」
「どうぞ」
僕がそう言ってナナシさんに雑誌を差し出すと彼女は頬を膨らませた。
「ジャッキーがめくってくれないと読めないよ!」
勝手に人の部屋を物色した罰として、ちょっとだけ意地悪をしてみた。そうやって頬を膨らませるナナシさんを見て、ざまあみろと心の中で少し笑う。
僕が雑誌のページをめくると、ナナシさんが僕の真横に座ってきた。別に、体がないので触れ合っている感覚は全くないが、それでも少しドキドキする。ナナシさんは何も感じないんだろうか。何も感じないんだろうな、人の部屋に上がって男のベッドに横たわり、エロ本を探すくらいの人だから。
「ナナシさん、近いです」
「近くにいないと読めないじゃん」
ごもっともな意見である。が、もう少し距離感というものを考えてくれないだろうかと思う。そう考えているとナナシさんが、あ、と声を上げた。ナナシさんの視線の先には、パイロットでありジムリーダーでもあるフウロさんの写真が載っていた。
「フキヨセ特集」
「気になるんですか?」
正直、ナナシさんがフキヨセに食いつくと思っていなかったので驚いた。ナナシさんが、えへへ、と笑いながら視線をこちらに移す。
「わたし、実家がフキヨセなんだ。この子がジムリーダーなんだね。アハハ、ぶっ飛びガールだって! かわいいのに面白い人だね」
ナナシさんの感想に、いやきみも十分ぶっ飛んでると思うけどなあ……と心の中で苦笑いしてしまう。しかし、ナナシさんの言葉とは裏腹に表情はとてもさびしそうで、何も口に出すことができない。景色の変わった故郷の写真を見て、何を感じているだろう。
「お父さん、まだ生きてるかなー」
ぽつりと一言だけナナシさんがつぶやいた。
「あ、ジャッキーが制服着てない。なんで?」
「今日は仕事休みなんです」
「へー、ジャッキーにもちゃんと休みあったんだ。いつも仕事してるから、てっきり会社に飼われてるのかと思った」
確かにナナシさんが化けて出てからはじめての休日なのでそう思われても仕方がないけれど、もうちょっとマシな言葉を選べなかったのだろうか。今のところ社畜になったつもりはない。
「ひどい言いようですね……長期休暇を取っていた職員の穴埋めのためしばらく休みがなかったんですけど、その職員も昨日から復帰したので」
「へえー、じゃあ今日は何をするの?」
「特に何も。ポケモンの毛づくろいをしたあとは、部屋の中でただゴロゴロするだけです」
「趣味とか何もないの?」
特には、と答えるとナナシさんは信じられないと言いたげな目で僕を見つめた。男が部屋の中でやる趣味なんて何があるだろうか。周りからはよく「若いくせに枯れてる」と言われるが、余計なお世話だ。
「じゃあさ、ねえねえ、ジャッキーの部屋に遊びに行きたい! 行ってもいい? だめ?」
ナナシさんにしては珍しく選択肢のある質問だった。いつもは肯定すること前提の聞き方なのに、一応、気を使っているのだろうか。
「別にいいですけど、何も面白いものないですよ」
僕がそう答えると、ナナシさんは驚いた様子だった。
「あれっいいの? やったー、断られると思ったのに」
「僕ひとりでいても、つまらないですから」
しかし、自分で許可を出しておきながらなんだけど、幽霊といえども女の子なんだから、もう少し警戒心というものを持ってくれないかな……と思う。
「こうやって体をなでてあげると喜ぶんです」
フローゼルの毛の流れに沿って体をなでると、嬉しそうにキュウウと鳴いた。その様子をナナシさんはキラキラした表情で見つめている。
「本当だ、フローゼル気持ち良さそう。わたしもやりたい」
「その体でどうやってやるんですか……」
ナナシさんはポケモンにも触れられないのに。しかし、案外ふたりとも乗り気なもので、美容院ごっこを楽しんでいるようだった。
「お客サマ、かゆいところはございませんかー」
僕がやったのと同じように、ナナシさんはフローゼルをなでる真似をする。フローゼルもそれに乗ってキュウウと鳴いた。
ポケモンたちの手入れを一通り終えると、ナナシさんは僕のベッドに横たわった。普通、人の部屋の、しかも男のベッドに横たわるものだろうか。生前からなのか、幽霊としての時間が長かったせいで抜け落ちたのかは知らないが、もう少し恥じらいと常識と警戒心を持ち合わせてほしい。
「そこ、僕のベッドですけど」
「知ってるよ、ジャッキーの部屋なんだから」
よいしょ、と言ってナナシさんはベッドから少し身を乗り出す。どうやら目的のものは別にあるようだ。
「ベッドの下にはエロ本が隠してあるって相場が決まってるのー」
「勝手に人の部屋を物色しないでください」
なぜ一人暮らしなのにわざわざベッドの下に隠すと思っているのだろうか、と考えていると、身を乗り出して下をのぞき込んでいたナナシさんがころりとベッドから転がり落ちた。ポカンとした表情で天井をながめているナナシさんに、呆れて思わずため息が出てしまう。
「なんで霊体なのに重力に従ってベッドから転がり落ちるんですか……」
「自分でも落ちるなんて思ってなかった、アハハ! 頭打った、痛いー」
「幽霊に痛覚はないでしょう」
「ちえ、ちょっとは心配してくれてもいいじゃん」
「自業自得です」
頭を押さえて舌を出しているナナシさんを他所に、僕は飲み物を用意した。
「ナナシさん、ココアでいいですか」
「お供え物! ありがとー」
どうせ苦いものは飲めないだろうと思って甘いものを用意したが、どうやら正解だったようだ。カップの中身は減っていないが、お供えしたものは一応飲んだり食べたりできるらしい。といっても、物理的に減らないことには変わりはないので、最終的にこのココアも僕が飲むことになるのだが。それでもナナシさんは「このココアおいしいね。いつもの缶のやつと違う味。ジャッキーが作ったの?」とニコニコしている。
「いえ、売店で買ったものですけど、他の地方のものが期間限定で売っていたので。エネココアっていうらしいです」
「へえー。じゃあ、ジャッキーが飲んでいるコーヒーも期間限定のやつ?」
「ええ」
「わたしコーヒー苦手。苦いから」
予想通りの答えに思わず「子供舌」と言うと、ナナシさんは「うるさい!」と僕を叩く真似をした。それからテーブルの端に視線を移したかと思うと驚いたような声を出した。
「ジャッキーが珍しい本持ってる」
「ああ、これですか。この間ナナシさんが流行の話をしていたので、ついでに買ってみました」
普段読むとしても小説くらいなので、こういった雑誌の類を買うのははじめてだった。ナナシさんの方も僕が雑誌を持っていることに興味を持ったようで、キラキラした目をしてこちらを見ている。
「へえー、わたしも読みたい!」
「どうぞ」
僕がそう言ってナナシさんに雑誌を差し出すと彼女は頬を膨らませた。
「ジャッキーがめくってくれないと読めないよ!」
勝手に人の部屋を物色した罰として、ちょっとだけ意地悪をしてみた。そうやって頬を膨らませるナナシさんを見て、ざまあみろと心の中で少し笑う。
僕が雑誌のページをめくると、ナナシさんが僕の真横に座ってきた。別に、体がないので触れ合っている感覚は全くないが、それでも少しドキドキする。ナナシさんは何も感じないんだろうか。何も感じないんだろうな、人の部屋に上がって男のベッドに横たわり、エロ本を探すくらいの人だから。
「ナナシさん、近いです」
「近くにいないと読めないじゃん」
ごもっともな意見である。が、もう少し距離感というものを考えてくれないだろうかと思う。そう考えているとナナシさんが、あ、と声を上げた。ナナシさんの視線の先には、パイロットでありジムリーダーでもあるフウロさんの写真が載っていた。
「フキヨセ特集」
「気になるんですか?」
正直、ナナシさんがフキヨセに食いつくと思っていなかったので驚いた。ナナシさんが、えへへ、と笑いながら視線をこちらに移す。
「わたし、実家がフキヨセなんだ。この子がジムリーダーなんだね。アハハ、ぶっ飛びガールだって! かわいいのに面白い人だね」
ナナシさんの感想に、いやきみも十分ぶっ飛んでると思うけどなあ……と心の中で苦笑いしてしまう。しかし、ナナシさんの言葉とは裏腹に表情はとてもさびしそうで、何も口に出すことができない。景色の変わった故郷の写真を見て、何を感じているだろう。
「お父さん、まだ生きてるかなー」
ぽつりと一言だけナナシさんがつぶやいた。