第2章 高校二年のお話(全20話)
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※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
山王工業で大規模な設備点検が行われるタイミングを見計らって、私は秋田県へやってきた。
宿泊先は去年と同じく河田家。美紀男くんと一緒にお菓子を食べながら歓談しつつ、友人が部活を終えて帰宅するのを待っていたのだが、河田と一成は帰ってくるや否や深刻そうな表情を浮かべて頭を下げてきた。土下座でもするのかという勢いであったことをここに記しておく。
「夢子に頼みたいことがあるベシ。勉強見てやってほしい奴がいるベシ」
「俺達じゃうまく教えられねんだ」
その顔は部活で疲れている類のものではない。絶望という二文字がうっすら背景に見える気がした。
二人とも頭は悪くなかったはずだ。そんな彼らが教えてどうにもならなかった人物に私は力になれるんだろうかと不安を感じつつ、こちとら夏休み前の試験で必死に勉強して学年五十位以内に滑り込んだ実績があることを思い出す。
「いいよ。でも、どこで勉強教えればいい?」
「場所は去年もバスケやった屋外コートベシ。今年になってベンチの上に日除けの屋根が設置されたから、待ち時間の間にでも教えてやってほしいベシ」
「……もしかしてその子、バスケ部員なの?」
「恥ずかしながらバスケ部のスーパーエースが生徒だベシ」
一成と河田はそっと視線を逸らす。察した私は気の毒そうな眼差しを向けた。
第23話 高校二年、秋田での夏休み①
「早乙女さん、こんちわっす!!」
去年もお世話になった屋外コートで、キラキラと眩しい笑顔で元気良く挨拶してくれたのは沢北栄治くんだ。
初対面の時こそ印象はあまり良くなかったものの、インターハイ期間中は試合以外の時間をほぼ一緒に過ごしていたせいか今ではまるで仔犬のように懐いてくれている。
先日のインターハイでは大活躍した人物だ。大勢の記者に囲まれていた注目のプレーヤーだ。なのに、学業は周りが絶望するほど酷いのか……と若干失礼なことを考えてしまう。
「沢北。夢子がお前の勉強を見てくれることになったベシ」
「え、マジですか!?」
「言っておくけど、夢子が秋田に来るのは俺達とバスケをするためであって教師をするためじゃないベシ。お前が頑張らないと夢子が遊ぶ時間が無くなるベシ。そのあたりしっかり理解するベシ」
「は、はい」
「バスケ部は只でさえ遠征で授業休む日が多いんだ。おめぇ本腰入れて勉強しねぇと一人だけ学校に居残りってことも充分考えられるべ」
「まぁお前が出れなくなれば他の奴が9番のユニフォーム着るだけベシ。レギュラーだからって調子乗ってたら足をすくわれるベシ。代わりには困らないし、学校でのんびり居残りしたけりゃ思う存分サボればいいベシ。夢子も、もうこいつ無駄だなって思ったらとっとと見放すベシ。そうすればバスケする時間も増えて良いベシ」
河田は多少なりとも沢北くんのことを案じているような言葉選びをしているけど、一成はもう半ば見放してるんじゃねと思うくらいに辛辣でキツイ物言いをしてくる。
「そ、そこまで言うことないでしょ! やりますよ! ちゃんとやりますから! だからそんな言い方しないでくださいよぉ……」
マジで見放されそうな気配を察知したのか、涙目になりながら決意表明する沢北くん。
山王のためにも何とか彼には引き続き試合に出てほしい。かなり気を引き締めてかからないと!
「まずは夏休み前のテストの答案用紙と、夏休みの宿題の状態を確認してほしいベシ」
「うん……ん? んんん……? ほお、これはなかなか……ッ」
国語・数学・社会・理科の四教科の答案用紙に叩きつけられた点数は赤点レベルだった。問いと答えがハチャメチャに合っていない。解く前にそもそも基礎が身に着いてないのが痛い程分かる。
なのに英語だけは五十点も取れているのが不思議でならない。他の教科がこの有様なのに何故英語だけはできるんだ。そう沢北くんに尋ねると、彼は明るい様子で答えた。
「NBAのビデオとかバスケの映画って基本は英語じゃないスか。俺、そういうのは現地の言葉で理解したいって思ってて。考えるより感じろみたいな」
「バスケ関連の英語にしか興味がいってねぇから、試験で高得点とはいかねぇみてぇだけどな」
「時々試合とか練習でも英語出てるけど発音は悪くないベシ」
「その熱意を少しでも他の強化に向けれたらいいのにね」
テストの出来は把握できた。
さて、夏休みの宿題はどうだろう。
「……この宿題、解いてないところがだいぶあるけど、こんな状態で提出して許されるもんなの?」
山王工業の実情を知らないけど、誰かのを写すにしても限度があるぞ。これだけの量を快く写させてくれる菩薩のような学生が果たして居るのだろうか。
「部員の成績は先生……堂本監督も把握されるベシ。ハッキリ言ってこのままじゃ不味いベシ」
「ハッキリ言わなくてもヤベェどころじゃ済まねぇよ。こいつ、テスト後に呼び出し喰らってたべ」
「あの時の先生、マジ怖かったっス」
山王工業では夏休み明けにちょっとした小試験が行われるらしい。成績に影響は無く、夏休みにちゃんと勉強したかを確認するようなものだそうだ。
しかし沢北くんの様子を見る限り、この小試験でとんでもない点数を取ろうものなら堂本監督だって黙っては居られないだろう。
「沢北くん。この高校でバスケ続けたかったら本気出して宿題やろうか」
「えっ? あの、早乙女さんちょっと怖いんですけど」
「沢北。俺達じゃお前の勉強の面倒は見れないベシ。最低限でも夏休みの宿題は終わらせて、小試験はせめて全教科五十点は目指すベシ」
「ごっ、五十点以上!? 英語ならまだしも、そんなの無茶っスよ!」
「「「四の五の言わずにやれ」」」
先輩三人にそう言われ、沢北くんは泣く泣く宿題を解くために必要なテキストやノートをバッグから引っ張り出す。きちんと持ってきてくれたのは自分のヤバさを多少なりとも理解しているせいだろう。
「とりあえずウォーミングアップで基礎練するベシ。もうすぐで松本達も来るベシ、先に身体をあっためておくベシ」
「うっす! 早乙女さんと1on1するの楽しみっス!」
「あまりにも宿題の進みが悪いようだったらお前は見学しか許さないベシ。嫌なら夢子の言うことしっかり聞いて勉強に励むベシ」
「そうだよ。沢北くんのプレーが見れなくなるのは嫌なんだから、私が居る三日間くらいは勉強のこともしっかり考えてね」
学生である以上はテストは逃れられない。
堂本監督や先輩だっていつも庇える訳じゃない。いざという時は守れず、見放さざるを得ない状況がやってくる可能性もある。
皆と楽しくバスケをしたいなら。長い人生をバスケに費やしたいなら学生という身分の間だけでも勉学は取り組んでおくべきだ。
必ずそれに助けられる日は来るはずだから。
「早乙女さん……俺、すっげぇ馬鹿だけど深津さん達とバスケしてぇのは本当っス。だからその、お願いします!」
「その意気や良し! 一緒に頑張ろう」
沢北くんの背中をバシッと強く叩きながら激励する。
こっちも頑張ってもらわないと困るんだよ。
一成が言った通り、私はバスケをしたくてここに来てるんだから。
神奈川では味わえない楽しさを味わうために秋田県まで来てるんだから。
* * *
「沢北、随分と真面目に勉強してるんだね」
「夢子がOK出さねぇとバスケやらせねって深津が脅したんだ。あれぐれやらねぇと」
基礎練を終え、松本達と合流した私達は1on1、3on3と総当たり戦を行った。
人数が七人になったため空き時間も発生しやすく、必然と沢北くんの勉強時間が増えるように。しっかり基礎を叩き込み、理解が追い付かないようなら説明を変えて、たとえ話もなるべくバスケに近付けるよう努力はしてみた。その甲斐もあって回答欄が埋まっていくスピードも上がったような気がする。
沢北くんに勉強を見てあげたのは一成や河田だけではなかったようだ。松本、野辺、イチノは得意教科がそれぞれ異なるらしく沢北くんへの個別指導も喜んで引き受けたそうだが、最終的には匙を投げたのだという。
「凄いな、早乙女さん。あの沢北にあそこまで理解させるなんてさ」
「工業高校だからな、一般の高校のほうがもっと難しいレベルで授業やってるだろう。早乙女が来てくれて良かったよ」
「さっき隣で説明聞いてたけど、分かりやすかったぞ。沢北が小学生に見えた」
「女の子達が沢北のアホさ知ったらどうなるんだろうな……」
「ギャップで母性本能くすぐられるか、心底呆れられるかの二択だろうよ」
沢北くんは目の前のテキストを少しでも理解するべく必死になっているので耳に入っていないようだが、私は皆が何を話しているか丸分かりである。
最初はどうなるかと思ったけど「勉強に関して分からないことを質問する」という行為が苦手らしい沢北くんには地道に説明して、その都度理解できたか尋ねることをひたすら繰り返した。分からないことをそのままにしているほうが問題なのだ。遠慮せず何度も聞いてねと言えば、彼は破顔して元気よく頷いてくれた。
「よし! 少し休憩してバスケしようか、沢北くん」
「えっ!? い、いいんスか?」
不安そうな表情を浮かべる沢北くんに、私はうんうんとお祖母ちゃんのように頷いてやる。
「気付いてないかもしれないけど問題解くペースが早くなってるよ。質問も的を得たことが言えるようになってるし。そろそろ身体を動かして気分転換したほうがこの後の勉強にも良いと判断しました。なので、バスケをしなさい!」
「やったー!」
沢北くんは両手を上げて身体を伸ばしながら大声で叫ぶ。それを聞いて周りも私達の状況を把握したらしい。
私は彼がベンチに置いているテキストを手に取ろうとする。彼がバスケをしている間に回答をさっと見て、この後の指導の足しにしようと思ったからだ。
しかし沢北くんは私の手を優しく握る。
「早乙女さん、俺と1on1してください!」
「はぁ?」
天真爛漫な笑顔をしながらお願いしてくる沢北くんに、私は間抜けな声を出してしまった。
「あの、私と1on1しても沢北くんはつまらないと思うよ」
「何で?」
「一成……深津にバスケを教わったのは事実だけど、皆に勝てる訳じゃないし。面白さを求めるなら皆とやったほうが楽しいんじゃないかな」
話を聞く限り練習がキツくて部活中は1on1も好きにできる訳じゃなさそうだし、せっかくの休日で先輩がこんなにも居るのだ。わざわざ弱い私なんぞ選ばなくても、ためになる相手は沢山居る。こういう機会を無駄なく使わなきゃ。
そんなことを言えば、沢北くんは少しだけ困ったように眉を八の字にしながら言った。
「俺、ずっと早乙女さんと1on1やりたいって思ってたんです。すっげぇ気になってて、皆にも早乙女さんの感想聞いたんですよ」
「ええ?」
「そんな不安にならないでくださいよ。皆、褒めてたんですよ?」
「褒めてた?」
「はい。早乙女さんは確かに男女の差があるから、身体的には俺達には負ける。でもテクニックもスピードもあるし、シュートの成功率だって高い。3on3とか5対5で仲間が増えると一気に開花するタイプだから敵に回したくないって」
そんなこと言われてたのか。
「早乙女さんに勝って、ただ喜ぶだけの先輩はここに居ないですよ。皆、早乙女さんのことを冷静に分析してるっていうか、自主練で技術をそこまで高められたことに敬意を表してるっていうか。とにかく早乙女さんは凄いんス!」
「あ、ありがとう」
「だから俺も早乙女さんと戦ってみたいんです。これからの俺に、絶対にプラスになるって思うから」
沢北くんの顔を見れば、心の底からそう思ってくれているのが分かる。
茶化したり変にお姉さんぶって断われば間違いなく空気を読んでない愚か者は私だ。
「……分ぁかったよ! やろ! やりましょ!」
「よっしゃ! よろしくお願いしますッ!」
私達は空いているゴールで1on1を始めた。
そのうち皆が見に来て、わぁわぁと声援を送ってくれた。
途中で一成がいきなり問題を出して沢北くんを困らせたりしたけど、あたふたしながらも律儀に答える沢北くんは偉かったし皆は笑いながら見守っていた。
良いチームだ。
今後も山王工業のバスケ部は明るいぞ。
そう感じた。
山王工業で大規模な設備点検が行われるタイミングを見計らって、私は秋田県へやってきた。
宿泊先は去年と同じく河田家。美紀男くんと一緒にお菓子を食べながら歓談しつつ、友人が部活を終えて帰宅するのを待っていたのだが、河田と一成は帰ってくるや否や深刻そうな表情を浮かべて頭を下げてきた。土下座でもするのかという勢いであったことをここに記しておく。
「夢子に頼みたいことがあるベシ。勉強見てやってほしい奴がいるベシ」
「俺達じゃうまく教えられねんだ」
その顔は部活で疲れている類のものではない。絶望という二文字がうっすら背景に見える気がした。
二人とも頭は悪くなかったはずだ。そんな彼らが教えてどうにもならなかった人物に私は力になれるんだろうかと不安を感じつつ、こちとら夏休み前の試験で必死に勉強して学年五十位以内に滑り込んだ実績があることを思い出す。
「いいよ。でも、どこで勉強教えればいい?」
「場所は去年もバスケやった屋外コートベシ。今年になってベンチの上に日除けの屋根が設置されたから、待ち時間の間にでも教えてやってほしいベシ」
「……もしかしてその子、バスケ部員なの?」
「恥ずかしながらバスケ部のスーパーエースが生徒だベシ」
一成と河田はそっと視線を逸らす。察した私は気の毒そうな眼差しを向けた。
第23話 高校二年、秋田での夏休み①
「早乙女さん、こんちわっす!!」
去年もお世話になった屋外コートで、キラキラと眩しい笑顔で元気良く挨拶してくれたのは沢北栄治くんだ。
初対面の時こそ印象はあまり良くなかったものの、インターハイ期間中は試合以外の時間をほぼ一緒に過ごしていたせいか今ではまるで仔犬のように懐いてくれている。
先日のインターハイでは大活躍した人物だ。大勢の記者に囲まれていた注目のプレーヤーだ。なのに、学業は周りが絶望するほど酷いのか……と若干失礼なことを考えてしまう。
「沢北。夢子がお前の勉強を見てくれることになったベシ」
「え、マジですか!?」
「言っておくけど、夢子が秋田に来るのは俺達とバスケをするためであって教師をするためじゃないベシ。お前が頑張らないと夢子が遊ぶ時間が無くなるベシ。そのあたりしっかり理解するベシ」
「は、はい」
「バスケ部は只でさえ遠征で授業休む日が多いんだ。おめぇ本腰入れて勉強しねぇと一人だけ学校に居残りってことも充分考えられるべ」
「まぁお前が出れなくなれば他の奴が9番のユニフォーム着るだけベシ。レギュラーだからって調子乗ってたら足をすくわれるベシ。代わりには困らないし、学校でのんびり居残りしたけりゃ思う存分サボればいいベシ。夢子も、もうこいつ無駄だなって思ったらとっとと見放すベシ。そうすればバスケする時間も増えて良いベシ」
河田は多少なりとも沢北くんのことを案じているような言葉選びをしているけど、一成はもう半ば見放してるんじゃねと思うくらいに辛辣でキツイ物言いをしてくる。
「そ、そこまで言うことないでしょ! やりますよ! ちゃんとやりますから! だからそんな言い方しないでくださいよぉ……」
マジで見放されそうな気配を察知したのか、涙目になりながら決意表明する沢北くん。
山王のためにも何とか彼には引き続き試合に出てほしい。かなり気を引き締めてかからないと!
「まずは夏休み前のテストの答案用紙と、夏休みの宿題の状態を確認してほしいベシ」
「うん……ん? んんん……? ほお、これはなかなか……ッ」
国語・数学・社会・理科の四教科の答案用紙に叩きつけられた点数は赤点レベルだった。問いと答えがハチャメチャに合っていない。解く前にそもそも基礎が身に着いてないのが痛い程分かる。
なのに英語だけは五十点も取れているのが不思議でならない。他の教科がこの有様なのに何故英語だけはできるんだ。そう沢北くんに尋ねると、彼は明るい様子で答えた。
「NBAのビデオとかバスケの映画って基本は英語じゃないスか。俺、そういうのは現地の言葉で理解したいって思ってて。考えるより感じろみたいな」
「バスケ関連の英語にしか興味がいってねぇから、試験で高得点とはいかねぇみてぇだけどな」
「時々試合とか練習でも英語出てるけど発音は悪くないベシ」
「その熱意を少しでも他の強化に向けれたらいいのにね」
テストの出来は把握できた。
さて、夏休みの宿題はどうだろう。
「……この宿題、解いてないところがだいぶあるけど、こんな状態で提出して許されるもんなの?」
山王工業の実情を知らないけど、誰かのを写すにしても限度があるぞ。これだけの量を快く写させてくれる菩薩のような学生が果たして居るのだろうか。
「部員の成績は先生……堂本監督も把握されるベシ。ハッキリ言ってこのままじゃ不味いベシ」
「ハッキリ言わなくてもヤベェどころじゃ済まねぇよ。こいつ、テスト後に呼び出し喰らってたべ」
「あの時の先生、マジ怖かったっス」
山王工業では夏休み明けにちょっとした小試験が行われるらしい。成績に影響は無く、夏休みにちゃんと勉強したかを確認するようなものだそうだ。
しかし沢北くんの様子を見る限り、この小試験でとんでもない点数を取ろうものなら堂本監督だって黙っては居られないだろう。
「沢北くん。この高校でバスケ続けたかったら本気出して宿題やろうか」
「えっ? あの、早乙女さんちょっと怖いんですけど」
「沢北。俺達じゃお前の勉強の面倒は見れないベシ。最低限でも夏休みの宿題は終わらせて、小試験はせめて全教科五十点は目指すベシ」
「ごっ、五十点以上!? 英語ならまだしも、そんなの無茶っスよ!」
「「「四の五の言わずにやれ」」」
先輩三人にそう言われ、沢北くんは泣く泣く宿題を解くために必要なテキストやノートをバッグから引っ張り出す。きちんと持ってきてくれたのは自分のヤバさを多少なりとも理解しているせいだろう。
「とりあえずウォーミングアップで基礎練するベシ。もうすぐで松本達も来るベシ、先に身体をあっためておくベシ」
「うっす! 早乙女さんと1on1するの楽しみっス!」
「あまりにも宿題の進みが悪いようだったらお前は見学しか許さないベシ。嫌なら夢子の言うことしっかり聞いて勉強に励むベシ」
「そうだよ。沢北くんのプレーが見れなくなるのは嫌なんだから、私が居る三日間くらいは勉強のこともしっかり考えてね」
学生である以上はテストは逃れられない。
堂本監督や先輩だっていつも庇える訳じゃない。いざという時は守れず、見放さざるを得ない状況がやってくる可能性もある。
皆と楽しくバスケをしたいなら。長い人生をバスケに費やしたいなら学生という身分の間だけでも勉学は取り組んでおくべきだ。
必ずそれに助けられる日は来るはずだから。
「早乙女さん……俺、すっげぇ馬鹿だけど深津さん達とバスケしてぇのは本当っス。だからその、お願いします!」
「その意気や良し! 一緒に頑張ろう」
沢北くんの背中をバシッと強く叩きながら激励する。
こっちも頑張ってもらわないと困るんだよ。
一成が言った通り、私はバスケをしたくてここに来てるんだから。
神奈川では味わえない楽しさを味わうために秋田県まで来てるんだから。
* * *
「沢北、随分と真面目に勉強してるんだね」
「夢子がOK出さねぇとバスケやらせねって深津が脅したんだ。あれぐれやらねぇと」
基礎練を終え、松本達と合流した私達は1on1、3on3と総当たり戦を行った。
人数が七人になったため空き時間も発生しやすく、必然と沢北くんの勉強時間が増えるように。しっかり基礎を叩き込み、理解が追い付かないようなら説明を変えて、たとえ話もなるべくバスケに近付けるよう努力はしてみた。その甲斐もあって回答欄が埋まっていくスピードも上がったような気がする。
沢北くんに勉強を見てあげたのは一成や河田だけではなかったようだ。松本、野辺、イチノは得意教科がそれぞれ異なるらしく沢北くんへの個別指導も喜んで引き受けたそうだが、最終的には匙を投げたのだという。
「凄いな、早乙女さん。あの沢北にあそこまで理解させるなんてさ」
「工業高校だからな、一般の高校のほうがもっと難しいレベルで授業やってるだろう。早乙女が来てくれて良かったよ」
「さっき隣で説明聞いてたけど、分かりやすかったぞ。沢北が小学生に見えた」
「女の子達が沢北のアホさ知ったらどうなるんだろうな……」
「ギャップで母性本能くすぐられるか、心底呆れられるかの二択だろうよ」
沢北くんは目の前のテキストを少しでも理解するべく必死になっているので耳に入っていないようだが、私は皆が何を話しているか丸分かりである。
最初はどうなるかと思ったけど「勉強に関して分からないことを質問する」という行為が苦手らしい沢北くんには地道に説明して、その都度理解できたか尋ねることをひたすら繰り返した。分からないことをそのままにしているほうが問題なのだ。遠慮せず何度も聞いてねと言えば、彼は破顔して元気よく頷いてくれた。
「よし! 少し休憩してバスケしようか、沢北くん」
「えっ!? い、いいんスか?」
不安そうな表情を浮かべる沢北くんに、私はうんうんとお祖母ちゃんのように頷いてやる。
「気付いてないかもしれないけど問題解くペースが早くなってるよ。質問も的を得たことが言えるようになってるし。そろそろ身体を動かして気分転換したほうがこの後の勉強にも良いと判断しました。なので、バスケをしなさい!」
「やったー!」
沢北くんは両手を上げて身体を伸ばしながら大声で叫ぶ。それを聞いて周りも私達の状況を把握したらしい。
私は彼がベンチに置いているテキストを手に取ろうとする。彼がバスケをしている間に回答をさっと見て、この後の指導の足しにしようと思ったからだ。
しかし沢北くんは私の手を優しく握る。
「早乙女さん、俺と1on1してください!」
「はぁ?」
天真爛漫な笑顔をしながらお願いしてくる沢北くんに、私は間抜けな声を出してしまった。
「あの、私と1on1しても沢北くんはつまらないと思うよ」
「何で?」
「一成……深津にバスケを教わったのは事実だけど、皆に勝てる訳じゃないし。面白さを求めるなら皆とやったほうが楽しいんじゃないかな」
話を聞く限り練習がキツくて部活中は1on1も好きにできる訳じゃなさそうだし、せっかくの休日で先輩がこんなにも居るのだ。わざわざ弱い私なんぞ選ばなくても、ためになる相手は沢山居る。こういう機会を無駄なく使わなきゃ。
そんなことを言えば、沢北くんは少しだけ困ったように眉を八の字にしながら言った。
「俺、ずっと早乙女さんと1on1やりたいって思ってたんです。すっげぇ気になってて、皆にも早乙女さんの感想聞いたんですよ」
「ええ?」
「そんな不安にならないでくださいよ。皆、褒めてたんですよ?」
「褒めてた?」
「はい。早乙女さんは確かに男女の差があるから、身体的には俺達には負ける。でもテクニックもスピードもあるし、シュートの成功率だって高い。3on3とか5対5で仲間が増えると一気に開花するタイプだから敵に回したくないって」
そんなこと言われてたのか。
「早乙女さんに勝って、ただ喜ぶだけの先輩はここに居ないですよ。皆、早乙女さんのことを冷静に分析してるっていうか、自主練で技術をそこまで高められたことに敬意を表してるっていうか。とにかく早乙女さんは凄いんス!」
「あ、ありがとう」
「だから俺も早乙女さんと戦ってみたいんです。これからの俺に、絶対にプラスになるって思うから」
沢北くんの顔を見れば、心の底からそう思ってくれているのが分かる。
茶化したり変にお姉さんぶって断われば間違いなく空気を読んでない愚か者は私だ。
「……分ぁかったよ! やろ! やりましょ!」
「よっしゃ! よろしくお願いしますッ!」
私達は空いているゴールで1on1を始めた。
そのうち皆が見に来て、わぁわぁと声援を送ってくれた。
途中で一成がいきなり問題を出して沢北くんを困らせたりしたけど、あたふたしながらも律儀に答える沢北くんは偉かったし皆は笑いながら見守っていた。
良いチームだ。
今後も山王工業のバスケ部は明るいぞ。
そう感じた。