ストップ、松囃子!
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2 巣窟
公園での一件の後。
バイト先のオーナーへ大まかな経緯を説明したところ、公園でのティッシュ配りは当面取りやめ。私は別の場所で別の仕事をすることになった。
公園で私に絡んできたヤ○ザ風の男については、オーナーが警察へ連絡を入れてくれたそうだ。カラ松さんに関しては、「絡まれているところを助けてくれた」とだけ説明しておいた。彼に関する一部始終を全部伝えたら、きっとカラ松さんまで不審者扱いされるに違いない。ていうかまんま不審者だけど。
そんなこんなで、私に課せられた新たなお仕事は……ご町内へのポスティング。
説明しよう、ポスティングとは!
チラシやビラを、各ご家庭の郵便受けにぶち込むだけのお手軽な宣伝活動である! 以上!
そんなわけで私は、「新台入替!」と仰々しくでっかいフォントの踊るチラシ1000部を携えて、ご町内へと足を踏み出すのだった。
半分ほど配り終えたところだろうか。
街と住宅地が半ば混じったような場所。
そこにその家はあった。
ビルとビルに挟まれた、古めかしい木造の一軒家。
私は手提げ袋からチラシを取り出すと、ゆっくり玄関口へ近づいた。
ここのお宅の郵便受けはどこじゃろな……なんて玄関を見回していたところで。
後ろから突然、手に持っていたチラシを引ったくられた。
「なになにー、チラシ? って駅前のパチ屋じゃん! あそこ全然出ねーんだよな〜」
続いて聞こえてくる、のんきな口調。唐突に手に持っていたものを取られたので、びっくりしながらそちらを振り向くと……
私を待ち受けていたのは、二度目のびっくりでした。
「ねえねえ、お姉さんもそう思うでしょー?」
なはは、なんて鼻の下を指でこすりつつ同意を求めてくるその人物。
「カラ松さん……?」
「あ?」
赤いパーカーを着ている彼は、どこからどう見てもいつぞやの不審人物・松野カラ松。今日は革ジャンもサングラスも、変なタンクトップも着ていない。
「え、なになに? カラ松の知り合い?」
カラ松さんは少し驚いた様子でこちらを見る。
ん? でもなんか、受け応えになんだか違和感が……? なぜにそんな他人事のような口ぶり?
「え、えーと、忘れてらっしゃるかもしれないですが、この間公園で助けて頂いた……」
「助けてもらったツルです、ってか!? 恩返しに来ましたーってか!? あ、じゃあ俺、松野カラ松でーす! ……じゃねーな、松野カラ松だぜ、カラ松ガール……なんつってー!」
だははははは! と爆笑し始める彼。
何なんだ。いったい何なんだこのテンション。
この間のカラ松さんとはまるで別人。後半のカラ松ガールの言い方は、私の知ってるカラ松氏に近しい言い方だったけど……
と、そこへ。
「ただいまー。おそ松兄さん何やってんの? てかその子だれ?」
私の背後から、また別の声が発せられる。
「おかえりトッティ。なんかカラ松の知り合いらしい」
トッティと呼ばれたピンクのパーカーを着た彼が、私の前に回り込んできた……って!
って! ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待って! 本日のびっくり三回目!
「へー、カラ松兄さんに女の子の知り合いとかいたんだー……ってマジで!? あんなに色々イッタいのに!? てかどういう知り合い!?」
びっくりしてるトッティくんだけど、私はこの時、多分彼の倍以上驚いていた自信がある。
お……同じ顔がふたつ……
カラ松さんと同じ顔がふたつ……
「え、なんで固まってんの? もしもーし! 人工呼吸しようかー?」
赤パーカーの方が唇尖らせて近づいてきたところで、私は我に返った。
推理しよう。赤パーカーの彼は、さっきトッティくんに「おそ松兄さん」と呼ばれていたから、カラ松さんとはおそらく別人!
そしてカラ松さんも含め、彼らは多分兄弟なんだろう。それも……!
「あ、あの……もしかして三つ子?」
なんかチューチューしてる赤パーカー、改めおそ松さんと、彼を抑えているトッティ君が、「は?」とそろって冷ややかな声を出した。
あれ、違った……?
「あっれぇ、あのバカもしかして言ってないんだ?」
「ボクたちふたりとカラ松兄さんとで、三つ子と思ってるってとこでしょ?」
フフンとトッティくん、小悪魔的な笑み。
いやいやいや。兄さんって呼んでるし、三つ子以外のなんだって言うの?
カラ松さんも含めた彼ら三人の関係が全く読めなくて、クエスチョンマークまみれの私。
そんな私をニヤニヤ見つめて、おそ松さんは突如、家の方へ向けて声を張り上げた。
「ニート達〜! 全員集合〜!」
一瞬の静寂。そして。
「なになになになにおそ松にーさーん!!」
「ちょっと近所迷惑だよおそ松兄さん、つかもう少しボリューム下げて呼べクソ長男!」
「……寝てたんだけど」
「フッ……俺に何か用かなブラザー」
わらわらわらわら。
出るわ出るわ、同じ顔がさらに四つも!!
「ええええええええ!?」
驚く私の前で一列に整列!
親指人差し指中指で「6」の字を作り、一糸乱れぬ発声で仰ってくださいました。
「俺たち六つ子! 同じ顔が六つあったって、いいよな!!」
い……
いいんじゃないかな……
なんという衝撃。本日四回目のびっくりは、インパクトが強すぎた。強すぎて腰抜けそうになる私。というか抜けたし腰。へなへなその場にへたり込んじゃうし。
いやー……初めて見たよ、六つ子なんて。
「ん?」
ポーズを決めたままの六つ子の中の、青いパーカーを着た一人が声を上げる。
「キミはこの間のカラ松Girl!」
「あ、もしかして……」
私が二の句をつぐ前に、彼はポケットから取り出したサングラスを装着した。
「あーーーー! そのサングラスは!」
「フッ……まさかマイホームの前で再会を果たすとは……!」
ああ、このもったいぶった話し方とルー語は間違いない……! 今もなんか無意味にセリフ区切って溜めてるし!
けれど、せっかくカッコつけて言ってる最中のセリフだけど。
「なんという偶然……いや、なんという僥倖! やはりキミとオレとは、運命の……!」
「はいはい長いよクソ松兄さん、どいてどいて!」
喋ってる最中のカラ松さんを押しのけて。
私の前後左右に、五人の同じ顔が群がった。
「ねえねえきみかわいいね! ぼく十四松! 今日の昼飯やきそばだったんだよー! いいでしょー!」
「クソ松に女の知り合い……」
「こら弟たちよ、せっかくの女の子との会話チャンスを奪うんじゃない! 一番最初に話しかけたのは俺だぞ!」
「いやおそ松、彼女は元々オレが……」
「ごめんね〜、騒がしい兄さんたちで! 不快だったら今すぐ片付けるから言ってね! あ、ボクトド松! よろしくね!」
「くぉらトッティ何抜けがけしてんだよ! ……あ、あの! なんかすみません、お見苦しいところをお見せしちゃって。不快だったら今すぐ片付けるんで言ってくださいね!」
「ちょっとチョロ松兄さん、ボクのセリフパクらないでよ! ほんっとオリジナリティのないクソ童貞だよねー」
「あアン!? 童貞にオリジナリティもクソもあるか! つかいま童貞関係ねえだろ!」
わいのわいの。
松野さんちの玄関前、いますごいことになってます。
六つ子……六つ子かー。
しかも、六人全員このそっくりっぷりを見るに、きっと一卵性。どんな確率の奇跡なんだ……本当にすごいな。
はぁ、いるとこにはいるんだね。六つ子。
ひとしきり感動……というか気持ちを落ち着かせたところで、私は使命を思い出した。
「あの、すみません。私バイトの途中なんでこれで失礼します」
「え!? バイト中だったの!?」
みんなてんでバラバラに騒いでいたのに、息ピッタリで一斉に振り向いた。
そうですバイトなんです。
そんなわけでさようなら。
……って、すんなりこの場を立ち去れたらよかったものを。
「えー!? せっかく俺たち知り合えたんだよー? もっとおしゃべりしようよー」
「そうだぜマイスイート! オレ達はまだ、この運命の再会への祝杯を挙げていない!」
「なに!? バイト!? やきゅう!?」
一瞬で退路を断たれただと……!?
信号機みたいな配色の三人に行く手を塞がれて、もう困り果てるしかない。
「あ、あの困ります。時間内にこれ配り終えないといけないし……」
「そうだよ兄さん達、女の子を困らせちゃダメでしょ!」
信号機三人を叱ってくれるのは、ピンクのパーカーのトッティくんだ。
ありがとう……ありがとうトッティくん!
「いやもうほんっとすみません! こらお前ら、道を空けろ! 真人間さまのお通りだ!」
み、緑パーカーの人も……!
よかった、どうやらこの六つ子たちの中でも、この二人には常識や良識が備わっているみたいだ。ありがとう緑&ピンク! ありがとう!
けれども妨害組は不服そうだ。「えー?」と三人分ハモる不満の声。
「じゃあさ、じゃあさ!」
おそ松さんが手を上げる。
「それ、俺たちが配ってこようか! だったら俺たちと遊んでもいいだろ?」
「そ、それは……」
「何言ってんのおそ松兄さん!」
おそ松さんの提案にたじろぐ私だけど、常識人組が割って入ってくれた。
でも、ほっとしたのも束の間。
「ナイスアイデア、さっすがおそ松兄さん!」
「よっしゃああ! 女の子と会話できるー!」
うわーポンコツだったー!!
「なに懐柔されてんのー!!」
思わずツッコんじゃったけど、ダメですこの人たち。全然人の話聞いてない。
「じゃ、俺らちょっくら行ってくるから!」
「行ってきマッスルマッスル!」
いつの間にか、ポスティング用のチラシは全て奪われ、彼らの手中に。
「フッ……いい子で待ってるんだぜ、マイハニー」
「一松見張り頼むなー!」
いってきまーす! と元気に街へ駆けていく六つ子たち……
いや、出かけて行ったのは五人。残る一人は……
「……………………」
ボサボサ髪と紫パーカー。眠そうな目。
一松と呼ばれていた彼だ。玄関の前で体育座りして、どこからか現れた猫を猫じゃらしでじゃらしている。
「…………」
「…………」
やばい、会話が一切ない。さっきまで騒がしかった分、余計沈黙が辛い。
あ、でも。
向こうも話しかけてくる気配ないし……ていうかこっち見てないし。
これ、帰ってもいい感じ?
と思って、二、三歩もといた場所から離れると。
「……帰んの?」
「え!? えーと……」
「…………」
見咎められたものの、一松さんは再び沈黙。
二分くらい経って再チャレンジ。抜き足、差し足……
「ねぇ、帰んの?」
「…………えーと」
み、見てないようで見られてる……!
体張って制止されるわけじゃないけど、なんだろう、この絶妙な居心地の悪さ!
そんな感じで妙な緊張感に、どうしていいか分かんなくなってきた頃。
「…………猫、さわる?」
気を遣ってくれたのか、彼はおずおずと声をかけてくれた。彼の方を振り向けば、いつの間にかめっちゃ猫増えてるし。
「……お言葉に甘えて」
猫には勝てなかったよ……
ニャンコ達をお互い無言でもふもふすること十分ほど。
「はー、一生分働いた〜! お、待っててくれてるじゃん。よくやったぞ一松〜!」
はぁ……ポスティング組が帰ってきてしまった。ていうかめちゃくちゃ早く戻ってきたけど、本当に配ってきたんだろうか。
「待たせたな、カラ松Girl。さあ早速オレとキミとでめくるめく愛の語らいを……」
「すっげえ配ってきたよ! ぼくMVP!」
「あ、ああ、ありがとうございます……」
再びのやかましい空気の中で、私は頭を下げる。いやまあ、勝手にチラシ持ってかれて勝手に配られた手前、感謝を告げるのが適切かどうかちょっと分かんなかったけど。
「あーあー、いいってそんなの。それよりうちに上がって上がって。お茶とお菓子あるよー」
「い、いやでも!」
「あ、安心して! 男六人いるからといって、変なことしないから!」
そう! それだよ!
男六人の巣窟に女ひとり連れ込まれる際の不安ポイントはまさしくそこだよトッティくん!!
私の不安げな表情を察したのか、緑パーカーさんが口を開く。
「大丈夫ですって。僕らそんな、変なことする度胸ないですから!」
「セクロス! セクロス!」
「不安材料しかないんですけど!」
黄色パーカーのやったら明るい子に背中をどつかれながら、私は玄関へ追いやられる。
と、玄関脇に青パーカー!
「フッ……」
カラ松さん! もしや二度までも私を助けて……
「ウェルカムトゥー、マイホーム……!」
だめだ、出迎えてくれただけだった。
ピシャリ。
そして無情にも、私の背後で扉は閉ざされる。カラ松さんだけがまだ外にいるにも関わらず。
「…………え?」
そして居間に通されて今に至ります。ごめんなさいダジャレました。
ちゃぶ台を囲んで並ぶ、同じ顔六人。
壮観だね! どうにでもなれ!
「はい、じゃあ自己紹介はじめまーす。まず俺、松野おそ松!」
そんでなんか始まってるし。
「夢は人間国宝、ビッグ、カリスマレジェンド!あ、そんで俺長男だから。そこんとこヨロシク」
「そしてオレが、松野家に生まれし次男、松野カラ松……そう、キミの! 運命の!」
「はいはい痛い痛い。あ、僕三男の松野チョロ松です。一応兄弟の中で一番常識あるのって僕だからね?」
「四男、松野一松……」
「ハイハイハーイ! おれ、五男十四松でっす!! ヨロシクっす!!」
「で、ボクが末弟のトド松! あ、さっき一回自己紹介したよね。じゃあ二回目は連絡先交換しよっか♪」
「オイコラトッティ抜けがけすんな!」
また言い争いを始める六つ子たちを眺めながら、私は出されたお茶をすする。匂いも味も普通。とりあえず変なものは入れられてないようだ。警戒警戒!
とりあえずこの変なノリに適当に相槌でも打って、隙を見つけてさっさと退散しよう。
でも、その前に。
「あの、カラ松さん」
私はおずおずと青パーカーへ話しかける。うーん、いつもの革ジャンと違ってそこそこ普通に見える……
「どうしたんだい、マイハニー……」
中身は普通じゃなかったわ。それにしても、いちいちカッコつけないと死ぬ病にでもかかっているのだろうか彼は。カラ松氏、前髪をさっと撫でながらこちらを見つめている。
まあその仕草が実に絶妙に腹立たしいのだけれど、改めてちゃんと言わなければなるまい。
「先日はありがとうございました」
「フッ、そのことか」
「どういうこと、カラ松兄さん?」
私たちの会話に、緑パーカーさんが疑問の目を向けてくる。どうやらこの間の出来事は、他の兄弟に行き渡っていないらしい。説明しようと口を開きかけた、その時。
「あー! 思い出した! カラ松、あれだろ? 確か……」
割って入ってきたおそ松さんが、ぽんと手を打った。
「ティッシュの女神ってその子のことだろー! お前がヤ○ザ相手に気合と覇気だけで女の子守って、お礼にティッシュ貰ってきたって話〜。俺一ミリも信じてなかったけど」
「あー、確か先週段ボールいっぱいのティッシュ抱えて帰ってきたよね」
気合と覇気……まあ、うん……物は言いようだよね……
いや、それよりも……
「ティッシュの……女神?」
なんなのその、あまりにも情けない女神さまは。
「そう、キミはあの時あの公園で、数多の純白の天使の羽(※注:ティッシュのことだと思われる)をオレにくれた……そう、ゆえに!」
ティッシュの女神!
「オレはキミをこう呼んでいる……!」
「………………」
いつの間にかまたかけているサングラスをクイッとしながら、ドヤ顔でカラ松氏は語る。
「さあ、リピートアフターミー! テッシュの!」
「やめてください」
「えっ」
「そうだよカラ松兄さん。ティッシュの女神なんて可哀想だよ」
私の代わりにサングラス男を諭してくれるのは、末っ子トッティくん。しかしカラ松さんは食い下がらない。
「じゃ、じゃあキミのことはなんて呼べばいい?」
「え? えーと……」
あー……そういえば名前言ってなかったっけ。というか、さっきまでカラ松ガールだのマイハニーだかスイートだかポテトだか、好き勝手に呼んでたでしょーに。
そして、そんな次男の声に同調する者が他にも。
「そうだよー。俺たちまだきみの名前聞いてないしさ、どうやって呼んだらいいわけ?」
「そうだそうだー」
長男とその仲間たちも、名前を教えろと騒ぎ始める。
まあ、いいけどね。名前を教えるくらい。
さっそく名乗ろうと私は口を開く、けれど。
「へー、ミョウジナマエっていうんだ」
「住所もわりと近くだね」
「……え?」
名乗る前に名前を言われたうえ、住所がどうのと不穏な話題。
そちらを見れば、不敵な笑みの四男・一松さんと、私の学生証をスマホのカメラでパシャパシャ撮ってるトッティくん。
彼らの前、ちゃぶ台の上には……カバンにしまっていたはずの、私の財布が……!
「え、ちょ、ちょっと待って! 何してんの!?」
「へぇ、ナマエちゃん大学生なんだー」
個人情報ぶっこぬきながら無邪気な笑顔やめて!
「よくやったぞ、一松、トッティ!」
「よくないよ! なに人のカバンと財布勝手にあけてんのー!」
ほとんど犯罪じゃないのこれ! 慌てて財布と学生証を取り戻すものの、六つ子の追撃は止まらない。
「ねえねえナマエちゃん。彼氏いるの?」
「え、ええ!?」
「質問に答えてよー、彼氏いんの?」
「いませんけど……」
「じゃあじゃあ、俺立候補していい?俺といると絶対楽しいよ〜」
「フッ、ブラザー。ナマエにはオレという運命に導かれた恋人が……」
「はいナマエちゃんのスマホ返すね。連絡先交換しといたから。絶対返信してね!」
「いつの間にスマホまで……」
何なんだこの人達。もうマイペース過ぎてついていけないよ……
こうなったら最終手段。適当に理由つけて退散しよう!
「あ、あの!」
張り上げた声に、六つ子のガヤガヤが止まる。
「わ、私そろそろバイト終わるから事務所に戻らないといけないんで、失礼します」
「へー、シフト五時までって書いてあるけど?」
あと二時間あるよね。
悪魔のような微笑で、一松さんは見覚えのあるA4の紙を眺めている。シフト表まで奪われて、もはや私は声も出ない。
観念するしかないのか……
「……分かりました。でも本当に五時までですよ?」
「よっしゃあああああ!!」
六つ子たちの大歓声。
もういいや。好きにしてくれ、エロ方面以外で。
「じゃあナマエちゃん。さっそく自己紹介ね」
「名前と住所と大学はさっき分かったから、それ以外でね!」
赤とピンクの悪魔が良い笑顔で言う。ていうか名前言わない自己紹介って何なのさ。
「えーと、名前と住所と大学以外? 好きな食べ物でも言えばいいの? じゃあたこわさ。はい終わり」
「えー? そんなこと聞きたいんじゃないだよ俺たち。分かってるでしょ、ねえ?」
「それじゃ何を言えばいいんですか」
「例えば、俺たちの中で誰がタイプかとか?」
おそ松さんはわくわくした瞳をこちらへ向けてきた。他の五人の瞳にも、同様に期待に満ちた光が宿る。
でも……
「いや全員同じ顔だし。タイプ以前に誰が誰だか分かんないし」
正直にそう言うと、期待に満ちていた瞳×六人分は、たちまちドブ水の如く濁り切った。しかし。
「じゃあ、この中で恋人にしたいのは誰!?」
「いやさっきと内容おんなじ質問じゃないですか!」
「じゃあじゃあ、この中で人生の伴侶にしたいのは!?」
「だから……!」
「じゃあねじゃあね、この中で毎朝お味噌汁作ってあげたい人は!?」
「将来一緒にお墓に入りたい人はー!?」
「だーかーらー!!」
再び光を取り戻した瞳で繰り返される、結局中身一緒の質問。
さすがに私もツッコミ切れない。
「なんなんですか! ずっと同じ内容の質問ばかり繰り返して!」
「わっかんないの? これ誰か一人選ぶまで終わらないパターンのやつだよ」
赤い悪魔が鼻ほじりながらほざきやがる……
ともかく、この中の誰か一人にしぼらないと解放されないということで。
「えー、じゃあ……」
仕方なしに視線を巡らすと、かち合うのはわくわくした瞳六人分。
しいて選ぶなら……そうだなぁ……
「カラ松さん?」
「ぃやったぁああああ!!」
「ハァ!? ありえなくねえ!?」
青いのを選んだら批難轟々。当の青パーカーは涙流して喜んでるし。
「ねえ何で!? 何でカラ松!?」
「だって公園で助けてもらいましたし! 同じ顔六人の中で誰がいいかって、限定された条件の中で選んだまでです!」
「それって、おれたちがクソ松より男として下ってことでしょ……死のう……」
「ウソだーー!! クソ松兄さんより下なんてーー!!」
他の四人(黄色いのはリーリー言いながら盗塁ごっこ中)がこの世の終わりとばかりに嘆き始めた。というか、カラ松さんは兄弟からどう扱われてんの。
「フッ、気持ちは受け取ったぜ、カラ松Girl。早速だが、このオレと愛のメモリーを紡がないか?」
「結構です」
早々に調子に乗り始めたカラ松氏。私、選択ミスったわ……。
トッティくんか緑の人あたりを選んどけば無難だったのだろうか……。
後悔ひとしおの私だったけど、六つ子たちはそんな私の気持ちなどお構いなし。居間に騒然とした空気が流れ始めた。
「はーい、俺納得いかないんですけどー!」
「ちょっとクソ松埋めてくる」
「早まるな一松! 兄弟から犯罪者を出すわけにはいかん!」
まさに一触即発。スコップ持ってる一松さんが殺気立っていて、ともすれば事件になり兼ねない。ていうかホントにカラ松さんはどんな扱いなんだ。
「あ、あの……」
「はーい異議あり異議ありー!」
「納得いかないんだけどー!」
「クソ松殺す」
「えっ」
「いやいやいや、ナマエちゃんよく考えて! 誰が一番常識的かってことをさぁ!」
「いーやコイツらなんかより、俺だよな俺!」
「僕だって!」
「いーやオレだ!」
「だァってろクソ松!」
本格的に剣呑な空気になってきた。
これ私のせいなの?
いやそうだよね。ただ質問に答えただけなのにね。
一体どうやって収拾つけたらいいんだろう。
「あー、僕いいこと考えた!」
一人珍プレー好プレー集に興じていた明るい狂人が右手を挙げる。
一斉に集まる視線を受け止め、邪気のない笑顔で彼は言った。
「みんなでぶっ潰しあって、最後に残った一人が勝ちでよくない?」
「いいね!!!!!」
「えー!?」
単純明快!
快刀乱麻を断つが如く。五男によって下された決断は、最悪の展開への片道切符でした。
やめて! 初めて訪問したお宅で、血を分けた六つ子達の地獄絵図なんか見たくないよ!
しかし私の祈りは天に通じなかった。
「うおおおお!!」
早速開幕、松による松のための松だらけ残虐デスマッチ。誰だ青いリングに電流金網まで用意したのは。
拳と蹴りと時々石臼が飛び交う大混戦。
もうやだ帰りたい。
そんなカオスのまっただ中だった。
「ただいまー」
それは、おおよそこの殺伐とした空間には似つかわしくない、のんきな声だった。
そう、まるでお買い物から帰ったお母さんのような……
ガラッ
「もー、ニート達。外にまで声聞こえてるわよ。程々にしなさい」
障子戸を開いて現れたのは、それこそお買い物帰りのお母さん然とした方だった。
もしや、彼らのお母さん……?
「あら?」
思わず見てしまった私と、お母さん。バッチリ視線が合う。六つ子達はまだ喧嘩を続けている。
どさり。
お母さんは両手に持っていた買い物袋を落とし、目にも止まらぬ動きで私の正面へ移動すると、がっしりと肩を掴んだ。
「孫ね……!」
ピシャーン!
お母さんの背景に雷が落ちる。
「え、ま、まご?」
「ニート達!」
戸惑う私をよそに、鶴の一声が放たれる。取っ組み合っていた六つ子達が、一瞬にして整列した。
「イェス、マム!」
「教えてちょうだい、この子は誰のコレ?」
お母さん!小指立てないで!
「俺の!」
「オレ!」
「俺!」
「死ねクソ松!」
「ぼく!」
「ボクの!」
「同じ顔を六股……やるわねあなた」
「違います!」
途方もなく酷い勘違いだよ! てか一人全然関係ないこと言ってたよ!
とにかく誤解をとかなくちゃ……!
「あの、断じて違います!私この中の誰ともお付き合いしていません!」
「フッ、すまないマミー、照れ屋な子猫ちゃんなんだ。隠さなくてもいいんだぜマイハニー?」
「だ、黙っててくれますか!?」
「そうそう、照れ屋なだけだもんねーナマエちゃん♪」
「まったくしょうがねぇよな〜」
「あらぁ、照れ屋さんなの」
ヤバい! 明らかに誤解が深まってる!
「ところで今何ヶ月かしら」
「何ヶ月となっ!?」
「見たところ初期といったところかしら」
「初期となっ!?」
お腹をしげしげ見つめながらの質問に、もはや私はたじろぐしかない。
何ヶ月っていうのは……初期っていうのは……つまり……
そういうことですよね……
私は意を決した。
「あの、私、妊娠していませんし、誰とも妊娠に至るようなことはしていませんし、そもそも付き合っていませんし、ほぼ今日初対面です」
嚙み砕くように、この小柄なお母さんに説明する。「えっ、でも孫……」と期待に満ちた瞳が見つめてくるけれど、私とこの六つ子達との薄っぺらい関わりを、一字一句余さず正確に丁寧に、語った。
「そうなの……お嫁さんでなければ彼女でもない。ほぼ他人も同然の関係……」
お母さんはちゃんと分かってくれたようだ。周りから悪魔達の野次が飛び交う中、私はよくやったよ……。
「なら、これから彼女、お嫁さんとランクアップしていくのね!」
「えっ……?」
ランクアップ!? ランクアップって何!?
お母さんの瞳には再び期待の光が輝いている。煌々と。
何この不気味なまでのポジティブ。怖い。
「そうだよ母さん! てわけでヨロシクねーナマエちゃん♪」
「フッ、ここから回り始める恋の歯車……」
「あ、そうそう。せっかくだからお夕飯食べて行きなさい。今日は赤飯よ〜」
「あ、あの……」
「ウッヒョーー!せっきはんせっきはーん!食べまクリーンヒット!」
その後、普通にお夕飯ご馳走になって帰った。
あとバイトの事務所寄るの忘れてクビになった。
思えば、この日からだった。
私の日常に、個性豊かな同じ顔六人のお祭囃子が加わり始めたのは。
公園での一件の後。
バイト先のオーナーへ大まかな経緯を説明したところ、公園でのティッシュ配りは当面取りやめ。私は別の場所で別の仕事をすることになった。
公園で私に絡んできたヤ○ザ風の男については、オーナーが警察へ連絡を入れてくれたそうだ。カラ松さんに関しては、「絡まれているところを助けてくれた」とだけ説明しておいた。彼に関する一部始終を全部伝えたら、きっとカラ松さんまで不審者扱いされるに違いない。ていうかまんま不審者だけど。
そんなこんなで、私に課せられた新たなお仕事は……ご町内へのポスティング。
説明しよう、ポスティングとは!
チラシやビラを、各ご家庭の郵便受けにぶち込むだけのお手軽な宣伝活動である! 以上!
そんなわけで私は、「新台入替!」と仰々しくでっかいフォントの踊るチラシ1000部を携えて、ご町内へと足を踏み出すのだった。
半分ほど配り終えたところだろうか。
街と住宅地が半ば混じったような場所。
そこにその家はあった。
ビルとビルに挟まれた、古めかしい木造の一軒家。
私は手提げ袋からチラシを取り出すと、ゆっくり玄関口へ近づいた。
ここのお宅の郵便受けはどこじゃろな……なんて玄関を見回していたところで。
後ろから突然、手に持っていたチラシを引ったくられた。
「なになにー、チラシ? って駅前のパチ屋じゃん! あそこ全然出ねーんだよな〜」
続いて聞こえてくる、のんきな口調。唐突に手に持っていたものを取られたので、びっくりしながらそちらを振り向くと……
私を待ち受けていたのは、二度目のびっくりでした。
「ねえねえ、お姉さんもそう思うでしょー?」
なはは、なんて鼻の下を指でこすりつつ同意を求めてくるその人物。
「カラ松さん……?」
「あ?」
赤いパーカーを着ている彼は、どこからどう見てもいつぞやの不審人物・松野カラ松。今日は革ジャンもサングラスも、変なタンクトップも着ていない。
「え、なになに? カラ松の知り合い?」
カラ松さんは少し驚いた様子でこちらを見る。
ん? でもなんか、受け応えになんだか違和感が……? なぜにそんな他人事のような口ぶり?
「え、えーと、忘れてらっしゃるかもしれないですが、この間公園で助けて頂いた……」
「助けてもらったツルです、ってか!? 恩返しに来ましたーってか!? あ、じゃあ俺、松野カラ松でーす! ……じゃねーな、松野カラ松だぜ、カラ松ガール……なんつってー!」
だははははは! と爆笑し始める彼。
何なんだ。いったい何なんだこのテンション。
この間のカラ松さんとはまるで別人。後半のカラ松ガールの言い方は、私の知ってるカラ松氏に近しい言い方だったけど……
と、そこへ。
「ただいまー。おそ松兄さん何やってんの? てかその子だれ?」
私の背後から、また別の声が発せられる。
「おかえりトッティ。なんかカラ松の知り合いらしい」
トッティと呼ばれたピンクのパーカーを着た彼が、私の前に回り込んできた……って!
って! ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待って! 本日のびっくり三回目!
「へー、カラ松兄さんに女の子の知り合いとかいたんだー……ってマジで!? あんなに色々イッタいのに!? てかどういう知り合い!?」
びっくりしてるトッティくんだけど、私はこの時、多分彼の倍以上驚いていた自信がある。
お……同じ顔がふたつ……
カラ松さんと同じ顔がふたつ……
「え、なんで固まってんの? もしもーし! 人工呼吸しようかー?」
赤パーカーの方が唇尖らせて近づいてきたところで、私は我に返った。
推理しよう。赤パーカーの彼は、さっきトッティくんに「おそ松兄さん」と呼ばれていたから、カラ松さんとはおそらく別人!
そしてカラ松さんも含め、彼らは多分兄弟なんだろう。それも……!
「あ、あの……もしかして三つ子?」
なんかチューチューしてる赤パーカー、改めおそ松さんと、彼を抑えているトッティ君が、「は?」とそろって冷ややかな声を出した。
あれ、違った……?
「あっれぇ、あのバカもしかして言ってないんだ?」
「ボクたちふたりとカラ松兄さんとで、三つ子と思ってるってとこでしょ?」
フフンとトッティくん、小悪魔的な笑み。
いやいやいや。兄さんって呼んでるし、三つ子以外のなんだって言うの?
カラ松さんも含めた彼ら三人の関係が全く読めなくて、クエスチョンマークまみれの私。
そんな私をニヤニヤ見つめて、おそ松さんは突如、家の方へ向けて声を張り上げた。
「ニート達〜! 全員集合〜!」
一瞬の静寂。そして。
「なになになになにおそ松にーさーん!!」
「ちょっと近所迷惑だよおそ松兄さん、つかもう少しボリューム下げて呼べクソ長男!」
「……寝てたんだけど」
「フッ……俺に何か用かなブラザー」
わらわらわらわら。
出るわ出るわ、同じ顔がさらに四つも!!
「ええええええええ!?」
驚く私の前で一列に整列!
親指人差し指中指で「6」の字を作り、一糸乱れぬ発声で仰ってくださいました。
「俺たち六つ子! 同じ顔が六つあったって、いいよな!!」
い……
いいんじゃないかな……
なんという衝撃。本日四回目のびっくりは、インパクトが強すぎた。強すぎて腰抜けそうになる私。というか抜けたし腰。へなへなその場にへたり込んじゃうし。
いやー……初めて見たよ、六つ子なんて。
「ん?」
ポーズを決めたままの六つ子の中の、青いパーカーを着た一人が声を上げる。
「キミはこの間のカラ松Girl!」
「あ、もしかして……」
私が二の句をつぐ前に、彼はポケットから取り出したサングラスを装着した。
「あーーーー! そのサングラスは!」
「フッ……まさかマイホームの前で再会を果たすとは……!」
ああ、このもったいぶった話し方とルー語は間違いない……! 今もなんか無意味にセリフ区切って溜めてるし!
けれど、せっかくカッコつけて言ってる最中のセリフだけど。
「なんという偶然……いや、なんという僥倖! やはりキミとオレとは、運命の……!」
「はいはい長いよクソ松兄さん、どいてどいて!」
喋ってる最中のカラ松さんを押しのけて。
私の前後左右に、五人の同じ顔が群がった。
「ねえねえきみかわいいね! ぼく十四松! 今日の昼飯やきそばだったんだよー! いいでしょー!」
「クソ松に女の知り合い……」
「こら弟たちよ、せっかくの女の子との会話チャンスを奪うんじゃない! 一番最初に話しかけたのは俺だぞ!」
「いやおそ松、彼女は元々オレが……」
「ごめんね〜、騒がしい兄さんたちで! 不快だったら今すぐ片付けるから言ってね! あ、ボクトド松! よろしくね!」
「くぉらトッティ何抜けがけしてんだよ! ……あ、あの! なんかすみません、お見苦しいところをお見せしちゃって。不快だったら今すぐ片付けるんで言ってくださいね!」
「ちょっとチョロ松兄さん、ボクのセリフパクらないでよ! ほんっとオリジナリティのないクソ童貞だよねー」
「あアン!? 童貞にオリジナリティもクソもあるか! つかいま童貞関係ねえだろ!」
わいのわいの。
松野さんちの玄関前、いますごいことになってます。
六つ子……六つ子かー。
しかも、六人全員このそっくりっぷりを見るに、きっと一卵性。どんな確率の奇跡なんだ……本当にすごいな。
はぁ、いるとこにはいるんだね。六つ子。
ひとしきり感動……というか気持ちを落ち着かせたところで、私は使命を思い出した。
「あの、すみません。私バイトの途中なんでこれで失礼します」
「え!? バイト中だったの!?」
みんなてんでバラバラに騒いでいたのに、息ピッタリで一斉に振り向いた。
そうですバイトなんです。
そんなわけでさようなら。
……って、すんなりこの場を立ち去れたらよかったものを。
「えー!? せっかく俺たち知り合えたんだよー? もっとおしゃべりしようよー」
「そうだぜマイスイート! オレ達はまだ、この運命の再会への祝杯を挙げていない!」
「なに!? バイト!? やきゅう!?」
一瞬で退路を断たれただと……!?
信号機みたいな配色の三人に行く手を塞がれて、もう困り果てるしかない。
「あ、あの困ります。時間内にこれ配り終えないといけないし……」
「そうだよ兄さん達、女の子を困らせちゃダメでしょ!」
信号機三人を叱ってくれるのは、ピンクのパーカーのトッティくんだ。
ありがとう……ありがとうトッティくん!
「いやもうほんっとすみません! こらお前ら、道を空けろ! 真人間さまのお通りだ!」
み、緑パーカーの人も……!
よかった、どうやらこの六つ子たちの中でも、この二人には常識や良識が備わっているみたいだ。ありがとう緑&ピンク! ありがとう!
けれども妨害組は不服そうだ。「えー?」と三人分ハモる不満の声。
「じゃあさ、じゃあさ!」
おそ松さんが手を上げる。
「それ、俺たちが配ってこようか! だったら俺たちと遊んでもいいだろ?」
「そ、それは……」
「何言ってんのおそ松兄さん!」
おそ松さんの提案にたじろぐ私だけど、常識人組が割って入ってくれた。
でも、ほっとしたのも束の間。
「ナイスアイデア、さっすがおそ松兄さん!」
「よっしゃああ! 女の子と会話できるー!」
うわーポンコツだったー!!
「なに懐柔されてんのー!!」
思わずツッコんじゃったけど、ダメですこの人たち。全然人の話聞いてない。
「じゃ、俺らちょっくら行ってくるから!」
「行ってきマッスルマッスル!」
いつの間にか、ポスティング用のチラシは全て奪われ、彼らの手中に。
「フッ……いい子で待ってるんだぜ、マイハニー」
「一松見張り頼むなー!」
いってきまーす! と元気に街へ駆けていく六つ子たち……
いや、出かけて行ったのは五人。残る一人は……
「……………………」
ボサボサ髪と紫パーカー。眠そうな目。
一松と呼ばれていた彼だ。玄関の前で体育座りして、どこからか現れた猫を猫じゃらしでじゃらしている。
「…………」
「…………」
やばい、会話が一切ない。さっきまで騒がしかった分、余計沈黙が辛い。
あ、でも。
向こうも話しかけてくる気配ないし……ていうかこっち見てないし。
これ、帰ってもいい感じ?
と思って、二、三歩もといた場所から離れると。
「……帰んの?」
「え!? えーと……」
「…………」
見咎められたものの、一松さんは再び沈黙。
二分くらい経って再チャレンジ。抜き足、差し足……
「ねぇ、帰んの?」
「…………えーと」
み、見てないようで見られてる……!
体張って制止されるわけじゃないけど、なんだろう、この絶妙な居心地の悪さ!
そんな感じで妙な緊張感に、どうしていいか分かんなくなってきた頃。
「…………猫、さわる?」
気を遣ってくれたのか、彼はおずおずと声をかけてくれた。彼の方を振り向けば、いつの間にかめっちゃ猫増えてるし。
「……お言葉に甘えて」
猫には勝てなかったよ……
ニャンコ達をお互い無言でもふもふすること十分ほど。
「はー、一生分働いた〜! お、待っててくれてるじゃん。よくやったぞ一松〜!」
はぁ……ポスティング組が帰ってきてしまった。ていうかめちゃくちゃ早く戻ってきたけど、本当に配ってきたんだろうか。
「待たせたな、カラ松Girl。さあ早速オレとキミとでめくるめく愛の語らいを……」
「すっげえ配ってきたよ! ぼくMVP!」
「あ、ああ、ありがとうございます……」
再びのやかましい空気の中で、私は頭を下げる。いやまあ、勝手にチラシ持ってかれて勝手に配られた手前、感謝を告げるのが適切かどうかちょっと分かんなかったけど。
「あーあー、いいってそんなの。それよりうちに上がって上がって。お茶とお菓子あるよー」
「い、いやでも!」
「あ、安心して! 男六人いるからといって、変なことしないから!」
そう! それだよ!
男六人の巣窟に女ひとり連れ込まれる際の不安ポイントはまさしくそこだよトッティくん!!
私の不安げな表情を察したのか、緑パーカーさんが口を開く。
「大丈夫ですって。僕らそんな、変なことする度胸ないですから!」
「セクロス! セクロス!」
「不安材料しかないんですけど!」
黄色パーカーのやったら明るい子に背中をどつかれながら、私は玄関へ追いやられる。
と、玄関脇に青パーカー!
「フッ……」
カラ松さん! もしや二度までも私を助けて……
「ウェルカムトゥー、マイホーム……!」
だめだ、出迎えてくれただけだった。
ピシャリ。
そして無情にも、私の背後で扉は閉ざされる。カラ松さんだけがまだ外にいるにも関わらず。
「…………え?」
そして居間に通されて今に至ります。ごめんなさいダジャレました。
ちゃぶ台を囲んで並ぶ、同じ顔六人。
壮観だね! どうにでもなれ!
「はい、じゃあ自己紹介はじめまーす。まず俺、松野おそ松!」
そんでなんか始まってるし。
「夢は人間国宝、ビッグ、カリスマレジェンド!あ、そんで俺長男だから。そこんとこヨロシク」
「そしてオレが、松野家に生まれし次男、松野カラ松……そう、キミの! 運命の!」
「はいはい痛い痛い。あ、僕三男の松野チョロ松です。一応兄弟の中で一番常識あるのって僕だからね?」
「四男、松野一松……」
「ハイハイハーイ! おれ、五男十四松でっす!! ヨロシクっす!!」
「で、ボクが末弟のトド松! あ、さっき一回自己紹介したよね。じゃあ二回目は連絡先交換しよっか♪」
「オイコラトッティ抜けがけすんな!」
また言い争いを始める六つ子たちを眺めながら、私は出されたお茶をすする。匂いも味も普通。とりあえず変なものは入れられてないようだ。警戒警戒!
とりあえずこの変なノリに適当に相槌でも打って、隙を見つけてさっさと退散しよう。
でも、その前に。
「あの、カラ松さん」
私はおずおずと青パーカーへ話しかける。うーん、いつもの革ジャンと違ってそこそこ普通に見える……
「どうしたんだい、マイハニー……」
中身は普通じゃなかったわ。それにしても、いちいちカッコつけないと死ぬ病にでもかかっているのだろうか彼は。カラ松氏、前髪をさっと撫でながらこちらを見つめている。
まあその仕草が実に絶妙に腹立たしいのだけれど、改めてちゃんと言わなければなるまい。
「先日はありがとうございました」
「フッ、そのことか」
「どういうこと、カラ松兄さん?」
私たちの会話に、緑パーカーさんが疑問の目を向けてくる。どうやらこの間の出来事は、他の兄弟に行き渡っていないらしい。説明しようと口を開きかけた、その時。
「あー! 思い出した! カラ松、あれだろ? 確か……」
割って入ってきたおそ松さんが、ぽんと手を打った。
「ティッシュの女神ってその子のことだろー! お前がヤ○ザ相手に気合と覇気だけで女の子守って、お礼にティッシュ貰ってきたって話〜。俺一ミリも信じてなかったけど」
「あー、確か先週段ボールいっぱいのティッシュ抱えて帰ってきたよね」
気合と覇気……まあ、うん……物は言いようだよね……
いや、それよりも……
「ティッシュの……女神?」
なんなのその、あまりにも情けない女神さまは。
「そう、キミはあの時あの公園で、数多の純白の天使の羽(※注:ティッシュのことだと思われる)をオレにくれた……そう、ゆえに!」
ティッシュの女神!
「オレはキミをこう呼んでいる……!」
「………………」
いつの間にかまたかけているサングラスをクイッとしながら、ドヤ顔でカラ松氏は語る。
「さあ、リピートアフターミー! テッシュの!」
「やめてください」
「えっ」
「そうだよカラ松兄さん。ティッシュの女神なんて可哀想だよ」
私の代わりにサングラス男を諭してくれるのは、末っ子トッティくん。しかしカラ松さんは食い下がらない。
「じゃ、じゃあキミのことはなんて呼べばいい?」
「え? えーと……」
あー……そういえば名前言ってなかったっけ。というか、さっきまでカラ松ガールだのマイハニーだかスイートだかポテトだか、好き勝手に呼んでたでしょーに。
そして、そんな次男の声に同調する者が他にも。
「そうだよー。俺たちまだきみの名前聞いてないしさ、どうやって呼んだらいいわけ?」
「そうだそうだー」
長男とその仲間たちも、名前を教えろと騒ぎ始める。
まあ、いいけどね。名前を教えるくらい。
さっそく名乗ろうと私は口を開く、けれど。
「へー、ミョウジナマエっていうんだ」
「住所もわりと近くだね」
「……え?」
名乗る前に名前を言われたうえ、住所がどうのと不穏な話題。
そちらを見れば、不敵な笑みの四男・一松さんと、私の学生証をスマホのカメラでパシャパシャ撮ってるトッティくん。
彼らの前、ちゃぶ台の上には……カバンにしまっていたはずの、私の財布が……!
「え、ちょ、ちょっと待って! 何してんの!?」
「へぇ、ナマエちゃん大学生なんだー」
個人情報ぶっこぬきながら無邪気な笑顔やめて!
「よくやったぞ、一松、トッティ!」
「よくないよ! なに人のカバンと財布勝手にあけてんのー!」
ほとんど犯罪じゃないのこれ! 慌てて財布と学生証を取り戻すものの、六つ子の追撃は止まらない。
「ねえねえナマエちゃん。彼氏いるの?」
「え、ええ!?」
「質問に答えてよー、彼氏いんの?」
「いませんけど……」
「じゃあじゃあ、俺立候補していい?俺といると絶対楽しいよ〜」
「フッ、ブラザー。ナマエにはオレという運命に導かれた恋人が……」
「はいナマエちゃんのスマホ返すね。連絡先交換しといたから。絶対返信してね!」
「いつの間にスマホまで……」
何なんだこの人達。もうマイペース過ぎてついていけないよ……
こうなったら最終手段。適当に理由つけて退散しよう!
「あ、あの!」
張り上げた声に、六つ子のガヤガヤが止まる。
「わ、私そろそろバイト終わるから事務所に戻らないといけないんで、失礼します」
「へー、シフト五時までって書いてあるけど?」
あと二時間あるよね。
悪魔のような微笑で、一松さんは見覚えのあるA4の紙を眺めている。シフト表まで奪われて、もはや私は声も出ない。
観念するしかないのか……
「……分かりました。でも本当に五時までですよ?」
「よっしゃあああああ!!」
六つ子たちの大歓声。
もういいや。好きにしてくれ、エロ方面以外で。
「じゃあナマエちゃん。さっそく自己紹介ね」
「名前と住所と大学はさっき分かったから、それ以外でね!」
赤とピンクの悪魔が良い笑顔で言う。ていうか名前言わない自己紹介って何なのさ。
「えーと、名前と住所と大学以外? 好きな食べ物でも言えばいいの? じゃあたこわさ。はい終わり」
「えー? そんなこと聞きたいんじゃないだよ俺たち。分かってるでしょ、ねえ?」
「それじゃ何を言えばいいんですか」
「例えば、俺たちの中で誰がタイプかとか?」
おそ松さんはわくわくした瞳をこちらへ向けてきた。他の五人の瞳にも、同様に期待に満ちた光が宿る。
でも……
「いや全員同じ顔だし。タイプ以前に誰が誰だか分かんないし」
正直にそう言うと、期待に満ちていた瞳×六人分は、たちまちドブ水の如く濁り切った。しかし。
「じゃあ、この中で恋人にしたいのは誰!?」
「いやさっきと内容おんなじ質問じゃないですか!」
「じゃあじゃあ、この中で人生の伴侶にしたいのは!?」
「だから……!」
「じゃあねじゃあね、この中で毎朝お味噌汁作ってあげたい人は!?」
「将来一緒にお墓に入りたい人はー!?」
「だーかーらー!!」
再び光を取り戻した瞳で繰り返される、結局中身一緒の質問。
さすがに私もツッコミ切れない。
「なんなんですか! ずっと同じ内容の質問ばかり繰り返して!」
「わっかんないの? これ誰か一人選ぶまで終わらないパターンのやつだよ」
赤い悪魔が鼻ほじりながらほざきやがる……
ともかく、この中の誰か一人にしぼらないと解放されないということで。
「えー、じゃあ……」
仕方なしに視線を巡らすと、かち合うのはわくわくした瞳六人分。
しいて選ぶなら……そうだなぁ……
「カラ松さん?」
「ぃやったぁああああ!!」
「ハァ!? ありえなくねえ!?」
青いのを選んだら批難轟々。当の青パーカーは涙流して喜んでるし。
「ねえ何で!? 何でカラ松!?」
「だって公園で助けてもらいましたし! 同じ顔六人の中で誰がいいかって、限定された条件の中で選んだまでです!」
「それって、おれたちがクソ松より男として下ってことでしょ……死のう……」
「ウソだーー!! クソ松兄さんより下なんてーー!!」
他の四人(黄色いのはリーリー言いながら盗塁ごっこ中)がこの世の終わりとばかりに嘆き始めた。というか、カラ松さんは兄弟からどう扱われてんの。
「フッ、気持ちは受け取ったぜ、カラ松Girl。早速だが、このオレと愛のメモリーを紡がないか?」
「結構です」
早々に調子に乗り始めたカラ松氏。私、選択ミスったわ……。
トッティくんか緑の人あたりを選んどけば無難だったのだろうか……。
後悔ひとしおの私だったけど、六つ子たちはそんな私の気持ちなどお構いなし。居間に騒然とした空気が流れ始めた。
「はーい、俺納得いかないんですけどー!」
「ちょっとクソ松埋めてくる」
「早まるな一松! 兄弟から犯罪者を出すわけにはいかん!」
まさに一触即発。スコップ持ってる一松さんが殺気立っていて、ともすれば事件になり兼ねない。ていうかホントにカラ松さんはどんな扱いなんだ。
「あ、あの……」
「はーい異議あり異議ありー!」
「納得いかないんだけどー!」
「クソ松殺す」
「えっ」
「いやいやいや、ナマエちゃんよく考えて! 誰が一番常識的かってことをさぁ!」
「いーやコイツらなんかより、俺だよな俺!」
「僕だって!」
「いーやオレだ!」
「だァってろクソ松!」
本格的に剣呑な空気になってきた。
これ私のせいなの?
いやそうだよね。ただ質問に答えただけなのにね。
一体どうやって収拾つけたらいいんだろう。
「あー、僕いいこと考えた!」
一人珍プレー好プレー集に興じていた明るい狂人が右手を挙げる。
一斉に集まる視線を受け止め、邪気のない笑顔で彼は言った。
「みんなでぶっ潰しあって、最後に残った一人が勝ちでよくない?」
「いいね!!!!!」
「えー!?」
単純明快!
快刀乱麻を断つが如く。五男によって下された決断は、最悪の展開への片道切符でした。
やめて! 初めて訪問したお宅で、血を分けた六つ子達の地獄絵図なんか見たくないよ!
しかし私の祈りは天に通じなかった。
「うおおおお!!」
早速開幕、松による松のための松だらけ残虐デスマッチ。誰だ青いリングに電流金網まで用意したのは。
拳と蹴りと時々石臼が飛び交う大混戦。
もうやだ帰りたい。
そんなカオスのまっただ中だった。
「ただいまー」
それは、おおよそこの殺伐とした空間には似つかわしくない、のんきな声だった。
そう、まるでお買い物から帰ったお母さんのような……
ガラッ
「もー、ニート達。外にまで声聞こえてるわよ。程々にしなさい」
障子戸を開いて現れたのは、それこそお買い物帰りのお母さん然とした方だった。
もしや、彼らのお母さん……?
「あら?」
思わず見てしまった私と、お母さん。バッチリ視線が合う。六つ子達はまだ喧嘩を続けている。
どさり。
お母さんは両手に持っていた買い物袋を落とし、目にも止まらぬ動きで私の正面へ移動すると、がっしりと肩を掴んだ。
「孫ね……!」
ピシャーン!
お母さんの背景に雷が落ちる。
「え、ま、まご?」
「ニート達!」
戸惑う私をよそに、鶴の一声が放たれる。取っ組み合っていた六つ子達が、一瞬にして整列した。
「イェス、マム!」
「教えてちょうだい、この子は誰のコレ?」
お母さん!小指立てないで!
「俺の!」
「オレ!」
「俺!」
「死ねクソ松!」
「ぼく!」
「ボクの!」
「同じ顔を六股……やるわねあなた」
「違います!」
途方もなく酷い勘違いだよ! てか一人全然関係ないこと言ってたよ!
とにかく誤解をとかなくちゃ……!
「あの、断じて違います!私この中の誰ともお付き合いしていません!」
「フッ、すまないマミー、照れ屋な子猫ちゃんなんだ。隠さなくてもいいんだぜマイハニー?」
「だ、黙っててくれますか!?」
「そうそう、照れ屋なだけだもんねーナマエちゃん♪」
「まったくしょうがねぇよな〜」
「あらぁ、照れ屋さんなの」
ヤバい! 明らかに誤解が深まってる!
「ところで今何ヶ月かしら」
「何ヶ月となっ!?」
「見たところ初期といったところかしら」
「初期となっ!?」
お腹をしげしげ見つめながらの質問に、もはや私はたじろぐしかない。
何ヶ月っていうのは……初期っていうのは……つまり……
そういうことですよね……
私は意を決した。
「あの、私、妊娠していませんし、誰とも妊娠に至るようなことはしていませんし、そもそも付き合っていませんし、ほぼ今日初対面です」
嚙み砕くように、この小柄なお母さんに説明する。「えっ、でも孫……」と期待に満ちた瞳が見つめてくるけれど、私とこの六つ子達との薄っぺらい関わりを、一字一句余さず正確に丁寧に、語った。
「そうなの……お嫁さんでなければ彼女でもない。ほぼ他人も同然の関係……」
お母さんはちゃんと分かってくれたようだ。周りから悪魔達の野次が飛び交う中、私はよくやったよ……。
「なら、これから彼女、お嫁さんとランクアップしていくのね!」
「えっ……?」
ランクアップ!? ランクアップって何!?
お母さんの瞳には再び期待の光が輝いている。煌々と。
何この不気味なまでのポジティブ。怖い。
「そうだよ母さん! てわけでヨロシクねーナマエちゃん♪」
「フッ、ここから回り始める恋の歯車……」
「あ、そうそう。せっかくだからお夕飯食べて行きなさい。今日は赤飯よ〜」
「あ、あの……」
「ウッヒョーー!せっきはんせっきはーん!食べまクリーンヒット!」
その後、普通にお夕飯ご馳走になって帰った。
あとバイトの事務所寄るの忘れてクビになった。
思えば、この日からだった。
私の日常に、個性豊かな同じ顔六人のお祭囃子が加わり始めたのは。