第2章 高校二年のお話(全20話)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
牧くんとの1on1を終えてから二時間ほど、私達は湘北高校女子バスケ部にレクチャーした。
女子相手に指導するのは慣れていないと言っていた牧くんだが、しっかりと部員の質問にも答えつつも手本を見せていた。先生も部員もすごく喜んでくれたし、ダメもとで体育館に乗り込んだ甲斐があったというものだ。
「まだ時間があるから俺はスポーツ店に寄っていくが、早乙女さんも良かったらどうだ?」
「そうだね。なかなかこっちのほうまでは来ないし、寄ってみようかな」
まだ時間は十七時を過ぎたばかり。ちょっと寄り道してもいいだろう。
第28話 高校二年の夏、神奈川での夏休み②
久しぶりに入ったスポーツ店は棚の商品が入れ替わってたり、コーナーが変わっていた。店が変わったのかのかと思うくらい商品が目新しい物になっていて、なかなかに楽しい。
タオルを新調したいと思っていた私は日用品のコーナーにやってきた。メーカーや色、手触りをチェックしながらタオルを吟味していると、興味をそそられた一角があった。
「うわ……良いなぁ、これ」
好きなスポーツメーカーが新しくタオルを出したらしい。カラーのバリエーションが豊富で、学校のイメージカラーで揃えるのも簡単そうだ。
特に、白地に黒いラインが入ったタオルはまさに山王そのものだった。そのタオルで汗を拭っている一成の姿が容易に想像できる。ただ渡すのも面白くないから隅に一文字ずつ一成の名前を刺繍してやろうか。上手かは別として、名前ならそれほど難しくないはず。
タオルだけってのも味気ないかな。でもリストバンドは部員全員に支給されているものがあるし、ドリンクボトルも好みがあったら迷惑だろうしなぁ。
あれこれ悩みながら唸っていると、既に会計を終えた牧くんがショップの袋を持って近付いてきた。
「早乙女さん、どうかしたのか。随分と悩んでるみたいだが」
「うん……あ、そうだ。牧くんはプレゼント貰えるなら何が嬉しい?」
「プレゼント?」
いきなり何を訊いてくるんだ? とでも言いたげな表情を浮かべている。そりゃそうだろう。何の脈絡もなくプレゼントの話題なんて振られたら大抵の人が同じことをするに違いない。
「高校入ってからも一成には何かとお世話になってるからプレゼントしたくてさ。タオルは決まったんだけど、もう一つあげたいなぁと思って」
リストバンドやドリンクホルダーは見送ったと理由とともに説明すると、牧くんは「ふむ」と呟きながら指を顎に添える。考え事をする時の癖なのかな?
「授業で使う物ってのも良いけど……山王なら部活一筋って感じだろうし、部活で使える物のほうが良いよなぁ」
「うん」
「部活、遠征、練習試合……」
牧くんは真剣だ。他人事と捉えずに、自分がその立場ならと真面目に考えを巡らせている。
「バッグは学校で統一してるだろうから、バッシュを入れるケースとかマフラーはどうだ? 秋田なら冬は寒いだろうし、防寒具はいくつあっても良いと思うぞ」
防寒具は絶対に濡れるだろうし、濡れたら乾かさなきゃいけない。乾くまでの代替品としても優秀だろう。
山王工業は遠征の多い学校だ。乱雑に扱いがちなバッシュケースは意外に良いアイテムかもしれない。
「この時期だとまだマフラーは売られてないから、今回はバッシュケースにしようかな」
「山王、バッシュはどこのメーカーを使ってるんだ?」
「あのね……」
山王工業は全員が同じメーカーのバッシュを履いている。強豪校は同じメーカーで揃える傾向が強いらしく、山王工業も漏れずそのパターンのようだった。
バッシュケースが陳列されている棚に向かい、タオルと同じく白をチョイスする。真新しいケースは見た目もパリッとしていてカッコいい。このケースには凄腕プレーヤーのバッシュが入れられるのだ。ついつい誇らしく思ってしまう。
「牧くんに相談して良かった。ありがとう!」
「そこまで喜んでくれるとこっちも嬉しいよ」
「牧くんは誰かにこうやってプレゼント貰ったりする? 海南なら個人的な差し入れとかも多そうなイメージがあるけど」
山王工業の差し入れは後援会が用意してくれるのが殆どらしい。男子校に近いので女子から差し入れを貰うことはほぼ無く、校内・校外の女子から差し入れを貰うのは沢北くんくらいなのだとか。まぁイケメンだもんな。しかも一年生で夏のインターハイに出れるくらいの実力だし。
一成もエースとしてチームで活躍してるし、夏は出れなかったが冬の選抜では一年生で唯一レギュラーを獲った選手だ。学校ではモテてるほうではないかと予想してたけど本人から否定されている。頭も悪くないし、スポーツ万能だから小・中学校では人気あったんだけどなぁ。
「女子から貰ってる奴は居るみたいだが、俺はないな」
「ええ? そうなの?」
「俺、老け顔だから」
あらら、身も蓋もない言い方だこと。
「そうかなぁ……牧くんが老け顔だとは思わないけど」
「そうか?」
「うん。凛々しいじゃん」
好みや感じ方は人それぞれだから全否定するつもりはないけど、老け顔という表現で一括りにするのはいかがなものかと思う。少なくとも私はカッコいいと思ってるよ。
「そう言われたのは初めてだ。なかなか嬉しいもんだな」
「お世辞じゃないからね。牧くんは自分のカッコ良さをもうちょっと自覚したほうがいいよ」
あまり褒め過ぎても恐縮させてしまう。私はバッシュケースを手に取ってカゴに入れた。ぼちぼち会計を済ませて帰宅しよう。
「会計してくるね。他に見る物がなかったら入り口で待ち合わせしない?」
「あ、ああ。じゃあ先に入り口で待ってるよ」
牧くんの返事を聞いて、私はレジに向かった。
「早乙女さん。これ、良かったら貰ってくれないか」
会計を済ませて入り口に向かった。駅は目の前なので、後はもう別れるだけである。そんなタイミングで牧くんはおもむろにキーホルダーを差し出してきた。バッシュのチャームが付いていて、明らかにバスケファンに向けて作られていると分かる。
「わ、カッコいい!」
「俺が買った商品のメーカーが、五千円ごとにノベルティでキーホルダーをプレゼントしてたんだ。赤と黒だから湘北の色って感じだろ?」
「うん。でも私が貰っちゃっていいの? 牧くんが買ったのに」
「俺は自分のがあるから」
そう言うと牧くんはズボンのポケットから同じキーホルダーを取り出した。しかし色は違って、紫と黄色のチャームが付いている。色違いだったのか。
「こっちは紫と黄色。海南のジャージの色だ」
「うん。海南のためにあるような色合いだね!」
「今日はようやく早乙女さんと1on1できたし、買い物にも付き合ってもらったし、俺の顔もカッコいいって言ってもらえたしな? 記念に貰ってくれると嬉しい」
照れ臭そうに微笑を浮かべながら話す牧くんはどこか子供っぽい。普段はこんなこと言わないんだろうなぁ。
このメーカーは私も好きだし、バッシュのチャームなんてなかなかお目にかかれない。私はキーホルダーを受け取って満面の笑みを浮かべながらお礼を言った。
「ありがとう。大切にするね!」
どこに付けようかな。
通学用のカバンに付ける?
それともお出かけ用のバッグ?
迷うなぁ……。
キーホルダーを眺めながら呟いていたら、牧くんは隣からぼそりと言ってきた。
「バスケをする時は必ず持ち歩くってことにすればいいんじゃないか?」
キーホルダーはカバンじゃなくても付けられる。話題作りにもなるだろう。そう言われて、私ははっとしたような顔で頷いた。
「それ名案だね! そのアイディア頂きます!」
「俺もそうやって使うことにするよ」
私達は笑いながら店を出た。
次に会う時、互いのカバンには色違いのキーホルダーが付いていることだろう。
それを指差しながら笑うのだ。きっと。