逆転サンドリヨン
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デフォルト名は「ナマエ」
男装夢主なので、特にこだわりのない方は中性的なお名前にするとしっくりくるかもしれません。
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「この国、民主化します!」
「え……」
どよっ。
今日一番の動揺。人々は突然の宣言に、目を丸くして互いを見交わしています。
王子は続けます。
「この国はいままで、王室や家臣は世襲制でした。けれどもうこの形態は、現代にはそぐわないのかもしれないのですね。私は確かに、女の身で王子を演じていました。父と母に、男児が生まれなかったからです」
生卵まみれではあるけれど、どこか晴れやかなナマエ王子の様子に、人々は水を打ったように静かです。
「たしかに私の父はクソです。生まれて間もない私にとんでもない役目を押し付けて、私と同じく国民の皆様を騙してきたのですから」
けれども、と王子。
「──けれども、母のことを深く深く愛し、他の女性を後添えにしたくないというワガママだけは、どうしょうもなく許してあげたくなるんです」
ナマエ王子は言いました。本当に良い国とは。
「私は、本当に良い国とは……住人全員が、心のまま、自由な選択ができる国だと思います。誰かと結婚する自由、しない自由。住む場所を選ぶ自由、今晩の食事を選ぶ自由、職場を選ぶ自由……」
もちろん全ての自由が叶うわけではありません。人に迷惑をかけたり、傷つけたりするようなものはやはり許されません。
けれども、思い描いた人生を送るため、どの道を歩くのかを選ぶ自由は……あってほしい。誰にでも、分け隔てなく。
「……まあここに、働かない自由を選んじゃった人たちもいますけど」
王子の苦言に、後ろのニート達はえへへと照れ笑い。
「我が父が後妻を迎えなかったことは、国王としては無責任な選択であったかもしれません。けれども、一人の人間として、ただ一人の相手をずっと思い続けることは……許されないのでしょうか」
ナマエ王子の問いかけに、群衆は揃ってうつむきました。
みんながみんな、思い通りの人生を歩めるとは限りません。ときにはままならないこともあるでしょう。ときには夢破れることもあるでしょう。
けれども、生まれついての血筋や責任のために、本当は叶えたい望みがあっても最初の一歩すら踏めないなんて、そんなことは。
「いまここで皆さんのお声を拝聴して、私は知りました。こんなにもたくさん、この国の行く末を案じてくれる方がいることを。だから」
民主化します、ともう一度大きく王子は宣言しました。
「私の存在がこの国の憂いの源となるのなら。いっそ王室なんて廃しましょう。王政も廃止です」
王族も家臣の一族も、これより先はただのパンピーです。磔にされたイヤミがアゴ外れそうな顔で顛末を見守っていますが、王子は見えてないフリをしました。
「これから先は国民一丸となり、完全民意による政治を行いましょう。きっとこの中にも、国政に携わりたくても、身分制の壁に阻まれてそれが叶わなかった方が、たくさんいるでしょうから」
暴動からの民主化という突拍子もない成り行きに、群衆の一部は呆れ、また一部は置いてけぼりにされ、また一部は感涙に咽び泣いていました。
「みんなでこのアカツカ国を、良い国にしていきましょう!」
ナマエ王子の言葉に、聴衆はしばし沈黙を保っていましたが。
パチ……
パチパチ……
パチパチパチパチパチ!
拍手の音が徐々に聞こえてきて、いつしか大喝采となりました。もちろん王子の後ろのニート達も、よくわかんないけど拍手喝采やんややんや。
「よく言ったヨ〜ン、我が息子……いや、我が娘よ!」
「その声は!」
突如響く、全国民の聞き覚えのある声。
王子やニート達、群衆がそちらを振り返れば、よくよく見たことのある特徴的なシルエット。
「父上!」
「国王!」
「ダヨーン王!」
そう、先ほどプライベートジェットでこの修羅場を脱出したはずの、アカツカ国国王・ダヨーン王です。
「父上、先程ぜんぶを私に押し付けてトンズラされたはずでは!」
「人聞きが悪いヨ〜ン! 王子が暴徒をうまいこと宥めてくれたみたいだから、しれっと戻ってきたヨ〜ン!」
「やっぱりクソ親父!!」
ダヨーン王は愛息……いや、愛娘に罵られながら彼女の隣に並ぶと、大きな声で言いました。
「さて、王子の言った通り、この国は民主化するヨ〜〜〜〜ン!」
「父上……!」
「実はこの日のために、ずーっと裏工作してきたんだヨ〜ン!」
「は?」
裏工作。穏やかな響きではありません。
ダヨーン王が言うには、どうやら王は王妃を亡くした直後からの、大臣連中からの再婚強要に内心いたくブチ切れていたらしく。
「いつか絶対王政廃止するつもりで、今日まで下準備頑張ってきたんだヨ〜ン!」
「………………」
王子、開いた口が塞がりません。ダヨーン王は今まで彼女に、そんな素振りは一切見せなかったのですから。
「何ヶ月かあれば民主政治に切り替えられるヨン!」
「えぇ……」
もうそこまで用意周到だと、感動だとか尊敬だとかよりも、ただひたすらにドン引きです。
けれども。
「……今まで無理させてごめんダヨン。大臣に気付かれないように準備を進めるのに、ナマエには王子でいてもらう必要があったヨン」
申し訳なさそうに王……いえ、父は言いました。
「ナマエ、ずっと頑張ってくれてありがとうダヨン!」
ありがとう。父の大きな口からは、初めて聞く言葉です。
「う……」
ナマエは唇を噛んで俯きました。胸の奥から、感情が込み上げてきます。
蘇る父との思い出。今までの人生。
「ていうかそういうことは早めに言え〜〜〜〜!!」
「ええ!?」
しかし王子の口をついて出たのは文句でした。もちろんです。今までどれだけ苦労してきたと思っているのでしょう。
「そうとは知らずに私、王子としてずっと生きてくつもりだったし! いつか正体バレるのかなとか、本当は王位継承権ないのめっちゃ気にしてたし! 私がどんな気持ちだったか、ちゃんと考えたことあるのこのクソ親父ーーーーー!!」
「お、怒られちゃったヨ〜ン……」
「もう、バカバカバカバカーーーー!!」
父に対し、罵倒の限りを尽くす王子さま。けれども。
「……でも、なんかすごく晴れやかな顔してるね、ナマエちゃん」
「そうだな……」
ニート達が満足げに見守る中で。
ナマエは人生初の親子喧嘩に、どこか晴れ晴れとした表情で興じるのでありました。
そんなこんなで。
王子の醜聞に端を発した、アカツカ城の大暴動はこれにて一件落着。
民主化へ向けたあれこれは、ダヨーン王が一手に引き受けることになりました。もちろん、彼が前もって準備していたのですから。
議会制の導入や旧臣達の再雇用先の斡旋など、やることはたくさんあります。ナマエ王子もそういった切り替え作業を手伝うつもりだったのですが。
「大丈夫だヨ〜ン。今まで苦労をかけた分、ナマエには自由に生きてほしいヨ〜ン!」
「父上……」
なんて父に言われたものですから、王子は遠慮なく自由に生きることにしました。
「王さま! ミーは、ミーだけは特権階級でいさせてちょ! お願いザンスこの通りザンス〜〜!」
「うむ、イヤミは公金の不正使用で逮捕ダヨーン!」
「シェーー!」
また、城外でダヨーン王と別れた後。
「王子! ナマエ王子!」
不意にナマエを呼び止めたのは、あの生卵の女性達でした。
「あなた達は……」
「ごめんなさい!」
女性達は食い気味に頭を下げました。その声は本当に申し訳なさそうで。
「私たち、自分たちの気持ちばかり考えてて……」
「王子が今までどんなお気持ちで生きてらっしゃったか、全然考えていませんでした!」
「あなたにはどうしようもないことだったのに、ひどいことを言って、ひどいことをして……」
「本当に申し訳あり……」
「皆さん」
女性達の二度目の謝罪を遮って。王子はそっと手を取って、頭を上げさせました。
「謝らないでください。私が皆さんのお心を裏切ったことは、事実なのですから」
「でも……!」
「感謝します。そこまで私を想ってくれていたことに」
本心から、王子はにこりと笑いました。その感情がたとえ男としての自分に向けられていたとしても、好意を向けられるのは嬉しいことです。
そんな王子の微笑みに。女性達はグッと撃ち抜かれたように胸を押さえました。
「どうしました? どこかご気分が……」
「王子!」
「はい?」
「もう男とか女とか些細な問題どうでもいい!」
「一生推す!!!!!!」
「どゆこと?」
そんな彼女達と別れて。
さて、重すぎる荷物を下ろした後、王子はこれでいいのか分からなくなりました。重すぎる重圧を脱ぎ捨てると、なんとなく不安になるものです。
本当に、自由に生きてもいいのかなぁ。
「や! 王子ちゃん!」
うつむきながら、当てどなく歩いていると。声をかけてくれたのは、あの六人組でした。
「みんな……!」
「お疲れ!」
「ていうか、もう王子ちゃんじゃなくなるのか」
「いいじゃんナマエちゃんで!」
わいわいと、旧知の親友のように絡んでくる彼ら。驚いたことに、六人中五人が今日知り合ったばかりです。なんという厚かましさ。
「ナマエ!」
「カラ松くん……!」
一人だけ、他に先んじて一週間前に知り合った彼が駆け寄ってきました。けれどもナマエは彼の顔を一瞥するなり、痛ましい表情を浮かべました。
「怪我治ってないじゃん……!」
「ああ、そうだな」
カラ松の額の傷は、まだ残っていました。出血は止まったようですが。
「さっきギャグ漫画だから次のコマで治るって言ってたのに!」
「フフン、この話が文字媒体だったからかな?」
「もう、ほんときみって……!」
変な人。
ナマエは心の中で思いっきり叫びました。
本当に本当に変な人。
女装してようなんだろうががところ構わずかっこつけるし、イタいし時折ウザいし。
ちょっとしたことで真っ赤になるウブさ加減だし。ニートだし。
でも。
肝心なときに駆けつけてくれて。
こんな自分を、守ろうとしてくれて。
自分自身でも気付かなかった、今までずっと欲しかった言葉を言ってくれて。
そんな人、まるで……
「うっ……」
ツン、とナマエの鼻の奥が痛くなりました。こんなところで泣くつもりはなかったのに、まぶたがどんどん熱くなってきます。
ぐい、と手を引っ張られました。
気がつけば、視界いっぱいに広がる青パーカーの生地。
背中に優しく回された彼の腕。ぎゅっと抱きしめられる感覚。
「……ずっと、よく頑張ったな」
「な、んで上から目線なの……!」
ツッコミつつも、ナマエの涙腺は決壊を迎えます。
後ろ髪を優しく撫でられながら、彼女はわんわん泣きました。王子の時は、自分がこんな風に人にすがって泣くなんて、とてもじゃないけど考えられませんでした。
ずーっとかけられていた、王子という魔法が解けた瞬間なのかもしれません。
「おいカラ松ぅ、いつまでナマエちゃん独占してんだ!」
「普段ならぶち殺し案件だけどォ! 今日はナマエさんに免じて許してやる、感謝しろクソ松アンコラァ!?」
「一松兄さん口から胃袋出てる」
「ねーねー! みんなお腹空かない!? ぼくもうぺこぺこ〜」
「おーし、チビ太んとこでおでん食おーぜ!」
「さんせー!」
「……おでんって?」
「えー!? 王子さまっておでん知らないの!?」
「スッゲー、初めて見たな! これが世に言う世間知らず!」
「フッ、マイフレンド・チビ太のおでん……期待していいぜ、マイプリンセス?」
屋台とやらへ、ふらふらふわふわしながらナマエを導く、六人のニート達。
背後の城はまだ煙がくすぶっていて、お城前の広場には生卵や火炎瓶やうんこが散乱しています。
そんな風景を後ろ髪引かれるように眺めつつ、ナマエは問いかけました。
「これでいいのかなぁ……?」
そんな問いかけに、返ってくる答えはもちろん。
「これで、いいのだ!」