雲外蒼天
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広すぎる食卓にいつもより少し多めのおかずが並ぶ。今日の献立は豚肉の生姜焼き、なすの揚げ浸し、エビと枝豆のミニグラタン、それとなめこのお味噌汁。いつもは父が座っている席にランサーが座っている点だけが普段と異なっていた。
魔力が吸われてお腹がすいたがなんだか今日は1人でご飯を食べたくなくて、一緒にご飯を食べよう、と誘ったのだった。呑気に食事している場合かと言われればその通りなのだが、腹が減っては戦ができぬ。
サーヴァントに人間と同じ栄養は必要ないと言っていたが、1人だと寂しいから、と正直に打ち明けると首を縦に振ってくれた。
「サーヴァントに自ら食事を振る舞うマスターがいるとはな」
初めて見るものなのだろうか、物珍しそうに目の前のおかずたちを見つめている。
「そうかな?衛宮くんとかもそうしてると思うよ、何となく」
父以外と食卓を囲むのはほぼ初めてで、なんだか新鮮だ。
「お口に合わなかったらごめんね。いただきまーす」
「いただきます」
ぱくり。
ランサーが生姜焼きを咀嚼するのを見守る。
何せ大昔の英雄だ。味覚とか好みとか全然わからない。そっと反応をうかがった。
「なんだコレ!美味いな」
そう言って彼は次々と他のおかずにも箸を伸ばしていった。良かった…
「ほんと?良かった〜」
「全部美味いな!嬢ちゃん、いい嫁さんになるぜ」
満面の笑みでそう言われるとさすがに照れてしまう。普段父から食事の感想は聞こえてこないこともあり、褒められると素直に嬉しく、思わず頬が緩んだ。
「死んでから数千年後の料理を味わえるとは思ってもみなかったが、現代の食いもんも悪くねえな」
「そういえばランサー、まだあなたの真名を聞いてないな」
「んん?そうさな…いずれわかる、とだけ言っておこう」
「いずれ…?」
「あぁ。まぁ今は細かいことは気にしないでいいさ」
「そっかぁ。気が向いたら教えてね」
「それよりマスター、面と向かって話したい大事な事ってなんだ?」
目の前のおかずはどんどん減ってゆく。
「あぁ、そうだ、今後の方針について話し合おうと思って」
セイバーとアーチャーのマスターは同盟を組んでいる。アサシンとキャスターは柳洞寺を根城に暗躍していると彼は言っていた。そして、残すはバーサーカー陣営。
父さんがマスターだった時の命令によって、ランサーは『すべてのサーヴァントと対峙した上、殺さず戻ってくる』という義務を課せられていた。五騎と戦い、渡り合うことが出来たが、その後すぐマスター権が私に移ってしまったことで令呪の効力は切れ、残す一騎――バーサーカーとの対峙は未だ果たされていないという。
全力を出せない様子見の戦いにはうんざりしていたからあの命令がチャラになって良かったぜ、と彼は語っていた。
「ライダーが脱落して、参加陣営が偶数になった。セイバーとアーチャー、アサシンとキャスターが組んでいるなら、私たちも残りの一組…バーサーカー陣営との共闘を申し込んでみる価値はあると思うんだ。どう?」
「とりあえず勢力を均衡させて不利な状況から脱しようって魂胆か。成程」
「うん。相手が応じてくれるかは別としてね」
「ま、妥当な判断だと思うぜ。異論は無い」
言いつつ彼はごちそうさん、と手を合わせ、綺麗に平らげられた皿を重ねて食洗機まで持って行ってくれた。動きに無駄が無い、流石。
私も夕食を終え、ふう、と一息つくと、唐突に左眼に違和感を覚えた。ジリジリと熱をもって何かを主張しているような、そんな感覚だ。
「どうした?マスター」
「なんか…目がおかしくて…」
「見せてみろ」
魔眼殺しの眼鏡越しに彼が私の目を覗き込んだ。
「…おい、これは…」
何かを察したらしく彼の表情が厳しいものに変わった。
「マスター、吸われた魔力、まだ回復しきってないよな」
「う、うん」
「魔眼の魔力枯渇が長いこと続いたせいで、術式が暴走しつつある。要するに、あんたの身体の魔術回路から魔力を勝手に吸い上げてる。魔眼殺しで抑えられちゃいるが、放っておけば衰弱するぞ」
この、何でもかんでも奪う魔眼は、自らの魔力が不足すれば持ち主の身体の魔力までも吸い取ってしまう困った代物らしい。
「なんて欲張りな眼なの」
「とにかく魔力を回復させるしかねえ。寝室に行くぞ、マスター」
「え?…わっ」
とにかく休息だ。
そう言いつつランサーは私を抱き上げてベッドまで連れてきてくれた。
「とにかく眠れ。無理矢理にでも眠れば魔力も回復する」
「…ありがとう」
自分の身体の一部すらコントロール出来ないのか、私は。情けなく惨めな気持ちになった。
とにかく今は眠らなければ。
強引に目を瞑った。目を閉じたことで思い出されるのは今日の出来事―倒れゆくクラスメイトと、襲い来る骨のゴーレム。そして、私を守ってくれたときの遠坂さんの力強い表情。
それにしても、父さんが遠坂さんの後見人だというのには驚いた。憧れの対象でしかなかった彼女とこんな形で接点ができるなんて、何が起こるかわからないものだ。
少しずつ、睡魔が脳を浸していくのを感じながら、私は眠りに落ちた。
「…寝たか」
マスターである少女が規則正しい寝息をたて始めたのを確認すると、起こさぬよう枕元に近寄った。
まさか食事を振る舞われるとは思っていなかった。1人でご飯を食べるのは寂しいなどと言われてしまえば断れるはずもなかったし、マスターなりの親愛の証なのだろうとありがたく頂戴したが。
目の前の少女を見つめる。
見れば見るほど普通の娘だ。月の光に照らされてやや青みがかった長い黒髪と、頼りなさげな細い腕がか弱さすら感じさせた。
しかし見た目に似合わずこの娘は、意外と度胸がある。
サーヴァントに襲われたり魔力を吸われたり、完全なる一般人には身に余るほどの窮地に何度も陥っているにもかかわらず、次の日にはアッサリ立ち直って、自分のなすべきことを模索しようとしている。
今日の出来事に対しても多少の混乱は見受けられたものの、「目下の問題は時分の魔力不足、技量不足だ」と冷静に分析していた。
いや、度胸というより、動じなさすぎるというか、立ち直りが早すぎるというか。外道神父とは似ても似つかぬ快活な娘だと思っていたが、そのへんは父親譲りなのだろうか。
なかなか見所がある面白い女だ、と思った。
さらり、と顔にかかる前髪をかきわけて、彼女の左眼あたりに手を当てた。
…禍々しい魔力を感じる。未熟な使用者のもとで主導権を握らんとするそれは、先程よりも落ち着いてはいるがいまだに魔力を欲している。
なんてったってこんな小娘にこんな魔物じみた眼が備わっちまったんだか。
しばらく寝顔を見つめていると、コツ、コツと聞き覚えのある足音が近づいてきた。
「随分と仲良くなったようだな」
「…よぉ」
数日前までマスターだった男が寝室に入ってきた。眠る麻音を一瞥し、相変わらず空虚な目でこちらに視線を戻す。
「なんか用かよ」
「娘の様子を見に来ただけだ。特段変わったことはない」
「そうか。…俺はお前に問いたいことがある」
「魔眼のコントロール方法は保護者であるお前が教えるべきことだろう。…なぜ放っておいた」
「魔眼殺しで事足りると判断したからだ。」
「アレは使用者自身にも牙をむく危険な代物だ。それを知っていて何もしなかった。違うか」
おそらくノウブルカラーのなかでも上位…黄金か宝石のランクに位置するものだろう。
「麻音を利用して何をするつもりだ?」
「それをお前が知る必要は無い」
冷たく言い放ち、言峰は部屋から出ていった。
チッ、と心の中で舌打ちする。
あの男はいずれ必ず麻音に害をなす。そんな確信があった。お前も難儀な父親を持ったもんだな、と少し同情する。無防備すぎる娘の寝顔を尻目に、夜の闇に身を紛らわせた。
魔力が吸われてお腹がすいたがなんだか今日は1人でご飯を食べたくなくて、一緒にご飯を食べよう、と誘ったのだった。呑気に食事している場合かと言われればその通りなのだが、腹が減っては戦ができぬ。
サーヴァントに人間と同じ栄養は必要ないと言っていたが、1人だと寂しいから、と正直に打ち明けると首を縦に振ってくれた。
「サーヴァントに自ら食事を振る舞うマスターがいるとはな」
初めて見るものなのだろうか、物珍しそうに目の前のおかずたちを見つめている。
「そうかな?衛宮くんとかもそうしてると思うよ、何となく」
父以外と食卓を囲むのはほぼ初めてで、なんだか新鮮だ。
「お口に合わなかったらごめんね。いただきまーす」
「いただきます」
ぱくり。
ランサーが生姜焼きを咀嚼するのを見守る。
何せ大昔の英雄だ。味覚とか好みとか全然わからない。そっと反応をうかがった。
「なんだコレ!美味いな」
そう言って彼は次々と他のおかずにも箸を伸ばしていった。良かった…
「ほんと?良かった〜」
「全部美味いな!嬢ちゃん、いい嫁さんになるぜ」
満面の笑みでそう言われるとさすがに照れてしまう。普段父から食事の感想は聞こえてこないこともあり、褒められると素直に嬉しく、思わず頬が緩んだ。
「死んでから数千年後の料理を味わえるとは思ってもみなかったが、現代の食いもんも悪くねえな」
「そういえばランサー、まだあなたの真名を聞いてないな」
「んん?そうさな…いずれわかる、とだけ言っておこう」
「いずれ…?」
「あぁ。まぁ今は細かいことは気にしないでいいさ」
「そっかぁ。気が向いたら教えてね」
「それよりマスター、面と向かって話したい大事な事ってなんだ?」
目の前のおかずはどんどん減ってゆく。
「あぁ、そうだ、今後の方針について話し合おうと思って」
セイバーとアーチャーのマスターは同盟を組んでいる。アサシンとキャスターは柳洞寺を根城に暗躍していると彼は言っていた。そして、残すはバーサーカー陣営。
父さんがマスターだった時の命令によって、ランサーは『すべてのサーヴァントと対峙した上、殺さず戻ってくる』という義務を課せられていた。五騎と戦い、渡り合うことが出来たが、その後すぐマスター権が私に移ってしまったことで令呪の効力は切れ、残す一騎――バーサーカーとの対峙は未だ果たされていないという。
全力を出せない様子見の戦いにはうんざりしていたからあの命令がチャラになって良かったぜ、と彼は語っていた。
「ライダーが脱落して、参加陣営が偶数になった。セイバーとアーチャー、アサシンとキャスターが組んでいるなら、私たちも残りの一組…バーサーカー陣営との共闘を申し込んでみる価値はあると思うんだ。どう?」
「とりあえず勢力を均衡させて不利な状況から脱しようって魂胆か。成程」
「うん。相手が応じてくれるかは別としてね」
「ま、妥当な判断だと思うぜ。異論は無い」
言いつつ彼はごちそうさん、と手を合わせ、綺麗に平らげられた皿を重ねて食洗機まで持って行ってくれた。動きに無駄が無い、流石。
私も夕食を終え、ふう、と一息つくと、唐突に左眼に違和感を覚えた。ジリジリと熱をもって何かを主張しているような、そんな感覚だ。
「どうした?マスター」
「なんか…目がおかしくて…」
「見せてみろ」
魔眼殺しの眼鏡越しに彼が私の目を覗き込んだ。
「…おい、これは…」
何かを察したらしく彼の表情が厳しいものに変わった。
「マスター、吸われた魔力、まだ回復しきってないよな」
「う、うん」
「魔眼の魔力枯渇が長いこと続いたせいで、術式が暴走しつつある。要するに、あんたの身体の魔術回路から魔力を勝手に吸い上げてる。魔眼殺しで抑えられちゃいるが、放っておけば衰弱するぞ」
この、何でもかんでも奪う魔眼は、自らの魔力が不足すれば持ち主の身体の魔力までも吸い取ってしまう困った代物らしい。
「なんて欲張りな眼なの」
「とにかく魔力を回復させるしかねえ。寝室に行くぞ、マスター」
「え?…わっ」
とにかく休息だ。
そう言いつつランサーは私を抱き上げてベッドまで連れてきてくれた。
「とにかく眠れ。無理矢理にでも眠れば魔力も回復する」
「…ありがとう」
自分の身体の一部すらコントロール出来ないのか、私は。情けなく惨めな気持ちになった。
とにかく今は眠らなければ。
強引に目を瞑った。目を閉じたことで思い出されるのは今日の出来事―倒れゆくクラスメイトと、襲い来る骨のゴーレム。そして、私を守ってくれたときの遠坂さんの力強い表情。
それにしても、父さんが遠坂さんの後見人だというのには驚いた。憧れの対象でしかなかった彼女とこんな形で接点ができるなんて、何が起こるかわからないものだ。
少しずつ、睡魔が脳を浸していくのを感じながら、私は眠りに落ちた。
「…寝たか」
マスターである少女が規則正しい寝息をたて始めたのを確認すると、起こさぬよう枕元に近寄った。
まさか食事を振る舞われるとは思っていなかった。1人でご飯を食べるのは寂しいなどと言われてしまえば断れるはずもなかったし、マスターなりの親愛の証なのだろうとありがたく頂戴したが。
目の前の少女を見つめる。
見れば見るほど普通の娘だ。月の光に照らされてやや青みがかった長い黒髪と、頼りなさげな細い腕がか弱さすら感じさせた。
しかし見た目に似合わずこの娘は、意外と度胸がある。
サーヴァントに襲われたり魔力を吸われたり、完全なる一般人には身に余るほどの窮地に何度も陥っているにもかかわらず、次の日にはアッサリ立ち直って、自分のなすべきことを模索しようとしている。
今日の出来事に対しても多少の混乱は見受けられたものの、「目下の問題は時分の魔力不足、技量不足だ」と冷静に分析していた。
いや、度胸というより、動じなさすぎるというか、立ち直りが早すぎるというか。外道神父とは似ても似つかぬ快活な娘だと思っていたが、そのへんは父親譲りなのだろうか。
なかなか見所がある面白い女だ、と思った。
さらり、と顔にかかる前髪をかきわけて、彼女の左眼あたりに手を当てた。
…禍々しい魔力を感じる。未熟な使用者のもとで主導権を握らんとするそれは、先程よりも落ち着いてはいるがいまだに魔力を欲している。
なんてったってこんな小娘にこんな魔物じみた眼が備わっちまったんだか。
しばらく寝顔を見つめていると、コツ、コツと聞き覚えのある足音が近づいてきた。
「随分と仲良くなったようだな」
「…よぉ」
数日前までマスターだった男が寝室に入ってきた。眠る麻音を一瞥し、相変わらず空虚な目でこちらに視線を戻す。
「なんか用かよ」
「娘の様子を見に来ただけだ。特段変わったことはない」
「そうか。…俺はお前に問いたいことがある」
「魔眼のコントロール方法は保護者であるお前が教えるべきことだろう。…なぜ放っておいた」
「魔眼殺しで事足りると判断したからだ。」
「アレは使用者自身にも牙をむく危険な代物だ。それを知っていて何もしなかった。違うか」
おそらくノウブルカラーのなかでも上位…黄金か宝石のランクに位置するものだろう。
「麻音を利用して何をするつもりだ?」
「それをお前が知る必要は無い」
冷たく言い放ち、言峰は部屋から出ていった。
チッ、と心の中で舌打ちする。
あの男はいずれ必ず麻音に害をなす。そんな確信があった。お前も難儀な父親を持ったもんだな、と少し同情する。無防備すぎる娘の寝顔を尻目に、夜の闇に身を紛らわせた。