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第2章 高校二年のお話(全20話)

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※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。また、登場する大学名は架空のものです。





「えっ? 午前中はバスケしていいんですか?」

 次の日、沢北くんは素っ頓狂な表情を浮かべながら尋ねてきた。

「本当にいいんですか? 俺、昨日は寝る前も勉強してたくらいなんですよ?」

 一成達から何かしら脅されたのだろう。勉強が嫌いなはずなのに、最初は宿題をやらなくていいという状況に不安しか感じないようだ。私は少しでも彼の不安を拭うべく明るく答える。

「大丈夫だよ! 昨日だけで三分の二の量の宿題を終わらせちゃったからね」
「は?」
「沢北くんがあんなに真面目に解いてくれるとは思わなかったよ」

 私は誤解が無いようにきちんと説明した。
 沢北くんに課せられている宿題(正確に言えば放置されていた課題)の量はとにかく多かった。そもそも基礎が身に着いていないのだから解ける訳が無い。だから私は基礎をみっちり教えてあげた。ささいな疑問だろうと気にせず訊いてくれと頼んだし、そう宣言したからにはどんな小さな質問にもしっかり答えた。そして応用である宿題も時間が許す限り隣でサポートした。
 沢北くんはやらないだけで地頭は悪くないタイプと推測する。英語の理解力はあるんだから、それが他教科に活かせないはずがない。そうしてなるべく大量のページを解かせるべく励まし、時には(一成が許可したものに限定し)飲み物やお菓子を差し入れしてあげた。
 応援の甲斐もあり沢北くんはかなりハイペースで宿題を進めることができた。昨日は余りにも必死で、どのくらい進んだなんて把握する余裕は無かっただろう。

「ま、マジですか!?」
「うん。私が保証するよ」

 私の作戦を把握していなかった先輩勢も、沢北くんがそこまで宿題に取り組んでたことを知って驚いている。一成に至っては信じられないものでも見るような疑いの眼差しを沢北くんに向けていた。

「昨日の一日だけでこれだけ進んだんだから、ちょっとくらいバスケに集中したって大丈夫。私がちゃんとキープするから、私が声を掛けるまでは宿題のことは忘れなさい!」
「ウッス!」

 大好きな玩具を手にした子供のような顔をしながら喜ぶ沢北くん。バスケができるのが嬉しくて仕方ないんだな。 
 先輩達が居るほうへ駈けていく沢北くんの背中を見て、私は小さく笑った。



第25話 高校二年、秋田での夏休み②



 今日は河田母こと、まきこさんがお昼ご飯を差し入れてくれるらしい。だから私達は午前から屋外コートに集まり、基礎練を経て3on3に勤しんでいた。

早乙女さん! 俺にもパスくださいよぉ」
「名前呼んでパスしたら獲られちゃうでしょ」
「沢北、バスケできて嬉しいのは分かったから少し落ち着くベシ」

 現在は一成・沢北・私のチームと、河田・イチノ・松本のチームで対戦をしている。野辺は審判だ。

「うは。あいつ、兄ちゃんと姉ちゃんに怒られてる弟みてぇだべ」
「ああ見えて山王のエースなのに、あの二人に挟まれてるとただの一年坊主だな」
「バスケで勝てない兄と勉強で勝てない姉に挟まれて……」
「ちょっ! 聞こえてますからね!?」

 汗をダラダラ流しながらも、得点後の僅かな時間にこうしたやりとりが発生する。
 微笑ましい会話ではあるがゲームのレベルはとても高い。
 何せ彼らは日本一の高校でバスケをする選手、当たり前のように過酷な練習に打ち込む部員だ。先日はインターハイで三連覇したばかり。やる気も満ち溢れている。神奈川で黙々とトレーニングしている私とは訳が違う。
 皆とバスケするのは楽しいし、とても勉強になる。今年も秋田に来れて良かったと心から思う。

「……それにしても腹が減って仕方ねぇべ。母ちゃん、弁当のこと忘れてるんだべか」
「私、取りに行ってこようか」

 今日は全員ともジュース代程度の小銭しか持っていない。
 家までの道は覚えてるし、いざとなれば自転車を借りればちょっと量が増えても運べる。そう言おうと思った瞬間、上から馴染みのある声が聞こえてきた。

「お~い、待たせて悪いな!」

 全員が階段の上を見上げると、ぎょっとした表情で叫んだ。

「「「先生!?」」」
「堂本監督!?」

 そこに立っていたのは両手に荷物を持った堂本監督だった。近くにいる男性はクーラーボックスを持たされている。
 先生に荷物を持たせてはいけないと男達は階段を登っていった。

「遅れてすまなかったな。お前達、腹が減っただろ」
「何故、堂本監督がお弁当を持ってきてくださったんですか?」

 私が問いかけると堂本監督は「ああ」と思い出したように答えた。

「河田のお母さんがお弁当を車に積んでるところを見てな。事情を聞いたらお前達がここでバスケをしてると言うから、配達ついでに見てやろうと思ったんだ。多分早乙女も来ていると予想していたが、当たって良かった」
「そうだったんですか」
「クーラーボックスの中のジュースと果物は俺達からの差し入れだ。遠慮なく取ってくれ」
「俺、達?」

 私だけでなく、他の面々も堂本監督の隣に立っている男性のことを知らないらしい。誰だろうという雰囲気が辺りを漂う。
 その人は堂本監督よりも体格が良かった。身長も高い。190センチはあるだろうか。眼鏡をかけた実直そうな男性だった。

「ああ。この人はお前達にというよりは、早乙女に紹介したくて来てもらったんだ」

 堂本監督は私に視線を送りながら言う。私が男性のほうを見やると、その人はにこりと微笑を浮かべた。

「初めまして。東京の明稜体育大学で女子バスケットボール部の監督をしている、道明寺晃です」
「道明寺さんは俺の二つ年上で、大学時代からの付き合いなんだ」
「明稜体育大学……道明寺さん……あっ! もしかして高校に資料を送ってくれた……手紙を書いてくださった方ですか!?」

 去年、冬休み後に沢山の高校や大学から学校資料が送られてきた。その中に明稜体育大学の封筒があったことを思い出す。
 鮮明に思い出せたのには理由があった。
 明稜大学は資料を同封するだけでなく、道明寺さんが書いた手紙やバスケ部の活動中の写真も添えてくれたのだ。ただ送りつけたいという都合だけではない。読む人間が気持ち良く目を通せるよう配慮してくれたのである。

「はは……あの手紙を覚えててくれたなんて、ちょっと恥ずかしいけど書いた甲斐があったな」

 道明寺さんは照れくさそうに笑った。

「去年の女子バスの講習会、初日から見てたよ。堂本がお気に入りの子だって言ってたから気になっていたんだ。男並みに動いていたね。本当に凄かった」
「ありがとうございます」
「君さえ良ければ、ウチの大学に遊びに来てくれて構わないよ。バスケ部の体験入部はいつでも大歓迎だから」

 そう言うと、道明寺さんは名刺を渡してくれた。

「明稜体育大学は女子バスケで有名でな、日本なら三本の指に入ると言われている大学だ。体験入部なんてめったにできないぞ」

 堂本監督の補足に皆は興味を抱いたような素振りを見せる。
 体育大学か。というか、進路をまだ真面目に考えてないや。
 皆はもう卒業後のことを考えているんだろうか。既に推薦を視野に入れてるとか?
 そういえば一成とも進路の話なんてしてない。
 一成がバスケをしている姿をずっと見てたいけど、大学に入ってからも大学卒業後もバスケをやるかどうかなんて分からないよね……。

夢子、どうしたベシ? 具合でも悪いベシ?」
「え?」
「暗い顔して俯いてるから。腹が減って力が出ないベシ? 先生、そろそろ食事にしたほうがいいベシ。夢子が死にそうですベシ」
「死なない! 死なないよ! 勝手に殺さないで!」
「ははは! しっかり食べて、午後も元気にバスケするぞ! ああ、沢北は宿題をしながら……だったな?」
「うっ……が、頑張ります」





    *    *    *





 その後、堂本監督と道明寺さんのアドバイスを交えながら部活動のような時間を過ごした。
 私と沢北くんは時々宿題を解くためにベンチに行ったけど、まるで遠征にでも行ったかのような雰囲気の中でやるバスケは楽しい。ちょっと緊張するけど、その緊張感がまた楽しくて面白い。他の皆も道明寺さんの指摘を新鮮そうに受け止めていた。
 明日は秋田でバスケができる最後の日。さあ、明日も頑張ろう!
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