第2章 高校二年のお話(全20話)
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※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
神奈川県から愛知県まではバスで五時間ほど。カセットウォークマンで好きな音楽を聞きながらうたた寝でもすれば長時間の乗車も苦ではない。
愛知県に到着した後は、両親から特別に支給されたお小遣いを使って大人っぽい喫茶店でお茶をした。
山王工業バスケ部と待ち合わせをしているのは十七時。時間になる前にホテルに向かい、ロビーのソファでのんびり待つ。しばらくすると白いジャージを着た坊主集団が大きい荷物を持って入ってきた。
やけに大きい坊主が居るな、なんて思ってたら向こうが私の存在に気付いたらしい。手を上げながら豪快に声を掛けてきた。
「夢子! 元気だったべか?」
「いや背ェ高っ!!」
元気だよと答えるはずだった私の口は素直な良い子なので、真っ正直に感想を叫んでしまった。
第19話 高校二年の夏、インターハイのお話①
見上げるという表現がぴったりなほどに、河田の背はとんでもなく伸びていた。冬の選抜で会った時よりも高い。会うたびに成長するなんて高校生男子の成長期とはなんと恐ろしいのだろう。
「雅史、何センチ伸びたの!?」
「去年の夏休みからならトータルで25センチ伸びたべ。今は195センチだ」
「25センチも!? 凄っ!! じゃあポジションも変わったの!?」
「今はセンターだ」
背が伸びなくて悩んでいる全国のバスケ選手が「一年で二十五センチも伸びた奴がいる」と聞いたらどれだけ羨ましがることだろう。素早く動ける選手なら背が低くても活躍できるが、バスケというスポーツは背が高いほうが圧倒的に有利だ。
「いいなぁ。ちょっとでも分けてほしいよ。その視界でバスケがしたい」
「うはは、そう言われると気分良いべや。背は分けてやれねぇが、俺の目線を味わいてぇなら抱っこしてやっか?」
河田は笑いながら面白い提案をしてきたので、私は即答で尋ねる。
「え、本当?」
「あ?」
「是非とも195センチの高さを味わってみたい」
私がどう願っても辿り着けない領域だからこそ興味がある。成長期が終わっているだろう私は170センチを超えることすら難しい。
提案をしてくれた張本人であるはずの河田が戸惑いの表情を浮かべながら、いつの間にか後ろに立っていた一成を見やる。意図を汲み取ったらしい一成は呆れたような声で言った。
「抱っこしてやれベシ。こいつ、この手のことは言い出したら引かないベシ」
「……まあ、お前がそう言うならいいがよ」
「わーい!」
河田は少しだけ屈むと、私の背中と両膝の裏に大きな手を添えてきた。腰に負担が掛からないように慎重に、しかし勢いをつけてグッと上に持ち上げられる。日常ではなかなか得られない浮遊感だ。
「う、わぁっ」
お姫様抱っこによって河田と私の目線は同じ高さになった。普段とは全く違う物の見え方に少しだけ怖くなり、河田の肩に添えていた両手の指に思わず力が入る。指から私の動揺が伝わったのだろう。河田は小さい子にかけるような優しい声で言ってきた。
「夢子、落とさねぇから心配するな」
「う、うん。ありがとう。凄いね、195センチってこんな世界なんだね」
「そんなに喜んでくれっとやってやった甲斐があるべ」
「重たくない? 大丈夫?」
「これくらい毎日筋トレしてっから問題ねぇべ」
「それなら『重たくない』って言いなよ」
「もっとしおらしい女の子なら言っでやんだけどな」
「どこからどう見たっておしとやかな女の子だろうがよ!」
「俺にはそうは見えねぇが!」
あれこれと言い合っていたら、横から痛いほど視線が向けられているのを感じた。察した私達は揃って横を振り向く。
数歩しか離れていないような距離に、私は見たことのない坊主が立っていた。一年生だろうか。このバスケ部のメンバーにしては可愛い系のお顔で、やたらときらきらした瞳で見つめてくる。面白そうな玩具を発見した子供のようだ。
「ええと……?」
「沢北、どうしたベシ」
どうしたもんかと言い淀んでいると、一成がその可愛い坊主──沢北くんに声を掛けた。
「深津さん、この人がバスケを教えた弟子だっていう従兄妹ですか?」
「そうだベシ」
もう降ろしていいだろうと判断した河田が再び腰を屈める。私の足は無事に床を踏みしめた。ふらつかないように河田が背中に手を添えてくれる。
「それなら従兄妹さんは強いんですよね?」
沢北くんの目は強者を求めるそれだ。私が女子だから珍しいとか、河田が絡んでるから興味があるとかそんな甘っちょろいものじゃない。
ここが体育館だったならすぐにでも「1on1やりたいっス!」と対戦を申し込んできそうなくらいには闘志が伝わってくる。
「沢北。今はインターハイに集中するベシ」
「俺が聞きたいのはそういうんじゃないですよ。従兄妹さんが強いのか弱いのかって聞いてるんです」
おお、淡々と正論を言い放つ一成に対してもその態度を貫けるのかといっそ高評価をあげたくなる。空気を読めるようになったほうが生きやすいとは思うけど。
「強いか弱いかで言えば夢子は強いベシ。堂本監督も評価してるし、弱小だった自分の高校の女子バスケ部を地区予選で勝たせるくらいには指導力もあるベシ」
「へえ……面白ぇじゃん」
「沢北。俺は先輩だベシ。敬語を使えベシ。お前、油断してると三年の先輩にもタメ語使ってるベシ」
「ええ~? 別に良いじゃないっスかぁ」
一成が少しだけ苛ついているのが分かる。飄々としているように見えて、一成は筋の通っていないことは大嫌いな性格の持ち主だ。私を軽んじてるのかと訝しんでいるのかもしれない。
この場を心配しているのは私だけではない。河田もそうだし、私達の雰囲気を察して走ってきた松本や野辺、イチノの表情もどこか堅い。
そのくせ当の問題児といえる沢北くんだけはのほほんと構えてるものだから尚更ハラハラしてしまう。
「沢北。夢子と1on1したいなら先生に貰ってからにするベシ。お前が落ち込むようなことがあれば後々面倒ベシ」
「はあ? 俺が負けるの確定っすか!?」
「勝ち負けは別として、夢子はお前が考えてるような軟弱なプレーはしないベシ。俺が小さい頃からみっちり鍛えてるベシ。女だからって舐めてたら痛い目見るベシ」
一成が私のバスケをここまで真剣に語ってくれてるの、初めてでは……?
感動しながら聞いていると、私を庇うように立っていた河田も口を開いた。
「おお。初めてこいつと一緒にバスケした時はたまげたもんだ。並大抵の練習で身に付けたモンじゃねぇよ」
「俺達もどんでん返し喰らわせられたからね」
「夏休みに早乙女さんとバスケしてから、このままじゃ駄目だって焦ったもんな」
「先生だけじゃなくて、少なくとも東北県内のバスケ関係者は認めてる」
松本達も私のフォローに回ってくれている。何か分からんけど嬉しい。
先輩方の言葉を聞いても沢北は「ふうん……?」とどこ吹く風の表情を浮かべるが、私と目が合うとニッコリと笑ってきた。
「分かりました。ちゃんと監督から許可貰ってから1on1申し込むッス! それなら文句ないですもんね?」
「ああ。やることやってからにするベシ。どうせインターハイ終わらないと許可も下りないだろうからとっとと試合で大活躍するベシ」
ほら向こう行け、と一成は沢北を一年生が集合しているところへ追い払った。「何なんですか、もー!」とわめきながら沢北くんは駈けていった。
嵐が去ったとはこのことだろうか。
なんて考えていたら、一成がこちらを振り向いてほんの少し申し訳なさそうに眉間に皺を寄せていた。
「夢子、沢北がクソ失礼な挨拶ぶちかましてきて申し訳ないベシ」
「いや、あのくらい別に構わないけど」
「あいつ、調子に乗ってらなぁ。あとで締めとくべ」
「頼むベシ」
「あの子エースなんでしょ。手加減してやりなよ?」
沢北くんが居なくなったことで雰囲気が柔らかくなるも、一成の顔はそう言っていない。
皆がフォローしてくれたし、私は気にしてないから大丈夫だよと言っても頑として納得しなかった。
「俺がずっと一緒にバスケやってきたのも夢子が一人でちゃんとトレーニング積んでることも知らないくせに、勝手に力量を見積もって自分は勝てると思ってるのが気に入らないベシ。ああいうのは試合でも出るベシ。相手に出し抜かれて点取られるのがオチだベシ」
今日の一成はすっごい喋るじゃん。
「お、そろそろチェックインするみたいだから向こう行くべ。先生とマネージャーが鍵持ってら」
「夕食は十八時半からって言ってたから、早乙女さんも俺達と一緒に食べようよ」
「あいつがちょっかい出せないようにこのメンツで夢子をガードするベシ」
「「「「了解」」」」
あなた達は私の親衛隊ですか?
神奈川県から愛知県まではバスで五時間ほど。カセットウォークマンで好きな音楽を聞きながらうたた寝でもすれば長時間の乗車も苦ではない。
愛知県に到着した後は、両親から特別に支給されたお小遣いを使って大人っぽい喫茶店でお茶をした。
山王工業バスケ部と待ち合わせをしているのは十七時。時間になる前にホテルに向かい、ロビーのソファでのんびり待つ。しばらくすると白いジャージを着た坊主集団が大きい荷物を持って入ってきた。
やけに大きい坊主が居るな、なんて思ってたら向こうが私の存在に気付いたらしい。手を上げながら豪快に声を掛けてきた。
「夢子! 元気だったべか?」
「いや背ェ高っ!!」
元気だよと答えるはずだった私の口は素直な良い子なので、真っ正直に感想を叫んでしまった。
第19話 高校二年の夏、インターハイのお話①
見上げるという表現がぴったりなほどに、河田の背はとんでもなく伸びていた。冬の選抜で会った時よりも高い。会うたびに成長するなんて高校生男子の成長期とはなんと恐ろしいのだろう。
「雅史、何センチ伸びたの!?」
「去年の夏休みからならトータルで25センチ伸びたべ。今は195センチだ」
「25センチも!? 凄っ!! じゃあポジションも変わったの!?」
「今はセンターだ」
背が伸びなくて悩んでいる全国のバスケ選手が「一年で二十五センチも伸びた奴がいる」と聞いたらどれだけ羨ましがることだろう。素早く動ける選手なら背が低くても活躍できるが、バスケというスポーツは背が高いほうが圧倒的に有利だ。
「いいなぁ。ちょっとでも分けてほしいよ。その視界でバスケがしたい」
「うはは、そう言われると気分良いべや。背は分けてやれねぇが、俺の目線を味わいてぇなら抱っこしてやっか?」
河田は笑いながら面白い提案をしてきたので、私は即答で尋ねる。
「え、本当?」
「あ?」
「是非とも195センチの高さを味わってみたい」
私がどう願っても辿り着けない領域だからこそ興味がある。成長期が終わっているだろう私は170センチを超えることすら難しい。
提案をしてくれた張本人であるはずの河田が戸惑いの表情を浮かべながら、いつの間にか後ろに立っていた一成を見やる。意図を汲み取ったらしい一成は呆れたような声で言った。
「抱っこしてやれベシ。こいつ、この手のことは言い出したら引かないベシ」
「……まあ、お前がそう言うならいいがよ」
「わーい!」
河田は少しだけ屈むと、私の背中と両膝の裏に大きな手を添えてきた。腰に負担が掛からないように慎重に、しかし勢いをつけてグッと上に持ち上げられる。日常ではなかなか得られない浮遊感だ。
「う、わぁっ」
お姫様抱っこによって河田と私の目線は同じ高さになった。普段とは全く違う物の見え方に少しだけ怖くなり、河田の肩に添えていた両手の指に思わず力が入る。指から私の動揺が伝わったのだろう。河田は小さい子にかけるような優しい声で言ってきた。
「夢子、落とさねぇから心配するな」
「う、うん。ありがとう。凄いね、195センチってこんな世界なんだね」
「そんなに喜んでくれっとやってやった甲斐があるべ」
「重たくない? 大丈夫?」
「これくらい毎日筋トレしてっから問題ねぇべ」
「それなら『重たくない』って言いなよ」
「もっとしおらしい女の子なら言っでやんだけどな」
「どこからどう見たっておしとやかな女の子だろうがよ!」
「俺にはそうは見えねぇが!」
あれこれと言い合っていたら、横から痛いほど視線が向けられているのを感じた。察した私達は揃って横を振り向く。
数歩しか離れていないような距離に、私は見たことのない坊主が立っていた。一年生だろうか。このバスケ部のメンバーにしては可愛い系のお顔で、やたらときらきらした瞳で見つめてくる。面白そうな玩具を発見した子供のようだ。
「ええと……?」
「沢北、どうしたベシ」
どうしたもんかと言い淀んでいると、一成がその可愛い坊主──沢北くんに声を掛けた。
「深津さん、この人がバスケを教えた弟子だっていう従兄妹ですか?」
「そうだベシ」
もう降ろしていいだろうと判断した河田が再び腰を屈める。私の足は無事に床を踏みしめた。ふらつかないように河田が背中に手を添えてくれる。
「それなら従兄妹さんは強いんですよね?」
沢北くんの目は強者を求めるそれだ。私が女子だから珍しいとか、河田が絡んでるから興味があるとかそんな甘っちょろいものじゃない。
ここが体育館だったならすぐにでも「1on1やりたいっス!」と対戦を申し込んできそうなくらいには闘志が伝わってくる。
「沢北。今はインターハイに集中するベシ」
「俺が聞きたいのはそういうんじゃないですよ。従兄妹さんが強いのか弱いのかって聞いてるんです」
おお、淡々と正論を言い放つ一成に対してもその態度を貫けるのかといっそ高評価をあげたくなる。空気を読めるようになったほうが生きやすいとは思うけど。
「強いか弱いかで言えば夢子は強いベシ。堂本監督も評価してるし、弱小だった自分の高校の女子バスケ部を地区予選で勝たせるくらいには指導力もあるベシ」
「へえ……面白ぇじゃん」
「沢北。俺は先輩だベシ。敬語を使えベシ。お前、油断してると三年の先輩にもタメ語使ってるベシ」
「ええ~? 別に良いじゃないっスかぁ」
一成が少しだけ苛ついているのが分かる。飄々としているように見えて、一成は筋の通っていないことは大嫌いな性格の持ち主だ。私を軽んじてるのかと訝しんでいるのかもしれない。
この場を心配しているのは私だけではない。河田もそうだし、私達の雰囲気を察して走ってきた松本や野辺、イチノの表情もどこか堅い。
そのくせ当の問題児といえる沢北くんだけはのほほんと構えてるものだから尚更ハラハラしてしまう。
「沢北。夢子と1on1したいなら先生に貰ってからにするベシ。お前が落ち込むようなことがあれば後々面倒ベシ」
「はあ? 俺が負けるの確定っすか!?」
「勝ち負けは別として、夢子はお前が考えてるような軟弱なプレーはしないベシ。俺が小さい頃からみっちり鍛えてるベシ。女だからって舐めてたら痛い目見るベシ」
一成が私のバスケをここまで真剣に語ってくれてるの、初めてでは……?
感動しながら聞いていると、私を庇うように立っていた河田も口を開いた。
「おお。初めてこいつと一緒にバスケした時はたまげたもんだ。並大抵の練習で身に付けたモンじゃねぇよ」
「俺達もどんでん返し喰らわせられたからね」
「夏休みに早乙女さんとバスケしてから、このままじゃ駄目だって焦ったもんな」
「先生だけじゃなくて、少なくとも東北県内のバスケ関係者は認めてる」
松本達も私のフォローに回ってくれている。何か分からんけど嬉しい。
先輩方の言葉を聞いても沢北は「ふうん……?」とどこ吹く風の表情を浮かべるが、私と目が合うとニッコリと笑ってきた。
「分かりました。ちゃんと監督から許可貰ってから1on1申し込むッス! それなら文句ないですもんね?」
「ああ。やることやってからにするベシ。どうせインターハイ終わらないと許可も下りないだろうからとっとと試合で大活躍するベシ」
ほら向こう行け、と一成は沢北を一年生が集合しているところへ追い払った。「何なんですか、もー!」とわめきながら沢北くんは駈けていった。
嵐が去ったとはこのことだろうか。
なんて考えていたら、一成がこちらを振り向いてほんの少し申し訳なさそうに眉間に皺を寄せていた。
「夢子、沢北がクソ失礼な挨拶ぶちかましてきて申し訳ないベシ」
「いや、あのくらい別に構わないけど」
「あいつ、調子に乗ってらなぁ。あとで締めとくべ」
「頼むベシ」
「あの子エースなんでしょ。手加減してやりなよ?」
沢北くんが居なくなったことで雰囲気が柔らかくなるも、一成の顔はそう言っていない。
皆がフォローしてくれたし、私は気にしてないから大丈夫だよと言っても頑として納得しなかった。
「俺がずっと一緒にバスケやってきたのも夢子が一人でちゃんとトレーニング積んでることも知らないくせに、勝手に力量を見積もって自分は勝てると思ってるのが気に入らないベシ。ああいうのは試合でも出るベシ。相手に出し抜かれて点取られるのがオチだベシ」
今日の一成はすっごい喋るじゃん。
「お、そろそろチェックインするみたいだから向こう行くべ。先生とマネージャーが鍵持ってら」
「夕食は十八時半からって言ってたから、早乙女さんも俺達と一緒に食べようよ」
「あいつがちょっかい出せないようにこのメンツで夢子をガードするベシ」
「「「「了解」」」」
あなた達は私の親衛隊ですか?