願い

枝のような体躯をした子供は、コンノの面影があった。

手入れなどされていない、伸びきってちぎれた髪の毛。かろうじて体にまとわりついているボロ布。泥と傷だらけの体。

脳がギリリと痛む。
どうして重ねてしまうのか。
こんなに違うのに。きっと違うのに。面影だけを追っているだけなのに。

からからと音がしそうな喉をようやっと動かし、ようやく「だめ」としぼりだす。

結婚?嫁?そんなのわたしのセリフだった。
かつてわたしがコンノに願ったことだった。
だから、「だめ」。
だめなのだ。

子供はそれを聞き届けると、みるみるうちに大粒の涙を目にためた。
それが大きな目からぽろぽろと流れ、頬を伝い、顎から地面に落ちる。

すると涙がおちた地面からニョキニョキと春の新芽が芽吹き、あれよあれよという間にアメの耳元までの高さになった。

さりさりと葉の擦れる音が耳をくすぐるのがもどかしく、アメはそこから離れようとするが体は動かなかった。

「もし」

新芽はそう囁いた。

「もし、わたくしの願いをきいてくださいまし。」

体は動かせなかった訳ではなく、なんだか優しい声に耳を傾けねばならない気がして、動かなかった。

「この子はいちどは私の元まで還った子です。心根のやさしい、やさしい子です。無いしがらみをつくった、愚かな子です。愛しい愛しい、目をかけた子です。」

新芽は続ける。

「この子が最期に願ったのです。小さく、しかし大きな願いです。無邪気にそれを話すのです。あなたはそれを聞いたはずです。」

ああ、その先は、と思った。

「私からもどうか、お願いしたいのです。神とて願ってもよいでしょう。」

おんなじ気持ちで、願ってしまったからこそ。
それは強く強く根付いてしまう。

黙っていると、それを良しとしたのか新芽はするすると縮み、消えていった。

静まり返った夜に、ただぽろぽろと涙の落ちる気配がする。

「コンノ、なんだね」

子供は答えなかった。その目はほの暗く落ち、今にも闇に沈んでいきそうだった。

「なんで戻ってきちゃったの」

やはり答えはかえってこない。

「…コンノはさ、綺麗に対価と願いを精算していたんだよ。それが、老いていくにつれてバランスがくずれて、さいごは、さいごは、」

喉と鼻がつんとする。こんなことを言っても伝わらないだろう。でも言ってやらなきゃ気が済まなかった。

「対価なんてどうでもよくて!私の意思で!看取ったの!それなのに、ずるいよ!こんな形で精算するなんて!」

わああん、わああんと声が響いた。
それはコンノのものなのか自分のものなのかわからなくて、ただひたすらに腕の中の温もりを抱きしめた。


ーーーーーーーーー


目を腫らしたアメは、コンノの荒れ果てた毛をすいていた。
同じく腫れた目をしぱしぱとして、コンノはそれを享受していた。

「いい、コンノ。どうやらあなたは身も心も子狐になっちゃってるようだから、わたしが生き方を教えます。」

聞いてるのか聞いてないのか、コンノは伸ばした足をふりふりと動かしていた。
どちらでも良いことだとアメは続ける。

「まずは綺麗になりましょう。人とはか弱いものなのよ。汚くては病気になっちゃうの。」

まだ足を揺らすコンノに、すこしいたずら心が働いた。

「………わたしは、綺麗なものがすき」

コンノは勢いよくこちらを振り向くと、キラキラした瞳でアメをみつめる。なんだ、全く言葉が分からない訳ではないじゃないとアメはほっとする。
ナゴさんのように根気よく全てをいちから教える自信はない。人の親になったことも無い。ただ、見よう見まねのままごとなのだ。

「今から温泉に向かいますからね!」

アメはそう宣言すると、反応を待たずにコンノの手を引いてズンズンと進み出した。

このやせ細りようからして、体を得てからしばらく山をさまよっていたに違いない。
女神様の加護のおかげか死にはしなかったものの、何が原因で均衡が崩れるかわからない。
その辺の雪解け水なんかぶちかけたら心の臓が止まるかもしれない。人とは、弱いものだから。

ぐるぐると考えているうちに温泉に辿り着いた。
コンノの纏っているボロ布を引っ張ると、察したようで慌てて子狐の姿に戻る。

「ええ?そんなに気にする事かなあ」

アメはそんな事よりもどんな怪我をしているかの方が気になっていたため、すこし面食らった。

ぷりぷりと聞こえてきそうな瞳が真っ直ぐ見つめてくるので、ごめんごめんと素直に謝る。

(アナタねえ!淑女としての振る舞いを…そんな幻聴が聞こえてきそう)

暖かくもあり、ちくりと痛むようでもあり。
アメはその痛みを振り払うように小さな毛玉に触れた。

ーーーーーーー

毛をかき分けくまなく傷の様子を観察したが、深いものはなかった。
あまりにも真剣だったので、洗われついでだったコンノは若干のぼせてしまった。

ぼろきれをまた纏わせるにもいかず、狐の姿のまま家に戻り、アメはあーでもないこーでもないとタンスを物色する。

サイズ的には自分の服でもマァ問題ないが、人に着せるとなるとあんまり選択肢がなかった。

色々広げてウンウン唸っていると、着古したシャツの前でコヤンとコンノが鳴いた。

「ええ、それがいいの?嫌だなあ、それ着古してヨレヨレで…」

そうぶつくさ言っていると、知らん振りとでもいうようにコンノはシャツを巻き付けて静かになってしまった。

もう、コンノ…離してよ…とグイグイ引っ張ると、コンノはこてんと腹を天にむけて転がる。

「…コンノ?」

はっとして、焦り脈を確認すると
とくんとくんと静かな血の流れを指に感じられた。

「…寝たの?」

それはあまりに突然だったので、まだ焦りが引いていかない。

疲れていたんだろうか。それはそうだ。
無理やり体なんて洗って申し訳なかったなと思いながら、アメはコンノをそっと抱き、ベッドにのせる。

わたしはあなたと違ってダンボールになんか寝かせませんよと軽口を叩きながら、上下する背中をいつまでも見ていた。

つづく
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