第2章 高校二年のお話(全20話)
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去年に引き続き今年の秋田での滞在も充実したものになった。
皆とバスケ出来たし、堂本監督とも会えたし、明稜体育大学の道明寺先生とも知り合えたし、女子バス仲間とも再会できた。三日間どっぷりとバスケに浸かれたのは私にとって最高のイベントである。
でも、私の夏休みはまだ終わっていない。
「じゃあ明後日、駅前のスポーツ店で待ち合わせしよう!」
『あの大きな赤い看板がある店だな。外だと暑いから、先に着いたら中で待っててくれるか?』
「了解。楽しみにしてるね」
『ああ、俺も楽しみだよ』
明日は海南大付属の牧くんと1on1をする約束を果たす日だ。
第27話 高校二年の夏、神奈川での夏休み①
スポーツ店で牧くんと合流した私はいつも個人練習で使っている屋外コートへ向かった。しかし設備点検ということで使用禁止の看板が掛かっており、違う場所を探すこととなった。幸いにもこの辺りの公園はバスケットゴールが備え付けられているところが多いので、次から次へと公園を渡り歩くもことごとく先客がいる。
「今日はちょっと運が悪いみたいだな」
「知らない友達でもないけど、来たばかりみたいな雰囲気だから『ちょっと使わせて』って頼むのも微妙だよね」
「ううん……今日は1on1やめておくか? 実はさっきのスポーツ店で気になる物があってな、後で買っておこうと思ってたんだ。息抜きに遊びに行くのも良いと思うぞ。どこか行きたい場所があるなら付き合うし」
案内しては落胆する私を見て牧くんが気遣ってくれのは有難いが、こちらも1on1したい気持ちが強過ぎて、代替え案にはちとも興味を示せなかった。どうにか良いアイディアはないかと思案していると、ふと最適な場所を思い出したので「ちょっとついてきて」と牧くんを連れ出す。
私が向かったのは湘北高校女子バスケ部が使用する体育館だった。
「失礼しまーす!」
大きな声で挨拶しながら鉄製の扉を開ける。
「早乙女さん、こんにちは! もしかして練習を見に来てくれたの?」
顧問の先生が全員に小休憩するよう指示すると、私に近付いてきた。
「はい。それで、その……練習を見る前に、少しだけコートを貸してくれませんか?」
「コートを?」
事情を説明するために、牧くんに「こっちに来て」とジェスチャーする。バッシュを持ってきていた牧くんは、バッシュに履き替えると体育館の中に入ってきた。思わぬ異性の客人に部員がどよめく。
「この人は海南大付属高校二年生で、バスケ部に所属している牧紳一くんです。ポジションはポイントガード。先日のインターハイではベスト4入りした学校なんですけど」
「ええ!? インターハイ!? ぜ、全国の!?」
先生だけでなく、傍で話しを聞いている部員達も驚いていた。
「勝手なお願いで申し訳ないんですけど……私と彼で1on1をする約束をしてるんですが、屋外のコートがどこも全滅で。ここで少し使わせていただいて、そのお礼に練習を見るというのはいかがでしょうか」
「あらっ凄い! その1on1は、皆も見てていいのかしら」
「勿論です。牧くんのプレー、とても勉強になると思います」
そう言いながら牧くんの方を見ると、彼は少しだけ照れたように微笑んだ。
「牧くんもせっかくだから皆に教えるの手伝ってほしいな。ね、コートのお礼に!」
両手を合わせてお願いする。
「皆が練習している場所を借りるんだ。そのくらいの礼はするさ。女子に教えるのは初めてだから、不得手なところもあると思うが」
「やった! ありがとう!」
私と牧くんが1on1後の行動について打ち合わせを終えると、先生は手を叩いて部員達に新たな指示をする。
「皆! これから早乙女さんと、海南大付属高校バスケ部の牧くんがここのコートで1on1をやります! 皆はそれを見ながら、休憩しつつストレッチで身体をほぐしてちょうだい」
「「はいッ!!」」
部員達の元気な声が体育館中に響いた。
「早乙女さん。牧くん。時間は気にしなくていから思う存分やっていってね。皆はこういう本気のプレーを見る機会が殆ど無いの。すごく勉強になると思うから」
「「ありがとうございます」」
地区予選では緒戦突破した。練習試合でも勝てるようになったものの、まだまだ試合や選手同士のプレーを見るのが足りない。迫力があるプレー、手本となるプレーを多く見ることで、真似しようという意志から上達スピードがぐんと上がることもある。先生はその効果を期待したいようだ。
その考えは私も同感である。きっと牧くんも同じことを思っているだろう。
「牧くん、十分くらい準備運動してからやろうか。どうせそっちも朝練はしてきてるんでしょ?」
「ああ。日課だからな」
「じゃあ準備できたら始めましょうか。あ、私ゲーム始まったら口悪くなるから許してね。先に言っておく」
「それはある意味楽しみだな」
互いにバッシュの紐を結び直し、屈伸運動やアキレス健を伸ばして、ゲームする態勢を整えていく。
そして宣言した通り十分後。
私と牧くんは静かにコートに入っていった。
そんなの、明日も泣いてしまうに決まってるんだから。
* * *
動いているのはたった二人だけなのに、バッシュの底が床と擦れる音が激しく鳴り響く。
滝のような汗が流れて肌を伝っていく。互いに邪魔な汗をリストバンドで拭うが、動きが多いので収まるところを知らない。
「横がガラ空きだぞッ!」
牧くんの大きな身体が横を抜けようとするも、私は一成直伝のディフェンスで立ちはだかる。ぶつかりそうになっても気にせず、可能な限り低い姿勢を保った。
「はっ! ほざけ!」
私が怯むと思ってたんだろうがそうはいかない。こちとら悔しさで泣きたくなるくらいディフェンスには力を入れて教育されたのだ。こんなところであっけなく抜かされていたら一成にマジでどやされる。
牧くんが一瞬、私に遠慮した瞬間を狙って私は彼からボールを奪った。そして攻守交替。私は素早くドリブルでゴールに向かってレイアップを決めた。
「……やるな! 早乙女さん!」
「半端なディフェンスで師匠に怒られたら堪らないんでね!」
「今度は抜かせないぞ」
「こっちだって負けないよ」
得点後はほがらかに会話するも、ゲームが再開すれば目の色が変わる。自分の技術を駆使して相手を負かすことだけを考える。周りの視線や応援の声は全く気にならない。ただただ目の前の相手に集中した。
牧くんのプレーは前に感じた通り、一成とは質が違う。そして一成と同じくやりにくいタイプだ。他のポジションも難なくこなすだろう彼のプレーは予測不可能で、とにかくぶつかっていかないと全貌が見えない。この1on1で全てを見ることなんざ到底無理だろうけど。
「ああっ!」
「ははっ! 今度は貰ったぞ!」
牧くんは高らかに笑いながらスリーポイントラインの外から美しいシュートを決める。
「くっそ、スリーかよ! ムカつく!」
「何を言ってる? さっきスリーポイント打たれたお返しだよ」
「絶対に次は貰う」
「こっちのセリフだ」
猛烈な悔しさを感じずにはいられないが、楽しい。本気を出して私と戦ってくれている。
一成によって叩き上げられた私の技術に驚きつつも女だからと見下すことなく、手を抜くことなく相手してくれている。有難い。
こんな得難い人と、試合でプレーできないのは残念だな。もしも私が男だったら牧くんと一緒に試合に出れるのに。
いや、牧くんだけじゃない。一成とも、河田とも、沢北くんとも一緒に試合したらさぞや楽しいだろうに。それを私は永遠に感じることができないのだ。
「ぁあああもう! 悔しい! また負けた! やっぱり勝てないかー!」
「背もパワーも俺のほうがあるからなぁ」
ガリガリと頭を掻きながら愚痴ると、牧くんが謝ってるのか煽ってるのかよく分からん言葉を呟いた。
男女差はどう足掻いても埋められない。背が高い牧くんにはリバウンドで勝てないし、スタミナも彼のほうがある。パワーがあるから押しやられれば負けてしまう(場合によってはファイルをもぎ取れるけど)。
「だけど早乙女さんは強いよ。深津の指導力には恐れ入った。いや本当に楽しかった」
「何ゲームやったっけ。3ゲームくらいかな?」
「随分と時間を使ってしまったように思えるが……」
私と牧くんが汗を拭いながらコートから出ると、先生と部員が固まった状態でこちらを見つめていた。
どうかしたのかと声を掛けようとしたら同い年の部員がきらっきらと輝いた瞳をして叫んだ。
「凄い凄い! 1on1って初めて見たんだけど、本当の試合みたいだね!! 早乙女さんが本気で戦ってる姿が見れたし、男子の牧さん相手にあそこまで喰らいつくなんて凄いよ」
「うん?」
「私、試合で負けても早乙女さんが言うくらいの悔しさはなかったかもしれない。今の私なら仕方ないかなって。でも……こんな私でも頑張ったら、牧さんはさすがに無理でも強い人と戦えるようになれるかな!?」
「そ、そうだね」
もっと時間が必要だしメニュー強化も図らないとだけど……という言葉はグッと飲み込んだ。やる気に水を差すようなことは言うまい。
同じくゲームを見ていた他の子達を見れば、皆もやる気のスイッチがオンになっているようだった。
「早乙女さん、牧さん、疲れてるところ申し訳ないんだけど、このまま練習見てくれないかな!?」
「うん、私達も教えてほしい! 早乙女さんみたいになりたい!」
「私、一応ポジションがポイントガードだから牧さんに色々聞きたいな!」
私達のゲームに触発された部員達がワイワイと囲んで騒いでくる。私は慣れているので問題ないが、バスケに熱心な異性に囲まれている牧くんは戸惑いの表情を私に向けてきた。あのままでは対応しようとしても無駄に終わってしまいそうだ。
「皆落ち着いて! 私と牧くんでこの後の練習について作戦を練るから、ちょっと待っててください!」
明らかにほっと安心している牧くんの顔が面白い。女の子に囲まれるの慣れてないのかな。
肌は日焼けしてるのか地黒なのか分からないけど。実年齢より上に見られるかもしれないけど、どこからどうみてもあれは美形の系統だ。無駄のない筋肉を見れば身体造りにも余念がないのが分かる。一成も彼を見れば「バスケをやるのに申し分ない肉体だベシ」と言うんじゃないか?
おっと、余計なことは考えるのはいかんな。
「助かったよ早乙女さん……駄目だな、つい反応が遅れてしまった」
「あはは! 嬉しい誤算だけどね。楽しいのが私達だけじゃなくて、皆も楽しいって思ってくれた。もっと上手くなりたいって思ってくれた。皆がハッピーで良いこと尽くめってのは良いことだよね。うん最高だ」
つい漏れてしまった笑い声につられて牧くんも笑う。
さあ、これから何をしようか?
私と牧くんは壁側に座り込んでこの後の練習について休憩がてら打ち合わせを始めた。
とりあえず部員を半分に分ける。私寄りのポジションの子と牧くん寄りのポジションの子で分けて、全く違う練習メニューをこなす。牧くんは海南でやってるメニューをかなり減らしたものを教えようかと話していた。それは羨ましいぞ。
絶対に後で詳細を聞いてやる!