第1章 高校一年のお話(全17話)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※山王工業高校に関する記述は著者の妄想です。
※大会に関する記述はホームページを参考にしつつも大部分が妄想です。
「早乙女さん! こっちに来いよ。隣、空いてるぜ」
満員に近い観客席を見回していると、黄色と紫色の派手なジャージに身を包んだ男が立ち上がってそう言った。
その人はちょっと前に一階の自販機コーナーで友達になったばかり。
海南大付属高校一年、男子バスケ部に所属する牧紳一くんである。
第7話 高校一年、冬の選抜のお話①
夏休みを終えてからあっという間に月日が経ち、冬になった。
十二月といえば、高校バスケ部に所属する人間にとっては冬の選抜が開催される大事な時期である。
夏のインターハイ・秋の国体・冬の選抜は『高校バスケットボールの三大タイトル』と称されている。全ての大会で優勝を手にするべく、全国の高校がしのぎを削り合っているそうな。
冬の選抜は毎年東京都内の大きな体育館を貸し切って行われる。大会期間は一週間ほどだ。
都内だから神奈川県在住の身としては行きやすいというのもあるが、私がこの会場に居るのには正当な理由がある。
「立ち見を覚悟してたけど、牧くんとここで再会できて良かったよ。全然席が空いてないんだもん」
「無理もないさ。インターハイで優勝してる山王工業が都内で見れるとなれば、バスケファンはこぞって集まるだろう」
私が移動しやすいよう避けてくれる人にお礼を言いながら牧くんの隣りの席に腰掛ける。さっきぶりだな、なんて言われて互いに微笑を浮かべた。
少し下に見えるコートで行われるのは山王工業高校と九州学園の試合だ。私は高校バスケに詳しくはないけど、牧くん曰く九州学園はなかなかの強豪校らしい。
「早乙女さんの従兄妹も選手登録されてるんだったか。もしかして山王だったり?」
「そうだよ。よく分かったね」
「冗談のつもりだったんだが本当か!?」
雑談めいた予想が当たり、牧くんは心の底から驚いてるかのように目を見開く。
「でも、控え選手だから出れるかは分からないって言ってた」
一成から『冬の選抜で選手登録されることになった』と電話で教えられたのは一ヶ月程前のことだ。実に淡々とした声で報告されたのを覚えている。
控え選手といえどユニフォームを着てベンチに座り、いつでも試合に出れるようウォーミングアップもするのだから事実上のレギュラー獲得といっても過言ではないだろう。もっと喜びなよと電話で言ったけど、一成は終話まで冷静なままだった。
秋の国体や冬の選抜は三年生のための大会と表現されることも多いが、山王工業はそんな甘っちょろいものではない。下級生であろうとも勝利に貢献できるだけの技術があるならば、堂本監督は評価して即座にユニフォームを与える。卒業を待つ先輩達も、思い出作りのために出場することを良しとしていない。そもそもそんな精神を持っている人間ならば山王工業なんて耐えられる場所ではないのだ。
「控え選手なんて只の名目さ。監督が必要と判断すればすぐ交代させるだろ」
「そうかな」
「何があるか分からないからな。互いにデータは調べてるだろうが、夏とは事情が違う学校も多いし」
高校によっても大会準備の方針は異なると牧くんは話す。夏のインターハイを終えたらすぐ来年に向けて調整を進める高校もあれば、受験などの事情で三年生の殆どが抜ける学校もある。苦労して集めたデータの大部分が使い物にならないという事態も多々あるらしい。
「ところでどいつなんだ。早乙女さんの従兄妹って」
「あのね、この人。深津一成」
観客に予め配布されているプログラムには出場校の監督・選手名が記載されている。一成の名前を指差した。
「深津。深津、一成か」
牧くんはしばらくプログラムを見つめながら名前を呟く。しかしその数秒後、ふと何かに気付いたようにバッと視線を上げた。しばらくどこかを見つめていた牧くんがそのまま私のほうを振り向いてくる。
「なあ。もしかして……こっちをじっと見てる奴が深津か?」
「ん?」
牧くんが山王工業メンバーが集まっているベンチの方へ指を差す。
ユニフォームの数字までは見えないが、よく見知っている一成の姿を確認することが出来た。その一成は私達が座っている方向をじーっと見つめているというか、凝視している。ガン見レベルだ。
「うん。あれが深津。てか何だろ。めっちゃ見てきてるんだけど」
「とりあえず手でも振ってみたらどうだ? 応援してるってアピールすれば満足してくれるだろ多分」
彼のアドバイス通り、一成に向かって右手で大きく手を振ってみる。手首には一成から貰った黒いリストバンドも付けている。空いている左手で『ちゃんと付けてるよ!』とリストバンドを指差したら、一成はふっと笑ったようだった。
しかしその後すぐに監督が指示する体勢に入ったようで、一成の柔らかい表情を見れたのはその瞬間だけ。選手達は集中モードに切り替わり、その気配を感じ取った観客席も次第に鎮まっていく。まるで選手になったかのような緊張感を覚えた。
「深津も俺と同じ一年か……末恐ろしいな」
「それは、大所帯の山王でレギュラーを獲ってるから?」
「ああ。山王工業は日本でもトップだからな。『日本一走れるチーム』と言われるほどの練習量の多さも、三軍から二軍へ上がることの難しさも色々聞くんだよ。山王工業は別格だと誰もが言う。そんな中、深津は他の二年や三年を差し置いてレギュラーになった訳だ。秀でた何かがあるのは当然だろう?」
男子高校バスケという世界に居る牧くんの言葉は染み入るものがあった。
彼の表情は、一成の実力がどんなものか早く見たいという欲に溢れていた。
「牧くんは海南でレギュラーなの?」
「いや、残念ながらまだレギュラーじゃない。今日の俺は偵察班」
ほらな、と牧くんは膝の上に広げていたノートを見せてくれた。
「海南は昨日試合だったんだね」
「ああ。二年とレギュラーは練習だけど、一年生は今日行われる試合を手分けして偵察してこいって言われてる。ほら、よく見たら俺と同じジャージの奴ちらほら居るだろ。あれ全部」
「おお……牧くんだけが山王工業を見てる訳じゃないんだね」
「一人だけだとデータが偏るだろ。ウチの監督は『相手を分析する技術も重要だ』ってタイプだから。このノートも提出した後は順位付けされるんだぜ。最下位付近はペナルティ有り。なかなか過酷だろ?」
肩をすくめながら笑う牧くん。
だけど高校一年生とは思えないほどの外見と思考回路を持つ彼なら、恐らくは正確なデータを取ることが出来るだろう。周囲も「客観的に試合を分析できる男だ」と評価してくれるに違いない。絶対に私より頭が良いタイプだな!
「おっ。始まるぞ」
牧くんが動き始めた審判と選手の姿を捉えて呟く。
ホイッスルの音が聞こえた瞬間、私の意識はコートに向かった。
悪質なファイルを受けて山王工業の選手が怪我をした。
その選手の代わりとして一成が試合に出るよう指示があったらしい。堂本監督が一成に声を掛け、一成が肩にかけていたジャージを脱いでコートに入っていく。
コート上でチームメイトと合流する一成の姿を見て、さらにドキドキしてきた。手に汗を握るというのはこのことである。
試合に出る一成の姿は何度も見てきた。でも、山王工業の選手としての一成を見るのは今日が初めてだ。日本一の高校と名高い山王工業のユニフォームを着て、全国のバスケファンの前に立っている。
「凄いなぁ」
ずっと一緒に居た一成が、今はとても遠く感じる。まあ今は物理的にも離れている訳だが。
選手の負傷によって停まっていた試合が再開される。
一成は豪快に試合を進めるタイプではない。巧みなアシスタントで周りを活かす黒子的な存在だ。それでいてスリーポイントなど得点につなげるシュートもしっかりと決める。先輩達に「ナイス!」と声をかけられた一成が、ほんの少しだけ。ほんの少しだけ嬉しそうにしていた。
試合に見入り、一成のプレーに見惚れていると隣から感嘆の呟きが聞こえてきた。
「はは……いや、凄いな」
「牧くん?」
「山王と戦うチームは、これから二年間は深津の存在に苦しめられるだろう」
山王工業と対戦する高校は思い知るだろう。一年生という若さで、冬の選抜とはいえレギュラーを手にした深津一成の強さを。
今の時点で試合に立てるのなら、余程のことがない限り彼は試合で重宝されるだろう。
そして、深津一成だけではなく、彼の周りにも秘めた力を持つ仲間にも言えることだ。山王工業には全国からバスケの才能に溢れた学生が集まってくる。今この場で見ることも叶わない、観客席で声援を送っているだろう部員の中にも未来の逸材が居るはずなのだ。
「今日、この試合を見れて良かった。俺も覚悟を決められたよ」
「覚悟」
「ああ。内容と質を上げて、練習量を増やさないと対抗できないだろうからな」
いつか対戦することになるであろう山王工業への対抗策を練るべく、牧くんはすっきりした表情でそう語る。
いつもは山王工業の味方(笑)な私だが、この時ばかりは「牧くん頑張れ……!」と思った。
牧くんと一成がコート上で相見える時が訪れるのだろうか。
その時は私も試合が見れたらいいなと思う。
* * *
私達が見ていた試合は、三十点近い点差で山王工業が勝利した。圧倒的な実力だった。
互いの高校が挨拶を終えてそれぞれのベンチに戻っていく。一成がこちらを一瞥したように見えたので、私は小さく手を上げる。ヒラヒラさせると一成も同じ動作をしてくれた。
牧くんは満足のいくデータが取れたようだ。ちらりと見せてくれたノートは、びっしりと文字やコート上の動きをイラストにしたもので埋まっている。
「早乙女さんは山王工業の試合を全部見るのか?」
「見たいんだけどねぇ。平日もあるから」
冬の選抜は十二月初旬。冬休みにはまだ遠い。
「一応真面目に大学進学を考えてるから、サボって内申点下げるのもちょっと困るんだよね」
「そうか。少なくとも親御さんには相談したほうが良いな」
「うん。帰ったら相談してみるよ」
「早乙女さんがバスケ部のマネージャーとかだったら、堂々と休めたのにな」
うう、耳が痛い。
どこにも所属していない万年帰宅部である私の立場ではどう足掻いても大会等で公欠するのは難しい。
だからといって湘北高校の女子バスケ部に興味はないし、男子バスケ部のマネージャーになるというのもどうも現実的ではない。というか公欠目的で入部を考えるのは最低だろう。
「友達になって一緒に観戦できたのも何かの縁だ。もし良かったら連絡先を教えてくれないか?」
「え、私の家の?」
「ああ。せっかく同じ県内に住んでるんだ。もし予定が合えばバスケしよう」
「部活で大変なのに、そんな予定実現するかなぁ」
「オーバーワークは故障の元だぞ。地獄っちゃ地獄だが、少しくらいの時間は作れるさ。あの深津が教え込んだ早乙女さんのバスケも知りたいし」
牧くんの瞳がギラリと肉食獣のように光ったような気がした。
一緒に観戦してた時の牧くんとも、自販機コーナーで知り合った時の牧くんとも違う。
バスケという唯一無二の存在を通して私を見ている。
「う、うん。分かった」
「これ、俺の家の番号な。深津ほど力になれるかは分からないけど、行き来しやすい分何かあれば協力するよ」
「ありがとう。私が何かするよりも牧くん一人で解決しちゃいそうだけど、何かあったら言ってね。出来る限りで力になります」
お互い電話番号を書いたメモを交換する。
牧くんは先輩との待ち合わせ場所へ、私は駅に向かうため、そのまま解散した。
多分また会えるような気がする。
テストのヤマカンは外れるが、こういう勘は当たるのだ。
※大会に関する記述はホームページを参考にしつつも大部分が妄想です。
「早乙女さん! こっちに来いよ。隣、空いてるぜ」
満員に近い観客席を見回していると、黄色と紫色の派手なジャージに身を包んだ男が立ち上がってそう言った。
その人はちょっと前に一階の自販機コーナーで友達になったばかり。
海南大付属高校一年、男子バスケ部に所属する牧紳一くんである。
第7話 高校一年、冬の選抜のお話①
夏休みを終えてからあっという間に月日が経ち、冬になった。
十二月といえば、高校バスケ部に所属する人間にとっては冬の選抜が開催される大事な時期である。
夏のインターハイ・秋の国体・冬の選抜は『高校バスケットボールの三大タイトル』と称されている。全ての大会で優勝を手にするべく、全国の高校がしのぎを削り合っているそうな。
冬の選抜は毎年東京都内の大きな体育館を貸し切って行われる。大会期間は一週間ほどだ。
都内だから神奈川県在住の身としては行きやすいというのもあるが、私がこの会場に居るのには正当な理由がある。
「立ち見を覚悟してたけど、牧くんとここで再会できて良かったよ。全然席が空いてないんだもん」
「無理もないさ。インターハイで優勝してる山王工業が都内で見れるとなれば、バスケファンはこぞって集まるだろう」
私が移動しやすいよう避けてくれる人にお礼を言いながら牧くんの隣りの席に腰掛ける。さっきぶりだな、なんて言われて互いに微笑を浮かべた。
少し下に見えるコートで行われるのは山王工業高校と九州学園の試合だ。私は高校バスケに詳しくはないけど、牧くん曰く九州学園はなかなかの強豪校らしい。
「早乙女さんの従兄妹も選手登録されてるんだったか。もしかして山王だったり?」
「そうだよ。よく分かったね」
「冗談のつもりだったんだが本当か!?」
雑談めいた予想が当たり、牧くんは心の底から驚いてるかのように目を見開く。
「でも、控え選手だから出れるかは分からないって言ってた」
一成から『冬の選抜で選手登録されることになった』と電話で教えられたのは一ヶ月程前のことだ。実に淡々とした声で報告されたのを覚えている。
控え選手といえどユニフォームを着てベンチに座り、いつでも試合に出れるようウォーミングアップもするのだから事実上のレギュラー獲得といっても過言ではないだろう。もっと喜びなよと電話で言ったけど、一成は終話まで冷静なままだった。
秋の国体や冬の選抜は三年生のための大会と表現されることも多いが、山王工業はそんな甘っちょろいものではない。下級生であろうとも勝利に貢献できるだけの技術があるならば、堂本監督は評価して即座にユニフォームを与える。卒業を待つ先輩達も、思い出作りのために出場することを良しとしていない。そもそもそんな精神を持っている人間ならば山王工業なんて耐えられる場所ではないのだ。
「控え選手なんて只の名目さ。監督が必要と判断すればすぐ交代させるだろ」
「そうかな」
「何があるか分からないからな。互いにデータは調べてるだろうが、夏とは事情が違う学校も多いし」
高校によっても大会準備の方針は異なると牧くんは話す。夏のインターハイを終えたらすぐ来年に向けて調整を進める高校もあれば、受験などの事情で三年生の殆どが抜ける学校もある。苦労して集めたデータの大部分が使い物にならないという事態も多々あるらしい。
「ところでどいつなんだ。早乙女さんの従兄妹って」
「あのね、この人。深津一成」
観客に予め配布されているプログラムには出場校の監督・選手名が記載されている。一成の名前を指差した。
「深津。深津、一成か」
牧くんはしばらくプログラムを見つめながら名前を呟く。しかしその数秒後、ふと何かに気付いたようにバッと視線を上げた。しばらくどこかを見つめていた牧くんがそのまま私のほうを振り向いてくる。
「なあ。もしかして……こっちをじっと見てる奴が深津か?」
「ん?」
牧くんが山王工業メンバーが集まっているベンチの方へ指を差す。
ユニフォームの数字までは見えないが、よく見知っている一成の姿を確認することが出来た。その一成は私達が座っている方向をじーっと見つめているというか、凝視している。ガン見レベルだ。
「うん。あれが深津。てか何だろ。めっちゃ見てきてるんだけど」
「とりあえず手でも振ってみたらどうだ? 応援してるってアピールすれば満足してくれるだろ多分」
彼のアドバイス通り、一成に向かって右手で大きく手を振ってみる。手首には一成から貰った黒いリストバンドも付けている。空いている左手で『ちゃんと付けてるよ!』とリストバンドを指差したら、一成はふっと笑ったようだった。
しかしその後すぐに監督が指示する体勢に入ったようで、一成の柔らかい表情を見れたのはその瞬間だけ。選手達は集中モードに切り替わり、その気配を感じ取った観客席も次第に鎮まっていく。まるで選手になったかのような緊張感を覚えた。
「深津も俺と同じ一年か……末恐ろしいな」
「それは、大所帯の山王でレギュラーを獲ってるから?」
「ああ。山王工業は日本でもトップだからな。『日本一走れるチーム』と言われるほどの練習量の多さも、三軍から二軍へ上がることの難しさも色々聞くんだよ。山王工業は別格だと誰もが言う。そんな中、深津は他の二年や三年を差し置いてレギュラーになった訳だ。秀でた何かがあるのは当然だろう?」
男子高校バスケという世界に居る牧くんの言葉は染み入るものがあった。
彼の表情は、一成の実力がどんなものか早く見たいという欲に溢れていた。
「牧くんは海南でレギュラーなの?」
「いや、残念ながらまだレギュラーじゃない。今日の俺は偵察班」
ほらな、と牧くんは膝の上に広げていたノートを見せてくれた。
「海南は昨日試合だったんだね」
「ああ。二年とレギュラーは練習だけど、一年生は今日行われる試合を手分けして偵察してこいって言われてる。ほら、よく見たら俺と同じジャージの奴ちらほら居るだろ。あれ全部」
「おお……牧くんだけが山王工業を見てる訳じゃないんだね」
「一人だけだとデータが偏るだろ。ウチの監督は『相手を分析する技術も重要だ』ってタイプだから。このノートも提出した後は順位付けされるんだぜ。最下位付近はペナルティ有り。なかなか過酷だろ?」
肩をすくめながら笑う牧くん。
だけど高校一年生とは思えないほどの外見と思考回路を持つ彼なら、恐らくは正確なデータを取ることが出来るだろう。周囲も「客観的に試合を分析できる男だ」と評価してくれるに違いない。絶対に私より頭が良いタイプだな!
「おっ。始まるぞ」
牧くんが動き始めた審判と選手の姿を捉えて呟く。
ホイッスルの音が聞こえた瞬間、私の意識はコートに向かった。
悪質なファイルを受けて山王工業の選手が怪我をした。
その選手の代わりとして一成が試合に出るよう指示があったらしい。堂本監督が一成に声を掛け、一成が肩にかけていたジャージを脱いでコートに入っていく。
コート上でチームメイトと合流する一成の姿を見て、さらにドキドキしてきた。手に汗を握るというのはこのことである。
試合に出る一成の姿は何度も見てきた。でも、山王工業の選手としての一成を見るのは今日が初めてだ。日本一の高校と名高い山王工業のユニフォームを着て、全国のバスケファンの前に立っている。
「凄いなぁ」
ずっと一緒に居た一成が、今はとても遠く感じる。まあ今は物理的にも離れている訳だが。
選手の負傷によって停まっていた試合が再開される。
一成は豪快に試合を進めるタイプではない。巧みなアシスタントで周りを活かす黒子的な存在だ。それでいてスリーポイントなど得点につなげるシュートもしっかりと決める。先輩達に「ナイス!」と声をかけられた一成が、ほんの少しだけ。ほんの少しだけ嬉しそうにしていた。
試合に見入り、一成のプレーに見惚れていると隣から感嘆の呟きが聞こえてきた。
「はは……いや、凄いな」
「牧くん?」
「山王と戦うチームは、これから二年間は深津の存在に苦しめられるだろう」
山王工業と対戦する高校は思い知るだろう。一年生という若さで、冬の選抜とはいえレギュラーを手にした深津一成の強さを。
今の時点で試合に立てるのなら、余程のことがない限り彼は試合で重宝されるだろう。
そして、深津一成だけではなく、彼の周りにも秘めた力を持つ仲間にも言えることだ。山王工業には全国からバスケの才能に溢れた学生が集まってくる。今この場で見ることも叶わない、観客席で声援を送っているだろう部員の中にも未来の逸材が居るはずなのだ。
「今日、この試合を見れて良かった。俺も覚悟を決められたよ」
「覚悟」
「ああ。内容と質を上げて、練習量を増やさないと対抗できないだろうからな」
いつか対戦することになるであろう山王工業への対抗策を練るべく、牧くんはすっきりした表情でそう語る。
いつもは山王工業の味方(笑)な私だが、この時ばかりは「牧くん頑張れ……!」と思った。
牧くんと一成がコート上で相見える時が訪れるのだろうか。
その時は私も試合が見れたらいいなと思う。
* * *
私達が見ていた試合は、三十点近い点差で山王工業が勝利した。圧倒的な実力だった。
互いの高校が挨拶を終えてそれぞれのベンチに戻っていく。一成がこちらを一瞥したように見えたので、私は小さく手を上げる。ヒラヒラさせると一成も同じ動作をしてくれた。
牧くんは満足のいくデータが取れたようだ。ちらりと見せてくれたノートは、びっしりと文字やコート上の動きをイラストにしたもので埋まっている。
「早乙女さんは山王工業の試合を全部見るのか?」
「見たいんだけどねぇ。平日もあるから」
冬の選抜は十二月初旬。冬休みにはまだ遠い。
「一応真面目に大学進学を考えてるから、サボって内申点下げるのもちょっと困るんだよね」
「そうか。少なくとも親御さんには相談したほうが良いな」
「うん。帰ったら相談してみるよ」
「早乙女さんがバスケ部のマネージャーとかだったら、堂々と休めたのにな」
うう、耳が痛い。
どこにも所属していない万年帰宅部である私の立場ではどう足掻いても大会等で公欠するのは難しい。
だからといって湘北高校の女子バスケ部に興味はないし、男子バスケ部のマネージャーになるというのもどうも現実的ではない。というか公欠目的で入部を考えるのは最低だろう。
「友達になって一緒に観戦できたのも何かの縁だ。もし良かったら連絡先を教えてくれないか?」
「え、私の家の?」
「ああ。せっかく同じ県内に住んでるんだ。もし予定が合えばバスケしよう」
「部活で大変なのに、そんな予定実現するかなぁ」
「オーバーワークは故障の元だぞ。地獄っちゃ地獄だが、少しくらいの時間は作れるさ。あの深津が教え込んだ早乙女さんのバスケも知りたいし」
牧くんの瞳がギラリと肉食獣のように光ったような気がした。
一緒に観戦してた時の牧くんとも、自販機コーナーで知り合った時の牧くんとも違う。
バスケという唯一無二の存在を通して私を見ている。
「う、うん。分かった」
「これ、俺の家の番号な。深津ほど力になれるかは分からないけど、行き来しやすい分何かあれば協力するよ」
「ありがとう。私が何かするよりも牧くん一人で解決しちゃいそうだけど、何かあったら言ってね。出来る限りで力になります」
お互い電話番号を書いたメモを交換する。
牧くんは先輩との待ち合わせ場所へ、私は駅に向かうため、そのまま解散した。
多分また会えるような気がする。
テストのヤマカンは外れるが、こういう勘は当たるのだ。