本編
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今日もギアステーションへ行く途中で道に迷ってしまった。また始業時間ギリギリの到着だろうか、それとも遅刻して反省文を書かされるのだろうか。朝から肩を落としていると、リトルコートからひとりの女の子が出てきた。女の子は女性用の郵便配達員の制服に身を包んでいながら、ローラーシューズを履いているというミスマッチな格好をしていたけれど、郵便物を入れたカバンを下げているペリッパーと一緒にいることを考えれば、きちんとここの配達員のようだ。地図を広げながら、次の配達地を確認している。
「ねえ、きみ! ちょっと聞きたいことが!」
「はい、なんでしょう」
僕が声をかけると女の子は地図から顔を離してこちらを見た。突然声をかけられたことに驚いたのか、帽子によって少し影のかかった大きな目をぱちぱちとさせている。
「これからギアステーションで仕事なんだけど、道に迷っちゃって……案内してもらいたいんだ」
ははは……と苦笑いを見せながらお願いすると、彼女は再び地図に視線を戻し、指ですうっと地図上の道をなぞっている。それから場所を把握したようで、ローラーを転がせて僕に近寄るとガシッと腕を掴んできた。
「わたしたちもこれからギアステーションへ配達に行くんです。振り落とされないよう、頑張って走ってくださいね」
女の子はそう言うと、勢いよく走り出して腕を引っ張った。ローラーシューズというものは意外にスピードが出るようで、女の子もペリッパーも余裕のある表情を浮かべているのに、僕は必死になってそれについていくしかない。大したものの入っていないカバンがガチャガチャと音を立てる。秋の乾いた風が顔に当たる。僕としては普通に案内をしてもらいたかったのだが、そんなことはお構いなしで走っていく。そうしてギアステーションに着く頃にはもう息も絶え絶えで死にそうだった。
ギアステーションに到着すると、女の子は慣れたようにローラーシューズの車輪をしまって、ペリッパーが下げているカバンから必要な荷物を取り出すと、また僕の腕を引っ張って階段を駆け下りていった。それからきょろきょろと辺りを見渡し、関係者用の通路を見つけると近くの職員に「郵便です」と声をかけた。職員は女の子の服装と、腕を掴まれてぜーぜーと息の上がっている僕を交互に見て、中に入ることに許可を出した。面白いものを見た、というような表情を浮かべている同僚に何か言葉を返す余裕なんてない。彼女が再び駆け出していくので、僕はまた走らされることになった。
「おはようございます。郵便でーす」
扉を叩きながら名乗る彼女の声はとてもよく響いた。ガチャリ、と扉が開く。出てきたのはクラウドさんだった。
「おお、はじめて見る顔やな。ありがとさん……ってなんや、お届けもんっちゅうのはカズマサかいな」
「今日からこの近辺の配達をすることになりましたナナシです。この方は途中で道を尋ねられたのでご一緒しました。お届けものはこちらです。ここにサインをお願いします」
新顔の郵便屋さんから荷物をもらったクラウドさんは笑顔を見せたあと、少し眉間にしわを寄せた。また道に迷ったのか、と言いたげな、呆れた表情でこちらを見ている。なので、僕は息を切らせながら頭を下げる他ない。しかし、今日は彼女−−ナナシちゃんのおかげでいくらか時間に余裕を持ってギアステーションに着くことができた。と言っても、体力は業務開始前からほぼ0に等しかったけれど。
クラウドさんからサインを受け取ると、ナナシちゃんはありがとうございますと言ってぺこりと頭を下げた。それから背を向けて駆け出していく。
「あ、あの! 送ってくれてありがとう!」
「どういたしまして、それでは」
僕の言葉にくるりとこちらを向いたナナシちゃんは一度足を止め、再びぺこりと頭を下げた。そして今度は振り返らず次の配達へと向かって行った。ナナシちゃんの姿が完全に見えなくなったことを確認すると、届けられたばかりの手紙でクラウドさんに軽く頭を叩かれた。
「今日はどこで道草食ってたんや」
「リトルコートの近くです……そこでちょうど次の配達に向かう途中の彼女に会ったので、道を聞いたんですけど……」
「なんでそんなに息が上がっとんのや」
「彼女、ローラーシューズを走らせて配達に行くみたいなんですよ……それで、僕の腕を掴んだ状態で走っていくので、置いて行かれないよう必死で走った結果がこれです……」
「でも良かったな。カズマサ好みの子やったやんけ」
「いや、顔を見る余裕なんてなかったです……」
確かに、最初声をかけたときは目も大きいしかわいい子だなと思ったけれど、そのあとは走るのに必死でそんなことを考える余裕なんてなかった。そう答えると、そりゃ残念やったな、と豪快に笑った。それから事務所にいる黒ボスに届いた荷物と手紙を渡しながら、荷物と一緒にカズマサも届いたで、なんて言うので中にいた職員全員に笑われてしまった。なので僕は、ははは……と苦笑いを見せながらため息をつき、自分の席に着いた。
次の日も彼女はライモンシティをペリッパーと一緒にローラーシューズで駆け回っていた。それから僕に気がつくと、すうっと僕に近寄った。
「おはようございます。今日も迷子ですか?」
「あっ昨日の」
「迷子でないならいいんです。これから配達があるので、それでは」
あいさつを済ませると彼女は次の配達地へ走り出そうとした。
「いや! その、ごめん。今日も道に迷っちゃって……」
彼女がくるりとこちらを向いた。それから昨日と同じように腕を掴むと「なら、しっかりと掴まっていてください」と言って靴を滑らせた。しかし、今度はスピードを緩めてくれたので、少しだけ会話をする余裕が生まれた。
「昨日はありがとう」
「いえ、気にしないでください。わたしもギアステーションに用があったので」
「ねえ、きみはどうしてローラーシューズを履いて配達してるの?」
「きみじゃなくてナナシです」
「ご、ごめん。ナナシちゃん」
少しだけ嫌そうな顔をでこちらを見たナナシちゃんは、すぐに視線を前に戻した。
「ローラーシューズは前の仕事で使っていたときの癖です。それに、早く移動できるので配達には便利ですよ。屋内ではちゃんとローラーをしまっているので、怒られる心配もありません」
「前はどんな仕事をしていたのかな」
「今と同じ、みんなに夢を届ける仕事です」
「手紙を夢に置き換える表現、面白いね」
すてきな言い回しだな、と思っていると、ナナシちゃんが再びこちらに視線を向けた。その目には呆れが写っている。
「毎日通う職場へ行くのに迷子になるカズマサさんの方が面白いと思いますけどね」
「それはまあ……というか名前、なんで」
昨日、名前を教えた覚えなんてないのに。不思議に思っていると、「コガネ弁の人がそう呼んでました」とナナシちゃんは答えた。
「記憶力いいんだね」
「よくなかったらこの仕事できませんよ」
確かに、今日の彼女は地図を広げていない。昨日からここの配達を任されたというのにもう覚えたなんてすごいな、と感心してしまう。
ギアステーションに着くと慣れたようにローラーをしまってペリッパーのカバンから必要な荷物を取り出し、僕の腕を掴んで階段を駆け下りた。それから職員に郵便だと許可をもらい、事務所へ向かっていく。コンコン、と扉を叩いて、昨日と同じようにナナシちゃんの声が響いた。
「おはようございます。郵便でーす」
ガチャリ、と扉が開く。今日の対応はキャメロンさんだ。ドーモ、と手を差し出しながら彼女の隣にいる僕を見るとハッと笑った。
「アレ、コンナ荷物頼ンダ覚エナイケドナア」
「受取拒否は困ります」
僕のことをからかいながらキャメロンさんはサインを書く。それをナナシちゃんは真面目な顔で答えた。なので「ちょっと! 僕は荷物じゃないですよ!」と抗議をしたけれど、僕のツッコミは無視して、ナナシちゃんはぺこりと頭を下げて次の配達地へと向かってしまった。その様子を見たキャメロンさんはケラケラと大笑いをしたあと、荷物が届いた報告と僕が届いた報告をするので、僕はまた職員たちから笑われることとなった。
それからというもの、ローラーシューズを履き、郵便物の入ったカバンをペリッパーに持たせて勢いよくライモンシティ内で配達をするナナシちゃんに腕を掴まれて、ギアステーションまで走らされるのが最近の僕の日課となった。ときどきナナシちゃんの姿が見えないときは事務所で反省文を書かされるけれど、僕と荷物を送り届けるときの彼女の顔はとても生き生きとしていて、最初は辛かった走り込みもだんだんと楽しく思えてきた。今日も道に迷った僕を迎えに来てくれないかな、なんて思う。
「ねえ、きみ! ちょっと聞きたいことが!」
「はい、なんでしょう」
僕が声をかけると女の子は地図から顔を離してこちらを見た。突然声をかけられたことに驚いたのか、帽子によって少し影のかかった大きな目をぱちぱちとさせている。
「これからギアステーションで仕事なんだけど、道に迷っちゃって……案内してもらいたいんだ」
ははは……と苦笑いを見せながらお願いすると、彼女は再び地図に視線を戻し、指ですうっと地図上の道をなぞっている。それから場所を把握したようで、ローラーを転がせて僕に近寄るとガシッと腕を掴んできた。
「わたしたちもこれからギアステーションへ配達に行くんです。振り落とされないよう、頑張って走ってくださいね」
女の子はそう言うと、勢いよく走り出して腕を引っ張った。ローラーシューズというものは意外にスピードが出るようで、女の子もペリッパーも余裕のある表情を浮かべているのに、僕は必死になってそれについていくしかない。大したものの入っていないカバンがガチャガチャと音を立てる。秋の乾いた風が顔に当たる。僕としては普通に案内をしてもらいたかったのだが、そんなことはお構いなしで走っていく。そうしてギアステーションに着く頃にはもう息も絶え絶えで死にそうだった。
ギアステーションに到着すると、女の子は慣れたようにローラーシューズの車輪をしまって、ペリッパーが下げているカバンから必要な荷物を取り出すと、また僕の腕を引っ張って階段を駆け下りていった。それからきょろきょろと辺りを見渡し、関係者用の通路を見つけると近くの職員に「郵便です」と声をかけた。職員は女の子の服装と、腕を掴まれてぜーぜーと息の上がっている僕を交互に見て、中に入ることに許可を出した。面白いものを見た、というような表情を浮かべている同僚に何か言葉を返す余裕なんてない。彼女が再び駆け出していくので、僕はまた走らされることになった。
「おはようございます。郵便でーす」
扉を叩きながら名乗る彼女の声はとてもよく響いた。ガチャリ、と扉が開く。出てきたのはクラウドさんだった。
「おお、はじめて見る顔やな。ありがとさん……ってなんや、お届けもんっちゅうのはカズマサかいな」
「今日からこの近辺の配達をすることになりましたナナシです。この方は途中で道を尋ねられたのでご一緒しました。お届けものはこちらです。ここにサインをお願いします」
新顔の郵便屋さんから荷物をもらったクラウドさんは笑顔を見せたあと、少し眉間にしわを寄せた。また道に迷ったのか、と言いたげな、呆れた表情でこちらを見ている。なので、僕は息を切らせながら頭を下げる他ない。しかし、今日は彼女−−ナナシちゃんのおかげでいくらか時間に余裕を持ってギアステーションに着くことができた。と言っても、体力は業務開始前からほぼ0に等しかったけれど。
クラウドさんからサインを受け取ると、ナナシちゃんはありがとうございますと言ってぺこりと頭を下げた。それから背を向けて駆け出していく。
「あ、あの! 送ってくれてありがとう!」
「どういたしまして、それでは」
僕の言葉にくるりとこちらを向いたナナシちゃんは一度足を止め、再びぺこりと頭を下げた。そして今度は振り返らず次の配達へと向かって行った。ナナシちゃんの姿が完全に見えなくなったことを確認すると、届けられたばかりの手紙でクラウドさんに軽く頭を叩かれた。
「今日はどこで道草食ってたんや」
「リトルコートの近くです……そこでちょうど次の配達に向かう途中の彼女に会ったので、道を聞いたんですけど……」
「なんでそんなに息が上がっとんのや」
「彼女、ローラーシューズを走らせて配達に行くみたいなんですよ……それで、僕の腕を掴んだ状態で走っていくので、置いて行かれないよう必死で走った結果がこれです……」
「でも良かったな。カズマサ好みの子やったやんけ」
「いや、顔を見る余裕なんてなかったです……」
確かに、最初声をかけたときは目も大きいしかわいい子だなと思ったけれど、そのあとは走るのに必死でそんなことを考える余裕なんてなかった。そう答えると、そりゃ残念やったな、と豪快に笑った。それから事務所にいる黒ボスに届いた荷物と手紙を渡しながら、荷物と一緒にカズマサも届いたで、なんて言うので中にいた職員全員に笑われてしまった。なので僕は、ははは……と苦笑いを見せながらため息をつき、自分の席に着いた。
次の日も彼女はライモンシティをペリッパーと一緒にローラーシューズで駆け回っていた。それから僕に気がつくと、すうっと僕に近寄った。
「おはようございます。今日も迷子ですか?」
「あっ昨日の」
「迷子でないならいいんです。これから配達があるので、それでは」
あいさつを済ませると彼女は次の配達地へ走り出そうとした。
「いや! その、ごめん。今日も道に迷っちゃって……」
彼女がくるりとこちらを向いた。それから昨日と同じように腕を掴むと「なら、しっかりと掴まっていてください」と言って靴を滑らせた。しかし、今度はスピードを緩めてくれたので、少しだけ会話をする余裕が生まれた。
「昨日はありがとう」
「いえ、気にしないでください。わたしもギアステーションに用があったので」
「ねえ、きみはどうしてローラーシューズを履いて配達してるの?」
「きみじゃなくてナナシです」
「ご、ごめん。ナナシちゃん」
少しだけ嫌そうな顔をでこちらを見たナナシちゃんは、すぐに視線を前に戻した。
「ローラーシューズは前の仕事で使っていたときの癖です。それに、早く移動できるので配達には便利ですよ。屋内ではちゃんとローラーをしまっているので、怒られる心配もありません」
「前はどんな仕事をしていたのかな」
「今と同じ、みんなに夢を届ける仕事です」
「手紙を夢に置き換える表現、面白いね」
すてきな言い回しだな、と思っていると、ナナシちゃんが再びこちらに視線を向けた。その目には呆れが写っている。
「毎日通う職場へ行くのに迷子になるカズマサさんの方が面白いと思いますけどね」
「それはまあ……というか名前、なんで」
昨日、名前を教えた覚えなんてないのに。不思議に思っていると、「コガネ弁の人がそう呼んでました」とナナシちゃんは答えた。
「記憶力いいんだね」
「よくなかったらこの仕事できませんよ」
確かに、今日の彼女は地図を広げていない。昨日からここの配達を任されたというのにもう覚えたなんてすごいな、と感心してしまう。
ギアステーションに着くと慣れたようにローラーをしまってペリッパーのカバンから必要な荷物を取り出し、僕の腕を掴んで階段を駆け下りた。それから職員に郵便だと許可をもらい、事務所へ向かっていく。コンコン、と扉を叩いて、昨日と同じようにナナシちゃんの声が響いた。
「おはようございます。郵便でーす」
ガチャリ、と扉が開く。今日の対応はキャメロンさんだ。ドーモ、と手を差し出しながら彼女の隣にいる僕を見るとハッと笑った。
「アレ、コンナ荷物頼ンダ覚エナイケドナア」
「受取拒否は困ります」
僕のことをからかいながらキャメロンさんはサインを書く。それをナナシちゃんは真面目な顔で答えた。なので「ちょっと! 僕は荷物じゃないですよ!」と抗議をしたけれど、僕のツッコミは無視して、ナナシちゃんはぺこりと頭を下げて次の配達地へと向かってしまった。その様子を見たキャメロンさんはケラケラと大笑いをしたあと、荷物が届いた報告と僕が届いた報告をするので、僕はまた職員たちから笑われることとなった。
それからというもの、ローラーシューズを履き、郵便物の入ったカバンをペリッパーに持たせて勢いよくライモンシティ内で配達をするナナシちゃんに腕を掴まれて、ギアステーションまで走らされるのが最近の僕の日課となった。ときどきナナシちゃんの姿が見えないときは事務所で反省文を書かされるけれど、僕と荷物を送り届けるときの彼女の顔はとても生き生きとしていて、最初は辛かった走り込みもだんだんと楽しく思えてきた。今日も道に迷った僕を迎えに来てくれないかな、なんて思う。
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