第3章 高校三年のお話
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「やっぱりバスケは試合してナンボだべな」
隣の客席に座る河田は巨体を揺らしながら笑った。朗らかな表情とは程遠い。どちらかといえば好戦的な笑顔である。
「ほれ見でみれ深津! 夢子の奴、すげぇ笑ってら」
この男、夢子のプレーを見て触発されてやがる。同じ方向を見ているというのに余所見してると思われたのか、よく見ろと言わんばかりにコートを指差した。
「……っ、見てるから少し落ち着けピニョン」
「うははっ! これが落ち着いていられるがよ、何てったって夢子の晴れ舞台だがらな!」
いつもは窘める側の人間のくせして、自分の領域に立ち入ることを許した者に対しては遠慮が無くなる。河田は山王バスケ部員全てと仲が良いし慕われているが、河田はあまり自分の素を見せない。
河田にとっても夢子は特別な人間ということだろう。俺の従兄妹でありバスケが上手いという点を除いても好ましい点は色々ある。そこに恋愛感情が伴っていないのでこちらは安心して傍観できるのだが。
第44話 俺は“愛情深く、執念深い”男だ。
「この試合をどう見る? 深津」
後ろに座っていたイチノが淡々と尋ねる。
試合は後半終了まで十分弱。
バスケは時間制限が多く、頻繁に攻守が変わるため先が見えないスポーツである。ゲーム終了までは分からないというのが常であるが。
「そもそも前提として、この大会に出てるくせに現時点で試合を諦めてるのはどうかと思うピニョン」
この言葉は湘北ではなく、湘北の対戦校に向けている言葉だ。
現在のスコアは44-75で勝っているのは湘北。相手の金ヶ峰は去年のウィンターカップでベスト8入りを果たしている高校である。常連とは言わずとも同大会に何度も出場しているので強豪校であることに変わりない。
同じ状況下であったなら山王バスケ部員にとっては31点差など大したものではない。最後まで全力でゾーンプレスを掛け、点を取っていく。山王では余程ずば抜けたものがない限り、ひとつの技術に長けているだけではレギュラー入りは難しい。攻守ともにバランスが良いことが求められる。
「金ヶ峰、点を取れる選手が偏ってるピニョン。よく入るスリーポイントシューターはファウル4つ目、これから思い切ったプレーは控え目になるピニョン。レイアップしか狙えない選手は左足を負傷、残りの三人は動揺か諦めのせいか打っても入らないし動きも鈍い。外国人ハーフの選手が退場したからゴール下はほぼ絶望。ベンチの層の薄さは去年の湘北を思い出させるピニョン」
強い学校だから部員が多く集まるとは限らない。
多く集まったとしても、その部員が素質があるかは分からない。
素質を見極める前に練習が辛くて退部する者もいるだろう。それは山王でも同じことだ。耐えれらない者は脱落していく。
「それに対して湘北のあの楽しそうな顔。特に、夢子に至ってはアホ面といっていいピニョン」
「あ、アホ面? そんな顔してるか……?」
松本は不思議そうに聞いてくるが、どう見たって夢子の顔は浮かれている。
初の公式試合で興奮しているか?
試合の中で、仲間達とできることを確認するのが楽しいか?
バスケが──楽しいか?
「まぁアレは良いアホ面だべ。どっかの沢北と違って余裕なんて見せてねぇし」
「ははっ。プレーも手抜きしてないしね。むしろどこまで取れるか試そうって感じだよ」
「あの5番、リバウンドがもうひと踏ん張りだけどしっかり飛んでるな。期待できそうだよ」
「夢子だけでも点取れるだろうけどアシストして仲間に打たせてるのも良いな。あの子、めっちゃスリーが入るようになってる」
河田、イチノ、野辺、松本の順で意気揚々と試合の感想を述べている。こいつらも俺と同様に対戦校に対する興味を失っていた。
もしも湘北が負けていたとしても彼女らは諦めずにボールを追うだろう。力の差が歴然でも、点差がどんなに広がろうと、情けない姿を晒そうと、練習の成果を出そうと全力で走るだろう。
次の対戦校のデータでも眺めるかとパンフレットに視線を落とす寸前、頭の片隅に引っかかっている人物が視界に入った。
────ん? あいつらは……
「どした、何かあったが?」
「いや……」
河田の問いに何でもないと答え、パンフレットを見るふりをして気になる人物に改めて視線を向ける。
俺が座っている位置から4列前、そして10席ほど右側に腰掛けている三人の女子。それは中学校に入学しバスケ部に入った夢子に嫌がらせを繰り返していた人物であった。数年程度では顔はそう変わらない。
わざわざウィンターカップの観戦に来るくらいだから根本的にバスケは好きなのだろう。恰好や様子からバスケ部員ではなさそうだが。
苛めた相手が大活躍しているのはどんな気分だ? そう問いただしてやりたくなる。でも、そんなことはしない。
どうせやるならもっと陰湿に。
「湘北の15番、凄いわね! 私応援しちゃおうかしら」
「この試合はもう決まったもんでしょ」
「湘北の男子バスケは山王に勝ってたよな。女子も強かったんだな」
「練習の時なんか山王と海南が応援してたぞ。繋がりも凄いよな」
「山王のキャプテンと従兄妹なんでしょ。月刊バスケで読んだよ」
周りもすっかり無名なはずの湘北高校に興味津々だ。目の前の試合が続いているのにもう次の試合が気になっている。
それらの会話は大き目の声でやり取りされており、どうやら三人組の耳にも入っているようだ。どこか不満そうな、居辛いような雰囲気を発している。
ゲームの進行と三人組の動向を注視していると、大阪弁の元気な声が俺を呼んだ。
「あらっ? 深津くん、こんにちわぁ! 山王レギュラー陣もお揃い? 皆元気そうで何よりやわ!」
「相田さん」
インターハイの緒戦前夜の練習試合にも取材に来てくれた相田さんがメモを持ちながら歩いてきた。ちょうど近くの席が空いているのでどうぞと誘導する。相田さんは腰掛けるとその勢いで質問してきた。
「湘北の15番の早乙女さん、深津くんの従兄妹なんでしょ? 突然だけど彼女の今日の調子はどう?」
「絶好調ですピニョン」
「ピニョ……?」
「こいつ、今はピニョンに凝ってるんですよ。インターハイまではピョンでしたけど」
「そ、そうなの」
河田のフォローに多少の戸惑いつつも、ベシ→ピョンの歴史を知っている相田さんはへこたれない。すぐに調子を取り戻した。
「月刊バスケの記者さんから見て、早乙女夢子はどうですピニョン? 取材に値する選手ピニョン?」
「勿論! 個人的に特集組みたいくらいよ。まだ編集長には相談してないけれど」
「相田さん。早乙女の評判はどうですか?」
「注目の女子選手ってことで他社の記者も気にかけてるわよ~。いきなり高校三年の選手がウィンターカップ予選からメキメキと頭角を現してるからね。今日なんか試合を見逃すまいと大学のコーチ陣がわんさか観に来てるのよ」
あれが×××大学で、あれは〇〇〇大学で……と相田さんは指を差しながら把握している大学を説明してくれる。推薦は今でもギリギリ間に合うから、活躍次第ではすぐ声を掛けたいという大学もあるだろう。
「夢子は有名な選手になれそうピニョン?」
「平凡な選手で在ることを周りが許さないでしょうね。無名校ながらウィンターカップ初出場。そのタイミングで無名選手がポイントガードでゲームメイクし、誰よりも点を取っている。湘北女バスはどんどん強くなっていると噂だったけど、それが早乙女さんの影響だっていうなら納得だわ。バランスが良過ぎて普通なら有り得ないけど、その立役者がここに立っている。少なくともバスケ関係者は無視できないわね」
相田さんの話を聞いているのは山王勢だけではない。
声が聞こえる範囲に座っている観客も耳を傾けている。
声の通りが良い相田さんの声は例の三人組にも勿論聞こえているはずだ。
「……相田さん。いつか夢子の特集を組んだらいいピニョン」
「え?」
俺は視界の端で動揺している三人組を捉えた。
ほんの少しだけ口元を上げて、続ける。
「もしあいつが“師匠の許可が無いと”とか言ったら俺は喜んで許可するピニョン。許可するし、取材にも全面的に協力するピニョン」
「深津くん、それ本当!?」
「山王工業バスケ部の名に誓って。何なら堂本監督にもそれとなくお伝えしますピニョン。監督も夢子がバスケ界で活躍するのを応援する側の人間ピニョン」
夢子が本格的にバスケの世界に飛び込むのは大歓迎だ。俺はともに在りたいのだから。
夢子が表舞台に出るということは、夢子の情報がある程度外界に知れ渡るということだ。
これだけの技術を持つプレイヤーが何故、一線から遠のいていたのか?
バスケ部が近しい場所に存在しながら、何故バスケ部には入らなかったのか?
何故こんな選手が湘北高校に入学したのかを誰もが知りたがるだろう。
夢子の中学校時代を知る者──夢子とともにバスケ部に居た部員、当時の事情を知る友人や教師なら嫌がらせをした人物の本名や進路等を把握している。汚い話をすれば、取材の謝礼によっては情報を吐く者がいるかもしれない。
「俺も夢子が大好きだったバスケを再び楽しめるようになって嬉しいピニョン」
「深津くん……?」
「ああ、こっちの話ですピニョン。気にしないでほしいピニョン」
敢えて相田さんの疑問を煽るようにして半ば強引にこの話題を終わらせる。
ちょうど試合が終わり、汗だくになった夢子とその仲間達が嬉しそうに抱き合っている姿が見えた。
泣いている部員達を宥めている夢子が整列させようと必死になっているのは面白いし可愛い。
「やっぱりバスケをしてる時の夢子が一番可愛いピニョン」
小さい頃から変わらない、大好きなことをしている時の幸せそうな表情。
辛くても失敗しても諦めないで俺を追いかけてきた昔を思い出し、自ずと口元が緩む。
本当に、本当に可愛い子だ。
「だから許せないピニョン」
可愛いあの子の青春を奪った輩が許せない。
俺が独り占めできたのは良かったが、夢子の味方をする者にとっては愉快な状況とは言えなかっただろう。実際にバスケ部の中には夢子とプレーしたい部員が多く居たのだから。
観戦に来ていた三人はいずれ今日の出来事を他の仲間に話すだろう。このままではまずいと告げ口するだろう。
悪行を恥じて心から謝罪し、土下座でもして夢子に許しを請うか?
それともどうせバレないだろうと高を括り、黙っているか?
スポーツで夢子が有名人になり、雑誌で暴露されるかもしれないという恐怖を抱きながら生活するか?
「深津、さっきからニヤニヤしてどうした? 気分でも悪いのが?」
「気分は上々だピニョン。湘北も勝ったし、いつか夢子の特集が組まれた記事も読めるし」
「非現実的とは言わねぇけどよ。雑誌は気が早くねぇか?」
時間は掛かるかもしれないが、夢子がバスケを続けるならば女子バスケ界で有力な選手になるのは間違いないだろう。俺は口角を上げた。
「惚れた女が居ると違ぇな」
「それが一途な男ってもんだピニョン」
夢子を傷つける奴は許さない。絶対に。