第3章 高校三年のお話
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先日行われた地区予選に於いて湘北高校女子バスケ部は快挙を成し遂げた。
決勝リーグには進めなかったものの、ベスト16入りを果たすことができたのである。
去年は二回戦で敗退したのだ。メンバーも相手も違うとはいえ、去年との結果と大違いだから部員達も大泣きして喜んでいた。
コートを全力で駆け抜けたレギュラー陣。ユニフォームを着れなくとも練習に打ち込んだ部員達。彼女達が手にした功績は湘北高校女子バスケ部にとって計り知れないほど大きいものだ。夏の大会は終わったけれど、次は冬の選抜が待ち受けている。「冬も頑張ろうね」と全員で気持ちを切り替えた。
第39話 高校三年、7月のお話
日曜日恒例、一成との電話で私は湘北高校女子バスケ部の戦績を伝えた。すると一成は驚きだと言わんばかりの声色で告げてきた。
『ベスト16入りとは大したもんだピョン』
「でしょでしょ!?」
『去年まで無名校だったのがウソみたいだピョン。漫画みたいな展開だピョン』
「ね、大したもんだよね!? いや言い方が悪いな……皆が凄い。うん、皆が素晴らしい!」
皆が試合している姿を思い出すと興奮してしまう。呼吸が早くなるのと同時に声も自然と大きくなってしまう。
『ちょっと落ち着けピョン。夢子の声はよく通るから耳が痛いピョン』
一成の耳にダメージを与えてはいけない。褒め足りない気持ちをグッと引き締めて、ゆっくりと深呼吸する。
『コートで結果を出した部員はもちろん凄いピョン。でも、部員を強くしたのは他でもない夢子だピョン? もっと自分を誇ってもバチは当たらないピョン』
確かに指導はしたが喰らいついてくれたのは部員達だ。以前よりも辛い練習になるのは間違いないのに、強くなりたい一心で耐えてくれた。私を信頼してくれた。だからこその結果である。
「そうは言うけどさぁ」
『ちょっと前の夢子なら、どんなに頼まれようと相手にしなかったと思うピョン』
そう考えると感慨深いものだ。
早朝と夜間の自主練でただひたすら技術を磨いていた。女子バスケの部員や先生に声を掛けられても相手にしていなかった頃が懐かしい。かつての私は自分のことしか──自分のバスケのことしか考えていなかった。一成や山王バスケ部の友達と、遊びででもプレーできればそれだけで幸せだったのに。
今や湘北高校女子バスケ部という世界は私の大切なものになっている。
「それはそうと。インターハイ、とうとう来週だね。調子はどう? 皆も元気にしてる?」
心配するまでもなく山王工業は地区予選をトップで通過、インターハイ出場権を手にした。得点を尋ねれば相手が気の毒だと思うくらいの点差で、電話しているだけだというのに日本一の凄さを実感せずにはいられない。
『全員元気だピョン。今年は四連覇が懸かってるからレギュラー陣はやる気満々、特にアメリカ遠征経験組はやる気が半端ないピョン』
「そっか」
『とりわけ沢北は凄いピョン。ムラッ気は相変わらずだけど、インターハイ後に留学が決まってるから』
沢北くんの留学話を聞いた時は驚いた。まだ高校二年生半ばだというのに、アメリカの入学時期と併せて9月に間に合うよう渡米するのだという。
去年の夏休みに勉強を見てあげた身としては正直不安しかないのだが、バスケに対しては異常なほどの集中力を見せる彼のことだ。英語に関してはまだ救いもある。理想の環境で存分にバスケをするためならば彼は何とかするだろうし、あのキャラクターだ。助けてくれる人も居るだろう。
「沢北くんだってインターハイで最高の結果を出してからアメリカ行きたいよね」
『頑張ってもらわないと困るピョン。あいつはエースだピョン』
やれやれ、という様子で一成は呟く。
去年のインターハイ優勝でさえ「つまらない」と言っていた沢北くん。インターハイという大舞台には期待してなくとも、日本一厳しい練習をともに切り抜けてきた仲間とプレーする瞬間を楽しみたいという気持ちはあるはずだ。特に今年の夏は特別。最強世代と謳われたメンバーで戦える最後の大会なのだから。
沢北くんのことだから、毎晩毎晩「早く試合やりてーな」とか考えながら寝てそうだ。
『夢子が俺達と一緒に広島に来ないって聞いた時はびっくりしたピョン』
「いやあ、また山王にお世話になるのかな~て私も思ってたんだけどね」
例に漏れず堂本監督は私のことを気にかけてくださり、山王のインターハイ出場が決まるや否や夏休みの予定や広島県での滞在場所、利用する交通機関について手配はどうするつもりかと連絡をくれたのだ。
でも今年は事情が変わった。私は両親と一緒に広島県へ向かうことになったのである。
「お父さんの親友が広島県に住んでて、しかも民宿やってるとは知らなかったよ」
バスケのインターハイが広島県で開催されることを知った父はすぐに広島県に住む親友に連絡を取ってくれた。「ちょっとした家族旅行だから有給休暇取るぞ~」とウキウキしながら手帳に予定を書き込んでいた。久しぶりに親友と再会できるのも嬉しいのだろう。
今年は山王の練習を見学したり、一緒にご飯を食べることも難しそうだ。ちょっと寂しい。皆の楽しそうな姿が観れないのは残念である。
「でも、第一試合から観に行くのは難しそうなんだよね」
第一試合が行われる前日に着くよう向かいたかったが、飛行機が満席だったために航空券を手配することが出来ず、仕方なく予定の次の日の便を取った。しょんぼりしながらそう言うと、一成は安心したように言う。
『それなら問題ないピョン。山王はシード校だから』
「え?」
『去年のインターハイで優勝、地区予選の成績も良い。過去の日程から予想するに第一試合は無し、出番は第二試合からだと思うピョン』
「それ本当!?」
『学校でインターハイ資料を漁りまくってる俺が言うんだから間違いないピョン。信じろピョン』
航空券が希望日に取れなかった……と父から申し訳なさそうに言われた時は正直絶望した。山王工業の主将として頑張っている一成の試合を、高校最後の夏の戦いが観れなくなるのは悲しい。
それだけに一成が教えてくれた情報には感謝しかない。涙を浮かべながら喜びを漏らした。
「良かった~! 観れなかったらどうしようかと思ったよぉ!」
『そんなに喜んでくれると嬉しいピョン』
「当然だよ。三年間頑張ってきた、山王工業の主将として出場する一成の試合だよ。それも夏のインターハイだよ? 見逃したくないじゃん」
誰よりもずっと傍に居た一成。
誰よりもバスケのことを話してきた一成。
私を強くしてくれた、技術を惜しみなく分け与えてくれた一成。
高校バスケットボール界の3大タイトルに含まれるとはいえ圧倒的に注目を集めるのは夏のインターハイだ。その試合は今後の彼にとっても大きな意味を持つ。高校卒業後もバスケに携わると決めている彼なら猶更。
そして私も一成のいちファンとしてしっかりと目に焼き付けたい。日本最強の、日本一走れるチームで皆を支える彼の姿を。
『……夢子』
「な、何?」
耳元でぼそりと囁くような声色と音量で、一成は私の名前を呼ぶ。
『俺は朝昼晩と練習頑張ってるピョン』
「うん」
『世の男子高校生は恋愛だの趣味だの現を抜かして青春してる中、俺も河田達もバスケに没頭してるピョン』
「うん」
『バスケさえあればいいなんて思う時もあるピョン」
「うん」
いきなりどうした? と疑問が浮かびながらも余計な口を挟むのはいけないような気がしたので、唯々話しかけられる内容に相槌を打つ。
独り言に近い本音を一成から聞く機会は少ない。水を差してはいけない。
『でも俺も人間だから、バスケだけの人生っていうのは寂しいんじゃないかって思うピョン。だから……もしもインターハイで四連覇達成したら。山王が今年も優勝出来たら、その寂しさを少しでも無くせるように勇気を出してみようと思うピョン。行動するピョン』
「うん」
勇気を出して何をしたいのかはさっぱり分からないが、その決意は素晴らしいと思うので力強く頷いた。
『夢子にお願いがあるピョン。俺が試合もその先のことも頑張れるように、今……電話で「頑張れ」って言ってほしいピョン』
他の誰でもない一成からのお願いだ。断る理由はない。
受話器を持ち直して、目を閉じる。目の前に一成が居ると想像しながら口を開いた。
「一成の努力は並大抵のものじゃない。小さい頃からずっと見てきた私が言うから、間違いないよ」
『ピョン』
「バスケだけじゃない。バスケにこれだけ真剣になれる一成なら、きっと満足のいく結果を手にできるはずだよ。バスケも、それ以外のことも」
『本当、ピョン?』
「一成は心を許した人にはお茶目な部分を見せるけど、この電話で冗談を言ってるんじゃないっていうのはちゃんと分かるから」
誰だって不安な時はある。
試合に絶対はない。
未来に絶対も保証も無い。
不安な時。心細い時。元気付けてほしいと私を頼ってくれたのは嬉しいんだ。
「私は一成の努力を信じてる。ケガしないで、悔いの無い試合をしてくれればそれだけで嬉しい。勝ちは単なるおまけだよ」
『山王は勝つピョン』
「今は聞きなさい」
『ピョン……』
「とにかく、勝ち負け関係なく私は一成の味方です。どんな結果だろうと関係ない。だから……思う存分プレーしてほしいし、思うままに行動してほしい。バスケを楽しんでほしい」
そう言うと、受話器の向こうで一成が小さく息を吐くような音が聞こえたような気がした。
「ど、どう? 力出そう?」
ビクビクしながら感想を求めると彼は噛み締めるように言う。
『ん。想像してたより最高だったピョン。頑張れそうだピョン』
「なら良かった」
『夢子。今までで最高のプレーをしてみせるピョン。だから、目を離さないで見ててほしいピョン』
「うん。絶対に逸らさない』
次、会う時は広島だね。
そう言って電話を切った。
次に電話をするとしたらインターハイが終わった後だろう。
インターハイ出場が決まった全国の高校バスケ部が頑張っている。
皆が皆、最良の結果を手にするため練習している。
私は試合を観て、何を思うだろうか。何を得るだろうか──。