第1章 高校一年のお話(全17話)
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※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
高校の入学式から三週間ほどが経過した。
この辺りの地理を把握しきれていないうえに社交的な性格でもない私は、新天地で迎える高校生活に一抹の不安を抱えていた。
けれど不安だったのは私だけではなかったらしい。意外と県外から入学した生徒も多いようで、電車通学しているクラスメイトが大半だと知った時の私は何故かほっとしていた。
入学初日にして友達もできて、近頃は隣の席に座る友人第一号・赤木くんとの雑談タイムが楽しみの一つになっている。
第1話 高校一年、4月のお話
赤木君と友達になったきっかけは、彼が机の上に広げていた雑誌「週刊バスケ」である。
週刊バスケは愛読雑誌だ。といっても私は基本的に書店で立ち読みで満足できちゃうので、気になる特集があれば買うタイプ。週刊誌だから新鮮な情報を知れるのは良いんだけど、毎週買うとなると只でさえ少ないお小遣いが無くなってしまうのが悩みの種だ。
彼が読んでいた号が買う予定のものだったから、声をかけることに抵抗はなかった。
「赤木くん……だよね。バスケットボール好きなの?」
「ん?」
彼はわりと早々に返事をしてくれた。無視されなくて良かった~!
「それ、週刊バスケでしょ。確か今週はNBAのレジェンド特集だったよね」
「ああ。今朝コンビニで買ったばかりだから内容が気になってしまって」
「だよね。私も買おうって思ってたもん。レジェンド特集とか永遠保存版でしょ」
決意するように拳を握りしめながら言うと、赤木くんは柔らかく笑った。
「ここのバスケ部に入るの?」
「ああ。絶対に入ると決めていたから、この後すぐにでも入部届を出しに行くつもりだ。早乙女さんもバスケ部に入るのか?」
この流れで会話してたらそうなるよね。
私は手の平を上にした両腕と両肩をくいっと上げて否定のジェスチャーをする。
「興味が無い訳じゃないから見学は行くと思うけど、入部は無いかなぁ」
「そうなのか?」
「中学校時代の部活に良い思い出が無くてね」
私は女子と遊ぶよりも男子とスポーツしてるほうが性に合っていて、休み時間ともなればグラウンドに出て服が汚れるのも構わずドッチボールやサッカー、鬼ごっこなどで走り回っていた。
ある日、一成がバスケットボールと出逢ってから私の日常は著しい変化を遂げる。学校が終わってからも休日も当然のように付き合わされたけど、才能を開花させ始めた一成とバスケをする時間はとても楽しくて、私も見る見るうちにのめり込んでいった。一成の冷静かつイラッとさせる的確なアドバイスのおかげで、思わぬうちに私自身のバスケも上達していく。
中学校に上がり一成は男子バスケ部、私は女子バスケ部に入部。一成の高い実力は仲間達を魅了し、監督の育成魂に火を点ける。一年ながらにレギュラーの座を勝ち取った一成は面白いようにその功績を残していった。
それとは対称的に私のバスケ部での生活は惨めなものだった。
一成と毎日バスケットゴールの下で遊んでいたんだから下手な訳が無い。監督は私の実力を正当に評価してレギュラーに選抜してくれた。同級生や二年生は「凄い!」と喜んでくれたけど、三年の先輩達は余程気に入らなかったのか露骨に意地悪するようになった。誤った練習日時や場所を教える。スポーツドリンクじゃなくて只の水を配らせる。時には空っぽの水筒を渡してくる。バスケットシューズを過度に踏みまくる。悪口を大声で言うなどは日常茶飯事。お決まりの行動に私はもう呆れ、どうでも良くなった。
だから私は反撃に出る。
三年の先輩が最も大事にしている夏の大会の地区予選初日、私は退部届を提出したのだ。所謂ドタキャンというやつである。
何だかんだ言いつつ私の実力を評価していた三年生は「早乙女が居れば全国大会に行けるかも」なんて思ったのかもしれない。後輩の功績とはいえバスケはチーム競技。良い結果を出せば自ずと関係者、ましてやスタメンの選手となれば揃って評価されるだろう。だけど私はその機会を永遠に奪ってやることにした。
監督は反対しなかった。二年の先輩も同級生も、私の行動に対して怒らなかった。彼女達は知っていたからだ。
三年の先輩達は衆人環視のもと私に怒りと不満をぶちまけていた。女子バスケ部のみならず、時には男子バスケ部部員や他の生徒が見える場所でも普通に私を貶めていた。落ち着いて考えれば自分の株を下げる行動を多くの人間の前ですることは愚かだと分かるのに。
三年の先輩ばかりのレギュラーチームは地区予選初戦で見事に惨敗。大泣きしながら私の退部に文句を言っていたらしいが、さすがの監督や周囲の部員もブチ切れて説教大会になった(その後、問題児達は親を呼び出されてこっぴどく叱られたという)。
「なんというか……壮絶、だな?」
「三年のクソ先輩達が居なくなってからは部内の空気も快適になったけどね! でも再入部するって気分になれなくて」
その後はふらっと体育館に寄っては(求められたら)アドバイスしたり、お手本見せたり軽く世話を焼いてしまったけど公式試合には一度も参加していない。
私はバスケットボールを嫌いになりたくない。
一成が楽しさを教えてくれたバスケットボールの魅力を忘れずに居たいんだ。
だから「部活」という集団の中でプレーはしないと決めた。
「早乙女さんのプレーを見てないから何とも言えないが……気になるな。中学とはいえ一年生でレギュラーを獲るなんて余程だろ」
「教えてくれた幼馴染が凄かったからね。遊んでる時間も年季入ってるし」
「その幼馴染はここに入学したのか?」
「いや、ここじゃなくて」
私が言いかけた時、担任となる先生が教室に入ってきたことで室内の空気が変わる。
入学式は終わったばかり。これから必要事項の説明でたっぷりと話を聞かねばならない。
私も赤木くんも話が途中で終わってしまったことに多少なりともモヤッとしたけれど、先生の説明を聞いているうちに何を言いかけていたのか忘れてしまうほどに意識を持っていかれた。
* * *
入学式から三週間ほど経った頃。日曜の夜に一成から電話がかかってきた。
『お前と話したいって言ったのは俺なのに、ずっと電話できなくてごめんっショ』
開口一番にしょんぼりとした声で謝罪が入ったので「ど、どうした!?」と言わんばかりに事情を尋ねる。
山王工業高校バスケ部の練習がハードだとは聞いていたが、予想よりも遥かに上を行く代物だったらしい。
『練習後は毎日吐いてたっショ』
「うわぁ……一成が吐くってよっぽどじゃない? 新入生皆そうだったんじゃないの……?」
一成のスタミナは人一倍である。少なくとも私はそう思っていた。中学校の長距離走では飄々とした顔で完走していた。何ならまだ走れそうな様子だった。そんな一成が練習後に必ず吐くと言う。吐くのにも体力が要るというのに。
『全員吐いてるっショ』
「お疲れ様。凄いね。弱音を吐かない一成は、本当に凄いよ」
過酷な練習に参加しない、目の当たりにすらできない私に「もっと頑張れ」など笑い飛ばすような神経は持ち合わせていない。純粋に称賛に値すると思った。もしも彼が隣に居たなら肩に腕を回して相棒よろしく苦労をねぎらっただろう。
『今はやっと慣れてきた頃っショ。だからこうして連絡できたっショ』
「私との電話なんて無理しなくていいんだよ。毎週じゃなくて毎月とか、本っ当に余裕ある時でいいんだから」
頼むから休んでくれぇ!
しっかりと休眠とって明日に備えてくれぇ!
美味しい物たくさん食べて育ってくれぇ!
そんなお母さんみたいなことを心の中で叫びながら告げると、受話器の向こうからは不服そうな声が返ってくる。
『バスケも大事だけど、夢子も大事っショ』
「えっ」
『久しぶりに話せたのに嬉しくないっショ? 俺はずっと電話したかったっショ』
もしかしてホームシックにかかった?
なんて失礼なことは言えないので、嬉しい気持ちを必死に抑えながら返事をする。
「嬉しいよ。嬉しいに決まってるよ。一成の山王話、聞きたかったんだから」
『ならもうぐだぐだ言うなっショ』
一成は入学して三週間くらいの間の出来事を話してくれた。
まず、言わずもがな練習が過酷であること。
バスケの名門高ということでプライドがそうさせるのか苛めや陰口は皆無だということ。
現在は入部テスト期間中であり多少なりとも退部する者が出ることから、先輩やトレーナーとの距離感がイマイチ掴みづらいということ。
地区予選くらいなら二軍が出ても問題が無いほど強いということ(先輩からそう言われたらしい)。
一成が先輩達から面白いヤツ認定されているらしく、先輩や同級生ともうまくやっているということ。
夏合宿はこれよりももっと酷いぞと先輩から脅されていること……。
うん。私が知ってる高校生活じゃないな! さすがはバスケ強豪校。情報が色々と半端ない。
「変なこと聞いてごめんだけど、一成って推薦? スカウト? それとも一般受験?」
山王工業に入学するまでの経緯を聞いてなかったように思う。それとなく尋ねてみれば「話してなかったっけ?」みたいな軽さで答えが返ってきた。
『俺らの中学校が山王から推薦枠貰える訳ないっショ。普通に受験したっショ』
「そうなんだ」
『成績優秀。委員会もこなす。男子バスケ部では二年からキャプテンを務めて全国大会にも二年連続で出場。内申点はかなり稼げたっショ』
「忘れてた。この幼馴染かなり優秀だったんだった」
本人はバスケまっしぐらだったから気付いてないけど地味にモテてたんだよな。
バスケとなれば大会でも授業でも注目の的だったし、テストも三十位には入ってたし、単純に速さを競う種目なら運動会ではヒーローだった。
手紙を渡してくれだの呼び出してくれだの頼まれたのは一度や二度ではない。十回や二十回でもきかない。
『湘北での生活はどうっショ』
「可もなく不可もなく、かな」
『楽しいこと一つもないっショ?』
「ええ? う~ん……あ、隣の席に座ってる男子と週刊バスケの話で盛り上がったよ!」
『は?』
一成の声のトーンが落ちた気がしたけど構わず続ける。
「湘北での友人第一号で赤木くんっていうんだけど。バスケ部入るって言ってたなぁ。そのうち練習を見に行く予定だよ。なんか監督が有名らしくて……よく知らんけど」
バスケは好きだけど、私は一成と違って他校の監督とか選手の情報までは仕入れない。
『ふうん……ま、勝ち上がってくるならいつか戦う時が来るかもしれないっショ』
「うちのバスケ部、無名らしいから難しいと思うけど」
『三年あるんだから分からないっショ。人生何があるか分からないものっショ』
「確かに!」
電話する時間は一日に十分までと決められているらしい。私達はほどなくして電話を切った。
日曜は練習が十七時に終わることが殆どだと教えられたので、日曜の夜に一成が電話をしてくれる決まりとなった。
無理だけはしてくれるなと厳重に言ったが多分気にせず掛けてくるに違いない。
どんなに疲れていようと。苛立っていようと大事な幼馴染と話したいんだと望むなら。
付き合ってやるというのが真の幼馴染ってヤツでしょ?
高校の入学式から三週間ほどが経過した。
この辺りの地理を把握しきれていないうえに社交的な性格でもない私は、新天地で迎える高校生活に一抹の不安を抱えていた。
けれど不安だったのは私だけではなかったらしい。意外と県外から入学した生徒も多いようで、電車通学しているクラスメイトが大半だと知った時の私は何故かほっとしていた。
入学初日にして友達もできて、近頃は隣の席に座る友人第一号・赤木くんとの雑談タイムが楽しみの一つになっている。
第1話 高校一年、4月のお話
赤木君と友達になったきっかけは、彼が机の上に広げていた雑誌「週刊バスケ」である。
週刊バスケは愛読雑誌だ。といっても私は基本的に書店で立ち読みで満足できちゃうので、気になる特集があれば買うタイプ。週刊誌だから新鮮な情報を知れるのは良いんだけど、毎週買うとなると只でさえ少ないお小遣いが無くなってしまうのが悩みの種だ。
彼が読んでいた号が買う予定のものだったから、声をかけることに抵抗はなかった。
「赤木くん……だよね。バスケットボール好きなの?」
「ん?」
彼はわりと早々に返事をしてくれた。無視されなくて良かった~!
「それ、週刊バスケでしょ。確か今週はNBAのレジェンド特集だったよね」
「ああ。今朝コンビニで買ったばかりだから内容が気になってしまって」
「だよね。私も買おうって思ってたもん。レジェンド特集とか永遠保存版でしょ」
決意するように拳を握りしめながら言うと、赤木くんは柔らかく笑った。
「ここのバスケ部に入るの?」
「ああ。絶対に入ると決めていたから、この後すぐにでも入部届を出しに行くつもりだ。早乙女さんもバスケ部に入るのか?」
この流れで会話してたらそうなるよね。
私は手の平を上にした両腕と両肩をくいっと上げて否定のジェスチャーをする。
「興味が無い訳じゃないから見学は行くと思うけど、入部は無いかなぁ」
「そうなのか?」
「中学校時代の部活に良い思い出が無くてね」
私は女子と遊ぶよりも男子とスポーツしてるほうが性に合っていて、休み時間ともなればグラウンドに出て服が汚れるのも構わずドッチボールやサッカー、鬼ごっこなどで走り回っていた。
ある日、一成がバスケットボールと出逢ってから私の日常は著しい変化を遂げる。学校が終わってからも休日も当然のように付き合わされたけど、才能を開花させ始めた一成とバスケをする時間はとても楽しくて、私も見る見るうちにのめり込んでいった。一成の冷静かつイラッとさせる的確なアドバイスのおかげで、思わぬうちに私自身のバスケも上達していく。
中学校に上がり一成は男子バスケ部、私は女子バスケ部に入部。一成の高い実力は仲間達を魅了し、監督の育成魂に火を点ける。一年ながらにレギュラーの座を勝ち取った一成は面白いようにその功績を残していった。
それとは対称的に私のバスケ部での生活は惨めなものだった。
一成と毎日バスケットゴールの下で遊んでいたんだから下手な訳が無い。監督は私の実力を正当に評価してレギュラーに選抜してくれた。同級生や二年生は「凄い!」と喜んでくれたけど、三年の先輩達は余程気に入らなかったのか露骨に意地悪するようになった。誤った練習日時や場所を教える。スポーツドリンクじゃなくて只の水を配らせる。時には空っぽの水筒を渡してくる。バスケットシューズを過度に踏みまくる。悪口を大声で言うなどは日常茶飯事。お決まりの行動に私はもう呆れ、どうでも良くなった。
だから私は反撃に出る。
三年の先輩が最も大事にしている夏の大会の地区予選初日、私は退部届を提出したのだ。所謂ドタキャンというやつである。
何だかんだ言いつつ私の実力を評価していた三年生は「早乙女が居れば全国大会に行けるかも」なんて思ったのかもしれない。後輩の功績とはいえバスケはチーム競技。良い結果を出せば自ずと関係者、ましてやスタメンの選手となれば揃って評価されるだろう。だけど私はその機会を永遠に奪ってやることにした。
監督は反対しなかった。二年の先輩も同級生も、私の行動に対して怒らなかった。彼女達は知っていたからだ。
三年の先輩達は衆人環視のもと私に怒りと不満をぶちまけていた。女子バスケ部のみならず、時には男子バスケ部部員や他の生徒が見える場所でも普通に私を貶めていた。落ち着いて考えれば自分の株を下げる行動を多くの人間の前ですることは愚かだと分かるのに。
三年の先輩ばかりのレギュラーチームは地区予選初戦で見事に惨敗。大泣きしながら私の退部に文句を言っていたらしいが、さすがの監督や周囲の部員もブチ切れて説教大会になった(その後、問題児達は親を呼び出されてこっぴどく叱られたという)。
「なんというか……壮絶、だな?」
「三年のクソ先輩達が居なくなってからは部内の空気も快適になったけどね! でも再入部するって気分になれなくて」
その後はふらっと体育館に寄っては(求められたら)アドバイスしたり、お手本見せたり軽く世話を焼いてしまったけど公式試合には一度も参加していない。
私はバスケットボールを嫌いになりたくない。
一成が楽しさを教えてくれたバスケットボールの魅力を忘れずに居たいんだ。
だから「部活」という集団の中でプレーはしないと決めた。
「早乙女さんのプレーを見てないから何とも言えないが……気になるな。中学とはいえ一年生でレギュラーを獲るなんて余程だろ」
「教えてくれた幼馴染が凄かったからね。遊んでる時間も年季入ってるし」
「その幼馴染はここに入学したのか?」
「いや、ここじゃなくて」
私が言いかけた時、担任となる先生が教室に入ってきたことで室内の空気が変わる。
入学式は終わったばかり。これから必要事項の説明でたっぷりと話を聞かねばならない。
私も赤木くんも話が途中で終わってしまったことに多少なりともモヤッとしたけれど、先生の説明を聞いているうちに何を言いかけていたのか忘れてしまうほどに意識を持っていかれた。
* * *
入学式から三週間ほど経った頃。日曜の夜に一成から電話がかかってきた。
『お前と話したいって言ったのは俺なのに、ずっと電話できなくてごめんっショ』
開口一番にしょんぼりとした声で謝罪が入ったので「ど、どうした!?」と言わんばかりに事情を尋ねる。
山王工業高校バスケ部の練習がハードだとは聞いていたが、予想よりも遥かに上を行く代物だったらしい。
『練習後は毎日吐いてたっショ』
「うわぁ……一成が吐くってよっぽどじゃない? 新入生皆そうだったんじゃないの……?」
一成のスタミナは人一倍である。少なくとも私はそう思っていた。中学校の長距離走では飄々とした顔で完走していた。何ならまだ走れそうな様子だった。そんな一成が練習後に必ず吐くと言う。吐くのにも体力が要るというのに。
『全員吐いてるっショ』
「お疲れ様。凄いね。弱音を吐かない一成は、本当に凄いよ」
過酷な練習に参加しない、目の当たりにすらできない私に「もっと頑張れ」など笑い飛ばすような神経は持ち合わせていない。純粋に称賛に値すると思った。もしも彼が隣に居たなら肩に腕を回して相棒よろしく苦労をねぎらっただろう。
『今はやっと慣れてきた頃っショ。だからこうして連絡できたっショ』
「私との電話なんて無理しなくていいんだよ。毎週じゃなくて毎月とか、本っ当に余裕ある時でいいんだから」
頼むから休んでくれぇ!
しっかりと休眠とって明日に備えてくれぇ!
美味しい物たくさん食べて育ってくれぇ!
そんなお母さんみたいなことを心の中で叫びながら告げると、受話器の向こうからは不服そうな声が返ってくる。
『バスケも大事だけど、夢子も大事っショ』
「えっ」
『久しぶりに話せたのに嬉しくないっショ? 俺はずっと電話したかったっショ』
もしかしてホームシックにかかった?
なんて失礼なことは言えないので、嬉しい気持ちを必死に抑えながら返事をする。
「嬉しいよ。嬉しいに決まってるよ。一成の山王話、聞きたかったんだから」
『ならもうぐだぐだ言うなっショ』
一成は入学して三週間くらいの間の出来事を話してくれた。
まず、言わずもがな練習が過酷であること。
バスケの名門高ということでプライドがそうさせるのか苛めや陰口は皆無だということ。
現在は入部テスト期間中であり多少なりとも退部する者が出ることから、先輩やトレーナーとの距離感がイマイチ掴みづらいということ。
地区予選くらいなら二軍が出ても問題が無いほど強いということ(先輩からそう言われたらしい)。
一成が先輩達から面白いヤツ認定されているらしく、先輩や同級生ともうまくやっているということ。
夏合宿はこれよりももっと酷いぞと先輩から脅されていること……。
うん。私が知ってる高校生活じゃないな! さすがはバスケ強豪校。情報が色々と半端ない。
「変なこと聞いてごめんだけど、一成って推薦? スカウト? それとも一般受験?」
山王工業に入学するまでの経緯を聞いてなかったように思う。それとなく尋ねてみれば「話してなかったっけ?」みたいな軽さで答えが返ってきた。
『俺らの中学校が山王から推薦枠貰える訳ないっショ。普通に受験したっショ』
「そうなんだ」
『成績優秀。委員会もこなす。男子バスケ部では二年からキャプテンを務めて全国大会にも二年連続で出場。内申点はかなり稼げたっショ』
「忘れてた。この幼馴染かなり優秀だったんだった」
本人はバスケまっしぐらだったから気付いてないけど地味にモテてたんだよな。
バスケとなれば大会でも授業でも注目の的だったし、テストも三十位には入ってたし、単純に速さを競う種目なら運動会ではヒーローだった。
手紙を渡してくれだの呼び出してくれだの頼まれたのは一度や二度ではない。十回や二十回でもきかない。
『湘北での生活はどうっショ』
「可もなく不可もなく、かな」
『楽しいこと一つもないっショ?』
「ええ? う~ん……あ、隣の席に座ってる男子と週刊バスケの話で盛り上がったよ!」
『は?』
一成の声のトーンが落ちた気がしたけど構わず続ける。
「湘北での友人第一号で赤木くんっていうんだけど。バスケ部入るって言ってたなぁ。そのうち練習を見に行く予定だよ。なんか監督が有名らしくて……よく知らんけど」
バスケは好きだけど、私は一成と違って他校の監督とか選手の情報までは仕入れない。
『ふうん……ま、勝ち上がってくるならいつか戦う時が来るかもしれないっショ』
「うちのバスケ部、無名らしいから難しいと思うけど」
『三年あるんだから分からないっショ。人生何があるか分からないものっショ』
「確かに!」
電話する時間は一日に十分までと決められているらしい。私達はほどなくして電話を切った。
日曜は練習が十七時に終わることが殆どだと教えられたので、日曜の夜に一成が電話をしてくれる決まりとなった。
無理だけはしてくれるなと厳重に言ったが多分気にせず掛けてくるに違いない。
どんなに疲れていようと。苛立っていようと大事な幼馴染と話したいんだと望むなら。
付き合ってやるというのが真の幼馴染ってヤツでしょ?