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なかなかどーしてややこしい

    四

 今吉翔一が〈狩り〉から帰らない。

 考えたすえに、そう伝えた。昨日、土曜の深夜、まだ黛はM市のホテルに戻ったばかりで、同じツインルームの花宮が荷物を投げ出し、ただこぼした。そうですか。コートを脱いだ。現れた袖に赤色の染み。花宮はすぐに気づいて、浴室へと姿を隠す。黛はリュックサックを手繰り寄せる。血の付いた大きなナイフが、分厚い布にくるまっている。「狩り」の単語の正体など、もはや説明は無用だった。
 その日の獲物は妖術師だった。二人組の若い女だ。心臓を刺して、引き抜いたときには死んでいた。死ぬときだけは脆弱だった。首を落としたら死んでしまった。
 花宮が浴室から顔だけ出して、使いますかと尋ねてくる。黛は首の動きで否定した。可能なら、今すぐにでも寝てしまいたい。戸の閉まる音を聞きながら、そんなことを考え続けた。
 花宮真は〈ハンター〉である。
 狩猟免許は持っていない。

「俺は、テメェは足を洗ったと思っていたんですがね」

 今吉はホテルの外に立っていた。休日の大学生の装いをして、薄ら笑いを浮かべて、銀のスプーンを見せびらかして。日曜午後四時、花宮と黛は彼の前に立ち、こたえるように同じ銀色をつかんで、握りしめる。今吉は花宮と黛に一本ずつを差し出した。花宮と黛も計二本を今吉に差し出した。交換して繰り返すと、次は互いにペットボトルを取り出した。
 正真正銘の聖水だった。正真正銘の銀製スプーンだった。
 銀の弾丸というものがある。文字どおり銀製の弾で、実用性にはやや欠けるものの、伝承の怪物に対しては時にその弱点として機能する。たとえば狼人間が銀の弾丸に撃たれて死ぬ。転じて、困難な問題を魔法のように解決する物事は、時に比喩的に「銀の弾丸」と表された。
 というものだが、銀の弾丸は本当に狼人間を殺す。
 怪物に対して、銀は汎用的な「弱点」なのだ。聖水や塩も、そのひとつとして、よく知られている。すべての怪物を暴くものではない。だが、ここでは、それで互いを人間とみなすことにして。
「髪、伸びたな」
 今吉は答えず、花宮を見た。
 花宮は答えてやった。
「ご存じでしょう」
「『髪には霊力が宿るのよ』」
 黛が付け足す。なんやそれ、と、今吉が笑った。花宮は沈黙した。それらは無視して、黛は今吉を見る。
「話してやれ。じゃねえな。話せ」
 今吉翔一は「ハンター」だった。
 中学生になるより昔のことだ。

「だから黛くんに頼んだんや。それともワシに呼ばれてくれたか。——かたき討つの手伝え、言うて」

 三人は並んで歩いた。前を黛と今吉が、今吉の後ろを花宮が。先導したのは今吉だ。三人は、まもなく通りに出る。はた目には休日の大学生に見えただろうか。三分の二は正解だ。今吉と黛は大学生だ。同じ大学で、同じ食堂で、時々昼食を共にする。月に一回あるかないか、十月は会った、十一月は会わなかった、そして今月は。
 それが最初の異変だった。今週の頭、今吉の友人がやってきた。今吉が受けた試験の結果を、今吉のかわりに黛に明かして、黛の表情に落胆を示す。失礼なやつだと思った一方で、尋ねてもいた。今吉の友人は、実は、と答えた。
 今吉が大学に来ない。
「今吉、友達は大事にしろ。報酬をはずめ。酒をおごるんだ。あいつは何も知らないんだろ。なのに、俺なんかのところまで来たんだぞ」
 大学に来ないばかりか連絡もつかないと、彼は心配していた。黛は見当もつかないと答えるしかなかった。本当に何も聞かされてはいなかった。十月に進路の話になったのが、本当に最後のできごとだ。今吉の友人は、それもそうかと帰って行った。
 けれども。ここからは黛の取り分の話になる。
「ワシも驚いたわ。まさか黛くんが、——実家まで来てくれたんやろ」
「言ってろ。俺が『実家』で靴脱いだ瞬間だったぞ、おまえの電話。——まあ焼き魚と、あとは日本酒で手を打とう」
「考えとく」
「で」
 と花宮。
「俺が黛さんから聞かされたのは、そちらがご家族で〈吸血鬼退治〉に出かけたんじゃねえか、って見解でしたが」
 今吉も他人事みたいに黛を見た。
 黛こそ他人事みたいに今吉を見た。
 今吉が折れた。
「そこの黛くんは、ワシと連絡がつかんって聞いた後、その晩やろうな、寮まで来た」
「不在だったそうですね。しかも、その時点で数日は帰っていない」
「実際、先週末から帰っとらん」
 その時点でそうと教えてくれればよかったのだが、連絡もつかなかった。外泊届も出ていなかった。もちろん黛が四年生なら今吉も四年生だ。ことこの時期には、それはもう様々な事情がついてまわることだろう。黛もぶっちゃけ卒論がヤバい。だが、彼の友人の心配はその類いのものではなく、だからこそ黛も報道を遡り、今吉の身辺を入念に探った。
 胸騒ぎがしたのだ。
 今吉と黛は、あくまで大学生だった。二人の関係は、大学の食堂だけで完結する。その一方で互いに正体を探り合っていた。
 黛千尋は「ハンター」である。
 中学生になってからは学生生活を優先していた。

「金曜の晩だ。そこの野郎の実家に踏み込んだ。まるで見ていたみたいに電話がきたぜ。——家族を殺した吸血鬼を殺すために花宮の手が必要だって」

 でしょうねと花宮がうなずいた。
 腹は立たなかった。今吉と黛だけでは、吸血鬼退治には力不足だった。十年間も学生生活を優先して、黛は昨日に二年ぶりに「狩り」をした。かたや小学六年生の「狩り」を最後に家族諸共「足を洗った」今吉である。今吉にとっては「狩り」の再開それ自体が無謀ともいえた。
 他方の花宮はというと、高校卒業と同時に専業「ハンター」になったらしい。昨日の「狩り」は一週間ぶり。肝心の腕に関しては、その一件から一定の信頼を置けることがわかっている。
 世間は狭いものだ。まさか花宮までもが「ハンター」だろうとは。彼は高校バスケでは多少有名な選手だった。今回のことがなければ、黛のなかの花宮はバスケの選手のままだったはずだ。
「黛くんがなんて話したか知らんけど、ワシのこと黙っとってくれたんやろ」
「じゃなきゃ俺が来てません。あんたが言ったとおりです」
「な」
 今吉は得意げになって黛を見た。
「ま、話すこと話してくれたっちゅうことにして」
「全部話した」
「ええ。だからここに来た」
 花宮が後ろから淡々と告げる。
「あとはテメェが吐くだけなんですよ」
 今吉がぴたりと足を止める。後ろの花宮も、ぴたりと止まる。曲がり角だ。
「相変わらず生意気なガキやのォ」
「先輩のご指導のたまものです」
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