ストップ、松囃子!
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8 さよならお風呂場事変
それは金曜日のお風呂上がり。
逃げるようにお風呂場から上がってきた私は、居間の畳へ、倒れこむように膝をついた。
もうだめ。もう限界。これ以上は精神的に持たないよ……!
意を決した私は、スマホを取り出し、アドレス帳のま行をなぞった。
あった。松野家!
そして発信。ほどなくして。
「はい!! 十四松です!!」
「あ、もしもし十四松くん? カラ松くんいる?」
十四松くんの後、もったいぶって電話を代わった次男に、手短に用件を告げて終話。
通話時間を表示するスマホの画面には、どこかほっとした様子の自分の顔が写っていた。
ようやくこの悪夢が終わるかもしれない……!
約束を取り付け、金曜日の夜は更けていった。
翌日。土曜日の午前十時。
ピンポーン。
(きた!)
約束の時間ピッタリに、彼は来た。
扉を開くと、そこにいたのは……
「待たせたな、カラ松Girl……」
バスローブ姿の松野カラ松。
「さあ、オレと甘い愛の時間を……」
「チェンジ」
「えっ」
「チェンジ」
なぜ彼と関わると、お色直しの手間が発生してしまうのか。この間の羊羹の時のギラギラズボンといい……まったく。
ともかく一度帰宅させて数十分後。
ピンポーン。
「はーい」
「フッ、待たせたなカラ松Girl……」
本日二度目のカラ松くんは、青いツナギ姿でした。
「ツナギか。ちょうどいいね」
「そ、そうか? ナマエはこういう服装がお好みかい?」
「じゃあさっそくだけどこっち来て」
玄関口で照れてるカラ松くんを引っ張って、私は部屋の中、ある場所へ連れて行く。
「お、おい! 一体どこへ連れて行く気だいハニー?」
答えるのが面倒くさい。私は無言を貫いた。
着いた先は、お風呂場だ。
「ここは……」
「見て分かんない? お風呂場です」
「…………」
カラ松くん、何故かここでサングラス装備。
「大胆だなカラ松Girl……キミがこんなに積極的だとは思わなかったぜ? だが、こういうのはちゃんと段階を踏んでから……」
「なに勘違いしてんの?」
私は呆れ半分でカラ松くんの言葉を遮った。
「カラ松くん、壁を見てください」
「ああ、オレ一色だな」
「そう、四面カラ松」
四面カラ松。ここ数週間、私の精神を蝕んできた元凶だ。以前のリフォーム騒ぎの置き土産である。
私は忌まわしき壁を指し示し、カラ松くんへはっきりと告げる。
「カラ松くんには、今日この壁を元に戻してもらいます!」
「な、なんだって!?」
いやいやいや。なんかびっくりしてるけどさ。
「昨日電話で言ったじゃん。お風呂場元に戻してって」
「フッ、愛の語らいしか覚えていない」
「カラ松くんの鼓膜はナタデココか何かでできてるの?」
馬耳東風とかそういうレベルじゃない。愛の語らいなどという話題は身に覚えがないし、そもそも総通話時間2分くらいじゃなかったっけ?
ともかくだ。今日この日を境に、この酷いお風呂場ともおさらばだ。張本人の手によって無に還るがいい!
「しかし、いいのか? オレが消えてしまう」
「うん、全然構わない」
むしろそれが目的です。
「本当の本当にいいのか?」
「いいんだって」
「しかしもったいなくないのか?」
「全然。ていうかいい加減しつこい」
「だが……」
あ、ダメだこれ。ループ入っちゃった。
まるで、どんな返答で拒絶しようが、正解の選択肢を選ばない限り同じ質問を繰り返すRPGのNPCの如し。
仕方がない……ここは一芝居うつしか。
「わたしー、じつぶつのからまつくんのほうがいいなー(棒読み)」
「フフーン、素直じゃないなカラ松Girl! それならそうと言えばいいんだ!」
(ちょろい)
よし、カラ松ループから脱出成功。
「それじゃあ今度はオレ自身が風呂に住もう……」
「別にいいよ住んでも。外から溶接するから」
「えっ」
溶接棒をバチバチさせて何食わぬ顔で威嚇。お風呂への居住も、諦めてくれたようだ。
まったく、手がかかるんだから。
「で、これどうやったら取れるの?」
お風呂場で張本人に尋ねる。
私だって、この数週間、ただ手をこまねいてカラ松くんを眺めていた訳ではない。
何種類か塗装剥がしを試したりしていたんだけど、この松野家次男、全く消える気配を見せない。擦ろうが殴ろうが消えない。金タワシも無効ときた。実物と同じく、不必要なまでのタフさだ。
ならばと思い、こんな暴挙をしでかした本人にお出ましいただいたのだ。
塗装した本人なら消す方法を知っているかもと、一縷の望みをかけて……
「どうなの、カラ松くん?」
「簡単に取れるぞ」
「ほ、ほんとに!?」
驚く私を尻目に、カラ松くんは浴槽の縁を足場にして、壁と天井の境目に手をかけた。
すると。
ペリペリペリ。
「うそっ、剥がれた!?」
「な、簡単だろう?」
それはまるで、シールを台紙から剥がすかのように。
私を悩ませ続けた悪夢は、いとも簡単に壁から剥がれた。
「つまり、これって……」
「ああ、フィルムを貼って、その上から塗装した」
うそでしょ!? こんなに簡単に剥がれちゃっていいの!?
「ええっ、でも前、壁に直接印刷したって……」
「フィルムといえど、貼り付けてしまえばそれもまた壁の一部……」
「ああ、そういう考え方でいらっしゃった!」
アンニュイそうに答えるカラ松くん。
「でも、どうしてそんな手の込んだことを? フィルム貼ったり、余計に手間掛かったんじゃない?」
「フッ、オレは環境と物件に優しい男、松野カラ松……」
「なるほど」
何はともあれ、そうと分かれば楽勝だ。さっさと全部剥がしてしまおう!
「じゃあカラ松くん、他のも全部剥がしていこうよ!」
「…………」
「どうしたの?」
急に黙りこんで。剥がしたばかりのそれを見つめて、彼はポツリとつぶやいた。
「……いや、何でもない。グッバイオレ、安らかに……」
「…………」
「心苦しいがアディオス、オレ……永久に……」
「名残り惜しいんなら自分ちに貼ったら?」
「なるほど!」
よし解決。やっぱりちょろい。
そうして二人でせっせと壁紙を剥がし、台紙に貼り直したりして。
「終わったな……」
「そうだね。もうこんな時間かぁ」
気付けば正午。そろそろお昼ご飯の時間だ。
「カラ松くん、お昼食べてく? チャーハンだったら材料あるけど……」
言いながら振り返ると、カラ松くんは持っていたエコ紐をポトリと取り落とした。
「チ、チャーハン!? オレと!?」
「そうだけど? あ、そっか。松代さんがお昼準備してるかもしれ……」
「いや!! 食べてく!! 食べていきます!!」
いきなりどうした。いやでも、お母さんが準備してるだろうし、家のご飯どうするの?
「お母さんにお昼食べてくること、言わなくていいの? スマホ貸すよ?」
「いい! 両方食べる!」
なんだそりゃ。
それならお家のご飯も食べれるように、少な目にしとこうか。
私は腰を上げて、お風呂場から台所へ向かった。
期待でキラッキラに輝いているカラ松くんの目は、見ないことにする。プレッシャー……!
「うまい!」
「そうかな?」
チャーハンを振る舞うと、カラ松くんは口いっぱいに頬張りながら褒めてくれた。
いやぁ、偉大だね。中華風調味料の存在は。お手軽にバシッと味が決まる。
味付けこそウェイ○ーの功績だけど、自分の作った料理を美味しそうに食べてくれるって、何だかいいなぁ。
「おかわり!」
「もう!? 家帰った後食べれなくなるよ?」
「構わん!」
ガツガツ食べるカラ松くん。
そういえば、公園で彼に助けてもらったのが始まりだったっけ。
もちろん知り合ってからは、お風呂場の件といい迷惑かけられっぱなしなんだけど……
「こんなにうまいチャーハンは初めてだ。おかわり!」
「もー、知らないよ?」
この顔見てると、不思議と憎めないんだよねぇ……
変な人。
その後、何故かまたバスローブ姿で居座りそうだったので、速攻お帰り願う私だった。
その夜、松野家。
「今上がったぜ、ブラザー達」
「もー! カラ松兄さん、一体何時間お風呂入ってんの? 後つかえてるんだけど!」
「すまないブラザー。少々バスルームをオレ色に染め……」
「次一松兄さんだよー!」
「トッティ、石臼用意しといて」
「返り血浴びるんならお風呂入る前にして、一松兄さん」
本日の松野家の風呂場は、珍しく渋滞していた。それもこれも、銭湯が臨時休業になってしまったから。
弟へ凶器の用意を頼むと、一松は脱衣所へ向かう。
(これだからクソ松の後は嫌なんだよ、あームカつく)
数時間前の順番決めジャンケンを呪いながら、一松は風呂場の戸を開けた。
そして視界いっぱいに広がる四面カラ松。
ご近所中に、彼の貴重な絶叫が響き渡った。
それは金曜日のお風呂上がり。
逃げるようにお風呂場から上がってきた私は、居間の畳へ、倒れこむように膝をついた。
もうだめ。もう限界。これ以上は精神的に持たないよ……!
意を決した私は、スマホを取り出し、アドレス帳のま行をなぞった。
あった。松野家!
そして発信。ほどなくして。
「はい!! 十四松です!!」
「あ、もしもし十四松くん? カラ松くんいる?」
十四松くんの後、もったいぶって電話を代わった次男に、手短に用件を告げて終話。
通話時間を表示するスマホの画面には、どこかほっとした様子の自分の顔が写っていた。
ようやくこの悪夢が終わるかもしれない……!
約束を取り付け、金曜日の夜は更けていった。
翌日。土曜日の午前十時。
ピンポーン。
(きた!)
約束の時間ピッタリに、彼は来た。
扉を開くと、そこにいたのは……
「待たせたな、カラ松Girl……」
バスローブ姿の松野カラ松。
「さあ、オレと甘い愛の時間を……」
「チェンジ」
「えっ」
「チェンジ」
なぜ彼と関わると、お色直しの手間が発生してしまうのか。この間の羊羹の時のギラギラズボンといい……まったく。
ともかく一度帰宅させて数十分後。
ピンポーン。
「はーい」
「フッ、待たせたなカラ松Girl……」
本日二度目のカラ松くんは、青いツナギ姿でした。
「ツナギか。ちょうどいいね」
「そ、そうか? ナマエはこういう服装がお好みかい?」
「じゃあさっそくだけどこっち来て」
玄関口で照れてるカラ松くんを引っ張って、私は部屋の中、ある場所へ連れて行く。
「お、おい! 一体どこへ連れて行く気だいハニー?」
答えるのが面倒くさい。私は無言を貫いた。
着いた先は、お風呂場だ。
「ここは……」
「見て分かんない? お風呂場です」
「…………」
カラ松くん、何故かここでサングラス装備。
「大胆だなカラ松Girl……キミがこんなに積極的だとは思わなかったぜ? だが、こういうのはちゃんと段階を踏んでから……」
「なに勘違いしてんの?」
私は呆れ半分でカラ松くんの言葉を遮った。
「カラ松くん、壁を見てください」
「ああ、オレ一色だな」
「そう、四面カラ松」
四面カラ松。ここ数週間、私の精神を蝕んできた元凶だ。以前のリフォーム騒ぎの置き土産である。
私は忌まわしき壁を指し示し、カラ松くんへはっきりと告げる。
「カラ松くんには、今日この壁を元に戻してもらいます!」
「な、なんだって!?」
いやいやいや。なんかびっくりしてるけどさ。
「昨日電話で言ったじゃん。お風呂場元に戻してって」
「フッ、愛の語らいしか覚えていない」
「カラ松くんの鼓膜はナタデココか何かでできてるの?」
馬耳東風とかそういうレベルじゃない。愛の語らいなどという話題は身に覚えがないし、そもそも総通話時間2分くらいじゃなかったっけ?
ともかくだ。今日この日を境に、この酷いお風呂場ともおさらばだ。張本人の手によって無に還るがいい!
「しかし、いいのか? オレが消えてしまう」
「うん、全然構わない」
むしろそれが目的です。
「本当の本当にいいのか?」
「いいんだって」
「しかしもったいなくないのか?」
「全然。ていうかいい加減しつこい」
「だが……」
あ、ダメだこれ。ループ入っちゃった。
まるで、どんな返答で拒絶しようが、正解の選択肢を選ばない限り同じ質問を繰り返すRPGのNPCの如し。
仕方がない……ここは一芝居うつしか。
「わたしー、じつぶつのからまつくんのほうがいいなー(棒読み)」
「フフーン、素直じゃないなカラ松Girl! それならそうと言えばいいんだ!」
(ちょろい)
よし、カラ松ループから脱出成功。
「それじゃあ今度はオレ自身が風呂に住もう……」
「別にいいよ住んでも。外から溶接するから」
「えっ」
溶接棒をバチバチさせて何食わぬ顔で威嚇。お風呂への居住も、諦めてくれたようだ。
まったく、手がかかるんだから。
「で、これどうやったら取れるの?」
お風呂場で張本人に尋ねる。
私だって、この数週間、ただ手をこまねいてカラ松くんを眺めていた訳ではない。
何種類か塗装剥がしを試したりしていたんだけど、この松野家次男、全く消える気配を見せない。擦ろうが殴ろうが消えない。金タワシも無効ときた。実物と同じく、不必要なまでのタフさだ。
ならばと思い、こんな暴挙をしでかした本人にお出ましいただいたのだ。
塗装した本人なら消す方法を知っているかもと、一縷の望みをかけて……
「どうなの、カラ松くん?」
「簡単に取れるぞ」
「ほ、ほんとに!?」
驚く私を尻目に、カラ松くんは浴槽の縁を足場にして、壁と天井の境目に手をかけた。
すると。
ペリペリペリ。
「うそっ、剥がれた!?」
「な、簡単だろう?」
それはまるで、シールを台紙から剥がすかのように。
私を悩ませ続けた悪夢は、いとも簡単に壁から剥がれた。
「つまり、これって……」
「ああ、フィルムを貼って、その上から塗装した」
うそでしょ!? こんなに簡単に剥がれちゃっていいの!?
「ええっ、でも前、壁に直接印刷したって……」
「フィルムといえど、貼り付けてしまえばそれもまた壁の一部……」
「ああ、そういう考え方でいらっしゃった!」
アンニュイそうに答えるカラ松くん。
「でも、どうしてそんな手の込んだことを? フィルム貼ったり、余計に手間掛かったんじゃない?」
「フッ、オレは環境と物件に優しい男、松野カラ松……」
「なるほど」
何はともあれ、そうと分かれば楽勝だ。さっさと全部剥がしてしまおう!
「じゃあカラ松くん、他のも全部剥がしていこうよ!」
「…………」
「どうしたの?」
急に黙りこんで。剥がしたばかりのそれを見つめて、彼はポツリとつぶやいた。
「……いや、何でもない。グッバイオレ、安らかに……」
「…………」
「心苦しいがアディオス、オレ……永久に……」
「名残り惜しいんなら自分ちに貼ったら?」
「なるほど!」
よし解決。やっぱりちょろい。
そうして二人でせっせと壁紙を剥がし、台紙に貼り直したりして。
「終わったな……」
「そうだね。もうこんな時間かぁ」
気付けば正午。そろそろお昼ご飯の時間だ。
「カラ松くん、お昼食べてく? チャーハンだったら材料あるけど……」
言いながら振り返ると、カラ松くんは持っていたエコ紐をポトリと取り落とした。
「チ、チャーハン!? オレと!?」
「そうだけど? あ、そっか。松代さんがお昼準備してるかもしれ……」
「いや!! 食べてく!! 食べていきます!!」
いきなりどうした。いやでも、お母さんが準備してるだろうし、家のご飯どうするの?
「お母さんにお昼食べてくること、言わなくていいの? スマホ貸すよ?」
「いい! 両方食べる!」
なんだそりゃ。
それならお家のご飯も食べれるように、少な目にしとこうか。
私は腰を上げて、お風呂場から台所へ向かった。
期待でキラッキラに輝いているカラ松くんの目は、見ないことにする。プレッシャー……!
「うまい!」
「そうかな?」
チャーハンを振る舞うと、カラ松くんは口いっぱいに頬張りながら褒めてくれた。
いやぁ、偉大だね。中華風調味料の存在は。お手軽にバシッと味が決まる。
味付けこそウェイ○ーの功績だけど、自分の作った料理を美味しそうに食べてくれるって、何だかいいなぁ。
「おかわり!」
「もう!? 家帰った後食べれなくなるよ?」
「構わん!」
ガツガツ食べるカラ松くん。
そういえば、公園で彼に助けてもらったのが始まりだったっけ。
もちろん知り合ってからは、お風呂場の件といい迷惑かけられっぱなしなんだけど……
「こんなにうまいチャーハンは初めてだ。おかわり!」
「もー、知らないよ?」
この顔見てると、不思議と憎めないんだよねぇ……
変な人。
その後、何故かまたバスローブ姿で居座りそうだったので、速攻お帰り願う私だった。
その夜、松野家。
「今上がったぜ、ブラザー達」
「もー! カラ松兄さん、一体何時間お風呂入ってんの? 後つかえてるんだけど!」
「すまないブラザー。少々バスルームをオレ色に染め……」
「次一松兄さんだよー!」
「トッティ、石臼用意しといて」
「返り血浴びるんならお風呂入る前にして、一松兄さん」
本日の松野家の風呂場は、珍しく渋滞していた。それもこれも、銭湯が臨時休業になってしまったから。
弟へ凶器の用意を頼むと、一松は脱衣所へ向かう。
(これだからクソ松の後は嫌なんだよ、あームカつく)
数時間前の順番決めジャンケンを呪いながら、一松は風呂場の戸を開けた。
そして視界いっぱいに広がる四面カラ松。
ご近所中に、彼の貴重な絶叫が響き渡った。