第2章 高校二年のお話(全20話)
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※原作の一年前に開催されたインターハイの決勝戦に関しては著者の妄想です。
準決勝で海南大付属に勝利した山王工業は明日、いよいよ決勝を迎える。
今の時間は21時。練習とミーティングを終えた選手達は自室で過ごすよう指示されている時間のはずだが、何故か一成は私の部屋にやってきた。堂本監督から許可は貰ってるらしいからとりあえず部屋に入れる。
「明日の決勝で緊張してる俺に何か優しい言葉をかけるベシ」
どこからどう見ても普段通りの表情ですが? そう突っ込みたくなったけど、茶化してはいけないような気がしたのでグッと黙った。緊張してるしてないは別として、大事な試合を明日に控えている人間であることには変わりない。
「激励の言葉を授けるけど、絶対に笑わないでね」
一成はこくこくと頷く。なんだ可愛いなこの生き物。河田に見せてやりたいなどと思いながら、私は気持ちとこの場の雰囲気を切り替えるためにコホン、と小さく咳をする。
言葉を待ち侘びる一成の手を、私は両手できゅっと握った。ひそひそ話をするかのような距離で言う。
「一成のこと、ちゃんと最後まで見てるよ」
「ん」
「怪我には気を付けて、でものびのびとプレーしてね。私のたった一人の師匠が大活躍してくれるのを楽しみにしてます」
「……もう一声」
おい、激励がこれっぽっちじゃ足りないってか? 私は少々笑いつつも呆れたような表情を浮かべる。
「試合が終わったら美少女の私がハグしてあげるから頑張って」
「自分で美少女って言うとか、自分のハグをご褒美と思ってるとか、どんだけ面の皮が厚いベシ?」
可愛い生き物はどこかへ飛び去ったらしい。
「はい激励タイム終わり! さっさと部屋に戻って寝ろ!」
「了解ベシ。夢子のおかげで元気出たベシ。また明日……おやすみベシ」
自称・緊張している男は、試合への闘志を瞳に燃やしながら部屋を出ていった。
第22話 高校二年の夏、インターハイのお話④
「優勝は秋田県立、山王工業高校!」
午前中に行われた決勝戦。山王工業は見事に勝利し、インターハイ三連覇を果たした。
私は両隣に座っていたイチノや松本とハグを交わし、後ろの席に座っていた野辺とはハイタッチして勝利を喜んだ。
沢北くんの華麗なプレー。河田の迫力満載なダンク。一成の地味ではありながらも抜群な効果を発揮するアシスト。それぞれの個性と武器が光る、実に素晴らしい試合だった。近くに座っていたバスケファンらは歓喜の涙を流していたし、沢北くんのお父さん──テツさんというらしい──は両手を上げて絶叫していた。
アナウンスで何度も静粛にと呼びかけられたが観客はちっとも静かにならない。私も、周りに居る山王工業部員もそうだった。興奮も涙も抑えられる訳が無い。
「これより優勝校の表彰を行います」
優勝旗と優勝杯が山王バスケ部の部長と副部長に手渡される。手放したのは数日間だけだったな、と皆で小さく笑った。
一成が今どんな顔をしているのかは分からないけど、きっと出来得る限りの笑顔を浮かべているはずだ。今までの苦労が報われたのだ。
「早乙女、インターハイはどうだった。見てて楽しかったか?」
拍手しながら松本は尋ねてくる。
「うん! 見に来れて本当に良かったよ。試合を見れたのも、皆とこうして再会できたのも嬉しかった」
「夏休みの時よりも長く一緒に居れたもんな。学校が違うのに同じホテルに泊まって、一緒にご飯食べて、夜の練習見て……なんか修学旅行みたいだったな」
「そうだね。この数日間だけ私も山王工業の学生になれた気分だったよ。許されるならこのまま秋田に連れてってほしいくらい」
「そうなったら早乙女は問答無用で男バスのマネージャーだな。先生も深津もそれを望むだろうよ」
実現し得ない生活を想像しながら私達は笑い合った。
全ての試合が終わり、閉会式が終わり、観客席からどんどん人が居なくなって、体育館では清掃が行われて……少しずつインターハイという世界が失われていく。
しかしロビーは大勢の人でごった返している。建物から出るのも、レギュラー陣と合流するのももう少し時間がかかりそうだ。
女子である私を守ろうとしてくれているのか、松本や野辺が私の周りを腕でガードしてくれる。ゆっくりでも進もうと足元に注意しながら歩いていると、後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「早乙女さん!」
「牧くん!?」
よくぞこの人混みで私を見つけたなと驚きつつ、走ってくる牧くんと合流すべく私も動く。有難いことに松本達は構わず私に付いてきてくれた。
牧くんは松本達と顔を合わせると「優勝おめでとうございます」と頭を下げながら言った。昨日は敵だったが、今日はただのバスケ部員。松本達はこれといって嫌な表情を浮かべることはなく、少しだけ照れたように「ありがとうございます」とお礼を述べた。
「牧くん、こっちに残ってたんだね」
「俺だけじゃないぞ。海南は決勝戦は必ず見てから帰るんだ。来年に活かさなきゃいけないからな」
牧くんは挑戦的な笑みを松本達に向ける。それは敵意ではなく純粋にバスケを愛し試合を楽しむ選手が向けるものだった。
生で見る試合だからこそ得られるもの、感じるものがある。負けて早々に開催地から離れる学校もあるが、常連校ともなれば最後まで見ていく学校は多いと牧くんが教えてくれた。
「早乙女さん、前の約束はまだ生きてるよな?」
「1on1でしょ? もちろん覚えてるよ。私が秋田に行く日がまだ決まってないから、決まり次第電話するね」
「分かった。じゃあ神奈川で待ってる」
それじゃあ、と言うと彼は出口へ駈けて行った。出入り口に同じジャージを着ている人が見えたような気がするから、恐らくこの後すぐ帰るのだろう。
走り去る姿を見送っていると、周囲のメンバーが口を挟んできた。
「海南の牧と1on1するの?」
「おいおい、海南のポイントガードとなんて無茶なこと考えるな」
「皆に勝てない私が牧くんに勝てる訳ないじゃん……牧くんは私が一成の弟子だから気になってるだけだし、私は強い人とバスケしたいだけだから他意は無いよ」
「そうかなぁ……」
「ただバスケしたいだけでこの人混みの中わざわざ走ってくるかぁ?」
この人達、恋愛話に飢えてるんだろうか。
まるで牧くんが私のことを好いているような言い方はやめてほしい。彼にも失礼だ。
話題を変えようと口を開いたタイミングでレギュラー陣の姿が見えてきた。だいぶ取材陣の相手をこなしたのか疲れた表情を浮かべている面々だが、周囲からおめでとうと祝われている姿は見ていて微笑ましいし誇らしくすらある。堂本監督はちょいちょい挨拶で立ち止まっているが、レギュラー達は早々に見切りをつけてこちらに向かってきた。
一成は私の姿を見るや否や駆け出してくる。おめでとうと大きな声で伝えようと思ったら、両手を広げて一気に抱き締めてきた。
「おおおお!? か、一成!?」
「やったベシ。優勝したベシ。三連覇ベシ」
「分かった、分かったから落ち着いてッ!」
「深津、まだここロビーだから! 女子に抱き着いてるのは不味いって!」
「俺ら背ェ高えからそんな見えてねぇべ。優勝の功労者だ。ちょっとくらい許してやれや」
一成はぎゅうぎゅうと痛くない程度に抱き締めてくる。ご褒美でハグしてやるとは言ったがこんな場所でとは言ってない。私としてはホテルに戻ってからとか、誰も居ない場所を想定していたのだけど。
でも今日くらいはいいか。なんていったってインターハイ三連覇。周りが見えなくなるくらい舞い上がってしまうのも無理はないだろう。
それに一成は私に抱き着いてようと後から慌てふためくようなタイプでもない。騒ぎ立てる周囲を他所に、しれっとした態度を取るに決まっている。
「本当にお疲れ様でした。すっごくカッコ良かったよ。ナイスプレーだった。感動した!」
「感動のあまり今日も泣いちゃったベシ?」
「泣いた泣いた。見てみ、目ェ真っ赤でしょ」
「……くくっ。真っ赤ベシ。うさぎみたいだベシ」
「随分と可愛らしい生き物に例えてくれますこと」
てっきり憎まれ口でも叩くかと思ったのに。そう言えば、一成はきょとんとした様子で言い返してきた。
「可愛い子を可愛い動物に例えて何が悪いベシ?」
「……は?」
「俺のバスケを知り尽くした夢子が、俺のプレーを見て感動して泣いてくれるのは嬉しいベシ。夢子以上に可愛い女の子も可愛い弟子も居ないベシ」
「ちょ、ちょっとちょっと」
「ああ、汗だくのままじゃ夢子が汚れちゃうベシ。ごめんベシ。離れるベシ」
一成はまだ使ってなかったらしいタオルをバサッと頭から掛けてくれる。思いのほか大きかったタオルはまるで花嫁のベールのようで、私の真っ赤になってる顔もついでに隠してくれた。
何だ何だ何だ。今の一成、いつもの一成じゃないんだけど!
可愛いとか何? 可愛い弟子ってのは理解できるけど、可愛い女の子なんて今まで言われたことの無いワードが出てきたんだけど!
インターハイ優勝でネジが外れちゃったのかな。体温上がりまくって可笑しくなっちゃったのかな。冷たいドリンクを飲ませたほうが良いんじゃないだろうか。
「おーい深津。先生が呼んでるぞ」
「今行くベシ」
一成は私の頭をぽんと優しく叩くと、そのまま一瞥もせずに堂本監督が居る場所へ歩いて行った。
ううむ……今日は何かが違うぞ一成よ。
私はタオルを握りながら、言われたことを頭の中で反芻していた。
準決勝で海南大付属に勝利した山王工業は明日、いよいよ決勝を迎える。
今の時間は21時。練習とミーティングを終えた選手達は自室で過ごすよう指示されている時間のはずだが、何故か一成は私の部屋にやってきた。堂本監督から許可は貰ってるらしいからとりあえず部屋に入れる。
「明日の決勝で緊張してる俺に何か優しい言葉をかけるベシ」
どこからどう見ても普段通りの表情ですが? そう突っ込みたくなったけど、茶化してはいけないような気がしたのでグッと黙った。緊張してるしてないは別として、大事な試合を明日に控えている人間であることには変わりない。
「激励の言葉を授けるけど、絶対に笑わないでね」
一成はこくこくと頷く。なんだ可愛いなこの生き物。河田に見せてやりたいなどと思いながら、私は気持ちとこの場の雰囲気を切り替えるためにコホン、と小さく咳をする。
言葉を待ち侘びる一成の手を、私は両手できゅっと握った。ひそひそ話をするかのような距離で言う。
「一成のこと、ちゃんと最後まで見てるよ」
「ん」
「怪我には気を付けて、でものびのびとプレーしてね。私のたった一人の師匠が大活躍してくれるのを楽しみにしてます」
「……もう一声」
おい、激励がこれっぽっちじゃ足りないってか? 私は少々笑いつつも呆れたような表情を浮かべる。
「試合が終わったら美少女の私がハグしてあげるから頑張って」
「自分で美少女って言うとか、自分のハグをご褒美と思ってるとか、どんだけ面の皮が厚いベシ?」
可愛い生き物はどこかへ飛び去ったらしい。
「はい激励タイム終わり! さっさと部屋に戻って寝ろ!」
「了解ベシ。夢子のおかげで元気出たベシ。また明日……おやすみベシ」
自称・緊張している男は、試合への闘志を瞳に燃やしながら部屋を出ていった。
第22話 高校二年の夏、インターハイのお話④
「優勝は秋田県立、山王工業高校!」
午前中に行われた決勝戦。山王工業は見事に勝利し、インターハイ三連覇を果たした。
私は両隣に座っていたイチノや松本とハグを交わし、後ろの席に座っていた野辺とはハイタッチして勝利を喜んだ。
沢北くんの華麗なプレー。河田の迫力満載なダンク。一成の地味ではありながらも抜群な効果を発揮するアシスト。それぞれの個性と武器が光る、実に素晴らしい試合だった。近くに座っていたバスケファンらは歓喜の涙を流していたし、沢北くんのお父さん──テツさんというらしい──は両手を上げて絶叫していた。
アナウンスで何度も静粛にと呼びかけられたが観客はちっとも静かにならない。私も、周りに居る山王工業部員もそうだった。興奮も涙も抑えられる訳が無い。
「これより優勝校の表彰を行います」
優勝旗と優勝杯が山王バスケ部の部長と副部長に手渡される。手放したのは数日間だけだったな、と皆で小さく笑った。
一成が今どんな顔をしているのかは分からないけど、きっと出来得る限りの笑顔を浮かべているはずだ。今までの苦労が報われたのだ。
「早乙女、インターハイはどうだった。見てて楽しかったか?」
拍手しながら松本は尋ねてくる。
「うん! 見に来れて本当に良かったよ。試合を見れたのも、皆とこうして再会できたのも嬉しかった」
「夏休みの時よりも長く一緒に居れたもんな。学校が違うのに同じホテルに泊まって、一緒にご飯食べて、夜の練習見て……なんか修学旅行みたいだったな」
「そうだね。この数日間だけ私も山王工業の学生になれた気分だったよ。許されるならこのまま秋田に連れてってほしいくらい」
「そうなったら早乙女は問答無用で男バスのマネージャーだな。先生も深津もそれを望むだろうよ」
実現し得ない生活を想像しながら私達は笑い合った。
全ての試合が終わり、閉会式が終わり、観客席からどんどん人が居なくなって、体育館では清掃が行われて……少しずつインターハイという世界が失われていく。
しかしロビーは大勢の人でごった返している。建物から出るのも、レギュラー陣と合流するのももう少し時間がかかりそうだ。
女子である私を守ろうとしてくれているのか、松本や野辺が私の周りを腕でガードしてくれる。ゆっくりでも進もうと足元に注意しながら歩いていると、後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「早乙女さん!」
「牧くん!?」
よくぞこの人混みで私を見つけたなと驚きつつ、走ってくる牧くんと合流すべく私も動く。有難いことに松本達は構わず私に付いてきてくれた。
牧くんは松本達と顔を合わせると「優勝おめでとうございます」と頭を下げながら言った。昨日は敵だったが、今日はただのバスケ部員。松本達はこれといって嫌な表情を浮かべることはなく、少しだけ照れたように「ありがとうございます」とお礼を述べた。
「牧くん、こっちに残ってたんだね」
「俺だけじゃないぞ。海南は決勝戦は必ず見てから帰るんだ。来年に活かさなきゃいけないからな」
牧くんは挑戦的な笑みを松本達に向ける。それは敵意ではなく純粋にバスケを愛し試合を楽しむ選手が向けるものだった。
生で見る試合だからこそ得られるもの、感じるものがある。負けて早々に開催地から離れる学校もあるが、常連校ともなれば最後まで見ていく学校は多いと牧くんが教えてくれた。
「早乙女さん、前の約束はまだ生きてるよな?」
「1on1でしょ? もちろん覚えてるよ。私が秋田に行く日がまだ決まってないから、決まり次第電話するね」
「分かった。じゃあ神奈川で待ってる」
それじゃあ、と言うと彼は出口へ駈けて行った。出入り口に同じジャージを着ている人が見えたような気がするから、恐らくこの後すぐ帰るのだろう。
走り去る姿を見送っていると、周囲のメンバーが口を挟んできた。
「海南の牧と1on1するの?」
「おいおい、海南のポイントガードとなんて無茶なこと考えるな」
「皆に勝てない私が牧くんに勝てる訳ないじゃん……牧くんは私が一成の弟子だから気になってるだけだし、私は強い人とバスケしたいだけだから他意は無いよ」
「そうかなぁ……」
「ただバスケしたいだけでこの人混みの中わざわざ走ってくるかぁ?」
この人達、恋愛話に飢えてるんだろうか。
まるで牧くんが私のことを好いているような言い方はやめてほしい。彼にも失礼だ。
話題を変えようと口を開いたタイミングでレギュラー陣の姿が見えてきた。だいぶ取材陣の相手をこなしたのか疲れた表情を浮かべている面々だが、周囲からおめでとうと祝われている姿は見ていて微笑ましいし誇らしくすらある。堂本監督はちょいちょい挨拶で立ち止まっているが、レギュラー達は早々に見切りをつけてこちらに向かってきた。
一成は私の姿を見るや否や駆け出してくる。おめでとうと大きな声で伝えようと思ったら、両手を広げて一気に抱き締めてきた。
「おおおお!? か、一成!?」
「やったベシ。優勝したベシ。三連覇ベシ」
「分かった、分かったから落ち着いてッ!」
「深津、まだここロビーだから! 女子に抱き着いてるのは不味いって!」
「俺ら背ェ高えからそんな見えてねぇべ。優勝の功労者だ。ちょっとくらい許してやれや」
一成はぎゅうぎゅうと痛くない程度に抱き締めてくる。ご褒美でハグしてやるとは言ったがこんな場所でとは言ってない。私としてはホテルに戻ってからとか、誰も居ない場所を想定していたのだけど。
でも今日くらいはいいか。なんていったってインターハイ三連覇。周りが見えなくなるくらい舞い上がってしまうのも無理はないだろう。
それに一成は私に抱き着いてようと後から慌てふためくようなタイプでもない。騒ぎ立てる周囲を他所に、しれっとした態度を取るに決まっている。
「本当にお疲れ様でした。すっごくカッコ良かったよ。ナイスプレーだった。感動した!」
「感動のあまり今日も泣いちゃったベシ?」
「泣いた泣いた。見てみ、目ェ真っ赤でしょ」
「……くくっ。真っ赤ベシ。うさぎみたいだベシ」
「随分と可愛らしい生き物に例えてくれますこと」
てっきり憎まれ口でも叩くかと思ったのに。そう言えば、一成はきょとんとした様子で言い返してきた。
「可愛い子を可愛い動物に例えて何が悪いベシ?」
「……は?」
「俺のバスケを知り尽くした夢子が、俺のプレーを見て感動して泣いてくれるのは嬉しいベシ。夢子以上に可愛い女の子も可愛い弟子も居ないベシ」
「ちょ、ちょっとちょっと」
「ああ、汗だくのままじゃ夢子が汚れちゃうベシ。ごめんベシ。離れるベシ」
一成はまだ使ってなかったらしいタオルをバサッと頭から掛けてくれる。思いのほか大きかったタオルはまるで花嫁のベールのようで、私の真っ赤になってる顔もついでに隠してくれた。
何だ何だ何だ。今の一成、いつもの一成じゃないんだけど!
可愛いとか何? 可愛い弟子ってのは理解できるけど、可愛い女の子なんて今まで言われたことの無いワードが出てきたんだけど!
インターハイ優勝でネジが外れちゃったのかな。体温上がりまくって可笑しくなっちゃったのかな。冷たいドリンクを飲ませたほうが良いんじゃないだろうか。
「おーい深津。先生が呼んでるぞ」
「今行くベシ」
一成は私の頭をぽんと優しく叩くと、そのまま一瞥もせずに堂本監督が居る場所へ歩いて行った。
ううむ……今日は何かが違うぞ一成よ。
私はタオルを握りながら、言われたことを頭の中で反芻していた。