第1章 高校一年のお話(全17話)
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※当サイトでは、深津が接尾語を使用するようになったのは小学校高学年くらいからの設定です。
四親等にあたる従兄妹同士は結婚が可能である。
その事実を知った十数年前のある夜、幼い俺は喜びの余りなかなか寝付けずにいたのを覚えている。
ああ、俺は諦めなくていいんだ。この気持ちを無かったことにしなくていいんだと。そう思いながら布団の中で涙を流す。
それは生まれて初めて流した、歓喜の涙だった。
第6話 俺は“待てる”男だ。
従兄妹という関係があったからかもしれないが、生まれた時から早乙女夢子とはずっと一緒だった。
家族ぐるみで付き合いがあったから、やれ海に行くだのやれ遊園地に行くなど、ちょっとしたお出かけにも必ず夢子と居るのが当たり前だった。
夢子は女の子なのに周りの女の子達と全然違う。俺と一緒に遊びたいんだと言って、汚れるのも構わずに後をついてきた。人形遊びやままごとなど女の子らしい遊びには目もくれず、鬼ごっこや缶蹴りなど結果が物を言う男子の遊びに熱中するタイプだった。
『かずくん、待ってぇ』
小さい頃から運動神経が良い俺についてこようといつだって必死な夢子は可愛かった。天邪鬼な年齢だから正面から「可愛い」なんて言える訳は無い。でも明らかに周囲の女子とは扱いを分けていた。そして自然に夢子に恋していた。
誰にも邪魔されたくなくて、奪われたくなくて俺はいつも夢子と一緒に遊んでいた。どう言えば彼女が興味を持ってくれるかという話術はこの頃に学んで身につけたものだと思っている。
その後、俺はバスケットボールというスポーツと出逢う。きっかけは母が見せてくれたNBAのビデオだ。友人から貰ったものらしいが、俺はすっかりその未知の競技に見惚れてしまったのだ。
俺は習い事という形でバスケットボールを始めた。その時間だけは夢子と居られなかったけど、彼女と居る時とは別の楽しさをバスケットボールで得ていた。
近所の公園にあるバスケットコートでシュート練習していると、ベンチに座りながら夢子はじーっと見つめてきた。俺の動き、ボールの動きをじっくり観察しているように見える。俺はいつものように夢子に尋ねた。
「夢子も、バスケットボールやってみたい?」
『……私にもできるのかな』
手を伸ばしたいけど勇気が持てない。迷う表情を浮かべている夢子にすかさず優しく言う。
「だいじょうぶ。俺が、教えてあげるから」
『本当? 下手でも怒らない?』
「怒らないよ。夢子が上手になれるように俺も頑張る。だから、ずっと一緒に練習しよう」
さりげなく「ずっと一緒に」なんて誓いめいた言葉を使って夢子を説得する。
面白い遊びには時間を忘れて没頭してしまう彼女なら。それに関わるのが他の誰でもない俺なら、まず間違いなく頷いてくれる。それが分かっているから俺は思い切ったことが言える。
『……うん! かずくんとずっと一緒に練習する!』
決意したように満面の笑みでそう復唱してくれたあの表情は今だって忘れられない。
それから俺は自分の技術を磨くのと同じくらいの熱量で夢子にバスケを教えた。
真面目で負けず嫌いなところがある彼女はどんなに注意されてもへこたれない。褒めてばかりでは上達しないので、出来ていないところや明らかなミスがあればちゃんと指摘する。言い方が気に入らなかったり何度やってもダメな時は不満そうに睨まれたり泣かれた時もある。だが努力が成功に繋がった回数が多くなるにつれて、彼女は俺を師匠として尊敬してくれるようになった。
バスケをするだけでなく、バスケに関する情報についても興味を示してくれたのは幸運だった。
バスケ雑誌を一緒に読んだり、面白そうな試合があれば親に頼んで連れて行ってもらった。初めてのバッシュはお揃いのメーカーを購入して、国内外問わずバスケの試合のビデオを見ながらあれこれ議論した。帰りが遅いと親に怒られるくらいの時間をともに過ごした。
小学校の時点で俺はバスケに関しては一番だった。だから中学校でもバスケ部に入るのは決定事項だった。
夢子もまた俺とのバスケに楽しさを見出し、中学校では女子バスケ部に入ると言っていた。だけど部活に入ってから彼女は少しずつ陰鬱な顔をするようになる。俺と1on1する時はさすがに集中するものの、休憩時間や帰宅の道中にぼーっとしていることが多くなって。
原因は分かっていた。彼女が部活で、特に三年生の先輩からしつこい嫌がらせをされていた。それは俺も何度か見かけたことがある。何をしているんだと声を掛けようとしたが「余計なことはしないほうがいい。女子バスには女子バスの事情があるかもしれないし」と先輩に引き止められた。
嫌がらせが許容されるような事情とは何だ。
バスケをするうえで、チームメイトとある程度友好的に付き合うのはごくごく当たり前なことではないか。
夢子の境遇について悶々とした日々を送っていると、しばらくして彼女から思わぬ言葉を耳にする。
『一成。私ね、今日バスケ部辞めたよ』
その日は女子バスケ部の地区予選初日だったはずだ。男子バスケ部とは一日違いだから間違いない。
『どうせなら先輩が一番嫌がるタイミングで辞めてやろうと思っててさ』
辞めたのは部活だけか?
バスケも辞めてしまうのか?
俺と一緒に居る時間をつくってくれたバスケットボールを、その技術を、全て捨ててしまうのか?
問いただしたくなる気持ちをひとまず落ち着かせて、俺は静かに尋ねる。
「バスケは、どうするナリ」
『んー?』
「バスケットボールも辞めるナリ? 部活で、嫌になったナリ?」
頼む。
どうかバスケを嫌いにならないでくれ。
嫌が応にも男女の差が顕著になってくるこの歳で、中学校という世界で、夢子がバスケから離れてしまったら。
俺達は一緒に居られなくなってしまう。
俺はこの先、身体の故障でもない限りはバスケを続ける気でいる。それを見据えて部活でも地道に基礎からやり直し、早朝トレーニングも欠かさずこなしている。まだまだ先だが高校もバスケが強いところに進学しようと決めている。
俺は、バスケから離れた夢子との付き合い方が分からない。
お前は俺を器用な男だと言うが、そんなものじゃない。俺はバスケでしか優位に立てない男だ。そのバスケを武器に使う卑怯者だ。
頼むから、捨てないでくれ。
『何言ってんの! バスケ自体は辞めないよ! 部活が嫌になっただけだし』
「……本当ナリ?」
『うん! 一成に教えてもらってせっかくここまでバスケ出来るようになったのに、辞めちゃったら勿体ないじゃん。それに一成とバスケするのは楽しいもん』
夢子はいつも、俺とやるバスケは楽しいと言ってくれる。
それは決して楽しいだけの時間ではない。時として俺の助言を受けて彼女は怒り、泣き、愚痴り、不貞腐れた。だがその時間すらも今は良い思い出だと笑ってくれる。そのおかげで今の自分が在るんだと言ってくれる。
『私ね、一成とバスケするの大好きだよ』
その言葉がすとんと胸に落ちた。
『一成こそ幻滅してない? 私がバスケ部辞めちゃったこと』
「そんなことあるわけないナリ。悪いのはどう考えたってあっちナリ。夢子が今日辞めたってことは試合もどうせ惨敗してるナリ。いい気味ナリ」
『だよねー! 私もそう思う! ざまぁ見やがれってね!』
思いっきり笑い飛ばす夢子は良くも悪くも吹っ切れたように見えた。
これで彼女を縛り付ける女子バスケ部とも縁を切った。彼女は見切りをつけた物には未練を残さず一切興味を示さない。恐らくこの先、何があっても再入部をすることはないだろう。
『やっぱりバスケするなら一成とが一番だよ』
「そう言ってもらえると教えた甲斐もあるナリ」
『一成は部活で忙しいだろうけど、今まで通り時間がある時は私とバスケしてほしいな。ちょっとでもいいから』
今更何を遠慮しているんだか。
ずっと一緒にと持ち掛けたのは俺だ。
お前の面倒なら、バスケだけと言わず死ぬまでだって見てやるさ。
「もちろんナリ。ずっと一緒に練習しようと誘ったのは俺ナリ。これからもビシビシ鍛えてやるから覚悟しとくナリ」
『やった! これからもよろしくお願いします!』
今すぐ恋人同士になりたい訳じゃない。
焦れば、今こうして一緒に居られる環境すら手離すことになりかねない。
一時は「従兄妹は結婚できない」と誤った知識を吸収し、絶望した俺だ。その時の絶望に比べれば長期戦で彼女を手にすることなんて大した痛みではない。
俺はこの先も唯一の武器であるバスケの技術を磨き、よりバスケの世界の高みに登る。そして、そこに彼女も連れていく。
俺は努力するだけだ。
いつまでも彼女にとって魅力的な選手で居られるように。
俺は“待てる”男だ。
時間をかけるのは嫌いじゃない。上手く事を運ぶにはそれなりの時間と計画が必要だ。
さあ、人生を賭けてあの子を手に入れよう。
俺の成功は、バスケと夢子の存在にかかっている。
四親等にあたる従兄妹同士は結婚が可能である。
その事実を知った十数年前のある夜、幼い俺は喜びの余りなかなか寝付けずにいたのを覚えている。
ああ、俺は諦めなくていいんだ。この気持ちを無かったことにしなくていいんだと。そう思いながら布団の中で涙を流す。
それは生まれて初めて流した、歓喜の涙だった。
第6話 俺は“待てる”男だ。
従兄妹という関係があったからかもしれないが、生まれた時から早乙女夢子とはずっと一緒だった。
家族ぐるみで付き合いがあったから、やれ海に行くだのやれ遊園地に行くなど、ちょっとしたお出かけにも必ず夢子と居るのが当たり前だった。
夢子は女の子なのに周りの女の子達と全然違う。俺と一緒に遊びたいんだと言って、汚れるのも構わずに後をついてきた。人形遊びやままごとなど女の子らしい遊びには目もくれず、鬼ごっこや缶蹴りなど結果が物を言う男子の遊びに熱中するタイプだった。
『かずくん、待ってぇ』
小さい頃から運動神経が良い俺についてこようといつだって必死な夢子は可愛かった。天邪鬼な年齢だから正面から「可愛い」なんて言える訳は無い。でも明らかに周囲の女子とは扱いを分けていた。そして自然に夢子に恋していた。
誰にも邪魔されたくなくて、奪われたくなくて俺はいつも夢子と一緒に遊んでいた。どう言えば彼女が興味を持ってくれるかという話術はこの頃に学んで身につけたものだと思っている。
その後、俺はバスケットボールというスポーツと出逢う。きっかけは母が見せてくれたNBAのビデオだ。友人から貰ったものらしいが、俺はすっかりその未知の競技に見惚れてしまったのだ。
俺は習い事という形でバスケットボールを始めた。その時間だけは夢子と居られなかったけど、彼女と居る時とは別の楽しさをバスケットボールで得ていた。
近所の公園にあるバスケットコートでシュート練習していると、ベンチに座りながら夢子はじーっと見つめてきた。俺の動き、ボールの動きをじっくり観察しているように見える。俺はいつものように夢子に尋ねた。
「夢子も、バスケットボールやってみたい?」
『……私にもできるのかな』
手を伸ばしたいけど勇気が持てない。迷う表情を浮かべている夢子にすかさず優しく言う。
「だいじょうぶ。俺が、教えてあげるから」
『本当? 下手でも怒らない?』
「怒らないよ。夢子が上手になれるように俺も頑張る。だから、ずっと一緒に練習しよう」
さりげなく「ずっと一緒に」なんて誓いめいた言葉を使って夢子を説得する。
面白い遊びには時間を忘れて没頭してしまう彼女なら。それに関わるのが他の誰でもない俺なら、まず間違いなく頷いてくれる。それが分かっているから俺は思い切ったことが言える。
『……うん! かずくんとずっと一緒に練習する!』
決意したように満面の笑みでそう復唱してくれたあの表情は今だって忘れられない。
それから俺は自分の技術を磨くのと同じくらいの熱量で夢子にバスケを教えた。
真面目で負けず嫌いなところがある彼女はどんなに注意されてもへこたれない。褒めてばかりでは上達しないので、出来ていないところや明らかなミスがあればちゃんと指摘する。言い方が気に入らなかったり何度やってもダメな時は不満そうに睨まれたり泣かれた時もある。だが努力が成功に繋がった回数が多くなるにつれて、彼女は俺を師匠として尊敬してくれるようになった。
バスケをするだけでなく、バスケに関する情報についても興味を示してくれたのは幸運だった。
バスケ雑誌を一緒に読んだり、面白そうな試合があれば親に頼んで連れて行ってもらった。初めてのバッシュはお揃いのメーカーを購入して、国内外問わずバスケの試合のビデオを見ながらあれこれ議論した。帰りが遅いと親に怒られるくらいの時間をともに過ごした。
小学校の時点で俺はバスケに関しては一番だった。だから中学校でもバスケ部に入るのは決定事項だった。
夢子もまた俺とのバスケに楽しさを見出し、中学校では女子バスケ部に入ると言っていた。だけど部活に入ってから彼女は少しずつ陰鬱な顔をするようになる。俺と1on1する時はさすがに集中するものの、休憩時間や帰宅の道中にぼーっとしていることが多くなって。
原因は分かっていた。彼女が部活で、特に三年生の先輩からしつこい嫌がらせをされていた。それは俺も何度か見かけたことがある。何をしているんだと声を掛けようとしたが「余計なことはしないほうがいい。女子バスには女子バスの事情があるかもしれないし」と先輩に引き止められた。
嫌がらせが許容されるような事情とは何だ。
バスケをするうえで、チームメイトとある程度友好的に付き合うのはごくごく当たり前なことではないか。
夢子の境遇について悶々とした日々を送っていると、しばらくして彼女から思わぬ言葉を耳にする。
『一成。私ね、今日バスケ部辞めたよ』
その日は女子バスケ部の地区予選初日だったはずだ。男子バスケ部とは一日違いだから間違いない。
『どうせなら先輩が一番嫌がるタイミングで辞めてやろうと思っててさ』
辞めたのは部活だけか?
バスケも辞めてしまうのか?
俺と一緒に居る時間をつくってくれたバスケットボールを、その技術を、全て捨ててしまうのか?
問いただしたくなる気持ちをひとまず落ち着かせて、俺は静かに尋ねる。
「バスケは、どうするナリ」
『んー?』
「バスケットボールも辞めるナリ? 部活で、嫌になったナリ?」
頼む。
どうかバスケを嫌いにならないでくれ。
嫌が応にも男女の差が顕著になってくるこの歳で、中学校という世界で、夢子がバスケから離れてしまったら。
俺達は一緒に居られなくなってしまう。
俺はこの先、身体の故障でもない限りはバスケを続ける気でいる。それを見据えて部活でも地道に基礎からやり直し、早朝トレーニングも欠かさずこなしている。まだまだ先だが高校もバスケが強いところに進学しようと決めている。
俺は、バスケから離れた夢子との付き合い方が分からない。
お前は俺を器用な男だと言うが、そんなものじゃない。俺はバスケでしか優位に立てない男だ。そのバスケを武器に使う卑怯者だ。
頼むから、捨てないでくれ。
『何言ってんの! バスケ自体は辞めないよ! 部活が嫌になっただけだし』
「……本当ナリ?」
『うん! 一成に教えてもらってせっかくここまでバスケ出来るようになったのに、辞めちゃったら勿体ないじゃん。それに一成とバスケするのは楽しいもん』
夢子はいつも、俺とやるバスケは楽しいと言ってくれる。
それは決して楽しいだけの時間ではない。時として俺の助言を受けて彼女は怒り、泣き、愚痴り、不貞腐れた。だがその時間すらも今は良い思い出だと笑ってくれる。そのおかげで今の自分が在るんだと言ってくれる。
『私ね、一成とバスケするの大好きだよ』
その言葉がすとんと胸に落ちた。
『一成こそ幻滅してない? 私がバスケ部辞めちゃったこと』
「そんなことあるわけないナリ。悪いのはどう考えたってあっちナリ。夢子が今日辞めたってことは試合もどうせ惨敗してるナリ。いい気味ナリ」
『だよねー! 私もそう思う! ざまぁ見やがれってね!』
思いっきり笑い飛ばす夢子は良くも悪くも吹っ切れたように見えた。
これで彼女を縛り付ける女子バスケ部とも縁を切った。彼女は見切りをつけた物には未練を残さず一切興味を示さない。恐らくこの先、何があっても再入部をすることはないだろう。
『やっぱりバスケするなら一成とが一番だよ』
「そう言ってもらえると教えた甲斐もあるナリ」
『一成は部活で忙しいだろうけど、今まで通り時間がある時は私とバスケしてほしいな。ちょっとでもいいから』
今更何を遠慮しているんだか。
ずっと一緒にと持ち掛けたのは俺だ。
お前の面倒なら、バスケだけと言わず死ぬまでだって見てやるさ。
「もちろんナリ。ずっと一緒に練習しようと誘ったのは俺ナリ。これからもビシビシ鍛えてやるから覚悟しとくナリ」
『やった! これからもよろしくお願いします!』
今すぐ恋人同士になりたい訳じゃない。
焦れば、今こうして一緒に居られる環境すら手離すことになりかねない。
一時は「従兄妹は結婚できない」と誤った知識を吸収し、絶望した俺だ。その時の絶望に比べれば長期戦で彼女を手にすることなんて大した痛みではない。
俺はこの先も唯一の武器であるバスケの技術を磨き、よりバスケの世界の高みに登る。そして、そこに彼女も連れていく。
俺は努力するだけだ。
いつまでも彼女にとって魅力的な選手で居られるように。
俺は“待てる”男だ。
時間をかけるのは嫌いじゃない。上手く事を運ぶにはそれなりの時間と計画が必要だ。
さあ、人生を賭けてあの子を手に入れよう。
俺の成功は、バスケと夢子の存在にかかっている。