第2章 高校二年のお話(全20話)
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※注意 山王工業高校の学校生活、冬の選抜に関する記述は著者の妄想です。
「今日の夕飯も旨かったな」
「俺は生姜焼きが一番だと思うっス! めっちゃご飯おかわりしちゃいましたよ」
「俺は焼き魚が気に入ったな。明日も出してほしいくらいだ」
「果物も良いやつだったね。東京のものとは思えないけど」
「俺達のためにわざわざ上等なモンを仕入れてくれたんだべ。ありがてぇこった」
「夢子、どうしたベシ。さっきから浮かない顔してるベシ。腹でも痛いベシ?」
「いや……大丈夫」
一緒に夕食をとっていたら彼らの食べる量が想像以上だったので、見てるだけでお腹いっぱいになってしまっただけだ。
過酷な練習に耐え得る肉体を作るべく計画された食事トレーニングは彼らを大食漢へと変身させたらしい。
第33話 高校二年、冬の選抜のお話①
山王工業バスケ部は、冬の選抜の会場となる総合体育館からバスで十五分ほどの距離にあるホテルで宿泊している。
前回のインターハイと同様「部屋の予約数を間違えた」という理由により堂本監督が私の宿泊を許可してくれたおかげで、私は山王工業バスケ部の面々と夕食を共にし、しばしの自由時間をホテルの談話スペースで過ごしている。ゆったりとしたソファに腰かけ、いつものメンバーで和気藹々とおしゃべりしていた。
「早乙女、準々決勝からの観戦で物足りなかったんじゃないか?」
松本が気の毒そうな表情をしながら話しかけてくる。私はよくぞ分かってくれた、というように苦笑しながら答えた。
「そりゃあね。でも仕方ないよ」
高校バスケットボール界の3大タイトルに数えられる冬の選抜は平日に行われる大会だ。
去年は母同伴という条件のもと平日観戦が許されけど、来年は大学受験があるんだから平日の応援はやめなさいと父から諭されてしまった。言い分はよく分かる。学びたい分野がうっすら見えつつある私は大学受験を真面目に考えている。
しかし、だ。一成の試合は可能な限り全部観たいし、全国から地区大会を勝ち進んだ強豪校のプレーを生で観られる数少ない機会でもある。土日の準決勝と決勝だけ観るのはなんとなく味気ない。去年の感動を覚えている母は私の今の気持ちが手に取るように分かるようで、父の説得にも力を貸してくれた。そのおかげで「金曜日だけは休んでもいい」という妥協案を勝ち取ることができた。
だから月曜から木曜はそわそわしながら授業を真面目に受け、今日は朝から大会が行われる都内の総合体育館に居られたという訳である。
「平日観戦を許してくれるだけでもかなり理解のある親だと思うけどな」
「普通なら許してくれないよなぁ。俺達みたいにバスケの強豪校でバスケ部入ってるとかならまだしも」
「娘がこれだけバスケ狂なんだから、親もある程度は毒されても可笑しくないベシ」
「一成、その言葉そのまま返すからね?」
あんただって重度のバスケ狂じゃないか。
観戦回数は私に負けるとはいえ、中学校時代は一成が試合に出るといえば彼の両親はこぞって応援に来ていた。バッシュやバスパンの劣化を目ざとく指摘し、息子のためにスポーツメーカーやブランドの商品をチェックするくらいには関心を持っていた。私の両親に比べたら一成の両親のほうが熱量が大きい。
「あ、そうだ!」
私ははっとした顔で声を上げた。皆が不思議そうに見やる中、私は足元に置いていた黒いリュックを手に持つ。
「アメリカ遠征のお土産で皆がお金を出し合ってくれたって一成から聞いたんだ。使いやすいし丈夫だしで、すっごく気に入ってるんだ。学校に行く時とか自主練の時も使ってるんだよ。本当にありがとう!」
満面の笑顔でお礼を言えば、皆は照れ臭そうに微笑を浮かべていた。
「面と向かって言われると照れるべ」
「河田さんが照れるとかめっちゃレアっすね!」
「おめぇは俺を何だと思ってるんだ?」
河田が沢北くんにヘッドロックを決めたせいで、被害者の情けない声が談話スペースに響く。私を含めて皆はもう慣れっこなので止める者は誰もいない。
向かいに座っていたイチノが沢北くんの悲劇から目を逸らさせるかのように口を開く。
「同じデザインで白いのもあったんだよ。山王のユニフォームって基本は白だからさ。白のほうが早乙女は喜ぶんじゃないかって意見もあったんだけど」
「私の好みを熟知してるねぇ」
「でも、深津の話を聞いてると早乙女は屋外コートのほうが使う機会多そうだから汚れが目立たないほうがいいよねってなって」
「それ大正解! ベンチがあればベンチに置くけど、公園とかだと地面に直接置いちゃうから」
地面にカバンは絶対に置かない、という主義の人も居る。そういう人はカバンの下に何か敷物をするらしい。
私は地面にカバンや上着を置くことにも全く抵抗が無い。優先事項はバスケをすることだ。持ち物が汚れるのはある程度仕方がないことだと割り切れるタイプなので、土埃が付こうが気にならない。そんなものは手で払えばいいのだから。
「ん? そのキーホルダー、リュックに元から付いてるやつだったか?」
野辺がキーホルダーを指差しながら尋ねてきた。その声で皆の視線がキーホルダーに集中する。
「赤と黒でカッコいい色っすね」
「付いてるのはスニーカーか? いや違うな、バッシュか」
「このメーカー知ってる。結構使ってる奴多いよね。よく見るよ」
山王ほどの強豪校になるとバッシュやバッグ、バスパンやソックスまで一定のスポーツメーカーで揃えることが当たり前だ。強制的に部員全員とお揃いになる。
でも強豪校でない学校は個人で道具を揃えるからメーカーやブランドがバラバラになる。色やデザインが特徴的なものも増えてるから、皆は自然と追いかけてしまうらしい。
「友達の買い物に付き合った時に貰ったんだ。スポーツ店のノベルティなんだけど、赤と黒なら湘北の色だろって」
貰った経緯を簡単に説明すると、目の色を変えたイチノ、野辺、河田が冷静な声で順番に告げてきた。
「男から貰ったのか」
「しかも他校の男かよ」
「お前が大人しく相手してんならバスケ繋がりだな」
まるで尋問されているような雰囲気になり、私は何故か焦る。
何、私何か可笑しなことした?
ただ事実を話しているだけなのに!
どう会話を続けていいか分からずまごついていると、一成が淡々とした声色で切り込んできた。
「それくれた奴、海南の牧ベシ?」
隣に座っていた一成は横目で私をじっと見てくる。
普段は何を考えているか大体の予想がつくのにどうも今は感情が読めない。その静かな迫力に圧されてしまう。
「な、なんで分かったの」
「色違いだけど、牧も同じキーホルダーをカバンに付けてたベシ」
昨日、山王工業と海南大付属が会場のロビーで鉢合わせたのだという。双方の監督が軽く談笑し、部員達は背後でそれを見守るというごくごく普通の光景。ただ両方とも百名を超す部員がいる大所帯なので周囲にどよめきが起こったらしいが。
「牧って、インターハイで深津とマッチアップした」
「海南は神奈川だもんな。早乙女と会う機会があるっちゃあるか」
「ロビーでは牧と目が合っただけで会話はしてないベシ。クソ真面目そうな男なのにスポーツバッグに可愛らしいキーホルダー付けてたから、妙に印象に残ったベシ」
そこまで話し終えると一成はぶすっとしたように唇を少しだけ尖らせる。
「一成、なんでそんな不満そうな顔してんの」
「別にそんな顔してないベシ。いつもこういう顔してるベシ」
「そんなことないだろ」
「うはは、早乙女と牧がお揃いのもの持ってるから羨ましいんだべ」
河田が笑いながら言うと、一成はますます不機嫌そうに眉を歪める。何も言い返さないところを見ると図星なんだろうか。
「一成、私とお揃いのもの欲しいの? 私がプレゼントしたら喜んでくれる?」
「は?」
「この歳で従兄妹とお揃いなんて嫌がるかなぁって思ってたから、今まで買ってこなかったんだけど。バスケ関係だと部活で浮いちゃうだろうし。かといって文房具といっても工業高校なら拘りもあるだろうから選ぶのも難しいし」
心配していたことを話せば、一成は身体ごとこっちを向いてきた。その表情はどこか明るい。
「全然嫌じゃないベシ。師匠と弟子が同じものを持ってどこが可笑しいベシ? どんと来いベシ」
「分かった。決勝戦が終わるまでには調達するから待ってて!」
右手の拳をぐっと握りしめながら言えば、周りのメンバーはどっと笑いが零れた。
「早乙女さん、俺達が勝つって確信してるんスね!」
「そこまで信じてくれてんなら期待に応えねとな」
沢北くんと河田は嬉しそうだ。
明日、二人は一成と一緒にコートに立つ。
「早乙女、俺達も応援頑張ろうぜ」
「うん。全力で応援する!」
「気持ちは嬉しいけどペットボトルで叩くのだけはやめとくベシ。屈強な男どもならともかく、夢子の脚だと腫れちゃうベシ」
「ええ? 私の脚の丈夫さを知らない……?」
人の脚を気にするより自分の身体を気にしろよ。これまでの試合フル出場してんだろという空気を放ちながら言ったが、周りのメンバーは皆口を揃える。
「俺達でも試合後は腫れるんだぞ。だから今日も渡さなかったんだ」
「そんなに叩きたいなら沢北が持ってきてる枕あるからそれ使えよ。そんで思いっきり叩け」
「ちょっ! 俺の枕をサンドバッグにするのやめてくれません!? ぺしゃんこになっちゃう!」
「叩け叩け。山王のエースがマイ枕じゃないと寝れねぇとか軟弱過ぎてファンが減るべ」
「俺の枕を馬鹿にするファンなんて要りませんよ!」
「お前らうるせーベシ。先生が騒ぎを聞きつける前にそろそろ部屋に戻るベシ」
雑談もこれまでだ、と一成はソファから立ち上がる。
時間は二十一時過ぎ。ゆっくり寝て疲れを癒さなければならない。明日は気持ちよく起きて、ご飯をしっかり食べて、朝練が待ち構えている彼らは余計なことに長時間を費やしてはいけないのだ。
「夢子、また明日。よく寝ろベシ」
「一成もね。夜更かしするなベシ~」
「真似するなベシ。あと、イントネーションがちょっと違うベシ」
「発音の矯正は結構ですから部屋にお帰りくださいませ」
明日も明後日も一緒に過ごせるからか、いつも感じるような別れの寂しさはない。
談話スペースから最も近い部屋がある私は皆を見送る形となる。皆が手を振る姿に応えながら、私は自分の部屋のドアを開けた。
「今日の夕飯も旨かったな」
「俺は生姜焼きが一番だと思うっス! めっちゃご飯おかわりしちゃいましたよ」
「俺は焼き魚が気に入ったな。明日も出してほしいくらいだ」
「果物も良いやつだったね。東京のものとは思えないけど」
「俺達のためにわざわざ上等なモンを仕入れてくれたんだべ。ありがてぇこった」
「夢子、どうしたベシ。さっきから浮かない顔してるベシ。腹でも痛いベシ?」
「いや……大丈夫」
一緒に夕食をとっていたら彼らの食べる量が想像以上だったので、見てるだけでお腹いっぱいになってしまっただけだ。
過酷な練習に耐え得る肉体を作るべく計画された食事トレーニングは彼らを大食漢へと変身させたらしい。
第33話 高校二年、冬の選抜のお話①
山王工業バスケ部は、冬の選抜の会場となる総合体育館からバスで十五分ほどの距離にあるホテルで宿泊している。
前回のインターハイと同様「部屋の予約数を間違えた」という理由により堂本監督が私の宿泊を許可してくれたおかげで、私は山王工業バスケ部の面々と夕食を共にし、しばしの自由時間をホテルの談話スペースで過ごしている。ゆったりとしたソファに腰かけ、いつものメンバーで和気藹々とおしゃべりしていた。
「早乙女、準々決勝からの観戦で物足りなかったんじゃないか?」
松本が気の毒そうな表情をしながら話しかけてくる。私はよくぞ分かってくれた、というように苦笑しながら答えた。
「そりゃあね。でも仕方ないよ」
高校バスケットボール界の3大タイトルに数えられる冬の選抜は平日に行われる大会だ。
去年は母同伴という条件のもと平日観戦が許されけど、来年は大学受験があるんだから平日の応援はやめなさいと父から諭されてしまった。言い分はよく分かる。学びたい分野がうっすら見えつつある私は大学受験を真面目に考えている。
しかし、だ。一成の試合は可能な限り全部観たいし、全国から地区大会を勝ち進んだ強豪校のプレーを生で観られる数少ない機会でもある。土日の準決勝と決勝だけ観るのはなんとなく味気ない。去年の感動を覚えている母は私の今の気持ちが手に取るように分かるようで、父の説得にも力を貸してくれた。そのおかげで「金曜日だけは休んでもいい」という妥協案を勝ち取ることができた。
だから月曜から木曜はそわそわしながら授業を真面目に受け、今日は朝から大会が行われる都内の総合体育館に居られたという訳である。
「平日観戦を許してくれるだけでもかなり理解のある親だと思うけどな」
「普通なら許してくれないよなぁ。俺達みたいにバスケの強豪校でバスケ部入ってるとかならまだしも」
「娘がこれだけバスケ狂なんだから、親もある程度は毒されても可笑しくないベシ」
「一成、その言葉そのまま返すからね?」
あんただって重度のバスケ狂じゃないか。
観戦回数は私に負けるとはいえ、中学校時代は一成が試合に出るといえば彼の両親はこぞって応援に来ていた。バッシュやバスパンの劣化を目ざとく指摘し、息子のためにスポーツメーカーやブランドの商品をチェックするくらいには関心を持っていた。私の両親に比べたら一成の両親のほうが熱量が大きい。
「あ、そうだ!」
私ははっとした顔で声を上げた。皆が不思議そうに見やる中、私は足元に置いていた黒いリュックを手に持つ。
「アメリカ遠征のお土産で皆がお金を出し合ってくれたって一成から聞いたんだ。使いやすいし丈夫だしで、すっごく気に入ってるんだ。学校に行く時とか自主練の時も使ってるんだよ。本当にありがとう!」
満面の笑顔でお礼を言えば、皆は照れ臭そうに微笑を浮かべていた。
「面と向かって言われると照れるべ」
「河田さんが照れるとかめっちゃレアっすね!」
「おめぇは俺を何だと思ってるんだ?」
河田が沢北くんにヘッドロックを決めたせいで、被害者の情けない声が談話スペースに響く。私を含めて皆はもう慣れっこなので止める者は誰もいない。
向かいに座っていたイチノが沢北くんの悲劇から目を逸らさせるかのように口を開く。
「同じデザインで白いのもあったんだよ。山王のユニフォームって基本は白だからさ。白のほうが早乙女は喜ぶんじゃないかって意見もあったんだけど」
「私の好みを熟知してるねぇ」
「でも、深津の話を聞いてると早乙女は屋外コートのほうが使う機会多そうだから汚れが目立たないほうがいいよねってなって」
「それ大正解! ベンチがあればベンチに置くけど、公園とかだと地面に直接置いちゃうから」
地面にカバンは絶対に置かない、という主義の人も居る。そういう人はカバンの下に何か敷物をするらしい。
私は地面にカバンや上着を置くことにも全く抵抗が無い。優先事項はバスケをすることだ。持ち物が汚れるのはある程度仕方がないことだと割り切れるタイプなので、土埃が付こうが気にならない。そんなものは手で払えばいいのだから。
「ん? そのキーホルダー、リュックに元から付いてるやつだったか?」
野辺がキーホルダーを指差しながら尋ねてきた。その声で皆の視線がキーホルダーに集中する。
「赤と黒でカッコいい色っすね」
「付いてるのはスニーカーか? いや違うな、バッシュか」
「このメーカー知ってる。結構使ってる奴多いよね。よく見るよ」
山王ほどの強豪校になるとバッシュやバッグ、バスパンやソックスまで一定のスポーツメーカーで揃えることが当たり前だ。強制的に部員全員とお揃いになる。
でも強豪校でない学校は個人で道具を揃えるからメーカーやブランドがバラバラになる。色やデザインが特徴的なものも増えてるから、皆は自然と追いかけてしまうらしい。
「友達の買い物に付き合った時に貰ったんだ。スポーツ店のノベルティなんだけど、赤と黒なら湘北の色だろって」
貰った経緯を簡単に説明すると、目の色を変えたイチノ、野辺、河田が冷静な声で順番に告げてきた。
「男から貰ったのか」
「しかも他校の男かよ」
「お前が大人しく相手してんならバスケ繋がりだな」
まるで尋問されているような雰囲気になり、私は何故か焦る。
何、私何か可笑しなことした?
ただ事実を話しているだけなのに!
どう会話を続けていいか分からずまごついていると、一成が淡々とした声色で切り込んできた。
「それくれた奴、海南の牧ベシ?」
隣に座っていた一成は横目で私をじっと見てくる。
普段は何を考えているか大体の予想がつくのにどうも今は感情が読めない。その静かな迫力に圧されてしまう。
「な、なんで分かったの」
「色違いだけど、牧も同じキーホルダーをカバンに付けてたベシ」
昨日、山王工業と海南大付属が会場のロビーで鉢合わせたのだという。双方の監督が軽く談笑し、部員達は背後でそれを見守るというごくごく普通の光景。ただ両方とも百名を超す部員がいる大所帯なので周囲にどよめきが起こったらしいが。
「牧って、インターハイで深津とマッチアップした」
「海南は神奈川だもんな。早乙女と会う機会があるっちゃあるか」
「ロビーでは牧と目が合っただけで会話はしてないベシ。クソ真面目そうな男なのにスポーツバッグに可愛らしいキーホルダー付けてたから、妙に印象に残ったベシ」
そこまで話し終えると一成はぶすっとしたように唇を少しだけ尖らせる。
「一成、なんでそんな不満そうな顔してんの」
「別にそんな顔してないベシ。いつもこういう顔してるベシ」
「そんなことないだろ」
「うはは、早乙女と牧がお揃いのもの持ってるから羨ましいんだべ」
河田が笑いながら言うと、一成はますます不機嫌そうに眉を歪める。何も言い返さないところを見ると図星なんだろうか。
「一成、私とお揃いのもの欲しいの? 私がプレゼントしたら喜んでくれる?」
「は?」
「この歳で従兄妹とお揃いなんて嫌がるかなぁって思ってたから、今まで買ってこなかったんだけど。バスケ関係だと部活で浮いちゃうだろうし。かといって文房具といっても工業高校なら拘りもあるだろうから選ぶのも難しいし」
心配していたことを話せば、一成は身体ごとこっちを向いてきた。その表情はどこか明るい。
「全然嫌じゃないベシ。師匠と弟子が同じものを持ってどこが可笑しいベシ? どんと来いベシ」
「分かった。決勝戦が終わるまでには調達するから待ってて!」
右手の拳をぐっと握りしめながら言えば、周りのメンバーはどっと笑いが零れた。
「早乙女さん、俺達が勝つって確信してるんスね!」
「そこまで信じてくれてんなら期待に応えねとな」
沢北くんと河田は嬉しそうだ。
明日、二人は一成と一緒にコートに立つ。
「早乙女、俺達も応援頑張ろうぜ」
「うん。全力で応援する!」
「気持ちは嬉しいけどペットボトルで叩くのだけはやめとくベシ。屈強な男どもならともかく、夢子の脚だと腫れちゃうベシ」
「ええ? 私の脚の丈夫さを知らない……?」
人の脚を気にするより自分の身体を気にしろよ。これまでの試合フル出場してんだろという空気を放ちながら言ったが、周りのメンバーは皆口を揃える。
「俺達でも試合後は腫れるんだぞ。だから今日も渡さなかったんだ」
「そんなに叩きたいなら沢北が持ってきてる枕あるからそれ使えよ。そんで思いっきり叩け」
「ちょっ! 俺の枕をサンドバッグにするのやめてくれません!? ぺしゃんこになっちゃう!」
「叩け叩け。山王のエースがマイ枕じゃないと寝れねぇとか軟弱過ぎてファンが減るべ」
「俺の枕を馬鹿にするファンなんて要りませんよ!」
「お前らうるせーベシ。先生が騒ぎを聞きつける前にそろそろ部屋に戻るベシ」
雑談もこれまでだ、と一成はソファから立ち上がる。
時間は二十一時過ぎ。ゆっくり寝て疲れを癒さなければならない。明日は気持ちよく起きて、ご飯をしっかり食べて、朝練が待ち構えている彼らは余計なことに長時間を費やしてはいけないのだ。
「夢子、また明日。よく寝ろベシ」
「一成もね。夜更かしするなベシ~」
「真似するなベシ。あと、イントネーションがちょっと違うベシ」
「発音の矯正は結構ですから部屋にお帰りくださいませ」
明日も明後日も一緒に過ごせるからか、いつも感じるような別れの寂しさはない。
談話スペースから最も近い部屋がある私は皆を見送る形となる。皆が手を振る姿に応えながら、私は自分の部屋のドアを開けた。