雲外蒼天
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思えば幸運な人生を送ってきた。
商店街のくじ引きを引けば必ず2等以上が当たったし、暴漢に襲われそうになった時、何故か暴漢自身が突然脳梗塞を起こして逃げ仰せることが出来たり、お腹が空いたなぁと思い歩いていると街ゆく人が突然食べ物をくれたり。偶然というには不自然すぎるこの幸運は、私の体質に起因しているらしい。
私、言峰麻音は10年前の冬木の大火災で生き残り、冬木協会の神父である言峰綺礼に引き取られた。その時点で度が過ぎるほど幸運で、父は時たま「お前ほど悪運の強い人間は2人と居るまい」と口にする。この――幸運体質とでも呼ぶのだろうか――性質について父は何か思うところがあるようだが、詳しく教えてくれることはなかった。
父はお世辞にも善人とは言えぬ、変わった人物だが、ここまで自分を育ててくれたことに感謝しているし、聖職者としても尊敬している。
自分で作った朝食を食べ終え、制服に袖を通し、眼鏡をかけて身支度を整え、礼拝堂へと向かった。学校へ行く前に朝のお祈りをするのが日課である。
重い扉を開けると父はやはりそこに居た。
父と懇意にしている金髪の派手な男と何か話しているようで、それを邪魔せぬよう後方の端っこの椅子に座った。
新しい朝を迎えさせてくださった神よ、きょう一日わたしを照らし、導いてください。いつもほがらかに、すこやかに過ごせますように。物事がうまくいかないときでもほほえみを忘れず…………
「父に向かって挨拶もなしとは、薄情に育ったものだな、麻音」
組んでいた手を解き顔を上げると、うっすらと笑みを浮かべた父が見下ろしていた。
「お祈りの途中だったのに…」
いつの間にか金ピカの男はどこかに消えていた。
「おはよう父さん。王さまとのお話はもう済んだの?」
「ああ。」
あの男とは数回言葉を交わしたことがある程度だが、『王と呼べ』と言われたのでそれに倣っている。
時計を見ると、そろそろ学校へ向かわなければいけない時間になっていた。
「あ、そろそろ行かなきゃだ」
立ち上がり、父の前を通り抜けた。
「待て、麻音」
「え?」
呼び止められるとは思っておらず、気の抜けた声が口をついて出た。
「しばらく、寄り道をせず帰るように」
相変わらず表情の読めない父の意図はわからなかったが、こくり、と頷いて鉄の扉に手をかけた。
「昨日の殺人事件のニュース見た?ヤバいよね〜」
友人が紙パックのジュースを飲みながら、私の机にもたれかかってきた。
「殺人事件?」
「知らないの!?割と近くの民家でね、一家全員死亡らしいよ。こわー」
「最近物騒だねぇ…」
「やー、でも麻音は大丈夫か。あんた信じられないくらい幸運だし。いまここに殺人鬼が来ても、1人だけ生き残りそう」
友人はケラケラ笑いながら、どこか楽しそうに話す。
それにしても殺人事件とは初耳だ。父が寄り道せず帰れと言っていたのはきっとこのことなのだろう。
「冗談キツイなぁ…あ、衛宮くん、おはよー」
いつの間にか着席していた隣の席の男子に挨拶する。
衛宮くんは以前うちの部室のエアコンを直してくれたことのある良い人で、それ以来わりと仲良くしている。
「あぁ、言峰。おはよう」
「今日も何かの修理してたの?」
「別に毎日してるわけじゃないけど…今朝は音の出なくなったラジカセの修理」
「えー!衛宮ぁ、それ英語の授業とかで使うヤツっしょ?そんなモンまで直さなくったって…」
友人も身を乗り出した。
「そうだよ衛宮くん、なにも全部引き受けなくたっていいのに」
「別に好きでやってる事だからさ」
「さすが偽用務員」
「ばかスパナ」
「穂群原のブラウニー、だっけ?」
「お前ら言いたい放題言いすぎだろ!ほら、もうHRはじまるぞ」
彼の言うとおり、程なくして我らが担任は凄まじい音を立てながら教室へ駆け込んできた。
「よーし、ホームルーム始めるぞ〜!」
今日も冬木の虎は快活で美人だ。
暖房の効き過ぎた教室の端で、睡魔が徐々に頭を侵してきた。窓の外に見える枯れ木が北風に煽られて、折られまいと必死に抗っている。厚いレンズ越しに冬の冷たさを想った。
その夜、夢を見た。
『あの日』の夢だ。
まっかな炎。まっくろになった――私の家族と友達。あつい、あつい、いたい、くるしい。地獄のような光景は、いくら目を覆ってもまぶたの裏にしっかりと焼き付いていて、今でも鮮明に思い出してしまう。
夢はいつも、父が私を抱き上げてくれたところで終わる。実際その時の記憶はあやふやなのだが、夢の中の父は今日も憐れな私を拾いあげてくれるだろう。
ほら、いつものように―――
あれ?
何かが違う。
私を捉えたのはいつもの空洞のような瞳ではなく、炎の中にあってなお異彩を放つ、射抜くような深紅の瞳。
見覚えのない青い髪が風になびき―――
夢はそこで終わった。
「………………………………誰?」
商店街のくじ引きを引けば必ず2等以上が当たったし、暴漢に襲われそうになった時、何故か暴漢自身が突然脳梗塞を起こして逃げ仰せることが出来たり、お腹が空いたなぁと思い歩いていると街ゆく人が突然食べ物をくれたり。偶然というには不自然すぎるこの幸運は、私の体質に起因しているらしい。
私、言峰麻音は10年前の冬木の大火災で生き残り、冬木協会の神父である言峰綺礼に引き取られた。その時点で度が過ぎるほど幸運で、父は時たま「お前ほど悪運の強い人間は2人と居るまい」と口にする。この――幸運体質とでも呼ぶのだろうか――性質について父は何か思うところがあるようだが、詳しく教えてくれることはなかった。
父はお世辞にも善人とは言えぬ、変わった人物だが、ここまで自分を育ててくれたことに感謝しているし、聖職者としても尊敬している。
自分で作った朝食を食べ終え、制服に袖を通し、眼鏡をかけて身支度を整え、礼拝堂へと向かった。学校へ行く前に朝のお祈りをするのが日課である。
重い扉を開けると父はやはりそこに居た。
父と懇意にしている金髪の派手な男と何か話しているようで、それを邪魔せぬよう後方の端っこの椅子に座った。
新しい朝を迎えさせてくださった神よ、きょう一日わたしを照らし、導いてください。いつもほがらかに、すこやかに過ごせますように。物事がうまくいかないときでもほほえみを忘れず…………
「父に向かって挨拶もなしとは、薄情に育ったものだな、麻音」
組んでいた手を解き顔を上げると、うっすらと笑みを浮かべた父が見下ろしていた。
「お祈りの途中だったのに…」
いつの間にか金ピカの男はどこかに消えていた。
「おはよう父さん。王さまとのお話はもう済んだの?」
「ああ。」
あの男とは数回言葉を交わしたことがある程度だが、『王と呼べ』と言われたのでそれに倣っている。
時計を見ると、そろそろ学校へ向かわなければいけない時間になっていた。
「あ、そろそろ行かなきゃだ」
立ち上がり、父の前を通り抜けた。
「待て、麻音」
「え?」
呼び止められるとは思っておらず、気の抜けた声が口をついて出た。
「しばらく、寄り道をせず帰るように」
相変わらず表情の読めない父の意図はわからなかったが、こくり、と頷いて鉄の扉に手をかけた。
「昨日の殺人事件のニュース見た?ヤバいよね〜」
友人が紙パックのジュースを飲みながら、私の机にもたれかかってきた。
「殺人事件?」
「知らないの!?割と近くの民家でね、一家全員死亡らしいよ。こわー」
「最近物騒だねぇ…」
「やー、でも麻音は大丈夫か。あんた信じられないくらい幸運だし。いまここに殺人鬼が来ても、1人だけ生き残りそう」
友人はケラケラ笑いながら、どこか楽しそうに話す。
それにしても殺人事件とは初耳だ。父が寄り道せず帰れと言っていたのはきっとこのことなのだろう。
「冗談キツイなぁ…あ、衛宮くん、おはよー」
いつの間にか着席していた隣の席の男子に挨拶する。
衛宮くんは以前うちの部室のエアコンを直してくれたことのある良い人で、それ以来わりと仲良くしている。
「あぁ、言峰。おはよう」
「今日も何かの修理してたの?」
「別に毎日してるわけじゃないけど…今朝は音の出なくなったラジカセの修理」
「えー!衛宮ぁ、それ英語の授業とかで使うヤツっしょ?そんなモンまで直さなくったって…」
友人も身を乗り出した。
「そうだよ衛宮くん、なにも全部引き受けなくたっていいのに」
「別に好きでやってる事だからさ」
「さすが偽用務員」
「ばかスパナ」
「穂群原のブラウニー、だっけ?」
「お前ら言いたい放題言いすぎだろ!ほら、もうHRはじまるぞ」
彼の言うとおり、程なくして我らが担任は凄まじい音を立てながら教室へ駆け込んできた。
「よーし、ホームルーム始めるぞ〜!」
今日も冬木の虎は快活で美人だ。
暖房の効き過ぎた教室の端で、睡魔が徐々に頭を侵してきた。窓の外に見える枯れ木が北風に煽られて、折られまいと必死に抗っている。厚いレンズ越しに冬の冷たさを想った。
その夜、夢を見た。
『あの日』の夢だ。
まっかな炎。まっくろになった――私の家族と友達。あつい、あつい、いたい、くるしい。地獄のような光景は、いくら目を覆ってもまぶたの裏にしっかりと焼き付いていて、今でも鮮明に思い出してしまう。
夢はいつも、父が私を抱き上げてくれたところで終わる。実際その時の記憶はあやふやなのだが、夢の中の父は今日も憐れな私を拾いあげてくれるだろう。
ほら、いつものように―――
あれ?
何かが違う。
私を捉えたのはいつもの空洞のような瞳ではなく、炎の中にあってなお異彩を放つ、射抜くような深紅の瞳。
見覚えのない青い髪が風になびき―――
夢はそこで終わった。
「………………………………誰?」