第2章 高校二年のお話(全20話)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※注意 山王工業高校の学校生活、冬の選抜に関する記述は著者の妄想です。
前年と同様、この年の冬の選抜を制覇したのは山王工業だった。
一成と河田と沢北くんは全ての試合でフル出場。誰もが一年のルーキーを褒め、成長した河田の努力を労い、黒子役に徹した一成を称えた。
部外者である私が山王工業と行動をともにすることを許され、途中からとはいえ最後まで応援できたことは実に幸せな出来事である。
やっぱりバスケは面白い。
山王工高バスケ部は本当に強い!
強豪校でレギュラーを狙い、高みを目指して努力し続ける彼らは凄い!!
第34話 高校二年、冬の選抜のお話②
冬の選抜の閉会式が終わったのは十五時過ぎ。冬といってもまだまだ外は明るい。
山王工高バスケ部はもう一泊して月曜に秋田へ戻り、火曜から授業に出るそうだけど私は違う。隣の神奈川だから移動も簡単だし、明日から普通に授業を受けなければならないのでこのまま帰る。荷物はリュックに収まる程度のものなのでホテルに戻る必要もない。
彼らが乗るホテルの送迎バスが会場に到着するまでは余裕がある。私は皆がバスに乗るのを見送ってから駅に向かおうと考えていた。
「夢子、ちょっといいベシ?」
皆が体育館のロビーや玄関外で思い思いに過ごしている中、一成は私を呼び止めた。百八十センチの男がちょいちょいと手をこまねいている姿は可愛らしく映る。
「一成。どうしたの、堂本監督とのお話は終わった?」
閉会式を終えてロビーでレギュラー陣と待ち合わせていた応援組一同だったが、堂本監督と一成は話し合いがあるとかで他のレギュラーメンバーしか戻ってこなかったのだ。どこかケガでもしたのかなと心配になったけど、河田は「そんなことじゃね。もっと凄いことだから楽しみにしてれ」と笑うだけで。どうしたもんかと気になっていたんだけど。
「そのことで夢子に教えたいことがあるベシ。渡したいものもあるし、ついてきてくれるベシ?」
「うん、いいよ」
踵を返して前を歩く一成の後を追う。人気のないところを選んだのか、到着したのは体育館裏にある公園みたいなスペースだった。ベンチがひとつしかないし、遊具のような気晴らしになる道具もない。子供も興味を示さない場所なんだろうなと察した。
ベンチに座ろうと促され、先に座った一成の隣に腰掛ける。お互いに座り、一呼吸置いたところで一成は話し始めた。
「来年、俺がキャプテンを務めることになったベシ」
「……キャプテン?」
私は顔と身体を勢いよく隣に向けた。
「ベシ」
「一成が、山王工業バスケ部を束ねるキャプテン……主将、部長に?」
「それはちょっと大袈裟ベシ」
「お、おめでとう!!」
音を立てながらベンチから立ち上がった私は、一成を真正面から見下ろすような形で叫ぶ。でも、その後すぐに後悔の念が押し寄せてきた。祝っていいことなのか混乱してしまったからだ。
「あ、あの、おめでとうって言っていいこと? プレッシャーになってる? 余計なこと言っちゃったかな」
手を動かしてあたふたしながら尋ねれば、一成はふっと柔らかく微笑んでくれた。
「ふふ、ふっ。夢子がお祝いしてくれるのは嬉しいベシ」
「本当? なら良かった」
「ベシ。先生に次のキャプテンはお前だって指名されて嬉しかったベシ。頼りにしてるとも言われて、嬉しかったベシ」
「凄いなぁ。あの堂本監督にそんなこと言われちゃうなんて」
日本一の監督にそんなこと言われたら大泣きできる自信がある。
堂本監督の指導を受けたいと思って山王に入学し、現実に絶望し、脱落した部員も多いと聞く。大多数のバスケ選手にとって堂本監督は憧れの存在でもあるだろう。きっつい練習メニューを考えた張本人である堂本監督だが、部員からは篤く信頼されている。
「キャプテン就任おめでとう。大変だと思うけど……私ができることはそんな無いけど、全力で応援する!」
「そんなことはないベシ。夢子と電話して声聞いたり、夏休みにバスケできるだけで十分癒されてるベシ。これからも付き合ってほしいベシ」
一成が素直にそう言うものだから、つい気恥しくなってしまう。
「それで……その、夢子に渡したいものがあるベシ」
「そういえばそんなこと言ってたね。何々?」
「これ、ベシ」
一成はジャージのポケットから何かを取り出す。どうやら手のひらの中に収まるサイズらしい。
差し出されたのは木製のチャームが付いたキーホルダーだった。木製の丸い板には今日の日付と一成のフルネーム、そして4番の数字が黒く刻まれている。第一印象は「将棋の駒みたいだな」だった。
「これは?」
「山王では代々、監督は冬の選抜が終わる頃に次期主将を指名する伝統があるベシ。その時にちょっとした祝いの品としてこのキーホルダーを渡すのも、その伝統らしいベシ」
刻まれている日付は、監督が主将に任命すると心に決めた日を。
刻まれている名前は、主将に指名する男の名を。
刻まれている数字は、主将を意味する4番を。
それを受け取ることは、主将の看板を掲げることで味わうであろう重責を受け入れるという姿勢を表すそうで。
「凄いね。こんなに小さいのに、その……すごく重いというか」
「山王工業はそれだけの功績を収めてきた学校ベシ。入学前に事前練習の辛さを味わった時から、強豪校ならではの重責に負けないと誓ったベシ。だから夢子が心配するほど俺は揺れてないベシ。安心してほしいベシ」
そんな昔に、そんな覚悟を決めてたのか。
そりゃあ動じない男にもなる訳だ。
私が心配する必要なんて何ひとつ無い。
一成は私が思っている以上に先を見据えている。
「それ、キャプテンの証なんでしょ。私みたいな一般人かつ部外者が貰っちゃいけないのでは」
「このキーホルダーは二つあるベシ」
一成はもう一つキーホルダーをポケットから取り出した。全く同じ色とデザインだ。
「一つは自分の分。もう一つは凄くお世話になった人とか応援してほしい人に渡していいって言われたベシ。だから、夢子に」
一成は両手でそっと私の手を取ると、キーホルダーを握らせてきた。大きな手の中に包まれて温かく感じる。
私は涙が溢れてきた。
「私が、こんな大切なものを貰っちゃっていいの?」
「うん」
「おばさんとか……一緒に頑張ってる雅史とか、もっと渡すべき相手が居るじゃん……っ」
トレーニングを積んでるとはいえ、私は遠い神奈川でのんびりバスケを楽しんでいるエンジョイ勢だ。日々ひたすらに過酷な練習に打ち込んでいる彼らに比べたら非常に楽な生活を送っている。誰よりも一成を応援しているという自負はあれど、山王工業のキャプテンが手にするものを私が貰っていい理由には足りないように思えた。
もっと相応しい相手が居るはずなんだ。それは私じゃないと思うんだよ。
「夢子がいい」
「えっ」
「高校から最高の環境を用意してくれた、好きなことをさせてくれてる親には心から感謝してるベシ。山王で最も信頼できる河田にも同じくらい感謝してるベシ。でも……夢子の存在には勝てないベシ」
「へっ、ええっ!?」
おいおいおいおいマジか!!
一成の中でえっらい上位に居ないか私!?
「俺をずっと見てくれた人。俺をずっと応援してほしい人。俺をずっと追いかけてほしい人。それは夢子以外に成り得ないベシ」
一成の両手は私の手から離れない。振り払うことは許さないとでも言うようにぎゅっと、でも優しく握ってくれている。
一歩間違ったら告白だと受け取られなけないほど熱烈な言葉だ。これは言う相手を選ばねばなるまい。
私だからどうにかなったものの。
「ありがとう。大切にするよ。一成だと思って大事にする」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、机の中に保管するのは嫌ベシ。そのリュックに付けてほしいベシ」
「このリュックに?」
「俺だと思って大事にするなら、俺を離さないでほしいベシ」
「やだよ、汚したり失くしたらどうすんの。絶対に後悔するよ!」
「そのキーホルダーは山王を卒業した優秀な人が立ち上げた工場で作られたものベシ。かなり頑丈だそうだから問題ないベシ」
ああ言えばこう言う、だな。
部屋の机の上に置いて、いつでも眺められるようにしようと企んでいたのを見抜かれてしまった。
「牧から貰ったやつは付けられるのに、俺があげたものは付けられないベシ?」
「うっ、確かに」
痛いところを突かれた。悲しそうに見上げてくるのは明らかに意図的なものだ。
「生まれた時からずっと一緒に居るのに……俺よりも牧のほうが大事ベシ? 牧から貰った、ほぼ無料に近いノベルティグッズのほうが格上ベシ?」
「そ、そんなことないけどッ!」
いやらしい言い方するなぁと思いつつも否定せざるを得ない。
「じゃあ付けるベシ。今すぐ付けるベシ。ほら、こうやって金具を動かすベシ。普通のキーホルダーとはちょっと違うベシ」
目が本気だ。今すぐ付けないと絶対に納得してくれない。こういう時の一成はまともに相手をすると面倒なのだ。根負けした私は背負っていたリュックを下ろして、一成のキーホルダーを装着した。
「隣に牧のキーホルダーがあるのは気に食わないけど、今はこれで満足ベシ♪」
「はは……それは何より」
「そういえば、夢子もお揃いで何か買うって言ってくれたベシ。今、持ってるベシ?」
「あ、うん」
私はリュックの中から小さめの紙袋を取り出す。私も一成も好きなスポーツメーカーのもので、中身はポーチだ。男子が持っても違和感がなさそうなデザインで、色はもちろん白と黒。山王らしいカラーをチョイスしている。
「絆創膏とか飴とか、生活に必要なもの入れてほしいなと思って。私も同じ色を買ったんだよ」
「夢子は何を入れるベシ?」
「小腹空いた時用のお菓子とか、かな。リュックの中にそのまま入れるとクッキーとかぐちゃぐちゃになっちゃうんだよね。教科書とかで潰れちゃうし」
一成はポーチのチャックを開け閉めしながら使い心地を確かめている。普段は縁がないアイテムに向き合う姿は新鮮だ。
「ありがとうベシ。俺も、これを夢子だと思って大事に大事に使うベシ」
「変なもの入れないでよね」
「安心するベシ。夢と希望を入れるベシ……」
「最高じゃんって言いたいところだけど、贈り主としては現実に存在してて触れるものを入れてほしいかな」
この日から私達はお揃いのものを二つ持つこととなった。
冬の選抜で優勝を飾った日であり、一成が次期主将になった記念すべき日でもある。
一成が言ってくれた言葉に恥じない生活を送ろう。
胸を張って、一成の傍に居られるように。
前年と同様、この年の冬の選抜を制覇したのは山王工業だった。
一成と河田と沢北くんは全ての試合でフル出場。誰もが一年のルーキーを褒め、成長した河田の努力を労い、黒子役に徹した一成を称えた。
部外者である私が山王工業と行動をともにすることを許され、途中からとはいえ最後まで応援できたことは実に幸せな出来事である。
やっぱりバスケは面白い。
山王工高バスケ部は本当に強い!
強豪校でレギュラーを狙い、高みを目指して努力し続ける彼らは凄い!!
第34話 高校二年、冬の選抜のお話②
冬の選抜の閉会式が終わったのは十五時過ぎ。冬といってもまだまだ外は明るい。
山王工高バスケ部はもう一泊して月曜に秋田へ戻り、火曜から授業に出るそうだけど私は違う。隣の神奈川だから移動も簡単だし、明日から普通に授業を受けなければならないのでこのまま帰る。荷物はリュックに収まる程度のものなのでホテルに戻る必要もない。
彼らが乗るホテルの送迎バスが会場に到着するまでは余裕がある。私は皆がバスに乗るのを見送ってから駅に向かおうと考えていた。
「夢子、ちょっといいベシ?」
皆が体育館のロビーや玄関外で思い思いに過ごしている中、一成は私を呼び止めた。百八十センチの男がちょいちょいと手をこまねいている姿は可愛らしく映る。
「一成。どうしたの、堂本監督とのお話は終わった?」
閉会式を終えてロビーでレギュラー陣と待ち合わせていた応援組一同だったが、堂本監督と一成は話し合いがあるとかで他のレギュラーメンバーしか戻ってこなかったのだ。どこかケガでもしたのかなと心配になったけど、河田は「そんなことじゃね。もっと凄いことだから楽しみにしてれ」と笑うだけで。どうしたもんかと気になっていたんだけど。
「そのことで夢子に教えたいことがあるベシ。渡したいものもあるし、ついてきてくれるベシ?」
「うん、いいよ」
踵を返して前を歩く一成の後を追う。人気のないところを選んだのか、到着したのは体育館裏にある公園みたいなスペースだった。ベンチがひとつしかないし、遊具のような気晴らしになる道具もない。子供も興味を示さない場所なんだろうなと察した。
ベンチに座ろうと促され、先に座った一成の隣に腰掛ける。お互いに座り、一呼吸置いたところで一成は話し始めた。
「来年、俺がキャプテンを務めることになったベシ」
「……キャプテン?」
私は顔と身体を勢いよく隣に向けた。
「ベシ」
「一成が、山王工業バスケ部を束ねるキャプテン……主将、部長に?」
「それはちょっと大袈裟ベシ」
「お、おめでとう!!」
音を立てながらベンチから立ち上がった私は、一成を真正面から見下ろすような形で叫ぶ。でも、その後すぐに後悔の念が押し寄せてきた。祝っていいことなのか混乱してしまったからだ。
「あ、あの、おめでとうって言っていいこと? プレッシャーになってる? 余計なこと言っちゃったかな」
手を動かしてあたふたしながら尋ねれば、一成はふっと柔らかく微笑んでくれた。
「ふふ、ふっ。夢子がお祝いしてくれるのは嬉しいベシ」
「本当? なら良かった」
「ベシ。先生に次のキャプテンはお前だって指名されて嬉しかったベシ。頼りにしてるとも言われて、嬉しかったベシ」
「凄いなぁ。あの堂本監督にそんなこと言われちゃうなんて」
日本一の監督にそんなこと言われたら大泣きできる自信がある。
堂本監督の指導を受けたいと思って山王に入学し、現実に絶望し、脱落した部員も多いと聞く。大多数のバスケ選手にとって堂本監督は憧れの存在でもあるだろう。きっつい練習メニューを考えた張本人である堂本監督だが、部員からは篤く信頼されている。
「キャプテン就任おめでとう。大変だと思うけど……私ができることはそんな無いけど、全力で応援する!」
「そんなことはないベシ。夢子と電話して声聞いたり、夏休みにバスケできるだけで十分癒されてるベシ。これからも付き合ってほしいベシ」
一成が素直にそう言うものだから、つい気恥しくなってしまう。
「それで……その、夢子に渡したいものがあるベシ」
「そういえばそんなこと言ってたね。何々?」
「これ、ベシ」
一成はジャージのポケットから何かを取り出す。どうやら手のひらの中に収まるサイズらしい。
差し出されたのは木製のチャームが付いたキーホルダーだった。木製の丸い板には今日の日付と一成のフルネーム、そして4番の数字が黒く刻まれている。第一印象は「将棋の駒みたいだな」だった。
「これは?」
「山王では代々、監督は冬の選抜が終わる頃に次期主将を指名する伝統があるベシ。その時にちょっとした祝いの品としてこのキーホルダーを渡すのも、その伝統らしいベシ」
刻まれている日付は、監督が主将に任命すると心に決めた日を。
刻まれている名前は、主将に指名する男の名を。
刻まれている数字は、主将を意味する4番を。
それを受け取ることは、主将の看板を掲げることで味わうであろう重責を受け入れるという姿勢を表すそうで。
「凄いね。こんなに小さいのに、その……すごく重いというか」
「山王工業はそれだけの功績を収めてきた学校ベシ。入学前に事前練習の辛さを味わった時から、強豪校ならではの重責に負けないと誓ったベシ。だから夢子が心配するほど俺は揺れてないベシ。安心してほしいベシ」
そんな昔に、そんな覚悟を決めてたのか。
そりゃあ動じない男にもなる訳だ。
私が心配する必要なんて何ひとつ無い。
一成は私が思っている以上に先を見据えている。
「それ、キャプテンの証なんでしょ。私みたいな一般人かつ部外者が貰っちゃいけないのでは」
「このキーホルダーは二つあるベシ」
一成はもう一つキーホルダーをポケットから取り出した。全く同じ色とデザインだ。
「一つは自分の分。もう一つは凄くお世話になった人とか応援してほしい人に渡していいって言われたベシ。だから、夢子に」
一成は両手でそっと私の手を取ると、キーホルダーを握らせてきた。大きな手の中に包まれて温かく感じる。
私は涙が溢れてきた。
「私が、こんな大切なものを貰っちゃっていいの?」
「うん」
「おばさんとか……一緒に頑張ってる雅史とか、もっと渡すべき相手が居るじゃん……っ」
トレーニングを積んでるとはいえ、私は遠い神奈川でのんびりバスケを楽しんでいるエンジョイ勢だ。日々ひたすらに過酷な練習に打ち込んでいる彼らに比べたら非常に楽な生活を送っている。誰よりも一成を応援しているという自負はあれど、山王工業のキャプテンが手にするものを私が貰っていい理由には足りないように思えた。
もっと相応しい相手が居るはずなんだ。それは私じゃないと思うんだよ。
「夢子がいい」
「えっ」
「高校から最高の環境を用意してくれた、好きなことをさせてくれてる親には心から感謝してるベシ。山王で最も信頼できる河田にも同じくらい感謝してるベシ。でも……夢子の存在には勝てないベシ」
「へっ、ええっ!?」
おいおいおいおいマジか!!
一成の中でえっらい上位に居ないか私!?
「俺をずっと見てくれた人。俺をずっと応援してほしい人。俺をずっと追いかけてほしい人。それは夢子以外に成り得ないベシ」
一成の両手は私の手から離れない。振り払うことは許さないとでも言うようにぎゅっと、でも優しく握ってくれている。
一歩間違ったら告白だと受け取られなけないほど熱烈な言葉だ。これは言う相手を選ばねばなるまい。
私だからどうにかなったものの。
「ありがとう。大切にするよ。一成だと思って大事にする」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、机の中に保管するのは嫌ベシ。そのリュックに付けてほしいベシ」
「このリュックに?」
「俺だと思って大事にするなら、俺を離さないでほしいベシ」
「やだよ、汚したり失くしたらどうすんの。絶対に後悔するよ!」
「そのキーホルダーは山王を卒業した優秀な人が立ち上げた工場で作られたものベシ。かなり頑丈だそうだから問題ないベシ」
ああ言えばこう言う、だな。
部屋の机の上に置いて、いつでも眺められるようにしようと企んでいたのを見抜かれてしまった。
「牧から貰ったやつは付けられるのに、俺があげたものは付けられないベシ?」
「うっ、確かに」
痛いところを突かれた。悲しそうに見上げてくるのは明らかに意図的なものだ。
「生まれた時からずっと一緒に居るのに……俺よりも牧のほうが大事ベシ? 牧から貰った、ほぼ無料に近いノベルティグッズのほうが格上ベシ?」
「そ、そんなことないけどッ!」
いやらしい言い方するなぁと思いつつも否定せざるを得ない。
「じゃあ付けるベシ。今すぐ付けるベシ。ほら、こうやって金具を動かすベシ。普通のキーホルダーとはちょっと違うベシ」
目が本気だ。今すぐ付けないと絶対に納得してくれない。こういう時の一成はまともに相手をすると面倒なのだ。根負けした私は背負っていたリュックを下ろして、一成のキーホルダーを装着した。
「隣に牧のキーホルダーがあるのは気に食わないけど、今はこれで満足ベシ♪」
「はは……それは何より」
「そういえば、夢子もお揃いで何か買うって言ってくれたベシ。今、持ってるベシ?」
「あ、うん」
私はリュックの中から小さめの紙袋を取り出す。私も一成も好きなスポーツメーカーのもので、中身はポーチだ。男子が持っても違和感がなさそうなデザインで、色はもちろん白と黒。山王らしいカラーをチョイスしている。
「絆創膏とか飴とか、生活に必要なもの入れてほしいなと思って。私も同じ色を買ったんだよ」
「夢子は何を入れるベシ?」
「小腹空いた時用のお菓子とか、かな。リュックの中にそのまま入れるとクッキーとかぐちゃぐちゃになっちゃうんだよね。教科書とかで潰れちゃうし」
一成はポーチのチャックを開け閉めしながら使い心地を確かめている。普段は縁がないアイテムに向き合う姿は新鮮だ。
「ありがとうベシ。俺も、これを夢子だと思って大事に大事に使うベシ」
「変なもの入れないでよね」
「安心するベシ。夢と希望を入れるベシ……」
「最高じゃんって言いたいところだけど、贈り主としては現実に存在してて触れるものを入れてほしいかな」
この日から私達はお揃いのものを二つ持つこととなった。
冬の選抜で優勝を飾った日であり、一成が次期主将になった記念すべき日でもある。
一成が言ってくれた言葉に恥じない生活を送ろう。
胸を張って、一成の傍に居られるように。