ストップ、松囃子!
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12 梨
松野カラ松。
松野家次男、超ナルシスト。
何かしらカッコつけていないと死ぬ病に罹っている。
そんな彼と出会って、早数ヶ月。
「また会ったなカラ松Girl。どうだ、今から俺と熱い愛の旋律を奏でてみないかい?」
「結構です」
今日も今日とて、彼は大学帰りの私の前に現れた。
そしていつものように、クサイ台詞を吐き散らかす。内容的には大体口説き文句。
自転車のペダルをこぎ真っ直ぐ前を見つめる私の横へ、小走りで並びながら、なおも何か言っている。
だからといって、彼が私に特別な好意を持っているかというと、そうではないようだ。
ある時は釣堀で、
「フッ……そんなにはしゃぐな、俺と会えたのがそんなに嬉しかったのかい?」
釣り上げたばかりの活きの良い魚へ熱視線を送り。
「俺という愛の翼を得て、さらなる高みへ翔んでみないか?」
ある時は公園のハトに愛を囁き。
「……………………フッ」
「何あいつキモっ」
「ママー、あの人~……」
「しっ! 見ちゃいけません!」
またある時は、いつもの橋でナンパ待ち。
要は誰でもいいのだろう。
おそらく彼の中で、私はきっと魚やハトと同列なのだ。カラ松Girlという括りの中で。
ま、そもそもトト子ちゃん大好きだしね。
それに関して、特段私は嫉妬や憤りを覚えることはない。だってカラ松くんを異性として意識したことないんだもん。
恋愛の対象外が、世の女性を見境なく口説いてたところで、お好きにどうぞとしか言えない。
「カラ松くんってさぁ……」
隣で愛の言葉を紡ぎ続ける、イタい存在へ呼び掛ける。
「ん?」と、何か期待に満ちた瞳が続きを促した。
「ほんっとイタいよねぇ……」
なんだかもう、それしか言えない。
これほどカラ松くんを語るのに便利な言葉、他にはない。
「チビ太くん、熱燗おかわり」
「あいよ」
目の前に、2本目の徳利が置かれる。
私はチビ太くんの屋台で、ゆっくりおでんとお酒を楽しんでいた。
今日は珍しく、六つ子達は誰一人として来ていない。そのことをチビ太くんに尋ねると。
「バーロー、あんな奴らに毎日来られたんじゃ、商売上がったりでい!」
確かに。
「ねーチビ太くーん」
私は箸でがんもをつつきながら口を開く。
「カラ松くんって、何?」
我ながら唐突に漠然とした質問だったと思う。
単に、今日の帰り道でまた絡まれたことをネタに愚痴ろうと思ったんだけど。「よくあんなにイタい台詞、思いつくよねー」なんて。
「カラ松、か……ほんと何なんだろうなぁ、あいつ」
チビ太くんは意外にも、真剣に考え始めた。
いや……てっきり一秒で「クソナルシストだろ?」とか、「イッタイよな~!」的な答えが返ってくるのかと思ったのに。
いいんだよそんなに、腕組みして眉間にしわ寄せてまで考えなくても。
「まあ……優しいやつだとは思うぜ。色々と性格に難はあるけど」
「難ありすぎだよ」
私がお猪口の酒をすすりながら言うと、「確かにな」とチビ太くんは苦笑した。
「あいつさ。クソナルシストでイタいやつだけど、結構兄弟思いなんだぜ?」
「ふーん……」
兄弟思い、という言葉に、普段の彼らの様子を思い浮かべる。
カラ松くんと他の兄弟か……
「クソ松!」「クソ松兄さん!」「あれ、いたの?」……
「……兄弟思いの割には、他からの扱い悪くない?」
特に一松くん。
チビ太くんは「そうなんだよな」とやっぱり苦笑している。
「いや、そこがカラ松のカラ松たる所以っつーか?」
「ふーん……」
「そういやナマエちゃん、知らないんだっけ」
そう言って、チビ太くんは教えてくれた。
「カラ松事変」なる、とある誘拐事件の全貌を……
「…………」
事件の全てを語り尽くし、おでん屋台には沈黙が訪れていた。
徳利の中身は、もうぬるくなっている。
手酌で酒を注ぎ、煽り、私は言った。
「全員ひどくない!?」
「だろ?」
「いや、チビ太くんも!!」
被害者なのか協力者なのか加害者なのか、ポジションが行方不明のチビ太くん。
まともだと思ってたけど、意外とそうじゃないのかもしれない。
少なくとも、誘拐や火あぶりという手段を選ぶ時点で、まともじゃない。
「まあとにかくさ……あいつ、自分が誘拐されて、兄弟にも見捨てられたってのに、他の奴らの悪口なんか一切言わなかったのさ……ただ、俺は梨に負けたのか、梨が食いたいってよ……」
「最後単に梨食べたかっただけじゃん……」
とは言うものの、内心結構同情している私である。
「ま、とにかく! あいつ中々報われねえけど、兄弟大好きで、兄弟思いなやつなんだよ」
そうまとめながら、チビ太くんは私のお皿に大根をひとつ、乗せてくれた。サービスだろうか。
「チビ太くん」
「なんでぇ?」
ドヤ顔のチビ太くんへ、私は真剣に尋ねた。
「チビ太くんはカラ松くんのこと、好きなの?」
「……なんでそうなるバーローチキショー!!」
疑惑をキッパリ否定して、チビ太くんはさっきの大根の代金までしっかり請求してくるのであった。おのれ。
翌日。
(あ、これ。借りてたタッパー)
私は台所で、松代さんに借りていたタッパーを見つけた。数日前、おかずのおすそ分けを頂いたときに、お借りしたものだ。
今日は休みだし、せっかくだから今から持って行こうかな。
(えーと、トッティトッティ……)
スマホのトーク一覧から、松野家末弟をタップ。この間のタッパー返しに行くねー、なんて短く書いて送ったところ。
『ごめーん! 今僕出先だから! 今日カラ松兄さん家にいるから渡しといてー!』
一分もせずにこんな返信。
(カラ松くんか……)
そういえば、昨晩彼の不憫な話を聞いたばかり。
彼の名前を見て思い出したもの。
そう、梨。
「……あーあ」
なんで買っちゃったんだろう。
私は松野家への道のりを、タッパーとスーパーのレジ袋を携えて歩いていた。
右手に提げたレジ袋から伝わる、ずっしりとした重み。梨三個分。
別にカラ松くんのためじゃない。
そう、これはおかずを分けてくれた、松代さんへのお返しなんだ。確かおすそ分け頂いたとき既に、地元の特産物でお返ししたような気もするけど。
ともかく、タッパー返すの遅れちゃったことへのお詫びも込めて、梨三個。そうそう、そういうこと。
自分自身に言い訳をしながら歩く。そして私の歩みは、松野家の玄関前で止まった。
「お邪魔しまーす」
返事がない。留守のようだ。
でもトッティ、カラ松くんならいるって言ってたよね。出掛けたのかな?
何の気なしに玄関の引き戸に手をかける。すると。
カララ……
(開いてる……)
玄関、鍵かかってなかった。無用心過ぎない?
なんとなく違和感を覚えた私は、思い切って中に入ってみることにした。
「お邪魔しまーす……」
これって不法侵入になるのかなと、罪悪感に少し苛まれながら居間へ。
すると。
居間には簀巻きにされたカラ松くんが転がっていた。白目むいてる。
「……え?」
窃盗!? いや強盗!?
開いてた玄関と松野家次男の惨状に、私はもちろん強盗を連想した。慌てて彼の拘束をほどきながら、呼びかける。
「カラ松くん! 大丈夫!?」
「ナマエ……来てくれると信じてたぜ……」
続く言葉は、俺を救えるのはキミだけだぜマイハニーだとか何とか。しかもキメ顔。
この状態でカッコつけられるって、逆にすごいね!
「一体何があったの!? 強盗!? 警察呼ぶ!?」
「ああ、いちま」
「もういい分かった」
なんだ、ただの兄弟ゲンカか……
「いちま」のたった三文字で状況を把握し、私は彼の拘束をほどき終える。
「フッ、助かった……」
晴れて自由の身となったカラ松くん。
それにしても、彼をふん縛った上一人残し、施錠せずに出掛けるとは。ここんちの人達どうなってるんだ。防犯意識とか諸々。
「ところで、今日はどうしたマイハニー?」
さっきまで縛られていたことが嘘のような普通っぷりで、カラ松くんに尋ねられる。
「ああ、そうそう。この間お借りしたタッパーを返しに」
荷物からタッパーを取り出して渡す。
そして次に、梨。だけど。
ビニール袋を掴もうと伸びていた手が、ためらう。
(……よく考えたら、梨ってトラウマじゃないの?)
そう。せっかく手土産に持ってきた梨だけど、カラ松くんのトラウマを刺激したんじゃ元も子もない。
だって、兄弟から梨以下の扱いを受けたんだよ、この人。
兄弟から見捨てられた上、火あぶりにされ、鈍器を投擲されるという出来事にまつわる果実。それが梨。
梨に良い印象を持ってるはず、ない。
私は今朝の迂闊な同情心を後悔した。
そういえば梨食べれなかったんだっけー、じゃあ梨持って行こうかなー。
なんて、のんきに考えていた自分をなじりたい。
仕方がないけれど、この手土産はそのまま持って帰り、私が美味しくいただくとしよう。彼の古傷をえぐるよりずっといい。別に、私が梨食べたいだけ、というわけじゃない断じて。
そう一人で自問自答している時だった。
「梨だ!」
嬉しそうな声が上がる。
カラ松くんは勝手に白いビニール袋を覗き込み、瞳を輝かせていた。
あ……梨、普通に好きなんだ。
どうやら私が心配したような繊細さは、彼には無いらしい。
ほっとするやら、拍子抜けするやら。
「どうしたんだ、この梨!」
あまりにも屈託の無さすぎる笑顔がこちらを向く。ちょっと脱力しながら、私はあらかじめ用意しておいた言い訳を告げた。
「この間のおすそ分けのお礼。言っとくけど、松代さんにだよ」
「そうか……」
梨を見つめながらしゅんとするカラ松くん。なんか、おあずけされた犬みたい。
そんなに名残惜しげにしなくても、多分松代さんのことだからニート用に分けてくれるよ。
そうは思ったものの。
「カラ松くん、一個ちょうだい」
いつまでも梨を見つめていそうな彼に、思わず声をかけてしまう。
「梨、むいてあげる」
ショリショリショリ。
松野家の台所をお借りして、私は梨をむいていた。
慣れない大きさの包丁に苦戦する私の後ろでは。
「気を付けるんだ、カラ松Girl。刃物と俺は、取り扱いに要注意だぜ?」
斜に構えた仕草で、カラ松くんがドヤっている。気が散る……
「あ」
後ろのカラ松くんに集中力を吸い取られた結果、今まで長~く伸びていた梨の皮が、途切れてしまった。
「あーあ……」
「そうガッカリするな、マイハニー。梨の皮は途切れても、俺たちの愛はエンドレス……」
「そういうのいいから、お皿持ってきてほしいな」
彼の台詞を遮って、手伝いを頼む。「了解だぜ、カラ松Girl」などと、上機嫌なサムズアップが返ってきた。
「それにしても、梨といえばあの事を思い出すな」
世間話をする口調で、カラ松くんが出し抜けに言う。梨をむく私の手が、止まった。
「あれは寒さが身に染みる日だった……」
彼が語り出した「あの事」とは、紛れもない、「カラ松事変」の顛末だった。
カチャカチャとお皿同士のこすれる音。昨晩のチビ太くんが語ったことと、同じ展開を辿るカラ松くんの述懐。
なぜ彼は自ら地雷原を踏みに行くんだ。下手したら梨食べれない程に落ち込むぞ。
それなのに、カラ松くんは自らトラウマの地雷原を裸足で踏み進んでいく。まるで、修学旅行の思い出を話すかのような口調で。
「……で、俺はブラザー達に花瓶や石臼を投げつけられ、意識をなくした。あの夜は、本当に寒い夜だった……」
誘拐事件の全てを語り終え、カラ松くんはお皿を持ってこちらへ戻る。
私は心ここに在らずの状態ながらも、しっかり皮をむき終えて、まな板の上に八つの梨の欠片を並べていた。
「さすがにあの時ばかりは、俺の鋼のハートもブレイクするかと思ったぜ」
「カラ松くんさぁ……」
こんな彼に、何か言おうと思って。
名前を呼んだものの、何と言っていいか分からない。
しばらく彼の不思議そうな視線を浴びた後に、私はやっとの思いで切り出した。
「梨……いやじゃないの?」
何を言ってるんだ私は。
普通そんな目にあったら、他の兄弟や、この事件にまつわる梨とか、恨んだり憎んだり、嫌いになったりするんじゃないかって。
そういうことを聞いてみたかったんだけど。
「なんでだ? 梨は好きだぞ」
きょとんとするカラ松くん。なるほど、梨は事変前と変わらず好き、と。まあそうだよね。さっきは梨見つけて喜んでたんだし。
いや、そうじゃない、梨じゃない。
「あー、なんていうか……梨だけじゃなくてね。普通、そんな目にあったらさ。兄弟といるの、辛くなっちゃわない?」
何とか言葉としてまとめつつ、私はやっと彼に尋ねることができた。
ひねり出した質問に、返ってきた答えは。
「なるわけないさ。何てったって俺たち、この世でたった六人の兄弟なんだぜ?」
たった六人。多い。「たった」と限定する割には人数多い。
ただそこは問題じゃない。彼は行き過ぎた家庭内暴力すらも、「兄弟だから」で許容しようというのか。
確かにさっきも、一松くんにふん縛られて放置されてたし、日常茶飯事なのかもしれないけれど……
「まあ、たまには腹の立つことも、悲しくなることもあるさ。ブラザー達の俺に対する扱いは、酷いことの方が多い」
扱いが悪いこと、自覚してたんだ。
「でも、良いことがないわけじゃない」
楽しそうな口調で、彼は他の兄弟について語り出す。
おそ松は俺の悩みを聞いてくれる、良き兄。
チョロ松はなんだかんだと口うるさいが、あれで皆の世話を焼いてくれている。
一松は……確かに俺に対する当たりは強いが、優しい面もある。俺は信じてるぜ。
十四松は一見ハチャメチャだが、大事な人のために、熱くなれるパッションの持ち主でもある。俺とのセッション、キミに聞かせてやりたいぜ。
トッティは可愛い弟だな。ギルドガイな俺に「イタいよねー」と傷つけられながらもなお、釣堀に付き合ってくれる。
「こんなバラエティ豊かなブラザーに囲まれて、俺は幸せだと思わないか?」
そう言って、優し気な目元が笑っている。
本心から、「ブラザー、愛してるぜ」なんて思ってそうな顔だった。
てっきり彼にとってトラウマだろうと思っていた出来事は、彼の兄弟愛の前には些細な事だったのかもしれない。
勝手にカラ松くんのトラウマを決めつけていた自分が、なんだか恥ずかしい。
それにしても、器が大きいのか、はたまた、バカなのか。
昨日チビ太くんが言っていた「兄弟思い」という言葉が、やっと腑に落ちた。
とりあえずは、この梨が彼を傷つけなくて良かった。
「それに今日は、またひとつ良いことがあった」
カラ松くんは言いながら、俎上の梨に視線を落としていた私へ、お皿を差し出す。
お皿、そしてカラ松くんと、私が眼差しを動かしたところで、目が合って。
「キミが梨をむいてくれた。俺のために」
きゅんっ。
私の胸は、あってはならない音を鳴らした。
いつものカッコ付けではない、素の微笑みがこちらを見下ろしている。
「えーと、カラ松くん。居間にこれ持って行ってくれる?」
私は意外にも普通に振る舞えた。手早く梨を皿に盛り付け手渡すと、彼は「お安いご用だ」と、嬉しそうにそれを受け取った。
鼻歌を歌いながら皿を持ち、居間へと去る彼の背を見送ったところで。
(なんでーーーーー!?)
謎のときめきを鳴らした胸に、私は全力の自問自答。
いやだってありえないよ、あんな超絶ナルシストニートにときめくなんて!!
しかも全然カッコ良くない台詞で!!
(きっと何かの間違い、そう間違い。たまった疲れの蓄積によるあれこれできっと動悸が)
「おーいハニー。先に食べてしまうぞー?」
「!!!!」
居間からの声に、動悸はいっそうひどくなる。
横隔膜を極限まで上下させるような深呼吸の後、やっとのことで私は居間へ向かうのだった。
我慢ができなかったのか。カラ松くんは既にもぐもぐと梨を食べていた。
「甘いな! さすがナマエが選んだ梨だ」
言いながら彼は爪楊枝で皿の梨を突き刺すと、それを持ち上げてこちらへ差し出す。
ああ、くれるのか。
なんだかぼーっとした意識の中で、爪楊枝に手を伸ばす。
手と手が触れて、また心臓がどきりと動悸をひとつ、生み出した。
「……おいしい」
「だろ?」
普段ならここで、「なんでカラ松くんが自慢気なの?」とツッコミのひとつも入れるのだろうけど。
私は無言で、シャリシャリと梨を咀嚼するのみ。
確かに、甘い。
「もう一つ食べるか?」
既に一つ目の欠片を食べ終えた彼が聞いてくる。いや、私まだ食べてるし。
「私はいいよ。カラ松くん食べなよ」
「そうか!」
二つめの梨も、さっそく頬張り始めた。
食い意地張ってるね、なんて思ってたら、私の心臓もいつもの落ち着きを取り戻してきたようだ。
「おいしい?」
「ああ、もちろん!」
二つめの梨も、あっという間に無くなってしまった。
三つめに手を伸ばすかな、なんて見ていたら。
「後はブラザー達に、だな」
五つ残った梨にラップをかける。
ほんと、どんだけ兄弟好きなの?
「いいんじゃないの?たまには独り占めしても」
「そういうわけにはいかないさ」
うまいものは、皆で分かち合うからこそうまいのだ。梨も、おでんも。
しかしパチンコで大勝ちしたときは内緒だぜ、マイハニー。
そんなヘンテコな人生哲学に、今日の私は反論できないでいる。
「ただいマッスルマッスルー!」
「あー、しけてやがんなーイヤミ」
「イヤメタルしか取れないし」
「ハタ坊とおそ松兄さんが量産したせいで、市場価値下がってんだよなーアレ」
「チッ……」
急に玄関が騒がしくなった。
どうやら彼の、最低で最高なブラザー達が帰ってきたようだ。
「フッ、帰ってきたようだ」
言うなりカラ松くんは立ち上がる。
玄関への引き戸を開き、兄弟達を出迎えた。
「聞いて驚けブラザー達、今日はなんと……」
玄関に向かって全身で喜びを表している彼に、その背中に。
私は頬杖をつきながら、彼を表すのに便利な言葉をつぶやいた。
「ほんっと、イタいよねぇ……」
松野カラ松。
松野家次男、超ナルシスト。
何かしらカッコつけていないと死ぬ病に罹っている。
そんな彼と出会って、早数ヶ月。
「また会ったなカラ松Girl。どうだ、今から俺と熱い愛の旋律を奏でてみないかい?」
「結構です」
今日も今日とて、彼は大学帰りの私の前に現れた。
そしていつものように、クサイ台詞を吐き散らかす。内容的には大体口説き文句。
自転車のペダルをこぎ真っ直ぐ前を見つめる私の横へ、小走りで並びながら、なおも何か言っている。
だからといって、彼が私に特別な好意を持っているかというと、そうではないようだ。
ある時は釣堀で、
「フッ……そんなにはしゃぐな、俺と会えたのがそんなに嬉しかったのかい?」
釣り上げたばかりの活きの良い魚へ熱視線を送り。
「俺という愛の翼を得て、さらなる高みへ翔んでみないか?」
ある時は公園のハトに愛を囁き。
「……………………フッ」
「何あいつキモっ」
「ママー、あの人~……」
「しっ! 見ちゃいけません!」
またある時は、いつもの橋でナンパ待ち。
要は誰でもいいのだろう。
おそらく彼の中で、私はきっと魚やハトと同列なのだ。カラ松Girlという括りの中で。
ま、そもそもトト子ちゃん大好きだしね。
それに関して、特段私は嫉妬や憤りを覚えることはない。だってカラ松くんを異性として意識したことないんだもん。
恋愛の対象外が、世の女性を見境なく口説いてたところで、お好きにどうぞとしか言えない。
「カラ松くんってさぁ……」
隣で愛の言葉を紡ぎ続ける、イタい存在へ呼び掛ける。
「ん?」と、何か期待に満ちた瞳が続きを促した。
「ほんっとイタいよねぇ……」
なんだかもう、それしか言えない。
これほどカラ松くんを語るのに便利な言葉、他にはない。
「チビ太くん、熱燗おかわり」
「あいよ」
目の前に、2本目の徳利が置かれる。
私はチビ太くんの屋台で、ゆっくりおでんとお酒を楽しんでいた。
今日は珍しく、六つ子達は誰一人として来ていない。そのことをチビ太くんに尋ねると。
「バーロー、あんな奴らに毎日来られたんじゃ、商売上がったりでい!」
確かに。
「ねーチビ太くーん」
私は箸でがんもをつつきながら口を開く。
「カラ松くんって、何?」
我ながら唐突に漠然とした質問だったと思う。
単に、今日の帰り道でまた絡まれたことをネタに愚痴ろうと思ったんだけど。「よくあんなにイタい台詞、思いつくよねー」なんて。
「カラ松、か……ほんと何なんだろうなぁ、あいつ」
チビ太くんは意外にも、真剣に考え始めた。
いや……てっきり一秒で「クソナルシストだろ?」とか、「イッタイよな~!」的な答えが返ってくるのかと思ったのに。
いいんだよそんなに、腕組みして眉間にしわ寄せてまで考えなくても。
「まあ……優しいやつだとは思うぜ。色々と性格に難はあるけど」
「難ありすぎだよ」
私がお猪口の酒をすすりながら言うと、「確かにな」とチビ太くんは苦笑した。
「あいつさ。クソナルシストでイタいやつだけど、結構兄弟思いなんだぜ?」
「ふーん……」
兄弟思い、という言葉に、普段の彼らの様子を思い浮かべる。
カラ松くんと他の兄弟か……
「クソ松!」「クソ松兄さん!」「あれ、いたの?」……
「……兄弟思いの割には、他からの扱い悪くない?」
特に一松くん。
チビ太くんは「そうなんだよな」とやっぱり苦笑している。
「いや、そこがカラ松のカラ松たる所以っつーか?」
「ふーん……」
「そういやナマエちゃん、知らないんだっけ」
そう言って、チビ太くんは教えてくれた。
「カラ松事変」なる、とある誘拐事件の全貌を……
「…………」
事件の全てを語り尽くし、おでん屋台には沈黙が訪れていた。
徳利の中身は、もうぬるくなっている。
手酌で酒を注ぎ、煽り、私は言った。
「全員ひどくない!?」
「だろ?」
「いや、チビ太くんも!!」
被害者なのか協力者なのか加害者なのか、ポジションが行方不明のチビ太くん。
まともだと思ってたけど、意外とそうじゃないのかもしれない。
少なくとも、誘拐や火あぶりという手段を選ぶ時点で、まともじゃない。
「まあとにかくさ……あいつ、自分が誘拐されて、兄弟にも見捨てられたってのに、他の奴らの悪口なんか一切言わなかったのさ……ただ、俺は梨に負けたのか、梨が食いたいってよ……」
「最後単に梨食べたかっただけじゃん……」
とは言うものの、内心結構同情している私である。
「ま、とにかく! あいつ中々報われねえけど、兄弟大好きで、兄弟思いなやつなんだよ」
そうまとめながら、チビ太くんは私のお皿に大根をひとつ、乗せてくれた。サービスだろうか。
「チビ太くん」
「なんでぇ?」
ドヤ顔のチビ太くんへ、私は真剣に尋ねた。
「チビ太くんはカラ松くんのこと、好きなの?」
「……なんでそうなるバーローチキショー!!」
疑惑をキッパリ否定して、チビ太くんはさっきの大根の代金までしっかり請求してくるのであった。おのれ。
翌日。
(あ、これ。借りてたタッパー)
私は台所で、松代さんに借りていたタッパーを見つけた。数日前、おかずのおすそ分けを頂いたときに、お借りしたものだ。
今日は休みだし、せっかくだから今から持って行こうかな。
(えーと、トッティトッティ……)
スマホのトーク一覧から、松野家末弟をタップ。この間のタッパー返しに行くねー、なんて短く書いて送ったところ。
『ごめーん! 今僕出先だから! 今日カラ松兄さん家にいるから渡しといてー!』
一分もせずにこんな返信。
(カラ松くんか……)
そういえば、昨晩彼の不憫な話を聞いたばかり。
彼の名前を見て思い出したもの。
そう、梨。
「……あーあ」
なんで買っちゃったんだろう。
私は松野家への道のりを、タッパーとスーパーのレジ袋を携えて歩いていた。
右手に提げたレジ袋から伝わる、ずっしりとした重み。梨三個分。
別にカラ松くんのためじゃない。
そう、これはおかずを分けてくれた、松代さんへのお返しなんだ。確かおすそ分け頂いたとき既に、地元の特産物でお返ししたような気もするけど。
ともかく、タッパー返すの遅れちゃったことへのお詫びも込めて、梨三個。そうそう、そういうこと。
自分自身に言い訳をしながら歩く。そして私の歩みは、松野家の玄関前で止まった。
「お邪魔しまーす」
返事がない。留守のようだ。
でもトッティ、カラ松くんならいるって言ってたよね。出掛けたのかな?
何の気なしに玄関の引き戸に手をかける。すると。
カララ……
(開いてる……)
玄関、鍵かかってなかった。無用心過ぎない?
なんとなく違和感を覚えた私は、思い切って中に入ってみることにした。
「お邪魔しまーす……」
これって不法侵入になるのかなと、罪悪感に少し苛まれながら居間へ。
すると。
居間には簀巻きにされたカラ松くんが転がっていた。白目むいてる。
「……え?」
窃盗!? いや強盗!?
開いてた玄関と松野家次男の惨状に、私はもちろん強盗を連想した。慌てて彼の拘束をほどきながら、呼びかける。
「カラ松くん! 大丈夫!?」
「ナマエ……来てくれると信じてたぜ……」
続く言葉は、俺を救えるのはキミだけだぜマイハニーだとか何とか。しかもキメ顔。
この状態でカッコつけられるって、逆にすごいね!
「一体何があったの!? 強盗!? 警察呼ぶ!?」
「ああ、いちま」
「もういい分かった」
なんだ、ただの兄弟ゲンカか……
「いちま」のたった三文字で状況を把握し、私は彼の拘束をほどき終える。
「フッ、助かった……」
晴れて自由の身となったカラ松くん。
それにしても、彼をふん縛った上一人残し、施錠せずに出掛けるとは。ここんちの人達どうなってるんだ。防犯意識とか諸々。
「ところで、今日はどうしたマイハニー?」
さっきまで縛られていたことが嘘のような普通っぷりで、カラ松くんに尋ねられる。
「ああ、そうそう。この間お借りしたタッパーを返しに」
荷物からタッパーを取り出して渡す。
そして次に、梨。だけど。
ビニール袋を掴もうと伸びていた手が、ためらう。
(……よく考えたら、梨ってトラウマじゃないの?)
そう。せっかく手土産に持ってきた梨だけど、カラ松くんのトラウマを刺激したんじゃ元も子もない。
だって、兄弟から梨以下の扱いを受けたんだよ、この人。
兄弟から見捨てられた上、火あぶりにされ、鈍器を投擲されるという出来事にまつわる果実。それが梨。
梨に良い印象を持ってるはず、ない。
私は今朝の迂闊な同情心を後悔した。
そういえば梨食べれなかったんだっけー、じゃあ梨持って行こうかなー。
なんて、のんきに考えていた自分をなじりたい。
仕方がないけれど、この手土産はそのまま持って帰り、私が美味しくいただくとしよう。彼の古傷をえぐるよりずっといい。別に、私が梨食べたいだけ、というわけじゃない断じて。
そう一人で自問自答している時だった。
「梨だ!」
嬉しそうな声が上がる。
カラ松くんは勝手に白いビニール袋を覗き込み、瞳を輝かせていた。
あ……梨、普通に好きなんだ。
どうやら私が心配したような繊細さは、彼には無いらしい。
ほっとするやら、拍子抜けするやら。
「どうしたんだ、この梨!」
あまりにも屈託の無さすぎる笑顔がこちらを向く。ちょっと脱力しながら、私はあらかじめ用意しておいた言い訳を告げた。
「この間のおすそ分けのお礼。言っとくけど、松代さんにだよ」
「そうか……」
梨を見つめながらしゅんとするカラ松くん。なんか、おあずけされた犬みたい。
そんなに名残惜しげにしなくても、多分松代さんのことだからニート用に分けてくれるよ。
そうは思ったものの。
「カラ松くん、一個ちょうだい」
いつまでも梨を見つめていそうな彼に、思わず声をかけてしまう。
「梨、むいてあげる」
ショリショリショリ。
松野家の台所をお借りして、私は梨をむいていた。
慣れない大きさの包丁に苦戦する私の後ろでは。
「気を付けるんだ、カラ松Girl。刃物と俺は、取り扱いに要注意だぜ?」
斜に構えた仕草で、カラ松くんがドヤっている。気が散る……
「あ」
後ろのカラ松くんに集中力を吸い取られた結果、今まで長~く伸びていた梨の皮が、途切れてしまった。
「あーあ……」
「そうガッカリするな、マイハニー。梨の皮は途切れても、俺たちの愛はエンドレス……」
「そういうのいいから、お皿持ってきてほしいな」
彼の台詞を遮って、手伝いを頼む。「了解だぜ、カラ松Girl」などと、上機嫌なサムズアップが返ってきた。
「それにしても、梨といえばあの事を思い出すな」
世間話をする口調で、カラ松くんが出し抜けに言う。梨をむく私の手が、止まった。
「あれは寒さが身に染みる日だった……」
彼が語り出した「あの事」とは、紛れもない、「カラ松事変」の顛末だった。
カチャカチャとお皿同士のこすれる音。昨晩のチビ太くんが語ったことと、同じ展開を辿るカラ松くんの述懐。
なぜ彼は自ら地雷原を踏みに行くんだ。下手したら梨食べれない程に落ち込むぞ。
それなのに、カラ松くんは自らトラウマの地雷原を裸足で踏み進んでいく。まるで、修学旅行の思い出を話すかのような口調で。
「……で、俺はブラザー達に花瓶や石臼を投げつけられ、意識をなくした。あの夜は、本当に寒い夜だった……」
誘拐事件の全てを語り終え、カラ松くんはお皿を持ってこちらへ戻る。
私は心ここに在らずの状態ながらも、しっかり皮をむき終えて、まな板の上に八つの梨の欠片を並べていた。
「さすがにあの時ばかりは、俺の鋼のハートもブレイクするかと思ったぜ」
「カラ松くんさぁ……」
こんな彼に、何か言おうと思って。
名前を呼んだものの、何と言っていいか分からない。
しばらく彼の不思議そうな視線を浴びた後に、私はやっとの思いで切り出した。
「梨……いやじゃないの?」
何を言ってるんだ私は。
普通そんな目にあったら、他の兄弟や、この事件にまつわる梨とか、恨んだり憎んだり、嫌いになったりするんじゃないかって。
そういうことを聞いてみたかったんだけど。
「なんでだ? 梨は好きだぞ」
きょとんとするカラ松くん。なるほど、梨は事変前と変わらず好き、と。まあそうだよね。さっきは梨見つけて喜んでたんだし。
いや、そうじゃない、梨じゃない。
「あー、なんていうか……梨だけじゃなくてね。普通、そんな目にあったらさ。兄弟といるの、辛くなっちゃわない?」
何とか言葉としてまとめつつ、私はやっと彼に尋ねることができた。
ひねり出した質問に、返ってきた答えは。
「なるわけないさ。何てったって俺たち、この世でたった六人の兄弟なんだぜ?」
たった六人。多い。「たった」と限定する割には人数多い。
ただそこは問題じゃない。彼は行き過ぎた家庭内暴力すらも、「兄弟だから」で許容しようというのか。
確かにさっきも、一松くんにふん縛られて放置されてたし、日常茶飯事なのかもしれないけれど……
「まあ、たまには腹の立つことも、悲しくなることもあるさ。ブラザー達の俺に対する扱いは、酷いことの方が多い」
扱いが悪いこと、自覚してたんだ。
「でも、良いことがないわけじゃない」
楽しそうな口調で、彼は他の兄弟について語り出す。
おそ松は俺の悩みを聞いてくれる、良き兄。
チョロ松はなんだかんだと口うるさいが、あれで皆の世話を焼いてくれている。
一松は……確かに俺に対する当たりは強いが、優しい面もある。俺は信じてるぜ。
十四松は一見ハチャメチャだが、大事な人のために、熱くなれるパッションの持ち主でもある。俺とのセッション、キミに聞かせてやりたいぜ。
トッティは可愛い弟だな。ギルドガイな俺に「イタいよねー」と傷つけられながらもなお、釣堀に付き合ってくれる。
「こんなバラエティ豊かなブラザーに囲まれて、俺は幸せだと思わないか?」
そう言って、優し気な目元が笑っている。
本心から、「ブラザー、愛してるぜ」なんて思ってそうな顔だった。
てっきり彼にとってトラウマだろうと思っていた出来事は、彼の兄弟愛の前には些細な事だったのかもしれない。
勝手にカラ松くんのトラウマを決めつけていた自分が、なんだか恥ずかしい。
それにしても、器が大きいのか、はたまた、バカなのか。
昨日チビ太くんが言っていた「兄弟思い」という言葉が、やっと腑に落ちた。
とりあえずは、この梨が彼を傷つけなくて良かった。
「それに今日は、またひとつ良いことがあった」
カラ松くんは言いながら、俎上の梨に視線を落としていた私へ、お皿を差し出す。
お皿、そしてカラ松くんと、私が眼差しを動かしたところで、目が合って。
「キミが梨をむいてくれた。俺のために」
きゅんっ。
私の胸は、あってはならない音を鳴らした。
いつものカッコ付けではない、素の微笑みがこちらを見下ろしている。
「えーと、カラ松くん。居間にこれ持って行ってくれる?」
私は意外にも普通に振る舞えた。手早く梨を皿に盛り付け手渡すと、彼は「お安いご用だ」と、嬉しそうにそれを受け取った。
鼻歌を歌いながら皿を持ち、居間へと去る彼の背を見送ったところで。
(なんでーーーーー!?)
謎のときめきを鳴らした胸に、私は全力の自問自答。
いやだってありえないよ、あんな超絶ナルシストニートにときめくなんて!!
しかも全然カッコ良くない台詞で!!
(きっと何かの間違い、そう間違い。たまった疲れの蓄積によるあれこれできっと動悸が)
「おーいハニー。先に食べてしまうぞー?」
「!!!!」
居間からの声に、動悸はいっそうひどくなる。
横隔膜を極限まで上下させるような深呼吸の後、やっとのことで私は居間へ向かうのだった。
我慢ができなかったのか。カラ松くんは既にもぐもぐと梨を食べていた。
「甘いな! さすがナマエが選んだ梨だ」
言いながら彼は爪楊枝で皿の梨を突き刺すと、それを持ち上げてこちらへ差し出す。
ああ、くれるのか。
なんだかぼーっとした意識の中で、爪楊枝に手を伸ばす。
手と手が触れて、また心臓がどきりと動悸をひとつ、生み出した。
「……おいしい」
「だろ?」
普段ならここで、「なんでカラ松くんが自慢気なの?」とツッコミのひとつも入れるのだろうけど。
私は無言で、シャリシャリと梨を咀嚼するのみ。
確かに、甘い。
「もう一つ食べるか?」
既に一つ目の欠片を食べ終えた彼が聞いてくる。いや、私まだ食べてるし。
「私はいいよ。カラ松くん食べなよ」
「そうか!」
二つめの梨も、さっそく頬張り始めた。
食い意地張ってるね、なんて思ってたら、私の心臓もいつもの落ち着きを取り戻してきたようだ。
「おいしい?」
「ああ、もちろん!」
二つめの梨も、あっという間に無くなってしまった。
三つめに手を伸ばすかな、なんて見ていたら。
「後はブラザー達に、だな」
五つ残った梨にラップをかける。
ほんと、どんだけ兄弟好きなの?
「いいんじゃないの?たまには独り占めしても」
「そういうわけにはいかないさ」
うまいものは、皆で分かち合うからこそうまいのだ。梨も、おでんも。
しかしパチンコで大勝ちしたときは内緒だぜ、マイハニー。
そんなヘンテコな人生哲学に、今日の私は反論できないでいる。
「ただいマッスルマッスルー!」
「あー、しけてやがんなーイヤミ」
「イヤメタルしか取れないし」
「ハタ坊とおそ松兄さんが量産したせいで、市場価値下がってんだよなーアレ」
「チッ……」
急に玄関が騒がしくなった。
どうやら彼の、最低で最高なブラザー達が帰ってきたようだ。
「フッ、帰ってきたようだ」
言うなりカラ松くんは立ち上がる。
玄関への引き戸を開き、兄弟達を出迎えた。
「聞いて驚けブラザー達、今日はなんと……」
玄関に向かって全身で喜びを表している彼に、その背中に。
私は頬杖をつきながら、彼を表すのに便利な言葉をつぶやいた。
「ほんっと、イタいよねぇ……」
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