第3章 高校三年のお話
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※注意 地区予選に関する情報は2022年~2023年を参考にしつつも妄想の産物だらけです。複雑です。
5月中旬。この頃からインターハイ出場権を賭けた地区予選が行われる。
地道に技術やスタミナを底上げしてきた湘北高校女子バスケ部はかつてないほどに燃えていた。
特に私と一緒に早朝トレーニングしている子達は自身の成長が面白いのか、部活の時間も積極的に動いているし「早く試合をしたい」という意志が全身に漲っている。練習試合にもその結果が出るようになってきた。
自分の努力が結果として現れるのが楽しい気持ちはよく分かる。
さて、私はマネージャーとして最大限出来ることをしようじゃないか。
第38話 高校三年、5月のお話
「……あ、牧くん!」
「早乙女さん」
湘北高校女子バスケ部の地区予選初日。会場として割り当てられている体育館の自販機エリアに向かうと、牧くんと遭遇した。ジャージを着こんでいるものの、その肌にはじんわりと汗が滲んでいる。
「牧くんは試合が終わったところ?」
「ああ、第一試合から出番でね。もちろん勝ったぞ」
「お疲れ様でした。さすがだね!」
力強い笑顔をしながら答えてくれる。常勝軍団・海南大付属を初日で捻じ伏せる高校はなかなかないだろう。
「湘北高校の試合は午後か?」
「そう。14時から試合だから、午前中少しだけ練習してたの。ついさっき到着したばかりなんだ」
指定されている会場は湘北高校から電車で二十分程度の近距離。しっかりとウォーミングアップしたいという部員の意向を汲み、11時頃まで練習をしていた。試合は14時からだから時間にも余裕がある。今は選手控え室が空くのを待っている状態だ。
「ここで会うなんて、初対面の時を思い出すな」
「友達になったきっかけも、牧くんが自販機コーナーでお釣りを忘れたからだもんね」
高校一年、冬の選抜で一成を応援するために向かった体育館。その会場の自販機コーナーで私達は知り合った。
牧くんが買い終えた後にお釣りを忘れ、その後ろに並んでいた私は自分の分を買わずに彼を追いかけた。無事にお釣りを手渡し、その礼だとオレンジジュースを貰った。そして応援する時も隣の席を快く勧めてくれた。
私達が何てことないきっかけで友達となり、一緒に1on1をしたりスポーツ店で買い物したりと交流が今も続いているのは凄いことだと思う。
「あの時、俺がお釣りを忘れてなかったらと考えるとゾッとするよ。早乙女さんとこうやって話も出来なかったし、バスケも出来なかったからな」
「その場合はもしかしたら今日友達になってたのかもよ? こうやって自販機コーナーで遭遇しちゃった訳だし」
「そうか。はは、確かにそうだな!」
試合後ということもありテンションが高いのだろう。牧くんは明るく笑った。
しかしその後、私が大きなビニールバックを肩から掛けているのを見た彼は尋ねてくる。
「話し込んでしまってすまない。ドリンクの買い出しに来たんだよな。そのビニールバッグに入る量を買うつもりか?」
「ちょっと足りないかなって急に心配になっちゃって。とりあえず部員の数だけ買っていこうかと」
「じゃあドリンクは俺が持ってやるよ。男手があれば楽だろ?」
つらっとした表情で提案してくる牧くんに、私は両手を振りながら抵抗した。試合が終わったばかりの選手にさせることじゃない。
「ええっ!? そんな、いいよ! 試合後で疲れてるだろうし、集まってミーティングとかあるんじゃないの?」
試合が終わってからある程度の時間が経過しているとはいえ昼食を挟んでのミーティングとかあるんじゃないだろうか。
ここには居ないようだが、ロビーに居るかもしれない牧くんの仲間を思いながら言う。だけど牧くんはどこ吹く風の様子で。
「帰りの集合時間までは自由時間なんだ。敷地内から出るなとだけ言われてる。だから試合見る奴もいるし、学校の課題解くからって体育館に隣接してる図書館に行く奴もいるよ。まぁレギュラー陣は殆どは前者だな」
「そうなんだ」
「それに……女子バスケの試合は観る機会も殆ど無いから興味がある。早乙女さんが指導してるなら猶更」
「えっ」
「話を長引かせて申し訳ないが、皆待ってるんじゃないか? 早くドリンク買ったほうがいいぞ」
言い出す前に牧くんがドリンクを買えと促してくる。私は思い出したように部費が入った財布をさっと取り出し、お決まりのスポーツドリンクのボタンを押した。
牧くんは私の方から優しくビニールバッグを奪い、音を立てながら落ちてくるスポーツドリンクの缶をひょいひょいと手に取っていく。ビニールバッグはあっという間に重そうになった。
「ご、ごめんね。重いよね」
「俺には軽いけど、早乙女さんには重いかもな。だから気にしなくていいぞ。あと……言ってくれるなら謝罪よりも感謝のほうが嬉しいな」
これ以上遠慮するのは悪いだろう。
「持ってくれてありがとう」と気持ちを込めて告げれば、満足そうに牧くんは微笑んだ。
地区予選緒戦の結果は勝利。偶然にも去年の二回戦で当たった高校が相手だったが86対60という圧倒的な得点差で勝つことができた。
部員達はハイタッチしながら喜び合い、ベンチに戻って来るや否や私に抱き着いてきた。
「早乙女さん! やったよぉ!」
「お疲れさまでした。よく動けてたね!」
「ね、シュートまでの流れがすっごく良かったよね!?」
「うん。練習よりも良かったよ」
「早乙女先輩、私はどうでした?」
「ディフェンスがしつこくて良かったよ。あの粘りを次も出していこう」
次の試合の準備があるので長々とベンチで部員の講評をするのはまずい。選手控え室に向かって皆を着替えさせなければ。
荷物を持って移動するよう指示すると、後ろの応援席から「今日のプレー良かったぞ!」と大きな声が飛んできた。
振り向くと、叫び終えた様子の牧くんが居た。一瞬目が合った後、彼の周りに居た海南大付属の面々も同じように声を掛けてくれた。
「湘北高校、次も頑張れよ~!」
「クールダウンはしっかりな!」
実は、湘北高校のベンチ裏の応援席には牧くんを含めた数十名の海南大付属男子バスケ部員が座っていた。紫と黄色のジャージが席を埋め尽くしていた光景はもはや陣取っていたと言い換えてもいい。
牧くんが気になる試合なら観ておきたいという人が多かったようだ。まさか女子の試合だとは思わなかっただろうが。牧くん以外の部員も大きな声で湘北を応援してくれた。
「あの海南大付属に観られてたのは緊張したけど、学校が違うのに応援してもらえるのって嬉しいね」
汗びっしょりの部員に話しかけられる。私は笑顔で頷いた。
* * *
試合後、海南大付属のベンチで繰り広げられた会話。
「湘北の女子バスって強かったんスね。昔は弱小だったってクラスの女子バス部員から聞きましたけど」
「マネージャーの早乙女さん……黒いリストバンドしてた人が関わってから変わったんだよ。それまでは緒戦敗退が当たり前だったらしい」
「牧さんが女の子を気に掛けるなんて珍しいですね。バスケが上手い、とかですか」
「ああ。そんじょそこらの男より上手いと思うぞ。何せ山王工業の現主将の従兄妹で、小さい頃からその従兄妹にバスケを教わったっていうからな」
「山王工業!?」
「ちなみに明稜体大の道明寺監督から受験を勧められるくらいの腕前だよ」
「それって凄いんスか」
「女子バスケなら日本で三本の指に入る大学だ。日本でプロ選手を目指すなら大抵の人が目指す大学だぞ」
「ええ!? 何スかそれ!」
「清田、さっきからうるさいよ。もう少し声抑えなって」
「うっ……すんません神さん」
「山王工業主将の弟子であり、明稜体大の勧誘を受けるほどの技術を持ちながらも、マネージャーとして補佐に徹する早乙女さん。そんな彼女が指導するバスケ部の強さや試合の内容は気になるだろう?」
「そうですね。男とか女とか関係なく、純粋に気になりますよ」
「まぁ実際、湘北のほうが圧倒的に試合の運びが巧かったっスね。粗削りだけど勢いがあって」
「よく分析できてるな清田」
「へへっ」
「でも……早乙女さん、でしたっけ。その人のこと、バスケ選手としてだけでなく個人的にも気になってるんじゃないですか?」
「神さん、何言ってるんスか??」
「清田はお子様だねぇ」
「……神。余計なことは言うな」
「すみません」
「お互い今はそんなこと考えてる暇はないさ。まぁ……今は俺のひとり相撲だが」
5月中旬。この頃からインターハイ出場権を賭けた地区予選が行われる。
地道に技術やスタミナを底上げしてきた湘北高校女子バスケ部はかつてないほどに燃えていた。
特に私と一緒に早朝トレーニングしている子達は自身の成長が面白いのか、部活の時間も積極的に動いているし「早く試合をしたい」という意志が全身に漲っている。練習試合にもその結果が出るようになってきた。
自分の努力が結果として現れるのが楽しい気持ちはよく分かる。
さて、私はマネージャーとして最大限出来ることをしようじゃないか。
第38話 高校三年、5月のお話
「……あ、牧くん!」
「早乙女さん」
湘北高校女子バスケ部の地区予選初日。会場として割り当てられている体育館の自販機エリアに向かうと、牧くんと遭遇した。ジャージを着こんでいるものの、その肌にはじんわりと汗が滲んでいる。
「牧くんは試合が終わったところ?」
「ああ、第一試合から出番でね。もちろん勝ったぞ」
「お疲れ様でした。さすがだね!」
力強い笑顔をしながら答えてくれる。常勝軍団・海南大付属を初日で捻じ伏せる高校はなかなかないだろう。
「湘北高校の試合は午後か?」
「そう。14時から試合だから、午前中少しだけ練習してたの。ついさっき到着したばかりなんだ」
指定されている会場は湘北高校から電車で二十分程度の近距離。しっかりとウォーミングアップしたいという部員の意向を汲み、11時頃まで練習をしていた。試合は14時からだから時間にも余裕がある。今は選手控え室が空くのを待っている状態だ。
「ここで会うなんて、初対面の時を思い出すな」
「友達になったきっかけも、牧くんが自販機コーナーでお釣りを忘れたからだもんね」
高校一年、冬の選抜で一成を応援するために向かった体育館。その会場の自販機コーナーで私達は知り合った。
牧くんが買い終えた後にお釣りを忘れ、その後ろに並んでいた私は自分の分を買わずに彼を追いかけた。無事にお釣りを手渡し、その礼だとオレンジジュースを貰った。そして応援する時も隣の席を快く勧めてくれた。
私達が何てことないきっかけで友達となり、一緒に1on1をしたりスポーツ店で買い物したりと交流が今も続いているのは凄いことだと思う。
「あの時、俺がお釣りを忘れてなかったらと考えるとゾッとするよ。早乙女さんとこうやって話も出来なかったし、バスケも出来なかったからな」
「その場合はもしかしたら今日友達になってたのかもよ? こうやって自販機コーナーで遭遇しちゃった訳だし」
「そうか。はは、確かにそうだな!」
試合後ということもありテンションが高いのだろう。牧くんは明るく笑った。
しかしその後、私が大きなビニールバックを肩から掛けているのを見た彼は尋ねてくる。
「話し込んでしまってすまない。ドリンクの買い出しに来たんだよな。そのビニールバッグに入る量を買うつもりか?」
「ちょっと足りないかなって急に心配になっちゃって。とりあえず部員の数だけ買っていこうかと」
「じゃあドリンクは俺が持ってやるよ。男手があれば楽だろ?」
つらっとした表情で提案してくる牧くんに、私は両手を振りながら抵抗した。試合が終わったばかりの選手にさせることじゃない。
「ええっ!? そんな、いいよ! 試合後で疲れてるだろうし、集まってミーティングとかあるんじゃないの?」
試合が終わってからある程度の時間が経過しているとはいえ昼食を挟んでのミーティングとかあるんじゃないだろうか。
ここには居ないようだが、ロビーに居るかもしれない牧くんの仲間を思いながら言う。だけど牧くんはどこ吹く風の様子で。
「帰りの集合時間までは自由時間なんだ。敷地内から出るなとだけ言われてる。だから試合見る奴もいるし、学校の課題解くからって体育館に隣接してる図書館に行く奴もいるよ。まぁレギュラー陣は殆どは前者だな」
「そうなんだ」
「それに……女子バスケの試合は観る機会も殆ど無いから興味がある。早乙女さんが指導してるなら猶更」
「えっ」
「話を長引かせて申し訳ないが、皆待ってるんじゃないか? 早くドリンク買ったほうがいいぞ」
言い出す前に牧くんがドリンクを買えと促してくる。私は思い出したように部費が入った財布をさっと取り出し、お決まりのスポーツドリンクのボタンを押した。
牧くんは私の方から優しくビニールバッグを奪い、音を立てながら落ちてくるスポーツドリンクの缶をひょいひょいと手に取っていく。ビニールバッグはあっという間に重そうになった。
「ご、ごめんね。重いよね」
「俺には軽いけど、早乙女さんには重いかもな。だから気にしなくていいぞ。あと……言ってくれるなら謝罪よりも感謝のほうが嬉しいな」
これ以上遠慮するのは悪いだろう。
「持ってくれてありがとう」と気持ちを込めて告げれば、満足そうに牧くんは微笑んだ。
地区予選緒戦の結果は勝利。偶然にも去年の二回戦で当たった高校が相手だったが86対60という圧倒的な得点差で勝つことができた。
部員達はハイタッチしながら喜び合い、ベンチに戻って来るや否や私に抱き着いてきた。
「早乙女さん! やったよぉ!」
「お疲れさまでした。よく動けてたね!」
「ね、シュートまでの流れがすっごく良かったよね!?」
「うん。練習よりも良かったよ」
「早乙女先輩、私はどうでした?」
「ディフェンスがしつこくて良かったよ。あの粘りを次も出していこう」
次の試合の準備があるので長々とベンチで部員の講評をするのはまずい。選手控え室に向かって皆を着替えさせなければ。
荷物を持って移動するよう指示すると、後ろの応援席から「今日のプレー良かったぞ!」と大きな声が飛んできた。
振り向くと、叫び終えた様子の牧くんが居た。一瞬目が合った後、彼の周りに居た海南大付属の面々も同じように声を掛けてくれた。
「湘北高校、次も頑張れよ~!」
「クールダウンはしっかりな!」
実は、湘北高校のベンチ裏の応援席には牧くんを含めた数十名の海南大付属男子バスケ部員が座っていた。紫と黄色のジャージが席を埋め尽くしていた光景はもはや陣取っていたと言い換えてもいい。
牧くんが気になる試合なら観ておきたいという人が多かったようだ。まさか女子の試合だとは思わなかっただろうが。牧くん以外の部員も大きな声で湘北を応援してくれた。
「あの海南大付属に観られてたのは緊張したけど、学校が違うのに応援してもらえるのって嬉しいね」
汗びっしょりの部員に話しかけられる。私は笑顔で頷いた。
* * *
試合後、海南大付属のベンチで繰り広げられた会話。
「湘北の女子バスって強かったんスね。昔は弱小だったってクラスの女子バス部員から聞きましたけど」
「マネージャーの早乙女さん……黒いリストバンドしてた人が関わってから変わったんだよ。それまでは緒戦敗退が当たり前だったらしい」
「牧さんが女の子を気に掛けるなんて珍しいですね。バスケが上手い、とかですか」
「ああ。そんじょそこらの男より上手いと思うぞ。何せ山王工業の現主将の従兄妹で、小さい頃からその従兄妹にバスケを教わったっていうからな」
「山王工業!?」
「ちなみに明稜体大の道明寺監督から受験を勧められるくらいの腕前だよ」
「それって凄いんスか」
「女子バスケなら日本で三本の指に入る大学だ。日本でプロ選手を目指すなら大抵の人が目指す大学だぞ」
「ええ!? 何スかそれ!」
「清田、さっきからうるさいよ。もう少し声抑えなって」
「うっ……すんません神さん」
「山王工業主将の弟子であり、明稜体大の勧誘を受けるほどの技術を持ちながらも、マネージャーとして補佐に徹する早乙女さん。そんな彼女が指導するバスケ部の強さや試合の内容は気になるだろう?」
「そうですね。男とか女とか関係なく、純粋に気になりますよ」
「まぁ実際、湘北のほうが圧倒的に試合の運びが巧かったっスね。粗削りだけど勢いがあって」
「よく分析できてるな清田」
「へへっ」
「でも……早乙女さん、でしたっけ。その人のこと、バスケ選手としてだけでなく個人的にも気になってるんじゃないですか?」
「神さん、何言ってるんスか??」
「清田はお子様だねぇ」
「……神。余計なことは言うな」
「すみません」
「お互い今はそんなこと考えてる暇はないさ。まぁ……今は俺のひとり相撲だが」