第2章 高校二年のお話(全20話)
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一成からは今年の冬休みも帰省しないと聞いた。練習が忙しいのは言うまでもないが、キャプテンの引継ぎがなかなかに大変なのだという。
「OBとか後援会の人との距離感とか、ちょっと骨が折れるピョン。まだ高校生なのに……」
「強豪校となると、援助してくれる人の存在って大きいもんね」
「ところで俺の接尾語が変わったことにはコメントないピョン?」
「はいはい。なんでピョンなの?」
「飛躍の年にしたいと思ったからだピョン。レギュラーにキャプテンと、今年はさらに成長できること間違いなしだピョン」
何も知らない私だったら「ぴったりな接尾語だね」くらいは言えたかもしれない。
しかし私は知っている。
新年早々に一成は電話をくれた。最近ウサギのキャラクターにハマってるとも教えてくれた。そのキャラは私も知っている。ダブったからという理由でいくつかグッズが送られてきたからだ。そのキャラは外見が万人受けするほど麗しい訳でも、厨二病をくすぐる特殊能力を持っている訳でもない。常にピョンピョン言っているタイプの不思議ウサギが一成のツボを突いたのは間違いなく、新しい接尾語もそのウサギからアイディアを拝借したのは明白だった。
でも私は大人だから黙っててあげるのだ。
レギュラーとしてだけでなくキャプテンの重荷を背負って走り続ける一成の苦労を考えれば、どうっっってことないので!
第35話 高校二年、1月の合宿のお話
一月に入り、湘北高校女子バスケ部では三泊四日の合宿が行われた。
三年生は受験に集中したいと申し出があったため、地区予選敗退後すぐに全員が引退。早々に二年と一年の新体制を安定させるべく入念な練習が行われた。
顧問の先生や部員達から強い要望があったのも事実だが、冬休みに大した予定もなく、自分のトレーニングも天候に左右されない体育館でじっくりやりたいと思った私は四日間の合宿に同伴したいと願い出た。
そしてその時、顧問の先生が相談があると打ち明けてくれたのだ。
「早乙女さん。自分達の弱さをきちんと理解したいから、一月の合宿で練習試合をしたいって部員達が言ってるんだけど……どう思う?」
湘北高校女子バスケ部は冬の選抜における地区予選で一回戦は突破できたものの、二回戦では惜敗した。
レギュラー陣は半分以上が三年生。レギュラー入りを果たした二年生が試合に出れたのは僅かで、一年生に至っては全員がベンチか応援席だった。新体制のチームで地区予選突破を目指すには不安があるという現状は無理もないと思う。
「現実を知るのも大事なので良いと思いますよ。試合内容と結果を見て、練習メニュー見直しもできますしね」
「三泊四日の合宿なら、いつやればいいかしら」
「三日目はどうですか? 初日と二日目は練習試合を想定した練習、三日目に実践、四日目は試合の反省を考慮したメニューにすれば良いかと」
「良いと思うわ!」
「相手の高校は……この辺りにお願いしてみてください。新体制になって日も浅いですし、とりあえず試合は一校だけにしておきましょう」
三年生が引退している事情はどの学校も同じだと思うが、主力の三年生が抜けたチームの現状を知るには練習試合が一番だ。部活の紅白戦だけではバランスが悪過ぎる。先生が夏冬の地区大会の書類を持っていたので、トーナメント表で良さそうな学校に赤ペンで丸を付けた。
試合相手が決まると、私は先方への許可を貰ったうえでビデオカメラを持って公開練習を見学に行った。家に持ち帰って自分なりに相手チームを分析し、合宿開始早々にそのビデオを部員達に見せて意見交換をおこなった。練習内容も相手への対策を踏まえたものへと変えた。
そして今、新体制として一番最初の試合が始まろうとしている。
私は本来監督が立つ場所に敢えて立ち、スタメンを含むベンチメンバーに声を掛けた。
「ちょっとギャラリーが多いけど、恥ずかしがらずにいつも通り声掛けしてね」
「「はいッ!」」
「失敗しても大丈夫だから、まずは練習でできるようになったこと、自分の武器がこの試合で活かせるかじっくり試していこう。皆が主役だよ!」
「「はいッ!」」
「よし、じゃあ行ってらっしゃい!」
どこか緊張を残しているスタメンをコートへ送り出した。その背中をベンチメンバー、壁際に居る応援メンバーが大きな声援を送る。
練習試合を申し込んだ相手は夏の選抜で湘北が負けた学校だ。先方も抱える事情は同じであり、著しく変化を遂げつつある湘北と練習試合をしたいと快く了承してくれた。
ちなみに今日の試合は一般公開している。双方の頑張りを学校関係者や選手の家族に見てほしいからだ。それに、大勢に観られながらの試合に慣れてもらわないと困るという理由もある。地区予選となれば今日とは比べ物にならないほどの観衆に、それもジロジロと舐めるように見つめられるのだ。視線で固まってしまうような選手では格好の餌食となる。この環境下で前向きなプレーができるようになってほしい。
「今のところどう? 早乙女さん」
「想像してたよりもかなり良いですよ。確実に決めるっていう姿勢が見えますし、二年が一年を引っ張ってますし」
双方の実力レベルの差はあまり無い。だから点差が大きく開くこともない。追いつき追い越されが続くが、お互いの学校がそれぞれチームメイトを鼓舞し、勝とうとする意志が強く出ていた。特にポイントガードは率先してチームに声掛けし、なんとか点差を大きくしようと必死に動いていた。
今の湘北にはエースが居ない。三年生にさえエースと呼べる選手は居なかった。何かに特化した、チームメイトを自然と勇気付けるような圧倒的な技術を持つ選手が居ないのだ。
しかし努力の甲斐があってか、ドリブルの上達が見込める人、ディフェンスが粘り強い人、リバウンドなら誰よりも一番という人、シュートの成功率が上がっている人など今後が期待できる選手は増えている。個々の武器を鍛えて、さらにコートや試合全体のことを考えられるようになれば湘北だって地区予選の二……いや三回戦くらいには進めると思う。もちろん、練習を今以上に頑張ってもらわなければならないことには変わりないが。
「先生、選手交代しましょう。星野さんと原田さんを交代、スリーポイントで得点を狙います」
「了解」
「原田さん、チャンスがあったらバンバン狙ってね。一本一本気持ちを切り替えるんだよ」
「うん、分かった!」
タイムアウトや選手交代のタイミングは私が決めていいと言われている。
顧問の先生は公式戦で監督として表に立つ機会が増えても、試合を追いながら選手を適材適所に配置することやタイムアウトを取るタイミングがイマイチ分からないと話す。そもそも先生はスポーツ経験者ではないので、私が当たり前のように選手に適切な指示を出し、面白いくらいの結果が出るという展開に今も驚くのだという。
だからこうしている今も先生とは常に話す。試合を解説しながら「こういう時はこういうことを考えてる」と私が普段やっていること、心掛けていることを伝えている。
公式戦ではベンチすら入れない立場であるからこそ、こうして同席が許されている機会を存分に利用している。
時間はあっという間に経ち、練習試合が終了した。
湘北高校は72点、川ヶ埼高校が67点。5点差は接戦の証だ。ギリギリ勝てたが次も勝てるとは限らない。
そして、勝てたといっても課題は多い。ビデオで作戦を練ったものの対策が足りない部分もあった。これは早々に対処方法を考えなければならない。
「皆、練習試合お疲れ様でした! 練習は十七時から再開とします。クールダウンをしっかりして、食堂で軽くつまむなり購買で何か買うなり自由に過ごしてください」
「「はい!」」
「先生は川ヶ埼高校の皆さんを校門まで送ってくるから、ここは任せていいかしら」
「はい。大丈夫です」
部員達が体育館の床にごろんと寝そべってクールダウンに勤しむ。私は皆の様子を見ながらスコアブックでも眺めようとベンチに腰掛けようとしたところ、近くから声を掛けられた。
「やあ、早乙女さん。こんにちは」
「……道明寺先生」
そこに立っているのは明稜体育大学の道明寺先生だった。堂本監督の先輩にあたる方だ。
道明寺先生の後ろには学生らしき女性が数人いた。恐らくは明稜女子バスケ部の部員だろう。
「何故、ここに?」
「湘北高校のバスケ部が一般公開で練習試合をすると風の噂で聞いてね。君が居ればいいなと思って来てみたんだが、いやいや予想が当たって良かった」
「私がプレーする訳でもないのに、ですか?」
「それでも、さ。現に君は監督のような立ち位置でこの試合に居ただろう。監督がすべき采配を、学生である君が全てやっていた。思っている以上に凄いことだよ」
先生は笑いながら話し、私は苦笑する。
「こいつらは明稜大の女子バスケ部のレギュラー陣だ」
先生が後ろに立っている学生達を軽く紹介すると、学生達は我先にと感想を告げてくれた。
「あなたのプレーが見れなかったのは残念だけど、指示が的確でその後の試合の運びも良くなっていったから凄いと思ったわ」
「監督が気に入るのも無理ないね。私達の練習に来てほしいくらい」
「確か二年生だよね。受験する大学は決めてるの? もし良かったら明稜に来ない?」
「こらお前達、私のセリフを取るんじゃない」
勢い余って勧誘までされた私の目は点になる。
さすがは女子バスケで五本の指に入るほどの強豪校、有望な後輩候補には果敢に声を掛けずにはいられない性分らしい。
そして道明寺先生もまた同じ気持ちを持っていた……と。
「冬の講習会、去年の夏休み、そして今日の練習試合。君のプレイヤーとしての実力と指導者としての実力を見せてもらったよ。ここまでバランス良く育つ選手というのはなかなか居ない。君を育てた深津くんは凄いな」
「ありがとうございます」
一成が褒められるのは嬉しい。私自身が褒められるよりも嬉しく思う。
「君がもし明稜大学を受験して、バスケ部に来てくれたなら。私もこいつらも大歓迎するよ」
「え……」
「公式戦に出ていない君を推薦で取ることはできないが、もし本当に入学を視野に入れてくれるなら明稜大として最大限のフォローをさせてもらう。事前の体験入部とか、体育寮への優先入寮とかね」
明稜体育大学には一般寮・体育寮と二種類あり、後者はスポーツに秀でた学生だけが入寮できる特別なものなのだという。毎月の寮費や食費は大学がすべて負担してくれるそうだ。明稜大学を確固たる地位へと押し上げた部のひとつである女子バスケ部も援助の対象だと道明寺先生が教えてくれた。
「君にはまだまだ可能性がある。明稜大学でなくてもその才能を活かすことは可能だろう。ただ、君を現実的に応援できる人がここに居るんだと覚えていてほしい」
一成が育ててくれたバスケの技術。
一成と楽しくバスケするために、友達と楽しむために培ってきたものが、大学という大きな組織を動かすものになるなんて。
「何かあれば前に渡した名刺の番号にいつでも連絡してくれ。教育者として、いちファンとして力になれることがあれば協力するから」
「……ありがとうございます」
応援してくれる気持ちが有難い。
私が明稜大学に進学して、バスケ部に入部して、選手としてプレーする未来を具体的に描くことはできない。
そんな未来は、訪れない。