第2章 高校二年のお話(全20話)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
11月になっても私は近所の屋外コートに行って自主練をしていた。
神奈川の気温なんぞ地元に比べたら可愛いものだ。着るものさえ気を付けて、汗はきちんと拭うようにしていればまず風邪は引かない自信がある。
走り込みをガッチリして、柔軟体操と基礎練を行い、まずはドリブルで身体に感覚を慣らしていく。何年経とうともドリブルで朝の調子を図るルーティーンは変わらない。長めの時間をドリブルに費やしつつコート内を駆け、そのままの勢いでレイアップやスリーポイントシュートを決めた。
リングを通ったバスケットボールが跳ねながらコートの上に転がる。取りに行こうとしたら、身長の高い男子がすっと拾ってくれた。
「あ、ありがとう」
「……お返しは1on1で」
そう言うと彼は宣戦布告とでもいうような瞳でボールをパスしてきた。
どうやらこの子もバスケ畑の人間だったらしい。
第31話 高校二年、11月のお話①
軽く自己紹介し合う。彼の名前は流川楓くん、中学校三年生。バスケ部ではキャプテンを務めたのだという。
流川くんのバスケスキルは中学生とは思えないほどのレベルだった。一成や沢北くんと比較すれば足りない点はあるだろうが、余りにもバランスが良い。シュートをよく決め、ドリブルは軽快、ディフェンスも隙が無い。そして勝利への渇望が凄まじい。冷静沈着な表情を浮かべる彼の眼からは痛いほどの闘争心が放たれている。
全力で立ち向かってきてるのだから私だって手抜きはしない。手抜きなんてしようものなら一成に怒られてしまう。ただでさえ私は男性と比べれば勝てない要素が多いのだから、叩き込まれた技術と鍛えた身体をフルに活用しなければ泣くのは私のほうなのだ。
「……お」
「はい、スリーポイント頂きッ!」
私がスリーポイントを打ったところでゲームはひと段落着いた。
かなり集中してしまったせいで何ゲームかぶっ通しでやってしまった。今日は休日だから学校がないとはいえ少しは休みたい。休憩しないかと提案すれば、彼は分かったと言わんばかりに頷いた。
「流川くんは何か飲み物持ってきてる? なかったら、フェンスの向こうに自販機あるから買っておいでよ」
「大丈夫。持ってきてる」
お互いに荷物を置いていたベンチに向かい、ボトルを取り出して飲んだ。
「いやぁ、疲れたけど楽しかったね! 引き分けってのは悔しいけどねー」
「夢子さん、ずっとここで練習してたのか」
「そうだよ。神奈川に引っ越してからだから二年弱くらいか。このコート、朝は穴場だから気に入ってるんだよね」
「……もったいねーことした」
「なんで」
「早く分かってたら、もっと夢子さんと1on1できた」
流川くんも、私と同じく朝練を欠かさない生活を送っているらしい。
今日もいつものように屋外コートに向かったが、設備点検の看板がかかっていて使えない状態になっていた。代替案として近隣のコートに向かったものの管理会社が同じだったのか設備点検で状況は変わらず。ロードバイクで公園を探し回っていたら、ここに辿り着いたのだという。
中学校生活を尋ねてみたら返ってくるのはバスケ部の話題ばかりだった。
「三年生なら、今は引退してる頃だよね」
「引退はしてる。でも感覚鈍らせたくねーから部活には顔出してる」
「流川くんが出るなら、後輩にとっても良い影響がありそうだね。強い人とやるのは勉強になるし」
キャプテンを任されるくらいなのだから後輩に慕われる下地はあるのだろう。
高いスキルを持つ人と練習するのはメリットが多い。私だって一成から様々な技術を見て盗んだ。全てとは言えないけれど。
「それにしても流川くんの技術は凄いねぇ。私の師匠とか友達が知ったら目の色を変えそうだよ」
一成、河田、沢北くん。山王バスケ部に所属する人達。
彼らは強い者を知って逃げるような人間じゃない。強い者を目の前にしたら挑まずには居られない──実力を試さずには居られない生粋のバスケ選手だ。
「夢子さんの師匠?」
「そう。私にバスケを教えてくれた従兄妹がいるんだ」
「強いの」
「強い強い、全然敵わないよ! 今はバスケの名門に進学してるから、会えるのは夏休みとか冬休みだけだけど」
流川くんは少しだけ瞳を輝かせていた。
「そいつと俺が1on1やったらどうなる?」
「確実に従兄妹が勝つと思う」
そこは即答した。
山王バスケ部には一定以上のスキルを持つ者、地区大会や全国大会に参加し表彰されるほどの選手が日本中から集まってくる。そんな学校でレギュラーの座を得るのがどれほど難しいことか。部外者の私だって分かる。
一成は一年時に冬の選抜でレギュラーになった。そして二年ではインターハイで最後まで戦い抜いて三連覇を成し遂げた。強豪校と対峙した一成の経験値はかなり高いはずで、並大抵の選手では相手にならないといってもいいだろう。
「行きたい高校はあるの? バスケが強い高校が志望校とか?」
神奈川なら海南大付属とか?
そういえば翔陽とか綾南も強豪校だと赤木くんが言ってたな。
「湘北」
「ん?」
「第一希望、湘北っス」
流川くんの返答を聞いた私は「はあ???」という表情を浮かべた。
いや、だって勿体ないでしょ。こんだけ凄いスキルがあるのにインターハイ常連校とか有名な高校に進まないのって、宝の持ち腐れといっても過言ではないはず。
「なんで湘北なの? 流川くんのバスケの実力なら、もっと上の学校でもプレーできるでしょ」
流川くんの成績を知らないから偉そうなことは言えないけど。まさか沢北くんと同じような状況ではあるまい。
「近いから」
「近い……?」
「家から一番近い高校が湘北なんス。ギリギリまで寝れるから、近いほうが有難ぇ」
想像以上にシンプルな理由だった!
強豪校に行けば嫌というほどバスケができるだろうに。練習試合も多いだろうから、一般的な学生よりもバスケに費やせる時間も増えるだろうに。
バスケと睡眠どっちが大事なんだろう。驚異的な集中力で1on1に没頭できる流川くんが不思議な生き物に見えてくる。否、私が理解しようなどと思うのも烏滸がましいか。
「寝るのは大事だよね、うん。寝不足は身体に毒だし」
「ん」
何故か無意識にフォローしてしまった。
学校の話題は会話が続きそうにない。そう思った私は話題を変えようと思ったけど、流川君はなんてことない声色で尋ねてきた。
「夢子さんは。高校どこ」
「湘北だよ。流川君が合格したら、先輩後輩になるね」
「夢子さんは女子バスケ部なんスか?」
「いや、入ってない」
どんな反応を示すかなと流川くんの返答を待つ。しかし一向に返事が無い。
何を言えばいいか迷っているような、変に遠慮しているような気配を全く感じない。
「……って寝てる!?」
ついっと横を見れば、そこには目を閉じて寝入っている流川君の姿があった。
嘘だろ。質問に答えてる間の数秒で寝落ちできるのかよ!
「お、お~い。流川くん」
「んっ」
「おっとっと」という表現がお似合いな様子で流川くんは目覚めた。そして私の顔を見て、自分が何を聞いたかを思い出したらしい。寝落ちた件に関する謝罪はないまま、その唇が言葉を紡ぐ。
「もったいねー。練習だけより、試合できたほうが絶対ェ楽しいのに」
流川くんの、二回目の「もったいねー」を頂いてしまった。そしてその言葉は私の心にズシリと伸し掛かる。
「まぁ俺には関係ねーけど」
流川くんはすっくと立ち上がる。1on1の続きがしたくなったのかな。
彼の行動を見守っていたが、タオルやボトルをリュックにしまっている。帰宅準備をしているようだった。
「もう帰るの?」
「今日練習試合なんス。俺は引退してるから出れねーけど、後輩にアドバイスしてやらねーとだから」
「そうか。良い試合になるといいね」
その後、私達はまたどこかで会ったら1on1をやろうと約束して別れた。
流川くんが自転車に乗って去っていく後姿を見送り、振り返って私はバスケットゴールを見つめる。
「バスケ部、か」
そりゃあバスケ部に居たほうが充実な生活になるのは分かってるよ。
バスケ部に身を置いている一成、河田、沢北くんを見ているから猶更そう思う。
試合の臨場感や興奮。相手に勝つため綿密に戦略を練り、それを実行して成功した時の高揚感。それは自主練では得られないものだ。
それらは部活、もしくはクラブに所属するからこそ味わえるもの。今の私では決して手に入らない。
でも。今の生活を変えるきっかけには程遠い。飛び込む気にはなれない。
──このままでいい。