本編
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「これ、あの子やないか」
クラウドさんから渡された雑誌。この間、ナナシちゃんが嫌そうな目で見ていたものだ。
ホウエン特集と書かれた雑誌にはいろいろな観光スポットなどが載っていたけれど、クラウドさんが指差すページにはポケモンコンテストについて詳しく書かれていた。そして、そこにはナナシちゃんが写っている。歴代マスターランク優勝者という見出しで、アイドルのようにきらきらした服を身にまとっているけれど、間違いなくナナシちゃんであり、隣に写っているのはいつも一緒に郵便配達をしているペリッパーさんだ。ホウエン地方、ミナモシティ出身。プロフィール欄にはそう書かれている。
「コーディネーターだったとは知らんかったけど、いつもローラーシューズで配達するっちゅうのはパフォーマンスで使ってたときの癖なんやな。写真とおんなじもん履いとるわ」
「ちょくちょく町の名前を言い間違えたり、配達ルート以外の場所を知らなかったりするので他の地方出身なんだろうなって思ってましたけど、流石にコーディネーターだったとは知りませんでした」
「まだこっちに来たばかりやっちゅうのに、ちゃんと郵便配達もして、カズマサも送り届けて、ホンマえらいわ」
「ナナシちゃんを見習って、道に迷わないよう気をつけます……」
みんなに夢を届ける仕事。他の地方のことなのであまり詳しくはないけれど、確かにコーディネーターという職種は観客にドキドキワクワクを届ける仕事なんだろうな、と思う。写真のナナシちゃんは生き生きとした表情をしていた。
ホウエン地方出身の後輩の話だと、ミナモシティは東側に海が広がっていて、ホウエン地方の中でもかなり活気付いた街のようだ。そして、そこにはマスターランクのコンテスト会場があって、その中で優勝するというのはとても難しいらしい。いつも来ている郵便屋さんが同じホウエン地方出身の人だったとは、なんて嬉しそうに笑っていた。
「おはようございます。今日も迷子ですね」
「おはよう、ナナシちゃん」
ナナシちゃんはいつものように郵便配達員の制服を身にまとってローラーシューズを履き、ペリッパーさんは郵便物の入ったカバンを下げている。いつものように腕を引っ張られて、いつものように走る。もうだいぶ、顔に当たる風も冷たくなった。
「ナナシちゃんってさ、コーディネーターだったんだね」
僕がひとことそう言うと、ナナシちゃんは足を止めた。ローラーシューズがゆっくりと動きを止める。ただ、あまり驚いているようでもなかった。たぶん、クラウドさんがあの雑誌を持っていた時点でこう言われることをわかっていたんだろう。
「カズマサさんはあれを見てどう思いました?」
「前も夢を届ける仕事をしてたんだなって!」
「それだけ?」
「あとは、いつもと同じように生き生きとした顔をしてるなって!」
ナナシちゃんは目を瞑って黙ってしまった。今の答えは間違えだったかな、と思っていると、ナナシちゃんはまた僕の腕を引っ張って走り出した。
「ごめん、怒らせちゃったかな。一応、ホウエン地方出身の後輩からマスターランクで優勝することはとても難しいことだって教えてもらったけど、コーディネーターがどういう仕事なのか、あんまりよくわかってなくて……ただ、とても楽しそうに写ってたから」
「カズマサさんが態度を変えるような人間じゃなくてよかったです」
そう言ってナナシちゃんは僕の方を向いた。困ったように眉を下げながら、それでも、安心したかのような笑みを浮かべている。
「これでいきなり握手やサインを求められたり、褒め称えられたりしたら、この腕とはサヨナラバイバイでした」
「ぶ、物騒だなあ……」
「半分冗談ですよ」
「ということは半分本気なんだね!?」
くすくす、とおかしそうに笑った。それから前を見ると、「今度休みが一緒のとき、コンテストバトルがどういうものなのか見せてあげます」と約束をしてくれた。
いつものように息を切らして着くギアステーション。慣れたようにローラーをしまってペリッパーさんが下げているカバンから荷物を取り出し、僕の腕を引っ張って事務所へと駆けていく。ナナシちゃんがコーディネーターだったことを知っても、いつもと同じ対応の職員たち。荷物と一緒に僕が届いたと茶化される。そしてサインをもらったあと、いつもは振り返らずに次の配達地へと向かうけれど、今日は一度こちらを向いて、軽く手を振ってくれた。
『シングルトレイン近くの構内でお客様トラブル発生。至急応援されたし。特にカズマサ、お前は早く来い』
「え、あ、はい!」
『トラブルに遭ってるの、郵便屋の子だから』
インカムで全員に連絡が入り、お客様トラブルが起きたと言われた。そして、トラブルに遭っているのがナナシちゃんだとも言われた。詳しいことはわからない。ただシングルトレイン近くの構内へ向かって走っていく。
指示された場所に行くと、加害者であろう男はすでに他の職員ふたりで抑えられていた。ナナシちゃんは青い顔をして、職員に支えられて力なく立っている。けれども、僕を見つけると駆け寄って勢いよく抱きついてきた。怖かったようで、体を震わせながらぎゅっと制服を掴んでいる。
「来るの遅くなってごめんね」
背中をさすると、一層力強く抱きしめてきた。それを見た男が突然吠えだす。
「ナナシ! そいつが今の彼氏なのか? あのときは悪かった、一時の迷いだったんだ。俺にはお前が必要だと思ったんだ。俺のこと、大好きって言ってたよな?」
「お客様、お話ならあちらでお伺いします」
噛み付かんばかりの勢いで吠える男に事務所がある側を指すと、憎たらしげに僕を睨みつけてきた。口ぶりからして昔の彼氏のようだ。男が何か言うたびにナナシちゃんは縮こまる。これ以上この場に留まっていても騒ぎが大きくなるだけだ。男は事務所に、ナナシちゃんは医務室で話を聞くことにした。
「ナナシちゃん、大丈夫……じゃないよね」
男から離し、医務室のベッドに座らせてからもナナシちゃんは抱きついたままだった。カタカタと震えている。僕もベッドに腰をかけ、ナナシちゃんの背中をさする。
「落ち着いたら、何があったか教えて欲しいな」
ぐすぐすと泣きながら、ごにょごにょ、とナナシちゃんが何かをつぶやいた。声は小さく震えていて、なんて言ったかは聞き取れない。けれどもまた、ごにょごにょ、と言っている。そして、それはだんだんと大きくなっていった。
「……だったのに」
「うん?」
「好きだったのに」
「うん」
「他の女のところへ行ったくせに、今さら、なにさ」
「……うん」
「今さら、わたしの心ぐちゃぐちゃにしないでよ!」
堰を切ったように喋り出すと、ぎゅっと、制服を掴む手に力が入る。ナナシちゃんは、まだあの男のことが好きなのだろうか。ぽんぽん、と背中をなでるとナナシちゃんは顔を上げた。涙が頬に伝っている。
「どうしたの?」
「わたし、嫌な女だなって思って」
「そんなことないよ。落ち着くまで一緒にいるからさ、自分のこと、あまり卑下しないで欲しいな」
「……カズマサさんは優しいですね。いつもは頼りないくせに」
「なんで今さらっとひどいこと言ったの!?」
ふふっとナナシちゃんは笑う。冗談を言って少し落ち着いたのだろうか。三日月から雫がこぼれた。
「コンテストバトル、久しぶりだから、コンディション整えるためにバトルしようと思ったんです。だから、シングルトレインで、でも、結局乗れませんでした」
「そっか、だからあそこでトラブルが起きたんだね」
「あの人、昔の人。どこの電車から降りたのか、知らないけど、わたしを見つけて、腕を掴んできて……それで、元に戻ろうとか、いろいろ、それで……」
「うん。なんとなく、事情はわかったよ。落ち着くまでゆっくりでいいからさ、無理しなくて大丈夫だよ」
男とのやり取りを話そうとして、ナナシちゃんはまた涙をこぼした。それを隠すように、僕の胸に顔を埋める。大好きだった彼に浮気をされて別れたのに、今さらになって、いきなり腕を掴まれ復縁を迫られ。突然のことに怖い思いをしたという他に、好きだった、という気持ちと、あのとき裏切られた、という気持ち、いろいろなものが混ざっているんだろう。それは、僕の推測でしかないし、ナナシちゃんの中では僕が思っている以上に心がかき乱されているんだろうけれど。
トラブルが起きた原因についてナナシちゃんからは聞けたので、今他にできることはナナシちゃんの気持ちが落ち着くまで一緒にいてあげることだけだ。あの男は他の職員が対応しているだろう。詳しいことはそっちで聞けばいい。
ナナシちゃんが再び顔を上げる。目は赤くて、まぶたは少し腫れている。
「カズマサさん、今度休みが合ったら、わたしのひとりコンテストライブ見てくださいね」
「うん。楽しみにしてるよ」
「コーディネーターをやっていて、いいこと、悪いこと、いっぱいあったけど、カズマサさんには見て欲しいから」
ナナシちゃんはそう言うと泣き疲れたのか寝てしまった。体勢が辛くないようにベッドに寝かせて毛布をかける。涙の伝った跡は乾いていた。
クラウドさんから渡された雑誌。この間、ナナシちゃんが嫌そうな目で見ていたものだ。
ホウエン特集と書かれた雑誌にはいろいろな観光スポットなどが載っていたけれど、クラウドさんが指差すページにはポケモンコンテストについて詳しく書かれていた。そして、そこにはナナシちゃんが写っている。歴代マスターランク優勝者という見出しで、アイドルのようにきらきらした服を身にまとっているけれど、間違いなくナナシちゃんであり、隣に写っているのはいつも一緒に郵便配達をしているペリッパーさんだ。ホウエン地方、ミナモシティ出身。プロフィール欄にはそう書かれている。
「コーディネーターだったとは知らんかったけど、いつもローラーシューズで配達するっちゅうのはパフォーマンスで使ってたときの癖なんやな。写真とおんなじもん履いとるわ」
「ちょくちょく町の名前を言い間違えたり、配達ルート以外の場所を知らなかったりするので他の地方出身なんだろうなって思ってましたけど、流石にコーディネーターだったとは知りませんでした」
「まだこっちに来たばかりやっちゅうのに、ちゃんと郵便配達もして、カズマサも送り届けて、ホンマえらいわ」
「ナナシちゃんを見習って、道に迷わないよう気をつけます……」
みんなに夢を届ける仕事。他の地方のことなのであまり詳しくはないけれど、確かにコーディネーターという職種は観客にドキドキワクワクを届ける仕事なんだろうな、と思う。写真のナナシちゃんは生き生きとした表情をしていた。
ホウエン地方出身の後輩の話だと、ミナモシティは東側に海が広がっていて、ホウエン地方の中でもかなり活気付いた街のようだ。そして、そこにはマスターランクのコンテスト会場があって、その中で優勝するというのはとても難しいらしい。いつも来ている郵便屋さんが同じホウエン地方出身の人だったとは、なんて嬉しそうに笑っていた。
「おはようございます。今日も迷子ですね」
「おはよう、ナナシちゃん」
ナナシちゃんはいつものように郵便配達員の制服を身にまとってローラーシューズを履き、ペリッパーさんは郵便物の入ったカバンを下げている。いつものように腕を引っ張られて、いつものように走る。もうだいぶ、顔に当たる風も冷たくなった。
「ナナシちゃんってさ、コーディネーターだったんだね」
僕がひとことそう言うと、ナナシちゃんは足を止めた。ローラーシューズがゆっくりと動きを止める。ただ、あまり驚いているようでもなかった。たぶん、クラウドさんがあの雑誌を持っていた時点でこう言われることをわかっていたんだろう。
「カズマサさんはあれを見てどう思いました?」
「前も夢を届ける仕事をしてたんだなって!」
「それだけ?」
「あとは、いつもと同じように生き生きとした顔をしてるなって!」
ナナシちゃんは目を瞑って黙ってしまった。今の答えは間違えだったかな、と思っていると、ナナシちゃんはまた僕の腕を引っ張って走り出した。
「ごめん、怒らせちゃったかな。一応、ホウエン地方出身の後輩からマスターランクで優勝することはとても難しいことだって教えてもらったけど、コーディネーターがどういう仕事なのか、あんまりよくわかってなくて……ただ、とても楽しそうに写ってたから」
「カズマサさんが態度を変えるような人間じゃなくてよかったです」
そう言ってナナシちゃんは僕の方を向いた。困ったように眉を下げながら、それでも、安心したかのような笑みを浮かべている。
「これでいきなり握手やサインを求められたり、褒め称えられたりしたら、この腕とはサヨナラバイバイでした」
「ぶ、物騒だなあ……」
「半分冗談ですよ」
「ということは半分本気なんだね!?」
くすくす、とおかしそうに笑った。それから前を見ると、「今度休みが一緒のとき、コンテストバトルがどういうものなのか見せてあげます」と約束をしてくれた。
いつものように息を切らして着くギアステーション。慣れたようにローラーをしまってペリッパーさんが下げているカバンから荷物を取り出し、僕の腕を引っ張って事務所へと駆けていく。ナナシちゃんがコーディネーターだったことを知っても、いつもと同じ対応の職員たち。荷物と一緒に僕が届いたと茶化される。そしてサインをもらったあと、いつもは振り返らずに次の配達地へと向かうけれど、今日は一度こちらを向いて、軽く手を振ってくれた。
『シングルトレイン近くの構内でお客様トラブル発生。至急応援されたし。特にカズマサ、お前は早く来い』
「え、あ、はい!」
『トラブルに遭ってるの、郵便屋の子だから』
インカムで全員に連絡が入り、お客様トラブルが起きたと言われた。そして、トラブルに遭っているのがナナシちゃんだとも言われた。詳しいことはわからない。ただシングルトレイン近くの構内へ向かって走っていく。
指示された場所に行くと、加害者であろう男はすでに他の職員ふたりで抑えられていた。ナナシちゃんは青い顔をして、職員に支えられて力なく立っている。けれども、僕を見つけると駆け寄って勢いよく抱きついてきた。怖かったようで、体を震わせながらぎゅっと制服を掴んでいる。
「来るの遅くなってごめんね」
背中をさすると、一層力強く抱きしめてきた。それを見た男が突然吠えだす。
「ナナシ! そいつが今の彼氏なのか? あのときは悪かった、一時の迷いだったんだ。俺にはお前が必要だと思ったんだ。俺のこと、大好きって言ってたよな?」
「お客様、お話ならあちらでお伺いします」
噛み付かんばかりの勢いで吠える男に事務所がある側を指すと、憎たらしげに僕を睨みつけてきた。口ぶりからして昔の彼氏のようだ。男が何か言うたびにナナシちゃんは縮こまる。これ以上この場に留まっていても騒ぎが大きくなるだけだ。男は事務所に、ナナシちゃんは医務室で話を聞くことにした。
「ナナシちゃん、大丈夫……じゃないよね」
男から離し、医務室のベッドに座らせてからもナナシちゃんは抱きついたままだった。カタカタと震えている。僕もベッドに腰をかけ、ナナシちゃんの背中をさする。
「落ち着いたら、何があったか教えて欲しいな」
ぐすぐすと泣きながら、ごにょごにょ、とナナシちゃんが何かをつぶやいた。声は小さく震えていて、なんて言ったかは聞き取れない。けれどもまた、ごにょごにょ、と言っている。そして、それはだんだんと大きくなっていった。
「……だったのに」
「うん?」
「好きだったのに」
「うん」
「他の女のところへ行ったくせに、今さら、なにさ」
「……うん」
「今さら、わたしの心ぐちゃぐちゃにしないでよ!」
堰を切ったように喋り出すと、ぎゅっと、制服を掴む手に力が入る。ナナシちゃんは、まだあの男のことが好きなのだろうか。ぽんぽん、と背中をなでるとナナシちゃんは顔を上げた。涙が頬に伝っている。
「どうしたの?」
「わたし、嫌な女だなって思って」
「そんなことないよ。落ち着くまで一緒にいるからさ、自分のこと、あまり卑下しないで欲しいな」
「……カズマサさんは優しいですね。いつもは頼りないくせに」
「なんで今さらっとひどいこと言ったの!?」
ふふっとナナシちゃんは笑う。冗談を言って少し落ち着いたのだろうか。三日月から雫がこぼれた。
「コンテストバトル、久しぶりだから、コンディション整えるためにバトルしようと思ったんです。だから、シングルトレインで、でも、結局乗れませんでした」
「そっか、だからあそこでトラブルが起きたんだね」
「あの人、昔の人。どこの電車から降りたのか、知らないけど、わたしを見つけて、腕を掴んできて……それで、元に戻ろうとか、いろいろ、それで……」
「うん。なんとなく、事情はわかったよ。落ち着くまでゆっくりでいいからさ、無理しなくて大丈夫だよ」
男とのやり取りを話そうとして、ナナシちゃんはまた涙をこぼした。それを隠すように、僕の胸に顔を埋める。大好きだった彼に浮気をされて別れたのに、今さらになって、いきなり腕を掴まれ復縁を迫られ。突然のことに怖い思いをしたという他に、好きだった、という気持ちと、あのとき裏切られた、という気持ち、いろいろなものが混ざっているんだろう。それは、僕の推測でしかないし、ナナシちゃんの中では僕が思っている以上に心がかき乱されているんだろうけれど。
トラブルが起きた原因についてナナシちゃんからは聞けたので、今他にできることはナナシちゃんの気持ちが落ち着くまで一緒にいてあげることだけだ。あの男は他の職員が対応しているだろう。詳しいことはそっちで聞けばいい。
ナナシちゃんが再び顔を上げる。目は赤くて、まぶたは少し腫れている。
「カズマサさん、今度休みが合ったら、わたしのひとりコンテストライブ見てくださいね」
「うん。楽しみにしてるよ」
「コーディネーターをやっていて、いいこと、悪いこと、いっぱいあったけど、カズマサさんには見て欲しいから」
ナナシちゃんはそう言うと泣き疲れたのか寝てしまった。体勢が辛くないようにベッドに寝かせて毛布をかける。涙の伝った跡は乾いていた。