第3章 高校三年のお話
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東京行きの航空券を手配し終えた私は、搭乗手続きの時間まで二時間近くあるのを良いことに空港内の美容室へ飛び込んだ。
部員に坊主頭を強いる山王工業の真似をするつもりはないが、バスケに打ち込むなら無駄に長い髪は不要だ。覚悟を決めた広島で断髪式を決行する──心機一転で気持ちを切り替えるためにも、物理的に変化を起こすのは名案だと確信した私の決意は揺るがない。見事なまでにザックリと切ってもらった。
ボーイッシュな服装を着ているのが幸いした。前髪も目にかからない程度に短く整えてもらい、全体的にベリーショートとなった今の私は遠目から見ると男の子だ。もしもワンピースなんて着てたら女装してる男子と誤解されて、下手したら不審者扱いされていたかもしれない。
東京に到着するとすぐに湘北高校へ向かった。練習中の体育館に乗り込み、頭を下げながら「部員として再入部させてくださいッ!」と叫ぶ。反対されたらどうしようと冷や汗をかいたのは数秒だけで、間もなく全員が大声で大歓迎だと喜んでくれた。顧問の先生に至っては「これが青春なのね!」と言いながら泣き出す始末。
一成の予想通り、館内はお祭り騒ぎになったのであった。
第42話 高校三年、9月のお話
夏の地区予選でベスト16入りを果たした湘北高校女子バスケ部はある種の完成を遂げていた。
私の指示のもと必死で基礎体力を上げ、個々の武器を磨き、ボール運びを一から見直した。彼女達は練習に打ち込み、自身の技術の足りなさにもどかしさを噛み締めていた。その様子をマネージャーの私はそばで何度も目にしてきた。ひたすらバスケに向き合った彼女達は夏の地区予選をもってようやく完成したのだ。やっと納得のいく出来まで仕上げたのだ。
それを少しだけ壊さなければならなくなった点については申し訳ないと思う他ない。私というイレギュラーが選手として加わわったことで、夏で仕上げたものをブラッシュアップする必要が出てきてしまった。
しかしそこは部員達が献身的に協力してくれた。「早乙女さんとプレーするんだから今までのやり方じゃついていけない」「夏よりも良い結果を出したい」と前向きに捉えてくれた。より厳しくなる練習にも耐えてくれた。私が常にコートに居ることで部員達は手本を観察する機会に困らなくなったので、結果として部員達もメキメキと実力を伸ばし始めている。
でも技術向上だけで満足してもらっては困る。確固たる自信に繋げてもらわなければ。そしてそれは練習だけでは叶わない。
ということで今日は地区予選で最後に戦った高校を招いて練習試合をおこなった。
「誰? あの15番」
「地区予選には出てなかったよね」
私は背番号15番のユニフォームを着用して試合に臨んだ。
背番号を決める際、主将の4番とはいかずとも若い背番号にするべきだという意見が多く上がった。だけど番号にそこまで深い意味はないし、選手達の中で定着している背番号をわざわざ変えるのはデメリットでもある。だから私は「何番でもいい」と言った。すると、15番だった選手の後輩が明るい表情で告げた。
『私はレギュラーの中で一番力が足りません。今年は早乙女先輩のプレーをしっかり目に焼き付けて、来年また15番を背負えるように頑張ります。なので早乙女先輩は私の……15番のユニフォームを着てください!』
そんな経緯があり、私は15番の選手として此処に立っている。
後輩に情けない姿を見せる訳にはいかない。そして、バスケをしたいと宣言した一成に無様な結果を報告する訳にもいかない。
初っ端から全力でやってやる。
──試合開始のホイッスルが鳴った。
* * *
前半が終了する時と、試合が終了した時。狭い体育館内には相応しくないほどの大喝采が響いていた。近くを通った湘北の生徒が覗きに来たほどである。
それほどまでに練習試合の結果は凄まじいものとなった。
「125対60か。えっぐい点差だなぁ」
「ほぼ倍の差がついてるじゃねぇかよ」
「強豪チームと弱小チームの点差だな」
「ていうか15番でしょ」
「あの15番が点取りまくってるし、大体の攻撃に繋げてる」
大した内容は入ってこないが、何やらギャラリーがわいわいと論議している。今日の練習試合は公開なので扉や壁の近くは勿論、ちんまりと上に設置されているギャラリー席にすら見学者が居る状態だ。
相手の選手達は茫然自失していた。無理もない。夏の地区予選では余裕で勝ったはずの学校た。どうせ今日も変わらず勝てると思っていただろう。
対して湘北は沸いていた。夏で負けた高校に大差をつけて勝てたことが信じられないようで、大泣きしながら抱き合っていた。そのまま私のほうに走り寄ってくる。
「やったやったぁ! 早乙女さん、やったよ! 勝ったよ~!」
「……そうだね。勝てたね」
「なんでそんな冷静なの!? 早乙女さんが引っ張ってくれたんでしょお!」
「そうだよ! 早乙女さんが選手になってくれたから私達ここまで動けたんだから!」
「早乙女先輩のプレー、最っ高でした!」
ただの練習試合だというのに、まるで公式試合のようだ。鼻をすする部員達を宥めながら整列を促す。
「さ、まずは整列して試合をちゃんと終わらせよう。喜ぶのはその後にしようね」
こちらが整列のため動き出したのを皮切りに、対戦相手もゆっくりと歩いてきた。しっかり頭を下げながらお礼を言う。その後は互いのベンチに戻った。
戻ってからが大騒ぎだった。
顧問の先生は相変わらずの大泣き。後輩達も謎の感動をしたらしく号泣。私の代わりにマネージャーになってくれた子は泣きながらも必死でスコアブックを付けていたという。濡れているスコアブックに「大変だったでしょ」苦労を労えば涙腺が決壊したように泣き出した。
待て。私以外の人、泣いてばかりじゃないか?
場を引き締める必要があると判断した私は、監督のような立ち位置で部員達に話しかける。
「今日の練習試合、お疲れ様でした」
全員が嗚咽を漏らしながら返事をする。
「私が選手として再入部してから練習量を増やしました。内容も濃いものにしました。皆が築いてきたものを作り直すのは大変だったと思います……皆、協力してくれてありがとうございます」
「早乙女さん……」
「今日の試合で各々の攻撃パターンを色々と試せたと思います。成功、失敗の違いを自分で見つけれた人も居るでしょう。明日からの練習ではその点をしっかりカバーしていきます。出来ることが増えれば試合はもっと楽しくなる。もっとやりたくなる。その感覚を目指して頑張りましょう!」
そう締めくくって鼓舞すれば、部員達は「はいッ!」と野球部員並みの大声で返事をした。
ギャラリーや対戦相手の部員達がぎょっとしたような視線を送ってくるが、そこは気にしない。やる気に満ち溢れているこの空間に水を差してはいけないのだ。
「ああ、でもこれで早乙女さんの強さが神奈川に知れ渡っちゃうのね……」
「早乙女先輩が研究されちゃいますね」
困った表情で話し合う部員達に、私は飄々とした様子で言う。
「全力とはいえ全ての技術を披露した訳ではないから、それはどうだろう」
全ての武器を曝け出すのは勿体ない。戦略というものがあるのだ。
「そうなの?」
「武器を使うタイミングは見計らわないとね」
自分のシュートチャンスは無駄にしなかった。
ドリブルの調子も普段と変わらず申し分ない。むしろ好調だ。
選手の得意なシュート位置を個々に把握しているのでパス出しも問題ない。
やるべきこと、得点を取るうえで必要なことは全て出来ている。
とはいえ課題は多い。私が目標とする選手は師匠である深津一成だ。オフェンスもディフェンスも最高基準にあるポイントガードだ。技術を使い分けるタイミングと、それを見極めるための観察力を磨かねばならない。
まだまだこれからだ。皆の成長ばかりを気にかけてる場合じゃない。
「……あれ、牧くん」
汗をタオルで拭っていると、ふと強烈な視線を感じた。
その方向に目を向けると海南ジャージに身を包んだ牧くんが大きな鉄扉の近くに立っていた。すぐ横には後輩らしき男子生徒が数人居て、皆が驚いたような表情を浮かべている。
「なんでここに居るの? 湘北の男バスと練習試合?」
「早乙女さん、なんで練習試合に参加してるんだ?」
近付きながら軽く尋ねると牧くんは私の問いには答えず質問してきた。失礼ともいえるその姿に、そばにいた後輩達がギョッとしている。
「あれ、話してなかったっけ? 私、選手希望で再入部したんだ。冬の選抜の予選にも選手として参加するよ」
学校が違う牧くんと偶然会うとしたら駅前のスポーツ店くらいだが、最近は部活ばかりで買物に行く暇なんかなかった。
電話しなかったのも、自分の中でわざわざ説明するほどでもないという結論に至ってたからだろう。
「そうか……早乙女さんが試合に出るのはすごく嬉しい。これからは本気でプレーする早乙女さんを見られるってことだもんな」
「期待してて。今までの私とは違うから」
「見てて分かるよ。今日の早乙女さん、いつもとは違ってた」
眩しいものでも見るかのように目を細めながら牧くんは言う。
こんなに好意的に受け止めてくれるなら早い段階で言っておけば良かったなと後悔した。友達にしては冷たかったかもしれない。頭の片隅に罪悪感が芽生える。
「この後は練習あるのか?」
「練習はないよ。一旦解散するけど、私は残って自主トレするつもり」
「そうか。もし良かったら俺もここで自主トレしていいか? 早乙女さんの体力が回復してからでいいから1on1をしたいんだが」
「いいよ~。鍵は私が預かることになってるし、終わりも何時でもいいって先生が言ってくれたから」
私達の会話に、バンダナをしている後輩さんが「俺も俺も!」と言わんばかりに手を挙げながら加わってきた。
「牧さん牧さん! 俺も! 俺も残っていいっスか!? 俺も早乙女さんと1on1やりたいっス!」
「牧さん、俺も残りたいです」
ひょろっとしたタイプの後輩さんも尋ねてくる。
仲間が増えるとは思ってなかったらしい牧くんだが、後輩が乗り気なのを無下にする気はないらしい。にっこり笑いながら言い放った。
「じゃあ皆で練習するか!」
「やったー!」
「うちの子達も何人か残るっぽいから、1on1と言わず3on3でもやらない? 海南の選手に相手してもらったら、うちの子達も良い経験になると思うんだ」
「コートを提供してもらうんだ。早乙女さんのお願いは聞かなきゃな」
「さすがは牧くん」
「でもまずは俺と1対1でやって欲しいっす!」
「信長。早乙女さんは逃げないから少し落ち着きな。練習試合が終わったばかりなんだよ」
「すいません」
「早乙女さん。この小さいのが清田で、こっちが神だ。期待の選手だから覚えてやってくれ」
「清田くんと神くんだね。改めて、早乙女夢子です。これからよろしくね」
「「はい!」」
新たな出会いを経て、新たな刺激を得て、私はこれからも前進する。
予選に向けて一切の悔いを残さないために。