第2章 高校二年のお話(全20話)
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※注意 山王工業高校の学校生活に関する記述は著者の妄想です。
※バスケの試合時間は20分前後半制を採用
山王バスケ部に超絶有望な子が入ってきたらしい。
山王は全国から多くのバスケ経験者が集まる高校だが、スポーツ推薦で入部する子というのはごく僅かだという。そういえば中学校で全国大会に二回も出場した、地元でも県外でも有名だった一成でさえ一般受験だった。
「その子の名前は?」
『沢北栄治。泣き虫だけど面白い奴ベシ』
第17話 高校二年、5月のお話
二月から行き始めた湘北高校女子バスケ部は驚くことに、意外と、思いのほか居心地の良い部だった。最初は雨の日だけ見に行こうと思っていたのに、今や週三回は顔を出している。
前の三年生が居た時は「バスケは遊び半分でやりたい」という考えの先輩が多かったが、彼女らが引退したことで「やるなら楽しく、真剣に」という空気になったらしい。
初めて女子バスケ部を見に行った時、部員全員が心から嬉しそうに出迎えてくれたのには驚いた。授業や球技大会でお披露目している程度ではこんな喜びようは有り得ない。理由を聞けば、どうやら女子バス部員だけに私の特殊な事情を打ち明けられていたらしい。顧問の先生は何を話してるんだとげんなりしたけど、上達したい部員達にとっては私の実力を裏付ける情報である。
『そういえば、コーチ業はどうベシ?』
「練習メニューが惰性でやってるような内容だから見直してもらったよ」
女子バスケ部は発足して十年程度。男子バスケ部よりも歴史がかなり浅い。顧問の先生に発足当時の話を聞けば、初代部員の全員がまさかの初心者だったという。彼女らが先生と相談して決めた練習メニューは大して意味の無い、技術の向上もさして見込めない代物だったのだ。それが今日まで見直されないままだったというから、よくもまぁモチベーションが尽きずに部活動をやってきたものだと逆に感心してしまった。
私だったら余りにもつまらなくてさっさと退部している。
「現時点での目標を聞いたら『夏の地区予選で一回くらいは勝ってみたい』って言うから、スタミナの向上と基礎練を重点的にやってる」
部員は総じて持久力が無かった。バスケの試合は前後半合わせて四十分だ。動けなくなれば相手は点が取り放題になってしまう。ある程度の持久力が無ければ試合が成り立たない。
『持久力を付けるには有酸素運動が最適ベシ』
「そう! だから最近はしっかり走り込むようお願いしてる」
走るよりもボールを触っていたい頃が私にも在りました。今でこそ走り続ける楽しさを味わえるようになったけど。
『地区予選は今月からベシ。間に合いそうかベシ?』
「う~ん……一回戦が月末にあるけど、正直言って時間が足りないね」
真面目な子ばかりだし、有難いことに私が指示したことに対して不満を見せる子も居ない。イメージトレーニングの足しになればと思い、練習には私も参加するようにしている。部員それぞれの課題を少しでも克服すべく個人メニューも組み立てた。
しかし部活の時間だけでは足りないのが現状だ。無理のない程度には自主練習をしてもらわないと、一回戦突破は難しいと思う。
「とはいえ2月に比べたら絶対に力は付いてるから。実は次の日曜日に練習試合を入れてる」
『地区予選前の腕試しベシ? 悪くないベシ。負けたとしても課題が見えたり、前よりも上手くなってれば自信も付くベシ』
当日は顧問の先生と一緒にベンチに座って観戦させていただくことになった。タイムアウトを取るタイミングも私に任されている。ほぼ代理の監督のようなものだ。
「山王は全く問題無さそうだね」
『インターハイ三連覇を目指す山王に隙は無いベシ。油断せずにひたすら練習あるのみベシ』
一成の声は入学したばかりの頃と違って二年生としての心のゆとりを感じる。冬の選抜で試合に出場し、年明けからも凄惨な練習に耐えてきた彼だからこそ、どっしり構えることができている。
『とはいえ課題が無い訳でもないベシ。ルーキーの沢北、技術はずば抜けてるくせにムラッ気があるベシ』
「ムラッ気?」
『集中力がある時は良いベシ。でもちょっと気を抜くとパスに気付けなかったり、相手にチャンスを与えたりで困るベシ』
「おお……そんなことが」
『エースがやられると相手が勢いづくベシ。相手のモチベーション上げる手伝いしてれば世話ないベシ』
相手を絶望させるならいくらでもいいが、やる気を起こさせていたら悪影響しかない。溜め息をつきながら後輩の弱点を語る一成の眉間には皺が寄っていることだろう。
「そこを上手くコントロールしてあげないとね、深津先輩」
『あいつ、俺のことは先輩って呼ばないベシ』
「沢北くん、何て呼んでるの?」
『深津さん、とか、ふかっさん、って呼んでくるベシ』
さん付けが基本なのか。高校生にしては珍しい……?
ムラッ気があるといっても山王にスポーツ推薦で来るくらいなんだから実力は折り紙付きだろう。是非とも拝見したいものだ。
「今年のインターハイはどこでやるんだっけ?」
『確か愛知県だったはずベシ』
「愛知県か。行けない距離じゃないな」
北海道とか沖縄でやるなら旅費やら何やらで悩むところだけど、神奈川県から愛知県なら2、3県くらいしか離れてない。インターハイは夏休み開催だから両親からも観戦許可は下りやすそうだ。
『はは、もう山王はインターハイ確定ベシ?』
「まあ……だって、山王だし。って、こんなこと言ったら失礼か」
今頃死ぬ気で頑張っている他校にも、その座を手に取ろうと努力している山王に対しても。
『山王の強さを信じてくれてるってことベシ? 素直に嬉しいベシ』
「大きすぎる期待を背負って大変じゃないの?」
山王工業バスケ部への周囲の期待は計り知れない。
日本中が注目している。バスケファンも子供から大人まで幅広い。運営に関わる学校や卒業生の目もある。
押し潰されそうにならないのだろうか。
『勝負に絶対は無いベシ。でも俺達は自信を持てるだけの練習を積んでるベシ。朝練も、自主練も、合宿も、練習試合も……生活の全てをバスケに費やしてるベシ』
一に練習、二に練習。三、四が無くて五に練習。
一成の言葉は人生を賭けてバスケに打ち込んでいるからこそ口にできるものだ。その片鱗を味わった私にだって想像がつかない。吐くほど辛い練習をしたことがないからだ。悔しくて泣いたことはあっても、胃液がせり返るあの不快感をバスケの練習で得たことはない。
『インターハイで活躍する俺を夢子に見てもらえるよう頑張るベシ』
「楽しみにしてるね」
今年の夏も熱くなりそうだ。
※バスケの試合時間は20分前後半制を採用
山王バスケ部に超絶有望な子が入ってきたらしい。
山王は全国から多くのバスケ経験者が集まる高校だが、スポーツ推薦で入部する子というのはごく僅かだという。そういえば中学校で全国大会に二回も出場した、地元でも県外でも有名だった一成でさえ一般受験だった。
「その子の名前は?」
『沢北栄治。泣き虫だけど面白い奴ベシ』
第17話 高校二年、5月のお話
二月から行き始めた湘北高校女子バスケ部は驚くことに、意外と、思いのほか居心地の良い部だった。最初は雨の日だけ見に行こうと思っていたのに、今や週三回は顔を出している。
前の三年生が居た時は「バスケは遊び半分でやりたい」という考えの先輩が多かったが、彼女らが引退したことで「やるなら楽しく、真剣に」という空気になったらしい。
初めて女子バスケ部を見に行った時、部員全員が心から嬉しそうに出迎えてくれたのには驚いた。授業や球技大会でお披露目している程度ではこんな喜びようは有り得ない。理由を聞けば、どうやら女子バス部員だけに私の特殊な事情を打ち明けられていたらしい。顧問の先生は何を話してるんだとげんなりしたけど、上達したい部員達にとっては私の実力を裏付ける情報である。
『そういえば、コーチ業はどうベシ?』
「練習メニューが惰性でやってるような内容だから見直してもらったよ」
女子バスケ部は発足して十年程度。男子バスケ部よりも歴史がかなり浅い。顧問の先生に発足当時の話を聞けば、初代部員の全員がまさかの初心者だったという。彼女らが先生と相談して決めた練習メニューは大して意味の無い、技術の向上もさして見込めない代物だったのだ。それが今日まで見直されないままだったというから、よくもまぁモチベーションが尽きずに部活動をやってきたものだと逆に感心してしまった。
私だったら余りにもつまらなくてさっさと退部している。
「現時点での目標を聞いたら『夏の地区予選で一回くらいは勝ってみたい』って言うから、スタミナの向上と基礎練を重点的にやってる」
部員は総じて持久力が無かった。バスケの試合は前後半合わせて四十分だ。動けなくなれば相手は点が取り放題になってしまう。ある程度の持久力が無ければ試合が成り立たない。
『持久力を付けるには有酸素運動が最適ベシ』
「そう! だから最近はしっかり走り込むようお願いしてる」
走るよりもボールを触っていたい頃が私にも在りました。今でこそ走り続ける楽しさを味わえるようになったけど。
『地区予選は今月からベシ。間に合いそうかベシ?』
「う~ん……一回戦が月末にあるけど、正直言って時間が足りないね」
真面目な子ばかりだし、有難いことに私が指示したことに対して不満を見せる子も居ない。イメージトレーニングの足しになればと思い、練習には私も参加するようにしている。部員それぞれの課題を少しでも克服すべく個人メニューも組み立てた。
しかし部活の時間だけでは足りないのが現状だ。無理のない程度には自主練習をしてもらわないと、一回戦突破は難しいと思う。
「とはいえ2月に比べたら絶対に力は付いてるから。実は次の日曜日に練習試合を入れてる」
『地区予選前の腕試しベシ? 悪くないベシ。負けたとしても課題が見えたり、前よりも上手くなってれば自信も付くベシ』
当日は顧問の先生と一緒にベンチに座って観戦させていただくことになった。タイムアウトを取るタイミングも私に任されている。ほぼ代理の監督のようなものだ。
「山王は全く問題無さそうだね」
『インターハイ三連覇を目指す山王に隙は無いベシ。油断せずにひたすら練習あるのみベシ』
一成の声は入学したばかりの頃と違って二年生としての心のゆとりを感じる。冬の選抜で試合に出場し、年明けからも凄惨な練習に耐えてきた彼だからこそ、どっしり構えることができている。
『とはいえ課題が無い訳でもないベシ。ルーキーの沢北、技術はずば抜けてるくせにムラッ気があるベシ』
「ムラッ気?」
『集中力がある時は良いベシ。でもちょっと気を抜くとパスに気付けなかったり、相手にチャンスを与えたりで困るベシ』
「おお……そんなことが」
『エースがやられると相手が勢いづくベシ。相手のモチベーション上げる手伝いしてれば世話ないベシ』
相手を絶望させるならいくらでもいいが、やる気を起こさせていたら悪影響しかない。溜め息をつきながら後輩の弱点を語る一成の眉間には皺が寄っていることだろう。
「そこを上手くコントロールしてあげないとね、深津先輩」
『あいつ、俺のことは先輩って呼ばないベシ』
「沢北くん、何て呼んでるの?」
『深津さん、とか、ふかっさん、って呼んでくるベシ』
さん付けが基本なのか。高校生にしては珍しい……?
ムラッ気があるといっても山王にスポーツ推薦で来るくらいなんだから実力は折り紙付きだろう。是非とも拝見したいものだ。
「今年のインターハイはどこでやるんだっけ?」
『確か愛知県だったはずベシ』
「愛知県か。行けない距離じゃないな」
北海道とか沖縄でやるなら旅費やら何やらで悩むところだけど、神奈川県から愛知県なら2、3県くらいしか離れてない。インターハイは夏休み開催だから両親からも観戦許可は下りやすそうだ。
『はは、もう山王はインターハイ確定ベシ?』
「まあ……だって、山王だし。って、こんなこと言ったら失礼か」
今頃死ぬ気で頑張っている他校にも、その座を手に取ろうと努力している山王に対しても。
『山王の強さを信じてくれてるってことベシ? 素直に嬉しいベシ』
「大きすぎる期待を背負って大変じゃないの?」
山王工業バスケ部への周囲の期待は計り知れない。
日本中が注目している。バスケファンも子供から大人まで幅広い。運営に関わる学校や卒業生の目もある。
押し潰されそうにならないのだろうか。
『勝負に絶対は無いベシ。でも俺達は自信を持てるだけの練習を積んでるベシ。朝練も、自主練も、合宿も、練習試合も……生活の全てをバスケに費やしてるベシ』
一に練習、二に練習。三、四が無くて五に練習。
一成の言葉は人生を賭けてバスケに打ち込んでいるからこそ口にできるものだ。その片鱗を味わった私にだって想像がつかない。吐くほど辛い練習をしたことがないからだ。悔しくて泣いたことはあっても、胃液がせり返るあの不快感をバスケの練習で得たことはない。
『インターハイで活躍する俺を夢子に見てもらえるよう頑張るベシ』
「楽しみにしてるね」
今年の夏も熱くなりそうだ。