雲外蒼天
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「…いたっ……」
手の甲に現れた紋章のような痣がジリジリと灼けるように痛む。
結局彼――ランサーと契約した私は、父から私の能力について聞き出すことが出来た。
私の左眼は、いわゆる魔眼と呼ばれる類のものであると。
曰く、その性質は「他人の所有するモノを奪う」もの。魔眼は、魔術師に付属した器官でありながら、それ自体が半ば独立した魔術回路だ。
私自身の意志とは関係なく、左眼は私に足りないものを欲し、奪ってきた。他人の所有物、魔力、生命力や魂にいたるまで、容赦なく。
簒奪の魔眼。父はそう呼称していた。
私がやたらと運が良いのも、幸運体質でも何でもなく、ヒトの「運気」と呼ばれるものを魔眼が吸い取っていることに起因するらしい。
父が授けてくれた眼鏡は魔眼殺しと呼ばれる、この能力を一時的に封印するための道具であるらしい。
得た情報はこんなものだった。
次々と知られざる真実を突きつけられ、本当に目が回りそうだった。なんとか平静を保ち、私は自室に戻ってきた。
「さっきの人が倒れたのも、私が魔力を奪ったせい、なんだよね」
これまでの人生を振り返ってみると心当たりのある出来事はいくつもあった。
コントロール出来ない異能力なんて、怪物と同じではないか。改めて意識すると恐ろしくなり、固く目を瞑った。
「はーー…」
深くため息をついて、ベッドに倒れ込む。
先程、聖杯戦争についての説明も受けた。
聖杯と呼ばれる、万能の願望器。それを求めて、7人の魔術師がサーヴァントと呼ばれるかつての英雄を召喚し、最後の1人になるまで戦う…
有り体に言えば殺し合い。
「…ランサー、居る?」
蛍光灯に透かした右手を眺めながら呟くと、瞬時に彼は姿を現した。
「あいよ」
「わ。ホントに居た」
「呼び付けておいて何だよ。んで、何か用かい」
起き上がり、近くの椅子を指差して着席を促すと、彼は素直に従った。
「ランサー、あなたは聖杯に何を願ったの?」
単純に、気になっていたことを問うた。
「聖杯に託す望みなんてねえよ。死力を尽くして強者と戦うためだけに召喚に応じた」
「ふうん…私みたいに未熟なマスターのもとだと、それが十分に叶えられるかわからないけど」
「いいや、少なくとも前のマスター、あんたの父親よりマシだ。戦い方に制限がつけられていたからな。本気を出さずにほかの六騎と戦ってこいってな」
苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「確かに魔力の供給量自体は前より少ないが、贅沢は言ってられねえよ。全く不服はねぇ」
私の魔術回路は20程度、一般家庭の生まれながら通常の魔術師くらいの数は有しているらしい。しかし長年使われることのなかったそれは、完全には能力を発揮出来ておらず、魔力供給が安定しているとは言い難かった。
「そのへんは必要に応じてどうとでもなる。強硬手段も無いことはないしな。」
「魔眼をコントロールするには訓練が必要だ。強大な術式を持つ魔眼を服従させ、身体の一部として意のままに操る鍛錬がな。酷い場合には魔眼が勝手に術式を発動して、魔術師の回路から精気を強引に搾り取るなんてこともある」
「訓練…」
「あの性悪神父のことだ、知ってて教えなかったんだろうよ」
彼はわざとらしく肩を竦めた。
「ありがとう、ランサー」
「あ?」
「いや、ちゃんとお礼を言ってなかったなって」
立ち上がり、彼の前に立つ。
「今日は色々と助けてくれてありがとう。あなたがいなかったら、あのまま錯乱してたかもしれない」
そう言うと、ランサーは少しだけ驚いた表情を浮かべ、それからうっすらと笑った。
「律儀なマスターだな」
「それと…本当に未熟者だし、色々至らない点もたくさんあると思う。それでも、参加してしまったからには全力を尽くしたい。あらためて…よろしく、お願いします。ランサー」
溢れ出そうな不安をなるべく押し殺して、私は彼に握手を求める右手を差し出した。
「……あぁ」
しばらくそれを見つめていた彼はおもむろに立ち上がり、私の前で跪いた。
「我が槍は貴女のために。身命を賭して貴女を守り抜き、勝利をもたらすとここに誓う」
言いつつ、私の手の甲に口付けた。
「…!」
頬が温度を増していくのがわかる。
硬直して何も言えないでいると、彼はニカッと笑って立ち上がった。
「そんなに照れなさんな。主従の親愛の証だ」
「わかってるよ!びっくりしただけ」
「ハハハ、まぁなんだ、こちらこそよろしくな、マスター!」
何がそんなに愉快なのか知らないが肩をバンバンと叩かれた。
「ってもうこんな時間!」
時計を見るととうに日付は変わっていた。あと2時間もすれば日が昇ってしまう。
「今後の話し合いはまた明日、だな。」
言い終わるが早いか彼は霊体化して見えなくなった。
「うん。おやすみ、ランサー」
布団を被ると今日あった出来事が走馬灯のように再生される。
実は夢だった、なんてオチだったら良かったんだけどなぁ。
あ、そういえば、昨日の夢に出てきたあの赤い目、アレは確かに―――
思考は襲い来る睡魔に溶かされた。抗うことなく、私はそのまま身を委ねた。
「何のつもりだ、言峰」
怒気を孕んだ問いが教会内に響いた。黄金の王は不機嫌さを隠すことなく、やけに上機嫌な教会の主を睨めつけた。
「質問の意図が分かりかねるな」
「抜かせ。あの娘のことだ。」
聖杯が泥を吐いた日、言峰が拾ってきた小娘。数多の災害孤児を我の魔力源として捧げてきた一方、あの娘だけは随分手をかけて育てていたように見える。
「麻音の魔眼が育ちきるのを待ち、聖杯戦争に参加させた。それだけのことだ」
「すべてを奪える魔性の眼…育ちきったのならそれこそ、左眼だけ奪って殺してしまえばよかったものを」
「私自身がこの戦争に参加するよりも、更に混乱を招いてくれるだろう。それに」
「10年間、手塩にかけて育てた娘だ。アレの苦悩と絶望はさぞかし私を愉しませてくれることだろう」
返事はなかった。
静寂が支配する夜明け前、しずかに歯車は動き出した。