なかなかどーしてややこしい

    八

 殺されると思った。
 車の脇で今吉が言った。彼が黛を頼った本当の理由だった。たとえ知人の妹でも、花宮が怪物を見逃すはずがないと思ったのだ。黛も同感だった。花宮も聞いていたが、彼は何も答えなかった。夜更けの森は静かだった。今吉の車は、今度こそ沈黙した。
 今吉の妹は、吸血鬼ではなくなった。今は人間に戻る最中で、こんこんと眠っている。というよりは気絶したのだろう。なにせ一週間以上も——吸血鬼の——主食を断っていた。今吉は人間の食事を与えていたようだが、それはつまり、血液ではない。トマトジュースは与えたそうだ。黛は反応しなかったが、花宮が嘲笑した。
 一週間前、父親のメールを受けて実家に戻った今吉は、そこで先のように封印された(今吉の表現だ)妹を発見した。彼はメールの内容を踏まえてその後の方針を立て、トランクに同様の結界を設置して妹と共に家を出たそうな。
 父親のメールには、吸血鬼を人間に戻す方法も書かれていたという。
「吸血鬼に変えた『親』が、生きたまま必要やって」
「まあ狼人間なんかだとそうですね。吸血鬼は採血できれば生死不問です」
「気づいてたなら先に言え」
「吸血鬼隠してた人間がそれ言いますか」
「殺したくせに」
「そうですね。殺しました」
 とりあえず、今吉と花宮がただちに殺し合いを始めるということはなさそうだ。今吉は妹を連れて帰って、回復を手伝わなければならない。花宮にも探偵の仕事がある。再会したときに起きることは、黛の知ったことではない。
 今吉は血を拭い去って、先に帰った。花宮と黛も後始末をして、車に戻った。吸血鬼の死体は花宮が溶かした。
「用意がいいな」
「稼業ですから」
「プレハブはどうなる」
「見つかったら、窃盗団の解体現場だと思われるんじゃないですか」
 二人は車で町へ戻った。車はコインパーキングに預けて、ホテルまでを少し歩く。そして危なげなく帰ってきたツインルームで、今夜こそ黛は気絶するようにベッドに倒れた。

 翌朝、黛が目を覚ますと、隣のベッドには、まだ花宮が布団をかぶって眠っていた。黛が立ち上がっても起きなかった。花宮は昨晩も、まずシャワーを浴びたらしい。浴室の床が濡れていた。
 黛がシャワーを済ませても、花宮は起きなかった。黛は起こさなかった。時間には余裕があった。黛の大学生活を踏まえてのことだが。いや今日は体調不良の連絡を入れることになるだろうか。とはいえ、無為に過ごす余裕はどこにもないので、黛は朝食の調達に出かけた。せっかく書き置きを残したのに、花宮は起きてこなかった。
 黛が朝食の片付けまで終えても目覚めなかった花宮は、結局、声をかけたら簡単に起きてきた。
「おはよう」
「おはようございます」
 花宮の指がわずかに枕に隠れたことは、見なかったことにした。
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