ストップ、松囃子!
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3 大迷惑ビフォーアフター!
六人全員無職童貞クソニートという、負の奇跡に満ちた六つ子との出会いから一週間。
無事に新しいバイトも見つかり、私の日常はひとまず平穏を取り戻していた。
数日前には大変な目に遭ったりしたけども、なんだかんだで生活も前向きだ。こうやって大学から帰る道のりも、何だか足取り軽く感じるのだった。
「ふー、ただいまーっと」
アパートの部屋の鍵を開けて、愛しの我が家へ帰り着く。
しかし私は油断していた。
今思えば、なぜ気付かなかったのだろう。
背後に六人も、悪魔がいたことに……!
「おっじゃましまーす!」
「よいっしょー!」
「十四松、靴脱いで! 土足土足!」
「フッ、邪魔するぜ」
「は!? え、なに!?」
開いたドア、私の背後からドタドタと六人も!
悪魔達は呼ばれもしないのに、再び私の前に姿を現したのだ!一週間ぶりに!
「こらー! なに勝手に上がりこんでんのー!」
「…………」
怒鳴った私に応えたのは、沈黙だった。
「…………」
「? どうしたの?」
部屋の奥を見つめて固まっている六つ子達。部屋には特に変わった様子はない。しばらくの沈黙の後。
「お……」
「お?」
「おっさんくせええええ!」
彼奴らは絶望の表情でこちらを振り返る。なんだ、何がお気に召さなかったの? おっさん?
「ねえ、何この部屋!? ちゃぶ台とかタンスとか、何で家具という家具が黒ずんでるの!?」
「毛足の長いラグは!? ヒラヒラのレースのカーテンは!? ピンクの可愛い小物とかコスメとか一体どこにあんの!?」
「ワンカップのコップに、徳用の焼酎ボトル……いやほんとに女子大生? 引くわー」
「すっげー! 畳のここんとこメチャクチャ毛羽立ってるよ!やっべー!」
やいのやいの。
しゃべりだしたと思ったら、一様に失礼な内容を仰ってくださる。
いや悪ぅございましたね、女の子らしくない部屋で。でもおっさん臭いは言い過ぎだと思う。
「これは……尾崎ベストアルバム……!」
次男は妙なもの見つけてるし。
「いや、それ私のじゃないからね。お父さんに無理矢理押し付けられて……」
「そんなことよりナマエちゃん!」
トッティが切羽詰まった眼差しをこちらへ向ける。
「すごく言いにくいんだけどさ……この部屋マジでヤバいよ!? 女子力の欠片も感じないよ!?」
「そうだよナマエちゃーん。せっかくエロいイベント期待してお邪魔したのに、そんな気全然無くなっちゃったじゃん」
「んなもん期待して来んな!」
なぜいきなり押しかけられた挙句、部屋のセンスに関してこんなに責められねばならないのか。さっさと帰ってほしい。
「よし決めた」
おそ松くんが意を決した表情でこちらを向く。そしてどこからか流れる、不穏なナレーション。
――女子一人が住むには不釣り合いな、おっさん臭溢れる部屋……そんな生活空間に女の子らしさを取り戻すため、六人の匠が今、立ち上がる――
「俺たちでこの部屋を女の子らしくしてあげよう!」
「賛成ー!」
「いや変なナレーションとかいいから、今すぐ帰ってーー!!!!!!」
----------
帰ってほしいという私の願いは、儚くも風の前の塵のようにかき消えた。嗚呼諸行無常。
今現在、アパートの部屋の前。締め出しを食らった私は、虚しくカラスの鳴き声なんぞを聞いている。部屋の中からはガッチャンガッチャンと物騒な音。
たまに黄色パーカーの松がバビュンと外出しバビュンと帰宅していく。模様替えの資材でも調達しているのだろうか。彼が出入りする度、玄関ドアの鍵とチェーンは抜け目なくかけられているようだ。おのれ。
時の経過に比例して高まっていく不安。一体なぜこんなことに。
「おまたせっ、ナマエちゃん!」
「リフォーム終了したっす!」
見慣れたドアが開き、同じ顔がふたつ現れる。ピンクの彼と、黄色の彼。
「えーと、トッティくんと……十一松くん?」
「トド松! いやトッティでもいいんだけどね全然?」
「十四松!」
「あ、あはは! ごめんごめん!」
トッティくんはともかく、十四松くんは勝手に名前から三引いてしまった。確か一松くんっていたから、混同しちゃったんだね。失敬失敬。
気を取り直して。トッティくんと十四松くんは、ちょいちょいと手招きをして見せる。
「さあさあ入って! 結構いい感じになったと思うよ?」
「えっ、ほんとに?」
勝手に部屋を占拠されているにも関わらず、「いい感じ」というワードにころっとほだされる私。
「ほんとほんと! 期待していいよー!」
「へぇ……じゃあさっそく」
お邪魔します、と玄関をくぐる。自宅なのにお邪魔しますとはこれいかに。
「おーっすナマエちゃん! 玄関担当は俺だぜ!」
廊下に立っていたのは、おそ松くんでした。
「へぇ、場所ごとに担当とか決めてるの?」
「そーそー。ま、誰がどこ担当かは見てのお楽しみってことで! そんじゃま玄関だけど~」
おそ松くんに気を取られていた私は、ふと辺りを見回した。そして襲い来る後悔ーー。
「ねえ」
「ん?」
「なにこれ」
誰が玄関の壁一面に競馬新聞を貼れと言った。
「あのね。おっさん臭いだのなんだの言うだけ言っといて、女の子らしい部屋にするとか言っといてさ……」
一瞬ぐっと奥歯を噛み締めて、不満の塊をぶちまける。
「見渡す限りおっさん臭マシマシなんですけど!? 競馬新聞!? 女子大生が読むと思う? いや読む人はいるかもしれないけど、私はギャンブルの類なんか一切たしなまないからね!!!」
「うわーすげえツッコミ。チョロ松いらないね」
一気にしゃべったので、私はゼーハー肩で息をする。おそ松くんは意に介した風もなく、あっけらかんと佇んでいる。腹立つわ。
「いやー、好きだと思ったんだけどねー」
「うぅ、先が思いやられる……」
全然反省の欠片も無さげな赤パーカーはさて置いて。
私は魔界と化した我が家を進まねばならない。
「さて、さっそく次の部屋へ向かうよ!」
いつの間にか案内役ポジションについたトッティが、次なる目的地へと促す。十四松くんはどっか行った。
と、ここで。
「ちょっと誰。俺のこといらないとか言ったの」
「ゲッ、チェリー松!」
台所からひょっこり顔を出したのは、緑パーカーの松。確か、比較的常識人だったはずの彼だ。
「じゃあちょうどいいし、チェリー松兄さん担当のキッチンから見てこっか!」
「うぉいおまえら! 誰がチェリー松だ!」
言っとくけど全員チェリー松だからな! と声を荒げるチェリ……じゃなかった、ええと……
「えーと、ヒョロ松さん」
「ヒョロ松!!?」
「ぶふッ」
驚愕する緑と、噴き出す赤ピンク。しまった、また名前間違っちゃった!?
「ご、ごごご、ごめんなさい! あ、あの」
「ぶひゃー! ヒョ、ヒョロ、ヒョロ松! ヒョロ! ヒィー!」
「ヒョ、ヒョロ松って! もやし感(笑)溢れてるんだけどー! ヒィー!」
「わ、笑うなって! なんだもやし感って! チョロ松! チョロ松だからねナマエちゃん!!」
緑の人、改めチョロ松くん。
「いや、なんかほんとにごめんなさい……」
今だツボに入って笑い続けている2人を見下ろしながら、チョロ松くんに頭を下げる。
「あ、謝らないでよ。こいつらと違って悪気があったわけじゃないんだしさ。でも、確かに六人も同じ顔がいると名前なんて中々覚えられないよね。うん、そこんとこ分かってるしさ、別に傷ついてないよ! 傷ついてないから!」
あ、傷つけてしまったのね。もう本当にすみません……
「で、さっそくだけどヒョロ松兄さん」
「くぉら、ヒョロ松言うな!」
「いいから。キッチンの出来栄えを見せてほしいな!」
案内役トッティ、傷心のチョロ松くんの背中をトントン叩きながら、台所へ突入する。
私も二人の後について、台所へ踏み入れる。
そこは……
「こ、これは……!!」
今まで収納に困った挙句、無理矢理箸立てにさしていたおたまやフライ返しが!
スプーンと一緒にしまっておいた計量スプーンが!
「こんな感じで、百均の突っ張り棒とメッシュ使って、シンクの前に引っ掛けておけるようにしてみたんだ」
よく料理に使う小物たちが、手に取りやすい位置にいい感じに配置されているではないですか!
「うわー、チョロ松兄さん主婦みたい」
「なんつーか地味」
「うっさいわボケ!」
兄弟には酷評されているけど、これは……
「す、すごいよチョロ松くん! 感動したよ私!」
おたまを手に取ったりフックに戻したりしながら、チョロ松くんを振り返る。
「えっ、気に入ってくれたの……?」
「もちろん! へー、突っ張り棒って、こんな使い方できるんだねー!こういう小物ってどう収納していいか分かんなかったから、すごく助かるよ。ありがとう!」
「そ、そう? 嬉しいなー、喜んでもらえると!」
チョロ松くん、照れながらだけど、嬉しそうだ。台所が使いやすくなって、私も嬉しい!
しかし、この状況を不満に思う者が二人。
「ケッ、面白くねーの」
「そうそう、面白みがないよねー」
「あんたらねぇ……」
人んち勝手に改造して面白みとか足さないでくれますか。
──────────────
「はいじゃあ次ー」
トッティの俄然やる気のなくなった案内で連れてこられたのは、トイレ前。
「はい、お次はここ、トイレ!」
「え、担当誰なの?」
「それは開けてみてからのお楽しみ! はーいオープン!」
開かれるトイレのドア。
現れたのは、お尻でした。
「あ」
尻丸出しでこちらを振り向いたのは、ボサボサ髪に眠そうな目。
バタン。
私は扉を閉めた。
それからしばしの沈黙。後、カラカラという音、そしてジャーッと流水音。
ガチャリ。
「トイレ借りてた……」
「あ、うん。普通に用足してから出てくるんだ……」
心なしかスッキリした面持ちの、紫の彼。確か名前は……
「一松くんだっけ?」
「一松は覚えてるんだ……」
チョロ松くんのさみしげな声。それはともかくとして、トイレから出てきたということは……
「トイレ担当は、一松くん?」
「へっ、どうせお似合いだって言うんでしょ? だよね。僕みたいなクズ、トイレで飯食ってるべき……」
「いや誰も言ってないし……」
どうした、いきなり卑屈だぞ。駄洒落じゃないけど、一抹の不安を感じる……
「じゃあさっそく見せてもらうね、一松兄さん!」
「んぁ」
扉を開くと、そこには……!
ニャーン!
ニャーン!
ニャーン!
ねこモチーフのトイレグッズ! 便座カバーやマット、トイレットペーパーのカバーに至るまでがねこ一色ねこまつり!
「か、かわいい……!」
「うわー、さすが猫松だね」
「うそだろ闇松兄さん!」
「ねこしか思い浮かばなかった……」
いや、これはアレですよ。チョロ松くんプロデュースの台所と甲乙つけがたい!
「一松のことだから、トイレに拷問器具でも置くのかと思ってたよ俺」
「あ、そっち方面もありか。ねえ、やりなおしていい?」
「ダメ! 絶対ダメ!」
おそ松くんのせいでとんでもない方向へ軌道修正されるところだった! 危ない危ない。
「いやでも、ほんとかわいいねー。これは女子力かなり上がったんじゃない?」
「そうだねぇ。でも惜しむらくは……」
鼻を掴む指に力を込めながら、私は続ける。
「消臭剤があれば完璧だったかな……」
「さっきのは大だったのかよ……」
「だから普段何食ってんだ一松……」
「サーセン」な四男に、一同鼻声でため息をつくのであった。
「さてお次は~」
洗面所。普段は歯ブラシ、歯磨き粉、タオルくらいしか置いていないそこは、ピンクの小物でひしめいていた。
「ここは……」
「そう、僕だよ!」
ですよね。きゅるりん☆ なあざとい表情のトッティは、喜色満面に説明を始める。
「まずコップでしょー、歯ブラシも地味目だから柄入りのかわいいやつに変えといたから! あと化粧品なさすぎ、僕買い足しといてあげたからね☆ そうそう、この化粧水すっごいイイやつなんだー僕も使ってるんけど、見て! ツヤツヤでしょ!」
「へ、へぇ……」
ノリノリのトッティには悪いけど、化粧品なんて私、あんまり使わない……
うん、確かにお肌ツヤツヤだけどさ……
「そうそう、俺達こういうのを求めてたんだよー!」
「いかにも女の子が住んでる感じ!」
「えー……」
六つ子ウケはいいらしい。いやでも、私にこんな化粧品なんて持たされても、豚に真珠というかなんというか……
「うーん……」
「えっ、反応よくないよこの人!?」
「ほんとに女子大生?」
「トト子ちゃんなら絶対喜んでくれるのに!」
いや誰だよトト子ちゃん……
「もうっ、せっかく一生懸命考えたのにっ! 次っ!」
あららトッティ、ご機嫌斜めに。うーん、頑張って考えてくれたのに、悪いことしちゃったかなぁ……
「次はお風呂場ね」
「ねえ、ちょっといい?」
お風呂場の戸を開けようとするトッティを制して、私は聞き耳を立てる。
チャプ……チャプ……
「誰か入ってるよ!?」
「入ってるね」
いや冷静に返さないでトッティ。他三人もやけにさめた表情してるし。
「あの、先にお風呂場担当教えてもらっていい?」
「うん、カラ松兄さんだよ」
カラ松兄さんだよ。
トッティの返答が、頭の中でこだまする。嫌な予感しかしない。
「はい、じゃあオープン!!」
「わー! 待ってまだ心の準備が!!」
露わになったお風呂場の中には……
Oh Year……
「フッ……禁断の扉を開けてしまったかいカラ松Girl……」
泡風呂につかるサングラスの成人男性(ワイングラス装備)がいたのです。
お風呂場の壁面には、カラ松くんの特大ポスター。前後左右全部の壁に貼ってある。まさに四面カラ松。
ガチャリ。
私は禁断の扉を閉じた。
「…………誰か溶接器具持ってない?」
「なに言ってるのナマエちゃん!? まあ気持ちは分かるけど!」
封印したい。一刻も早く、この風呂場という名の危険かつイタイ領域を封印したい! アーク溶接で! 物理的に!
一瞬見ただけなのに、アバラに深刻なダメージが……!
「うわー、これすごいね」
「ってうわー! なに開けてんのー!?」
私が自失している間に、扉は再び開かれ、カラ松くんの入浴シーンを白日の下にさらしていた。
「えー、これカラ松兄さんが貼り付けたの? イッタイよね~」
「こんなデカい写真どこに発注してんのお前?」
「フッ……企業秘密だぜブラザー」
一体どこの企業のどんな秘密だというのか。
「はー、もうほんとに勘弁して。あのねカラ松くん、一応私女だし、お風呂場にこういうの貼り付けられたら困る……」
呆れながらポスターの角に手を伸ばして。
カリカリカリカリ。
私ははがそうと指を動かすけれど、このポスター、はがれるどころか紙の手ごたえすら一切ない。
「え……まさかコレ……」
「気付いたかいマイハニー、俺という存在が消えてしまわぬよう、直接壁に印刷したのさ」
「はぁぁああ!?」
な、なんてことを……!!
「うわー、壁一面にクソ松とか、超悲惨っすわ」
「えー! ちょっとこれ塗装!? クソ松兄さんえげつなっ!」
「お、おいカラ松! 取れないのかこれ!? イタイ通り越してるよ!!」
「さすがサイコパスの名をほしいままにする男だよな、お前は」
「褒めるなおそ松、照れるぜ」
「照れてる場合かーーー!!」
なんなの!? ほんとになんなの!?
ここ賃貸だよ!? 取れないとか弁償ものだよ!? 敷金無くなるどころか退去時に追加料金かかっちゃうよーー!!
「うっ……頭イタくなってきた……」
「どうしたマイスイート!バファ○ンならここにあるぞ!」
一瞬でバスローブに着替えてバファ○ン持ってくるカラ松くん。
うん、もう、なんて言っていいやら……
「はっ、ちょっと待って……」
ここで私は、あることに気付いてしまった。
残る部屋は居間のみ。そして六人のうち残っているのは……
「ね、ねえ!居間の担当ってつまり……」
「十四松だけど?」
うわーーー!!
コイツら、一番重要な生活空間に核爆弾配置しやがった!
私は知っている。フリーダムな明るい狂人・十四松くんこそ、最大限に警戒すべき相手だと……!
会った回数こそ少ないけれど、それでも彼のヤバさは十分に伝わってきた。黄色は警戒色とよく言ったものだ。
急げ! 私はダッシュで居間へ向かう。事と次第によっては、風呂場より悲惨なことになってそうだ!
ガラッ!
「あっ、ねーさん! らっしゃーせー!」
引き戸を開けると、そこは寿司屋でした。静かで落ち着いた内装は、まるで銀座の老舗店のよう。
「いいネタ入ってまっせー! はいかっぱ巻き!」
数秒後、なんで寿司屋なの、という私の精一杯のツッコミが、日の暮れたアパート周辺にこだまするのであった。
その後。
模様替えに使った費用が、私が押し入れに保管していたヘソクリから捻出されたことが判明し、しっかりと借用書に六つ子全員の拇印を押させて返済を確約させた。
一応まともだった三人のリフォーム代金は、お勘定から引いておいたけど。
結局女の子らしい部屋とは何だったのか。
チョロ松くん、一松くん、トド松くんの作成例は参考になるものの、全体的な仕上がりは至ってカオスそのものだったよね。
競馬新聞と寿司屋のカウンターやら何やらは撤去させたものの……
「取れないってなんなの……」
唯一爪痕が残ったお風呂場で、私はつぶやく。
その後しばらく、カラ松くんに囲まれる落ち着かないバスタイムを送る日々が続くのだった。
六人全員無職童貞クソニートという、負の奇跡に満ちた六つ子との出会いから一週間。
無事に新しいバイトも見つかり、私の日常はひとまず平穏を取り戻していた。
数日前には大変な目に遭ったりしたけども、なんだかんだで生活も前向きだ。こうやって大学から帰る道のりも、何だか足取り軽く感じるのだった。
「ふー、ただいまーっと」
アパートの部屋の鍵を開けて、愛しの我が家へ帰り着く。
しかし私は油断していた。
今思えば、なぜ気付かなかったのだろう。
背後に六人も、悪魔がいたことに……!
「おっじゃましまーす!」
「よいっしょー!」
「十四松、靴脱いで! 土足土足!」
「フッ、邪魔するぜ」
「は!? え、なに!?」
開いたドア、私の背後からドタドタと六人も!
悪魔達は呼ばれもしないのに、再び私の前に姿を現したのだ!一週間ぶりに!
「こらー! なに勝手に上がりこんでんのー!」
「…………」
怒鳴った私に応えたのは、沈黙だった。
「…………」
「? どうしたの?」
部屋の奥を見つめて固まっている六つ子達。部屋には特に変わった様子はない。しばらくの沈黙の後。
「お……」
「お?」
「おっさんくせええええ!」
彼奴らは絶望の表情でこちらを振り返る。なんだ、何がお気に召さなかったの? おっさん?
「ねえ、何この部屋!? ちゃぶ台とかタンスとか、何で家具という家具が黒ずんでるの!?」
「毛足の長いラグは!? ヒラヒラのレースのカーテンは!? ピンクの可愛い小物とかコスメとか一体どこにあんの!?」
「ワンカップのコップに、徳用の焼酎ボトル……いやほんとに女子大生? 引くわー」
「すっげー! 畳のここんとこメチャクチャ毛羽立ってるよ!やっべー!」
やいのやいの。
しゃべりだしたと思ったら、一様に失礼な内容を仰ってくださる。
いや悪ぅございましたね、女の子らしくない部屋で。でもおっさん臭いは言い過ぎだと思う。
「これは……尾崎ベストアルバム……!」
次男は妙なもの見つけてるし。
「いや、それ私のじゃないからね。お父さんに無理矢理押し付けられて……」
「そんなことよりナマエちゃん!」
トッティが切羽詰まった眼差しをこちらへ向ける。
「すごく言いにくいんだけどさ……この部屋マジでヤバいよ!? 女子力の欠片も感じないよ!?」
「そうだよナマエちゃーん。せっかくエロいイベント期待してお邪魔したのに、そんな気全然無くなっちゃったじゃん」
「んなもん期待して来んな!」
なぜいきなり押しかけられた挙句、部屋のセンスに関してこんなに責められねばならないのか。さっさと帰ってほしい。
「よし決めた」
おそ松くんが意を決した表情でこちらを向く。そしてどこからか流れる、不穏なナレーション。
――女子一人が住むには不釣り合いな、おっさん臭溢れる部屋……そんな生活空間に女の子らしさを取り戻すため、六人の匠が今、立ち上がる――
「俺たちでこの部屋を女の子らしくしてあげよう!」
「賛成ー!」
「いや変なナレーションとかいいから、今すぐ帰ってーー!!!!!!」
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帰ってほしいという私の願いは、儚くも風の前の塵のようにかき消えた。嗚呼諸行無常。
今現在、アパートの部屋の前。締め出しを食らった私は、虚しくカラスの鳴き声なんぞを聞いている。部屋の中からはガッチャンガッチャンと物騒な音。
たまに黄色パーカーの松がバビュンと外出しバビュンと帰宅していく。模様替えの資材でも調達しているのだろうか。彼が出入りする度、玄関ドアの鍵とチェーンは抜け目なくかけられているようだ。おのれ。
時の経過に比例して高まっていく不安。一体なぜこんなことに。
「おまたせっ、ナマエちゃん!」
「リフォーム終了したっす!」
見慣れたドアが開き、同じ顔がふたつ現れる。ピンクの彼と、黄色の彼。
「えーと、トッティくんと……十一松くん?」
「トド松! いやトッティでもいいんだけどね全然?」
「十四松!」
「あ、あはは! ごめんごめん!」
トッティくんはともかく、十四松くんは勝手に名前から三引いてしまった。確か一松くんっていたから、混同しちゃったんだね。失敬失敬。
気を取り直して。トッティくんと十四松くんは、ちょいちょいと手招きをして見せる。
「さあさあ入って! 結構いい感じになったと思うよ?」
「えっ、ほんとに?」
勝手に部屋を占拠されているにも関わらず、「いい感じ」というワードにころっとほだされる私。
「ほんとほんと! 期待していいよー!」
「へぇ……じゃあさっそく」
お邪魔します、と玄関をくぐる。自宅なのにお邪魔しますとはこれいかに。
「おーっすナマエちゃん! 玄関担当は俺だぜ!」
廊下に立っていたのは、おそ松くんでした。
「へぇ、場所ごとに担当とか決めてるの?」
「そーそー。ま、誰がどこ担当かは見てのお楽しみってことで! そんじゃま玄関だけど~」
おそ松くんに気を取られていた私は、ふと辺りを見回した。そして襲い来る後悔ーー。
「ねえ」
「ん?」
「なにこれ」
誰が玄関の壁一面に競馬新聞を貼れと言った。
「あのね。おっさん臭いだのなんだの言うだけ言っといて、女の子らしい部屋にするとか言っといてさ……」
一瞬ぐっと奥歯を噛み締めて、不満の塊をぶちまける。
「見渡す限りおっさん臭マシマシなんですけど!? 競馬新聞!? 女子大生が読むと思う? いや読む人はいるかもしれないけど、私はギャンブルの類なんか一切たしなまないからね!!!」
「うわーすげえツッコミ。チョロ松いらないね」
一気にしゃべったので、私はゼーハー肩で息をする。おそ松くんは意に介した風もなく、あっけらかんと佇んでいる。腹立つわ。
「いやー、好きだと思ったんだけどねー」
「うぅ、先が思いやられる……」
全然反省の欠片も無さげな赤パーカーはさて置いて。
私は魔界と化した我が家を進まねばならない。
「さて、さっそく次の部屋へ向かうよ!」
いつの間にか案内役ポジションについたトッティが、次なる目的地へと促す。十四松くんはどっか行った。
と、ここで。
「ちょっと誰。俺のこといらないとか言ったの」
「ゲッ、チェリー松!」
台所からひょっこり顔を出したのは、緑パーカーの松。確か、比較的常識人だったはずの彼だ。
「じゃあちょうどいいし、チェリー松兄さん担当のキッチンから見てこっか!」
「うぉいおまえら! 誰がチェリー松だ!」
言っとくけど全員チェリー松だからな! と声を荒げるチェリ……じゃなかった、ええと……
「えーと、ヒョロ松さん」
「ヒョロ松!!?」
「ぶふッ」
驚愕する緑と、噴き出す赤ピンク。しまった、また名前間違っちゃった!?
「ご、ごごご、ごめんなさい! あ、あの」
「ぶひゃー! ヒョ、ヒョロ、ヒョロ松! ヒョロ! ヒィー!」
「ヒョ、ヒョロ松って! もやし感(笑)溢れてるんだけどー! ヒィー!」
「わ、笑うなって! なんだもやし感って! チョロ松! チョロ松だからねナマエちゃん!!」
緑の人、改めチョロ松くん。
「いや、なんかほんとにごめんなさい……」
今だツボに入って笑い続けている2人を見下ろしながら、チョロ松くんに頭を下げる。
「あ、謝らないでよ。こいつらと違って悪気があったわけじゃないんだしさ。でも、確かに六人も同じ顔がいると名前なんて中々覚えられないよね。うん、そこんとこ分かってるしさ、別に傷ついてないよ! 傷ついてないから!」
あ、傷つけてしまったのね。もう本当にすみません……
「で、さっそくだけどヒョロ松兄さん」
「くぉら、ヒョロ松言うな!」
「いいから。キッチンの出来栄えを見せてほしいな!」
案内役トッティ、傷心のチョロ松くんの背中をトントン叩きながら、台所へ突入する。
私も二人の後について、台所へ踏み入れる。
そこは……
「こ、これは……!!」
今まで収納に困った挙句、無理矢理箸立てにさしていたおたまやフライ返しが!
スプーンと一緒にしまっておいた計量スプーンが!
「こんな感じで、百均の突っ張り棒とメッシュ使って、シンクの前に引っ掛けておけるようにしてみたんだ」
よく料理に使う小物たちが、手に取りやすい位置にいい感じに配置されているではないですか!
「うわー、チョロ松兄さん主婦みたい」
「なんつーか地味」
「うっさいわボケ!」
兄弟には酷評されているけど、これは……
「す、すごいよチョロ松くん! 感動したよ私!」
おたまを手に取ったりフックに戻したりしながら、チョロ松くんを振り返る。
「えっ、気に入ってくれたの……?」
「もちろん! へー、突っ張り棒って、こんな使い方できるんだねー!こういう小物ってどう収納していいか分かんなかったから、すごく助かるよ。ありがとう!」
「そ、そう? 嬉しいなー、喜んでもらえると!」
チョロ松くん、照れながらだけど、嬉しそうだ。台所が使いやすくなって、私も嬉しい!
しかし、この状況を不満に思う者が二人。
「ケッ、面白くねーの」
「そうそう、面白みがないよねー」
「あんたらねぇ……」
人んち勝手に改造して面白みとか足さないでくれますか。
──────────────
「はいじゃあ次ー」
トッティの俄然やる気のなくなった案内で連れてこられたのは、トイレ前。
「はい、お次はここ、トイレ!」
「え、担当誰なの?」
「それは開けてみてからのお楽しみ! はーいオープン!」
開かれるトイレのドア。
現れたのは、お尻でした。
「あ」
尻丸出しでこちらを振り向いたのは、ボサボサ髪に眠そうな目。
バタン。
私は扉を閉めた。
それからしばしの沈黙。後、カラカラという音、そしてジャーッと流水音。
ガチャリ。
「トイレ借りてた……」
「あ、うん。普通に用足してから出てくるんだ……」
心なしかスッキリした面持ちの、紫の彼。確か名前は……
「一松くんだっけ?」
「一松は覚えてるんだ……」
チョロ松くんのさみしげな声。それはともかくとして、トイレから出てきたということは……
「トイレ担当は、一松くん?」
「へっ、どうせお似合いだって言うんでしょ? だよね。僕みたいなクズ、トイレで飯食ってるべき……」
「いや誰も言ってないし……」
どうした、いきなり卑屈だぞ。駄洒落じゃないけど、一抹の不安を感じる……
「じゃあさっそく見せてもらうね、一松兄さん!」
「んぁ」
扉を開くと、そこには……!
ニャーン!
ニャーン!
ニャーン!
ねこモチーフのトイレグッズ! 便座カバーやマット、トイレットペーパーのカバーに至るまでがねこ一色ねこまつり!
「か、かわいい……!」
「うわー、さすが猫松だね」
「うそだろ闇松兄さん!」
「ねこしか思い浮かばなかった……」
いや、これはアレですよ。チョロ松くんプロデュースの台所と甲乙つけがたい!
「一松のことだから、トイレに拷問器具でも置くのかと思ってたよ俺」
「あ、そっち方面もありか。ねえ、やりなおしていい?」
「ダメ! 絶対ダメ!」
おそ松くんのせいでとんでもない方向へ軌道修正されるところだった! 危ない危ない。
「いやでも、ほんとかわいいねー。これは女子力かなり上がったんじゃない?」
「そうだねぇ。でも惜しむらくは……」
鼻を掴む指に力を込めながら、私は続ける。
「消臭剤があれば完璧だったかな……」
「さっきのは大だったのかよ……」
「だから普段何食ってんだ一松……」
「サーセン」な四男に、一同鼻声でため息をつくのであった。
「さてお次は~」
洗面所。普段は歯ブラシ、歯磨き粉、タオルくらいしか置いていないそこは、ピンクの小物でひしめいていた。
「ここは……」
「そう、僕だよ!」
ですよね。きゅるりん☆ なあざとい表情のトッティは、喜色満面に説明を始める。
「まずコップでしょー、歯ブラシも地味目だから柄入りのかわいいやつに変えといたから! あと化粧品なさすぎ、僕買い足しといてあげたからね☆ そうそう、この化粧水すっごいイイやつなんだー僕も使ってるんけど、見て! ツヤツヤでしょ!」
「へ、へぇ……」
ノリノリのトッティには悪いけど、化粧品なんて私、あんまり使わない……
うん、確かにお肌ツヤツヤだけどさ……
「そうそう、俺達こういうのを求めてたんだよー!」
「いかにも女の子が住んでる感じ!」
「えー……」
六つ子ウケはいいらしい。いやでも、私にこんな化粧品なんて持たされても、豚に真珠というかなんというか……
「うーん……」
「えっ、反応よくないよこの人!?」
「ほんとに女子大生?」
「トト子ちゃんなら絶対喜んでくれるのに!」
いや誰だよトト子ちゃん……
「もうっ、せっかく一生懸命考えたのにっ! 次っ!」
あららトッティ、ご機嫌斜めに。うーん、頑張って考えてくれたのに、悪いことしちゃったかなぁ……
「次はお風呂場ね」
「ねえ、ちょっといい?」
お風呂場の戸を開けようとするトッティを制して、私は聞き耳を立てる。
チャプ……チャプ……
「誰か入ってるよ!?」
「入ってるね」
いや冷静に返さないでトッティ。他三人もやけにさめた表情してるし。
「あの、先にお風呂場担当教えてもらっていい?」
「うん、カラ松兄さんだよ」
カラ松兄さんだよ。
トッティの返答が、頭の中でこだまする。嫌な予感しかしない。
「はい、じゃあオープン!!」
「わー! 待ってまだ心の準備が!!」
露わになったお風呂場の中には……
Oh Year……
「フッ……禁断の扉を開けてしまったかいカラ松Girl……」
泡風呂につかるサングラスの成人男性(ワイングラス装備)がいたのです。
お風呂場の壁面には、カラ松くんの特大ポスター。前後左右全部の壁に貼ってある。まさに四面カラ松。
ガチャリ。
私は禁断の扉を閉じた。
「…………誰か溶接器具持ってない?」
「なに言ってるのナマエちゃん!? まあ気持ちは分かるけど!」
封印したい。一刻も早く、この風呂場という名の危険かつイタイ領域を封印したい! アーク溶接で! 物理的に!
一瞬見ただけなのに、アバラに深刻なダメージが……!
「うわー、これすごいね」
「ってうわー! なに開けてんのー!?」
私が自失している間に、扉は再び開かれ、カラ松くんの入浴シーンを白日の下にさらしていた。
「えー、これカラ松兄さんが貼り付けたの? イッタイよね~」
「こんなデカい写真どこに発注してんのお前?」
「フッ……企業秘密だぜブラザー」
一体どこの企業のどんな秘密だというのか。
「はー、もうほんとに勘弁して。あのねカラ松くん、一応私女だし、お風呂場にこういうの貼り付けられたら困る……」
呆れながらポスターの角に手を伸ばして。
カリカリカリカリ。
私ははがそうと指を動かすけれど、このポスター、はがれるどころか紙の手ごたえすら一切ない。
「え……まさかコレ……」
「気付いたかいマイハニー、俺という存在が消えてしまわぬよう、直接壁に印刷したのさ」
「はぁぁああ!?」
な、なんてことを……!!
「うわー、壁一面にクソ松とか、超悲惨っすわ」
「えー! ちょっとこれ塗装!? クソ松兄さんえげつなっ!」
「お、おいカラ松! 取れないのかこれ!? イタイ通り越してるよ!!」
「さすがサイコパスの名をほしいままにする男だよな、お前は」
「褒めるなおそ松、照れるぜ」
「照れてる場合かーーー!!」
なんなの!? ほんとになんなの!?
ここ賃貸だよ!? 取れないとか弁償ものだよ!? 敷金無くなるどころか退去時に追加料金かかっちゃうよーー!!
「うっ……頭イタくなってきた……」
「どうしたマイスイート!バファ○ンならここにあるぞ!」
一瞬でバスローブに着替えてバファ○ン持ってくるカラ松くん。
うん、もう、なんて言っていいやら……
「はっ、ちょっと待って……」
ここで私は、あることに気付いてしまった。
残る部屋は居間のみ。そして六人のうち残っているのは……
「ね、ねえ!居間の担当ってつまり……」
「十四松だけど?」
うわーーー!!
コイツら、一番重要な生活空間に核爆弾配置しやがった!
私は知っている。フリーダムな明るい狂人・十四松くんこそ、最大限に警戒すべき相手だと……!
会った回数こそ少ないけれど、それでも彼のヤバさは十分に伝わってきた。黄色は警戒色とよく言ったものだ。
急げ! 私はダッシュで居間へ向かう。事と次第によっては、風呂場より悲惨なことになってそうだ!
ガラッ!
「あっ、ねーさん! らっしゃーせー!」
引き戸を開けると、そこは寿司屋でした。静かで落ち着いた内装は、まるで銀座の老舗店のよう。
「いいネタ入ってまっせー! はいかっぱ巻き!」
数秒後、なんで寿司屋なの、という私の精一杯のツッコミが、日の暮れたアパート周辺にこだまするのであった。
その後。
模様替えに使った費用が、私が押し入れに保管していたヘソクリから捻出されたことが判明し、しっかりと借用書に六つ子全員の拇印を押させて返済を確約させた。
一応まともだった三人のリフォーム代金は、お勘定から引いておいたけど。
結局女の子らしい部屋とは何だったのか。
チョロ松くん、一松くん、トド松くんの作成例は参考になるものの、全体的な仕上がりは至ってカオスそのものだったよね。
競馬新聞と寿司屋のカウンターやら何やらは撤去させたものの……
「取れないってなんなの……」
唯一爪痕が残ったお風呂場で、私はつぶやく。
その後しばらく、カラ松くんに囲まれる落ち着かないバスタイムを送る日々が続くのだった。