第2章 高校二年のお話(全20話)
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今日は十時に開会式が、その後はグループごと各会場に分かれて第一回戦が行われる。
昨年優勝している山王工業とベスト4入賞校はシード扱いらしい。だから一成の試合は明日からだ。
全国から勝ち上がってきた高校が戦い合う、熱い大会が始まる。
第20話 高校二年の夏、インターハイのお話②
純和食の美味しい朝食を終えて、外出の身支度を整えてロビーに向かう。
開会式が行われる会場へは、堂本監督のお誘いもあり山王工業バスケ部の面々と同じバスに乗せてもらうこととなった。最初は「部外者だし行き方も調べてるから大丈夫です」と断ったのだが、監督に「宿泊地も目的地も同じなんだ。無駄なお金を使うことはないだろう」と全うな正論を言われてしまったのだ。お小遣いを節約しなければならない事情までしっかりと考慮されている。
階段を下りてロビーに向かうと、準備を済ませた一成や河田達がソファーに座って雑談していた。私を見つけた一成が隣に座るよう手でソファーを指差す。
「夢子、開会式が終わったらどうするベシ? 俺達と一緒に観戦するベシ?」
「ごめん、今日の予定はもう決めてるんだ。開会式の後は海南大付属の試合見に行ってくるよ」
リュックから取り出した飴の包みを開けながら答える。
すると、周囲から反論の嵐が押し寄せた。
「なんで海南大付属!?」
「俺達とは違うグループじゃねぇか」
「どうせなら俺達と一緒にこっちの試合観に行こうよ。明日戦う学校が決まるんだぞ?」
そんなに私と観戦したいのかよって言いたくなるくらいに引き止めてくる。茶化していると誤解されたら嫌なので黙っておくけど。
取り出した飴を口に含んだ瞬間に、一成が静かに尋ねてきた。
「……牧を見に行くベシ?」
その言葉を聞いて、私以外のメンバーが不思議そうな表情を浮かべる。
海南大付属という学校名は知っていても、牧という選手の個人名までは頭に入っていないだろう。
「マキ? 誰だそいつ」
「牧紳一。神奈川県の地区予選をトップで通過した海南大付属高校二年のポイントガードだベシ。夢子とは冬の選抜で友達になって、電話もかけてくるらしいベシ」
「早乙女さんが通ってる高校とは違うよね。他校の友達かぁ」
一成が牧くんについてさらっと紹介する。声がどこか堅いのはインターハイに関係している選手だからだろうか。
「山王工業の試合は明日からでしょ?」
「そりゃそうだがよ」
「海南が今日絶対に勝つとも限らない。一回戦なら勝っても負けても確実に見れるし……どんなプレーをするのか興味があるんだよね」
女子バスケ部の訪問と自分のトレーニングがあって、私はそこそこ忙しい身なのだ。その時間を削ってまで海南に行こうとは思わない。
でも今日はちょっと頑張って足を伸ばせば試合が見れる。それも、地区予選を突破した強い相手との戦いだ。見応えは抜群だろう。
「早乙女さん、牧個人には興味ないの?」
女の子の恋バナみたいな質問だな。イチノの問いに対し、私はきょとんとした表情で答える。
「え、別に。これといって興味は無いな。気になるのはプレーだけだよ」
「そうなんだ」
「もしも今日、山王と海南が違う会場で試合やるっていうなら山王を見に行ってたよ。私がここに来てるのは一成が試合するところを見るためだからね」
思い入れの強さは山王工業のほうが上だよ。そう言えば、皆はどこか嬉しそうに口元を緩めながら笑った。
「海南の試合が終わったら合流するよ。今日はずっと開会式の会場で試合見るんでしょ?」
「そうベシ」
「じゃあ午後はずっと一緒に居られるね」
にかっと笑いながら言えば、一成はほんの少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「夜の練習も見学させてもらうことになってるから。私が居なくて寂しいだろうけど我慢してね」
「べ、別に寂しくなんかないぞ!?」
「調子に乗るでねぇ!」
「会場間違えないようにちゃんと確認して行けよ」
「変な人についていくなよ」
皆には私が幼女か何かに見えるんだろうか。子供扱いはやめてほしい。
不満そうに唇を尖らせれば、一成が「そんな顔するなベシ」と言いながらぽんぽんと頭を撫でてきた。やめろ。それも子供扱いだ。
雑談が落ち着いてきた頃、バスが到着したとマネージャー達が声を掛けてくれたので荷物を持って玄関に向かった。
* * *
牧くんは一成と同じポジションでポイントガードだ。
でも、プレーが全く同じかと聞かれればそうではない。どこが違うのと尋ねられても即答はできないけど。足りない頭でも分かるのは、一成も牧くんも私なんかよりも遥かに巧いプレーヤーだということだけだ。
「対称的な二人だなぁ」
例えるなら牧くんが動、一成は静。それくらいに対照的だ。
赤木くんから少々聞いていたとはいえ牧くんがこんなに凄いプレーヤーだとは思っていなかった。しかし周囲の観客の評判を耳にする限り、関東圏のバスケ界隈では本当に有名人だったらしい。
海南大付属はインターハイ一回戦で負けるような学校ではないと周りの観客が話す。そしてそれは事実で、大きな点差を付けて海南が勝利した。
選手達の様子を見るからに幾分余裕がありそうだ。もしこの後すぐ二回戦が行われたとしてもうまくやるだろう。大所帯ならではの層の厚さが、強いレギュラー陣を休ませることを容易としている。
「うう……今度、1on1誘ったらやってくれるかなぁ……?」
到底勝てない相手だと分かっていても挑戦してみたい気持ちが抑えられない。牧くんだって私のバスケを知りたいとか言ってたし、あの言葉が冗談じゃなかったら快く応じてくれるだろう。
選手達が控室に向かっていく。それと同時に観客席も入れ替わりが始まり、慌ただしくなってきた。私も荷物を持って立ち上がる。一成達がいる体育館へ向かわなければならない。
冬の選抜の時は試合後の牧くんとロビーで会えたけど今回は難しそうだ。とっとと出ようと玄関に向かうと、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、汗を滲ませながら牧くんが走ってきた。
「良かった……っ、観客席に、早乙女さんが居たのが見えて」
「えっ!?」
コートから見やすい場所とは言えない席に座っていたのに、よく見つけられたな!?
「俺のプレーはどうだった。正直な感想が聞きたいな」
試合を終えたばかりの身だ。少しだけ呼吸が乱れている牧くんは汗の効果もあって色気が凄く、外見が大人だけにその迫力も凄まじい。
何となく真正面から向かい合うことはできなくて、ちょっとだけ俯きながら答えた。
「凄かったよ。牧くんがボールを持つと、チームに勢いが出るように感じた。1on1やりたいなぁって考えちゃうくらい集中して観ちゃったよ」
思ったことをそのまま口にする。その感想を聞いた彼は嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう。早乙女さんからそう言われると嬉しいよ。お世辞は言わなそうだしな」
「お世辞なんて言わないよ! 牧くんが凄いプレーヤーだっていうのは事実だもの」
「はは……嬉しいもんだな。深津のついでとはいえ、同じ神奈川県に住んでる友達が見てくれてるっていうのは凄く力になってるよ」
ついで、という言葉が引っかかるけど。まぁ喜んでくれてるなら良いってもんだ。
「あのさ。1on1やりたいって思ったのは本当か?」
じっと見つめてくる姿は真剣そのもの。油断して視線がかち合ってしまった。
「う、うん。本当だよ」
「よし。じゃあ夏休み中に一回会おうぜ。秋田に行く前でも行った後でもどっちでもいいよ。インターハイの後は少しだけ練習日程がのんびりしたものになるんだ。予定は早乙女さんに合わせるから」
「分かった! 日程についてはまた電話で決めよう」
「楽しみにしてる」
「まずはインターハイを勝ち進むのが先決だよ。私は明日から山王の試合を見に行くけど、牧くんが一成……うちの従兄妹と戦うのを楽しみにしてるからね」
チームメイトが牧くんを呼んでいる声が聞こえる。そろそろ別れなければならない。
牧くんは一瞬だけ名残惜しそうな表情を浮かべたかと思うと、すぐ海南大付属の部員らしいキリッとした顔つきになった。闘志に燃える男の目だ。
「明日からも頑張るよ。じゃあな、早乙女さん」
「うん。またね、牧くん」
願ってるよ。
私も見たいんだ。
バスケの師である一成と、神奈川県屈指といわれる牧くんがぶつかり合う試合を。