なかなかどーしてややこしい

    九

「それで、依頼人はどうでした」
「結婚指輪で一発だった」
「あの、アレルギーで着けられなくなったっていう金属製の」
「それ」
 花宮が答えると、そこで電話の相手は間を空けて、
「まさかとは思いますが、自作自演——」
「——なわけねえだろバァカ。巣から出たんだわ」
 生意気なガキである。取り繕うような肯定が返ったが、花宮は無視して報告を続けた。
 結婚指輪は金属製だったが、銀製ではなかった。吸血鬼にも持って帰ることはできる。警察は強盗を疑わなかったようだから、殺したときに死体が落としたと見るべきだろうか。今となってはわからないことだが、被害者には、指輪を取り出して眺める癖でもあったのかもしれない。特別なときには着けたのだと、依頼人は言っていた。
「あんたはそれを現場付近に落ちていたと言った」
 生意気なガキは、やや声を低くした。
「依頼人は、被害者が指輪を拾うためにヘビから離れなかったと勘違いしてくれた」
 口調も少々刺々しい。
「ひでえな。可能性に過ぎないって言ってやったんだぜ。依頼人は首を横に振ったが」
「バーロー。——そうなるように誘導したんでしょう」
 花宮は答えなかった。こういうときの工藤新一が何を答えても口うるさくなることを、花宮は知っていた。吸血鬼を殺して助けたときからそうだ。そして工藤も、こういうときの花宮の態度をよく知っていた。吸血鬼を殺して助けたときからこうだったのだ。工藤は粘らず、それで、と、花宮に続きを促した。
 花宮は家畜泥棒の話をした。依頼とは関係のない内容だが。実はあの吸血鬼共、きちんと家畜泥棒で金を稼いでいたようなのだ。森の中のプレハブの巣には、家畜の解体道具と、その体の一部が残されていた。あの巣の悪臭の半分は、盗んだ家畜の死骸に由来する。
「他には何かありますか」
 工藤は、うなずいて、こう聞いた。
 花宮は、いや、と否定して、
「あとは報酬の振込をどうぞよろしくお願いなんとか」
「やりますよ。あんたじゃないんです」
「それと、その件で黛千尋が夕方にでも事務所に」
「今三時ですが」
「あと二時間くらい待ってやれ」
「覚えとけよ」
 工藤が声を一段と低くしてうなった。おお怖い。花宮は、おどけて答えた。

「吸血鬼は、どうでした」
「当たりじゃあなかった」

「外れって言えよ」
 電話を終えたら、背中で、そんな声がした。
 大学を休んだ黛である。
 花宮は振り返って答えた。
「じゃあ外れでした」
「何が」
 知らないくせに文句をつけるなと、少しだけ迷って、花宮はスマートフォンをしまう。黙り込んだ花宮を、黛は追及しなかった。
 かわりに現実的な問題を確認した。
「給料、出るのか」
「二時間後に工藤と話してください」
 花宮は工藤に投げた。
 まあ工藤は報酬を出す。花宮は、もれなくせしめてきた。
 さて黛は喜ばなかった。これは、かつての崇高な球技によって刷りこまれた自己抑制のたまものではない。本当に、これっぽっちも、雀の涙ほども、喜ぶことができなかったのだ。
「これから東の大学生探偵に会うのか」
「大学は一緒じゃないですか」
 花宮は雑に返した。
 黛は、かみつくように答えた。
「それとこれとは別だ、別」
「では、ヴァン・ヘルシングにでもなったつもりで」
「俺はヴァンパイア専門じゃないぞ」
「あいつは諮問探偵じゃないくせにシャーロック・ホームズ気取りですよ」
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