第2章 高校二年のお話(全20話)
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※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
今年の夏、河田の家に泊まるのは俺と夢子だけではない。
試験結果がとても残念な沢北も一緒に泊まることとなった。宿泊と勉強に関する荷物だけ持って来いと告げている。夏休みの宿題をある程度仕上げるため、実力テスト後も自分で勉強を続けられるよう基礎を固めるためにと夢子が提案してくれたのだ。
他校生なのにも関わらず馬鹿な後輩の面倒を快く見てくれるのは申し訳ないが非常に助かっている。
部活仲間なんだから大きい部屋で皆で寝なさいな、と河田母の気遣いで俺・河田・沢北は広めの和室を寝床として与えられた。
部活とは質の違う疲労に襲われている沢北は、布団の上でぐったりしながらも俺に尋ねてきた。
「ねぇ深津さん。なんで早乙女さんってバスケ部に入ってないんスか?」
第24話 俺は“強制しない”男だ。
「そんなに気になるベシ?」
きょとんとした表情を浮かべながら聞き返せば、沢北は目を見開きながら答えた。
「いや気になるでしょ普通に考えて! 俺達相手にあんだけ動けて、シュートもガンガン入るんスよ!? スタミナだって普通の女子に比べれば男並み、バスケ部に入ればレギュラー間違いなしでしょ。センターは難しいかもしれないけど他のポジションなら難なくこなせそうな感じだし」
「まあ、そうなるのが順当ベシ」
沢北の見立ては正しい。たった数時間しかプレーしていないくせに、さっと相手を分析できるところはやはりエースというべきか。
こいつ、勉強はできないくせにバスケに関してのみ一気に知力が上がりやがる。
「沢北は、夢子がバスケ部に入れば幸せになれると思うベシ?」
「え……幸せ? それはちょっと分からないスけど。あれだけの才能がありながら活かさないってのは単純に勿体なくないですか?」
至極当然とでもいうように沢北は話す。
河田は沢北がつらつらと話しているのを大人しく聞いている。口を挟もうという姿勢は一切無いようで、布団の上で横たわりながら頭の下で手を組んで天井を見上げている。
「バスケをする理由は人それぞれベシ。お前は何のためにバスケをしてるベシ?」
「そりゃ勝つためっスよ! 楽しいからってのもあるけど。山王に入ってたくさん試合して、勝ち続けて……俺、自分の生活が充実してるな~って思ってます」
「はは、その時点で夢子とお前は違うベシ」
嘲笑っているのではなく、ただ素直に笑ってしまった。
「お前にとって父親が目標だったように、夢子は俺のようになりたいという目標を持ってるベシ。お前も夢子も努力の甲斐あって周囲の同年代、同じ性別の人に比べれば並外れた実力を持てたベシ。そして二人とも中学校時代に先輩には恵まれなかったベシ。このあたりは夢子から何か聞けたベシ?」
「はい。一年でレギュラー獲ったら三年生に嫌がらせをされたとは聞いてますけど。笑い飛ばしながら話してたから、あまり気にしてないのかなって」
「気にしてないはずは無いベシ。現に、三年が卒業しても夢子はバスケ部に再入部しなかったベシ。部員や顧問の先生が熱烈に戻るよう声を掛けても頑として頷かなかったベシ」
俺と夢子は中学校三年間ずっと同じクラスだった。
部員達が飽きもせず夢子に再入部を打診する姿を何度も何度も目にしている。
「……多分、あいつは部活という世界で仲間とバスケをするのを諦めてるベシ。もしくは関心が無いか、ベシ」
「ええ!?」
「お前は先輩に妬まれて肉体的に傷付けられながらもバスケ部を辞めなかったベシ。それは試合で勝つ楽しさ、遣り甲斐をもっと味わいたいと思ったからだベシ?」
沢北は頷く。
そう。沢北は夢子と違い、嫌な思いをさせられるバスケ部から逃げなかった。先輩達よりも卓越した技術があり、この技術をバスケ部以外に活かす場所はないと理解しているからこその行動だろう。
中学校の部活なんだからと他人に言われてしまえばそれまでだ。だが多感な時期である中学生が本来は頼るべきである先輩から苛められ、尚もバスケ部に在籍し続けた根性を俺は素直に評価したい。辞めれる環境でありながらもこいつは耐えたのだ。
バスケで勝利を得る。その喜びを手にし続けるためだけに。
「夢子は、バスケの楽しみを勝利ではない点に見出したベシ」
「勝つのは重要じゃないってことスか」
「少なくとも夢子にとっては。あいつがバスケに求めてるのは純粋な楽しさベシ。『俺みたいにバスケが上手くなりたい』っていう目標を叶えるためと、山王バスケ部で出逢ったお前達……松本、イチノ、野辺も含めて、皆と楽しくバスケをしたいっていう想いだけだベシ」
夢子は純粋だ。
純粋故にストイックな精神の持ち主である。
「あいつ、その楽しさを味わうためだけに神奈川で一人でトレーニングしてるベシ。ストリートバスケする仲間は居るみたいだけど、基本的には単独練習だけベシ。そのトレーニングだって趣味レベルじゃないベシ。あいつなりにどう身体を造ればいいか研究して、医学的にも色々と参考にしたうえで独自のメニューを組み立ててるベシ」
「え、それをたった一人で? もはや変態レベルじゃないっスか」
「おめぇ、それ絶対に夢子の前で言うなよ。さすがのあいつも怒り狂うべ。まぁその点は俺もおめぇに同意するがよ」
俺はまた小さく含み笑いをする。
河田もまた夢子を評価していたという訳だ。
「自分が楽しむための努力は惜しまないという意味で、どこまでもストイックになれるのは確かに変態レベルだベシ。誰もが欲しがる勝利に興味が無いんだから、基本的にバスケ部という世界に身を置く人間には到底理解できないベシ」
稀に話が分かる奴は、夢子の意見を聞いても「そういう考えもあるよね」と好意的に受け止めてくれる。
だが圧倒的に意味不明だと言う者のほうが多いだろう。沢北だって最初はそうだった。
「夢子は上達を図りつつも楽しむことを目的にバスケをしてるベシ。俺はそんな夢子に『バスケ部に入って試合に出ろ』なんて言えないし、言いたくもないベシ」
あいつとバスケのバランスは強固なようで実は脆いのではないか……と俺は思っている。
師匠と慕う俺の言葉でさえも、あいつは受け入れないだろう。楽しむよりも勝つことを強要された時、夢子の心は何を感じるだろうか。あいつは興味を失ったものに対しては非常にドライだ。再び手に取ることはまず無い。
中学校の部活に関わらなくなったのと同じように、バスケそのものを永遠に手放してしまうかもしれない。
「あいつがバスケ部に入るとしたら……試合に出るとしたら、何らかの衝撃を受けないと有り得ないベシ」
「衝撃?」
「興味が無かったはずの勝利が欲しくなって、俺達じゃない仲間を必要とするくらいの何かが起こらなければ、夢子のバスケはきっとこのまま変わらないベシ」
変わったほうが幸せなのか、変わらないほうが幸せなのかは俺にも分からない。
幸せか否かを決めるのは夢子だ。夢子以外にそれを判断する人間は居ない。
「それは俺達がどうこうできることじゃないベシ」
何がきっかけになるかは分からない。
だが、俺達が意図的にどうこうできるレベルのものでもない。
彼女の人生が大きく揺れ動くイベントになるだろう。予想していないところで発生しているかもしれない。知らないうちに夢子が変化を遂げていて、あっという間に先を歩いている可能性だってあるのだ。
「とりあえず、お前は夢子を気にかけるより自分の頭を心配したほうがいいベシ」
「えっ!? この流れでそう来ます!?」
「お前、本気で取り組まないとこの先絶対に後悔するベシ。マジで哀しい思いしたくなかったら死ぬ気で宿題終わらせろ。終わらなくても、見通しが付くくらいには解け。夢子がサポートできるのは三日間だけベシ」
「そうだべ。優しくて分かりやすい解説してくれる先生が居るうちにコツを掴んだほうがいいわな。そうしたら新学期も良いこと尽くめだべ」
「ちょっ、深津さんの語尾消えるのガチっぽいからやめてくれません!? 分かりましたよぉ! 明日も勉強頑張ります! でも頑張ったらまた早乙女さんとバスケしていいですよね!?」
「勿論だベシ。夢子も沢北とバスケするのを楽しみにしてたベシ。思う存分バスケやるためにも宿題に励むベシ」
こいつには頑張ってもらわなければならないのだ。
新学期、こいつをメインとしたある計画が立てられている。
「んじゃそろそろ寝るべ。夜更かしは身体にも脳味噌にも良くねぇでな」
「じゃあ寝るベシ。おやすみベシ」
「はーい、おやすみなさいっス」
河田が電気を消す。
俺はすっと目を閉じると、すぐさま眠気に襲われて意識を手離した。
今年の夏、河田の家に泊まるのは俺と夢子だけではない。
試験結果がとても残念な沢北も一緒に泊まることとなった。宿泊と勉強に関する荷物だけ持って来いと告げている。夏休みの宿題をある程度仕上げるため、実力テスト後も自分で勉強を続けられるよう基礎を固めるためにと夢子が提案してくれたのだ。
他校生なのにも関わらず馬鹿な後輩の面倒を快く見てくれるのは申し訳ないが非常に助かっている。
部活仲間なんだから大きい部屋で皆で寝なさいな、と河田母の気遣いで俺・河田・沢北は広めの和室を寝床として与えられた。
部活とは質の違う疲労に襲われている沢北は、布団の上でぐったりしながらも俺に尋ねてきた。
「ねぇ深津さん。なんで早乙女さんってバスケ部に入ってないんスか?」
第24話 俺は“強制しない”男だ。
「そんなに気になるベシ?」
きょとんとした表情を浮かべながら聞き返せば、沢北は目を見開きながら答えた。
「いや気になるでしょ普通に考えて! 俺達相手にあんだけ動けて、シュートもガンガン入るんスよ!? スタミナだって普通の女子に比べれば男並み、バスケ部に入ればレギュラー間違いなしでしょ。センターは難しいかもしれないけど他のポジションなら難なくこなせそうな感じだし」
「まあ、そうなるのが順当ベシ」
沢北の見立ては正しい。たった数時間しかプレーしていないくせに、さっと相手を分析できるところはやはりエースというべきか。
こいつ、勉強はできないくせにバスケに関してのみ一気に知力が上がりやがる。
「沢北は、夢子がバスケ部に入れば幸せになれると思うベシ?」
「え……幸せ? それはちょっと分からないスけど。あれだけの才能がありながら活かさないってのは単純に勿体なくないですか?」
至極当然とでもいうように沢北は話す。
河田は沢北がつらつらと話しているのを大人しく聞いている。口を挟もうという姿勢は一切無いようで、布団の上で横たわりながら頭の下で手を組んで天井を見上げている。
「バスケをする理由は人それぞれベシ。お前は何のためにバスケをしてるベシ?」
「そりゃ勝つためっスよ! 楽しいからってのもあるけど。山王に入ってたくさん試合して、勝ち続けて……俺、自分の生活が充実してるな~って思ってます」
「はは、その時点で夢子とお前は違うベシ」
嘲笑っているのではなく、ただ素直に笑ってしまった。
「お前にとって父親が目標だったように、夢子は俺のようになりたいという目標を持ってるベシ。お前も夢子も努力の甲斐あって周囲の同年代、同じ性別の人に比べれば並外れた実力を持てたベシ。そして二人とも中学校時代に先輩には恵まれなかったベシ。このあたりは夢子から何か聞けたベシ?」
「はい。一年でレギュラー獲ったら三年生に嫌がらせをされたとは聞いてますけど。笑い飛ばしながら話してたから、あまり気にしてないのかなって」
「気にしてないはずは無いベシ。現に、三年が卒業しても夢子はバスケ部に再入部しなかったベシ。部員や顧問の先生が熱烈に戻るよう声を掛けても頑として頷かなかったベシ」
俺と夢子は中学校三年間ずっと同じクラスだった。
部員達が飽きもせず夢子に再入部を打診する姿を何度も何度も目にしている。
「……多分、あいつは部活という世界で仲間とバスケをするのを諦めてるベシ。もしくは関心が無いか、ベシ」
「ええ!?」
「お前は先輩に妬まれて肉体的に傷付けられながらもバスケ部を辞めなかったベシ。それは試合で勝つ楽しさ、遣り甲斐をもっと味わいたいと思ったからだベシ?」
沢北は頷く。
そう。沢北は夢子と違い、嫌な思いをさせられるバスケ部から逃げなかった。先輩達よりも卓越した技術があり、この技術をバスケ部以外に活かす場所はないと理解しているからこその行動だろう。
中学校の部活なんだからと他人に言われてしまえばそれまでだ。だが多感な時期である中学生が本来は頼るべきである先輩から苛められ、尚もバスケ部に在籍し続けた根性を俺は素直に評価したい。辞めれる環境でありながらもこいつは耐えたのだ。
バスケで勝利を得る。その喜びを手にし続けるためだけに。
「夢子は、バスケの楽しみを勝利ではない点に見出したベシ」
「勝つのは重要じゃないってことスか」
「少なくとも夢子にとっては。あいつがバスケに求めてるのは純粋な楽しさベシ。『俺みたいにバスケが上手くなりたい』っていう目標を叶えるためと、山王バスケ部で出逢ったお前達……松本、イチノ、野辺も含めて、皆と楽しくバスケをしたいっていう想いだけだベシ」
夢子は純粋だ。
純粋故にストイックな精神の持ち主である。
「あいつ、その楽しさを味わうためだけに神奈川で一人でトレーニングしてるベシ。ストリートバスケする仲間は居るみたいだけど、基本的には単独練習だけベシ。そのトレーニングだって趣味レベルじゃないベシ。あいつなりにどう身体を造ればいいか研究して、医学的にも色々と参考にしたうえで独自のメニューを組み立ててるベシ」
「え、それをたった一人で? もはや変態レベルじゃないっスか」
「おめぇ、それ絶対に夢子の前で言うなよ。さすがのあいつも怒り狂うべ。まぁその点は俺もおめぇに同意するがよ」
俺はまた小さく含み笑いをする。
河田もまた夢子を評価していたという訳だ。
「自分が楽しむための努力は惜しまないという意味で、どこまでもストイックになれるのは確かに変態レベルだベシ。誰もが欲しがる勝利に興味が無いんだから、基本的にバスケ部という世界に身を置く人間には到底理解できないベシ」
稀に話が分かる奴は、夢子の意見を聞いても「そういう考えもあるよね」と好意的に受け止めてくれる。
だが圧倒的に意味不明だと言う者のほうが多いだろう。沢北だって最初はそうだった。
「夢子は上達を図りつつも楽しむことを目的にバスケをしてるベシ。俺はそんな夢子に『バスケ部に入って試合に出ろ』なんて言えないし、言いたくもないベシ」
あいつとバスケのバランスは強固なようで実は脆いのではないか……と俺は思っている。
師匠と慕う俺の言葉でさえも、あいつは受け入れないだろう。楽しむよりも勝つことを強要された時、夢子の心は何を感じるだろうか。あいつは興味を失ったものに対しては非常にドライだ。再び手に取ることはまず無い。
中学校の部活に関わらなくなったのと同じように、バスケそのものを永遠に手放してしまうかもしれない。
「あいつがバスケ部に入るとしたら……試合に出るとしたら、何らかの衝撃を受けないと有り得ないベシ」
「衝撃?」
「興味が無かったはずの勝利が欲しくなって、俺達じゃない仲間を必要とするくらいの何かが起こらなければ、夢子のバスケはきっとこのまま変わらないベシ」
変わったほうが幸せなのか、変わらないほうが幸せなのかは俺にも分からない。
幸せか否かを決めるのは夢子だ。夢子以外にそれを判断する人間は居ない。
「それは俺達がどうこうできることじゃないベシ」
何がきっかけになるかは分からない。
だが、俺達が意図的にどうこうできるレベルのものでもない。
彼女の人生が大きく揺れ動くイベントになるだろう。予想していないところで発生しているかもしれない。知らないうちに夢子が変化を遂げていて、あっという間に先を歩いている可能性だってあるのだ。
「とりあえず、お前は夢子を気にかけるより自分の頭を心配したほうがいいベシ」
「えっ!? この流れでそう来ます!?」
「お前、本気で取り組まないとこの先絶対に後悔するベシ。マジで哀しい思いしたくなかったら死ぬ気で宿題終わらせろ。終わらなくても、見通しが付くくらいには解け。夢子がサポートできるのは三日間だけベシ」
「そうだべ。優しくて分かりやすい解説してくれる先生が居るうちにコツを掴んだほうがいいわな。そうしたら新学期も良いこと尽くめだべ」
「ちょっ、深津さんの語尾消えるのガチっぽいからやめてくれません!? 分かりましたよぉ! 明日も勉強頑張ります! でも頑張ったらまた早乙女さんとバスケしていいですよね!?」
「勿論だベシ。夢子も沢北とバスケするのを楽しみにしてたベシ。思う存分バスケやるためにも宿題に励むベシ」
こいつには頑張ってもらわなければならないのだ。
新学期、こいつをメインとしたある計画が立てられている。
「んじゃそろそろ寝るべ。夜更かしは身体にも脳味噌にも良くねぇでな」
「じゃあ寝るベシ。おやすみベシ」
「はーい、おやすみなさいっス」
河田が電気を消す。
俺はすっと目を閉じると、すぐさま眠気に襲われて意識を手離した。