本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『オーイ、カズマサ。郵便屋ノ子来テルヨ』
「え?」
事務所で書類整理をしていたらインカムでキャメロンさんから連絡が入った。もう夕方で配達時間でもないのにどうしたのかと思っていると、びしょ濡れだから早く迎えに来いと言われた。キャメロンさんの言う方へ走っていくと、服を着たままシャワーでも浴びてきたのかと思うくらい濡れているナナシちゃんが立っていた。
「どうしたの、そんなに濡れて!」
「仕事終わって帰ろうと思ったら雨降ってきちゃって。流石にペリッパーさんでも厳しいくらい雨が激しいから、ちょっと雨宿りに」
すみません、構内を濡らしちゃってとナナシちゃんは頭を下げた。その動きで髪の毛から水滴が落ちる。
「そんなこと気にしないで、早くタオルで拭こう! そのままだと風邪引いちゃうよ」
いつもは僕がナナシちゃんに腕を引っ張られているけれど、今は僕が腕を引っ張って医務室へ向かっている。制服はだいぶ水を吸っていた。地下にいるから気がつかなかったけれど、よっぽどひどい雨だったんだなとわかる。
一度ナナシちゃんを医務室へ案内したあと、タオルと着替えを取りに事務所へ戻る。それからまた医務室の扉を開くと、彼女は制服の上着を脱いでいた。その姿に思わず固まってしまう。
「ああ、すみません。着替えまで用意してもらって」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! まだ上着脱がないで!」
ナナシちゃんは頭にハテナマークを浮かべたあと、僕が慌てている理由に気がつくとタオルをひったくって胸元を隠した。それから顔を赤くして、少し怒ったように目元をぴくぴくとさせている。
「そういうとき、普通、気づかないふりしてタオルを渡したあと目を逸らすのがスマートな対応っていうものじゃないですか?」
「ご、ごめんって! とりあえず、タオルと着替え置いておくから! 僕は事務所にいるから何かあったら呼んでね!」
急いで医務室を出て行き扉を閉める。上着で隠れていたYシャツも肌にぴったりと張り付くくらい濡れていて、下着が透けていた。はあ、ピンク……と思っていたら「ドウシタノ、顔真ッ赤ダケド」とキャメロンさんに声をかけられた。キャメロンさんも向こうでの仕事を終えて戻ってきたようだった。
「えっ、いやっ、なんでもないです!」
「ヘエ。ソノ割ニ動揺シテルケド、ラッキースケベデモアッタ?」
「ち、ちがっ」
違うと言いたいけれど違わないので、上手く言葉も出せずに意味もなく目をきょろきょろさせてしまう。それを見たキャメロンさんは、ヨカッタジャン、と笑って肩を叩いてきた。
「絶対嫌われましたって……」
「マー、ナントカナルデショ」
自分の席で突っ伏すと、キャメロンさんは励ますふりをしてからかってきた。もともと事務所にいたクラウドさんは状況を飲み込めず、どうしたいきなり、と心配そうに聞いてきた。そしてその理由を知ると呆れたのか何も言わなくなった。
しばらくして扉を叩く音がした。それから、配達をするときと同じようにナナシちゃんの声が響く。
「カズマサさーん。もともと着てた服とタオル、どこに置いておけばいいですか」
「え、ああ、今行くよ!」
扉を開けるとナナシちゃんは大きな目をぱちぱちとさせた。もう怒っていないのだろうか。あまり謝ったりするとスマートな対応じゃないと言われかねないので、できるだけ先ほどのことを意識しないように精神を無にして、タオルは洗濯カゴに、制服は乾燥機にかけることにした。それから、制服が乾いて雨が止むまで事務所にいようと提案すると、ナナシちゃんはこくりと頷いた。
事務所に戻ると中にいた職員たちがへえ、というような顔をした。上着はいらないだろうと思ってYシャツとスラックスだけ渡したけれど、それでも珍しい女性用鉄道員の制服。
「オー、郵便屋カラ鉄道員ニ転職?」
「今のところ郵便屋を辞めるつもりはないです」
「残念ダナア、ココ、女ノ子ヒトリシカイナイカラ。シカモ、モウ結婚シチャッテルシ」
キャメロンさんの言葉でクラウドさんのこめかみに青筋が走る。
「なんやお前、喧嘩売っとんのか。だいたい、そういうこと言うから勘違いされて出て行かれるんや」
「ウルッサイナ。最近ハソウイウコトモ少ナクナッタッツーノ」
「ちょっとふたりとも落ち着いてくださいよ……」
ふたりを宥めながら、僕の席の隣にナナシちゃんを座らせる。ナナシちゃんはそのふたりのやり取りをぼーっと見ていたが、クラウドさんの机の上に置いてあるものに気がつくと少し嫌そうな顔を見せた。
「どうしたの?」
「ああ、いや、なんでもないです」
クラウドさんの机の上にはコンビニの袋に雑誌が入っている。特になんの変哲も無い、ただの旅行雑誌。その嫌そうな視線の先に気がついたキャメロンさんがまたクラウドさんを煽った。
「男ガ買ウ雑誌トカ大抵如何ワシイヤツダヨネエ」
「キャメロンさん、主語が大きすぎて自分まで巻き込んでますよ!」
「うちには子どももおるっちゅうのにそんなもん買うわけないやろ」
「デモコノ間、昔買ッタヤツガ見ツカッテメチャクチャ怒ラレタンダヨネ? ウケル」
「うっさいわ!」
クラウドさんとキャメロンさんは基本的に仲がいいけれど、言い合いになるとコガネ弁とカタコトで非常にうるさい。もうこの際アラサーの喧嘩は放っておこう(僕も年齢的にはアラサーに分類されるんだろうけれど……)と思い、今度の予定のことをナナシちゃんに話した。
「来週の水曜日が休みだったよ」
「本当ですか? じゃあ来週行きましょう」
ナナシちゃんは少しだけ笑顔を見せた。それからライブキャスターを見せると、迷子になってもちゃんと連絡が取れるように番号を交換しましょうと言ってお互いの連絡先を登録した。画面に登録完了の文字が光る。今まで、女の子の方から番号の交換を持ち出されたことがなかったのでものすごく嬉しい。「ありがとう!」と言うと、どういたしまして、と少し醒めた返事が返ってきた。ナナシちゃんの気分はころころと変わりやすいようで、ご機嫌を伺うのが難しい。
制服も乾き、天気も回復したため夜になる前にナナシちゃんはペリッパーさんに乗って帰っていった。僕はそのあともギアステーションに残って、22時近くまで業務を続けた。それから、ああ疲れたなと自分家のベッドに倒れ込むと、ライブキャスターに着信が入った。表示されたのは交換したばかりのナナシちゃんの番号。驚いて1コール目で応答すると、ナナシちゃんの方も、あ、というように驚いた表情を見せた。
「こんばんは! どうしたの?」
『ちゃんと番号が合っていたか確認の電話です』
「交換したんだから合ってるに決まってるよ! ねえ、ちょっとだけ話をしてもいいかな」
『わたしは大丈夫ですけど、まだ帰ってきたばかりじゃないんですか? Yシャツにネクタイしてるし』
「気にしないで! ナナシちゃんの声が聞けて嬉しいから」
番号が合っているか確認の電話なんて、手打ちじゃなくて自動で登録したんだから間違うわけがないのに。ナナシちゃんはときどき、小さい嘘をつくことがある。本人がそれを嘘のつもりで言っているのか、ただの天然で深い意味はないのかはわからないけれど、特に害もないのでよっぽどのことがない限り指摘しないことにした。
『……たまにこうやって電話してもいいですか』
「うん! 僕もナナシちゃんの声聞きたいから、連絡くれると嬉しいな!」
『……明日も朝早いのでもう寝ますね。急に連絡しちゃってすみません』
「ううん。風邪引かないように暖かくして寝てね」
『はい。おやすみなさい』
ぷつりとライブキャスターの映像が切れて、ただの暗い画面に戻る。本当に少しだけの通話だった。それでも、ナナシちゃんと話ができて嬉しかった。
「え?」
事務所で書類整理をしていたらインカムでキャメロンさんから連絡が入った。もう夕方で配達時間でもないのにどうしたのかと思っていると、びしょ濡れだから早く迎えに来いと言われた。キャメロンさんの言う方へ走っていくと、服を着たままシャワーでも浴びてきたのかと思うくらい濡れているナナシちゃんが立っていた。
「どうしたの、そんなに濡れて!」
「仕事終わって帰ろうと思ったら雨降ってきちゃって。流石にペリッパーさんでも厳しいくらい雨が激しいから、ちょっと雨宿りに」
すみません、構内を濡らしちゃってとナナシちゃんは頭を下げた。その動きで髪の毛から水滴が落ちる。
「そんなこと気にしないで、早くタオルで拭こう! そのままだと風邪引いちゃうよ」
いつもは僕がナナシちゃんに腕を引っ張られているけれど、今は僕が腕を引っ張って医務室へ向かっている。制服はだいぶ水を吸っていた。地下にいるから気がつかなかったけれど、よっぽどひどい雨だったんだなとわかる。
一度ナナシちゃんを医務室へ案内したあと、タオルと着替えを取りに事務所へ戻る。それからまた医務室の扉を開くと、彼女は制服の上着を脱いでいた。その姿に思わず固まってしまう。
「ああ、すみません。着替えまで用意してもらって」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! まだ上着脱がないで!」
ナナシちゃんは頭にハテナマークを浮かべたあと、僕が慌てている理由に気がつくとタオルをひったくって胸元を隠した。それから顔を赤くして、少し怒ったように目元をぴくぴくとさせている。
「そういうとき、普通、気づかないふりしてタオルを渡したあと目を逸らすのがスマートな対応っていうものじゃないですか?」
「ご、ごめんって! とりあえず、タオルと着替え置いておくから! 僕は事務所にいるから何かあったら呼んでね!」
急いで医務室を出て行き扉を閉める。上着で隠れていたYシャツも肌にぴったりと張り付くくらい濡れていて、下着が透けていた。はあ、ピンク……と思っていたら「ドウシタノ、顔真ッ赤ダケド」とキャメロンさんに声をかけられた。キャメロンさんも向こうでの仕事を終えて戻ってきたようだった。
「えっ、いやっ、なんでもないです!」
「ヘエ。ソノ割ニ動揺シテルケド、ラッキースケベデモアッタ?」
「ち、ちがっ」
違うと言いたいけれど違わないので、上手く言葉も出せずに意味もなく目をきょろきょろさせてしまう。それを見たキャメロンさんは、ヨカッタジャン、と笑って肩を叩いてきた。
「絶対嫌われましたって……」
「マー、ナントカナルデショ」
自分の席で突っ伏すと、キャメロンさんは励ますふりをしてからかってきた。もともと事務所にいたクラウドさんは状況を飲み込めず、どうしたいきなり、と心配そうに聞いてきた。そしてその理由を知ると呆れたのか何も言わなくなった。
しばらくして扉を叩く音がした。それから、配達をするときと同じようにナナシちゃんの声が響く。
「カズマサさーん。もともと着てた服とタオル、どこに置いておけばいいですか」
「え、ああ、今行くよ!」
扉を開けるとナナシちゃんは大きな目をぱちぱちとさせた。もう怒っていないのだろうか。あまり謝ったりするとスマートな対応じゃないと言われかねないので、できるだけ先ほどのことを意識しないように精神を無にして、タオルは洗濯カゴに、制服は乾燥機にかけることにした。それから、制服が乾いて雨が止むまで事務所にいようと提案すると、ナナシちゃんはこくりと頷いた。
事務所に戻ると中にいた職員たちがへえ、というような顔をした。上着はいらないだろうと思ってYシャツとスラックスだけ渡したけれど、それでも珍しい女性用鉄道員の制服。
「オー、郵便屋カラ鉄道員ニ転職?」
「今のところ郵便屋を辞めるつもりはないです」
「残念ダナア、ココ、女ノ子ヒトリシカイナイカラ。シカモ、モウ結婚シチャッテルシ」
キャメロンさんの言葉でクラウドさんのこめかみに青筋が走る。
「なんやお前、喧嘩売っとんのか。だいたい、そういうこと言うから勘違いされて出て行かれるんや」
「ウルッサイナ。最近ハソウイウコトモ少ナクナッタッツーノ」
「ちょっとふたりとも落ち着いてくださいよ……」
ふたりを宥めながら、僕の席の隣にナナシちゃんを座らせる。ナナシちゃんはそのふたりのやり取りをぼーっと見ていたが、クラウドさんの机の上に置いてあるものに気がつくと少し嫌そうな顔を見せた。
「どうしたの?」
「ああ、いや、なんでもないです」
クラウドさんの机の上にはコンビニの袋に雑誌が入っている。特になんの変哲も無い、ただの旅行雑誌。その嫌そうな視線の先に気がついたキャメロンさんがまたクラウドさんを煽った。
「男ガ買ウ雑誌トカ大抵如何ワシイヤツダヨネエ」
「キャメロンさん、主語が大きすぎて自分まで巻き込んでますよ!」
「うちには子どももおるっちゅうのにそんなもん買うわけないやろ」
「デモコノ間、昔買ッタヤツガ見ツカッテメチャクチャ怒ラレタンダヨネ? ウケル」
「うっさいわ!」
クラウドさんとキャメロンさんは基本的に仲がいいけれど、言い合いになるとコガネ弁とカタコトで非常にうるさい。もうこの際アラサーの喧嘩は放っておこう(僕も年齢的にはアラサーに分類されるんだろうけれど……)と思い、今度の予定のことをナナシちゃんに話した。
「来週の水曜日が休みだったよ」
「本当ですか? じゃあ来週行きましょう」
ナナシちゃんは少しだけ笑顔を見せた。それからライブキャスターを見せると、迷子になってもちゃんと連絡が取れるように番号を交換しましょうと言ってお互いの連絡先を登録した。画面に登録完了の文字が光る。今まで、女の子の方から番号の交換を持ち出されたことがなかったのでものすごく嬉しい。「ありがとう!」と言うと、どういたしまして、と少し醒めた返事が返ってきた。ナナシちゃんの気分はころころと変わりやすいようで、ご機嫌を伺うのが難しい。
制服も乾き、天気も回復したため夜になる前にナナシちゃんはペリッパーさんに乗って帰っていった。僕はそのあともギアステーションに残って、22時近くまで業務を続けた。それから、ああ疲れたなと自分家のベッドに倒れ込むと、ライブキャスターに着信が入った。表示されたのは交換したばかりのナナシちゃんの番号。驚いて1コール目で応答すると、ナナシちゃんの方も、あ、というように驚いた表情を見せた。
「こんばんは! どうしたの?」
『ちゃんと番号が合っていたか確認の電話です』
「交換したんだから合ってるに決まってるよ! ねえ、ちょっとだけ話をしてもいいかな」
『わたしは大丈夫ですけど、まだ帰ってきたばかりじゃないんですか? Yシャツにネクタイしてるし』
「気にしないで! ナナシちゃんの声が聞けて嬉しいから」
番号が合っているか確認の電話なんて、手打ちじゃなくて自動で登録したんだから間違うわけがないのに。ナナシちゃんはときどき、小さい嘘をつくことがある。本人がそれを嘘のつもりで言っているのか、ただの天然で深い意味はないのかはわからないけれど、特に害もないのでよっぽどのことがない限り指摘しないことにした。
『……たまにこうやって電話してもいいですか』
「うん! 僕もナナシちゃんの声聞きたいから、連絡くれると嬉しいな!」
『……明日も朝早いのでもう寝ますね。急に連絡しちゃってすみません』
「ううん。風邪引かないように暖かくして寝てね」
『はい。おやすみなさい』
ぷつりとライブキャスターの映像が切れて、ただの暗い画面に戻る。本当に少しだけの通話だった。それでも、ナナシちゃんと話ができて嬉しかった。