第3章 高校三年のお話
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※注意 海南大付属、海南大学の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
「おはようございま~す……早乙女先輩、今日も早いですね」
「おはよう。柳さんは眠そうだね」
「いっ、いえ、大丈夫です!」
「ならテンションが上がる曲をかけようか」
そう言いながら私はリュックの中からカセットを一本取り出し、舞台袖にある放送室へと向かう。
この体育館は狭くて古いが、放送室の中に設置されている音響機器は立派だ。音源さえ持ってくれば館内に音楽を流すことができる。CDアルバムだと好みではない音楽まで再生されてしまうので、私はお気に入りの曲だけをダビングしたカセットを持参するようにしていた。
数分もせずに軽快な洋楽が体育館で流れる。
「わぁ~爆音!」
「目ぇ覚めるでしょ? さあ、モップがけするよ」
壁に立て掛けているモップを指差した。
第37話 高校三年、4月のお話
二月の終わり頃、私は湘北女子バスケ部の正式なマネージャーに就任した。入部動機は至極単純。バスケに携わる職業に就きたいなら、チームと選手を支えるマネージャー経験を積むことは有益だと思ったからである。
顧問の先生からは何度もマネージャーになってほしいと頼まれていた。正式部員なら体育館をある程度自由に使ってもいいよと好条件も提示されていた。裏方の経験を積みつつ、天候に左右されない自主練の場所も確保できるとなれば万々歳! だいぶ待たせてしまったが「入部します」と告げれば、先生も部員達も両手を広げて歓迎してくれた。
それからというもの、毎朝の日課である自主練は湘北女子バスケ部の体育館で行っている。
掃除と準備運動を終えた私達はランニングを開始した。しかし、ほどなくして後輩の柳さんが息も絶え絶えに座り込む。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「無理しないで休んでね。量は変えないから」
女子バスケ部員はやる気がある子達ばかりだが、体育館で自主練をしている私を見た数人の部員が一緒にやりたいと申し出てきた。
もっと上手くなりたい、強くなりたいと思う気持ちはよく分かる。自主練は隠していることでもない。早起きが苦でなければ自由に参加してもらって構わないと答えた。ただし、私がこなす量は変えないから無理だけはしないでほしいと付け加えて。
柳さんは誰よりも多く自主練に参加している二年の後輩だ。中学時代もバスケ部だった経験者で、シュートフォームがとても綺麗な選手である。レギュラーだったために試合に対する度胸があるものの、本人はスタミナが足りないのが課題だと言う。
マネージャーでありながら部員と同等量の練習をこなしても疲れる様子を見せない私に、自主練に秘訣があるのではと彼女は予想したらしい。
「まさかこの自主練が日の目を見るとはねぇ」
確か、一番最初に自主練をしたのは小学生の時だったはずだ。
一成との練習だけでは時間が足りないと感じた頃。満足のいく技術を身に着けるには、理論を組み立ててバスケをしなければならないと思考が変わった頃。
一成の練習を眺め、雑誌を参考にし、時には一成に意見を貰いながら組み立てたメニュー。近年は山王バスケ部の基礎練も取り入れた。馬鹿の一つ覚えのように何度も何度も何度も繰り返してきたもの。その積み重ねが今の私を形成している。
自主練の内容を知っているのは一成だけだった。それが今や、部員全員に知れ渡るものとなった。
「まぁ強くなってくれれば女子バスケ部としても万々歳だからな~」
呟きながら、私はひたすら走った。
* * *
部活の備品を買い足すのもマネージャーの仕事だ。足りない備品をメモして、練習後に駅前の大型スポーツ店に向かう。スポーツドリンクの粉末やテーピングなどを買い物かごに入れていると、横から声を掛けられた。
「やあ、早乙女さん」
「牧くん!」
ちょうど練習終わりなのか、彼の格好は海南ジャージだった。
でも、海南大付属はここから三十分以上電車に乗った距離に建つ学校だ。練習で疲れてるだろうに、わざわざこっちのスポーツ店に来たのだろうか。支店は海南の最寄り駅近くにもあったはずだけど。
疑問を牧くんにぶつけると、彼は手に持っているプロテインの箱を見せてきた。
「このプロテイン、こっちの店のほうが安いんだ。味の種類も豊富だからプロテインを買うならここって決めててね」
牧くんが持っていたのは有名なプロテインのシリーズだった。スポーツ店やCMでよく目にする銘柄だけど、品揃えは店によってだいぶ違うという面でも有名なメーカーらしい。
正しくプロテインを飲んでいる人の効果は結果として身体に表れる。牧くんの立派な体格は、このプロテインによる影響も大きそうだ。
「早乙女さんは今日はジャージなんだな。夜練の帰りか?」
「いや、そうじゃなくてね……実は私、女子バスケ部のマネージャーになったんだ。だから今日は備品の買い出しに来たの」
「え? 早乙女さんが? バスケ部の、マネージャーに?」
本気か、とでもいうように驚愕の表情を浮かべながら尋ねたきた。プレー以外で動揺する姿を見たことがないのでとても新鮮である。
けれど、私がバスケに打ち込む姿を見てきた人間なら誰もが同じ行動を取るだろう。
だって私は「自分が」楽しくプレーするための練習しかしてこなかった。自分の技術さえ向上させられれば、それでいいと思っていたから。
「自分の練習する時間が減らないか?」
さすがは牧くん。私をよく理解してくれている。笑いながら彼の問いに答えた。
「部活中は部員と同じメニューこなしてるし、朝は自主練で体育館を使わせてもらってるからそんなでもないよ!」
さすがに試合形式は入らないけど、個々の選手の能力を底上げするために1on1や3on3では積極的に相手をしている。
私相手で緊張するようでは地区予選を突破するなぞ不可能だ。年季が違うので勝つのは難しくとも、どうすればドリブルで抜けるか? どうすればシュートを入れれるか? 作戦を立てて実行できるくらいの意志と行動力がなければレギュラーになるのも難しい。私を踏み台にしてくださいと言わんばかりに部員に声を掛けていた。
「そうか。羨ましいな。彼女達は早乙女さんとプレーし放題ってことだろ」
「何言ってんの。牧くんほどの選手なら、私なんか相手にしてもつまらないでしょ」
私は牧くんに一度だって勝てたことがない。
会計に向かうためリュックから財布を取り出しながらそう言うと、牧くんは強めに否定してきた。
「つまらないなんてとんでもない! 早乙女さんは真剣にプレーしてるし、負けても僻んだりしないだろ。ちゃんと自分の技術を分析して次に切り替えてる。そういうこと出来る人って意外と居ないんだぜ」
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんだよ。だから、俺はタイミングさえ合えばいつだって早乙女さんと1on1したいと思ってる」
他愛ない世間話とは表現しづらい、バスケ仲間っぽい会話が繰り広げられる。
うう、なんだか空気がくすぐったいな……このままレジに向かって自然と解散、という流れが最適な気がする。
「牧くん、私、このままレジに向かうから……」
「なあ、もうちょっとだけ話せないか? 自販機だけどジュース奢るし、そんなに時間は掛けないから」
「電車の時間は大丈夫なの?」
「大丈夫。せっかく会えたんだし、ちょうど訊きたいこともあったんだよ」
「わ、分かった」
「何飲みたい? 先に買ってベンチで待ってる」
「えっと……オレンジジュース」
「初めて会った時と同じだな。OK」
牧くんは踵を返して出口に向かう。
あんまり待たせるのもアレなので、私もさっさとレジに向かって会計を済ませた。
商品が入ったビニール袋をぶら下げて出入口のロビーに向かうと、ジュースの缶を持ちながらベンチで優雅に腰掛けている牧くんが居た。ジャージ姿なのに気品を感じるのは、無意識でも彼が普段から礼儀正しく行動しているからなのだろう。
有難くオレンジジュースを受け取り、カン、とぶつけて乾杯をする。ぐいっとジュースを飲んで一息つくと、牧くんが切り出してきた。
「早乙女さんは高校卒業後の進路は決めてるのか?」
何を訊いてくるのかと思いきや。
「牧くんは決めてるの?」
「俺はそのまま海南大学に進むよ。海南大付属に入る奴の進路はだいたい同じだなぁ」
付属だから、高校から海南に入っていると外部生よりも入学に関しても優遇されるのだろう。海南大学は確か男子バスケで有名な学校のはずだ。
「どこの大学とは決めてないんだけど、将来はバスケに携われる職業に就きたいからスポーツ系の学科を学べる大学に行きたいと思ってるよ。そういう系の資格も取りたいし」
先日、一成と電話した時と同じような内容を話す。
「一年の時に参加した冬の講習会繋がりで明稜体育大学の先生と知り合いになって、明稜大学に来たらいいとは言われてるけど」
「明稜体大? 女子バスケで有名な大学じゃないか」
「牧くんも知ってるんだ」
一定以上真剣にバスケをやっている人間は皆知ってるくらいの知名度なんだろうか。
「早乙女さん、海南大の受験は考えてないのか?」
「海南大に?」
牧くんのほうを振り向きながら尋ねると、いつもどおり穏やかで真面目な彼の顔があった。
「ああ。海南大でもスポーツ医学とか学べるし、スポーツ関連の職業に有利な資格を取れる授業もある。早乙女さんの目的に役立てる大学じゃないかなと思うけど」
海南大か。そこは考えてなかった。灯台下暗しというやつか。
海南大学は海南大付属高校と同じ敷地内に建っている。電車通学できるから一人暮らしする必要もない。
今の環境や生活が大きく変わらないという点は魅力だなぁ。湘北に遊びに行くのも簡単だし。
「海南大かぁ……」
「俺個人としても海南大はお勧めだよ。私立だから親御さんの理解は必要になるけど、話を聞く限り早乙女さんの成績なら返済不要の奨学金も取れるんじゃないかなと思う」
明稜体育大学もそうだが海南大学も私立だ。湘北高校は県立だけど、私立となれば親に金銭的な負担を掛けてしまう。奨学金のことも色々と調べておかないと駄目だな。
「ありがとう。大学はもうちょっと調べてから決めるよ」
「そうだな。焦って決めることじゃない。将来に関わるし……でも、もし早乙女さんが海南大に来てくれたら嬉しいな」
「本当?」
牧くんは愚問だなと言わんばかりに、ふっと笑う。
「もちろん。俺は大学でもバスケ部に入るけど、今よりは自由な時間も増えるし、それだけ早乙女さんと過ごす時間も多くなるだろ?」
「そしたら1on1する時間も増えるね」
「1on1もだけど、一緒に買い物したり遊びに行ったりとかさ」
牧くんにも年相応にバスケ以外の欲があるんだな。意外だ……。
「でも、受験の前にまずはインターハイだな。夏のインターハイ、秋の国体、冬の選抜。忙しくなるぞ」
「牧くんの活躍を楽しみにしてるよ」
にやりと微笑み合いながら私達は笑った。
夏。バスケに関わる人達が熱くなる季節がやってくる。
牧くんが率いる海南大付属も、一成が率いる山王工業も、赤木くんが率いる湘北も。皆が皆、満足のいく試合が出来ますように。
私はそれだけを願うのだ。
「おはようございま~す……早乙女先輩、今日も早いですね」
「おはよう。柳さんは眠そうだね」
「いっ、いえ、大丈夫です!」
「ならテンションが上がる曲をかけようか」
そう言いながら私はリュックの中からカセットを一本取り出し、舞台袖にある放送室へと向かう。
この体育館は狭くて古いが、放送室の中に設置されている音響機器は立派だ。音源さえ持ってくれば館内に音楽を流すことができる。CDアルバムだと好みではない音楽まで再生されてしまうので、私はお気に入りの曲だけをダビングしたカセットを持参するようにしていた。
数分もせずに軽快な洋楽が体育館で流れる。
「わぁ~爆音!」
「目ぇ覚めるでしょ? さあ、モップがけするよ」
壁に立て掛けているモップを指差した。
第37話 高校三年、4月のお話
二月の終わり頃、私は湘北女子バスケ部の正式なマネージャーに就任した。入部動機は至極単純。バスケに携わる職業に就きたいなら、チームと選手を支えるマネージャー経験を積むことは有益だと思ったからである。
顧問の先生からは何度もマネージャーになってほしいと頼まれていた。正式部員なら体育館をある程度自由に使ってもいいよと好条件も提示されていた。裏方の経験を積みつつ、天候に左右されない自主練の場所も確保できるとなれば万々歳! だいぶ待たせてしまったが「入部します」と告げれば、先生も部員達も両手を広げて歓迎してくれた。
それからというもの、毎朝の日課である自主練は湘北女子バスケ部の体育館で行っている。
掃除と準備運動を終えた私達はランニングを開始した。しかし、ほどなくして後輩の柳さんが息も絶え絶えに座り込む。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「無理しないで休んでね。量は変えないから」
女子バスケ部員はやる気がある子達ばかりだが、体育館で自主練をしている私を見た数人の部員が一緒にやりたいと申し出てきた。
もっと上手くなりたい、強くなりたいと思う気持ちはよく分かる。自主練は隠していることでもない。早起きが苦でなければ自由に参加してもらって構わないと答えた。ただし、私がこなす量は変えないから無理だけはしないでほしいと付け加えて。
柳さんは誰よりも多く自主練に参加している二年の後輩だ。中学時代もバスケ部だった経験者で、シュートフォームがとても綺麗な選手である。レギュラーだったために試合に対する度胸があるものの、本人はスタミナが足りないのが課題だと言う。
マネージャーでありながら部員と同等量の練習をこなしても疲れる様子を見せない私に、自主練に秘訣があるのではと彼女は予想したらしい。
「まさかこの自主練が日の目を見るとはねぇ」
確か、一番最初に自主練をしたのは小学生の時だったはずだ。
一成との練習だけでは時間が足りないと感じた頃。満足のいく技術を身に着けるには、理論を組み立ててバスケをしなければならないと思考が変わった頃。
一成の練習を眺め、雑誌を参考にし、時には一成に意見を貰いながら組み立てたメニュー。近年は山王バスケ部の基礎練も取り入れた。馬鹿の一つ覚えのように何度も何度も何度も繰り返してきたもの。その積み重ねが今の私を形成している。
自主練の内容を知っているのは一成だけだった。それが今や、部員全員に知れ渡るものとなった。
「まぁ強くなってくれれば女子バスケ部としても万々歳だからな~」
呟きながら、私はひたすら走った。
* * *
部活の備品を買い足すのもマネージャーの仕事だ。足りない備品をメモして、練習後に駅前の大型スポーツ店に向かう。スポーツドリンクの粉末やテーピングなどを買い物かごに入れていると、横から声を掛けられた。
「やあ、早乙女さん」
「牧くん!」
ちょうど練習終わりなのか、彼の格好は海南ジャージだった。
でも、海南大付属はここから三十分以上電車に乗った距離に建つ学校だ。練習で疲れてるだろうに、わざわざこっちのスポーツ店に来たのだろうか。支店は海南の最寄り駅近くにもあったはずだけど。
疑問を牧くんにぶつけると、彼は手に持っているプロテインの箱を見せてきた。
「このプロテイン、こっちの店のほうが安いんだ。味の種類も豊富だからプロテインを買うならここって決めててね」
牧くんが持っていたのは有名なプロテインのシリーズだった。スポーツ店やCMでよく目にする銘柄だけど、品揃えは店によってだいぶ違うという面でも有名なメーカーらしい。
正しくプロテインを飲んでいる人の効果は結果として身体に表れる。牧くんの立派な体格は、このプロテインによる影響も大きそうだ。
「早乙女さんは今日はジャージなんだな。夜練の帰りか?」
「いや、そうじゃなくてね……実は私、女子バスケ部のマネージャーになったんだ。だから今日は備品の買い出しに来たの」
「え? 早乙女さんが? バスケ部の、マネージャーに?」
本気か、とでもいうように驚愕の表情を浮かべながら尋ねたきた。プレー以外で動揺する姿を見たことがないのでとても新鮮である。
けれど、私がバスケに打ち込む姿を見てきた人間なら誰もが同じ行動を取るだろう。
だって私は「自分が」楽しくプレーするための練習しかしてこなかった。自分の技術さえ向上させられれば、それでいいと思っていたから。
「自分の練習する時間が減らないか?」
さすがは牧くん。私をよく理解してくれている。笑いながら彼の問いに答えた。
「部活中は部員と同じメニューこなしてるし、朝は自主練で体育館を使わせてもらってるからそんなでもないよ!」
さすがに試合形式は入らないけど、個々の選手の能力を底上げするために1on1や3on3では積極的に相手をしている。
私相手で緊張するようでは地区予選を突破するなぞ不可能だ。年季が違うので勝つのは難しくとも、どうすればドリブルで抜けるか? どうすればシュートを入れれるか? 作戦を立てて実行できるくらいの意志と行動力がなければレギュラーになるのも難しい。私を踏み台にしてくださいと言わんばかりに部員に声を掛けていた。
「そうか。羨ましいな。彼女達は早乙女さんとプレーし放題ってことだろ」
「何言ってんの。牧くんほどの選手なら、私なんか相手にしてもつまらないでしょ」
私は牧くんに一度だって勝てたことがない。
会計に向かうためリュックから財布を取り出しながらそう言うと、牧くんは強めに否定してきた。
「つまらないなんてとんでもない! 早乙女さんは真剣にプレーしてるし、負けても僻んだりしないだろ。ちゃんと自分の技術を分析して次に切り替えてる。そういうこと出来る人って意外と居ないんだぜ」
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんだよ。だから、俺はタイミングさえ合えばいつだって早乙女さんと1on1したいと思ってる」
他愛ない世間話とは表現しづらい、バスケ仲間っぽい会話が繰り広げられる。
うう、なんだか空気がくすぐったいな……このままレジに向かって自然と解散、という流れが最適な気がする。
「牧くん、私、このままレジに向かうから……」
「なあ、もうちょっとだけ話せないか? 自販機だけどジュース奢るし、そんなに時間は掛けないから」
「電車の時間は大丈夫なの?」
「大丈夫。せっかく会えたんだし、ちょうど訊きたいこともあったんだよ」
「わ、分かった」
「何飲みたい? 先に買ってベンチで待ってる」
「えっと……オレンジジュース」
「初めて会った時と同じだな。OK」
牧くんは踵を返して出口に向かう。
あんまり待たせるのもアレなので、私もさっさとレジに向かって会計を済ませた。
商品が入ったビニール袋をぶら下げて出入口のロビーに向かうと、ジュースの缶を持ちながらベンチで優雅に腰掛けている牧くんが居た。ジャージ姿なのに気品を感じるのは、無意識でも彼が普段から礼儀正しく行動しているからなのだろう。
有難くオレンジジュースを受け取り、カン、とぶつけて乾杯をする。ぐいっとジュースを飲んで一息つくと、牧くんが切り出してきた。
「早乙女さんは高校卒業後の進路は決めてるのか?」
何を訊いてくるのかと思いきや。
「牧くんは決めてるの?」
「俺はそのまま海南大学に進むよ。海南大付属に入る奴の進路はだいたい同じだなぁ」
付属だから、高校から海南に入っていると外部生よりも入学に関しても優遇されるのだろう。海南大学は確か男子バスケで有名な学校のはずだ。
「どこの大学とは決めてないんだけど、将来はバスケに携われる職業に就きたいからスポーツ系の学科を学べる大学に行きたいと思ってるよ。そういう系の資格も取りたいし」
先日、一成と電話した時と同じような内容を話す。
「一年の時に参加した冬の講習会繋がりで明稜体育大学の先生と知り合いになって、明稜大学に来たらいいとは言われてるけど」
「明稜体大? 女子バスケで有名な大学じゃないか」
「牧くんも知ってるんだ」
一定以上真剣にバスケをやっている人間は皆知ってるくらいの知名度なんだろうか。
「早乙女さん、海南大の受験は考えてないのか?」
「海南大に?」
牧くんのほうを振り向きながら尋ねると、いつもどおり穏やかで真面目な彼の顔があった。
「ああ。海南大でもスポーツ医学とか学べるし、スポーツ関連の職業に有利な資格を取れる授業もある。早乙女さんの目的に役立てる大学じゃないかなと思うけど」
海南大か。そこは考えてなかった。灯台下暗しというやつか。
海南大学は海南大付属高校と同じ敷地内に建っている。電車通学できるから一人暮らしする必要もない。
今の環境や生活が大きく変わらないという点は魅力だなぁ。湘北に遊びに行くのも簡単だし。
「海南大かぁ……」
「俺個人としても海南大はお勧めだよ。私立だから親御さんの理解は必要になるけど、話を聞く限り早乙女さんの成績なら返済不要の奨学金も取れるんじゃないかなと思う」
明稜体育大学もそうだが海南大学も私立だ。湘北高校は県立だけど、私立となれば親に金銭的な負担を掛けてしまう。奨学金のことも色々と調べておかないと駄目だな。
「ありがとう。大学はもうちょっと調べてから決めるよ」
「そうだな。焦って決めることじゃない。将来に関わるし……でも、もし早乙女さんが海南大に来てくれたら嬉しいな」
「本当?」
牧くんは愚問だなと言わんばかりに、ふっと笑う。
「もちろん。俺は大学でもバスケ部に入るけど、今よりは自由な時間も増えるし、それだけ早乙女さんと過ごす時間も多くなるだろ?」
「そしたら1on1する時間も増えるね」
「1on1もだけど、一緒に買い物したり遊びに行ったりとかさ」
牧くんにも年相応にバスケ以外の欲があるんだな。意外だ……。
「でも、受験の前にまずはインターハイだな。夏のインターハイ、秋の国体、冬の選抜。忙しくなるぞ」
「牧くんの活躍を楽しみにしてるよ」
にやりと微笑み合いながら私達は笑った。
夏。バスケに関わる人達が熱くなる季節がやってくる。
牧くんが率いる海南大付属も、一成が率いる山王工業も、赤木くんが率いる湘北も。皆が皆、満足のいく試合が出来ますように。
私はそれだけを願うのだ。