ストップ、松囃子!
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7 トト子ちゃんといっしょ
輝くステージ。
熱狂するファン。
ステップは軽やかに。
歌声は可愛らしく。
「しゃオラァァァァァ!」
弱井トト子は唐突にマイクを床へ叩きつけた。彼女のステージの前で熱狂していた6人だけのファン達に、動揺が広がる。
「やっぱり売れない……」
一度はやめた、アイドル街道。
魚優や半魚優といった道を志し、さらに巨大ロボットへ変貌を遂げたりしたものの、彼女は再びアイドルの道へ戻ってきた。
目的はひとつ。
ちやほやされたい、そのために。
----------
「も~!またアイドルに復帰したものの、やっぱり全然売れないじゃなーーい!」
「泣かないで、トト子ちゃん!」
ステージを終え、彼女の部屋へ戻ったアイドルとファン達。号泣するトト子を慰めようと、六つ子達は声を合わせて呼びかける。
「トト子ちゃんかわいいんだから、絶対売れるよ!」
「よね!そうだもん、かわいいんだから!」
マッハで立ち直るトト子。ほっと胸をなで下ろす六つ子達。
「でもぉ、それはそうとして、どうやったら売れると思う?」
「そうだなぁ……」
以前に似たような会話があったのだが、デジャヴを感じているような者は誰もいない。この部屋にはボンクラしかいなかった。
「そうだ! アイドルなんだし、ユニットとか組んでみるのは?」
「チョロ松くん、ユニットって?」
ボンクラのアイドルがボンクラの三男へ問い掛ける。
チョロ松は自信ありげに説明を始めた。
「つまり、他のアイドルの子と組むんだよ。ほら、最近のアイドルって、単体より何人かで組んでる方が多くない?」
「さすがドルオタ、ありそうで無かった観点」
「なにそれ、他の子と組むのー?」
「ええっ、だめ!?」
三男ドルオタの提案に、トト子は不服そうな顔だ。
「そんなのダメ! だってー、私一人がちやほやされたいんだもん☆」
一切の躊躇なく本音をウインク付きで語る彼女に、六つ子の胸が高鳴った。
「かーわいいー!」
「そうだよね、トト子ちゃんが一番かわいいよ!」
「トト子! かわいいよトト子!」
「でもさぁ」
続いて四男・一松が手を挙げる。
「引き立て役はいてもいいんじゃない? ユニットとまではいかなくてもさぁ……」
「一松くん!!」
突然大声を上げたトト子に、一松がビクリと震える。怒らせてしまったのかと焦る一松、侮蔑の目を彼へ向ける他五人だったが、しかし。
「引き立て役……なんて素晴らしい響きなのかしら……!」
「だよねー!!!」
彼女の笑顔に、険悪な雰囲気も雲散霧消。やはりこの部屋にはボンクラしかいなかった。
「で、肝心の引き立て役なんだけど、誰がいいと思う?」
「うーん……トト子ちゃん、知り合いにあては無いの?」
「無いわ!」
「そっか!」
即答する彼女にデレ顏で納得するも、引き立て役が決まらないことにはこの話が終わらない。
考え込む六つ子達。
「あ、そうだ」
その人物を提案したのは、長男おそ松だった。
「トト子ちゃんの引き立て役にうってつけのいい子がいるんだけどさぁ……」
「えっ、なになに!? どんな感じの子? トト子の方がかわいい?」
「そりゃもちろん! その子さー、なんていうか……毎晩七輪でスルメ焼いて食ってそうな子」
「えー? 何それおっさんくさっ! トト子おっさんと組むのはイヤッ!」
白羽の矢が立った人物。
それは……
「ふーん……」
とあるお魚屋さんの二階、ファンシーな内装の部屋の中。
私は見知らぬ女の子に品定めされている。
ピンクのベッドの前には、私をここへ呼び出した張本人共が、一列になって座っていた。
「ねぇ、あなたお名前は?」
「ミョウジナマエです……」
「ふーん、ナマエちゃんって言うのね」
それにしてもこの子……
「服、すごいですね」
つい正直な感想が口から漏れたけれど、本当にすごい服をお召しなのだ。なんだこれ魚? イカ?
それと心なしか磯の香りが……
「ねー! この衣裳すごいでしょー?特注品なのっ!」
「へぇ……」
独特なテンションに飲み込まれながら、私は当たり障り無い返答でやり過ごす。
ていうか何なのこの状況。何で私は知らない女の子にガン見されて衣裳自慢されてるの。
「あ、あのー。私なんでここに呼ばれたんでしょう……?」
六つ子達へ「なんとかしろ!」とチラチラ視線を投げかけるけど、こいつら今日は一体どうしちゃったの? とろけるぐらいにデレッデレなんですけど……!
「あら、おそ松くん達から聞いてないの?」
「とりあえず来いとしか言われてません」
「僕から説明させていただきます」
そう言って割り込んできたのは、チョロ松くんだ。今日は背広にメガネ、さらにピンクの法被を身につけている。サラリーマンやるのかドルオタやるのかハッキリしてほしい。
「彼女は弱井トト子さん」
「えへっ☆」
「見ての通りアイドルです」
「アイドルだったの!?」
しかし驚く間もなく説明は続けられる。
「ミョウジナマエさん。あなたをここへお呼びしたのは、他でもありません」
「?」
「あなたにはトト子ちゃんの引き立て役になってもらいます」
「!!」
いきなり何を言い出すんだこいつは。他の五人もドヤ顔でこっち見るんじゃない。
「えっ、それどういう……」
「あのね、トト子アイドルしてるんだけど、さっぱり売れないの」
当事者トト子さんが続ける。
「だからね! 引き立て役を用意して、私がよりキラキラ輝くようにしたら売れるんじゃないかなーって!」
「はぁ……」
「だからお願い! 私が有名になって、ちやほやされるための踏み台になって!」
この子何言ってるの?
己が欲望をオブラートに包むことなくギラギラと剥き出しにする様。呆れるを通り越していっそ痛快でさえある。ていうか、今日初対面だよね……距離感すごいな。六つ子ニートの松野くんたちにも言えることだけど。
「さすがトト子ちゃん!」
「普通なら絶対言わないようなドス黒いことも、笑顔で言えちゃう素直なところ!」
「超かわいいよ! すっげーかわいい!」
「自慢の幼馴染ー!」
「トト子! かわいいよトト子!!」
それにしてもさっきから何なんだろ、こいつらのこのテンション。
ん? そういえば「トト子ちゃん」という名前、彼らに自宅をリフォームされた時に聞いたような……。そうか、このエキセントリックな女の子が、そのトト子ちゃんというわけだね。
そして皆の様子を観察するに、トト子ちゃんはどうやら六つ子の幼馴染。なおかつ、トト子ちゃんは彼らのマドンナ的存在であると。そして彼女にいい顔するために、奴らは私をこの場へ呼んだと。
「お邪魔しましたー」
「ああ待ってナマエちゃん!」
「何で帰るのー!?」
帰ろうとしたらマッハで回り込まれたよ。おのれ。
「いや、ごめんけど私には、アイドル活動にお付き合いできるだけの体力知識メンタルが無いので……」
「いいんだよそんなの! 後からなんぼでもついてくんだろー!」
「ねぇ、お願いよナマエちゃん!」
鼻息荒い六つ子達とは対照的に、切なげな表情を見せるトト子さん。
ぎゅっ。私の手を両手で包みながら、トト子さんは続ける。
「私の夢のために、あなたが必要なの……!」
「いや、でも」
「断ったらどうなるか分かってんでしょうねぇ……」
ミシミシミシミシ。
私の手を万力のような圧力で握りしめながら、悪魔の笑顔で彼女は言う。
「い、痛い痛い痛い痛い!」
「ああン!? やるの、やんないの!?」
「や、やります! やりますから離して骨がぁっ!」
「で、どうしたらいいと思う?」
ケロッとした笑顔でトト子さん……いやトト子ちゃんが切り出した。名前にさん付けはかわいくないんだって。
私は真っ赤になった手をさすりながら、この謎の会議に加わっている。
「はーい!」
「はい、十四松くん」
「ナマエちゃんの衣裳を決めたらいいと思いまーす!」
「そうね、ガッテン承知☆」
ああ、私の意思に一切構わず話が進んでるよ。
「ねえねえ、ナマエちゃんはどんな服着たい?」
「帰りたい」
「えっ? なに? カエル!?」
「なるほどねー、カエルか~」
いやいやいや。なんでゲコゲコ言う方のカエルになってるの!?
「カエルかぁ~、私はイワシなんかいいと思うけどなぁ」
言いながらトト子ちゃん、私の顔を覗き込む。
「……ねえみんな」
「なーに? トト子ちゃん」
私を見ている彼女の眉間のシワが、どんどん険しくなる。
「この子! そこそこかわいいじゃない! 私ほどじゃないけど!」
「そうだね! トト子ちゃんほどじゃないけど!」
「えぇ……?」
なんだろうこの会話……自分の容姿はどうでもいいけど、誰もツッコミ役がいないのはどうなんだろう!
「もー、かわいい子はダメって言ったじゃない! トト子おっさんが来るって聞いてたのに~」
「誰よおっさんって紹介したの……」
お互いに別の理由で意気消沈する私とトト子ちゃん。
「じゃあさ、こんなのはどうかな?」
トッティ、ウインクしながらのご提案。
「ナマエちゃんの顔を隠す!」
「なるほど!」
「それでいいの!?」
納得しちゃったよ。いや、私も顔を出さないのは賛成だけどね。
「じゃあさ、カエルの着ぐるみ着てればよくない?」
「いいね! カエル衣裳ここで生きてきたね!」
「フッ……衣裳の時の伏線が生き返るとはな、カエルだけに!」
「いや伏線ってほどでもないでしょ」
「クソ松埋めるぞ」
「じゃ、ナマエちゃんはカエルの着ぐるみ、と」
どこからか持ってきたホワイトボードに、チョロ松くんが「カエルの着ぐるみ」と書き加える。
「ていうか、ナマエちゃんは何すんの?」
一松くんが手を挙げながら問う。
彼の疑問に、皆「あー」と困ったような声を上げた。
「それなー。引き立て役って何すんのかな?」
「普通のユニットだったら歌って踊るよね」
「じゃあナマエちゃん、歌って踊る?」
おそ松くんに聞かれて、私は速攻首を横に振りまくる。
「無理無理無理無理! そんなアイドルみたいなこと、できるわけないよ!」
「やってみればできるんじゃない?」
「無理だって! ねえ一松くん!」
この中で唯一同意してくれそうな、ダウナー系四男へ話を振る。しかし。
「え……おれやったことあるけど」
「うそっ! どういうこと!?」
一番そういうのから遠そうな彼から、爆弾発言。
「俺だけじゃなくて、みんなやったことあるし。アイドル」
「そうそう、アイドルアイドル」
「はぁ!? ニートなのにアイドル!? 杏ちゃんなのあんた達!?」
驚く私の前で、唐突に眩しい輝きが六つ子から放たれる。
「F……シーックス!!」
「うっそぉ!?」
「ありがとうございまァす!!」
突如降臨する、眩いばかりのイケメン六人衆。トト子ちゃん鼻血噴射しながら吹っ飛んでるし。
「そう。僕たちが、赤塚不二夫財閥最強の六つ子……」
「F6さ!」
「格好つけてるとこ悪いけど、元のニートに戻ってるよ」
驚いたものの、持続時間は短いらしい。
でも、いきなり顔面も頭身も別人のイケメンに変身するとは。こいつら身体構造どうなってんの?
「つまり、今のF6とかいう姿と設定で、アイドルとして君臨していたことがあると」
「そうそう。あー、楽しかったなぁ第1話」
「おそ松兄さん! だめだよ第1話に触れちゃあ!」
また偉い人に怒られる!とチョロ松くん。
なるほど。随分前になんかやらかしたらしい。それはともかく。
「とにかく! ここにいるみんながアイドル活動に抵抗が無いとしても、私はそういうの無理」
「そうね。私もナマエちゃんが、私と同じように歌とダンスを披露するのは反対だわ」
トト子ちゃんが同意してくれる。ありがたいけど鼻血拭いて。
「だってぇ、ステージの上でかわいいのは、私だけで充分でしょっ?」
「うん!! トト子ちゃんが一番かわいいよ!!」
「うんうん、かわいいから鼻血拭こうね!」
見るに見かねて、私はティッシュをトト子ちゃんへ差し出した。
あ、拭いて欲しかったのに! この子「ありがとー☆」って言いながら鼻に詰め始めたよ! アイドルが鼻つっぺはまずい!
「で、結局ナマエちゃんどうすんの?」
「もういらなくない?」
「でも引き立て役がいないとさぁ……」
私がトト子ちゃんの鼻血を拭っている最中も、大して捗らない議論が続く。いやもういいよ、引き立て役とかなくて。
「ちょっといいか?」
片や会議、片や応急措置のチグハグな空間に、トレンチコート姿のこれまたチグハグな存在が割り込んだ。
「なに? カラ松兄さん」
「おいテメエクソ松、また口出しする気か黙ってろクソ松!」
「待って一松くん、せめてしゃべらせてあげて!」
いきなり兄の胸倉を掴みに行った一松くんを制して、カラ松くんに続きを促す。涙目だしこの人。
「あ、ああ。みんな、聞いてくれ」
少し溜めた後、カラ松くんは重々しく言った。
「トト子ちゃんは何をせずとも、ものすごく可愛い」
ドォ……ン
どこからか届く稲光りに、数拍遅れて届く雷鳴。おかしいね、今日は雲ひとつない晴天だったのに。
「カラ松兄さん……」
皆に宿る、緊張の面持ち。
「いや知ってるし」
「さっきから散々みんなで言ってるし」
「当たり前のことを格好つけて言うんじゃねぇクソ松!!」
「だ、だから!」
再び一松くんに詰め寄られながら、カラ松くんは、カゴに入ったあるものを差し出した。
「これを……これを使えば、元々かわいいトト子ちゃんが、さらにグレートに輝くはずだ……!!」
それは、表面が色とりどりのラメの紙切れ。
いわゆる紙吹雪に使われるアレだ。
「カラ松くん、これって……」
「つまり……!」
「ああ、そうだ」
喜色満面のトト子ちゃんと、嫌な予感でいっぱいの私の前で、彼はキメ顔で微笑んだ。
「みんな~~!!」
「イェーーー!!」
「お魚、食べてるーー!?」
「はーーい!!」
「トト子のこと、好きーー?」
「大、大、大好きーーーー!!」
「この世でいっちばんかわいいのはーー?」
「トト子ちゃーーーん!!」
6人のファンで大盛り上がりのライブ会場。
ステージの上には、魚の衣裳に身を包み、ファンへ呼びかけるトト子ちゃん。そして……
「…………」
カエルの着ぐるみを着て、せっせとトト子ちゃんへ紙吹雪を舞い散らせる私。
トト子ちゃんは眩しいステージの上で、色とりどりの紙吹雪の中、キラキラと輝いていた。
「ねーみんなー! トト子、輝いてるーー?」
「すっげー輝いてるーー!!」
「この世でいちばん?」
「キラッキラだよーーーー!!」
「よーし、私の歌を聴けーーーー!!」
「イェーーーイ!!!」
私、何やってるんだろう。
よく分からないまま、私はある意味特等席で、トト子ちゃんのライブを堪能するのだった。
輝くステージ。
熱狂するファン。
ステップは軽やかに。
歌声は可愛らしく。
「しゃオラァァァァァ!」
弱井トト子は唐突にマイクを床へ叩きつけた。彼女のステージの前で熱狂していた6人だけのファン達に、動揺が広がる。
「やっぱり売れない……」
一度はやめた、アイドル街道。
魚優や半魚優といった道を志し、さらに巨大ロボットへ変貌を遂げたりしたものの、彼女は再びアイドルの道へ戻ってきた。
目的はひとつ。
ちやほやされたい、そのために。
----------
「も~!またアイドルに復帰したものの、やっぱり全然売れないじゃなーーい!」
「泣かないで、トト子ちゃん!」
ステージを終え、彼女の部屋へ戻ったアイドルとファン達。号泣するトト子を慰めようと、六つ子達は声を合わせて呼びかける。
「トト子ちゃんかわいいんだから、絶対売れるよ!」
「よね!そうだもん、かわいいんだから!」
マッハで立ち直るトト子。ほっと胸をなで下ろす六つ子達。
「でもぉ、それはそうとして、どうやったら売れると思う?」
「そうだなぁ……」
以前に似たような会話があったのだが、デジャヴを感じているような者は誰もいない。この部屋にはボンクラしかいなかった。
「そうだ! アイドルなんだし、ユニットとか組んでみるのは?」
「チョロ松くん、ユニットって?」
ボンクラのアイドルがボンクラの三男へ問い掛ける。
チョロ松は自信ありげに説明を始めた。
「つまり、他のアイドルの子と組むんだよ。ほら、最近のアイドルって、単体より何人かで組んでる方が多くない?」
「さすがドルオタ、ありそうで無かった観点」
「なにそれ、他の子と組むのー?」
「ええっ、だめ!?」
三男ドルオタの提案に、トト子は不服そうな顔だ。
「そんなのダメ! だってー、私一人がちやほやされたいんだもん☆」
一切の躊躇なく本音をウインク付きで語る彼女に、六つ子の胸が高鳴った。
「かーわいいー!」
「そうだよね、トト子ちゃんが一番かわいいよ!」
「トト子! かわいいよトト子!」
「でもさぁ」
続いて四男・一松が手を挙げる。
「引き立て役はいてもいいんじゃない? ユニットとまではいかなくてもさぁ……」
「一松くん!!」
突然大声を上げたトト子に、一松がビクリと震える。怒らせてしまったのかと焦る一松、侮蔑の目を彼へ向ける他五人だったが、しかし。
「引き立て役……なんて素晴らしい響きなのかしら……!」
「だよねー!!!」
彼女の笑顔に、険悪な雰囲気も雲散霧消。やはりこの部屋にはボンクラしかいなかった。
「で、肝心の引き立て役なんだけど、誰がいいと思う?」
「うーん……トト子ちゃん、知り合いにあては無いの?」
「無いわ!」
「そっか!」
即答する彼女にデレ顏で納得するも、引き立て役が決まらないことにはこの話が終わらない。
考え込む六つ子達。
「あ、そうだ」
その人物を提案したのは、長男おそ松だった。
「トト子ちゃんの引き立て役にうってつけのいい子がいるんだけどさぁ……」
「えっ、なになに!? どんな感じの子? トト子の方がかわいい?」
「そりゃもちろん! その子さー、なんていうか……毎晩七輪でスルメ焼いて食ってそうな子」
「えー? 何それおっさんくさっ! トト子おっさんと組むのはイヤッ!」
白羽の矢が立った人物。
それは……
「ふーん……」
とあるお魚屋さんの二階、ファンシーな内装の部屋の中。
私は見知らぬ女の子に品定めされている。
ピンクのベッドの前には、私をここへ呼び出した張本人共が、一列になって座っていた。
「ねぇ、あなたお名前は?」
「ミョウジナマエです……」
「ふーん、ナマエちゃんって言うのね」
それにしてもこの子……
「服、すごいですね」
つい正直な感想が口から漏れたけれど、本当にすごい服をお召しなのだ。なんだこれ魚? イカ?
それと心なしか磯の香りが……
「ねー! この衣裳すごいでしょー?特注品なのっ!」
「へぇ……」
独特なテンションに飲み込まれながら、私は当たり障り無い返答でやり過ごす。
ていうか何なのこの状況。何で私は知らない女の子にガン見されて衣裳自慢されてるの。
「あ、あのー。私なんでここに呼ばれたんでしょう……?」
六つ子達へ「なんとかしろ!」とチラチラ視線を投げかけるけど、こいつら今日は一体どうしちゃったの? とろけるぐらいにデレッデレなんですけど……!
「あら、おそ松くん達から聞いてないの?」
「とりあえず来いとしか言われてません」
「僕から説明させていただきます」
そう言って割り込んできたのは、チョロ松くんだ。今日は背広にメガネ、さらにピンクの法被を身につけている。サラリーマンやるのかドルオタやるのかハッキリしてほしい。
「彼女は弱井トト子さん」
「えへっ☆」
「見ての通りアイドルです」
「アイドルだったの!?」
しかし驚く間もなく説明は続けられる。
「ミョウジナマエさん。あなたをここへお呼びしたのは、他でもありません」
「?」
「あなたにはトト子ちゃんの引き立て役になってもらいます」
「!!」
いきなり何を言い出すんだこいつは。他の五人もドヤ顔でこっち見るんじゃない。
「えっ、それどういう……」
「あのね、トト子アイドルしてるんだけど、さっぱり売れないの」
当事者トト子さんが続ける。
「だからね! 引き立て役を用意して、私がよりキラキラ輝くようにしたら売れるんじゃないかなーって!」
「はぁ……」
「だからお願い! 私が有名になって、ちやほやされるための踏み台になって!」
この子何言ってるの?
己が欲望をオブラートに包むことなくギラギラと剥き出しにする様。呆れるを通り越していっそ痛快でさえある。ていうか、今日初対面だよね……距離感すごいな。六つ子ニートの松野くんたちにも言えることだけど。
「さすがトト子ちゃん!」
「普通なら絶対言わないようなドス黒いことも、笑顔で言えちゃう素直なところ!」
「超かわいいよ! すっげーかわいい!」
「自慢の幼馴染ー!」
「トト子! かわいいよトト子!!」
それにしてもさっきから何なんだろ、こいつらのこのテンション。
ん? そういえば「トト子ちゃん」という名前、彼らに自宅をリフォームされた時に聞いたような……。そうか、このエキセントリックな女の子が、そのトト子ちゃんというわけだね。
そして皆の様子を観察するに、トト子ちゃんはどうやら六つ子の幼馴染。なおかつ、トト子ちゃんは彼らのマドンナ的存在であると。そして彼女にいい顔するために、奴らは私をこの場へ呼んだと。
「お邪魔しましたー」
「ああ待ってナマエちゃん!」
「何で帰るのー!?」
帰ろうとしたらマッハで回り込まれたよ。おのれ。
「いや、ごめんけど私には、アイドル活動にお付き合いできるだけの体力知識メンタルが無いので……」
「いいんだよそんなの! 後からなんぼでもついてくんだろー!」
「ねぇ、お願いよナマエちゃん!」
鼻息荒い六つ子達とは対照的に、切なげな表情を見せるトト子さん。
ぎゅっ。私の手を両手で包みながら、トト子さんは続ける。
「私の夢のために、あなたが必要なの……!」
「いや、でも」
「断ったらどうなるか分かってんでしょうねぇ……」
ミシミシミシミシ。
私の手を万力のような圧力で握りしめながら、悪魔の笑顔で彼女は言う。
「い、痛い痛い痛い痛い!」
「ああン!? やるの、やんないの!?」
「や、やります! やりますから離して骨がぁっ!」
「で、どうしたらいいと思う?」
ケロッとした笑顔でトト子さん……いやトト子ちゃんが切り出した。名前にさん付けはかわいくないんだって。
私は真っ赤になった手をさすりながら、この謎の会議に加わっている。
「はーい!」
「はい、十四松くん」
「ナマエちゃんの衣裳を決めたらいいと思いまーす!」
「そうね、ガッテン承知☆」
ああ、私の意思に一切構わず話が進んでるよ。
「ねえねえ、ナマエちゃんはどんな服着たい?」
「帰りたい」
「えっ? なに? カエル!?」
「なるほどねー、カエルか~」
いやいやいや。なんでゲコゲコ言う方のカエルになってるの!?
「カエルかぁ~、私はイワシなんかいいと思うけどなぁ」
言いながらトト子ちゃん、私の顔を覗き込む。
「……ねえみんな」
「なーに? トト子ちゃん」
私を見ている彼女の眉間のシワが、どんどん険しくなる。
「この子! そこそこかわいいじゃない! 私ほどじゃないけど!」
「そうだね! トト子ちゃんほどじゃないけど!」
「えぇ……?」
なんだろうこの会話……自分の容姿はどうでもいいけど、誰もツッコミ役がいないのはどうなんだろう!
「もー、かわいい子はダメって言ったじゃない! トト子おっさんが来るって聞いてたのに~」
「誰よおっさんって紹介したの……」
お互いに別の理由で意気消沈する私とトト子ちゃん。
「じゃあさ、こんなのはどうかな?」
トッティ、ウインクしながらのご提案。
「ナマエちゃんの顔を隠す!」
「なるほど!」
「それでいいの!?」
納得しちゃったよ。いや、私も顔を出さないのは賛成だけどね。
「じゃあさ、カエルの着ぐるみ着てればよくない?」
「いいね! カエル衣裳ここで生きてきたね!」
「フッ……衣裳の時の伏線が生き返るとはな、カエルだけに!」
「いや伏線ってほどでもないでしょ」
「クソ松埋めるぞ」
「じゃ、ナマエちゃんはカエルの着ぐるみ、と」
どこからか持ってきたホワイトボードに、チョロ松くんが「カエルの着ぐるみ」と書き加える。
「ていうか、ナマエちゃんは何すんの?」
一松くんが手を挙げながら問う。
彼の疑問に、皆「あー」と困ったような声を上げた。
「それなー。引き立て役って何すんのかな?」
「普通のユニットだったら歌って踊るよね」
「じゃあナマエちゃん、歌って踊る?」
おそ松くんに聞かれて、私は速攻首を横に振りまくる。
「無理無理無理無理! そんなアイドルみたいなこと、できるわけないよ!」
「やってみればできるんじゃない?」
「無理だって! ねえ一松くん!」
この中で唯一同意してくれそうな、ダウナー系四男へ話を振る。しかし。
「え……おれやったことあるけど」
「うそっ! どういうこと!?」
一番そういうのから遠そうな彼から、爆弾発言。
「俺だけじゃなくて、みんなやったことあるし。アイドル」
「そうそう、アイドルアイドル」
「はぁ!? ニートなのにアイドル!? 杏ちゃんなのあんた達!?」
驚く私の前で、唐突に眩しい輝きが六つ子から放たれる。
「F……シーックス!!」
「うっそぉ!?」
「ありがとうございまァす!!」
突如降臨する、眩いばかりのイケメン六人衆。トト子ちゃん鼻血噴射しながら吹っ飛んでるし。
「そう。僕たちが、赤塚不二夫財閥最強の六つ子……」
「F6さ!」
「格好つけてるとこ悪いけど、元のニートに戻ってるよ」
驚いたものの、持続時間は短いらしい。
でも、いきなり顔面も頭身も別人のイケメンに変身するとは。こいつら身体構造どうなってんの?
「つまり、今のF6とかいう姿と設定で、アイドルとして君臨していたことがあると」
「そうそう。あー、楽しかったなぁ第1話」
「おそ松兄さん! だめだよ第1話に触れちゃあ!」
また偉い人に怒られる!とチョロ松くん。
なるほど。随分前になんかやらかしたらしい。それはともかく。
「とにかく! ここにいるみんながアイドル活動に抵抗が無いとしても、私はそういうの無理」
「そうね。私もナマエちゃんが、私と同じように歌とダンスを披露するのは反対だわ」
トト子ちゃんが同意してくれる。ありがたいけど鼻血拭いて。
「だってぇ、ステージの上でかわいいのは、私だけで充分でしょっ?」
「うん!! トト子ちゃんが一番かわいいよ!!」
「うんうん、かわいいから鼻血拭こうね!」
見るに見かねて、私はティッシュをトト子ちゃんへ差し出した。
あ、拭いて欲しかったのに! この子「ありがとー☆」って言いながら鼻に詰め始めたよ! アイドルが鼻つっぺはまずい!
「で、結局ナマエちゃんどうすんの?」
「もういらなくない?」
「でも引き立て役がいないとさぁ……」
私がトト子ちゃんの鼻血を拭っている最中も、大して捗らない議論が続く。いやもういいよ、引き立て役とかなくて。
「ちょっといいか?」
片や会議、片や応急措置のチグハグな空間に、トレンチコート姿のこれまたチグハグな存在が割り込んだ。
「なに? カラ松兄さん」
「おいテメエクソ松、また口出しする気か黙ってろクソ松!」
「待って一松くん、せめてしゃべらせてあげて!」
いきなり兄の胸倉を掴みに行った一松くんを制して、カラ松くんに続きを促す。涙目だしこの人。
「あ、ああ。みんな、聞いてくれ」
少し溜めた後、カラ松くんは重々しく言った。
「トト子ちゃんは何をせずとも、ものすごく可愛い」
ドォ……ン
どこからか届く稲光りに、数拍遅れて届く雷鳴。おかしいね、今日は雲ひとつない晴天だったのに。
「カラ松兄さん……」
皆に宿る、緊張の面持ち。
「いや知ってるし」
「さっきから散々みんなで言ってるし」
「当たり前のことを格好つけて言うんじゃねぇクソ松!!」
「だ、だから!」
再び一松くんに詰め寄られながら、カラ松くんは、カゴに入ったあるものを差し出した。
「これを……これを使えば、元々かわいいトト子ちゃんが、さらにグレートに輝くはずだ……!!」
それは、表面が色とりどりのラメの紙切れ。
いわゆる紙吹雪に使われるアレだ。
「カラ松くん、これって……」
「つまり……!」
「ああ、そうだ」
喜色満面のトト子ちゃんと、嫌な予感でいっぱいの私の前で、彼はキメ顔で微笑んだ。
「みんな~~!!」
「イェーーー!!」
「お魚、食べてるーー!?」
「はーーい!!」
「トト子のこと、好きーー?」
「大、大、大好きーーーー!!」
「この世でいっちばんかわいいのはーー?」
「トト子ちゃーーーん!!」
6人のファンで大盛り上がりのライブ会場。
ステージの上には、魚の衣裳に身を包み、ファンへ呼びかけるトト子ちゃん。そして……
「…………」
カエルの着ぐるみを着て、せっせとトト子ちゃんへ紙吹雪を舞い散らせる私。
トト子ちゃんは眩しいステージの上で、色とりどりの紙吹雪の中、キラキラと輝いていた。
「ねーみんなー! トト子、輝いてるーー?」
「すっげー輝いてるーー!!」
「この世でいちばん?」
「キラッキラだよーーーー!!」
「よーし、私の歌を聴けーーーー!!」
「イェーーーイ!!!」
私、何やってるんだろう。
よく分からないまま、私はある意味特等席で、トト子ちゃんのライブを堪能するのだった。