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なかなかどーしてややこしい

    七

「説明は後です」
 見下ろした黛に、花宮は言った。黛の背中では、今吉が瓶に血液を集めている。死んだ吸血鬼の体液だ。黛には心当たりのない行為である。花宮がそれを促したことも含めて。
「黛さん、そこの今吉の車を持ってきてください」
「おまえ車持ってたのか」
「父親のものでしょう」
 花宮が答えた。
 どうして俺が。その疑問を口にするより先に、黛の頭は先客のことを考えていた。車を止めたときに見かけた無人のSUVのことだ。だからそのことを尋ねた。また花宮が肯定する。今吉は何も言わなかった。しかし片手をポケットに隠すと、次に手を見せたときには、指の先に車の鍵をつまんでいた。温度のある血が、べたりと表面を汚している。
「汚ェな」
 それでも黛は、それをポケットにしまった。
「説明しろよ」
「ええ、もちろん。そこの今吉翔一が」
 花宮が上体を起こして今吉を指差した。
 今吉は、まだ口を開かない。
 黛は二人と死体に背を向けて、来た道をひとりで戻った。迷うことはしなかった。他の吸血鬼にも出会わなかった。花宮の車の近くには、まだ先客の車が止まっていた。ポケットの中の鍵は、本当にその車を解錠した。黛が乗り込んで扉を閉めると、少し遅れて、何かが弱々しくトランクを叩いた。今吉は父子家庭だった。黛は今吉の家族構成まで調べたのだ。もちろん、彼に妹がいることも、黛は知っていた。
 さて言いつけどおり今吉の車を持っていってやると、今吉と花宮は小屋の前で小さな鍋を囲んでいた。死体さえなければキャンプを楽しむ大学生だが、二人の横には首のない死体が二つも転がっている。車を降りると、血なまぐささとは別の異臭までした。二人は薬草を煎じていた。それも、おそらくは吸血鬼の血液で。今吉の足元に、血の瓶が、量を減らして置いてある。
「そいつを妹に飲ませるのか」
「はい」
 やはり花宮が答えた。
「それでどうなる」
「場合によっては、今吉の妹が人間に戻ります」
「吸血鬼から?」
「そうです。場合によっては」
「条件は?」
「血を飲んでいないこと」
 そいつは面倒な条件だ。黛は奥の小屋を見て、背中の車を振り返った。黛が運転する間中、弱々しくも物音は続いた。彼女が吸血鬼にされてから、もう一週間以上が経過したはずだ。
「まあ血を飲んでいない吸血鬼なんてレアケース中のレアケースです。ほとんどの吸血鬼は、殖やした仲間に、ただちに人間を与えます。吸血鬼は従来どおり殺して対処するのが正解です」
 花宮は今吉を見て、彼の車を見た。そして手元に視線を戻すと、鍋を一瞥して、火を止める。
「飲んどらん」
「飲ませればわかることです」
 花宮は、そばのリュックサックから試験管を抜き出し、鍋の中身をそこに移した。できれば一生その味は知りたくない。黛は思ったけれど、口には出さなかった。顔にも出なかっただろう。花宮も無表情だ。そのうち鍋を空にして、試験管は今吉に渡した。二人の手は、とうに綺麗に拭われていた。
 三人で、そろって車の後ろに回り込んだ。エンジンを止めたら静かなものだ。トランクをたたく音もやんでいる。いや、外に聞こえないだけなのだろう。
 黛が解錠した。まだ鍵を預かっていたからだ。しかしトランクは花宮が開けた。
 制服の少女がしまい込まれていた。何が起きているかを想像していたから、黛の脳は、最初にそれを認識した。黒い髪で、背が高い。今吉は高校三年生だと教えてくれたっけ。そのことよりは、怪物の印象が先立つけれど。肌から血の気を失って、多少は瘦せることもしただろう。痛ましい姿だった。その牙と鉤爪が、人間でないことを主張してさえいなければ。
 今吉の妹は徹底的に拘束されていた。膝も肘も折られて、縄で全身を縛られ、トランクに固定されてもいる。まるで積み荷だ。猿轡もかんでいた。おそらく竹だ、と気づくと、最近になって一周年を迎えた少年漫画が連想されるけれど、それはさておき。今吉は妹を結界の中に閉じ込めていた。四隅に盛り塩、また全体を囲むように注連縄まで置かれていた。
「まさかここまでとは」
 花宮がこぼした。
「これ、どれがどう作用してるんです」
「わからん。親父の真似や」
 今吉は短く答えた。
 背の高い男三人に見下ろされて、吸血鬼の目が血走った。あるいは食事にでも見えたのだろうか。猿轡は、彼女から言葉を奪ってしまった。今はただ、荒い息が聞こえるばかりだ。
「押さえつける役が必要です。いいですね、今吉さん」
 今吉は首の動きで肯定した。

 花宮は今吉の妹を殺さなかった。
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