雲外蒼天
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「ふわぁぁぁ」
自分でも驚く程大きなあくびが出た。誰かに見られていないか気になったが、その心配は無いようだ。
隣の席の衛宮くんが珍しく学校に来ていない。なんの連絡もないらしく、おそらく遅刻だろうと藤村先生はぷりぷり怒っていた。
寝不足のため始業ギリギリにはなったものの、無事学校に来ることが出来た。教室に入った途端、間桐くんが面食らった顔でこちらを見つめてきた。「なんでお前そんなに元気なんだよ」とでも言いたげな表情で。
『聞こえるか、マスター』
脳内にランサーの声が響く。彼は学校に着いてくるつもりだったらしいが、気配でほかのマスターに勘づかれることを危惧したのと、寄り道せず真っ直ぐ帰れば昨日のような危険は無いだろうと判断し、家に待機してもらうことにしていた。
『うん、聞こえてる。パスはうまく機能してるみたいで良かった』
『何か用があったら呼びかけろ、危険が差し迫ったら令呪を使えよ。』
『わかった、ありがとう。』
意思伝達がスムーズに出来るのは幸いだった。魔術はからきしだが、筋は悪くないらしい。
魔術の訓練…簡単なものでも良いから、少しでも身につけておいた方がいいよね。
あと、魔眼のコントロール方法も。
自分にはまだ有用な知識も能力もなにも備わっていない。間桐くんと、冬木の管理者、遠坂の娘である彼女、それ以外のほかのマスター達について詳しく知らないが、今の私が闇雲に戦地に足を突っ込んだらひとひねりで殺されてしまうだろう。付け焼き刃でも、マスターとしての土俵に立てるようになるまで、他の参加者に自分の存在を悟られないようにしなければ。
色々なことに思考を巡らせていたらいつの間にか一時間目の授業は終わっていた。
「おっ衛宮!遅刻なんて珍しいな」
隣の席の主がようやく学校に来たようだ。
「随分とゆっくりとお出ましじゃないか。…なに調子に乗って舞い上がっちゃってるわけ?」
足を踏み入れた衛宮くんに、どこからか現れた間桐くんは、不吉な笑みを浮かべながら何やら言葉をなげかけていた。
「おはよ、衛宮くん。珍しいじゃん、遅刻なんて。先生カンカンだったよ」
「おはよ。あぁ〜…そうだよな」
「何かあったの?」
誤魔化すような微妙な笑みに違和感を覚えた。
「や、なんでもない。ちょっと寝坊した。って…もう次の授業始まるぞ」
「あ、ホントだ」
なんだか話題を逸らされた気もしたが…授業の準備をしていないし、ずっと上の空じゃあ学校に来ている意味が無いよね。次の英語の時間くらいは真面目に聞くとしよう。
四限はつつがなく終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。
「よーし!おひるだー!お腹空いた!麻音、学食いこー」
「うん!…って、あれ?なんでみんな入口付近で固まってるの?」
みんな同じ方向を見ていて、誰も教室の外に出ようとしない。視線の先をこっそりと辿ってみると、なにやら尋常ではない雰囲気を纏った遠坂さんがひっそり…否、あからさまにこちらの教室の中をうかがっていた。
誰かを待っているように見える。
「皆、どうしたんだ?」
衛宮くんがお弁当を持ったまま身を乗り出し廊下を覗き込んだ。それに気づいた遠坂さんはちょいちょい、と手招き、彼を連れつかつかとどこかに向かっていった。
「何だったんだ今の」
「衛宮って遠坂と仲良かったのかよ」
「嵐が起こるかと思った」
しばらくの間混乱を極めたが、廊下を通行止めにしていた人物がいなくなり、教室内はいつも通りの平穏を取り戻したようだ。
「なんか…すごかったね…?」
「う、うん…?とりあえず早く学食いこ!」
その後、昼休みが終わっても隣の席の主は姿を現さなかった。遅刻した上授業をサボるなんて本当に珍しい。今日は雨が降るかも。
さっき遠坂さんに連れられて何処に行ったんだろうか。もしかして、2人は付き合っていたりするのだろうか?この間も遠坂さんは衛宮くんを探していたし…
「…みねー」
間桐くんが遠坂さんにちょっかいをかけているのは知っていた。さっき「調子に乗って舞い上がっちゃってるわけ?」などと言っていたのはそのこと?なのだろうか…
「言峰!」
「!?ハイ!」
唐突に名前を呼ばれ立ち上がってしまった。
前を見ると先生が呆れ顔でこちらを見ている。当てられてしまったのだろう、あれやこれや俗っぽいことを考えていたせいでまた授業を聞いていなかった。
「はいじゃなくて、147ページの3行目から!読んで」
「す、すみません」
勢いよく立ち上がった反動で若干バランスを崩しつつ座り直し、言われたページを読み始めた。は、恥ずかしい…
頬が熱くなるのを感じた。
こういう時、間桐くんはきっと愉しそうにこちらを見ているだろうと思いちらっと彼の席を見やると、そこに彼の姿はなかった。
あれ…?
何かがおかしい。
そう感じた時にはもう遅かった。
押しつぶされそうな重圧が教室全体―いや、学校中にかかるのを感じた。ひとり、ふたり、またひとり。糸の切れた操り人形のように、クラスメイトたちはふらふらと机に突っ伏してゆく。
「この気配…昨日と同じ…?」
全身の体力、魔力、精気が吸い取られる感覚。昨日間桐くんに襲われた時と酷似していた。彼が従えている…ライダーと呼ばれていたサーヴァントの所業だと推測できる。とにかく学校内から出なければ。なんとか意識を保ちながら、死屍累々倒れゆく級友たちをすり抜けて廊下に出た。
『…ランサー、聞こえる?』
返事は無かった。間桐くんたちによって外界との連絡手段は絶たれているらしい。
気を緩めるな、立て、歩け、意識を強く持て…。自分の体に言い聞かせながら辿り着いた階段を下ろうとすると、どこからか駆ける足音が響いてきた。
「衛宮くんに…遠坂さん!?」
「言峰!?お前は、無事なのか!?」
「う、うん。私だけ意識があって、他のみんなは…倒れてる。これ、どういう状況なの?」
教室の様子を見た2人は絶句していた。
「説明している暇はないわ。貴女、絶対に私から離れないで――」
「そうだ!桜は!」
彼女の言葉を聞き終わらぬうちに、衛宮くんは1年生の教室の方へ走り出した。
「ちょっと!待ちなさい!」
遠坂さんも彼を追いかける。ここでバラバラになるのはまずい。私も大人しくそのあとを追った。
「息はある。まだ間に合わないわけじゃない。とにかく、慎二を探して結界を解かないと」
あれはたしか、間桐くんの妹さん。彼女の安否を確認し、衛宮くんは何だかいつもと違う様子でこちらを見た。
「…あの、遠坂さん。これ、間桐くんの仕業なの?」
自らがマスターであることを悟られないようそれとなく探りを入れると、彼女は少々眉間に皺を寄せた。
「…そうね、綺礼の娘なんだし、魔術と聖杯戦争についても多少知識はあるわよね」
「父を、知っているの?」
「知っているも何も、アイツは10年前から私
の後見人なの。私もつい最近まで綺礼に娘がいるなんて知らなかったわ」
初耳である。
遠い存在だと思っていた遠坂さんと、こんな意外な形で縁があったとは。
「話を戻すわ。簡単に言うと今この学校には結界が張られているの。大人数の精気を一気に奪うものよ。仕掛けたのは間違いなく間桐慎二とそのサーヴァント」
「結界…早く壊さないとヤバいってことね」
その時、ぞわりと首筋に悪寒が走った。
「ひっ…!?」
気配を感じ振り返ると、骨のような、魔物のような、おぞましい何か。明らかに敵意を持ったソレは、今にも私に襲いかからんとしていた。
「衛宮くん!」
間一髪、喰われそうなところを…遠坂さんの声でこちらに気づいた彼が、木刀のようなもので薙ぎ払ってくれた。
「なにこれ…」
「ゴーレム。使い魔の類いよ」
言うが早いか、背中合わせになった私たちの周りを取り囲むようにして、ゴーレムの群れは明らかに増殖していた。
「…セイバーを喚ぶ」
静かに、しかしはっきりとした口調で彼はそう言った。
セイバー?
彼も聖杯戦争の参加者だというのか。
「遠坂は昨日令呪を使っただろう。それに、言峰まで危険に晒すワケにはいかない」
確かに令呪の刻まれた手を強く握り、彼は叫んだ。
「頼む…来てくれ、セイバー!」
永遠の時のようにも、一瞬で過ぎ去る刹那のようにも思えた。
風と共に現れた金髪碧眼の美しい少女騎士が、眼前の魔物を薙ぎ払う、打ち砕く、退ける。純然たる戦いの中にあって、ただただ率直に、美しいと感じてしまった。
これが…セイバーのサーヴァント。
「セイバー!」
「召喚に応じ参上しました。マスター。状況は」
部外者である私の存在に気づき、騎士は一瞬こちらを見たが、すぐに視線を戻した。
「見ての通りだ。サーヴァントに結界を張られた。すぐにこいつを消去したい」
「この結界…サーヴァントとマスターを分断してる。さっきからアーチャーを呼んでるけど答えないもの。結界の起点は1階から感じる。早く壊さないと」
「しかしリン、サーヴァントの気配はこのフロアから感じます」
「危険だけど…衛宮くん、言峰さん。私たちで1階の結界を壊しに行きましょう。セイバー、あなたは2階のサーヴァントの相手を」
「承知した」
階段を降りようとすると、骨のゴーレムはまだ待ち構えていた。衛宮くんが払っても払っても、無尽蔵かのようにどんどん新しい個体が湧いてくる。
「埒が明かないな」
「二人とも!下がって!」
爆発音。目を開くと、蠢く骨はひとつ残らず灰になっていた。
遠坂さんが煌めく宝石のような青い石を取り出し、なにやら呪文を唱えてゴーレムを空間ごと薙ぎ払ったのだ。
宝石魔術――話には聞いていたが、こんなに強力なものだなんて。
…やはり、私は足手纏いだ。
マスターとして、いや…戦争に参加するものとして、心持ちも技量も何もかも、足りていない。
2人の助力のおかげでゴーレムをなんとか躱し1階に到着すると、まず目に入ったのは廊下の隅っこでがたがた震える間桐くんだった。
いつもの彼からは想像もできないほど怯え、顔に恐怖をたたえている。
化学室に足を踏み入れる衛宮くんと、間桐くんを問いたたそうとする遠坂さんを尻目に、私はこっそりとその場から駆け出した。
助けてもらったのに先に逃げてごめん、二人とも…
結界が解けたのを確認し、近くの窓から脱出した。
ランサー。そう呼びかけると彼はすぐさま姿を現した。「やっと繋がったか」
ハァ、とため息混じりに呟き、「ま、無事で何よりだ」と続けた。
「危険があったら令呪を使えって言っただろうに」
彼に抱きかかえられ、混乱に包まれる冬木の街を見下ろす。
「うん、ごめん。」
「アンタを守れないってんじゃこの槍もお飾りになっちまうからな。…まあいい、状況を教えろ」
「…結界を張ってた張本人のライダーは脱落した。校内にもう1人サーヴァントが潜んでいたらしいから、そいつの仕業だと思う」
「ほう」
「それで…ええと、セイバーのサーヴァントを見たの。そのマスターは、私の友達だった」
「あぁ、あの坊主だな。そんでお前さんは何をそんなに落ち込んでるんだ?」
「ううん、大したことじゃないの。ふたりのマスター…遠坂さんと衛宮くんを間近で見て、私の力不足を実感しただけ」
頭で理解してはいたが、いざ戦場に放り込まれると体が竦んで動かなかった。ゴーレム相手でもこの体たらくだ。それに比べて2人は、自分の役割を理解し力を発揮していた。
家に着いたようだ。地面に下ろしてくれたランサーに礼をし、礼拝堂の扉を少し開けて中を見ると、父の姿はなかった。
家の中にも姿は見えない。
「大方さっきの出来事の事後処理だろうよ」
「監督役って損な役回りだね」
いつものことだが、しんと静まり返った家の中は非常に寂しい。慣れてしまっていたが、今日はなんとなく心細い気分だった。
「ランサー、ちょっとお話しよう」
自分でも驚く程大きなあくびが出た。誰かに見られていないか気になったが、その心配は無いようだ。
隣の席の衛宮くんが珍しく学校に来ていない。なんの連絡もないらしく、おそらく遅刻だろうと藤村先生はぷりぷり怒っていた。
寝不足のため始業ギリギリにはなったものの、無事学校に来ることが出来た。教室に入った途端、間桐くんが面食らった顔でこちらを見つめてきた。「なんでお前そんなに元気なんだよ」とでも言いたげな表情で。
『聞こえるか、マスター』
脳内にランサーの声が響く。彼は学校に着いてくるつもりだったらしいが、気配でほかのマスターに勘づかれることを危惧したのと、寄り道せず真っ直ぐ帰れば昨日のような危険は無いだろうと判断し、家に待機してもらうことにしていた。
『うん、聞こえてる。パスはうまく機能してるみたいで良かった』
『何か用があったら呼びかけろ、危険が差し迫ったら令呪を使えよ。』
『わかった、ありがとう。』
意思伝達がスムーズに出来るのは幸いだった。魔術はからきしだが、筋は悪くないらしい。
魔術の訓練…簡単なものでも良いから、少しでも身につけておいた方がいいよね。
あと、魔眼のコントロール方法も。
自分にはまだ有用な知識も能力もなにも備わっていない。間桐くんと、冬木の管理者、遠坂の娘である彼女、それ以外のほかのマスター達について詳しく知らないが、今の私が闇雲に戦地に足を突っ込んだらひとひねりで殺されてしまうだろう。付け焼き刃でも、マスターとしての土俵に立てるようになるまで、他の参加者に自分の存在を悟られないようにしなければ。
色々なことに思考を巡らせていたらいつの間にか一時間目の授業は終わっていた。
「おっ衛宮!遅刻なんて珍しいな」
隣の席の主がようやく学校に来たようだ。
「随分とゆっくりとお出ましじゃないか。…なに調子に乗って舞い上がっちゃってるわけ?」
足を踏み入れた衛宮くんに、どこからか現れた間桐くんは、不吉な笑みを浮かべながら何やら言葉をなげかけていた。
「おはよ、衛宮くん。珍しいじゃん、遅刻なんて。先生カンカンだったよ」
「おはよ。あぁ〜…そうだよな」
「何かあったの?」
誤魔化すような微妙な笑みに違和感を覚えた。
「や、なんでもない。ちょっと寝坊した。って…もう次の授業始まるぞ」
「あ、ホントだ」
なんだか話題を逸らされた気もしたが…授業の準備をしていないし、ずっと上の空じゃあ学校に来ている意味が無いよね。次の英語の時間くらいは真面目に聞くとしよう。
四限はつつがなく終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。
「よーし!おひるだー!お腹空いた!麻音、学食いこー」
「うん!…って、あれ?なんでみんな入口付近で固まってるの?」
みんな同じ方向を見ていて、誰も教室の外に出ようとしない。視線の先をこっそりと辿ってみると、なにやら尋常ではない雰囲気を纏った遠坂さんがひっそり…否、あからさまにこちらの教室の中をうかがっていた。
誰かを待っているように見える。
「皆、どうしたんだ?」
衛宮くんがお弁当を持ったまま身を乗り出し廊下を覗き込んだ。それに気づいた遠坂さんはちょいちょい、と手招き、彼を連れつかつかとどこかに向かっていった。
「何だったんだ今の」
「衛宮って遠坂と仲良かったのかよ」
「嵐が起こるかと思った」
しばらくの間混乱を極めたが、廊下を通行止めにしていた人物がいなくなり、教室内はいつも通りの平穏を取り戻したようだ。
「なんか…すごかったね…?」
「う、うん…?とりあえず早く学食いこ!」
その後、昼休みが終わっても隣の席の主は姿を現さなかった。遅刻した上授業をサボるなんて本当に珍しい。今日は雨が降るかも。
さっき遠坂さんに連れられて何処に行ったんだろうか。もしかして、2人は付き合っていたりするのだろうか?この間も遠坂さんは衛宮くんを探していたし…
「…みねー」
間桐くんが遠坂さんにちょっかいをかけているのは知っていた。さっき「調子に乗って舞い上がっちゃってるわけ?」などと言っていたのはそのこと?なのだろうか…
「言峰!」
「!?ハイ!」
唐突に名前を呼ばれ立ち上がってしまった。
前を見ると先生が呆れ顔でこちらを見ている。当てられてしまったのだろう、あれやこれや俗っぽいことを考えていたせいでまた授業を聞いていなかった。
「はいじゃなくて、147ページの3行目から!読んで」
「す、すみません」
勢いよく立ち上がった反動で若干バランスを崩しつつ座り直し、言われたページを読み始めた。は、恥ずかしい…
頬が熱くなるのを感じた。
こういう時、間桐くんはきっと愉しそうにこちらを見ているだろうと思いちらっと彼の席を見やると、そこに彼の姿はなかった。
あれ…?
何かがおかしい。
そう感じた時にはもう遅かった。
押しつぶされそうな重圧が教室全体―いや、学校中にかかるのを感じた。ひとり、ふたり、またひとり。糸の切れた操り人形のように、クラスメイトたちはふらふらと机に突っ伏してゆく。
「この気配…昨日と同じ…?」
全身の体力、魔力、精気が吸い取られる感覚。昨日間桐くんに襲われた時と酷似していた。彼が従えている…ライダーと呼ばれていたサーヴァントの所業だと推測できる。とにかく学校内から出なければ。なんとか意識を保ちながら、死屍累々倒れゆく級友たちをすり抜けて廊下に出た。
『…ランサー、聞こえる?』
返事は無かった。間桐くんたちによって外界との連絡手段は絶たれているらしい。
気を緩めるな、立て、歩け、意識を強く持て…。自分の体に言い聞かせながら辿り着いた階段を下ろうとすると、どこからか駆ける足音が響いてきた。
「衛宮くんに…遠坂さん!?」
「言峰!?お前は、無事なのか!?」
「う、うん。私だけ意識があって、他のみんなは…倒れてる。これ、どういう状況なの?」
教室の様子を見た2人は絶句していた。
「説明している暇はないわ。貴女、絶対に私から離れないで――」
「そうだ!桜は!」
彼女の言葉を聞き終わらぬうちに、衛宮くんは1年生の教室の方へ走り出した。
「ちょっと!待ちなさい!」
遠坂さんも彼を追いかける。ここでバラバラになるのはまずい。私も大人しくそのあとを追った。
「息はある。まだ間に合わないわけじゃない。とにかく、慎二を探して結界を解かないと」
あれはたしか、間桐くんの妹さん。彼女の安否を確認し、衛宮くんは何だかいつもと違う様子でこちらを見た。
「…あの、遠坂さん。これ、間桐くんの仕業なの?」
自らがマスターであることを悟られないようそれとなく探りを入れると、彼女は少々眉間に皺を寄せた。
「…そうね、綺礼の娘なんだし、魔術と聖杯戦争についても多少知識はあるわよね」
「父を、知っているの?」
「知っているも何も、アイツは10年前から私
の後見人なの。私もつい最近まで綺礼に娘がいるなんて知らなかったわ」
初耳である。
遠い存在だと思っていた遠坂さんと、こんな意外な形で縁があったとは。
「話を戻すわ。簡単に言うと今この学校には結界が張られているの。大人数の精気を一気に奪うものよ。仕掛けたのは間違いなく間桐慎二とそのサーヴァント」
「結界…早く壊さないとヤバいってことね」
その時、ぞわりと首筋に悪寒が走った。
「ひっ…!?」
気配を感じ振り返ると、骨のような、魔物のような、おぞましい何か。明らかに敵意を持ったソレは、今にも私に襲いかからんとしていた。
「衛宮くん!」
間一髪、喰われそうなところを…遠坂さんの声でこちらに気づいた彼が、木刀のようなもので薙ぎ払ってくれた。
「なにこれ…」
「ゴーレム。使い魔の類いよ」
言うが早いか、背中合わせになった私たちの周りを取り囲むようにして、ゴーレムの群れは明らかに増殖していた。
「…セイバーを喚ぶ」
静かに、しかしはっきりとした口調で彼はそう言った。
セイバー?
彼も聖杯戦争の参加者だというのか。
「遠坂は昨日令呪を使っただろう。それに、言峰まで危険に晒すワケにはいかない」
確かに令呪の刻まれた手を強く握り、彼は叫んだ。
「頼む…来てくれ、セイバー!」
永遠の時のようにも、一瞬で過ぎ去る刹那のようにも思えた。
風と共に現れた金髪碧眼の美しい少女騎士が、眼前の魔物を薙ぎ払う、打ち砕く、退ける。純然たる戦いの中にあって、ただただ率直に、美しいと感じてしまった。
これが…セイバーのサーヴァント。
「セイバー!」
「召喚に応じ参上しました。マスター。状況は」
部外者である私の存在に気づき、騎士は一瞬こちらを見たが、すぐに視線を戻した。
「見ての通りだ。サーヴァントに結界を張られた。すぐにこいつを消去したい」
「この結界…サーヴァントとマスターを分断してる。さっきからアーチャーを呼んでるけど答えないもの。結界の起点は1階から感じる。早く壊さないと」
「しかしリン、サーヴァントの気配はこのフロアから感じます」
「危険だけど…衛宮くん、言峰さん。私たちで1階の結界を壊しに行きましょう。セイバー、あなたは2階のサーヴァントの相手を」
「承知した」
階段を降りようとすると、骨のゴーレムはまだ待ち構えていた。衛宮くんが払っても払っても、無尽蔵かのようにどんどん新しい個体が湧いてくる。
「埒が明かないな」
「二人とも!下がって!」
爆発音。目を開くと、蠢く骨はひとつ残らず灰になっていた。
遠坂さんが煌めく宝石のような青い石を取り出し、なにやら呪文を唱えてゴーレムを空間ごと薙ぎ払ったのだ。
宝石魔術――話には聞いていたが、こんなに強力なものだなんて。
…やはり、私は足手纏いだ。
マスターとして、いや…戦争に参加するものとして、心持ちも技量も何もかも、足りていない。
2人の助力のおかげでゴーレムをなんとか躱し1階に到着すると、まず目に入ったのは廊下の隅っこでがたがた震える間桐くんだった。
いつもの彼からは想像もできないほど怯え、顔に恐怖をたたえている。
化学室に足を踏み入れる衛宮くんと、間桐くんを問いたたそうとする遠坂さんを尻目に、私はこっそりとその場から駆け出した。
助けてもらったのに先に逃げてごめん、二人とも…
結界が解けたのを確認し、近くの窓から脱出した。
ランサー。そう呼びかけると彼はすぐさま姿を現した。「やっと繋がったか」
ハァ、とため息混じりに呟き、「ま、無事で何よりだ」と続けた。
「危険があったら令呪を使えって言っただろうに」
彼に抱きかかえられ、混乱に包まれる冬木の街を見下ろす。
「うん、ごめん。」
「アンタを守れないってんじゃこの槍もお飾りになっちまうからな。…まあいい、状況を教えろ」
「…結界を張ってた張本人のライダーは脱落した。校内にもう1人サーヴァントが潜んでいたらしいから、そいつの仕業だと思う」
「ほう」
「それで…ええと、セイバーのサーヴァントを見たの。そのマスターは、私の友達だった」
「あぁ、あの坊主だな。そんでお前さんは何をそんなに落ち込んでるんだ?」
「ううん、大したことじゃないの。ふたりのマスター…遠坂さんと衛宮くんを間近で見て、私の力不足を実感しただけ」
頭で理解してはいたが、いざ戦場に放り込まれると体が竦んで動かなかった。ゴーレム相手でもこの体たらくだ。それに比べて2人は、自分の役割を理解し力を発揮していた。
家に着いたようだ。地面に下ろしてくれたランサーに礼をし、礼拝堂の扉を少し開けて中を見ると、父の姿はなかった。
家の中にも姿は見えない。
「大方さっきの出来事の事後処理だろうよ」
「監督役って損な役回りだね」
いつものことだが、しんと静まり返った家の中は非常に寂しい。慣れてしまっていたが、今日はなんとなく心細い気分だった。
「ランサー、ちょっとお話しよう」