第1章 高校一年のお話(全17話)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
河田のお母さんが「行きたいところがあったら遠慮なく言ってね」と声を掛けてくれたけど、私はやんわりとお断りした。
せっかく秋田に来たんだし、女の子だから買物くらいしたいんじゃないかと気遣ってくれたんだろう。
「雅史くんや深津君とバスケするのが本当に楽しいんです。ここには少ししか居られないから、皆が付き合ってくれる間はバスケに没頭していたいんです」
そう答えると河田のお母さんは納得したように、そして嬉しそうに微笑んでくれた。
夢子ちゃんがお嫁さんに来てくれたら嬉しいんだけどねぇと言われたことは他のメンバーには内緒にしておこうと思う。
第5話 高校一年、秋田での夏休み~三日目~
今日の午後も飽きず屋外コートに集合した。もちろんメンバーも昨日と同じ顔触れである。
もっと人数を増やして5対5で試合できるようにしようかという案も上がったが、一成が「初対面の人間が多過ぎるのは夢子も気を遣うから止めとくっショ」と言ってくれたおかげで流れた。
基礎蓮練を終え、さぁチーム分けしようかというところで私を除く全員の身体がギシッと固まった。
「ん? 皆どうしたの?」
皆の視線が一点に集中している。そしてそれは私の後方にある階段に向かっている。全員の気を引くような物なんて置いてなかったはずだ。何があるのか気になって私も後ろを振り向くと、そこには驚くべき人物が立っていた。
「えっ? どっ、堂本監督!?」
散歩の途中ですとでもいうような雰囲気で階段の上に居るのは、長い歴史と輝かしい実績を持つ山王工業高校バスケ部の現監督・堂本監督だった。雑誌で何度も見たことがある顔だから間違いない。
そしてその瞬間、私以外の五人が勢いよく腰を九十度に曲げながら大声で発した。
「「「こんちゃーっス!!!」」」
「うわっ!!」
現役バスケ部の本気の挨拶というのは圧が凄い。持っていたボールを思わず落としてしまうほどの気迫を感じた。
中学校時代の部活もこんな感じだったような気がしたけど、退部してからだいぶ時間が経っているのですっかり体育会系の感覚を忘れていた。
「なんだなんだお前達。今日も来てたのか」
はっはっはと笑いながら堂本監督がゆっくり階段を下りてくる。こっちに来る気らしい。
皆はすっかり姿勢を元に戻していたけれど、視線も身体の向きも監督から離さない。ひと言も聞き逃すまいという真剣さすら伝わってくる。きっと部活中もこんな雰囲気なのかもしれない。
監督は私が落としたボールをひょいっと拾いながら話す。
「実は昨日、お前達が3on3してるくらいから見てたんだ。今日もやってたらいいなと思って来てみたんだが、いやぁ予想通りで良かった」
「見てらしたんですか」
「声を掛けてくだされば良かったのに、っショ」
皆とのゲームに夢中で、観覧者が居ることに気付かなかった。そしてそれは私だけではない。皆の驚きようを見れば分かる。皆も同じくバスケに集中し過ぎてたのだ。
「休みの日にまで監督ヅラして試合に口を出すのも野暮だろう。それに色々と収穫もあった」
監督は一人一人に対して感想を述べていく。
「深津。お前はその女の子に的確なアドバイスを与えるだけでなく全体をよく見てゲームメイクしていたな。何より決して慌てない。司令塔には持って来いの資質だ」
そう言われた一成は嬉しそうにほんのりと頬を染めながら「ありがとうございます、っショ」と礼を言った。他の皆も監督から直々に褒められてとても嬉しそうだ。
恐らく監督からこうして個人を評価される機会というのは非常に少ないのだろう。詳しいことは知らないが三軍まであるくらいの大所帯だし、監督なら自然と一軍を指導する時間が長いだろうし。
「さて……で、君は山王工業の生徒かな? 女子バスケ部では見ない顔だが」
監督が真っ直ぐに私を見る。
うわ、雑誌でしか見たことがない有名人に質問されちゃったー!!
こんな部外者、スルーされてもおかしくないと思ってただけに突然やってきたターンに慌てる。
「い、いえ! 私は一成、じゃなかった、ふ、深津くんの従兄弟で」
「俺がバスケを教えた従兄弟で幼馴染です。今は神奈川県の湘北高校に通ってるんですが夏休みということでこっちに呼んだんです。設備点検日で部活が休みなら俺が面倒見れますし、久しぶりに一緒にバスケしたいとも話していたので」
一成がすかさず動揺する私をフォローしてくれる。
「ほう。ではそっちの……しょうほく高校? の女子バスケ部に入部してるのかい」
「いえ、どの部活にも入ってません」
「本当かい? こいつらに対してあれだけ動けるのに勿体ない」
全国のバスケットマンが羨ましがるようなことを言われている。
二連覇まで導いた堂本監督が私のバスケを褒めてくれている。一成の指導が認められた瞬間でもある。嬉しさと感動で涙が出そうになった。
「俺は夕方まで予定が空いていてな。お前達さえ良ければこのまま見てやりたいんだが……どうだ?」
監督は指先の上でボールを回しながら尋ねてきた。全員が息を呑む音が聞こえる。
「ああ。もちろん君もだよ、早乙女くん」
「えっ? 私もですか? 私は部員じゃないですよ」
「今日は休日だ。部員だろうと部外者だろうと関係ないさ。深津の指示にすぐ対応できるあたり呑み込みも早いようだし。それに……バスケ部部員でないにも関わらず、技術向上を図る意志がある君にとっても悪い話じゃないと思うが」
た、確かに。こんなチャンス二度と訪れないかもしれない。皆が尊敬し慕う堂本監督に直接見てもらう機会なんて。
「お願いします!」
「「「宜しくお願いいたします!!」」」
私が頭を下げて承諾するや否や、固唾を飲んで見守っていた皆も勢いよく頭を下げた。
その後、私達は監督が時間だからと帰るまでみっちり指導を受けた。3on3ではさながら公式試合のように指示が飛ぶ。最初は「早乙女さん」って呼んでた監督だけど、時間が経つにつれ「早乙女!」と部員のように荒々しく呼ばれた。皆と等しく容赦の無い指示が飛んでくる。
監督の存在により皆の動きも本気度もグンと増した。昨日に比べればキツイし苦しい。着てる服なんか汗だくで不愉快だ。
でも、楽しかった。
「明日、早乙女は何時の新幹線で帰るんだ?」
「お昼だよ。十二時丁度の新幹線があるから、それに乗る」
「明日の練習は九時からだったべか。見送りできねぇのはちょっと残念だな」
「ありがとう。その気持ちだけ貰っとくよ。皆とバスケできて楽しかった。まさかあの堂本監督にレクチャーしてもらえるなんて夢にも思わなかったよ」
「いや本当に。こんな展開が待ってるとは思ってなかった」
「設備点検日なのに学校の近くにいるとか誰が予想するよ」
「とはいえ監督に個人的に指導を受けれたのは大きかったっショ。明日からの部活にも力が入るっショ」
昨日は暗くなるまでやってたけど監督の指導のお陰で全員が疲労紺倍だ。皆でコートの上に仰向けになり、息を整えながら雑談する。
これ以上のゲームは明日の部活に支障が出る。私の体調を気遣う声もあり、この日は早々に解散することになった。
帰寮する野辺・松本・イチノの三人に改めてお礼を言い、来年の夏にまた会いたいねと話した。余程の予定が入ってなければ来れるだろう。
* * *
河田は寄りたいところがあるからと家とは違う方向に行った。
私と一成は宿泊先である河田家以外に用事が無い。荷物の準備をして手に持ち、階段を上がってアスファルトの道路を歩く。
畑を見ながら十分ほど歩いた頃、一成が私を呼び止めた。
「夢子、秋田での夏休みは楽しかったっショ?」
「うん、すっごく楽しかったよ! 一成の友達とも仲良くなれたし、あの堂本監督にバスケ見てもらえたからね」
「良かったっショ」
「それだけじゃないよ。元気な一成に会えて、バスケ部としての一成の姿も見れて嬉しかった」
そう言うと、一成はきょとんとした表情を浮かべた。
「電話もいいけどさ。こうやって直接会えるほうが楽しいし、嬉しい」
ちょっと照れくさいけど、ちゃんとお礼を言っておこう。
明日は神奈川に帰るのだ。しばらくはまた電話か手紙でしか近況を聞けなくなる。
「一成が誘ってくれなかったら私は此処に居ない。一成が私に会いたいって、私とバスケしたいって思ってくれなかったらこんな時間は過ごせなかった。すごく感謝してるんだよ。本当にありがとうね」
一成の顔を見据え、満面の笑みを浮かべながら言う。
一成は少しだけ目を見張るような表情を浮かべたけど、すぐいつものようなスンッとした顔に戻った。
「来年も絶対に来るっショ」
「うん。設備点検日の予定が早めに分かったら教えてね? 予定入れないようにするから」
「分かったっショ。あと……これ、やるっショ」
さっそく来年の約束を取り付けると、一成はスポーツバッグから黒いリストバンドを取り出した。
受け取ってよく眺めると、白い糸で「山王工業高校バスケットボール部」という刺繍が入っている。
これは部員が付ける物なのでは? そう思って尋ねようとすると、一成は予測してましたというように口を開く。
「入部テストを終えて正式な部員になると自分用の他に一つだけリストバンドが支給されるっショ。親友とか家族とか、応援してくれる人にあげてもいいって言われてるから夢子が貰っても問題ないっショ」
「うわ、カッコいい……って、それなら初日にくれても良かったじゃん。これ付けてバスケしたかった」
このリストバンドを付けてプレーしてたら尚更「山王バスケ部感」が増したのではないだろうか。今思い返すと私以外のメンバーは全員このリストバンド付けてたな。うわぁ悔しい。
「あいつらに揶揄われるのは嫌だったから、どっちにしろ今晩か明日の朝に渡そうと思ってたっショ」
「揶揄われるとな?」
「……異性に渡すと「俺の彼女」っていう意味に取られることが多いっショ。変な誤解されたら困るっショ」
「そうだよねぇ。一成はバスケ一本だから恋愛なんて興味ないだろうし、そもそも従兄弟だから彼女とかまず有り得ないし」
一成が私にリストバンドをくれるのは、バスケの一番弟子だからだ。
一成と一緒にバスケを長くやっている人間も私。
一成のバスケを一番応援してるのは私だという自負もある。実際、一成の親よりも観戦してる回数は多い。
「はあ────……」
少しだけ瞼を伏せた、なんとも微妙そうな表情を浮かべながら一成が長い長い溜息をつく。
「どしたの溜め息? 幸せ逃げるよ」
「これは溜め息じゃないっショ」
「そうなの?」
「そうっショ。これは呆れというか覚悟というか、新たなる決意とかそういうやつっショ。気にするなっショ」
「あ、そう」
それだけの意味が込められた溜め息だったのか?
まぁ、一成が言うならそうなのだろう。彼は無駄を嫌うタイプではあるから。
その後は河田家で最後の夜を過ごし、朝には部活に向かう二人を玄関で見送った。
河田のお母さんから新幹線の中で食べるよう貰ったお弁当を手に、私は秋田を発った。
来年、またここに帰ってきたいな。
河田のお母さんが「行きたいところがあったら遠慮なく言ってね」と声を掛けてくれたけど、私はやんわりとお断りした。
せっかく秋田に来たんだし、女の子だから買物くらいしたいんじゃないかと気遣ってくれたんだろう。
「雅史くんや深津君とバスケするのが本当に楽しいんです。ここには少ししか居られないから、皆が付き合ってくれる間はバスケに没頭していたいんです」
そう答えると河田のお母さんは納得したように、そして嬉しそうに微笑んでくれた。
夢子ちゃんがお嫁さんに来てくれたら嬉しいんだけどねぇと言われたことは他のメンバーには内緒にしておこうと思う。
第5話 高校一年、秋田での夏休み~三日目~
今日の午後も飽きず屋外コートに集合した。もちろんメンバーも昨日と同じ顔触れである。
もっと人数を増やして5対5で試合できるようにしようかという案も上がったが、一成が「初対面の人間が多過ぎるのは夢子も気を遣うから止めとくっショ」と言ってくれたおかげで流れた。
基礎蓮練を終え、さぁチーム分けしようかというところで私を除く全員の身体がギシッと固まった。
「ん? 皆どうしたの?」
皆の視線が一点に集中している。そしてそれは私の後方にある階段に向かっている。全員の気を引くような物なんて置いてなかったはずだ。何があるのか気になって私も後ろを振り向くと、そこには驚くべき人物が立っていた。
「えっ? どっ、堂本監督!?」
散歩の途中ですとでもいうような雰囲気で階段の上に居るのは、長い歴史と輝かしい実績を持つ山王工業高校バスケ部の現監督・堂本監督だった。雑誌で何度も見たことがある顔だから間違いない。
そしてその瞬間、私以外の五人が勢いよく腰を九十度に曲げながら大声で発した。
「「「こんちゃーっス!!!」」」
「うわっ!!」
現役バスケ部の本気の挨拶というのは圧が凄い。持っていたボールを思わず落としてしまうほどの気迫を感じた。
中学校時代の部活もこんな感じだったような気がしたけど、退部してからだいぶ時間が経っているのですっかり体育会系の感覚を忘れていた。
「なんだなんだお前達。今日も来てたのか」
はっはっはと笑いながら堂本監督がゆっくり階段を下りてくる。こっちに来る気らしい。
皆はすっかり姿勢を元に戻していたけれど、視線も身体の向きも監督から離さない。ひと言も聞き逃すまいという真剣さすら伝わってくる。きっと部活中もこんな雰囲気なのかもしれない。
監督は私が落としたボールをひょいっと拾いながら話す。
「実は昨日、お前達が3on3してるくらいから見てたんだ。今日もやってたらいいなと思って来てみたんだが、いやぁ予想通りで良かった」
「見てらしたんですか」
「声を掛けてくだされば良かったのに、っショ」
皆とのゲームに夢中で、観覧者が居ることに気付かなかった。そしてそれは私だけではない。皆の驚きようを見れば分かる。皆も同じくバスケに集中し過ぎてたのだ。
「休みの日にまで監督ヅラして試合に口を出すのも野暮だろう。それに色々と収穫もあった」
監督は一人一人に対して感想を述べていく。
「深津。お前はその女の子に的確なアドバイスを与えるだけでなく全体をよく見てゲームメイクしていたな。何より決して慌てない。司令塔には持って来いの資質だ」
そう言われた一成は嬉しそうにほんのりと頬を染めながら「ありがとうございます、っショ」と礼を言った。他の皆も監督から直々に褒められてとても嬉しそうだ。
恐らく監督からこうして個人を評価される機会というのは非常に少ないのだろう。詳しいことは知らないが三軍まであるくらいの大所帯だし、監督なら自然と一軍を指導する時間が長いだろうし。
「さて……で、君は山王工業の生徒かな? 女子バスケ部では見ない顔だが」
監督が真っ直ぐに私を見る。
うわ、雑誌でしか見たことがない有名人に質問されちゃったー!!
こんな部外者、スルーされてもおかしくないと思ってただけに突然やってきたターンに慌てる。
「い、いえ! 私は一成、じゃなかった、ふ、深津くんの従兄弟で」
「俺がバスケを教えた従兄弟で幼馴染です。今は神奈川県の湘北高校に通ってるんですが夏休みということでこっちに呼んだんです。設備点検日で部活が休みなら俺が面倒見れますし、久しぶりに一緒にバスケしたいとも話していたので」
一成がすかさず動揺する私をフォローしてくれる。
「ほう。ではそっちの……しょうほく高校? の女子バスケ部に入部してるのかい」
「いえ、どの部活にも入ってません」
「本当かい? こいつらに対してあれだけ動けるのに勿体ない」
全国のバスケットマンが羨ましがるようなことを言われている。
二連覇まで導いた堂本監督が私のバスケを褒めてくれている。一成の指導が認められた瞬間でもある。嬉しさと感動で涙が出そうになった。
「俺は夕方まで予定が空いていてな。お前達さえ良ければこのまま見てやりたいんだが……どうだ?」
監督は指先の上でボールを回しながら尋ねてきた。全員が息を呑む音が聞こえる。
「ああ。もちろん君もだよ、早乙女くん」
「えっ? 私もですか? 私は部員じゃないですよ」
「今日は休日だ。部員だろうと部外者だろうと関係ないさ。深津の指示にすぐ対応できるあたり呑み込みも早いようだし。それに……バスケ部部員でないにも関わらず、技術向上を図る意志がある君にとっても悪い話じゃないと思うが」
た、確かに。こんなチャンス二度と訪れないかもしれない。皆が尊敬し慕う堂本監督に直接見てもらう機会なんて。
「お願いします!」
「「「宜しくお願いいたします!!」」」
私が頭を下げて承諾するや否や、固唾を飲んで見守っていた皆も勢いよく頭を下げた。
その後、私達は監督が時間だからと帰るまでみっちり指導を受けた。3on3ではさながら公式試合のように指示が飛ぶ。最初は「早乙女さん」って呼んでた監督だけど、時間が経つにつれ「早乙女!」と部員のように荒々しく呼ばれた。皆と等しく容赦の無い指示が飛んでくる。
監督の存在により皆の動きも本気度もグンと増した。昨日に比べればキツイし苦しい。着てる服なんか汗だくで不愉快だ。
でも、楽しかった。
「明日、早乙女は何時の新幹線で帰るんだ?」
「お昼だよ。十二時丁度の新幹線があるから、それに乗る」
「明日の練習は九時からだったべか。見送りできねぇのはちょっと残念だな」
「ありがとう。その気持ちだけ貰っとくよ。皆とバスケできて楽しかった。まさかあの堂本監督にレクチャーしてもらえるなんて夢にも思わなかったよ」
「いや本当に。こんな展開が待ってるとは思ってなかった」
「設備点検日なのに学校の近くにいるとか誰が予想するよ」
「とはいえ監督に個人的に指導を受けれたのは大きかったっショ。明日からの部活にも力が入るっショ」
昨日は暗くなるまでやってたけど監督の指導のお陰で全員が疲労紺倍だ。皆でコートの上に仰向けになり、息を整えながら雑談する。
これ以上のゲームは明日の部活に支障が出る。私の体調を気遣う声もあり、この日は早々に解散することになった。
帰寮する野辺・松本・イチノの三人に改めてお礼を言い、来年の夏にまた会いたいねと話した。余程の予定が入ってなければ来れるだろう。
* * *
河田は寄りたいところがあるからと家とは違う方向に行った。
私と一成は宿泊先である河田家以外に用事が無い。荷物の準備をして手に持ち、階段を上がってアスファルトの道路を歩く。
畑を見ながら十分ほど歩いた頃、一成が私を呼び止めた。
「夢子、秋田での夏休みは楽しかったっショ?」
「うん、すっごく楽しかったよ! 一成の友達とも仲良くなれたし、あの堂本監督にバスケ見てもらえたからね」
「良かったっショ」
「それだけじゃないよ。元気な一成に会えて、バスケ部としての一成の姿も見れて嬉しかった」
そう言うと、一成はきょとんとした表情を浮かべた。
「電話もいいけどさ。こうやって直接会えるほうが楽しいし、嬉しい」
ちょっと照れくさいけど、ちゃんとお礼を言っておこう。
明日は神奈川に帰るのだ。しばらくはまた電話か手紙でしか近況を聞けなくなる。
「一成が誘ってくれなかったら私は此処に居ない。一成が私に会いたいって、私とバスケしたいって思ってくれなかったらこんな時間は過ごせなかった。すごく感謝してるんだよ。本当にありがとうね」
一成の顔を見据え、満面の笑みを浮かべながら言う。
一成は少しだけ目を見張るような表情を浮かべたけど、すぐいつものようなスンッとした顔に戻った。
「来年も絶対に来るっショ」
「うん。設備点検日の予定が早めに分かったら教えてね? 予定入れないようにするから」
「分かったっショ。あと……これ、やるっショ」
さっそく来年の約束を取り付けると、一成はスポーツバッグから黒いリストバンドを取り出した。
受け取ってよく眺めると、白い糸で「山王工業高校バスケットボール部」という刺繍が入っている。
これは部員が付ける物なのでは? そう思って尋ねようとすると、一成は予測してましたというように口を開く。
「入部テストを終えて正式な部員になると自分用の他に一つだけリストバンドが支給されるっショ。親友とか家族とか、応援してくれる人にあげてもいいって言われてるから夢子が貰っても問題ないっショ」
「うわ、カッコいい……って、それなら初日にくれても良かったじゃん。これ付けてバスケしたかった」
このリストバンドを付けてプレーしてたら尚更「山王バスケ部感」が増したのではないだろうか。今思い返すと私以外のメンバーは全員このリストバンド付けてたな。うわぁ悔しい。
「あいつらに揶揄われるのは嫌だったから、どっちにしろ今晩か明日の朝に渡そうと思ってたっショ」
「揶揄われるとな?」
「……異性に渡すと「俺の彼女」っていう意味に取られることが多いっショ。変な誤解されたら困るっショ」
「そうだよねぇ。一成はバスケ一本だから恋愛なんて興味ないだろうし、そもそも従兄弟だから彼女とかまず有り得ないし」
一成が私にリストバンドをくれるのは、バスケの一番弟子だからだ。
一成と一緒にバスケを長くやっている人間も私。
一成のバスケを一番応援してるのは私だという自負もある。実際、一成の親よりも観戦してる回数は多い。
「はあ────……」
少しだけ瞼を伏せた、なんとも微妙そうな表情を浮かべながら一成が長い長い溜息をつく。
「どしたの溜め息? 幸せ逃げるよ」
「これは溜め息じゃないっショ」
「そうなの?」
「そうっショ。これは呆れというか覚悟というか、新たなる決意とかそういうやつっショ。気にするなっショ」
「あ、そう」
それだけの意味が込められた溜め息だったのか?
まぁ、一成が言うならそうなのだろう。彼は無駄を嫌うタイプではあるから。
その後は河田家で最後の夜を過ごし、朝には部活に向かう二人を玄関で見送った。
河田のお母さんから新幹線の中で食べるよう貰ったお弁当を手に、私は秋田を発った。
来年、またここに帰ってきたいな。