第2章 高校二年のお話(全20話)
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※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
夢子が冬の講習会で友達になったという東北県内の女子バスケ部員に囲まれている間、俺の胸に湧き上がるのは不快感だった。基礎練がひと段落つくたび、3on3または5対5でゲームを終えるたびに「アドバイス頂きたいんですけど」とまとわりついてくる。
このコートにいる男達は王者山王に属する者ばかり。河田はレギュラーだし、イチノや松本や野辺だってレギュラーではないものの大所帯の山王で一軍の座を射止めている。俺じゃなくてもレクチャーできる人間は居るのだ。
ああ、苛々する。
俺が気に掛けたいのはあの子だけなのに。
第29話 俺は“素直で単純な”男だ。
長めの休憩を取ることになり、俺はスポーツ飲料を口にしながらベンチに座る。
さすがに群がり過ぎだと反省をしているのか、さっきまでレクチャーだの相談だの騒いでいた女子達は固まって別のベンチに座っている。ノートを取り出して話し合っている様子を見る限り、俺のアドバイスをまとめて自分達なりに練習メニューを考えてみようとでも思っているのだろう。
松本やイチノはシュート練習で気分転換を図り、野辺は「良いリバウンド練習だ」と言わんばかりに仲間がミスったシュートの零れ球を奪っている。
河田は何をしているんだと辺りを見回すと、奴は反対側の壁にもたれて座り込んでいる夢子の傍に居た。深刻そうな話をしているようにも見えるし、他愛のない雑談をしているようにも見える。声を掛けに行こうかとも考えたがどうにも立ち上がる気になれなかった。何かが「今は行くな」と告げていた。
数分もしない間に河田は俺が座っているベンチに歩いてきた。俺の隣に誰も座っていないのを見て、どかっと腰掛ける。
「夢子、具合悪そうだったベシ?」
河田の顔は見ず、涼んでいる夢子の姿を遠くから眺める。
「いや。そんなことねぇよ」
「それは何よりベシ。休憩前、浮かない顔してたからちょっと心配になったベシ」
俺の言葉を聞くや否や、河田はぽつりと言った。
「深津……喜べ。あいつ、女の子として成長し始めてるぞ」
「はあ?」
そりゃどういう意味だ。
意味を汲み取れず、眉間に皺を寄せながら疑問の表情を河田に向ける。
「あいつ、女子に囲まれてるお前を見て嫌な気持ちになってたんだとよ」
「嫌な気持ち……」
「夢子にとってお前はバスケの師匠だ。いつも気にかけて傍に居てくれた、惜しみなく技術を教えてくれる大事な人だ。そんなお前が今は他の女子に囲まれてる……夢子、何を感じてたと思う?」
珍しくバスケ以外のことをベラベラと話しているなと思いつつ、俺は投げられた質問に答えるべく考えを巡らせる。
そして大した時間がかかることなく回答を見つけることができた。
「俺が盗られたみたい、とかベシ?」
「正解。さすがは深津だべな。初恋拗らせてるだけあるわ」
河田が俺の初恋をどう表現しても、俺は何も感じない。こいつが俺を嘲笑うことは絶対に無いと分かっているからだ。
「こちとら十年以上も片思いしてる一途な男ベシ。夢子と同じ経験、俺はずっと前から経験してるベシ」
異性でも同性でも、俺とバスケをする夢子を連れ出そうとする友達に対して漏れなく嫉妬していた。
俺の影響を受けまくっていた夢子がバスケを放り出すことは無く、どんな誘いも断っていたが、友達が多いので幾度となく誘われる場面を目にしている。
どれだけ嫌だったことか。
どれだけイラついたことか。
「その嫉妬が恋愛の意味なのか、はたまた友達としての意味なのかはイマイチ分かってねぇけどな」
「そこはまぁ期待してないベシ。女子として成長する前にプレーヤーとして成長しまくってるから、情緒が遅く開花しても仕方ないベシ」
河田が苦笑するのも無理はない。
男ばかりの山王工業に通うわずかな女子でさえ話題は彼氏だの芸能人だのカッコいい先輩だの思春期満載なものだ。
男女共学かつ娯楽の場も多い都会に住みながらも、ひたすらストイックにバスケ一筋の道を歩める夢子のほうが珍しい。
「いやあ、夢子もちゃんと女の子だったんだと安心したべ」
「……ふっ」
「そう思っても可笑しくねぇべや。あいつ、そこらの男よりも男らしいべ」
「それは認めるベシ」
「ま、そんな夢子にぞっこんなお前を見るのも面白ぇけどな。部活や学校じゃ飄々としてるくせに、夢子が絡んだらこれだもの。素直というか単純というか……飽きねえわ」
俺は何も言い返さない。
「普通の男なら、夢子を恋愛対象には見れねぇだろうな」
「同意しかないベシ。デートよりバスケの試合観戦を優先できるタイプだから、運良く両想いになれたとしてもすぐ別れるベシ」
「俺達にとっちゃデートも試合観戦もご褒美同然だから嬉しいけどな」
「ベシ。うまいことバスケ狂いに育ってくれたのは俺にとっても嬉しい誤算ベシ」
河田との雑談も悪くないが、俺はやはり可愛い子の面倒を見てやりたい。
「休憩時間、もうちょっと延ばしたいベシ」
「おお。始まりそうになったら遅らせちゃる。ちゃんとフォローしてやれ」
河田が俺の肩を軽く叩く。
俺はゆっくり立ち上がり、心地いい風に吹かれて眠りこけている夢子のほうへ歩を進めた。
* * *
夢子が神奈川に帰ってから大して日が経たない間に宅急便が届いた。
送り主は夢子。もちろん俺宛だ。
小さめの段ボール箱を開けると、手紙と一緒にタオルとバッシュケースが入っていた。
-------------------------
一成へ
高校に入ってからもすごくお世話になってるので、
お礼したくてプレゼントを選んでみました。
普段使いしてくれたら嬉しいです。
いつもありがとう。
何か力になれることがあったらいつでも言ってね。
一成の弟子であり、ファン1号である夢子より
-------------------------
手紙を読んで心が温まった。
便せんを綺麗にたたんで封筒に戻すと、逸る気持ちを抑えながらプレゼントを箱から取り出した。
バッシュケースは白地に黒のラインが入ったもので、まさに山王工業といったデザインだった。これなら部活や遠征で使っても違和感は無いだろう。
タオルも同じく白地に黒のライン。山王のカラーを重視して選んでくれたのがよく分かる。
「ん?」
手に持っていたタオルの端に「成」という文字が見えた。
成長、とかの文字でも刺繍されてるのだろうか。
それとも手書きで何か書いてくれたのか?
気になった俺はタオルの両端を持って広げてみた。
「深、津、一、成……刺繍!?」
四つの端に一文字ずつ、黒い糸で俺のフルネームが刺繍されていた。
夢子、刺繍なんてできたのか。今まで見たことのないスキルに驚きを隠せない。
ただ買って送るだけのほうが楽なのに、わざわざ手間暇をかけて準備してくれた夢子。その気遣いに胸が高鳴った。
「不意打ちは心臓に悪いベシ……」
ああ、今の俺の表情を他の奴が見たなら笑われてしまいそうだ。
口の端が上がっている。明らかに笑っているのがバレてしまう。沢北あたりなら大声で「どうかしたんスか!?」と騒ぐだろう。
速攻でドアの鍵をかけた俺の勘と行動は正しく、一分も経たずに沢北が読書感想文のチェックをお願いしたいと訪問してきた。
「沢北、感想文は後で見てやるから今は帰るベシ。ちょっと今は手が塞がってるベシ」
「あ……一人でシてる最中でした? すんません。出直します」
とんでもねぇ誤解をしくさっている沢北の言動に怒りを感じ、俺の額にはビキッと筋が走った。
「沢北……待て」
「え? や、いいですよ後で」
「黙れ。今見てやるから、そこで正座しろ。帰ったら明日の外周を五十周にしてやる」
只ならぬ俺の怒気を察した沢北は半ば叫ぶように返事した。
俺は部屋の前で沢北を正座させ、読書感想文の誤字や言葉遣いがおかしい部分を赤ペンで徹底的に指摘し、明日の部活までに直して持って来いと命じる。
その場面は多くの部員が目撃しており、余計なことを言ったであろう沢北に同情する者や呆れる者が続出した。
「俺、もう深津さんの前で下ネタ言わないっす……」
「良い判断ベシ」
夢子が冬の講習会で友達になったという東北県内の女子バスケ部員に囲まれている間、俺の胸に湧き上がるのは不快感だった。基礎練がひと段落つくたび、3on3または5対5でゲームを終えるたびに「アドバイス頂きたいんですけど」とまとわりついてくる。
このコートにいる男達は王者山王に属する者ばかり。河田はレギュラーだし、イチノや松本や野辺だってレギュラーではないものの大所帯の山王で一軍の座を射止めている。俺じゃなくてもレクチャーできる人間は居るのだ。
ああ、苛々する。
俺が気に掛けたいのはあの子だけなのに。
第29話 俺は“素直で単純な”男だ。
長めの休憩を取ることになり、俺はスポーツ飲料を口にしながらベンチに座る。
さすがに群がり過ぎだと反省をしているのか、さっきまでレクチャーだの相談だの騒いでいた女子達は固まって別のベンチに座っている。ノートを取り出して話し合っている様子を見る限り、俺のアドバイスをまとめて自分達なりに練習メニューを考えてみようとでも思っているのだろう。
松本やイチノはシュート練習で気分転換を図り、野辺は「良いリバウンド練習だ」と言わんばかりに仲間がミスったシュートの零れ球を奪っている。
河田は何をしているんだと辺りを見回すと、奴は反対側の壁にもたれて座り込んでいる夢子の傍に居た。深刻そうな話をしているようにも見えるし、他愛のない雑談をしているようにも見える。声を掛けに行こうかとも考えたがどうにも立ち上がる気になれなかった。何かが「今は行くな」と告げていた。
数分もしない間に河田は俺が座っているベンチに歩いてきた。俺の隣に誰も座っていないのを見て、どかっと腰掛ける。
「夢子、具合悪そうだったベシ?」
河田の顔は見ず、涼んでいる夢子の姿を遠くから眺める。
「いや。そんなことねぇよ」
「それは何よりベシ。休憩前、浮かない顔してたからちょっと心配になったベシ」
俺の言葉を聞くや否や、河田はぽつりと言った。
「深津……喜べ。あいつ、女の子として成長し始めてるぞ」
「はあ?」
そりゃどういう意味だ。
意味を汲み取れず、眉間に皺を寄せながら疑問の表情を河田に向ける。
「あいつ、女子に囲まれてるお前を見て嫌な気持ちになってたんだとよ」
「嫌な気持ち……」
「夢子にとってお前はバスケの師匠だ。いつも気にかけて傍に居てくれた、惜しみなく技術を教えてくれる大事な人だ。そんなお前が今は他の女子に囲まれてる……夢子、何を感じてたと思う?」
珍しくバスケ以外のことをベラベラと話しているなと思いつつ、俺は投げられた質問に答えるべく考えを巡らせる。
そして大した時間がかかることなく回答を見つけることができた。
「俺が盗られたみたい、とかベシ?」
「正解。さすがは深津だべな。初恋拗らせてるだけあるわ」
河田が俺の初恋をどう表現しても、俺は何も感じない。こいつが俺を嘲笑うことは絶対に無いと分かっているからだ。
「こちとら十年以上も片思いしてる一途な男ベシ。夢子と同じ経験、俺はずっと前から経験してるベシ」
異性でも同性でも、俺とバスケをする夢子を連れ出そうとする友達に対して漏れなく嫉妬していた。
俺の影響を受けまくっていた夢子がバスケを放り出すことは無く、どんな誘いも断っていたが、友達が多いので幾度となく誘われる場面を目にしている。
どれだけ嫌だったことか。
どれだけイラついたことか。
「その嫉妬が恋愛の意味なのか、はたまた友達としての意味なのかはイマイチ分かってねぇけどな」
「そこはまぁ期待してないベシ。女子として成長する前にプレーヤーとして成長しまくってるから、情緒が遅く開花しても仕方ないベシ」
河田が苦笑するのも無理はない。
男ばかりの山王工業に通うわずかな女子でさえ話題は彼氏だの芸能人だのカッコいい先輩だの思春期満載なものだ。
男女共学かつ娯楽の場も多い都会に住みながらも、ひたすらストイックにバスケ一筋の道を歩める夢子のほうが珍しい。
「いやあ、夢子もちゃんと女の子だったんだと安心したべ」
「……ふっ」
「そう思っても可笑しくねぇべや。あいつ、そこらの男よりも男らしいべ」
「それは認めるベシ」
「ま、そんな夢子にぞっこんなお前を見るのも面白ぇけどな。部活や学校じゃ飄々としてるくせに、夢子が絡んだらこれだもの。素直というか単純というか……飽きねえわ」
俺は何も言い返さない。
「普通の男なら、夢子を恋愛対象には見れねぇだろうな」
「同意しかないベシ。デートよりバスケの試合観戦を優先できるタイプだから、運良く両想いになれたとしてもすぐ別れるベシ」
「俺達にとっちゃデートも試合観戦もご褒美同然だから嬉しいけどな」
「ベシ。うまいことバスケ狂いに育ってくれたのは俺にとっても嬉しい誤算ベシ」
河田との雑談も悪くないが、俺はやはり可愛い子の面倒を見てやりたい。
「休憩時間、もうちょっと延ばしたいベシ」
「おお。始まりそうになったら遅らせちゃる。ちゃんとフォローしてやれ」
河田が俺の肩を軽く叩く。
俺はゆっくり立ち上がり、心地いい風に吹かれて眠りこけている夢子のほうへ歩を進めた。
* * *
夢子が神奈川に帰ってから大して日が経たない間に宅急便が届いた。
送り主は夢子。もちろん俺宛だ。
小さめの段ボール箱を開けると、手紙と一緒にタオルとバッシュケースが入っていた。
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一成へ
高校に入ってからもすごくお世話になってるので、
お礼したくてプレゼントを選んでみました。
普段使いしてくれたら嬉しいです。
いつもありがとう。
何か力になれることがあったらいつでも言ってね。
一成の弟子であり、ファン1号である夢子より
-------------------------
手紙を読んで心が温まった。
便せんを綺麗にたたんで封筒に戻すと、逸る気持ちを抑えながらプレゼントを箱から取り出した。
バッシュケースは白地に黒のラインが入ったもので、まさに山王工業といったデザインだった。これなら部活や遠征で使っても違和感は無いだろう。
タオルも同じく白地に黒のライン。山王のカラーを重視して選んでくれたのがよく分かる。
「ん?」
手に持っていたタオルの端に「成」という文字が見えた。
成長、とかの文字でも刺繍されてるのだろうか。
それとも手書きで何か書いてくれたのか?
気になった俺はタオルの両端を持って広げてみた。
「深、津、一、成……刺繍!?」
四つの端に一文字ずつ、黒い糸で俺のフルネームが刺繍されていた。
夢子、刺繍なんてできたのか。今まで見たことのないスキルに驚きを隠せない。
ただ買って送るだけのほうが楽なのに、わざわざ手間暇をかけて準備してくれた夢子。その気遣いに胸が高鳴った。
「不意打ちは心臓に悪いベシ……」
ああ、今の俺の表情を他の奴が見たなら笑われてしまいそうだ。
口の端が上がっている。明らかに笑っているのがバレてしまう。沢北あたりなら大声で「どうかしたんスか!?」と騒ぐだろう。
速攻でドアの鍵をかけた俺の勘と行動は正しく、一分も経たずに沢北が読書感想文のチェックをお願いしたいと訪問してきた。
「沢北、感想文は後で見てやるから今は帰るベシ。ちょっと今は手が塞がってるベシ」
「あ……一人でシてる最中でした? すんません。出直します」
とんでもねぇ誤解をしくさっている沢北の言動に怒りを感じ、俺の額にはビキッと筋が走った。
「沢北……待て」
「え? や、いいですよ後で」
「黙れ。今見てやるから、そこで正座しろ。帰ったら明日の外周を五十周にしてやる」
只ならぬ俺の怒気を察した沢北は半ば叫ぶように返事した。
俺は部屋の前で沢北を正座させ、読書感想文の誤字や言葉遣いがおかしい部分を赤ペンで徹底的に指摘し、明日の部活までに直して持って来いと命じる。
その場面は多くの部員が目撃しており、余計なことを言ったであろう沢北に同情する者や呆れる者が続出した。
「俺、もう深津さんの前で下ネタ言わないっす……」
「良い判断ベシ」