本編
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休日出勤をした夕方にナナシちゃんとは別のベクトルで勢いのいい子に腕を引っ張られてジョインアベニューへ走らされると、仕事終わりであろうナナシちゃんが買い物をしているところに遭遇した。そして僕の存在に気がつくと、げっ、というような顔をしたあと、僕の隣にいる子に視線を移して複雑そうな顔を見せた。ナナシちゃんの視線の先にいる彼女は僕とナナシちゃんの顔を交互に見て、微妙な雰囲気になってしまったことに気がつくと、アハハ……と苦笑いを浮かべて仕事場へと戻り、取り残された僕もジト目でこちらを見るナナシちゃんに苦笑いを浮かべるしかなかった。
「カズマサさん、今日仕事休みじゃなかったんですか?」
「休みだったけど突然欠員が出たから休日出勤することになって」
「あと、彼女いたんですね」
「いや、今の子は同僚の彼女であって、ちょっとパシリにされてここに」
「普通、彼女じゃない子に腕引っ張られて一緒に行動しますか?」
「ナナシちゃん、僕とはじめて会ったときからほぼ毎日それやってるけど……」
一瞬間が空いて、あ、と顔をすると「今の質問は忘れてください」と言われた。自分の発言が恥ずかしかったようで、珍しく顔を赤くしている。一応嫉妬してくれるんだな、と思いながらナナシちゃんの買っているものに目を移すと、見ないでください、と怒られた。
「……そんなにカップ麺買ってどうするの?」
「食べるから買ってるんです」
「それにしても量多くない?」
ナナシちゃんの目元がぴくぴくと動いた。前に医務室でやらかしたときと同じ、怒っているときの仕草だ。またスマートじゃない云々と怒られそうだと思ったら、一呼吸置いてナナシちゃんは口を開いた。
「……料理苦手だから出来合いのものとかカップ麺とかを買ってるんです」
料理が苦手という話は今まで聞いてなかったので知らなかったな、くらいにしか思わなかったけれど、ナナシちゃんとしてはものすごく嫌だったようで買い物を終えるとそのままペリッパーさんに乗って帰ってしまった。今のはどうやって返すのが正解だったんだろう……と思いながらため息をついて僕も帰宅することにした。
次の日、怒って迎えに来ないんじゃないかと思ったけれど、いつも通りペリッパーさんと一緒に僕のところにやってきた。ただ、昨日の発言を気にしているのか僕の腕を掴もうとしなかったので、僕がナナシちゃんの腕を掴む。ちょっと気まずそうな顔をしながらナナシちゃんはローラーシューズをゆっくりと走らせた。
「昨日はすみません」
「いや、僕の方こそごめん。気に障るようなこと言っちゃって」
「……料理ができないこと知られたくなかったのに、ああやって買い物してるところ見られてショックでつい……家に帰ってペリッパーさんにものすごく怒られました」
やっぱりペリッパーさんってお母さん気質なんだな……と思いながら、苦手なことを隠そうとするところがかわいいなと思って笑ったら突然走るスピードを速められてしまった。はじめて会ったときと同じくらいのスピードで、大したものの入っていないカバンがガチャガチャと音を立てる。
「ご、ごめん。料理ができないことに笑ったんじゃなくて、苦手なものを隠そうとするところとか、ペリッパーさんに怒られたことを素直に言うところがかわいいなって!」
「本当にそう思ってます?」
「思ってるって!」
信じてくれたのか、走るスピードを緩めてくれた。少しだけ息を整えて、ひとつナナシちゃんに提案をしてみる。
「今度の休みにさ、一緒に料理を作らない? 僕もあんまり得意じゃないけど、ふたりだったら美味しいもの作れるかなって!」
「……まあ、それくらいなら付き合ってもいいですけど」
断られるかと思ったけれど、しぶしぶといった感じで了承してくれた。ただ、視線の先がペリッパーさんにあるので、パートナー間でしかわからないやり取りがあったんだろうと思う。
休日、僕の家で料理を作ることになった。ただ、何を作るかは決めていなかったため、買い物をしながら決めようとホドモエマーケットで食材探しをしている。ナナシちゃんはまた「迷子にならないように」という理由で僕と手を繋いでいる。
「カズマサさん、何買いますか」
「どうしよっか。ナナシちゃん、食べられないものってある? 嫌いなものとか、アレルギーとか」
「サバの味噌煮が嫌いです」
「ピンポイントすぎるよ! しかも調理済だし。他は?」
「パクチーみたいなクセの強いものとかにおいのキツイものが苦手です。でも、初心者が作る料理なら使わないですよね。何作りますか」
「和食と洋食、どっちがいい?」
「お昼は洋食で、夜は和食」
「あれ、いいの?」
ナナシちゃんの意外な答えに驚いていると、なにがですか? と不思議そうな顔で食材が並んでいる棚から僕の方へと視線を移した。
「夜までいてくれるんだなって」
「ああ、じゃあ昼で帰りますね」
「ちょっと!」
「……お昼はオムライスで、夜は煮物がいいです」
「じゃあ、まず卵売り場に行こっか」
買い物を終えて食材を袋に詰める。思っていたよりも多く買ったので2枚の袋に分けて詰めた。それから僕の家に帰ろうとすると、ナナシちゃんはじっと買ったものを見つめていた。
「カズマサさん、重くないですか? 半分持ちますよ。それかペリッパーさんに運んでもらいましょうか?」
「え? 大丈夫だよ、これくらい」
「そうですか。はぐれないでくださいね」
「……やっぱり、半分持ってもらおうかな」
軽い方の袋を手渡したら空いた手で僕の手を握った。素直じゃないというか、不器用というか、そういうところがかわいいなと思う。
家に着いて、夜に使う分の食材はしまい、オムライスに使うものを用意する。そして、まずチキンライスを作ろうとして早々少し心配になる。
「ナナシちゃん、大丈夫? ちゃんと包丁握れる?」
「いくらなんでもバカにしすぎじゃないですか?」
「バカにしてるわけじゃないけど、普段料理しないみたいだったから」
「あまりしないけど、全くしないわけじゃないです」
そうやって強がっているものの、そのままだと指ごと切ってしまいそうで、本当に家ではカップ麺と出来合いのものしか食べていないんじゃないかと思う。
「ナナシちゃん、包丁を使うときは抑える方の手を丸めないと危ないよ。こうやって」
「だからって、調理実習の子どもじゃあるまいし、こんな格好でやらなくても」
「手つきが危うすぎて……」
僕が後ろからサポートするように手を重ねると少し不満そうな声を出したけれど、特に嫌がるわけでもなく作業を続けてくれた。ただ少し、頭を下げている。
「やっぱり、料理ができない女は嫌いですか?」
「そんなことないけど、なんで?」
「女は料理ができて当たり前みたいな風潮があるし、今まで付き合った人も、料理は苦手だって言うと嫌な顔してきたから」
「誰にだって得意不得意があるから、そんなに気にしなくていいと思うよ」
「カズマサさんは道に迷うの得意ですもんね」
「それ今言う必要ないよね!? というかそれ特技じゃないし!」
なぜ今それを、というツッコミは無視してナナシちゃんはまた喋り出した。
「コンテストに出場しているときは完璧なキャラクターを演じてたから」
「うん?」
「普段のわたしを知って、こんなやつだと思わなかったって」
「人は何かしら欠点がある方がちょうどいいと思うけどな」
「カズマサさんの欠点は、道に迷うこと以外だとなんですか?」
「うーん、空気が読めないって怒られることが多いかな」
「ああ、確かに」
「納得されちゃうのは悲しいなあ……」
「他は?」
「あとは、なんだろう。自分の短所って意外にパッと出てこないな。ナナシちゃんが一緒にいてくれたら、嫌でも見つけられちゃうかもね!」
「ふうん」
「興味なさそう……」
気ままな子だな、と思いながら作業を進める。しばらくやっていくうちに慣れたようでぎこちなかった手つきも少しはまともになった。ただ、少々僕の方に問題が発生し、ナナシちゃんの手が一度止まる。
「カズマサさん」
「な、なに」
「痴漢です」
「いや、その、ごめん……他意はない、です……」
体が近かったことと、ナナシちゃんのシャンプーの香りが鼻をくすぐったことで自分の体が反応してしまった。嫌われたかな……と思って自分の空気の読めなさ具合に悲しくなったけれど、ナナシちゃんはまた手を動かし始めた。それから、「やっぱり、キスとかセックスとかしたいなって思いますか」というものすごくどストレートな質問に、なんて答えればいいのか戸惑う。
「それは……したくないって言ったら嘘になるけど、ナナシちゃんの心の整理がつかないうちにそんなことをしたら、体だけの中途半端な関係になりそうで、今はできない、かな」
「……カズマサさんは優しい人ですね」
今の答えが合っていたのかはわからないけれど、ナナシちゃんはそのあとも普通に話をしながら作業を進め、オムライスの方は完成した。ただ普段料理をしないということが背景にあるからか、できたものにものすごく不安を抱いている。
「おいしくなくてもインターネット上に『メシマズ』とか書き込まないでくださいね」
「書き込まないってっば。それより早く食べよう!」
本当かな、というような疑いの目で見てくるナナシちゃんをリビングに移動させ、ふたりで作ったものをテーブルに乗せる。部屋の作り的に向かい合って、ということができないので隣に並んで食べる。オムライスの見た目はあまりいいとは言えないけれど、味はきちんとおいしくできていた。
「おいしいですか」
「ふたりで作ったんだからおいしいに決まってるよ! ナナシちゃん的にはどう?」
「おいしいです」
「ならよかった」
食べ終わり、食器も片付けてリビングに戻る。ナナシちゃんは夕食も一緒に作ってくれると言うので何をして暇をつぶそうか、テレビでも見る? と聞いたら後ろから抱きつかれた。
「どうしたの?」
「カズマサさんがどこかに行っちゃわないように」
「自分の家で迷子になんかならないって」
「カズマサさんが、わたしを捨ててどこかに行っちゃわないように」
「……そんなことしないって」
ナナシちゃんの体は少し震えている。けれども顔が見えない状態なので泣いているのかはわからない。
「心の整理ってどうやってつければいいんですか」
「それは僕もわからないかな。時間が解決してくれるのか、それとも、例えば思い出の品を清算するのか、人によって違うと思うよ」
「カズマサさんはどうやって整理しました?」
「僕の場合は時間かなあ」
「あ、ちゃんと過去に彼女いたんですね」
「ナナシちゃんってときどき流れるようにひどいこと言うよね! 一応いたよ、でも『優しいけどつまらない』って言われて振られちゃった」
「見る目ないなあその人。カズマサさん、面白い人なのに。からかっても怒らないし」
「最後の一言は余計だよね……でも僕もナナシちゃんの元彼たちのこと、見る目ないなって思ったよ。それはいいけど、ナナシちゃん、さっきから何してるのかな?」
「また空気読まないかなと思って」
「きみ、結構いたずら好きだよね……」
お腹の肉をつまんだり、体のラインを指で沿わせたりする動きをやめ、くすくす、と小さく笑っている。正面にいられなくてよかったと思うべきなのか、背中に回られた結果がこれだと思うべきなのか。
「僕も男だから、こういういたずらをされるのはちょっとやめてほしいな」
「わたしはカズマサさんとだったらいいと思ってるから」
「それだとただの慰め合いになっちゃうよ」
ナナシちゃんの腕が体から離れた。その代わり、頭を軽く乗せている。
「……好きな人に付き合えないって断るのはつらい。だけど、付き合ったのに捨てられちゃうのはもっと悲しい。きっと、一生イエスともノーとも言えない。だから中途半端な関係にしちゃえば仮に捨てられちゃっても『付き合ってなかったから仕方がない』で済むかなって思っちゃった。やっぱり嫌な女だな、わたし」
「そんなことしない人間だって信じてもらえるよう頑張るからさ、そうやって自分のことを『嫌な女』だなんて言わないでほしいな。ナナシちゃんの欠点は、そうやって自分のことを悪く言うところかな」
「じゃあカズマサさんの欠点は、いい人すぎるところですね」
ふふっ、と笑う声と一緒に少し鼻をすする音が聞こえた。泣いているのかな、と思って振り返ると三日月から雫がこぼれていた。
「お昼の時点でお互い1コ欠点を見つけましたね」
「そうだね」
目をこすろうとする手を掴むとナナシちゃんも僕の手をきゅっと握って、その上に涙が落ちた。
「カズマサさんのいいところ、悪いところ、いっぱい見つけてちゃんと返事を出せるようにするので、もう少しだけ待っててください」
「うん、待ってる。その間に僕も、ナナシちゃんのいいところと悪いところ、いっぱい見つけるから」
郵便屋さんだから、返事は手紙で出そうかな、とナナシちゃんは笑った。返事がいつくるのか、便箋にはどんな文章が書かれているのか。いい知らせが届くといいな、と思う。
「カズマサさん、今日仕事休みじゃなかったんですか?」
「休みだったけど突然欠員が出たから休日出勤することになって」
「あと、彼女いたんですね」
「いや、今の子は同僚の彼女であって、ちょっとパシリにされてここに」
「普通、彼女じゃない子に腕引っ張られて一緒に行動しますか?」
「ナナシちゃん、僕とはじめて会ったときからほぼ毎日それやってるけど……」
一瞬間が空いて、あ、と顔をすると「今の質問は忘れてください」と言われた。自分の発言が恥ずかしかったようで、珍しく顔を赤くしている。一応嫉妬してくれるんだな、と思いながらナナシちゃんの買っているものに目を移すと、見ないでください、と怒られた。
「……そんなにカップ麺買ってどうするの?」
「食べるから買ってるんです」
「それにしても量多くない?」
ナナシちゃんの目元がぴくぴくと動いた。前に医務室でやらかしたときと同じ、怒っているときの仕草だ。またスマートじゃない云々と怒られそうだと思ったら、一呼吸置いてナナシちゃんは口を開いた。
「……料理苦手だから出来合いのものとかカップ麺とかを買ってるんです」
料理が苦手という話は今まで聞いてなかったので知らなかったな、くらいにしか思わなかったけれど、ナナシちゃんとしてはものすごく嫌だったようで買い物を終えるとそのままペリッパーさんに乗って帰ってしまった。今のはどうやって返すのが正解だったんだろう……と思いながらため息をついて僕も帰宅することにした。
次の日、怒って迎えに来ないんじゃないかと思ったけれど、いつも通りペリッパーさんと一緒に僕のところにやってきた。ただ、昨日の発言を気にしているのか僕の腕を掴もうとしなかったので、僕がナナシちゃんの腕を掴む。ちょっと気まずそうな顔をしながらナナシちゃんはローラーシューズをゆっくりと走らせた。
「昨日はすみません」
「いや、僕の方こそごめん。気に障るようなこと言っちゃって」
「……料理ができないこと知られたくなかったのに、ああやって買い物してるところ見られてショックでつい……家に帰ってペリッパーさんにものすごく怒られました」
やっぱりペリッパーさんってお母さん気質なんだな……と思いながら、苦手なことを隠そうとするところがかわいいなと思って笑ったら突然走るスピードを速められてしまった。はじめて会ったときと同じくらいのスピードで、大したものの入っていないカバンがガチャガチャと音を立てる。
「ご、ごめん。料理ができないことに笑ったんじゃなくて、苦手なものを隠そうとするところとか、ペリッパーさんに怒られたことを素直に言うところがかわいいなって!」
「本当にそう思ってます?」
「思ってるって!」
信じてくれたのか、走るスピードを緩めてくれた。少しだけ息を整えて、ひとつナナシちゃんに提案をしてみる。
「今度の休みにさ、一緒に料理を作らない? 僕もあんまり得意じゃないけど、ふたりだったら美味しいもの作れるかなって!」
「……まあ、それくらいなら付き合ってもいいですけど」
断られるかと思ったけれど、しぶしぶといった感じで了承してくれた。ただ、視線の先がペリッパーさんにあるので、パートナー間でしかわからないやり取りがあったんだろうと思う。
休日、僕の家で料理を作ることになった。ただ、何を作るかは決めていなかったため、買い物をしながら決めようとホドモエマーケットで食材探しをしている。ナナシちゃんはまた「迷子にならないように」という理由で僕と手を繋いでいる。
「カズマサさん、何買いますか」
「どうしよっか。ナナシちゃん、食べられないものってある? 嫌いなものとか、アレルギーとか」
「サバの味噌煮が嫌いです」
「ピンポイントすぎるよ! しかも調理済だし。他は?」
「パクチーみたいなクセの強いものとかにおいのキツイものが苦手です。でも、初心者が作る料理なら使わないですよね。何作りますか」
「和食と洋食、どっちがいい?」
「お昼は洋食で、夜は和食」
「あれ、いいの?」
ナナシちゃんの意外な答えに驚いていると、なにがですか? と不思議そうな顔で食材が並んでいる棚から僕の方へと視線を移した。
「夜までいてくれるんだなって」
「ああ、じゃあ昼で帰りますね」
「ちょっと!」
「……お昼はオムライスで、夜は煮物がいいです」
「じゃあ、まず卵売り場に行こっか」
買い物を終えて食材を袋に詰める。思っていたよりも多く買ったので2枚の袋に分けて詰めた。それから僕の家に帰ろうとすると、ナナシちゃんはじっと買ったものを見つめていた。
「カズマサさん、重くないですか? 半分持ちますよ。それかペリッパーさんに運んでもらいましょうか?」
「え? 大丈夫だよ、これくらい」
「そうですか。はぐれないでくださいね」
「……やっぱり、半分持ってもらおうかな」
軽い方の袋を手渡したら空いた手で僕の手を握った。素直じゃないというか、不器用というか、そういうところがかわいいなと思う。
家に着いて、夜に使う分の食材はしまい、オムライスに使うものを用意する。そして、まずチキンライスを作ろうとして早々少し心配になる。
「ナナシちゃん、大丈夫? ちゃんと包丁握れる?」
「いくらなんでもバカにしすぎじゃないですか?」
「バカにしてるわけじゃないけど、普段料理しないみたいだったから」
「あまりしないけど、全くしないわけじゃないです」
そうやって強がっているものの、そのままだと指ごと切ってしまいそうで、本当に家ではカップ麺と出来合いのものしか食べていないんじゃないかと思う。
「ナナシちゃん、包丁を使うときは抑える方の手を丸めないと危ないよ。こうやって」
「だからって、調理実習の子どもじゃあるまいし、こんな格好でやらなくても」
「手つきが危うすぎて……」
僕が後ろからサポートするように手を重ねると少し不満そうな声を出したけれど、特に嫌がるわけでもなく作業を続けてくれた。ただ少し、頭を下げている。
「やっぱり、料理ができない女は嫌いですか?」
「そんなことないけど、なんで?」
「女は料理ができて当たり前みたいな風潮があるし、今まで付き合った人も、料理は苦手だって言うと嫌な顔してきたから」
「誰にだって得意不得意があるから、そんなに気にしなくていいと思うよ」
「カズマサさんは道に迷うの得意ですもんね」
「それ今言う必要ないよね!? というかそれ特技じゃないし!」
なぜ今それを、というツッコミは無視してナナシちゃんはまた喋り出した。
「コンテストに出場しているときは完璧なキャラクターを演じてたから」
「うん?」
「普段のわたしを知って、こんなやつだと思わなかったって」
「人は何かしら欠点がある方がちょうどいいと思うけどな」
「カズマサさんの欠点は、道に迷うこと以外だとなんですか?」
「うーん、空気が読めないって怒られることが多いかな」
「ああ、確かに」
「納得されちゃうのは悲しいなあ……」
「他は?」
「あとは、なんだろう。自分の短所って意外にパッと出てこないな。ナナシちゃんが一緒にいてくれたら、嫌でも見つけられちゃうかもね!」
「ふうん」
「興味なさそう……」
気ままな子だな、と思いながら作業を進める。しばらくやっていくうちに慣れたようでぎこちなかった手つきも少しはまともになった。ただ、少々僕の方に問題が発生し、ナナシちゃんの手が一度止まる。
「カズマサさん」
「な、なに」
「痴漢です」
「いや、その、ごめん……他意はない、です……」
体が近かったことと、ナナシちゃんのシャンプーの香りが鼻をくすぐったことで自分の体が反応してしまった。嫌われたかな……と思って自分の空気の読めなさ具合に悲しくなったけれど、ナナシちゃんはまた手を動かし始めた。それから、「やっぱり、キスとかセックスとかしたいなって思いますか」というものすごくどストレートな質問に、なんて答えればいいのか戸惑う。
「それは……したくないって言ったら嘘になるけど、ナナシちゃんの心の整理がつかないうちにそんなことをしたら、体だけの中途半端な関係になりそうで、今はできない、かな」
「……カズマサさんは優しい人ですね」
今の答えが合っていたのかはわからないけれど、ナナシちゃんはそのあとも普通に話をしながら作業を進め、オムライスの方は完成した。ただ普段料理をしないということが背景にあるからか、できたものにものすごく不安を抱いている。
「おいしくなくてもインターネット上に『メシマズ』とか書き込まないでくださいね」
「書き込まないってっば。それより早く食べよう!」
本当かな、というような疑いの目で見てくるナナシちゃんをリビングに移動させ、ふたりで作ったものをテーブルに乗せる。部屋の作り的に向かい合って、ということができないので隣に並んで食べる。オムライスの見た目はあまりいいとは言えないけれど、味はきちんとおいしくできていた。
「おいしいですか」
「ふたりで作ったんだからおいしいに決まってるよ! ナナシちゃん的にはどう?」
「おいしいです」
「ならよかった」
食べ終わり、食器も片付けてリビングに戻る。ナナシちゃんは夕食も一緒に作ってくれると言うので何をして暇をつぶそうか、テレビでも見る? と聞いたら後ろから抱きつかれた。
「どうしたの?」
「カズマサさんがどこかに行っちゃわないように」
「自分の家で迷子になんかならないって」
「カズマサさんが、わたしを捨ててどこかに行っちゃわないように」
「……そんなことしないって」
ナナシちゃんの体は少し震えている。けれども顔が見えない状態なので泣いているのかはわからない。
「心の整理ってどうやってつければいいんですか」
「それは僕もわからないかな。時間が解決してくれるのか、それとも、例えば思い出の品を清算するのか、人によって違うと思うよ」
「カズマサさんはどうやって整理しました?」
「僕の場合は時間かなあ」
「あ、ちゃんと過去に彼女いたんですね」
「ナナシちゃんってときどき流れるようにひどいこと言うよね! 一応いたよ、でも『優しいけどつまらない』って言われて振られちゃった」
「見る目ないなあその人。カズマサさん、面白い人なのに。からかっても怒らないし」
「最後の一言は余計だよね……でも僕もナナシちゃんの元彼たちのこと、見る目ないなって思ったよ。それはいいけど、ナナシちゃん、さっきから何してるのかな?」
「また空気読まないかなと思って」
「きみ、結構いたずら好きだよね……」
お腹の肉をつまんだり、体のラインを指で沿わせたりする動きをやめ、くすくす、と小さく笑っている。正面にいられなくてよかったと思うべきなのか、背中に回られた結果がこれだと思うべきなのか。
「僕も男だから、こういういたずらをされるのはちょっとやめてほしいな」
「わたしはカズマサさんとだったらいいと思ってるから」
「それだとただの慰め合いになっちゃうよ」
ナナシちゃんの腕が体から離れた。その代わり、頭を軽く乗せている。
「……好きな人に付き合えないって断るのはつらい。だけど、付き合ったのに捨てられちゃうのはもっと悲しい。きっと、一生イエスともノーとも言えない。だから中途半端な関係にしちゃえば仮に捨てられちゃっても『付き合ってなかったから仕方がない』で済むかなって思っちゃった。やっぱり嫌な女だな、わたし」
「そんなことしない人間だって信じてもらえるよう頑張るからさ、そうやって自分のことを『嫌な女』だなんて言わないでほしいな。ナナシちゃんの欠点は、そうやって自分のことを悪く言うところかな」
「じゃあカズマサさんの欠点は、いい人すぎるところですね」
ふふっ、と笑う声と一緒に少し鼻をすする音が聞こえた。泣いているのかな、と思って振り返ると三日月から雫がこぼれていた。
「お昼の時点でお互い1コ欠点を見つけましたね」
「そうだね」
目をこすろうとする手を掴むとナナシちゃんも僕の手をきゅっと握って、その上に涙が落ちた。
「カズマサさんのいいところ、悪いところ、いっぱい見つけてちゃんと返事を出せるようにするので、もう少しだけ待っててください」
「うん、待ってる。その間に僕も、ナナシちゃんのいいところと悪いところ、いっぱい見つけるから」
郵便屋さんだから、返事は手紙で出そうかな、とナナシちゃんは笑った。返事がいつくるのか、便箋にはどんな文章が書かれているのか。いい知らせが届くといいな、と思う。