なかなかどーしてややこしい
五
本当に生意気なガキだな。黛も思った。ガキと呼ぶには成年だが、花宮は黛より歳が若い。二十歳だ。早生まれらしい。言及はしなかった。そうすれば今吉に軍配が上がることを、黛は知っている。彼自身、早生まれの二十一歳なので。
とはいえ六月生まれの二十二歳は本題を進めたがって、あっさりと新情報を提供した。彼は吸血鬼の巣をつかんでいた。早生まれの二十歳は、車を取ってくると言って一時離脱した。生意気なガキである。
「ブルジョワか」
「詐欺か博打だろ」
黛は今吉と取り残されて、そんなふうに返す。そして、しばし黙って、どちらからともなく来た道を戻った。
「ホテル、二人部屋やろ」
「ツインな」
部屋まで戻ることになった。高くないホテルの、高くないツインルームに、ありきたりに二つのベッドが並んでいる。室内は整然として、持ち込んだ荷物も各々整理されている。だから、そこが際立って映ったのだろう。今吉は見回すでもなく一点に芽を留めて、一言こぼした。
「懐かしいわ」
黛も同じところを見た。戸棚の上に盛り塩をしていた。黛が施した魔除けだった。玄関にも置いた。洗面所にも置いた。花宮も置いた。呪符、十字架、彫像、宝石。もしかすると今吉にしてみたら、ここは雑然とした空間であったのかもしれない。
「さすがに忘れはせん、けど、行事ごとの飯食ったり、葬式の後に塩まいたり、せいぜいそのくらいや。まあまあ一般家庭やったで」
今吉はつかつかと歩いて、花宮のベッドの前に立つ。つまむようにして枕を持ち上げると、すぐに落とした。何もなかった。勝手に触ってやるなよと、すべて終わってから黛は言った。
まあ、長かったのだろう。黛は今吉の寮も実家も実際に見た。そのときのことをいえば、たしかに、魔除けのマの字も必要のない生活はずいぶんと続いたように感じられた。
近所に吸血鬼が現れたらしいことに、彼の父親は気づいてしまった。らしい。十一月中旬、吸血鬼の活動は、もう三か月にも及んでいた。一方のハンターは、誰も仕事にこなかったのだろう。黛は当時の報道を確認したが、吸血鬼を疑うには情報が不足していた。まもなく元ハンターは決断を迫られ、ひと時でも狩りの記憶を掘り返す道を選んだのだ。家族には隠しとおすつもりで。
「やから親父のことは、もうわからん」
今吉が知ったときには、父親は亡くなっていた。実家に戻ったときには、吸血鬼は巣を移していた。
「覚悟してたんやろう。死んだらメールするようになってた」
今吉の家は父子家庭だそうだ。
黛は返事をしなかった。
今吉は何かを押し殺すような顔をして、にしても、と表情を切り換える。
「ここ黛くんの趣味か?」
「花宮だ」
今朝、M市からこの町に移動してきたときには、ホテルが決まっていた。黛は何もしていないから、花宮が手配したのだろう。M市のホテルもそうだった。高いホテルではないようだったが、そもそも宿泊費用は安くない。にもかかわらず、黛は支払もしていない。花宮の言うには、経費で落ちるということだ。
「経費て」
「領収書、切ってた」
「ハンターが」
黛も同感だが、常識的に考えて、なぜか付随した探偵業だろう。世間一般のハンターはともかく、こちらのハンターは、それ自体を堂々と商売にすることが難しい。吸血鬼のみならず、少なくない怪物が人間に擬態し、あるいは人間と同じ姿をしている。そしてほとんどの狩りは怪物殺しで、それは何度見直しても人殺しに似ていた。
この世の人間は怪物の不在を信じている。
残念なことにハンターは、政府の秘密組織の構成員でもなければ、密命を帯びているわけでもなく、もちろん協力関係にもない。黛自身、千代田も市ヶ谷もFBIもCIAもMI6もICPOもIMFも、いかなる機関とも無関係だ。狩りを続けていれば、個人的に知り合いになることもあるのかもしれないが。東の大学生探偵と花宮が好例である。
逆の例としては、実際に少なくないハンターが様々な罪で逮捕されている。数々の指名手配から逃げ続ける者たちもいるという。商売などは夢のまた夢だ。まっとうな(これにも正直疑問符はつく)兼業ハンターもいるけれど、詐欺や博打の違法行為で金銭を得るハンターもいる。これがまた余罪をつくるものだから、ますます世間とは仲よくなれない。
花宮が車を出すと言ったけれど、それだって入手経路から怪しいものだ。
そうこうするうちに、花宮が勝手に合流地点と時間を指示してきた。ちょうどよいので、今吉に仕事道具を広げさせてみる。だが、時間を潰すことはできなかった。必要なものが綺麗にそろっている。父親の道具を受け継いだそうだ。早々に片付けさせたところで、今吉が言った。
「狩り、続けるんやろ」
「おまえは」
「これっきりや。院試、受かったからな」
本当に生意気なガキだな。黛も思った。ガキと呼ぶには成年だが、花宮は黛より歳が若い。二十歳だ。早生まれらしい。言及はしなかった。そうすれば今吉に軍配が上がることを、黛は知っている。彼自身、早生まれの二十一歳なので。
とはいえ六月生まれの二十二歳は本題を進めたがって、あっさりと新情報を提供した。彼は吸血鬼の巣をつかんでいた。早生まれの二十歳は、車を取ってくると言って一時離脱した。生意気なガキである。
「ブルジョワか」
「詐欺か博打だろ」
黛は今吉と取り残されて、そんなふうに返す。そして、しばし黙って、どちらからともなく来た道を戻った。
「ホテル、二人部屋やろ」
「ツインな」
部屋まで戻ることになった。高くないホテルの、高くないツインルームに、ありきたりに二つのベッドが並んでいる。室内は整然として、持ち込んだ荷物も各々整理されている。だから、そこが際立って映ったのだろう。今吉は見回すでもなく一点に芽を留めて、一言こぼした。
「懐かしいわ」
黛も同じところを見た。戸棚の上に盛り塩をしていた。黛が施した魔除けだった。玄関にも置いた。洗面所にも置いた。花宮も置いた。呪符、十字架、彫像、宝石。もしかすると今吉にしてみたら、ここは雑然とした空間であったのかもしれない。
「さすがに忘れはせん、けど、行事ごとの飯食ったり、葬式の後に塩まいたり、せいぜいそのくらいや。まあまあ一般家庭やったで」
今吉はつかつかと歩いて、花宮のベッドの前に立つ。つまむようにして枕を持ち上げると、すぐに落とした。何もなかった。勝手に触ってやるなよと、すべて終わってから黛は言った。
まあ、長かったのだろう。黛は今吉の寮も実家も実際に見た。そのときのことをいえば、たしかに、魔除けのマの字も必要のない生活はずいぶんと続いたように感じられた。
近所に吸血鬼が現れたらしいことに、彼の父親は気づいてしまった。らしい。十一月中旬、吸血鬼の活動は、もう三か月にも及んでいた。一方のハンターは、誰も仕事にこなかったのだろう。黛は当時の報道を確認したが、吸血鬼を疑うには情報が不足していた。まもなく元ハンターは決断を迫られ、ひと時でも狩りの記憶を掘り返す道を選んだのだ。家族には隠しとおすつもりで。
「やから親父のことは、もうわからん」
今吉が知ったときには、父親は亡くなっていた。実家に戻ったときには、吸血鬼は巣を移していた。
「覚悟してたんやろう。死んだらメールするようになってた」
今吉の家は父子家庭だそうだ。
黛は返事をしなかった。
今吉は何かを押し殺すような顔をして、にしても、と表情を切り換える。
「ここ黛くんの趣味か?」
「花宮だ」
今朝、M市からこの町に移動してきたときには、ホテルが決まっていた。黛は何もしていないから、花宮が手配したのだろう。M市のホテルもそうだった。高いホテルではないようだったが、そもそも宿泊費用は安くない。にもかかわらず、黛は支払もしていない。花宮の言うには、経費で落ちるということだ。
「経費て」
「領収書、切ってた」
「ハンターが」
黛も同感だが、常識的に考えて、なぜか付随した探偵業だろう。世間一般のハンターはともかく、こちらのハンターは、それ自体を堂々と商売にすることが難しい。吸血鬼のみならず、少なくない怪物が人間に擬態し、あるいは人間と同じ姿をしている。そしてほとんどの狩りは怪物殺しで、それは何度見直しても人殺しに似ていた。
この世の人間は怪物の不在を信じている。
残念なことにハンターは、政府の秘密組織の構成員でもなければ、密命を帯びているわけでもなく、もちろん協力関係にもない。黛自身、千代田も市ヶ谷もFBIもCIAもMI6もICPOもIMFも、いかなる機関とも無関係だ。狩りを続けていれば、個人的に知り合いになることもあるのかもしれないが。東の大学生探偵と花宮が好例である。
逆の例としては、実際に少なくないハンターが様々な罪で逮捕されている。数々の指名手配から逃げ続ける者たちもいるという。商売などは夢のまた夢だ。まっとうな(これにも正直疑問符はつく)兼業ハンターもいるけれど、詐欺や博打の違法行為で金銭を得るハンターもいる。これがまた余罪をつくるものだから、ますます世間とは仲よくなれない。
花宮が車を出すと言ったけれど、それだって入手経路から怪しいものだ。
そうこうするうちに、花宮が勝手に合流地点と時間を指示してきた。ちょうどよいので、今吉に仕事道具を広げさせてみる。だが、時間を潰すことはできなかった。必要なものが綺麗にそろっている。父親の道具を受け継いだそうだ。早々に片付けさせたところで、今吉が言った。
「狩り、続けるんやろ」
「おまえは」
「これっきりや。院試、受かったからな」