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十月、又は中間テスト
一
中間テストがあった。昨日のことだ。つまり今日が成績発表で、クラスメイトの表情は浮かない。朝の山道どころか、テストの前から落ち込んで、終わればなおさら。いや今朝は一周回って持ち直していたようなところがある。理由は明白。数字が芳しくなかったのだ。原因もまた単純明快で、テスト直前ちょうど二週間、先生が授業をしなかった。あるいは別の授業をしたのだと、彼ならそのように言うのだろうか。
進学校のテスト直前の特別授業。E組一同は椚ヶ丘市内の保育施設で働いていた。職場体験とも言い換えられるようだったが、実態は損害賠償だ。クラスメイトが暗殺技術で〈不幸な〉事故を起こしてしまって、その連帯責任をとらされた形だ。同施設の園長を務める被害者が退院するまで、かわりに運営を手伝うようにと。しかし感想を最悪の一言で締める者は、このクラスにはいないだろう。
当然テスト勉強はできなかったが。
結局、答案用紙が返却されたら教室の空気は重々しく沈んだ。満足に勉強できなかった。満足に得点できなかった。成績が前回以上だったとしても、もっとよかったかもしれないと見ることはできる。ということで私も一緒に重たい気分だ。——子供の存在を抜きにすれば、あの二週間は最高だったけれど。
先月の担任教師下着泥棒疑惑の頃よりは活気がある、という程度のホームルームを終えて、荷物と一緒に立ちあがったところで、右隣の席の椅子も引かれた。原則として山道は一つ。同時に席を立った以上は、同時に下山することになる。私は無言で下り坂に立ったが、他者にまで強要することはできない。
「何考えてたか当ててやろうか」
「おめでとうって思ってたんだよ」
仕方がないので教室では言えなかったことを伝えてやった。隣の赤羽は「どうも」とこたえた。先より小さな声だった。そこで一旦会話が途切れ、歩くだけになり、そういえばと思い至る。私たちは久しぶりに、帰り道を共にしているらしい。
保育施設では元より見かけることもまれだった。その前は体育祭だ。体育祭の頃は、放課後も各種目の特訓だった。そして、さらに記憶を遡ると、ようやく一緒に渚くんや奥田さんの記録もひも解かれる。帰り道に赤羽がいるとき、そこには大抵、渚くんや奥田さんがいるものだから。
渚くんや奥田さんがいたから、赤羽がいたとも言えて、茅野さん、杉野くん、神崎さんもいた。示し合わせたわけでもないが、私は茅野さんと奥田さんと神崎さんとの行動が多く、赤羽も渚くんと杉野くんとの行動が多い。それだけのことだ。示し合わせたわけではないので、そこに赤羽がいないことは珍しくもなく、珍しくも赤羽と二人になったこともある。
あるいは赤羽が見計らったかだ。
私たちは最初に二言、三言を交わした後はさも偶然を装って、口を閉じた。つかず離れず山を下りた。時々クラスメイトが駆け下りたけれど、私たちの速度は変わらない。そして赤羽がものを言わなければ、私たちの間に会話はないから、静かな帰り道だった。やがて舗装された道路に出た。徐々に本校舎が近づいて、環境音は喧噪へ。角を曲がると、一気に同じ制服が増える。
駅まで一緒に歩くつもりか、いよいよ正門前を過ぎたが、赤羽が道を外れる気配はない。私も普段は寄り道をしないから、珍しくも今日は同じ電車に乗るのだろう。私の通学定期券は、赤羽の区間と重なっている。朝は登校時間が違うけれど、こうして駅まで一緒に歩けば、一緒に電車に乗ることもある。しかし、
「拍子抜けだったなァ」
やたら大きな声がした。私たちは、どちらからともなく顔を見合わせた。相手が赤羽でも私でもないことはわかっている。だが〈彼ら〉の嫌みはよく響いた。
「やっぱり前回のはまぐれだったようだね」
そして、まるきり他人事でもなかった。
「棒倒しで潰すまでもなかったな」
私たちは足を止めて振り返った。すでに過ぎた道に、知った顔ぶれが並んでいた。正門のそばにA組が五人、さらに向こうにE組が三人。今日はクラスメイトには分の悪い組み合わせだ。夏の期末テストから一転、E組の大半が上位を逃し、A組は順当に序列を奪還したばかりだ。かの三人も例に漏れず、一方のA組五名は、万年首席の生徒会長を筆頭に、学年順位を指折り数えて五本、六本の成績上位者たちだった。
浅野学秀生徒会長は終始無言でいたが、とり巻きの侮辱はとどまるところを知らない。
「言葉も出ないねェ。まあ当然か」
「この学校では成績がすべて。下の者には、上に対して発言権はないからね」
あーあ。声にはならなかった。もっと面倒なことになるぞと予測だけした私の隣で、ほら、クラスメイトが一歩を踏み出す。「へーえ」だと。
「じゃ、あんたらは俺に何も言えないわけね」
来た道を戻る学年二位、勢いよく振り向いた三位から六位まで。開いた口がしかしものも言えずにいる様を、私も黙って眺めておく。
クラスメイトはA組五名の間を抜け、E組三名を背に立った。「気づいてないの。今回本気でやったの俺だけだよ」
「他のE組 は、おまえらのために手加減してた」
そう言った。「でも、次はみんなも容赦しない」
内部進学の本校舎三年と、高校受験のE組とでは、〈三学期〉から授業が変わる。伴ってテストの内容も条件も変わる。——宣戦布告である。
「二か月後の〈二学期〉期末、そこですべての決着つけようよ」
「上等だ」と浅野くんはこたえた。
ほら、面倒なことになった。私は蚊帳の外で少しだけ高い所を見た。どこかの屋上の柵の上で、黄色の巨体が夕焼けを浴びている。大きな三日月の笑みの前に、触手が一本だけ立てられた。私はおとなしく正面に意識を直す。先の期末テスト以来、A組とE組は強く対立している。その事実上最後の対決とあらば、遅かれ早かれ開戦するはずだった。
諦めをつける間に、赤羽がクラスメイトを連れてきた。彼らはそこで初めて私に気づいたようだった。同じくA組からも認識されていなければよいのだが。確認はできないまま下校が再開する。クラスメイトが三人も増えると、一気ににぎわいも増す。結局は電車で二人に戻るとしても、駅までの同行者を拒絶する道理はない。
こうして当初の想定よりもずっと精神衛生上よろしい帰り道となった。クラスメイト三名とは何事もなく改札の中で別れ、結局は赤羽と二人で電車を待つことになったが、乗降口を定めたら、各々イヤホンを装着する。次の電車の到着まであと六分。五分、四分、——それから合成音声に耳打ちされた。遅れて放送が響き渡る。
「人身事故だって」
隣のクラスメイトが片側だけイヤホンを外していた。「ちょっと歩こうぜ」
耳元で合成音声が再開時刻を算出する。私は両側のイヤホンを外してこたえた。
赤羽と「ちょっと歩く」べく駅を出た。行き先を決めずに来てしまったが、少し遅ければ改札を通るときに苦労しただろう。ということで、ひとまず行き先を話しながら歩いた。どうせ最大の目的は運転再開まで時間を潰すことだ。
「行きたい所あるならつき合うよ」
「それが今は特にないんだよね。赤羽くんは」
「俺も特には。ってなると——飯」
「たしかに、そういう時間かも。カフェでもいいけど」
駅前は飲食店には事欠かない。すぐ先を見るだけでも、和食、洋食、コーヒー、カレー——。「そういえば」と赤羽が言った。
「カレー、好きなんだって」
「え、うん。好きだよ」
足は止まらなかった。「話したことあったっけ」
私は首をかしげた。振り返っても記憶にない。普段、好きな食べ物を詳らかにすることは少ない。現に赤羽のことで知っている好物はいちご煮オレだけだ。昼食を共にすることはあれど、教室でカレーライスを食べたこともない。飲食店に入ってわざわざ食べることもない。カレーライスは著しく制服を汚しうる料理の一つだ。何より私が好むカレーライスは——いや、
「わかばパークでつくったことがあったね、カレーライス」
テスト前にもかかわらず通い詰めた保育施設は、鬱陶しいほど子供がいるくせ、職員は園長の他に一人きり。さらには雨漏り、床が抜けるほどの老朽化に対応することもできていない。どれもこれも園長が破格の安値で児童を引き受けるせいだった。だが経緯からいっても我々は文句をつけられる立場にない。かわりに手分けして〈なんでも〉したのである。
通常業務を疎かにすることはできないが、子供たちも鬱陶しいとはいえ元は職員二人で回せていた規模だ。二十人以上でかかりきりになることではない。そのうち私はもっぱら裏方で、調理班の一員だった。カレーライスは五日目の献立だ。
「たしかに原さんと村松くんと話したかも。小学校の給食、カレーは人気だったよねって。そのときかな」
「そ。ちょっと聞こえてた。カレーとデザートが楽しみだったんだって」
「聞こえてたんだ。ちょっと恥ずかしいな」
私が照れてみせても、赤羽は構わなかった。「どうする」
行く手に再びカレー屋の看板。
「そんなの私は是非ってこたえる、けど」
「いいよ。俺もカレーの気分になってきたし——おまえも成績あがってた」
ちょうど店の前で足が止まった。
「四百七十五点、学年十位。おめでとう」
「ありがとう。覚えててくれたんだ」
「当然。忘れるわけない」
まあ〈多少〉は覚えやすい点数で順位だが。赤羽はさらには言わなかった。この私も追及しなかった。「どうする」と再び聞かれたらあとは素直にうなずくだけだ。
「お言葉に甘えて」
初めて入る店だったが、席に案内されたら、互いに顔を見合わせて、簡単に品書きを確認し、その場で注文を済ませてしまった。標準の辛さ、標準の量、おすすめのカレーライス。激辛カレー大盛はクラスメイトが。このクラスメイトは、あれで行儀の悪い客にはならないから、はた目には問題なく食べきることをしていた。私たちは何事もなく店を出た。
やがて人工知能の報告を受けて駅に戻った。黙りこくって改札を抜けた。電光掲示板には遅延の知らせ。プラットホームでイヤホンを探し始めたら、冷たい風が吹いてきた。秋でよかった。白色のカーディガンが肌寒さを防いでくれる。隣で電車を待つクラスメイトも、腕を曲げて黒色の長袖を見ていた。同じことを考えていたかは、私の知ったことではない。
無言で電車を待って、乗り込んで、並んで立って、私が先に降りた。軽く別れの挨拶をした相手は、今日は同じ電車で次の駅へ向かった。それでも十二時間もすれば顔を合わせる羽目になるけれど。
朝を迎えてまで、もう十時間だなどとは、さすがに私も数えてはいなかった。ただ普段のとおりに支度を済ませ、普段のとおりに駅まで歩いた。いつもの改札から、いつものプラットホームへ。それから、いつもの乗降口を探して、ふと黒色のカーディガンが目に留まる。椚ヶ丘の制服に酷似したズボン、背丈は目測百八十センチ未満、耳にイヤホン、片手に参考書。
「おはよ」
柱のそばのその人物に、私も同じ言葉でこたえる。
二
用を足した。怪しい供述を聞かされたさらに翌朝、同じクラスの中学生はプラットホームにはいなかったが、乗った車両には立っていた。早起きに挑戦しているそうだ。私は、ついに殺人劇を演じるつもりだろうかと、内心では考えていた。二か月前に殺すと予告されたことを、当然、忘れるわけがない。だが、ひとまずは殺意の一つも示されず、一つの車両に揺られて、同じ駅に降りた。
朝の通学路に赤羽が現れて二日目、つまり一緒に登校するほかなくなって二日目、改札を出た途端、クラスメイトが口を開いた。
「プレゼント、何か考えた」
「無難なものでよければ」
今日の話題は〈ビッチ&烏間・くっつけ計画〉の第二弾。と付くからには〈第一〉もあって、ちょうど夏休みの旅行の最後の晩に実行された。二人きりの晩餐会を生徒で演出してやったのだ。色仕掛けの達人である英語教師は、あだ名されるほどの〈堅物〉——体育教師にどうも恋情を向けているらしい。愚痴をこぼす潜入暗殺者に中学生および下世話なクラス担任で協力した形だった。
とはいえ第一弾はおよそ失敗に終わった。訓練教官は懸想されていることにも気づかなかったと見られている。今回は、その結果を踏まえての第二弾らしい。目標はビッチ先生の誕生日を祝うこと。手段は一つ。彼女が恋慕の情を寄せる相手に、贈り物をさせるのだ。
「無難ね」
「花束とか」
「それは無難だわ」と赤羽は繰り返した。
「ただ正直これでも無理がある、気がする」
「定番じゃない」
「烏間先生が用意するかな、ってところが」
偏見だけれども。
定番は定番、だからこそ無難。しかし当の烏間先生が選ぶかというと、実に微妙な線である。偏見だけれども。赤羽も同意するようにうなずいた。
「けど五千円で用意しようってなると、たしかにそこらへんか」
「ビッチ先生、セレブだから」
難問だった。昨日の今日の計画で、中学生が二百円程度といえども出し合って、五千円の予算をつくった。だが前提として贈る側になる烏間先生は二十代後半の(おそらくは稼いでいる部類の)大人である。贈られる側に至ってはちょうど二十歳といえども本職の潜入暗殺者で、過去の標的の傾向か、金銭感覚は有名人のそれだ。すでに今年の誕生祝いとして高級車を貢がれているらしい。
いや幾らかの恋物語を真に受けるなら、贈り物とは金額より内容より真心が肝要である。真心、誠意、実直さ。——無理難題だ。真実はこう。生徒が誕生祝いを企んでいることを、烏間先生は〈直前〉に知らされる。
嫌な予感しかしない。けれどもクラスメイトは〈一人として〉反対しない。この計画が単純な好意、下世話、そういったものの他に、ある種の責任の元に生じたがゆえだろうか。
「当日にお祝いできたらよかったんだけど」
「それは——それが一番だっただろうけど。どうしたの、おまえ」
「きっと、私たちからお祝いできた」
きっと、かくも面倒なことにはならなかった。それは、この私には言えないことだったから、音になることはなかったが。赤羽は目を鋭くさせた。
「どうしたの」
この私はとぼけた返事をした。赤羽は無言で正面を向く。視線で射殺す準備ではなかったか。私も心中では考えていた。〈どうせ脳天を撃ち抜くには足りなかった〉。
誕生祝いは花束になった。かすり傷の一つもなく迎えた放課後のことである。昨日の今日の計画を敢行した。いつもの四班に分かれて、うち三つの班が標的たち(特にビッチ先生)を引きつけ、引き離し、その隙に渚くんの班が〈烏間先生からの祝いの品〉を用意する。と、よりにもよって買い出しに選ばれてしまった班の一員であるので、放課後は班員と共に街に繰り出した。
何も決まらないまま最後の授業を終えてしまったが、私は花束を提案しなかった。班員の内一名には通学路で話してしまったが、彼もまた何も言わなかった。意外なことに。後から攻撃の材料にするつもりだったのか、彼自身も思うところがあったのか。いずれにせよ私たちの班は最後まで花束にたどり着かなかった。では何かと言うと——花屋が自ら姿を見せた。
あるいは〈偶然にも〉通りかかったのだ。お花屋さんが。そして、「やっぱり、そうだ。ねえ君たち——」
何やら知った風に呼び止めてきた。その瞬間には花屋ともわからず、ただ帽子に前掛け、さらには軍手と、土いじり中らしい大人、との印象はあったものの、ますます覚えのないことは確かだ。しかし続いた言葉に渚くんと杉野くんが反応を示した。いわく二週間前に救急車を呼んでくれた花屋である。奥を見れば花屋の車両も停まっていた。ということだ。
二週間以上も前の事故を覚えており、この近辺にはありふれた制服の一団に、当時居合わせた大勢の内のただの二人を見いだしたようだ。よほど事の顛末が知りたかったらしいので、班員一同は足を止め、渚くんと杉野くんを中心に話せることは話してやった。花屋は表情を和らげた。
「そっか。大事にならなくてよかったね」
そして私たちは花束を買うことに——。いや口止め料などではなくて。中学生たちの悩みを聞いていた花屋が、では花束はどうかと、一輪の花を差し出してきたのだ。偶然、最も花屋に近かった私の目と鼻の先に。突き出された植物を私がおとなしく受けとる様子を見届け、商売人は電卓を片手に名演説。満場一致で決定した次第である。一輪の花は花束に、手の中から腕の中に。
私たちは花のような微笑に見送られ、安心さえ錯覚しながら来た道を戻った。まるで、と思うまでにはまだ粘性が足りなかったけれど。
ぬるりとした視線はといえば、戻った旧校舎で事態の推移を見守っていた。生徒がうまく二十歳の気を引く様を、そして労せず教員室へ入る私たちを。
事務仕事にとり組んでいた多忙な二十代後半は、花束を前に首をかしげた。「なぜ俺が。君らが渡したほうが喜ぶだろう」
押し黙る一同。昨日の今日の計画の、間違いなく最大級の難所である。だが最後の授業まで花束を知らなかった生徒たちは、もちろん説得の言葉も知らない。ところが私たちの中から、烏間先生を呼ぶ声がした。
「いろいろ大変だったんでしょ、二週間ずっと」
「それこそ同僚の誕生日も祝えないくらい」と班員は言葉を続ける。英語教師の誕生日は実はとうに過ぎている。例の二週間の特別授業の最中に。対して教師は返事を選んだ。
「だからといって君らが気にすることじゃない。何度も伝えたが仕事の内だ」
「仕事ってんなら職場の人間関係も、仕事の内に入るんじゃないの」
訓練教官はうなずかない。彼の教え子もそれでも引かない。
「責任者の仕事だと思うけど。——あのビッチが必要な戦力と思うならさ」
もう駄目押しだった。
暗殺教室の監督者はようやく首を縦に振った。「一理ある」と言って渚くんから——上り坂の手前で引きとってくれた——花束を受けとった。
烏間先生には口止めをして、他班へ準備完了の通達。生徒および下世話な担任は速やかに身を潜め、標的たちが二人きりになる時を待つ。
「ちょうどいい、イリーナ」
「——烏間」
「誕生日おめでとう」
さて二度目の〈くっつけ計画〉はものの見事に失敗した。
三
「色恋で鈍るような刃なら、ここで仕事する資格はない」とはビッチ先生が去った後の烏間先生の言葉だが。疑いながらも喜んだ彼女のよき瞬間は三十秒にも満たなかった。誕生日を祝った彼の口は、そのまま彼女に冷水を浴びせ、たちまち彼女も我に返った。この堅物が誕生日に花を贈ることを思いつくわけがない——。と生徒たちの企ても、白日の下にさらされた。
職業暗殺者はその日当然に贈り物を突き返し、校舎を去って、今日まで三日間、無断欠勤を決め込んでいる。
「今日も来ませんでしたね」
三日目の放課後、奥田さんは主語を省いて言及した。前の席から後ろを向くことで話しかけてきたクラスメイトに私は「心配だね」と返事をする。右隣から突き刺さる視線は今は気にしない。かわりに携帯端末を操作して、首を横に振っておいた。言葉にはしなかったが、彼女は正しく表情を読みとる。
「やっぱり。私もずっと返信がないんです」
「電話もつながらないんだってね」
私は廊下側前方の席を見た。無断欠勤の英語教師と最も親しかった生徒たちが、端末を片手に浮かない表情でいる。彼女たちで無理ならば、私たちでは不可能だろう。体育教師などは論外として。担任教師は担任教師で様子見の方針をとっており、今日は放課後を迎えると国外へ出かけてしまった。前々から楽しみにしていた試合観戦が目的で、一応は同僚を心配する素振りも見せたので、生徒もおとなしく見送ったけれど。
まあ、あの〈セレブ〉が同様に国外へ出かけた可能性は十分ある。彼女の最高速度はマッハ二十には及ばないだろうが、誕生日に高級車を貢がれる程度の人物ではある。気分転換に三泊四日の国外旅行など、実行に移すことはたやすいだろう。マッハ二十の教師も言っていたことだ。大人の気分転換には時間がかかることもある、と。
気分転換で済むのなら、それが一番だけれども。まだ三日、もう三日。三日目の今日、担任教師は国外からしばらく戻らず、烏間先生も校外で仕事。三日間ずっと教員室にはあの花束が放置されている。飾ることを提案すればよかっただろうか。三日前の放課後の旧校舎で——〈捨てる〉よりは私らしい提案だっただろう。燃やすよりも、壊すよりも。だが。いや。
「どうしたの」
「ううん、ただ、ビッチ先生のこと。赤羽くんもやっぱり返事がないんでしょ」
いずれにせよ手遅れだった。
生徒をかきわけ教室の外、廊下の奥に何か人の気配がする。
「僕は〈死神〉と呼ばれる殺し屋です」
四
モップの柄が振り下ろされた。二度、三度、四度、教壇のそばでいたく物音がする。教室の床をたたく音、盗聴器を壊す音。さらに転がる花束は、緩衝材の役にも立たない。クラスメイトが悪態をつく。
「これで俺らの情勢を探り、ビッチ先生が単独行動になる隙を狙った。殺せんせーがブラジルに行くのも、烏間先生が仕事に行くのも知ってたうえで、——大胆にも独りで乗り込んできた」
殺し屋が。花屋の装いで、教師の足どりで、授業をするかのように教壇に立ち、一枚の写真を生徒に示した。三日前に姿を消したE組の教師が縛られ、箱詰めにされていた。大きな怪我は見られないが、どこから見ても人質で、案の定、交渉材料になったのだ。今夜十八時までに生徒全員で某所に来い、他言は無用、さもなくば。「死神」を名乗った殺し屋は、他人の怪我を心配したように、私たちに花束を売ったように、笑顔で安全を錯覚させた。
E組は三日前から盗聴されていた。あの花屋があの花束に盗聴器を隠していた。赤羽が発見した。犯人が去ってまもなくのことだ。いつのまにか教壇のそばに花束をつかんで立っていた。破壊行為は別の生徒が率先して引き受け、私も掃除道具を持ってそばに寄った。数分間で教室は幾らか散らかってしまったが、誰もが他言無用を守るなら、花弁の一枚も残すべきではない。
指示に背くべきではない。先生に知らせるべきではない。人質を見殺しにすべきではない。相手が〈伝説の殺し屋〉だろうとも、E組の暗殺者はただでは殺されない。誰もが同様に考えたなら、選択肢はあってないようなものだ。
私たちはせいぜい時間いっぱい準備して、のこのこ〈わな〉に飛び込むよりほかなかった。
わな、だった。指定の十八時、指定の地点に小さな建物。周囲や屋上に人影はなく、内部にも手下は少ないだろうと予想を立て、いざ足を踏み入れたら、地上階全体が昇降式だった。こちらの立ち回りを無為にする仕掛けが、全員を地下の〈おり〉へ導いたのだ。当然脱出したけれど。E組の生徒は、標的の心理を知る名目で、標的側の立ち回りについても幾らか訓練を受けている。
「役割を決めて三手に分かれよう」
とはいえ、建物からは出られなかった。地上からは確認できなかった巨大な地下空間が電子錠で閉ざされているのだ。鍵は「死神」の虹彩認証だと本人が館内放送してくれた。まるで遊戯感覚とはとんだ余裕の持ち主だが、中学生が相手だからか、それとも伝説の殺し屋を名乗るだけのことはあると見るべきか。
最強の殺し屋といえばそれは「死神」をおいて他にない。とある〈業界人〉がE組の生徒に聞かせた話だ。殺し屋に死神とはありふれた異名のようで〈業界〉ではただ一人を指すものだと。名前も声も姿も形も誰にも何にも知られずに、ただ伝説的な記録を打ち立て、いつしか「死神」と呼ばれるようになった。——その「死神」をこの犯人は自称しているわけだが。
真偽はともかく事実として、幾らかの技術は高い水準に達している。花屋として接したとき、教室を訪れたとき、私たちを捕らえたとき。そして、このたびモバイル律が短時間で破壊、改竄された。
正直無謀に思えたが、だから降伏しようとはクラスメイトは言わない。戦闘特化のA班と、技術屋中心のC班とを選り分け、私は間のB班に選ばれる。嫌な顔の一つもせずに従っておいたが、担当は〈人質〉救出だ。彼女の居場所はわかっている。私たちを閉じ込めた鉄格子を挟んですぐ「死神」の背後につながれ眠っていた。「死神」の相手はA班に、C班には構造を探らせて、B班が人質の元に突入する。
——手筈だったが、別れて一分でA班が倒れた。
一気に空気が張り詰めた。まるで突飛な知らせだった。クラスの三等分およそ十名が——それも連絡役の茅野さんを除いては、各々戦闘や対人戦に秀でたクラスメイトが、わずか一分の内に制圧されたのだ。
しかしB班はB班で後に引けない所まで到達していた。「たぶん、この先がビッチ先生が捕まってる部屋」
爆薬を持った班員が、鍵のついた扉に向かっていく。残りはそこから距離をとりつつ、背後を警戒し、私は見張りの役を買って出る。訓練成績がよい部類であるため、否定意見もなく要望が通り、まもなく前方から爆発音がした。
先頭の班員が扉を蹴破る。「ビッチ先生」と口々に続々突入する班員たち。室内に敵影なし、鉄格子の向こう側もひとまずは異常なし。部屋の外も静かなものだ。まだ「死神」は訪れないらしい。そして警戒の中で英語教師の呼吸が確認された。
「眠ってるだけだって」
「そっか、よかった」
次はC班と合流するそうだ。彼らは戦力としては心許ない部分もあるが、体格と体力がある寺坂くんと、技術力もさることながら肉体改造により身体能力も高いイトナくんがいる。彼らをB班の戦力と合わせ、A班を救出しつつ「死神」を倒して外に出る算段だ。私たちは全員が対人で有効な武器を装備している。——A班にも同じことが言えて、それにもかかわらず手加減のうえで秒殺されてしまったのだけれども。
室内では〈人質〉の解放が完了し、杉野くんが彼女を背負った。まずは二人を守りながらC班と合流せねばならない。連絡役が作戦を伝える。私は一歩、扉から離れる。中学生の気配を除いては、空気の乱れも足音もしない。まだ「死神」は現れない。一方で作戦に従って班員が出てきた。一人、また一人。武器を携え、私を抜かしていく。
しかし、誰かがぴたりと足を止めた。まだ部屋の中の班員たちだった。振り返って固まった彼らの様子が、やがて全員に伝播する。
「六か月くらい眠ってたわ。自分の本来の姿も忘れて。——目が覚めたの。死神 のおかげよ」
杉野くんと、彼らの護衛が〈人質〉の足元に膝から倒れた。大して人質はいたって健全に立ちあがり、両手に武器を携えている。拳銃型の注射器だ。連続で注射できるようになっているのだろう。見張りを引き受けておいてよかった。班員が部屋に引き返していくが、私は最後尾から室内の様子をうかがえる。通路に敵の気配はない。この状況を英語教師が一人で切り抜けられると見積もっており、仮に計算が外れても結局は伝説の殺し屋が全員を殺せるからだ。
実際に仲間は次々と倒れた。一分どころか十秒の間に敵は全員を抜き去った。彼女は最後の一人の前で、足を止めて口を開く。
「あら」
目が合った。
「あんた、それは降伏のつもり」
「はい、私は降伏します」
私は頭の横で手の平を示した。武器は地面に手放してある。微動だにしない私の前で、敵もゆっくりと武器を下ろした。油断の表れには程遠い。ついに味方の到着である。
「君は——」
背後で場違いな声がした。
「——そっか。君は降伏か」
「——はい、降伏です」
私は背を向けたまま答えた。背後の敵は再び「そっか」と場違いに穏やかな表情でつぶやく。
「いいよ。武器を置いたなら自由にしなよ。もちろん限度はあるけどね」と瞬きの内に私のポケットを空にして「死神」は手下の前に立つ。
「君一人に負けちゃった」
「ええ。あんたの言ったとおりだったわ。やっぱりこの子たちとは組む価値がない」
その後「死神」は手下を私と実質的に二人きりにして、C班の元へ赴いた。彼らは全員で降伏を選んだらしい。中学生は新たなおりに誘導される。全員が英語教師の手で首輪と手錠をはめられる。B班から独り降伏を選んだ私は、教師からの褒美として、最初の一人に選んでもらえた。まったくもってうれしくない。けれどこの私はもはや抵抗できないから従順に過ごして、目覚めた班員に謝って、C班だった奥田さんと無事を確認し合って——、それから「死神」の監視映像に、一人と〈一匹〉の影が映る。
一
中間テストがあった。昨日のことだ。つまり今日が成績発表で、クラスメイトの表情は浮かない。朝の山道どころか、テストの前から落ち込んで、終わればなおさら。いや今朝は一周回って持ち直していたようなところがある。理由は明白。数字が芳しくなかったのだ。原因もまた単純明快で、テスト直前ちょうど二週間、先生が授業をしなかった。あるいは別の授業をしたのだと、彼ならそのように言うのだろうか。
進学校のテスト直前の特別授業。E組一同は椚ヶ丘市内の保育施設で働いていた。職場体験とも言い換えられるようだったが、実態は損害賠償だ。クラスメイトが暗殺技術で〈不幸な〉事故を起こしてしまって、その連帯責任をとらされた形だ。同施設の園長を務める被害者が退院するまで、かわりに運営を手伝うようにと。しかし感想を最悪の一言で締める者は、このクラスにはいないだろう。
当然テスト勉強はできなかったが。
結局、答案用紙が返却されたら教室の空気は重々しく沈んだ。満足に勉強できなかった。満足に得点できなかった。成績が前回以上だったとしても、もっとよかったかもしれないと見ることはできる。ということで私も一緒に重たい気分だ。——子供の存在を抜きにすれば、あの二週間は最高だったけれど。
先月の担任教師下着泥棒疑惑の頃よりは活気がある、という程度のホームルームを終えて、荷物と一緒に立ちあがったところで、右隣の席の椅子も引かれた。原則として山道は一つ。同時に席を立った以上は、同時に下山することになる。私は無言で下り坂に立ったが、他者にまで強要することはできない。
「何考えてたか当ててやろうか」
「おめでとうって思ってたんだよ」
仕方がないので教室では言えなかったことを伝えてやった。隣の赤羽は「どうも」とこたえた。先より小さな声だった。そこで一旦会話が途切れ、歩くだけになり、そういえばと思い至る。私たちは久しぶりに、帰り道を共にしているらしい。
保育施設では元より見かけることもまれだった。その前は体育祭だ。体育祭の頃は、放課後も各種目の特訓だった。そして、さらに記憶を遡ると、ようやく一緒に渚くんや奥田さんの記録もひも解かれる。帰り道に赤羽がいるとき、そこには大抵、渚くんや奥田さんがいるものだから。
渚くんや奥田さんがいたから、赤羽がいたとも言えて、茅野さん、杉野くん、神崎さんもいた。示し合わせたわけでもないが、私は茅野さんと奥田さんと神崎さんとの行動が多く、赤羽も渚くんと杉野くんとの行動が多い。それだけのことだ。示し合わせたわけではないので、そこに赤羽がいないことは珍しくもなく、珍しくも赤羽と二人になったこともある。
あるいは赤羽が見計らったかだ。
私たちは最初に二言、三言を交わした後はさも偶然を装って、口を閉じた。つかず離れず山を下りた。時々クラスメイトが駆け下りたけれど、私たちの速度は変わらない。そして赤羽がものを言わなければ、私たちの間に会話はないから、静かな帰り道だった。やがて舗装された道路に出た。徐々に本校舎が近づいて、環境音は喧噪へ。角を曲がると、一気に同じ制服が増える。
駅まで一緒に歩くつもりか、いよいよ正門前を過ぎたが、赤羽が道を外れる気配はない。私も普段は寄り道をしないから、珍しくも今日は同じ電車に乗るのだろう。私の通学定期券は、赤羽の区間と重なっている。朝は登校時間が違うけれど、こうして駅まで一緒に歩けば、一緒に電車に乗ることもある。しかし、
「拍子抜けだったなァ」
やたら大きな声がした。私たちは、どちらからともなく顔を見合わせた。相手が赤羽でも私でもないことはわかっている。だが〈彼ら〉の嫌みはよく響いた。
「やっぱり前回のはまぐれだったようだね」
そして、まるきり他人事でもなかった。
「棒倒しで潰すまでもなかったな」
私たちは足を止めて振り返った。すでに過ぎた道に、知った顔ぶれが並んでいた。正門のそばにA組が五人、さらに向こうにE組が三人。今日はクラスメイトには分の悪い組み合わせだ。夏の期末テストから一転、E組の大半が上位を逃し、A組は順当に序列を奪還したばかりだ。かの三人も例に漏れず、一方のA組五名は、万年首席の生徒会長を筆頭に、学年順位を指折り数えて五本、六本の成績上位者たちだった。
浅野学秀生徒会長は終始無言でいたが、とり巻きの侮辱はとどまるところを知らない。
「言葉も出ないねェ。まあ当然か」
「この学校では成績がすべて。下の者には、上に対して発言権はないからね」
あーあ。声にはならなかった。もっと面倒なことになるぞと予測だけした私の隣で、ほら、クラスメイトが一歩を踏み出す。「へーえ」だと。
「じゃ、あんたらは俺に何も言えないわけね」
来た道を戻る学年二位、勢いよく振り向いた三位から六位まで。開いた口がしかしものも言えずにいる様を、私も黙って眺めておく。
クラスメイトはA組五名の間を抜け、E組三名を背に立った。「気づいてないの。今回本気でやったの俺だけだよ」
「他の
そう言った。「でも、次はみんなも容赦しない」
内部進学の本校舎三年と、高校受験のE組とでは、〈三学期〉から授業が変わる。伴ってテストの内容も条件も変わる。——宣戦布告である。
「二か月後の〈二学期〉期末、そこですべての決着つけようよ」
「上等だ」と浅野くんはこたえた。
ほら、面倒なことになった。私は蚊帳の外で少しだけ高い所を見た。どこかの屋上の柵の上で、黄色の巨体が夕焼けを浴びている。大きな三日月の笑みの前に、触手が一本だけ立てられた。私はおとなしく正面に意識を直す。先の期末テスト以来、A組とE組は強く対立している。その事実上最後の対決とあらば、遅かれ早かれ開戦するはずだった。
諦めをつける間に、赤羽がクラスメイトを連れてきた。彼らはそこで初めて私に気づいたようだった。同じくA組からも認識されていなければよいのだが。確認はできないまま下校が再開する。クラスメイトが三人も増えると、一気ににぎわいも増す。結局は電車で二人に戻るとしても、駅までの同行者を拒絶する道理はない。
こうして当初の想定よりもずっと精神衛生上よろしい帰り道となった。クラスメイト三名とは何事もなく改札の中で別れ、結局は赤羽と二人で電車を待つことになったが、乗降口を定めたら、各々イヤホンを装着する。次の電車の到着まであと六分。五分、四分、——それから合成音声に耳打ちされた。遅れて放送が響き渡る。
「人身事故だって」
隣のクラスメイトが片側だけイヤホンを外していた。「ちょっと歩こうぜ」
耳元で合成音声が再開時刻を算出する。私は両側のイヤホンを外してこたえた。
赤羽と「ちょっと歩く」べく駅を出た。行き先を決めずに来てしまったが、少し遅ければ改札を通るときに苦労しただろう。ということで、ひとまず行き先を話しながら歩いた。どうせ最大の目的は運転再開まで時間を潰すことだ。
「行きたい所あるならつき合うよ」
「それが今は特にないんだよね。赤羽くんは」
「俺も特には。ってなると——飯」
「たしかに、そういう時間かも。カフェでもいいけど」
駅前は飲食店には事欠かない。すぐ先を見るだけでも、和食、洋食、コーヒー、カレー——。「そういえば」と赤羽が言った。
「カレー、好きなんだって」
「え、うん。好きだよ」
足は止まらなかった。「話したことあったっけ」
私は首をかしげた。振り返っても記憶にない。普段、好きな食べ物を詳らかにすることは少ない。現に赤羽のことで知っている好物はいちご煮オレだけだ。昼食を共にすることはあれど、教室でカレーライスを食べたこともない。飲食店に入ってわざわざ食べることもない。カレーライスは著しく制服を汚しうる料理の一つだ。何より私が好むカレーライスは——いや、
「わかばパークでつくったことがあったね、カレーライス」
テスト前にもかかわらず通い詰めた保育施設は、鬱陶しいほど子供がいるくせ、職員は園長の他に一人きり。さらには雨漏り、床が抜けるほどの老朽化に対応することもできていない。どれもこれも園長が破格の安値で児童を引き受けるせいだった。だが経緯からいっても我々は文句をつけられる立場にない。かわりに手分けして〈なんでも〉したのである。
通常業務を疎かにすることはできないが、子供たちも鬱陶しいとはいえ元は職員二人で回せていた規模だ。二十人以上でかかりきりになることではない。そのうち私はもっぱら裏方で、調理班の一員だった。カレーライスは五日目の献立だ。
「たしかに原さんと村松くんと話したかも。小学校の給食、カレーは人気だったよねって。そのときかな」
「そ。ちょっと聞こえてた。カレーとデザートが楽しみだったんだって」
「聞こえてたんだ。ちょっと恥ずかしいな」
私が照れてみせても、赤羽は構わなかった。「どうする」
行く手に再びカレー屋の看板。
「そんなの私は是非ってこたえる、けど」
「いいよ。俺もカレーの気分になってきたし——おまえも成績あがってた」
ちょうど店の前で足が止まった。
「四百七十五点、学年十位。おめでとう」
「ありがとう。覚えててくれたんだ」
「当然。忘れるわけない」
まあ〈多少〉は覚えやすい点数で順位だが。赤羽はさらには言わなかった。この私も追及しなかった。「どうする」と再び聞かれたらあとは素直にうなずくだけだ。
「お言葉に甘えて」
初めて入る店だったが、席に案内されたら、互いに顔を見合わせて、簡単に品書きを確認し、その場で注文を済ませてしまった。標準の辛さ、標準の量、おすすめのカレーライス。激辛カレー大盛はクラスメイトが。このクラスメイトは、あれで行儀の悪い客にはならないから、はた目には問題なく食べきることをしていた。私たちは何事もなく店を出た。
やがて人工知能の報告を受けて駅に戻った。黙りこくって改札を抜けた。電光掲示板には遅延の知らせ。プラットホームでイヤホンを探し始めたら、冷たい風が吹いてきた。秋でよかった。白色のカーディガンが肌寒さを防いでくれる。隣で電車を待つクラスメイトも、腕を曲げて黒色の長袖を見ていた。同じことを考えていたかは、私の知ったことではない。
無言で電車を待って、乗り込んで、並んで立って、私が先に降りた。軽く別れの挨拶をした相手は、今日は同じ電車で次の駅へ向かった。それでも十二時間もすれば顔を合わせる羽目になるけれど。
朝を迎えてまで、もう十時間だなどとは、さすがに私も数えてはいなかった。ただ普段のとおりに支度を済ませ、普段のとおりに駅まで歩いた。いつもの改札から、いつものプラットホームへ。それから、いつもの乗降口を探して、ふと黒色のカーディガンが目に留まる。椚ヶ丘の制服に酷似したズボン、背丈は目測百八十センチ未満、耳にイヤホン、片手に参考書。
「おはよ」
柱のそばのその人物に、私も同じ言葉でこたえる。
二
用を足した。怪しい供述を聞かされたさらに翌朝、同じクラスの中学生はプラットホームにはいなかったが、乗った車両には立っていた。早起きに挑戦しているそうだ。私は、ついに殺人劇を演じるつもりだろうかと、内心では考えていた。二か月前に殺すと予告されたことを、当然、忘れるわけがない。だが、ひとまずは殺意の一つも示されず、一つの車両に揺られて、同じ駅に降りた。
朝の通学路に赤羽が現れて二日目、つまり一緒に登校するほかなくなって二日目、改札を出た途端、クラスメイトが口を開いた。
「プレゼント、何か考えた」
「無難なものでよければ」
今日の話題は〈ビッチ&烏間・くっつけ計画〉の第二弾。と付くからには〈第一〉もあって、ちょうど夏休みの旅行の最後の晩に実行された。二人きりの晩餐会を生徒で演出してやったのだ。色仕掛けの達人である英語教師は、あだ名されるほどの〈堅物〉——体育教師にどうも恋情を向けているらしい。愚痴をこぼす潜入暗殺者に中学生および下世話なクラス担任で協力した形だった。
とはいえ第一弾はおよそ失敗に終わった。訓練教官は懸想されていることにも気づかなかったと見られている。今回は、その結果を踏まえての第二弾らしい。目標はビッチ先生の誕生日を祝うこと。手段は一つ。彼女が恋慕の情を寄せる相手に、贈り物をさせるのだ。
「無難ね」
「花束とか」
「それは無難だわ」と赤羽は繰り返した。
「ただ正直これでも無理がある、気がする」
「定番じゃない」
「烏間先生が用意するかな、ってところが」
偏見だけれども。
定番は定番、だからこそ無難。しかし当の烏間先生が選ぶかというと、実に微妙な線である。偏見だけれども。赤羽も同意するようにうなずいた。
「けど五千円で用意しようってなると、たしかにそこらへんか」
「ビッチ先生、セレブだから」
難問だった。昨日の今日の計画で、中学生が二百円程度といえども出し合って、五千円の予算をつくった。だが前提として贈る側になる烏間先生は二十代後半の(おそらくは稼いでいる部類の)大人である。贈られる側に至ってはちょうど二十歳といえども本職の潜入暗殺者で、過去の標的の傾向か、金銭感覚は有名人のそれだ。すでに今年の誕生祝いとして高級車を貢がれているらしい。
いや幾らかの恋物語を真に受けるなら、贈り物とは金額より内容より真心が肝要である。真心、誠意、実直さ。——無理難題だ。真実はこう。生徒が誕生祝いを企んでいることを、烏間先生は〈直前〉に知らされる。
嫌な予感しかしない。けれどもクラスメイトは〈一人として〉反対しない。この計画が単純な好意、下世話、そういったものの他に、ある種の責任の元に生じたがゆえだろうか。
「当日にお祝いできたらよかったんだけど」
「それは——それが一番だっただろうけど。どうしたの、おまえ」
「きっと、私たちからお祝いできた」
きっと、かくも面倒なことにはならなかった。それは、この私には言えないことだったから、音になることはなかったが。赤羽は目を鋭くさせた。
「どうしたの」
この私はとぼけた返事をした。赤羽は無言で正面を向く。視線で射殺す準備ではなかったか。私も心中では考えていた。〈どうせ脳天を撃ち抜くには足りなかった〉。
誕生祝いは花束になった。かすり傷の一つもなく迎えた放課後のことである。昨日の今日の計画を敢行した。いつもの四班に分かれて、うち三つの班が標的たち(特にビッチ先生)を引きつけ、引き離し、その隙に渚くんの班が〈烏間先生からの祝いの品〉を用意する。と、よりにもよって買い出しに選ばれてしまった班の一員であるので、放課後は班員と共に街に繰り出した。
何も決まらないまま最後の授業を終えてしまったが、私は花束を提案しなかった。班員の内一名には通学路で話してしまったが、彼もまた何も言わなかった。意外なことに。後から攻撃の材料にするつもりだったのか、彼自身も思うところがあったのか。いずれにせよ私たちの班は最後まで花束にたどり着かなかった。では何かと言うと——花屋が自ら姿を見せた。
あるいは〈偶然にも〉通りかかったのだ。お花屋さんが。そして、「やっぱり、そうだ。ねえ君たち——」
何やら知った風に呼び止めてきた。その瞬間には花屋ともわからず、ただ帽子に前掛け、さらには軍手と、土いじり中らしい大人、との印象はあったものの、ますます覚えのないことは確かだ。しかし続いた言葉に渚くんと杉野くんが反応を示した。いわく二週間前に救急車を呼んでくれた花屋である。奥を見れば花屋の車両も停まっていた。ということだ。
二週間以上も前の事故を覚えており、この近辺にはありふれた制服の一団に、当時居合わせた大勢の内のただの二人を見いだしたようだ。よほど事の顛末が知りたかったらしいので、班員一同は足を止め、渚くんと杉野くんを中心に話せることは話してやった。花屋は表情を和らげた。
「そっか。大事にならなくてよかったね」
そして私たちは花束を買うことに——。いや口止め料などではなくて。中学生たちの悩みを聞いていた花屋が、では花束はどうかと、一輪の花を差し出してきたのだ。偶然、最も花屋に近かった私の目と鼻の先に。突き出された植物を私がおとなしく受けとる様子を見届け、商売人は電卓を片手に名演説。満場一致で決定した次第である。一輪の花は花束に、手の中から腕の中に。
私たちは花のような微笑に見送られ、安心さえ錯覚しながら来た道を戻った。まるで、と思うまでにはまだ粘性が足りなかったけれど。
ぬるりとした視線はといえば、戻った旧校舎で事態の推移を見守っていた。生徒がうまく二十歳の気を引く様を、そして労せず教員室へ入る私たちを。
事務仕事にとり組んでいた多忙な二十代後半は、花束を前に首をかしげた。「なぜ俺が。君らが渡したほうが喜ぶだろう」
押し黙る一同。昨日の今日の計画の、間違いなく最大級の難所である。だが最後の授業まで花束を知らなかった生徒たちは、もちろん説得の言葉も知らない。ところが私たちの中から、烏間先生を呼ぶ声がした。
「いろいろ大変だったんでしょ、二週間ずっと」
「それこそ同僚の誕生日も祝えないくらい」と班員は言葉を続ける。英語教師の誕生日は実はとうに過ぎている。例の二週間の特別授業の最中に。対して教師は返事を選んだ。
「だからといって君らが気にすることじゃない。何度も伝えたが仕事の内だ」
「仕事ってんなら職場の人間関係も、仕事の内に入るんじゃないの」
訓練教官はうなずかない。彼の教え子もそれでも引かない。
「責任者の仕事だと思うけど。——あのビッチが必要な戦力と思うならさ」
もう駄目押しだった。
暗殺教室の監督者はようやく首を縦に振った。「一理ある」と言って渚くんから——上り坂の手前で引きとってくれた——花束を受けとった。
烏間先生には口止めをして、他班へ準備完了の通達。生徒および下世話な担任は速やかに身を潜め、標的たちが二人きりになる時を待つ。
「ちょうどいい、イリーナ」
「——烏間」
「誕生日おめでとう」
さて二度目の〈くっつけ計画〉はものの見事に失敗した。
三
「色恋で鈍るような刃なら、ここで仕事する資格はない」とはビッチ先生が去った後の烏間先生の言葉だが。疑いながらも喜んだ彼女のよき瞬間は三十秒にも満たなかった。誕生日を祝った彼の口は、そのまま彼女に冷水を浴びせ、たちまち彼女も我に返った。この堅物が誕生日に花を贈ることを思いつくわけがない——。と生徒たちの企ても、白日の下にさらされた。
職業暗殺者はその日当然に贈り物を突き返し、校舎を去って、今日まで三日間、無断欠勤を決め込んでいる。
「今日も来ませんでしたね」
三日目の放課後、奥田さんは主語を省いて言及した。前の席から後ろを向くことで話しかけてきたクラスメイトに私は「心配だね」と返事をする。右隣から突き刺さる視線は今は気にしない。かわりに携帯端末を操作して、首を横に振っておいた。言葉にはしなかったが、彼女は正しく表情を読みとる。
「やっぱり。私もずっと返信がないんです」
「電話もつながらないんだってね」
私は廊下側前方の席を見た。無断欠勤の英語教師と最も親しかった生徒たちが、端末を片手に浮かない表情でいる。彼女たちで無理ならば、私たちでは不可能だろう。体育教師などは論外として。担任教師は担任教師で様子見の方針をとっており、今日は放課後を迎えると国外へ出かけてしまった。前々から楽しみにしていた試合観戦が目的で、一応は同僚を心配する素振りも見せたので、生徒もおとなしく見送ったけれど。
まあ、あの〈セレブ〉が同様に国外へ出かけた可能性は十分ある。彼女の最高速度はマッハ二十には及ばないだろうが、誕生日に高級車を貢がれる程度の人物ではある。気分転換に三泊四日の国外旅行など、実行に移すことはたやすいだろう。マッハ二十の教師も言っていたことだ。大人の気分転換には時間がかかることもある、と。
気分転換で済むのなら、それが一番だけれども。まだ三日、もう三日。三日目の今日、担任教師は国外からしばらく戻らず、烏間先生も校外で仕事。三日間ずっと教員室にはあの花束が放置されている。飾ることを提案すればよかっただろうか。三日前の放課後の旧校舎で——〈捨てる〉よりは私らしい提案だっただろう。燃やすよりも、壊すよりも。だが。いや。
「どうしたの」
「ううん、ただ、ビッチ先生のこと。赤羽くんもやっぱり返事がないんでしょ」
いずれにせよ手遅れだった。
生徒をかきわけ教室の外、廊下の奥に何か人の気配がする。
「僕は〈死神〉と呼ばれる殺し屋です」
四
モップの柄が振り下ろされた。二度、三度、四度、教壇のそばでいたく物音がする。教室の床をたたく音、盗聴器を壊す音。さらに転がる花束は、緩衝材の役にも立たない。クラスメイトが悪態をつく。
「これで俺らの情勢を探り、ビッチ先生が単独行動になる隙を狙った。殺せんせーがブラジルに行くのも、烏間先生が仕事に行くのも知ってたうえで、——大胆にも独りで乗り込んできた」
殺し屋が。花屋の装いで、教師の足どりで、授業をするかのように教壇に立ち、一枚の写真を生徒に示した。三日前に姿を消したE組の教師が縛られ、箱詰めにされていた。大きな怪我は見られないが、どこから見ても人質で、案の定、交渉材料になったのだ。今夜十八時までに生徒全員で某所に来い、他言は無用、さもなくば。「死神」を名乗った殺し屋は、他人の怪我を心配したように、私たちに花束を売ったように、笑顔で安全を錯覚させた。
E組は三日前から盗聴されていた。あの花屋があの花束に盗聴器を隠していた。赤羽が発見した。犯人が去ってまもなくのことだ。いつのまにか教壇のそばに花束をつかんで立っていた。破壊行為は別の生徒が率先して引き受け、私も掃除道具を持ってそばに寄った。数分間で教室は幾らか散らかってしまったが、誰もが他言無用を守るなら、花弁の一枚も残すべきではない。
指示に背くべきではない。先生に知らせるべきではない。人質を見殺しにすべきではない。相手が〈伝説の殺し屋〉だろうとも、E組の暗殺者はただでは殺されない。誰もが同様に考えたなら、選択肢はあってないようなものだ。
私たちはせいぜい時間いっぱい準備して、のこのこ〈わな〉に飛び込むよりほかなかった。
わな、だった。指定の十八時、指定の地点に小さな建物。周囲や屋上に人影はなく、内部にも手下は少ないだろうと予想を立て、いざ足を踏み入れたら、地上階全体が昇降式だった。こちらの立ち回りを無為にする仕掛けが、全員を地下の〈おり〉へ導いたのだ。当然脱出したけれど。E組の生徒は、標的の心理を知る名目で、標的側の立ち回りについても幾らか訓練を受けている。
「役割を決めて三手に分かれよう」
とはいえ、建物からは出られなかった。地上からは確認できなかった巨大な地下空間が電子錠で閉ざされているのだ。鍵は「死神」の虹彩認証だと本人が館内放送してくれた。まるで遊戯感覚とはとんだ余裕の持ち主だが、中学生が相手だからか、それとも伝説の殺し屋を名乗るだけのことはあると見るべきか。
最強の殺し屋といえばそれは「死神」をおいて他にない。とある〈業界人〉がE組の生徒に聞かせた話だ。殺し屋に死神とはありふれた異名のようで〈業界〉ではただ一人を指すものだと。名前も声も姿も形も誰にも何にも知られずに、ただ伝説的な記録を打ち立て、いつしか「死神」と呼ばれるようになった。——その「死神」をこの犯人は自称しているわけだが。
真偽はともかく事実として、幾らかの技術は高い水準に達している。花屋として接したとき、教室を訪れたとき、私たちを捕らえたとき。そして、このたびモバイル律が短時間で破壊、改竄された。
正直無謀に思えたが、だから降伏しようとはクラスメイトは言わない。戦闘特化のA班と、技術屋中心のC班とを選り分け、私は間のB班に選ばれる。嫌な顔の一つもせずに従っておいたが、担当は〈人質〉救出だ。彼女の居場所はわかっている。私たちを閉じ込めた鉄格子を挟んですぐ「死神」の背後につながれ眠っていた。「死神」の相手はA班に、C班には構造を探らせて、B班が人質の元に突入する。
——手筈だったが、別れて一分でA班が倒れた。
一気に空気が張り詰めた。まるで突飛な知らせだった。クラスの三等分およそ十名が——それも連絡役の茅野さんを除いては、各々戦闘や対人戦に秀でたクラスメイトが、わずか一分の内に制圧されたのだ。
しかしB班はB班で後に引けない所まで到達していた。「たぶん、この先がビッチ先生が捕まってる部屋」
爆薬を持った班員が、鍵のついた扉に向かっていく。残りはそこから距離をとりつつ、背後を警戒し、私は見張りの役を買って出る。訓練成績がよい部類であるため、否定意見もなく要望が通り、まもなく前方から爆発音がした。
先頭の班員が扉を蹴破る。「ビッチ先生」と口々に続々突入する班員たち。室内に敵影なし、鉄格子の向こう側もひとまずは異常なし。部屋の外も静かなものだ。まだ「死神」は訪れないらしい。そして警戒の中で英語教師の呼吸が確認された。
「眠ってるだけだって」
「そっか、よかった」
次はC班と合流するそうだ。彼らは戦力としては心許ない部分もあるが、体格と体力がある寺坂くんと、技術力もさることながら肉体改造により身体能力も高いイトナくんがいる。彼らをB班の戦力と合わせ、A班を救出しつつ「死神」を倒して外に出る算段だ。私たちは全員が対人で有効な武器を装備している。——A班にも同じことが言えて、それにもかかわらず手加減のうえで秒殺されてしまったのだけれども。
室内では〈人質〉の解放が完了し、杉野くんが彼女を背負った。まずは二人を守りながらC班と合流せねばならない。連絡役が作戦を伝える。私は一歩、扉から離れる。中学生の気配を除いては、空気の乱れも足音もしない。まだ「死神」は現れない。一方で作戦に従って班員が出てきた。一人、また一人。武器を携え、私を抜かしていく。
しかし、誰かがぴたりと足を止めた。まだ部屋の中の班員たちだった。振り返って固まった彼らの様子が、やがて全員に伝播する。
「六か月くらい眠ってたわ。自分の本来の姿も忘れて。——目が覚めたの。
杉野くんと、彼らの護衛が〈人質〉の足元に膝から倒れた。大して人質はいたって健全に立ちあがり、両手に武器を携えている。拳銃型の注射器だ。連続で注射できるようになっているのだろう。見張りを引き受けておいてよかった。班員が部屋に引き返していくが、私は最後尾から室内の様子をうかがえる。通路に敵の気配はない。この状況を英語教師が一人で切り抜けられると見積もっており、仮に計算が外れても結局は伝説の殺し屋が全員を殺せるからだ。
実際に仲間は次々と倒れた。一分どころか十秒の間に敵は全員を抜き去った。彼女は最後の一人の前で、足を止めて口を開く。
「あら」
目が合った。
「あんた、それは降伏のつもり」
「はい、私は降伏します」
私は頭の横で手の平を示した。武器は地面に手放してある。微動だにしない私の前で、敵もゆっくりと武器を下ろした。油断の表れには程遠い。ついに味方の到着である。
「君は——」
背後で場違いな声がした。
「——そっか。君は降伏か」
「——はい、降伏です」
私は背を向けたまま答えた。背後の敵は再び「そっか」と場違いに穏やかな表情でつぶやく。
「いいよ。武器を置いたなら自由にしなよ。もちろん限度はあるけどね」と瞬きの内に私のポケットを空にして「死神」は手下の前に立つ。
「君一人に負けちゃった」
「ええ。あんたの言ったとおりだったわ。やっぱりこの子たちとは組む価値がない」
その後「死神」は手下を私と実質的に二人きりにして、C班の元へ赴いた。彼らは全員で降伏を選んだらしい。中学生は新たなおりに誘導される。全員が英語教師の手で首輪と手錠をはめられる。B班から独り降伏を選んだ私は、教師からの褒美として、最初の一人に選んでもらえた。まったくもってうれしくない。けれどこの私はもはや抵抗できないから従順に過ごして、目覚めた班員に謝って、C班だった奥田さんと無事を確認し合って——、それから「死神」の監視映像に、一人と〈一匹〉の影が映る。