第2章 高校二年のお話(全20話)
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次の日、一回戦を勝ち進んだ学校と山王工業が対戦した。
相手は地区予選をトップで通過した学校だという。しかし、差は歴然としていた。
インターハイ三連覇を狙う山王工業は揺るがない。どんな敵が立ちはだかろうと闘志が削がれることはない。そんな覚悟を持つ山王にあてられた敵は迫力に呑み込まれ、高校生とは思えない精度の技術で翻弄されて敗退した。
応援席から見ているだけの人間でも痛感させられる。
山王工業は頼もしく、そして恐ろしいと。
第21話 高校二年の夏、インターハイのお話③
一成はスターティングメンバーだった。怪我を負うこともなく試合の最初から最後までコートを駈け抜けた。
師匠を評価するなんて百年早いかもしれないが、冬の選抜の時よりも成長しているのが分かる。二年生になって余裕が出てきた? いや、それだけではないと思う。彼の中でどんな変化があったかは知らないけれど。
一成のプレーは私の心に響くものがあった。
凄いのは一成だけじゃない。試合に出ている山王のレギュラー陣はうまくまとまっていて、全員が素晴らしいことに変わりない。
ただ私にとっては一成が大活躍していること、得点のために黒子役に徹しながらも攻撃を緩めない勇猛果敢な姿に感動した。
感動し過ぎて、滂沱の涙──雨が降りしきるかのように涙がとめどもなく流れ出ること──を流した。
「早乙女さん、い、いきなり泣いてどうしたんだ!?」
「ごめ……っ。か、感動して……っ」
私が顔を覆って嗚咽を漏らしている姿に驚いたのだろう。松本がぎょっとした様子で尋ねてきた。
「どこか痛むとか、気持ち悪いとかじゃなくてか?」
「んっ、ずびっ。大丈夫。ただの感動」
鞄の中に入っていたティッシュを取り出して鼻を思い切りかむ。山王の勝利に酔い痴れる観客と応援団の声援で会場はとんでもないコンサート会場となっているので、鼻水の音なんぞ大した邪魔にならない。ありがてぇ。
「良い試合だったか? 深津の活躍は嬉しかったか?」
松本は背中をぽんぽんと優しく叩いてくれる。
「うん……っ! 凄かった。一成、凄かったよ。あんな凄い人に、バスケ教えられたんだって思うと幸せだよ。あんな人とバスケできるのが最高だよ。幸せ過ぎて死にそう」
素直に吐き出せばその勢いでまたぼろぼろと涙が溢れる。ハンカチで涙を抑えても意味を成さない。むしろ二枚目をおかわりしたいくらいだ。
「そうか。ならその言葉はちゃんと深津に向かって言ってやれ。そのほうが喜ぶから」
「ううっ、んぐっ、こんなグッシャグシャな顔、見られたくない……先に帰りたいっ」
いくらなんでもこんな顔じゃ勝利を得た選手の前に出られんわい!
長年の付き合いがある従兄妹といえど、小石程度の羞恥心は持ち合わせている。
「早乙女さんが何も言わずに、しかも大泣きで帰ったなんて深津が知ったらどうなると思う? 絶対に心配するよ」
イチノの言葉に「いや、そうなんだけどさ」と言い返そうとするも、遮られてしまう。
「深津は明日も試合なんだ。そんな深津に心配かけたら駄目だよ。大丈夫。深津は君がそこまで感動してるのを笑うようなヤツじゃないよ。もししたら、そんな馬鹿野郎は俺達が成敗してあげるから」
「……明日試合の人に、ずびっ、そんなことしていいの?」
「俺達はいいの」
謎の理論をひけらかすイチノに、私は小さく笑いを漏らす。
私がおんおんと泣いている姿を見て周囲の山王バスケ部の面々も慌てていたが、松本とイチノが理由を説明すればほっこりと見守ってくれた。
ロビーは混雑するので試合終了後は体育館の外に集まるよう指示されている。観客の移動に巻き込まれないように気を付けながらゆっくり歩くと、そこには一足早く到着していた堂本監督、レギュラー陣、ベンチメンバーが居た。
案の定、一成は私を見て目を見開く。
「夢子、どうしたベシ!? 何かあったベシ? 誰かに何かされたベシ?」
違う、そうじゃないと答えようとしたのにまた涙が溢れそうになった。ぐっと言葉を飲み込むと松本がそっと私の肩に手を置いて、それ以上は言わなくていいとでもいうようにジェスチャーしてくれる。
「違うんだ深津。早乙女さん、お前のプレーに感動して大泣きしちゃったんだよ」
「は?」
松本は私が泣いた理由を一成に説明してくれた。
正直に言って恥ずかしかった。自分の気持ちを代弁されるのはなかなかにキツイものがある。
しかし私の不安とは裏腹に一成は最後まで説明を聞き終えると、少し呆れたような声色で言ってきた。
「夢子……まだ一試合が終わっただけベシ。初日でそんなに泣いてたら最終日はどうするベシ。目ェ溶けるベシ」
「ん、ぶふっ」
一成のちょっとしたギャグに耐え切れず吹き出してしまう。
そしてそれは私だけではなく河田や松本、イチノや野辺、周りの部員も巻き込んだ。
「おま……っ、早乙女がこんなんなってるんだから慰めてやれよ!」
「こんなことで泣いてくれる女の子なんて滅多に居ねぇぞ!」
「おめぇ本当は嬉しいんだべ? 素直じゃねぇのは良くねぇぞ」
「はははっ! 照れ隠しだ照れ隠し!」
やんややんやと騒ぎ立てる部員を相手にせず、一成は私の頭にぽんと手を置く。
「夢子、明日はもっと泣かせてやるから楽しみにしとくベシ」
「そのセリフはちょっと違くない?」
普通は「もう泣くな」とか「もっと感動させてやる」とか言うもんでないかい?
私を泣かせることを目的にしないでほしい。
そんなの、明日も泣いてしまうに決まってるんだから。
* * *
「明日は準決勝か……」
山王工業は順調に勝ち続けた。明日はいよいよ準決勝、対戦相手は牧くんがいる海南大付属である。
知り合い同士が戦うのは面白そうだと思う反面、どちらかが負けて落胆する姿を見るのも確実なので複雑な気分だ。もちろんこんなことは誰にも言えない。勝負である以上は勝ち負けが決まるのは当たり前のこと。ただの傍観者である私に、人生を賭けて戦う選手を語る資格は無い。
言われるでもなく彼らは全力で戦う。今までの練習の成果を遺憾なく発揮するだろう。
「二人とも、怪我はしませんように」
インターハイが終わっても、その後の彼らの生活にバスケは欠かせない。
取り返しのつかないような怪我を負うことはありませんように。
私はただそれだけを祈ろう。