ストップ、松囃子!
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
5 公園で羊羹を
「おーいナマエ〜。資料ありがと」
「ううん、どういたしまして」
大学の廊下で。私を呼び止めて書籍数冊を手渡してきたのは、学部内で一番仲の良い友人だ。
貸していた資料を受け取り、よいしょと持ち直す私へ、友人はさらにビニール袋を手渡してきた。
「なにこれ?」と袋を覗き込むと、中身は……みかんゼリー?
「? どうしたのこれ?」
「みかんゼリー。好きでしょ?」
「そうだけど……なんで急にゼリー?」
「いや、資料のお礼のつもりだけど」
お礼。
そのワードに私の脳の動きがはたと止まる。
「おーい、どうしたナマエ〜?」
「……それだ」
「はい?」
「それだ! 私ちゃんとお礼してない!」
「どうしたナマエ?」
ずっとずっと、何かが引っかかってたんだ。でもこの瞬間に全てのもやもやが吹き飛んだ。
「これ、ありがとね! 美味しくいただきます!」
「おうおう。ちゃんと冷やして食べるんだよ〜」
「あとおかげで大事なこと思い出せた! ありがと!」
「? よくわかんないけど、どういたしまして」
友人に感謝を伝え、私は大学からいったん帰宅して、それから商店街へ向かうことにした。友人はきっとわけが分かんなかったことでしょう……ごめんね!
そう。私はすっかり失念していたのだ。
カラ松くんに、助けてもらったお礼をするのを。
助けてもらったお礼。そう、あの日の公園での一件のことだ。カラ松くんと知り合うきっかけになった、あの事件。
ヤクザさんに絡まれて危うく裏世界デビューしかけた私を、なんやかんやで彼が救ってくれた……のだけど。
私ときたら、お礼と称して売れ残りのティッシュを押し付けただけじゃあありませんか。まあ、あの時手持ちのお金も少なかったし、それまでのカラ松くんの不審者っぷりを考えれば、安易に連絡先も伝えられなかったし。私としても致し方ない事情てんこ盛りではあったけど。
まあでも……一応今現在、お互い知り合いくらいの立ち位置にはなったからね。あの厄介な六つ子ニートの一員に借りを作りっぱなしというのも、なんだか癪だし。
相手が相手でも、最低限の礼節は尽くすべきでしょう。後からあーだこーだ言われないためにも。
そんな考えで、私はスマホで贈答品を検索して品定めしつつ、商店街をぶらつくのであった。うーん、どれがいいかなぁ……できれば安くてそれなりに見栄えがするやつ! そして貧乏学生の懐に優しいやつ!
……と、思ってたんだけど。
「あ、いたいた」
そして次の日曜日。午前中だけのバイトを終えて、あの公園に来てみれば。
いつもの橋のところに彼はいました。よし、ここに来て正解だった。松野家に持って行ってもよかったのかもしれないけど、ほかのニートに捕まると厄介だからねぇ。うんうん。
私はちょっとずっしりする紙袋を持ち直し、少し離れたところに見える革ジャンの背中目指して軽く走った。
「おーい」
カラ松くーん、なんて声をかけようとしたところで。
「フッ、来たかいカラ松Girl……って、フフッ……キミか」
「いやちょっと待って痛い痛い痛い痛い!!!!」
突如、私のアバラ周辺は激痛に見舞われたのです。やばい! 呼吸できない! しぬ!
「どうしたマイハニー? 急に胸を抑えてかがみ込んで……フッ、オレという輝きを直視できないかい?」
「確かに! 確かに直視できない! 確かに輝いてはいるけれど!!」
私。必死で呼吸を整えながら、決死の思いでツッコんだ。
「なにそのギラギラのズボン!!!!!!」
今日のカラ松くんのファッション。革ジャンにクソタンクトップ、スパンコールギラギラの謎ズボン。無事私のアバラは死にました。南無。
あのね。ただお礼を渡したいだけなのにね。
一度帰宅して着替えてもらう必要があるとは私、夢にも思わなかったよ。
まあでも着替えてもらわないとね、全身複雑骨折するからね私。申し訳ないけど、着替えてもらわないとね?
ただまあ、一度家に帰ってまた公園に戻ってもらうのも手間だろうし、私も松野家にお邪魔しようかとは提案してみたんだけど。
「いやハニー、ここで待っていてくれ。一緒に家に帰るとブラザーがうるさい」
「そうだろうね」
納得の理由で、彼本人から一時帰宅を希望されてしまったのだ。まあ、確かにうるさいだろうねー。私もうっかりおそ松くんあたりに出くわしてからかわれるのは嫌なので、賛成です。
「フッ、オレが戻ってきた暁には……キミの望み通り、このカラ松を独り占めさせてや……」
「いいから! はい駆け足! ハリアップ!」
そんなこんなで、待つことしばし。カラ松くんはいつもの青パーカーで再登場してくれた。ああ、この格好が一番ホッとする。
んで、立ち話もなんだからと、二人してベンチに腰掛けてるんだけど。
「………………フッ」
この人、不自然に背もたれに身を預けて、チラッチラこっちを見てくるんですけど。その若干傾いた座り方はアレですか。その体の左側のスペースに入ってこいと。そういうことなのか。「カラ松のここ、空いてるぜ?」ってことなのか。その割には、私からめっちゃ距離とってベンチの端っこに座っちゃってるけど。
まったくもう……童貞か!
……童貞だったわ。
とにかくいちいちつっこむのも面倒くさいので、私は単刀直入に切り出した。
「あのねカラ松くん。これ、この間のお礼」
「フッ…………お礼?」
「ここで、ヤクザさんを追っ払ってくれた時のことだよ」
言いながら、私は紙袋をずいっと差し出した。
すると。
「オ、オレにか!?」
しゅばっ!
さっきまでの、余裕あるようでその実余裕なきカッコつけから一転。カラ松くんは嬉しそうな表情で、一気に距離を詰めてきた。ベンチの上で正座して、大事そうに紙袋を抱えている。
「あのとき、ちゃんとお礼できてなかったから……」
「? お礼なら大量のティッシュをもらったはずだが……」
「あ、あんなのじゃ釣り合わないでしょ! 私、危ないところだったんだから……」
そう、ティッシュじゃ到底釣り合わないくらい、大きな借りが彼にあるのだ。下手したらフーゾクとか、そういうところで働く羽目になってたかもしれないんだし。
「改めて、助けてくれてありがとう」
もう一度、ちゃんとお礼を言う。
感謝の意を伝えたいのは本当だ。今まで、彼とか彼らのぶっとびっぷりに振り回されて、伝えるのが少し遅くなっちゃったけど。
そ……それに、結局お礼の品も奮発したし! のらやの羊羹! 高かった!
お気に召してくれたらいいんだけど……
カラ松くんときたら、私の言葉にうんともすんとも言わず、ずっと紙袋を抱え込んでいる。と、急にその目が潤み始めた。ぐすっと鼻まで鳴らして……え!? 泣きそうになってる!?
「どうしたの!? それ嫌いだった!?」
「ち、違う……! う、嬉しすぎて……!」
なんだそりゃ。なんとも気が抜ける答えに、私、ベンチに座ったままずっこけそうになる。
「お、女の子からのプレゼント……!」
「もう、そんな大したものじゃないってば! ただのお礼!」
「生ぎででよがっだ〜!!」
「大げさだなぁ……」
ワッ! と漫画のように、噴水みたいな涙を流すカラ松くん。思ってた以上に喜んでもらえて……その、複雑な気分! そこまで号泣するかなぁ!
「うっ、うっ……ありがとう……一生大切にする……!」
「いや、それ食べ物だから!」
お願いします、お早めにお召し上がりください!
あまりにも湿っぽい喜び方に、私が呆れていると。
「よし、それじゃあ今食べよう!」
さっきまでの涙はどこへやら。カラ松くんは一転、わくわくした表情で紙袋から菓子箱を取り出した。なんだこの人。喜怒哀楽に落ち着きがない。
「のらやの羊羹だ! すごいな、高かっただろう?」
「そうだよ、奮発したんだよ」
「フッ、そこまでオレのことを……」
「違います! あくまでお礼の品です! 助けてもらったことに対する義理! それ以上でも以下でもないからね!」
「うん、美味いな!」
「そして開封して食べるのが早い!!」
本当になんなんだろう、この人……
無駄にカッコつけるし、人の話は聞かないし、羊羹食べるの早いし。
私が呆れていると。
「? 食べないのか?」
「へ?」
カラ松くんは不思議そうな顔で、羊羹の箱を差し出してきた。
いやいやいや。
「いや、きみにあげたものだし。私が食べるわけには……」
「堅いことはいいだろう? さあ」
辞退するけど、カラ松くんには通用しないらしい。
私が選んだのらやの羊羹は、ファミリーでちょいちょいつまめる個包装タイプの詰め合わせだ。彼だけでなく、ご両親や兄弟たちにも分けてもらえるように。だから個数には余裕がある。
……まあいっか。一個くらい頂いても。贈った相手も、こう言ってることだし。
一つ手にとって、包装をピリッと破き。
ぷるんとした羊羹を、一口かじる。さすがのらや、上品な甘み。
「うん、美味しい」
「だな。さすが高い羊羹」
もむもむもむ。
公園のベンチで、二人座って羊羹を味わう。
なんか変な感じ。
少し前まで、私にとってのカラ松くんはただの不審者だったのに。
その不審者と、ここで羊羹を食べることになるなんて。
と、不意にカラ松くんが口を開いた。
「変な感じだな。キミとここで羊羹を食べてるなんて」
「へ?」
そしてまさかの思考かぶり。今しがたまで考えていたことと同じことを口にされて、思わずそちらを見てしまう。視界に映る彼は、いつものナルシストではなくて……なんていうか、普通の青年だった。
「実は、キミのことがずっと気になっていたんだ」
「…………………………はい?」
そして突然の告白めいた台詞。
え、あの……どうした? いつものカッコつけではなくて、なんか普通のテンションでそういうこと言うの、ちょっと……困る!
唐突なロマンスの気配に、私が混乱していると。
「この公園でずっとティッシュ配りをしていただろう? この、人通りのない公園で。もらってくれる人もほとんどいないのに」
「うん……?」
「よくあんな不毛なことができるなと思ってな」
な! んな!!
ロマンスの気配とかとんでもない! 普通に失礼なこと言われた! まあ本当に不毛なバイトだったけどさ!
「キミのあの姿を見ていると、やっぱり労働なんかするもんじゃないと……そう決意を新たにすることができたんだ。礼を言うぜカラ松Girl! センキューマイハニー! センキューモラトリアム!」
ほら! またなんかカッコつけ始めたし! む、ムカつく!
しかもカッコつけたところで、言ってることはただのニート宣言! 全然カッコよくない!
くそう、言ったれナマエ!! 不毛だったのは私だけじゃないって!!
「そっちだって! 毎日毎日されるはずもない逆ナン待ち!! 私は時給発生するけど、カラ松くんは何も生み出してないじゃん! きみの方が一億倍不毛な時間過ごしてたからね!!」
「フッ……キミもオレのことを見ていたんだな! これぞデスティニー!」
「あーーーもう!! ディスりが通用しない!! なんだこいつ!!」
もーーーー!!
さっきまでわりと普通だったのに、急に失礼なこと言ってくるし急にカッコつけ始めるし!! 本当になんなんだこの人!!
ま、まあでも。
この間助けてもらったときとか、さっきみたいな普通の青年っぽい雰囲気のときとか。
まったくカッコよくないわけじゃ……ないんだけどなぁ。
「……カラ松くん、普通にしてたらいいのに」
「フッ、これがオレの普通」
「いや、足組み直すだけでいちいちそんな大きく動かなくていいから。普通じゃないから」
「普通じゃない……褒め言葉だ!」
「あーー! 通じないなあ会話がーー!!」
さっきの普通のカラ松くんは幻か何かだったのだろうか。
私はどさくさに紛れて、二個目の羊羹も手に取った。うん、高い羊羹美味しい!!
「どうだいハニー? オレとのスウィートなひとときは……?」
「ん、芋羊羹うまっ! もう一個もらっていい?」
「あの……ハニー?」
そんなわけで、結局私は三個目にも手を出すのだった。
抜けるような青い空の下で食べる、高い羊羹……プライスレス!
「……しゃべり方うつっちゃったじゃん……」
「えっ?」
「おーいナマエ〜。資料ありがと」
「ううん、どういたしまして」
大学の廊下で。私を呼び止めて書籍数冊を手渡してきたのは、学部内で一番仲の良い友人だ。
貸していた資料を受け取り、よいしょと持ち直す私へ、友人はさらにビニール袋を手渡してきた。
「なにこれ?」と袋を覗き込むと、中身は……みかんゼリー?
「? どうしたのこれ?」
「みかんゼリー。好きでしょ?」
「そうだけど……なんで急にゼリー?」
「いや、資料のお礼のつもりだけど」
お礼。
そのワードに私の脳の動きがはたと止まる。
「おーい、どうしたナマエ〜?」
「……それだ」
「はい?」
「それだ! 私ちゃんとお礼してない!」
「どうしたナマエ?」
ずっとずっと、何かが引っかかってたんだ。でもこの瞬間に全てのもやもやが吹き飛んだ。
「これ、ありがとね! 美味しくいただきます!」
「おうおう。ちゃんと冷やして食べるんだよ〜」
「あとおかげで大事なこと思い出せた! ありがと!」
「? よくわかんないけど、どういたしまして」
友人に感謝を伝え、私は大学からいったん帰宅して、それから商店街へ向かうことにした。友人はきっとわけが分かんなかったことでしょう……ごめんね!
そう。私はすっかり失念していたのだ。
カラ松くんに、助けてもらったお礼をするのを。
助けてもらったお礼。そう、あの日の公園での一件のことだ。カラ松くんと知り合うきっかけになった、あの事件。
ヤクザさんに絡まれて危うく裏世界デビューしかけた私を、なんやかんやで彼が救ってくれた……のだけど。
私ときたら、お礼と称して売れ残りのティッシュを押し付けただけじゃあありませんか。まあ、あの時手持ちのお金も少なかったし、それまでのカラ松くんの不審者っぷりを考えれば、安易に連絡先も伝えられなかったし。私としても致し方ない事情てんこ盛りではあったけど。
まあでも……一応今現在、お互い知り合いくらいの立ち位置にはなったからね。あの厄介な六つ子ニートの一員に借りを作りっぱなしというのも、なんだか癪だし。
相手が相手でも、最低限の礼節は尽くすべきでしょう。後からあーだこーだ言われないためにも。
そんな考えで、私はスマホで贈答品を検索して品定めしつつ、商店街をぶらつくのであった。うーん、どれがいいかなぁ……できれば安くてそれなりに見栄えがするやつ! そして貧乏学生の懐に優しいやつ!
……と、思ってたんだけど。
「あ、いたいた」
そして次の日曜日。午前中だけのバイトを終えて、あの公園に来てみれば。
いつもの橋のところに彼はいました。よし、ここに来て正解だった。松野家に持って行ってもよかったのかもしれないけど、ほかのニートに捕まると厄介だからねぇ。うんうん。
私はちょっとずっしりする紙袋を持ち直し、少し離れたところに見える革ジャンの背中目指して軽く走った。
「おーい」
カラ松くーん、なんて声をかけようとしたところで。
「フッ、来たかいカラ松Girl……って、フフッ……キミか」
「いやちょっと待って痛い痛い痛い痛い!!!!」
突如、私のアバラ周辺は激痛に見舞われたのです。やばい! 呼吸できない! しぬ!
「どうしたマイハニー? 急に胸を抑えてかがみ込んで……フッ、オレという輝きを直視できないかい?」
「確かに! 確かに直視できない! 確かに輝いてはいるけれど!!」
私。必死で呼吸を整えながら、決死の思いでツッコんだ。
「なにそのギラギラのズボン!!!!!!」
今日のカラ松くんのファッション。革ジャンにクソタンクトップ、スパンコールギラギラの謎ズボン。無事私のアバラは死にました。南無。
あのね。ただお礼を渡したいだけなのにね。
一度帰宅して着替えてもらう必要があるとは私、夢にも思わなかったよ。
まあでも着替えてもらわないとね、全身複雑骨折するからね私。申し訳ないけど、着替えてもらわないとね?
ただまあ、一度家に帰ってまた公園に戻ってもらうのも手間だろうし、私も松野家にお邪魔しようかとは提案してみたんだけど。
「いやハニー、ここで待っていてくれ。一緒に家に帰るとブラザーがうるさい」
「そうだろうね」
納得の理由で、彼本人から一時帰宅を希望されてしまったのだ。まあ、確かにうるさいだろうねー。私もうっかりおそ松くんあたりに出くわしてからかわれるのは嫌なので、賛成です。
「フッ、オレが戻ってきた暁には……キミの望み通り、このカラ松を独り占めさせてや……」
「いいから! はい駆け足! ハリアップ!」
そんなこんなで、待つことしばし。カラ松くんはいつもの青パーカーで再登場してくれた。ああ、この格好が一番ホッとする。
んで、立ち話もなんだからと、二人してベンチに腰掛けてるんだけど。
「………………フッ」
この人、不自然に背もたれに身を預けて、チラッチラこっちを見てくるんですけど。その若干傾いた座り方はアレですか。その体の左側のスペースに入ってこいと。そういうことなのか。「カラ松のここ、空いてるぜ?」ってことなのか。その割には、私からめっちゃ距離とってベンチの端っこに座っちゃってるけど。
まったくもう……童貞か!
……童貞だったわ。
とにかくいちいちつっこむのも面倒くさいので、私は単刀直入に切り出した。
「あのねカラ松くん。これ、この間のお礼」
「フッ…………お礼?」
「ここで、ヤクザさんを追っ払ってくれた時のことだよ」
言いながら、私は紙袋をずいっと差し出した。
すると。
「オ、オレにか!?」
しゅばっ!
さっきまでの、余裕あるようでその実余裕なきカッコつけから一転。カラ松くんは嬉しそうな表情で、一気に距離を詰めてきた。ベンチの上で正座して、大事そうに紙袋を抱えている。
「あのとき、ちゃんとお礼できてなかったから……」
「? お礼なら大量のティッシュをもらったはずだが……」
「あ、あんなのじゃ釣り合わないでしょ! 私、危ないところだったんだから……」
そう、ティッシュじゃ到底釣り合わないくらい、大きな借りが彼にあるのだ。下手したらフーゾクとか、そういうところで働く羽目になってたかもしれないんだし。
「改めて、助けてくれてありがとう」
もう一度、ちゃんとお礼を言う。
感謝の意を伝えたいのは本当だ。今まで、彼とか彼らのぶっとびっぷりに振り回されて、伝えるのが少し遅くなっちゃったけど。
そ……それに、結局お礼の品も奮発したし! のらやの羊羹! 高かった!
お気に召してくれたらいいんだけど……
カラ松くんときたら、私の言葉にうんともすんとも言わず、ずっと紙袋を抱え込んでいる。と、急にその目が潤み始めた。ぐすっと鼻まで鳴らして……え!? 泣きそうになってる!?
「どうしたの!? それ嫌いだった!?」
「ち、違う……! う、嬉しすぎて……!」
なんだそりゃ。なんとも気が抜ける答えに、私、ベンチに座ったままずっこけそうになる。
「お、女の子からのプレゼント……!」
「もう、そんな大したものじゃないってば! ただのお礼!」
「生ぎででよがっだ〜!!」
「大げさだなぁ……」
ワッ! と漫画のように、噴水みたいな涙を流すカラ松くん。思ってた以上に喜んでもらえて……その、複雑な気分! そこまで号泣するかなぁ!
「うっ、うっ……ありがとう……一生大切にする……!」
「いや、それ食べ物だから!」
お願いします、お早めにお召し上がりください!
あまりにも湿っぽい喜び方に、私が呆れていると。
「よし、それじゃあ今食べよう!」
さっきまでの涙はどこへやら。カラ松くんは一転、わくわくした表情で紙袋から菓子箱を取り出した。なんだこの人。喜怒哀楽に落ち着きがない。
「のらやの羊羹だ! すごいな、高かっただろう?」
「そうだよ、奮発したんだよ」
「フッ、そこまでオレのことを……」
「違います! あくまでお礼の品です! 助けてもらったことに対する義理! それ以上でも以下でもないからね!」
「うん、美味いな!」
「そして開封して食べるのが早い!!」
本当になんなんだろう、この人……
無駄にカッコつけるし、人の話は聞かないし、羊羹食べるの早いし。
私が呆れていると。
「? 食べないのか?」
「へ?」
カラ松くんは不思議そうな顔で、羊羹の箱を差し出してきた。
いやいやいや。
「いや、きみにあげたものだし。私が食べるわけには……」
「堅いことはいいだろう? さあ」
辞退するけど、カラ松くんには通用しないらしい。
私が選んだのらやの羊羹は、ファミリーでちょいちょいつまめる個包装タイプの詰め合わせだ。彼だけでなく、ご両親や兄弟たちにも分けてもらえるように。だから個数には余裕がある。
……まあいっか。一個くらい頂いても。贈った相手も、こう言ってることだし。
一つ手にとって、包装をピリッと破き。
ぷるんとした羊羹を、一口かじる。さすがのらや、上品な甘み。
「うん、美味しい」
「だな。さすが高い羊羹」
もむもむもむ。
公園のベンチで、二人座って羊羹を味わう。
なんか変な感じ。
少し前まで、私にとってのカラ松くんはただの不審者だったのに。
その不審者と、ここで羊羹を食べることになるなんて。
と、不意にカラ松くんが口を開いた。
「変な感じだな。キミとここで羊羹を食べてるなんて」
「へ?」
そしてまさかの思考かぶり。今しがたまで考えていたことと同じことを口にされて、思わずそちらを見てしまう。視界に映る彼は、いつものナルシストではなくて……なんていうか、普通の青年だった。
「実は、キミのことがずっと気になっていたんだ」
「…………………………はい?」
そして突然の告白めいた台詞。
え、あの……どうした? いつものカッコつけではなくて、なんか普通のテンションでそういうこと言うの、ちょっと……困る!
唐突なロマンスの気配に、私が混乱していると。
「この公園でずっとティッシュ配りをしていただろう? この、人通りのない公園で。もらってくれる人もほとんどいないのに」
「うん……?」
「よくあんな不毛なことができるなと思ってな」
な! んな!!
ロマンスの気配とかとんでもない! 普通に失礼なこと言われた! まあ本当に不毛なバイトだったけどさ!
「キミのあの姿を見ていると、やっぱり労働なんかするもんじゃないと……そう決意を新たにすることができたんだ。礼を言うぜカラ松Girl! センキューマイハニー! センキューモラトリアム!」
ほら! またなんかカッコつけ始めたし! む、ムカつく!
しかもカッコつけたところで、言ってることはただのニート宣言! 全然カッコよくない!
くそう、言ったれナマエ!! 不毛だったのは私だけじゃないって!!
「そっちだって! 毎日毎日されるはずもない逆ナン待ち!! 私は時給発生するけど、カラ松くんは何も生み出してないじゃん! きみの方が一億倍不毛な時間過ごしてたからね!!」
「フッ……キミもオレのことを見ていたんだな! これぞデスティニー!」
「あーーーもう!! ディスりが通用しない!! なんだこいつ!!」
もーーーー!!
さっきまでわりと普通だったのに、急に失礼なこと言ってくるし急にカッコつけ始めるし!! 本当になんなんだこの人!!
ま、まあでも。
この間助けてもらったときとか、さっきみたいな普通の青年っぽい雰囲気のときとか。
まったくカッコよくないわけじゃ……ないんだけどなぁ。
「……カラ松くん、普通にしてたらいいのに」
「フッ、これがオレの普通」
「いや、足組み直すだけでいちいちそんな大きく動かなくていいから。普通じゃないから」
「普通じゃない……褒め言葉だ!」
「あーー! 通じないなあ会話がーー!!」
さっきの普通のカラ松くんは幻か何かだったのだろうか。
私はどさくさに紛れて、二個目の羊羹も手に取った。うん、高い羊羹美味しい!!
「どうだいハニー? オレとのスウィートなひとときは……?」
「ん、芋羊羹うまっ! もう一個もらっていい?」
「あの……ハニー?」
そんなわけで、結局私は三個目にも手を出すのだった。
抜けるような青い空の下で食べる、高い羊羹……プライスレス!
「……しゃべり方うつっちゃったじゃん……」
「えっ?」